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この世界を護るコト【完結】
作者: 実上しわす ◆P8WiDJ.XsE  (総ページ数: 44ページ)
関連タグ: 二次創作 
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*34*


・ アーサーの記憶 ・

《アーサー》

 ポケ。
 ビィ。
 ――それに、父上。
 父上なら、まだ分かる。
 親父とか父さんとかの、少しいい言い方だ。
 でも、それは貴族がつかうような呼び方――それを俺は、どうして。
 もしかして。
 心当たりがある。
 それは――俺が、貴族だったってこと。
「アーサー」
 温かい、でも少し冷たい――渋いのほうが似合うと思うが――声。それが聞こえた。
 サイモンだ。
 サイモンには絶対なる信頼を感じているけれど、今、俺の心の中で渦巻いているのは――。
「……怖い……」
「…………誰でも、怖いさ。知らない記憶を取り戻すというのはな」
 ――そりゃそうだ。だけどさ。
 俺の中で眠っている、知らない記憶。知ってるけれど、忘れた記憶。
 それを思い出すということがどんなに怖いか、彼は知らない。
 けれど、同じ‘境遇’から逃げたサイモンと俺との記憶だけは、怖くない。
 ……サイモンは、境遇の中から俺を助け出してくれた。
 その境遇は怖いものだって分かった。記憶がなくなるぐらい怖いのだろう。
 でも、なんの記憶なのか分からないでいて……。
 ポケというもの、ビィというのは、名前だろうか。
 父上――知らない父さんのことを俺はそういっていたのか。
「…………そーだけど……」
 記憶を取り戻したら、もしかしたら幻滅されるかもしれない。
 そんなの嫌だ!
 俺は俺のままでいたいのに。
「……だけどぉ……」
 言葉が見つからない。
 いいたいことが……あるはずなのに、ない。‘怖い’という感情しかない。
「……フレドリカも、お前と同じだろう?」
 ――フレドリカ。
 俺は今更ながらに怖くなっただけ。普通はもう、慣れてしまってる。
 ――けれど、あの少女は、いつも俺と同じような怖い気持ちでいる。
「守ってやれよ。‘先輩’としてな」
「……ああ! そーだよな!」
 ズキッ!
「――っ」
「どうした。……久しぶりの頭痛か?」
「みたい、で――」
「あの……」
 ハッとする。サイモンも。
「…………アーサー、様って――」
 ローザに見られた。
「――記憶喪失、だったのでしょうか……?」
「「……あ〜……」」
 ……まあ、いいか。どうせばらすつもりだったし。

「……で、頭痛と共にビジョンは見れたか」
 ――ビジョン、ねえ。
「ん〜……」
 なにかが見えた。
 女性だった。
 血まみれの、女性。剣を持っている……主婦をやっていそうな人。エプロンドレスを着ていたし、きっとそうだろうが……。
 ――血まみれ、って。
 おかしい。優しそうな人だった。
 なのに、剣を持って、ドレスも髪もなにもかも赤色で、草木があまりない砂漠のような、ゴダムの街の中、一人。
 振った。
 剣を振って、誰かを斬った? 
 俺に似た少年の悲鳴。
 「嫌だ」?
 「来るな」?
拒絶するたびに剣を振るう――。
「……怖いビジョン、だった……」
 次は逃げているビジョンだった。
 ゴダムの街を逃げていく途中、熊の人形が見えた。それも血だらけで、いっこの耳がちぎれている。
 やはり、俺に似た少年がいる。目を見開いて、「ポケ……」と。
 女性の悲鳴。少女といえる年だと思うけれど、そんな女性の悲鳴が聞こえた。それを聞いて、少年は虚空を見つめ、「ビィ……!?」といっている。
 ポケ。
 ビィ。
 どちらも俺が呟いた単語だ。
「思い出しすぎると、頭が痛くなるでしょう」
 ローザが親切をしてくれた。コーンスープだ! 俺は食欲を抑えきれずに食べようと――。
 ――ヒッ!?
 それが、見えた。ミネストローネとかボルシチじゃあないのに、赤く――。
「嫌だッ!!」
 悲鳴を上げたころ、ツバサたちが戻ってきていた。
 ツバサが「変な奴」と呟いていた。
 ――お前のほうが変だろーがっ!

・ 酒場にて、話を。 ・

《ツバサ》

 ――ラクーナって、すごいなあ。
 そう思いながら、俺は少しだけ注がれたエールを、ちびちびと飲み始めた。
 金鹿の酒場――ここで、話し合いをするつもりでいたのに、いつのまにか‘ラクーナが主催する酒飲みの会’になっている。
 ――スノードリフト討伐はどうしたんだよ。
「いやあ〜、やっぱり、おしゃけふぁおいひいですに〜」
 途中から呂律(ろれつ)がまわらなくなっているラクーナを見て、苦笑する。フレドリカが呆れてためいきを吐いた。当然だな。
 ちなみに、「お酒は美味しいですね〜」といっていたらしい。
「ラクーナ、ここになにをしにきた?」
「おしゃけぼのむかえ」
「お酒を飲む会、じゃなくて」
「んにゃ、ふぁなしあに?」
「そうね。話し合い、だと思うわ」
 フレドリカがうなずく。「しょうふぁな……」とラクーナ。「そうかな……」といってるのだろうが、聞き取れない。というかまず、酔いをさませって。
「……スノードリフト。この狼の魔物が、ハピネススターを全滅させた。そして、その前にいくつものギルドを壊滅させた」
 フレドリカの言葉に、ラクーナがうなずく。手に持っているビール瓶は三本目だ。……いい加減飲むの止めろよ。
 ゴキュッ
「おしゃけ、おいひい……んまあ、そんなことは今はおいといて」
 ――話せるのなら普通に話せよ!
 パタパタと手で団扇(うちわ)みたいに顔をあおぐ。ラクーナが、酔いをさまそうとしているのだろう。それでさませるんならすごいことだな、と思う。
「そうね。スノードリフト……雪狼の王者と呼ばれているあの魔物は、幾度も幾度もギルドを壊滅させてはそれを繰り返した。魔物ならではの邪道ともいえるし、人でも――」
 ふるふると首を横に振る。
「――人でも、できる。そんな行為を悪とも思わずにやっている訳なのよね」
「まあ、人とはちがって頭がよくないからな」
「それは当然でしょ」
 フレドリカのつっこみに言葉を失う。それは当然っちゃあ当然なのだけどさ。
「……とにかく!」
 ラクーナが立ち上がる。三本目のビール瓶はすでに空になっていた。
「スノードリフトを倒して、ルーシィやカイに報告しないとね!」
 ――そのとおりだ。
「ああ。早く――倒しに行こう!」
「じゃあ、カフェテリアに行きましょう」
 フレドリカの言葉に、二人はうなずく。
 ――そのカフェテリアでアーサーが叫んでいて、びっくりしてしまった。

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