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*77*
「私の仲間になってください」
ばっと思いっきり頭を下げた。これぞお辞儀の見本というぐらいの直角加減だ。
「…………?」
いつまでたっても、言葉一つ発しないテルミスに恐る恐る顔を上げて見ると、真っ白な状態で化石化した先輩の姿があった。
「ええ!? ちょ、テルミス先輩っ」
必死な思いで呼びかけて肩を揺らそうと手を伸ばす。その瞬間、びくっと震えるようにテルミスはティアラの手から逃げた。あまりの恐怖と警戒心が伝わってくる動きに、ティアラの方が悲しいような気分になった。まるで敵を威嚇するようなするどい目つきだ。
一気に初めの優しげな瞳から、敵を見るような視線に変わったテルミスにティアラは困惑する。
(わたし、なにかしたのかしら……)
触れようとしただけで逃げられ怯えられることは初めてで、どう対応すればいいのか分からない。
「あ、あの……」
「ごめんなさい」
ばっさりと切り捨てるようにテルミスは呟いた。視線を交えようとはせず顔を横へ向けている。目線を交えたくないという意志が伝わってくるかのようだ。
「私、潔癖症なの。だから、あまり人に触れられるのは苦手で」
「え、いや、わたしの方こそすいませんでした。そうとも知らずに……」
「いえ、あなたは悪くないわ」
ぎこちない空気が流れる。
会った瞬間は、この人だ、絶対に仲間にしたい、と強く願ったのにどうしてだろう。今は話しかけるのさえ少し怖い。きっと相手が拒絶の意思をこちらへ向けているからだろう。
第一印象は優しそうな人だと思った。髪が柔らかそうにふわふわと二つ結びにされていて、顔つきも優しそうだ。けれどティアラへ向けられる声はどこまでも冷たい。
「えっと、わたし、ティアラっていいます。先輩の一つ下の二学年で……」
場の空気を変えるように明るい調子で話すように心がけるが、朝の静かな気配がそれを打ちのめしていく。空気が肌寒い。その寒さに身震いしたとき、テルミスが動いた。
「……――ごめんなさい」
「え、あ!」
何かにこらえきれなくなったようにその場から走り出すテルミスはティアラの止める間もなく教室から出ていく。
どこで間違ってしまったのだろうか。彼女にこうも警戒されてしまった理由はなんだ? 問いかけても答えの出ない質問を延々と頭の中で繰り返す。
空虚な空気を掴むように伸ばされた手は行き場を失って、悲しそうに沈んだ。
*
「ねえ、何やってるのさ。その頭の中にはなにが詰まってるの? 藁? 藁なのかい。昨日まではあんなにやる気満々で強気な発言までしちゃってたのに、この結果ゼロで相手に警戒心を与えただけでしたっていう有り様は何? お姉さんってどこまでも残念な人なんだね」
ぐうの音も出ないほどこてんぱんに言い負かされ、ティアラはただ正座をしたまま頭を垂れるしかなかった。
朝の結果を登校してきたジャスパーに報告すると人気のない廊下まで連れて行かれ、お説教タイムが始まったのだ。
反省するように無言で何も言い返そうとはしないティアラに、ジャスパーは一度言葉を途切れさせ、小さくため息をついた。
「まあ、別にいいよ。この失態を二倍の成果にしたら許してあげなくもないから」
優しいのか分からない言葉を最後に、長い小言は終了した。ジャスパーが落ち着いたのを横目で盗み見て、ティアラは言いにくそうに正座しまま口を開いた。
「わたし、もうちょっと……テルミス先輩に、話しかけてみる」
「何言ってるの!? お姉さんは、さっきの話を聞いてたのかい? これ以上警戒心を深められたら仲間になる以前の問題でしょ。だから、この先は他の人にあたりながら間隔をあけて……」
作戦を練るように考え込み始めたジャスパーに、ティアラは立ち上がって首を振った。
「それじゃあ駄目なの。きっと、今じゃなきゃ駄目なんだと思うわ」
「なんでそう思うのさ」
「それは……」
言いよどむティアラをジャスパーは探るような目つきで見つめる。
情報通で策略家のジャスパーの言う作戦通りに動けば、テルミスを仲間にすることができるかもしれない。これ以上ティアラが真正面から突っ込むことは逆効果になるだけなのかもしれない。
拒絶の色を見せられた時はつらかった。自分で近づいても逃げられてしまうのならどうすることもできない。けれどその中に一つの違和感を感じたのだ。
小さな小さな、すがるような視線。
見間違いかもしれないが、もう知らないふりはできない。ずっとテルミスが逃げ、ジャスパーに会うまでそれだけは決意していた。
「もう少しだけ、私に任せて」
不安のにじむ声の中で揺るがない言葉を発するティアラに、ジャスパーはふっと肩の力を抜くような仕草をした。
「そういえば動物の勘は当たるっていうようね。それにお姉さんにできる事って前も見ないで突っ込んでいくことぐらいだしなあ……」
ひどく馬鹿にされているような気がするのは気のせいだろうか。いや気のせいじゃない。
いい返そうとした言葉は、あまり見ることのない稀な年齢相応の笑顔によって打ち消された。
「いいよ。行ってきなよ、どうせ駄目って言っても聞かないんだろうし。あと、面白そうだから……ククッ」
ジャスパーに背中を押されるような気分でティアラは、行くのに緊張した教室へと軽快なステップを踏んで向かった。