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銀の星細工師【完結】
作者: 妖狐  (総ページ数: 135ページ)
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*42*

 学校案内はまた明日ということになった。もう夕暮れも近づいているので妥当《だとう》な判断だろう。
「これがお部屋の鍵と番号札になります。もう部屋にはあなたと同室の女子生徒が帰宅しているので、部屋の割り振りなどはその方と話し合ってください。消灯は11時になります」
 女子寮へ向かうとさっそく用務員のおばさんが決まった台詞を言うように告げて小さな鍵を渡してきた。
 寮は女子寮と男子寮に分けられ、女子寮には女子だけしかいない。もちろん男性の立ち入りは禁止だ。設備も隅まで整っていて、ここがこれから自分の帰る家になるのだと思うと少しわくわくした。
「えーっと、わたしの部屋は301号室だから……」
 赤絨毯《あかじゅうたん》が引かれた階段を3階まで登り、さらに奥の部屋を目指す。一番奥の突き当りに301号室のプレートがかけられた部屋があった。
(この中に、わたしのルームメイトがいるんだ……)
 どんな子なのだろうか、相性は合うだろうか。これから一緒に部屋を共有することへの不安がつのる。もし仲が悪くなったら……。マイナスイメージが膨らんで止まらなくなり、ぎゅっと鍵を握りしめたとき、301号室の扉が勝手に開いた。
「あら、もう来てたんですのね!? そろそろ来る頃かと思ったので玄関へ迎えに行くところでしたの。さあ、中へ入って」
 上品な言葉づかいに髪が縦にカールしたお嬢様っぽい少女が出てきた。強気な顔をしているが、それと裏腹なほど言動が優しい。
 そのままそこで突っ立っている訳にもいかず、扉の中側へ足を踏み入れた。
「かわいい……っ」
 部屋の中はまさに、女の子といった雰囲気の家具やカーテンで埋め尽くされていた。どれも鮮やかな色が多いが、決して派手すぎず、中央に置かれたテーブルからはフローラルの香りがキャンドルの中から漂ってくる。
「わたくしの趣味全開の部屋で申し訳ありません。なにせ今まで一人だったもので。でも、これからは二人の癒しの空間にしていきましょう」
 フリルがたっぷりついた部屋着の袖から細い手がこちらへ差し出される。爪まで手入れが整っているのが分かり、これが女子力が高い子と言うんだとティアラは感心した。
 手を握り返すと少女は少し照れくさそうに微笑んで、寮の説明をしてくれた。
 お風呂や食事の時間帯、寮内にある特別部屋のこと、女子たちはお菓子をこっそりと隠しながらためて、よく女子会を開くことまで。
「名前はティアラさん、ですわよね? あのフレッド様の推薦だなんてすごいわ! わたくしもティアラさんの星硝子細工を見てみたい。あ、そういえば最近ね、食堂に新しいメニューが加わって、これがもう絶品なんですの。なんでも、五つ星シェフのレシピを元に作ったとか……」
 瞳をキラキラさせながら、楽しそうにいろんな話を次からする少女に、ルームメイトがこの子でよかったとティアラは心底思った。
 彼女ならあっという間に仲良くなれそうだ。不仲の心配なんてする必要もない。
「そういえば、名前って……」
 ふとティアラは彼女の名前を聞いていないことに気づいた。少女も少しだけ眼をぱちくり、瞬きを繰り返すとたちまち赤面する。
「やだ、わたくしったら、ついティアラさんと話したい気持ちばかりが先走って、自己紹介を忘れていたなんて……。ごめんなさい。わたくしの名前はアリア・レプリカよ。アリアってよんでくださいね」
「あ、じゃあわたしもティアラって呼び捨てに……」
「無理ですわ」
 もっと仲を深めたくて提案すると、アリアは笑顔で首を横に振った。
「だってあなたはフレッド様が選ばれた高貴なるお方なのよ? それを呼び捨てにするなんてことはできないわ」
「いや、でも……」
 なんだか分からないヌルッとした感覚が肌にまとわりついた。
 さっきまでは見えなかった壁が今はアリアと自分の間に見える。その壁のせいでアリアの顔がなんだかぼやけて見えた。そう、その表情がまるで偽りで塗り固められたように。
 アリアの目はまったく自分を見ていない。自分の奥にいる誰かを見ているようだ。
「あら、もうそろそろお風呂の時間だわ。まだ話したりない気はするけれど、先にお風呂へ向かいましょうか。その後の食事の時間にまた話しましょう。わたくしの友達も紹介するわ」
 背中に鳥肌がたつような恐怖を覚えたが、それをお風呂でぬぐうことができるかもしれないと、ティアラはゆっくりうなづいた。


 フクロウでさえ寝静まる深夜。闇に溶けるように少女が一人、そっとティアラを見つめていた。
「この子が、一級星硝子細工師の推薦《すいせん》した子……ふふっ、どれだけの力量があるのかしら。是非、わたくしの血と肉にして差し上げるわ。ティアラ」
 白い手で寝息を立てているティアラの頬を撫でた。
 月明かりに照らされた少女の顔は、とてもよくティアラの同室の子に似ていたのだった。

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