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作者: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (総ページ数: 33ページ)
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*30*
ヤマザクラ3、【複雑な家の事情。】
大学の食堂から、わーわーとはしゃぐ声が聞こえている。
今日は、期間限定のパンがどうのこうの、というチラシが貼られ食堂では大騒ぎだ。
散々騒いで取り合いしている人たちを見てて呆れつつも、私はそのパンが気になってはいた。
後で食べた人に感想を聞こう。
フラリと食べていたものを片付けたその時、
「君―――……桜庭 美麗さん?」
いきなり声をかけられて、私は振り返る。
「……はい?」
目の前に立っていたのはスラリとした女性だった。
「やっぱり、全から聞いていた通りだね。」
「?」
私は訝し気に女性を見やった。
歳はもう20を過ぎているくらいで、長めの髪、涼し気な切り目、中性的な顔立ち。
でも――――誰かに似ているような。
「君のおかげで、あの二人が再会して喋ったんだって?」
あの二人?再会?喋った?
頭の中がこんがらがってきて、まず最初に口に出たのは、
「……あのどなたですか?」
女性は、驚くように目を丸くもするも呆れたように笑った。
「笠寺 藍と一色 全がお世話になっています。姉の蘭と申します。」
どういうこと??二人の姉、は?
確かに顔つきは二人を5対5で割ったような顔だけど……。
驚きで固まっていると、蘭さんは
「一応、大学教授を仕事にしてるんだけど見覚えない?」
あ、、、、生物学の教授だ!
「思い出してくれたみたいだね。――昼休みの間だけでいいから、少し話さない?」
蘭さんは手に持っていたドーナツショップの箱を掲げ、私に笑いかけた。
***
「はい、どうぞ!」
二階に上がる階段の途中に座り、蘭さんはドーナツを取り出して私に渡した。
とりあえず受け取り、ペコリと頭を下げた。
「あの、それで話って……。」
蘭さんは自分もドーナツを口に運びながら話し始めた。
「藍が、今、叔母さんの所に世話になっているのは知ってるよね?」
「はい。」
藍は父のお姉さんの家で居候して大学に来ていると言っていたこともあった。
「うちの父親は――――まぁ、厳しい人で。私達の母親が亡くなった後、すぐに今のお義母さんと再婚して藍は、そんな父が嫌だったらしいの。んで中学に上がる前にうちを追い出される前に先に出て行っちゃったんだよね。」
すぐに再婚……。
裕福な家柄だったせいですぐに再婚も出来たという事か。
父親に追い出される前に出て行ったという事は、つまり、いわゆる「家出。」というやつか。
「お姉さんは父さんの妹で、お姉さんの方も一色の家が合わなくて出て行った人だったから。だから藍は、凄く懐いてた。」
懐かしそうに目を細めながら言っていたが、急に暗い顔になり俯いた。
「―――まもなくして天才児だった藍を連れ戻しに父と全が行ったんだけどそこで喧嘩して受け入れなくなって私と藍は笠寺の方に引き取られ、全は一色の方に引き取られた。」
じゃあ、血は繋がっているのにだけど二人は兄弟じゃない、そういう事?
悲しいことなんじゃ……。
「その後から絶縁。――けど、父さんはこの大学をトップで入ったのを聞いて連れ戻したいって言ったんだ。――――後継者だった全を降ろしても。」
「え…?」
私が目を見張った時、
「蘭!!」
いきなり、笠寺の怒鳴り声がした。
笠寺が物凄い形相で階段を駆け下りてくる。
「何、先輩に話してるんだッ!!先輩に構うなよ!」
こんな言葉遣い、聞いた事がない。
こんな笠寺知らない。
誰なんだろう、私の知らない笠寺がいる。
蘭さんはフッと笑った。
「やっぱりね、こうすれば藍の方から来るかもなって思ってね。」
「!?」
「久しぶり、藍。元気だった?」
しかし、藍は、そんな優しい姉を睨み付ける。
「蘭、親父に何言われたのかも知らないが俺は戻らないからッ!!――――知ってんだろ、蘭。親父がどんな人間なのかって。」
そういうと、いきなり私の腕を掴んで引き起こした。
「行こう、先輩ッ!!」
「ちょ……ッ!」
訳が分からないまま、笠寺に引っ張られていく。
肩越しに振りかけると蘭さんは寂しげに微笑み、
『また会おうね。』
そう言われている気がした。
「待って、笠寺……。」
無言でドンドン歩いていく笠寺を、私はやっとの思いで引き留めた。
「よく解らないけどさ、ちゃんと話した方が……ッ。」
「……ッ。」
冷たい目で私を睨む。ここで怯んだら、蘭さんの想いは彼には届かない。
「なんで逃げるの?わざわざ、あんたに会いに……。」
「いちいち、詮索しないで下さい……!!」
拒絶するように言われ、私は息を呑んだ。
次の瞬間、むらむらと苛立ちが沸き上がる。
掴まれている腕を振り払うと、まだ握ったままだったドーナツの切れ端を口の中に押し込んだ。
そして、無言で踵を返す。
笠寺は追ってはこなかった。
―――……なんで笠寺なんかに構っていたんだろう?
***
春もあっという間に過ぎ、夏が来た。
サークルの皆で、海に来た。
「…………。」
笠寺とあの日から、喋らなくなり早、3か月。
いつから、自分はこんなにもブレてしまったんだろう、と思う。
自分の決めたことに迷う事はなかった。
何故なら、それは、結局はいつも正解だったから。
あの日から、もう、笠寺とは関わらないと心に決めたもの、つい目で追ってしまう。
本当にいつから、こんなにも自分に甘くなったんだろう。
そのとき、突然。誰かが近づいてくる気配がして、慌てて振り返った。
パーカーを羽織ってやたらとキョロキョロしながら近づいてくる。
「……一色君じゃないの。」
私に気が付いて、何でもないように片手を上げた。
「―――よう。」
「何してるの?」
私が訪いかけると、
「このビーチの広さときたら……。」
「ごく一般的な広さだと思うけど。―――もしかして迷子??」
焦ったように一色君は、目を逸らす。
図星だな。
「なぁ、上杉たちが行かなきゃいけないとか言ってついてきたんだが、あいつら見なかったか?」
「さあ。探すなら、あっちの方を探した方が良いと思うけど。」
「………そうか。」
そう言って、一色君は踵を返すも正反対の方向に歩き出す。
「そっちに行っても、何もないけど。」
「まったく、どういうつくりの地形なんだ。この島は。」
「ごく一般的だと思うけど。」
どうやら彼は致命的な方向音痴らしい。
私は、はぁと溜め息を吐き立ち上がった。
「しょうがないな、ついてきて。」
「お、おう。」
一色君は大人しく、後ろについて歩き出した。
***
「―――……お前さ、どこまで蘭に聞いたの?」
綺麗にさざめく海の流れを見ながら、、一色君が話しかけてくる。
「実は一色君と笠寺が兄弟だけど絶縁中でお父さんが連れ戻そうと動いてるってとこ。」
「ふぅん。―――……藍は?」
「知らない、あまり喋ってないから。」
「何で。」
追及され、私は戸惑ってよく考え言う。
「―――……私は、、自分の苛立ちを笠寺にぶつけてしまったから。」
あの時も、もっとちゃんと、笠寺の言葉を聞けば良かった。
焦らないで目を見て話せば良かった。
しばらく、黙り込んでいると、
「―――……俺は、藍の事が嫌いだ。家を出たくせに親父に期待されているのが憎かった。」
驚いたように目を見開くと、苦しげな表情を浮かべた。
「俺は頑張って跡取り息子という地位を築いて守った。けど、アイツに奪われそうな感じがして嫌だったんだ。頑張んなくても産まれた時から天才児だったアイツに――……。」
苦笑交じりに淡々と話す。
「けど……。」
涙声だった。
「やっぱり、、、、嫌いになれないんだよなぁ。――俺がこの大学に通えて跡取り息子っていう地位に居るのはアイツが俺の前を歩いてたから。アイツが兄貴として凄いねって褒めてくれたからなんだよなぁ。」
今にも泣きそうな彼の横顔は静かにさざめいている海にも勝るほど綺麗だった。
「――――本当は笠寺の事が好きなんじゃないの?」
私がつい言ってしまうと、
「そうかもな。」
息を呑んでから、フッとわずかに笑った。
「俺もあんたもそうやって、自分から突き放しといてそのくせ、今は寂しいんだよ。」
解りきったような言葉に私は少しムッとする。
「別に。一人だって私は一色君みたいに寂しくなんか思わない。」
「バーカ。」
そう言い、肩をすくめた。
「寂しいってのは、信頼してた相手が居るから感じるんだろ。」
ずばりと返されて私は驚く。
「……なるほど。」
そうかもしれない。
と、いう事は私は笠寺の事を信頼していたんだ。
だから、あんなにも笠寺に拒絶された事に私は怒りを覚えたんだ。
「凄いね、一色君は。貴方といると、頭がスッキリする。」
「……お、おう。」
彼は変にうろたえ、恥ずかしそうに耳たぶを引っ張っていた。
***
「あっ、美麗ちゃんと全だ!!」
遠くを歩いていた私達に気づいたらしく、手を振る。
「おーい、全ッ!こっち、こっち!!」
上杉君達が大声を出す。私と一緒に居た一色君はそれに気づいたようで、歩き出した。だが、私はそのまま歩き去ってしまおうとした。
「…………。」
チラッと振り返す時、藍の顔を見た。
藍に何も声もかけられず、顔をしかめながら見ていた。
―――……本当に何なのよ。
こっちは、反省して謝ろうとしてたのに。
そっちには反省の気持ちってものがない訳??
あー、イライラする。
怒りをぶつけるように自然と足音が大きくなっていたのを私は気づかなかった。
「全、どこ行ってたんだよ!」
上杉が言う。
「お前らこそ、どこへ行っていた?探しても探してもいなかったくせに。」
「あのなぁ!!海の家で待ってるっていただろ、聞いてなかったのかよ!!」
ぎゃあ、ぎゃあと上杉、佐藤、春田の三人組がもめ始めた。
「―――はぁ。」
溜め息を吐いて、三人組の喧嘩を見ていると藍と目が合う。
俺は、ニヤッと笑って見せた。
桜庭サンと俺が一緒に居るのがそんなに気に食わなかったか。
いじけちゃってさ。
「―――……全。お前、先輩と何してたんだよ。」
不機嫌そうに頬を膨らまして訊ねてくる。
「別に。道案内をしていただけ。」
その言葉を聞き、さらに藍の眉間にしわが寄る。
「今更だろ。俺は桜庭サンとはしょっちゅう会ってんだから。」
「!?」
「同じ学年だからな。講習の時も席はずっと隣だし、参考書、教科書の貸し借り、勉強会もしてるしな。」
藍は判りやすいほど、うろたえていた。
これは面白い。久しぶりに俺の好奇心をくすぐりやがってよ。
「先輩の事が好きなのか……?」
俺は藍をもっと挑発するように笑った。
「だったら文句があるのか?―――……綺麗だし、頭も良いし、スタイルも性格も良いしな。文句なんかねぇよ。」
一発即発の空気が漂い、三人組は息を呑んだが、結局そのまま、俺は三人組と一緒に歩き去った。