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カオスヘッドな僕ら【連載終了】
作者: むう  (総ページ数: 51ページ)
関連タグ: コメディー 未完結作品 妖怪幽霊 現代ファンタジー 天使 
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*37*

〈クコside〉

「百木くんっ! 待ちィや百木くんっっっ!!」

 光の速さで部屋から飛び出した百木くんを追いかけて、うちは家の扉を乱暴に開けた。
 周囲を見回すと、数メートル先の歩道に彼の姿を見つける。

 感情に任せて動くとろくな目に合わんってネートル室長が言うてた。
 君がもし怪我なんかしたら責任はうちに帰ってくんのや、ただでさえ安くなった給料がこのままゼロになる可能性もあるってことやぞ、ちょっとはうちの気持ちにもN……(以下略)。

 何度か声をかけてみたが、走るのに夢中なのか振り向いてもくれない。
 もともと何かに熱中すると他の声が聞こえくなる性格で、おまけに無駄に頑固な子や。ちょっとやそっとの言葉なんか聞いてもらえん。

「おいこらっ! 待てって言うてるやろっっっ」
「あだだだだだだだだだ!????」

 八雲ちゃんのお兄さんからもらったお下がりのTシャツを、百木くんはこのんで着とる。
 蛍光色のピンクや黄色もぎょうさんあったけど、目立つのが嫌いなのか白か黒のもんしか身に着けないので、うちは心の中で『パンダの君』と呼び始めている。

 そんな彼の服の裾を引っ張ろうとしたけど、勢い余って代わりに彼の左手首を思いっきり掴むことに。切るのを怠って、魔女のごとく伸びたうちの爪が、彼のか弱い肌に突き刺さる。


「痛(い)っった!! な、なんだよっっ……? あ、痕になってる……」
「……ご、ごめん………。悪気はなかったから……許したってや」

 怪我させたらいけんと思ったのに、自分から怪我させてどうするんや。うちのバカ、馬鹿!
 暗くなった心を入れ替えようと、両頬を手でぺチンと叩く。

「用がないなら僕は行くよ。朔たちを助けに行かな……」
「待てって言うてるやろ―――――ッッ!!」


 べチィィィィィィィィィィィィィィィィィッッッッッ


 あっと気づいたときには、右手が目の前の相手の右頬へと軌道を描いていた。そのまま大きな音を立てて手のひらが直撃。
 攻撃を食らった衝撃でよろよろと倒れる百木くん。片やフーフーと息を切らしながら彼を睨んでいるうち。上がった息を必死に整えるも、膨れ上がった気持ちは静まるそぶりを見せない。


「なにすんだよ!??」

「知ってるはずやろ百木くん! あんたは幽霊や! うちや紗明やユルミスとかの天界の住人や、八雲ちゃんみたいな霊感の強い子にしか見えんし触れんのや! その状態のまま戦線へ飛び込んだら……攻撃はすり抜けるかもしれんけど、怪我は保証できん!!」


 うちの言葉を受けて、鋭かった彼の目つきがふっと弱まる。何か言おうと口を開きかけた百木くん。でもその口からはなにも出て来んかった。反論できなかったからやろか。うちの言うことが全部正しくて悔しかったからやろか。

 うちはな、ずっと君に謝りたかったんや。天界管理局っていうところで働いておきながら、君を天国に連れていけんかったやろ。
 百木くんが今こうしてここに居らんといけんのも、札狩をやっているのも、全てはうちが犯した失敗のせいなんや。『地上にいられるんは五分まで』ってルールを無視して長々と喋ってた馬鹿な天使のせいや。


 あと……もう一つ。
 謝らなきゃいけんことがあるんや。本当はもうちょっと後にでも言えばいいと思っとったけど……それはやめた。
 
 いつも頑張ってるパートナーに、これ以上隠しごとをすんのはなんか違う気がしたんや。
 さっきだってあんた、うちが止めなきゃそのまま走り続けとったやろ。感情で動くのが苦手っておこと、よう知っとる。だけどみんなを守りたいという意志のままに君は動いた。凄いと思うで。

「………百木くん。うち、百木くんにずっと伝えたかったことがあるんや。出会ってすぐ、『天界に居れるのは五分まで』って言うとったやろ、うち」
「……う、うん?」


「あのときうち、わざと百木くんを天国に行かせんかってん」
「…………………え?」
「……案内人は、死んだ人を天国に送り届ける職業。でも、連れていける人っていうのはある条件がいるんや。百木くんはその条件に当てはまらんかったから、わざと……連れて行かんかった」


 話が呑み込めないでいるのか、百木くんが「え、え!?」と何度も叫ぶ。
 彼の表情を見るのが怖くて、視線を地面に降ろす。ありんこが歩道の端を歩いていた。

「本当なの? その話。じゃあ僕に札狩を教えたのも、天国に行けないってわかってたからなの?」
「……未練がある人は連れていけん」

 ○○市○○庁で、人間の男子中学生一名が車にはねられ死亡した。すぐに向かってくれ。
 室長にそう命令されて地上に降りたうちは、百木くんに会った。そして彼と話すうちに、あることに気づいてしまった。

 彼には未練がある。もっと生きたい。まだ死にたくなかった。そういう気持ちがある人を送り届けてはいけない決まりになっている。なんの欲もない状態が一番望ましいのだ。

 百木くんが天国へ行けないのを知っていたから札狩をすすめた。幽霊で札狩をやっているのは、だいたいが未練を晴らすために地上に残っている子だった。

 うちはそのまま帰れたけれど、百木くんが心配だったから彼と一緒に残ることにした。この仕事を始めてから今まで、沢山の人間を担当してきたけれど、彼が一番話が合った。これまで担当してきた人間は年配の老人ばかりやったから、こんな若い子が死んだというのが納得いかんかった。


「……だから自分の未練がなにか分かるまで、未練が晴れるまで、札狩をしてのんびり過ごしたらええと思ったん。幸い八雲ちゃんっていう優しい知り合いも出来たんやし。……でもみんなが仲良うしてるときにこんなこと言うのは、雰囲気壊しそうで………」

 ごめんな百木くん。馬鹿なパートナーでごめんな。
 九人姉妹の末っ子に生まれて、姉ちゃんみんな頭いい企業に就職して。自分もそのレールに乗せられて案内人になったけど、正直忙しくてあんま楽しめなくて。

 でも君の担当になってからめっちゃ楽しかってん。うちのせいで悲しませてんのに……めちゃくちゃ毎日面白くて充実してて……だから、だから………。


 両目から生温いものが溢れて顎を伝っていく。お気に入りの赤縁眼鏡を取って、手の甲で乱暴に目元をぬぐう。あかん……しっかりせないけんのに………。


 と。


「大丈夫だよ、クコ。もういいよ。ちゃんと、分かってるから」


 頭の上に温かい感触が乗っかった。百木くんの手のひらだった。そのままうちの頭を数回撫でる。優しく、ゆっくりと彼の手がうちの髪を撫でる。


「………も、ももきくぅん………!」
「僕、クコがパートナーで良かったよ。……紗明やユルミスがパートナーだったら、絶対うまくいってないよ」


「紗明を手なずけれんのは八雲ちゃんしかおらんやろ。百木くんには無理や」
「だよね」

 こらえきれずに吹き出した百木くんにつられて、しばらく笑い転げる。笑っているうちに、胸の中の汚い感情はすっかりなくなっていた。
 
 決めたで。うちの目標。百木くんの未練を晴らすこと。そして百木くんの未練が晴れるまで、彼を守ることや。
 姉ちゃんには馬鹿にされるわ、室長には呆れられるわ。後輩のユルミスには気を利かせるわ。どうしようもない天使やけど。大切な人を一人守るくらいはできるやろうし。


「さて、ほな行こうか。朔くん小指折れたんやって? 怪我した奴にきゃくのちぎゃいってやつを見せつけてやrrrrrrrrrんや!」
「………滑舌大丈夫か??」
 
 

 

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