完結小説図書館
>>「紹介文/目次」の表示ON/OFFはこちらをクリック
*36*
こんばんは、むうです。毎日投稿目指して頑張ってます。
ついでにお勉強も頑張ってる今日この頃です。
********
〈チカside〉
しばらく20万だの30万だのと浮かれていたけれど、数分も経てば舞い上がっていた気持ちもすっかり落ち着いてきた。いや、落ち着いた……というよりは、実感がわかないと言った方が正しいのかな。
それこそ、ユルミスの減俸の話の方が胸に残っていた。クコと紗明が口をそろえて『天才』と称する悪魔の少女。
聞いてみると、アカシックレコードの管理業に就職するには筆記試験に合格する必要があるらしい。その難しさは、最難関レベル。綿密な水晶を扱うが故、己の機動力や判断力も重要になってくる。
ユルミスは毎回学年首席だった、と紗明が言っていた。
運動も勉強も、全てが周りの人より良くできていた。いわば文武両道ってやつだ。クラスメートの中には、彼女に嫉妬して嫌がらせに走ったものもいたらしい。ユルミスが陰口を言われたりするたび、紗明が犯人を特定して抹殺したらしい。
「てことは今失業ってこと、だよね。……大丈夫なの? いつから?」
「………一カ月前から」
当人がなんてことない調子で、ソファに寝そべり呟くものだから、反応に迷う。
彼女にとっては、大したことないことなのかな。それか、無理に笑っているのかもしれない。僕や、先輩であるクコに迷惑をかけまいと。
「なんで黙ってたんや。言うてくれたら、うちだって管理局へ戻れたのに……」
「大丈夫ですよ! そのうちいいとこ見つけます。なんならパイセンと一緒に札狩したりとか」
「………まあ、別にえぇけど………」
天界にも学校や役所など、人々の居場所がある。人間と同じように働いて、お金をもらって、ためたお金で小さな贅沢をする。
天使だろうが悪魔だろうが、それぞれに色んな悩みがあって、それぞれに苦しみながら頑張って生きていることを知った。
無神経でマイペースで、S気質のクコ。毎日明るく振舞っているけど、多分彼女にも悩みは尽きないよね。
天界へ僕を連れて行くという大事な任務に失敗した。上司からは解雇するぞと口酸っぱく言われている。「姉ちゃんはうちのことを馬鹿とかアホとか言う」と前に聞いたことがある。
紗明だってそうだ。二重人格なんだから、自分が一番苦労しているだろう。どこまで自我を保てるのか分かんないけれど、周りに迷惑をかけているとはうすうす気づいているんじゃないか。
でも、そうしようもないんだ。そういう風にしか生きられないから。
それでもあの天使は、あの死神は僕たちに笑いかけてくれる。尽くしてくれる。休みの日は一緒の場所に集まって、他愛のない話をして、ときに口論をして、また仲直りして。
………僕は彼らの足手まといじゃないだろうか。
幽霊になって、札狩をするようになって。そりゃあ自分が死んだという事実は悲しかったけど、友達もできたし双子の弟とはまだちゃんと話ができる。
あのままクコと一緒に天国へ行っていたら。多分今の僕はここにはいない。八雲にだって会えてない。朔も暗い表情のままだったかもしれない。
(あれ………。僕、すごい得してるじゃん………)
こんなんでいいのか? これで本当に許されるのか?
なんでお金に目をくらませてるんだ。なんであんな偉そうな口をきいたんだ。自分が恵まれていることも知らずに。虚勢張って。余裕ぶって。
『きみ、百木くんか。百木くんは目に見えない。声もかけてもらえない。永遠にボッチや。ざまあ』
身体が透けているから、そのままコンビニでおにぎりを買ったりということはできない。
ちゃんとご飯が食べれているのは、八雲のお兄さんが毎食作って食べさせてくれるから。人目に付かず眠れているのは、八雲が僕を家に呼んでくれたから。
ボッチになる可能性だってあったんだ。それなのに。
それなのに自分は。思わず膝に顔をうずめる。胸の中に苦い何かが混じった。
「………………自分が嫌になる………」
『チカは優しいんだよ。俺は馬鹿だからさ。チカがいないとなんも出来ないじゃん。でもチカは一人でも大丈夫じゃん。だから凄いって思うよ』
ちがうよ朔。一人になるのは怖いよ。しかも死んだらその孤独は一生ついて回るんだ。
僕は優しくなんかない。偽善者ぶってる馬鹿野郎だよ。
虚ろな目で床を眺めていたものだから、急に鳴った携帯に思わず肩を震わせる。軽く三十センチは飛んだ。バクバクと高鳴る心臓。大きな地震でも経験したのかというくらいのオーバーリアクションだった。
プルルルルルルルルルッッ
「チカ、電話鳴ってる」
「う、うん」
慌てて着信画面を開くと、『百木朔』とある。
今は午後四時過ぎ。朔は午前からずっと学校に行っていたので、もうそろそろ帰る時刻だ。どうしたんだろう。コンビニで何か買ってほしいものはないかとかかな。
「もしもし朔? どう……」
『ブッ ザーザーザーザーザー』
砂嵐。滅多に聞かない不快な音が、耳の裏を撫でる。
携帯が壊れているのか……? 念のため、もう一度画面の向こうにいるだろう弟に呼びかける。
「も、もしもし? 大丈夫? どうしたの!?」
『チッ………チカ…………!』
良かった、応答してくれた……と普通ならここで胸をなでおろすところだろう。でも、その行動に出れる状況ではなかった。
悲痛な叫び。何かを必死で耐えているようだ。それに、ところどころ騒音が聴きとれる。その正体を知りたいのに、車のエンジン音のせいでかき消されてしまっている。
「今どこ!? ねえ、どうしたの!? どういう状況なの?』
『小指が折れた………ッ』
「………は??」
小指!? そんな……、一体何をしたら骨なんて折るんだ!? 交通事故? なんなんだ?
焦り、怯え、不安。色んな感情が頭の中でグルグルと渦を巻く。目の奥が心なしか熱い気がする。
『……ヴィンテージが来たんだ……俺の黒札を狙って……悪霊を沢山、おびきよせて攻撃してきた……! 万が一の場合に備えて八雲ちゃんと紗明を呼んでおいたんだけどッ……俺、弱いからさ………なにも、出来なくて……』
「謝らなくていいよ! 今行くから!! すぐに行くから!!!」
ヴィンテージ。札狩の敵。悪霊。小指骨折。
詳しいことは分からないが、一大事だということは確かなようだった。
クコとユルミスに電話の内容を説明するのも忘れて、僕は一目散に部屋から飛び出した。
もどかしさをこらえながら玄関の扉を開けて歩道に出る。
息を切らしながらただただ足と手を動かした。助けなきゃ、助けに行かなきゃ。
『………ごめんねチカ……。俺、ほんとーに弱虫でさ……う゛ッ』
「………違う。弱虫は僕だ」
いつも守られてばっかりだった。生前も。死んでからも、ずっと誰かの力に頼って生きていた。
どこかで勝手に相手を見下して、変なマウント取っている自分がいた。
許せない。誰だそいつ。いますぐ陰から引きずり出して、一発決めてやりたい。
自分がどうしようもなく愚か者だって気づいたら、とたんに泣きたくなった。死にたくなった。もう死ねないのに。実態もないのに、誰かによしよししてもらいたかった。
百木周。自分の不注意で車にはねられた、どうしようもなくバカな人間。
今までの経歴。悪魔と天使と死神に頼って生き、さらに弟に甘えて努力をしない愚か者。
……もしウィキペディアにプロフィールが記載されたら、きっとこんな文面なんだろう。
さすがにそれじゃ、カッコ悪すぎるだろ。
「だから、今行くよ、朔ッッッッッ!!!」