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*33*
〈朔side〉
「ごめんけど、君たちには邪魔されちゃ困るな」
突如、気配が変わった亨介に、俺は警戒心を崩すことなく数歩下がって距離を取る。
彼が顔の前に掲げた物、それは、俺の頬にも貼られてある黒札(くろふだ)だ。
悪霊を簡単におびき寄せてしまう、天界で流通しているグッズ。
非常に粘着力が強く、一度人の身体や物に貼りついたら、札狩(ふだかり)という悪霊退治を行うものでなければとることは出来ない。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
俺は両手を広げて、亨介に叫ぶ。
いくら自分を狙いに来た刺客だったとしても、俺はこいつと戦いたくはない。
だって、目の前に居るのは人間だ。下手に手を出して、怪我をさせたくなかった。
「なんか理由があるんでしょ!? 理由があるから俺を狙ってる、そうだろ? どんな理由かは知らないけど……。悩みなら聞くし、こう見えてもけっこう相談とか受けるの得意なんだ、だから……」
しかし、そんな言葉に対して亨介は態度を変えることはなかった。
厳しい目つきのまま、俺を斜めから見やる。その視線の鋭さに、ゾッと背筋が凍った。
「理由……? 言うわけないじゃん。馬鹿なの? もしかして、一緒に仲良くできるとか思った?
安上がりもいいところだね」
「ッちょっと、それは言いすぎ……ッ!」
俺の横で話に耳を傾けていた八雲ちゃんが、眉間んにしわを寄せて怒鳴る。
なにも自分に言われたわけじゃないのに、自分のかわり怒ってくれる優しい性格の八雲ちゃん。
でも、そんな少女にも目の前の敵は容赦ない。
「言ったところで君らに何ができる? 君らは札狩で僕はヴィンテージだ。お互いに対立する立場なんだよ。いくら手を差し出されたって、仲間になんてなるものか」
ヴィンテージ……。前にクコちゃんに聞いたことがある。
札狩をよしとしないものの総称だ。
ヴィンテージの中には、彼みたいな人間もいるのか……? 自分の意志で、こんなことをしてるのか……!?
「あなたはそれでいいの? そんなことをして、それで幸せ?」
「うるさいな。幸せを連呼する暇があるなら、…………攻撃でも避けてみろッッッッ!!」
享介が腕を振りかぶる。黒札はヒュウッと風に舞い、黒い靄へと変化する。
その靄から、大きな黒い何かが………。
な、なんだあれは……。
大量の悪霊。映画とかでよく見る、貞子みたいなものよりもっと醜い。
まるで、ドラ〇エのスライムのような。どこが手足でどこが眼なのか、それすらも分からないような悪霊たちが、どうっとコンビニの駐車場を埋め尽くしていく。
「ウガァァァァァァァァァァッッ」
という奇声をあげて。
「馬鹿じゃないのかっ! 結界もなにも貼ってないとこでこんなことしたら、人間どもらみんな死んでしまうぞっっ」
「別にいい。人間なんて所詮、限られた歳月の中でしか生きられない無力な生き物だから」
だからって、こんなこと、許されるわけないだろ!
そう反論したかったけど……。
ガシッと俺の右足が悪霊スライムの中に埋もれてしまって、そのままステンと尻餅をついてしまう。
ドスンッッ
「う゛ッ!」
お尻が痛い。大分派手に打ち付けてしまった。
いや、痛みに悶絶しているバアイじゃない。今はまだ通りやコンビニ店内に人がいないからいいけど、そのうち店員さんや客が来てしまったら。多分きっと、このスライムの餌食にされてしまう!
「……八雲ちゃん、紗明! 早くしないと……!」
「わかってるっ! とりあえず、こっちの駐車場は私と紗明で何とかするっ! 朔くんは人が来ないか見張るのと、おモチくんに連絡して!」
「わかったっっ!」
八雲ちゃんの適切な指示を聞き、俺は慌てて駆けだす。
しかしスライムのせいで、なかなか足が動かない。
もどかしい気持ちを抑えながら、必死に足を動かす。
いつもは使えない(と言ったら失礼だけど)紗明も、今回ばかりはグダグダしてはいられない。
今までなぜ本気を出していなかったのかと思うくらい、迅速なスピードでスライムに拳を入れて行く。
「アルジ様、早く結界を貼りましょうっっ! 呪文教えたの忘れてないっすよね!? おいゴキブリ弟! なにボケっとしてんだ、さっさと行けぇ!」
この、鬱陶しいスライムめっっ。お前らなんか、ゲームのなかでは強さなんてザコなのに!
なんでこんなに強いんだよっ。俺の足がそんなに好きなのかっ。
ベタベタ触ってくんな、出るとこ出たら有罪だぞ!?
「あ゛ぁぁぁぁぁもうっっ。うっっざいんだよ! スターバスト!!!!!」
バァァァァァァァァァン!!
呪文を唱えると同時に、凄まじい威力の爆風が身体から解き放たれ、目を開けた時にはさっきまで俺の足にまとわりついていたスライムは灰へと化していた。
………マジか。強すぎるだろ、「スターバスト」。
ユルミスの体液を飲まされて、言われるがままに契約をしちゃったけれど……。
ありがとうユルミス!!!
目の前が一気に明るくなる。
進路をふさいでいた敵も、呪文一つであっという間にピチュンとはじけ飛ぶ。
走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れっ。
俺がみんなを助けるんだっ。俺がチカを守るんだっ。
こんな俺でも!黒札の資格者になった俺でも! やるときはやるんだっっっ!
「ズ・ポモ・ア・デレ・エネ・ワオ!!」
八雲ちゃんが呪文? 見たいなものを唱えると、白い光が発生し、幕のようにコンビニを包んだ。
恐らくこれが結界だろう。よかった、これで関係ない人たちが襲われるリスクは減る。
ズボンのポケットに手を突っ込んで、携帯を取り出す。
電話帳を急いで開き、「百木周」を開き……。
「ウガァァァァァァァァアァァ」
「だぁぁぁぁもう、電話くらいさせろよっっっ! おらっっ」
携帯を持っている右手の上に、スライムが乗っかってくる。
そんなに俺の手が好きなの? なんかいい匂いでもするのかな!? 可愛い奴め。
……なんて思うわけなく、遠慮なく俺は左ストレートをスライムにお見舞いする。
ボキッッッッッッ
凄い音がした。普通ポヨンとか、そういう可愛い音がするんじゃないっけ。
ボキッッって。なに、俺まさかスライムの大事な部分を破壊してしまったとか……?
おそるおそる自分の左手を見ると、小指があり得ない方向に曲がっていた。
じんじんと痛み出す。ちょっとでも力を加えると、激痛が走った。
「…………………マジかよぉおおおおぉ!?? 」