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*3*
声を上げて後ろの相手は倒れこんだ。しかし新たな仲間が次は鞄だけを狙って突進してくる。
「いや、こないで! 駄目だったら近づかないで……!」
力づくで鞄を奪い取られそうになるのを必死で抑えるが、力に不利がありあっけなく鞄はとられた。
その中には母からもらった形見ともいえる大切な指輪が入っているのを思い出しティアラは叫ぶ。しかしそのまま盗賊は振り返らずに裏道へと逃げる。
ドレスの裾をまくしたて後を追おうとした時、とんっと肩が押された。
「大丈夫、俺が取ってきてやるよ」
声がしたと同時に、マントをかぶったまだ小柄な青年がすばやく駆けだした。あっという間に追いついたかと思うと蹴りを背中からくらわせ、倒れた相手の首元にすかさずナイフをあてる。
「さあ、返してもらおうか」
低い声で青年はナイフを押し当てる。つーっと一筋の鮮血が流れた。
「ひ、ひいいいいっ! わ、分かった分かった、返すから殺さないでくれえ!」
立場が逆転して盗賊は必死に懇願した。鞄を差し出してガタガタと震えている。
「だって、どうする?」
青年はナイフをあてたまま追いかけてきたティアラに聞く。ティアラは切れる息で首を振った。
「殺しちゃ、だめ……」
そのまま青年が喉をかき切ってしまいそうで怖かった。
「なんだ、つまんねえな。まあいいか、ほら」
鞄を強盗から取り上げて青年はティアラに渡す。
首からナイフが外された盗賊は転がるようにひいひい言いながら逃げて行った。
もしあそこで自分がうなづいていたら、彼はナイフで強盗を気づつけていたのだろうか。そんな未来を考えるだけで身震いした。
恐ろしい結末が浮かび上がりナイフをしまう青年をティアラは凝視する。
鞄を取り返してくれた恩人だが同時に、歳が違うのに考えることが全く違って少し青年に恐怖を覚えた。
そのまま青年はティアラをちらりと見て去ってしまいそうになる。慌てて礼を言おうとすると、ふと、ティアラはあることに気づいた。
「それって……狩り人のナイフ?」
星の狩り人だけが持つ独特な形をしたナイフ。壊れやすい星硝子を傷つけないように刃が薄く、少しそっているのが特徴的だ。
「ああ、いつも持ち歩いているからな……ってお前、知ってるのか?」
訝しげな顔つきで青年はティアラを見る。確かに一般的には専門的な道具なので知らない方が多いだろう。
「わたしは星硝子細工師を目指してる身なの。さっきギルドに行ってパートナーを探そうとしたんだけど探す前に追い出されちゃって……あっそうだ!」
ティアラは何かいい事をひらめいたように瞳を煌めかせた。
「あなた、わたしのパートナーにならない!?」
見たところ彼の運動能力は言うところなしのようだし、星の狩り人であるナイフも持っている。少し怖い面もあるが今はそんな事吹っ飛んでいた。
いきなり会ったばかりの他人を大事なパートナーに選ぶのをどうかと思うが、ティアラは自分の人を見る目を信じて疑わず、この人だ、となぜか思えた。
「あ、もしかしてまだ子供だからってなめてる?」
先ほどからぴくりとも動かない青年に先ほど男たちに言われた言葉を思い出した。
その誤解を解くためティアラは首に下げていたネックレスをはずして青年に見せた。
「これ、わたしが作った星硝子のネックレスなの。まだちょっと上手くできてない部分もあると思うけど、それなりにいい出来だと思うわ」
少し胸を張って見せつけると、青年が少しまたたきを繰り返して「へぇ……」と息を吐いた。
「もしかして新手のナンパ? お前、大人しそうな顔して結構過激だなあ」
あざ笑うような言葉にティアラはギルドの時と同じように、まったく相手にされてないことに気づいた。
再び怒りと悲しさが沸いてくる。
「どうして、ちゃんと相手にしてくれないの!? 私が子供みたいだから? 細工師としての腕が低そうだから? なんでよっ!」
泣きわめくようにティアラは叫んだ。
青年は静かな眼でティアラを見つめる。
半分、ギルドの男達へ向けた言葉なので青年への八つ当たりだと分かっているのだが言葉は止まらない。
「そりゃあ、きっと会えるはずだとかお気楽に考えてたわたしもわたしだけど、あなた達だって問題があるわ! 話も聞いてくれないのならスタートラインにさえ立てないじゃないっ……」
喉がひどく乾いて、その渇きに混乱していた意識がうっすらと落ち着いてきた。そして自分が言ってしまった八つ当たりの言葉に気づいた。
「……あ、ご、ごめんな」
「俺がはぐらかしたのは、いきなり初対面の奴にパートナーになってくれと頼む奴が軽い人間に見えたからだ。子供とか腕とか関係なく」
言葉を遮るように口にした後「でも……」と言葉をつづける。
「思ってたよりも真剣だったんだな」
誠実な声にティアラの瞳が揺らいだ。
少しでも伝わった、その事実がじんわりと心の中を温めた。しかしその温もりはすぐに冷えてしまう。
「とは言っても……俺はお前のパートナーにはならない。っていうか誰のパートナーになる気もない。遊んで飲んで、たまに仕事を引き受ける。それが俺の生き方だからだ」
真正面から青年はしっかりした声で言った。そこには揺らがない信念が見える。
その後青年はふいに不敵に笑った。胸ポケットから一枚の紙を差し出す。
「パートナーにはならないがお前の採取依頼、一度だけなら受けてやってもいいぜ。お前、技術はそこそこあるようだし、なんかおもしろい」
?おもしろい? その言葉はいい意味と受け取っていいのだろうか。
ティアラは名刺とみられる紙を受け取ると、深く考えたこんだ。
彼は先ほど誰のパートナーにもなる気はないと言っていた。だが依頼はいいと言う。もしかしてこれは彼が自分に興味を持ち、なんらかを試すようなテストなんじゃないだろうか?
警戒心が強いようだからいきなりパートナーになるのでなく、少しずつ様子を見て行って……
「それってパートナーになる前のお試し期間みたいなもの?」
「……は?」
何を言ってるのかわからないように青年は口を開けた。
考えれば考えるほどポジティブ思考になるティアラの頭は生まれつきだ。ある意味自分の都合のいい事情とすり替えているともいえる。
めんどくさそうに頭をかいたあと、地面をけって塀の上に飛び移った。
「まあ、てきとうに自己解釈してろ。お前の頭じゃ俺の野良生活は理解できないようだしな。これ以上説明しても時間の無駄だ。大抵はその名刺に載ってる店にいるから。じゃあな」
そのまま細い堀を怖がりもせず真っ直ぐに走り去ってしまう。
ティアラは一つ疑問に思っていたことを思い出し、青年の後ろ姿に向かって叫んだ。
「そういえばあなたの名前ってなにっ!?」
「キースだ」
一言帰ってきたかと思うと青年は消えていた。
「……キース」
一人ぼっちとなった裏道で繰り返しつぶやいた。そしてゆっくりと頬をあげる。
「これからが、勝負よね!」
後ろ姿を目で追いながら、ティアラはガッツポーズをした。