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銀の星細工師【完結】
作者: 妖狐  (総ページ数: 135ページ)
関連タグ: オリジナル 恋愛 ファンタジー 学園 学生 
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*75*

 まるで肉食獣につかまった小動物のような心境でいると、ヒューがこてんとティアラの肩に額をつけた。ティアラの髪に自分の顔をうずめるようにする。
「こっちは星硝子の匂いがする。ティアラは僕の好きな香りで溢れているね」
 甘く耳朶をはむような声。そのくすぐったさに小さく身震いした。
(ヒューの様子がなんだかおかしい!)
 ティアラさえも淑女のようにうやうやしく扱う、貴公子の鏡のような存在のヒューが、なぜか今は強引にと言っていいほど抱きついてくる。
 きっかけはティアラを助けるためでも、その後、今も継続している意味は何なのだろうか。
 これが違う誰かだったらティアラは容赦なく腹に肘をいれて、踵で思いっきり足を踏んづけてやった。けれどヒューとなると彼の性格をしっているため反撃しようにも出れない。
「さっき……なんであんな目で見つめてきてたの?」
 ふいにヒューが拘束する力を弱めて小さく聞いてきた。今なら逃げれるかもしれないが問いかけの意味が分からず、そちらに意識を取られる。
「さっきって、いつのこと?」
「……ひどい、もう忘れちゃったんだね。それじゃあ意識していたのは僕だけだったんだ。あんな風に見つめられたら僕だって欲が湧いてきちゃうじゃないか」
「……?」
 ティアラは首をかしげる。一体何のことを話しているのだろうか。背後ではヒューが少し仏頂面になりながら、腕の拘束を再び強めた。
「ティアラ、なんだか寒い」
「それはヒューが上に何も着てないからでしょ。ほら、今すぐ離れて、代わりの上着を……」
「やだ。ティアラがあったかすぎて離れられないんだ」
 それは私が悪いんでしょうか……? 声に出さずとも問いかけてみる。
 甘える猫のように額を肩になでつけてくるヒューを一瞬たりとも可愛いと思ってしまう。正気に戻れ、わたし、と首を振った。
「ねえ、なんで僕がティアラを手放さないのか分かってる?」
 そんなのこちら側が聞きたい。
「君がそうさせたんだよ。ほら、さっき、タオルをくれたとき熱心に僕を見つめてくれていたじゃないか」
 ヒューはティアラが見とれていたことに気づいていた。
 そう知った瞬間言葉にできない羞恥心が体中に流れた。頭の回転スピードが鈍るティアラを責めたてるように、さらに甘い言葉が襲う。
「なぜ、こんなにも柔らかいの? 女の子は皆、そうなのかな。それともティアラだけが特別?」
 発した言葉と同時に首筋へ温かい物が押し当てられた。かすめるようにふんわりと。
 その行動が、ティアラの気持ちに拍車をかけたのは言うまでもない。次の瞬間にはもう、ティアラはさっと体勢を低くするようにしゃがみこんで、勢いよく上へ飛ぶという殺人的頭突きを繰り出していた。
 鈍い音と苦しそうなうめき声が背後で沈む。倒れ込むヒューを見て、ティアラは無意識にしてしまった行為に顔面蒼白となった。

 
             *

「雨に撃たれて熱を引き起こしたのね。しばらくは安静に」
 星硝子の調子を見てすぐに戻ってきた保険医の先生にティアラはこくりとうなづいた。結局星硝子は何ともなかったようで、そこは一安心だ。だが――。
「なぜ彼の顎のあたりに衝撃を受けた腫れがあったのかしら。なにか知らないグレイスさん?」
 心底不思議そうにする保険医にさ、さあ? とぎこちない笑みで返す。
 高熱のため自覚がなく、記憶にも残らない行為だったようだがティアラの体には生々しいほどヒューの体温が刻まれた。いまだ火照る頬を手で押さえて冷たい空気に包まれている廊下に出る。
 ティアラはこの日の記憶を一生心の中に封印することを誓った。
 けれど決意しても、世の中の恋愛がらみにうといティアラが、熱から復活したヒューを三日間避けまくってしまったのは仕方のない事だった。
 
(誠実の皮をかぶった肉食動物、おわり)

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