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花と太陽  遂に完結!!長らくお世話になりました。
作者: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM  (総ページ数: 33ページ)
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ヤマザクラ4、【大切な誕生会。】

 数か月が過ぎて、私は思い切って謝る為に笠寺の家にやってきた。
呼び鈴を鳴らすのが怖くて、私は何度も家の前をうろうろしていた。
その時、家の裏の方から笠寺の厳しい声が聞こえて私はハッと顔を上げた。
「だから、おいッ!!全、来るなって言ってるだろ!!」
駆け出して、家の裏を覗き込む。厳しい表情をお互い浮かべた二人が向かい合っていた。
一色君は、私に気が付いて小さく手を振り、笑顔を作って笠寺に向き直った。そして、私にわざと聞かせるように、大きな声で芝居がかったセリフを吐く。
「今日は折り入ってお願いがあってきました。今度の日曜日、俺の誕生会を開くのですが、藍君にも、ぜひご出席していただけないかと思いまして。」
「絶対に行かない。」
即座に返事を返し、睨み付ける。
だが、今度は真顔になって言う。
「……親父が待ってる。」
「知らないよ。というか、親父が待っているなら、俺はなおさら行かないよ。」
「頼む、俺にとって大事な日なんだ。姉貴も出席する、兄弟が揃わないと都合が悪い。―――……お願いします。」
そう言い、一色君は深々と頭を下げた。
笠寺は何も答えず、頭を下げている一色君を睨み付けている。
なんだか一色君が気の毒になってきた。
あの数か月前の寂しそうな顔が瞬間、蘇ってきて。
「笠寺、行ってあげたら?本人もこんなにも言ってるし、誕生会なんでしょ。」
つい口を出してしまった。一色君は顔を上げ、私に笑いかける。
「桜庭サンも来てよ。美味しいの用意するから。」
こんなにも一色君の必死な顔に胸を打たれたが、私は笠寺を見た。
しばらく黙っていたが、諦めたように溜め息を吐き、言う。
「―――これで最後にして。これ以上、俺の世界を壊さないでくれよ。」
「恩に着る。」
家に帰ろうとするのを見て、慌てて一色君は笠寺を呼び止めた。

「―――藍、今までごめんな。今日はそれも言いに来た。」

笠寺は驚いたように目を見開き、口を何か言いたげに噤む。
軽く手を振り、一色君は黒塗りの高級車に乗る。
「笠寺……。」
私は思わず問いかけた。
「本当に家に戻るつもりはないの?」
厳しい顔で、笠寺は答えた。
「―――一色の家で、俺の家族は全だけだったんです。でも、どんどん笑わなくなってあの家の中の俺の居場所はなくなりました。」
だから、戻らない。
そういうと、そのまま奥へ入って行ってしまった。

***

そして―――誕生会当日。

笠寺と待ち合わせていた私は、口をあんぐりと開けてしまった。
それは、笠寺がスーツを着てネクタイを締めていたからである。
一色君の誕生会に出るはずなのに……?? 
「えっと……。」
「先輩、行きましょうか。」
笠寺は微笑んでスタスタを歩きだす。だか、その時、一台の車がすうっと近づいてきて私達の前で停まった。
「藍坊ちゃんに美麗様、お迎えに上がりました。」
やはり黒のスーツを着た若い運転手が降りてきて、私達に丁寧に一礼する。
「どういうこと……?」
私はうろたえて笠寺を見上げる。しかし笠寺は、チッと静かに舌打ちをした。
「全の奴―――……迎えなんかいらないって言ったのに。」
「そういうわけには参りませんよ。」
運転手はそう言うと、恭しく後部座席のドアを開けた。よく解らないまま、私は乗り込んだ。すると、笠寺も乗ってくる。
「美麗様、少し寄り道をしてもよろしいでしょうか?」
「寄り道って……??」
と、いうか何で私に聞くのと不安になり聞き返す。


―――……やがて、私たちが乗っている車はブランドショップが立ち並ぶ、高級ショッピングストリートへと入っていった。

「いらしゃいませ。」
うろたえる私を連れて入ったのは、名前しか聞いたこともない高級ブランドショップだった。
美しい女性店員が私たちを出迎える。
「すいませんが、こちらのお嬢さんにパーティ用の服装を一式。ええ、靴もです。」
運転手が名刺のようなものを見せながら言うと、店員たちは、にこやかに頷いた。
「かしこまりました。ヘアメイクはどうなさいますか?」
「……そちらもよろしくお願い致します。」
「お任せ下さい、お嬢様。こちらへ。」
呆然としていた私に微笑んだ店員達はあちこちから色とりどりの衣装を持ち寄ってくる。
「すいません!!私、こんな高級なもの払えません!!あの―――ッ!」
チラッと見えた値札は、ゼロの数がとんでもない程記載されていた。
ってか、この洋服たち。何円よっ!??
「……ご心配なく。お会計はすべてこちらで。」
運転手はにっこりと微笑みながら言った。
私は訳が解らないまま、試着室に連れ込まれる。
スーパーのそれの、何倍も広い試着室で、一緒に入ってきた店員が、あれこれとドレスを私の胸に当ててくる。
頭の中がグルグルしてきた。
 家族で祝う誕生会じゃなかったの??
それじゃなくても、こんな服を着ていくの??
――――これが“貧困の人間と裕福な人間の差”なのか。

***

「――――あっ。」
私が支度を終え、店から出てくると笠寺はビックリしたような顔をした。
「ごめん、遅くなって。」
踵の高い靴に慣れなく、歩きづらい。よろめきながら歩いていると、すぐ横のショーウィンドーに自分の姿が映っていた。
「!!?」
ビックリした、これが私……?
大胆に肩を出した、薄桃のふんわりとした可愛らしいドレス。
普段じゃ、絶対に選ばない淡い色。
それは着てみたくても手に取る瞬間、似合わないと思ってしまう。
いつも適当に軽く結っていた髪は、丁寧に編み込みされて、緩いウエーブがかかっていた。
気の強そうなイメージがあった自分は大人し気な可憐な女の子になっていた。
思わず、くるん、と一回転してみる。
 ふわっ。
ドレスの裾が、ふわっと広がる。
笠寺は目を見開いて、私を見つめている。
急に恥ずかしくなり私は、
「あ、えと、これは――……違うの!!」
と慌てて誤魔化していると穏やかに、いや、眩しそうに微笑む。

「―――先輩、お姫様みたいだ。」

手を優しく掬い取られ、ビクッと体を強張らせると、急に顔が熱くなった気がした。
後ろから近付いてきた運転手に、さあどうぞ、と車に導かれながら、逸る鼓動を抑えながら振り返る。
「でも……どうして、こんな?」
「まあ、行けば解りますよ。」
笠寺はさっきの笑みを消して、つまらなそうに不機嫌そうに呟いた。

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