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*12*
「あ――」
そして、気づけばフレドリカを抱きとめていた。
「あ……ありがと……」
「ふう……」と安堵のためいきを吐いたラクーナが、サイモンに向けて言い放った。
「ねえ、フレドリカのことが気になるのは分かるけど、質問するのはあとにしましょ。彼女、記憶が不安定で疲れてるはずよ。無理させちゃかわいそうだわ」
「だが――」
「サイモン!」
「…………」
まぶたを閉じ、なにかを考えるような仕草をしてから、まぶたを開けて口も開く。
「……そうだな。無理をしても仕方がない。すまない」
「いえ、いいのよ。行きましょ、フレドリカ」
「……少し、休みたい」
「え」
ラクーナがきょとんとし、そして「そうだったわね」と苦笑した。
「私、ぼけてるのかしらね……」
「そりゃあな。酒豪(しゅごう)だし」
「なによそれ! というか、酒豪なのは関係ないでしょ!?」
フレドリカが苦笑するのが見え、俺もつられて苦笑してしまった。
遺跡――グラズヘイムの探索を続けていた俺たちが――というか俺が――、ふと周囲を見回したときだった。
「お?」
「――? どうしたの、ツバサ?」
フレドリカの質問に返答しないで見つめている先――それは、通路。その通路というのは勿論グラズヘイムの通路のことだ、が。
壊れていた。
本当はそこには壁が陳列されていたのだろうか、なんらかの影響で通路が見えるまで崩壊してしまったのだろう。
その壁の先の通路は、俺たちが探索していない場所――すなわち、未調査区域。
どうやって行けるかな、なんて考えながら呆然と通路を見つめていると、スタスタとラクーナが歩いて寄ってきた。
「ここから行けそう――なんて考えはできないみたいね。壊れすぎててむしろ危なっかしいわ」
それには同意だ。肯定するように俺はうなずいた。
「それに、地割れとかで本来あった通路までもがなくなってるし……」
「これじゃあ行けなくね? 未調査区域ってところ」
アーサーの呟きを聞いて、不意にフレドリカが声を上げた。
「嘘……!?」
驚き、そして悲しむような表情を見せる。
「じゃあ向こう側には行けないじゃない。早く端末を見つけて、グラズヘイムの状況を確認しないといけないのに――」
不満そうに呟くフレドリカの口から、不思議な単語が出てくる。
‘タンマツ’――って、なんだ?
「タンマツってなんだ、フレドリカ?」
俺はフレドリカに向けて、質問した。すると、フレドリカは訝しそうに問い返してきた。
「どうして分からないの!? 端末のことよ? グラズヘイムの全域に配備されているコンピューターの――っ!」
始め叫ぶようにいい、説明を始めた彼女だったが、不意に声を――そして動きまでも――止めると、自分の発した言葉に驚いたように口元を押さえる。
「端末……? コンピュータ……? 私、今、なにを……!?」
「もしかして、また言葉が浮かんできたの?」
フレドリカがうなずく。
顔色が悪くなっているのを見て、さっきのと同じことかと理解した。
「……‘あの奥に端末がある。そこまで早く行かないと!’って、そう思ったの。けど……それ以上は……」
フレドリカは通路を呆然とした表情で見つめ、ボソリと口から声を漏らす。
「私、一体誰なのかな……? 意味不明な言葉をいったり、大きな機械の中にいたり――怖いよ……」
「怖くない」
フレドリカが少し驚く。
「え……?」
呆然としても驚きの声をなお上げるフレドリカの頭に、俺は自分の手を乗せる。
ポフッ、というやわらかい音。そして、彼女の温かい感触。
ちょっといいなあ、とか思いながら、俺はフレドリカに「怖くない」といっていく。
「怖くない、怖くない」
「……ツバサ……」
フレドリカが安心の色を見せ始めた頃、俺はみんなに向けて笑顔を作って質問する。
「なあ、みんな?」
「ああ!」
アーサーが元気よくいった。
ラクーナもそれにうなずく。
あと一人は――。
「端末にコンピュータか……どちらも古代文明の名残だ。すごいなフレドリカ! そんなすごいものを思い出せて」
「うう……私……古い過去のものを思い出す私って……っ」
また苦痛を見せるフレドリカを見て、その‘あと一人’は「しまった」というような顔を作った。
「……しまったな」 「「「サイモン!!」」」
――褒めているのだと思うが、フレドリカに余計なことをいうサイモンであった。
終章
――ソールに事情を説明して、エトリアへと帰る途中の馬車の中。
その馬車の中に配備されたふかふかなソファに座り、みんなで話していた。
「……だけど、本当なの?」
「なにがだい?」とフレドリカの問いにサイモンは問い返す。
ガタン……ゴトン……ガタン……
「転移装置の話よ」
ガタン……ゴトン……ガタン……
馬車の特性により荷物などが揺れる中、サイモンはソールから出されたコーヒー――苦い味が好きらしく、ストロングコーヒーという、無糖でとても苦いものを頼んでいた――をすすり、一息ついてから質問に答えた。
「ああ、本当のことさ」
ガタン……ゴトン……
「世界樹の迷宮――そこに、グラズヘイムの先、未調査区域に行ける転移装置があるって……」
「鮮やかな紫色らしく、きれいらしいぞ」
「見たことあるの?」
「聞いただけさ」
ガッターン!!
「……アーサー」
ギクッ、という擬音が出そうなぐらいにアーサーが硬直した。
「ニモツヲ、チラカスナ、オトダスナ――」 「わあ、ごめんなさいすみません!」
「――ツバサ、見て」
フレドリカが、馬車の窓を開けて外を見る。
それにより、窓から爽やかな空気が入ってきた。
「空気が……きれい」
そして、窓を見ると。
「わあっ……!」
青空――。
「空も……すごくきれいね――」
のんびりと流れる積雲(せきうん)、優雅に飛ぶ渡り鳥――。そんな平和な青空が、窓の外に広がっていた――。
〜 一話・完 〜