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カオスヘッドな僕ら【連載終了】
作者: むう  (総ページ数: 51ページ)
関連タグ: コメディー 未完結作品 妖怪幽霊 現代ファンタジー 天使 
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*39*


 〈チカside〉


 ズバァァァァァァァァァァァァン!!!!!
 

 右手を力いっぱい振り下ろすのと同時に発生した爆風が、八雲を攻撃していた悪霊だけではなく周囲の敵までをも数メートル先へ追いやったのは、自分でもうまく理解しがたい出来事だった。

 十数年間ろくに運動もしてこなった人間だ。いきなりスーパーヒーローみたいなパンチを出せるわけがない。 
 火事場の馬鹿力というべきか、仲間がやられているのを放ってはおけなくて、自然と手が出てしまった。人を殴ったことも喧嘩をしたこともないのに。

 悪霊がシュウッと、炎が燃えるような音を立てて消滅していくのをぼうっと眺める。やけにあっけない最期だ。

 僕が倒したなんて夢のようだ。
 もしかして今、実際に映画のスクリーンの中にいるんじゃないのかな、なんて馬鹿げたことを考えてみる。でも握った右手は今も痛くて、少し汗ばんでいる。夢ではないんだ。

 あれは何だったんだ……?
 幽霊の身体であんなことができるなんて教えてもらってない。それに、横にいるクコですらあんぐりと口を開けて固まってるんだもん……。

 色んなことがいっぺんに起こったせいか、頭がくらくらしている。身体が興奮してなのか、じんわりと熱を持っているのが分かる。

「……おモチくん!」

 と、解放されて楽になった八雲が後方から駆けて来た。腕や足に多少の擦り傷はついているけれど、命に別条はなさそうだ。
 彼女もまた興奮状態にあるのか、いつもより上ずった声で八雲は言う。


「ありがとう、助けてくれて。終わったと思ってたの。死んじゃうんじゃないかって怖かった。でも、おモチくんが走ってくるところが見えて……かっこよかったよ。とっても」

 真っ直ぐな言葉が、胸を突く。
 そんな、ただ僕は八雲を怪我させたくなくて、それで。

 誤解されるような言い方になってしまい、恥ずかしくなって、ゆるゆると下を向く僕を、八雲は笑って受け止めてくれた。

「おいクコ! あいつンことただのゴキブリと思ってたけど、意外とやるじゃんか。テメエなんかあいつに伝授したんだろ、どうせ。ったくそういう世話焼きなとこ、お前らしいぜ」
「いや、うちは何も……」

 珍しく紗明がクコの肩に腕を回す。
 いつもなら『やめい!』と叫び距離を取るクコは、腑に落ちない顔で首を傾げる。その様子に紗明は眉をひそめて、人差し指をクコの鼻先に突き付けた。


「はぁ!? じゃ、さっきのは何だってんだ? 俺が相手してた奴ら全員殺すほどの威力! あんな攻撃が出せた幽霊は前代未聞だぜ!?」

「知らんもんは知らん! だってうちはあの子のパートナーや。案内人をやってかれこれ三十年以上経っとる。うちがなんか知っとったら、すぐアンタやユルミスに言うはずやで」

 ちらちらと僕を見やるクコの視線が、だんだんと険しくなっていることに気づき、僕はそうっと視線を逸らす。
 そんな目で見ないでほしい。僕ですら現状が分かってないんだから。
 
「チカ……! 来てくれたんだね!」

 外にいた朔がこっちへ歩いてくる。ただしその身体は左右にふらふらと揺れていた。
 弟が小指を骨折したことを思い出した僕は、八雲と一緒に彼の元へ走る。

「朔! 怪我は!? っ指、めっちゃ腫れてるじゃんっ」

 朔の小指には添え木として小枝がハンカチで縛られてあった。ハンカチの隙間から見える朔の細い指は、赤くぱんぱんに膨らんでいてとても痛々しい。

「へーきへーき。ほら、なんともな……い゛っ」
「無理しないで……。ごめんね、もっと早く気づいていれば……」

 八雲がシュンと肩を落とす。
 女の子が悲しい顔をすると、こっちまで悲しくなってしまう。朔も同じ気持ちだったのだろうか。顔の前で右手を振り、にっこりと笑って見せた。

「ううん。八雲ちゃんがいなかったらもっとひどかったよ。ねえチカ」
「うん、ありがとう八雲」

 二人で頭を下げると、八雲もいくらか安心した顔になった。やっぱり彼女は笑った顔が似合う。
 
 しばらく三人で雑談をしたりして、のほほんとした雰囲気が広がっていた。考えごとをしていたクコたちも悩むだけ時間の無駄と思ったのか、数分後にいつも通りの口喧嘩をし出す。

 そんな空気の中、とある声が僕たちを我に帰らせた。


「………信じられない。あの数の悪霊を、いとも簡単に………。何かの間違いだ」





 佐倉享介。ヴィンテージとして暗躍する、札狩たちの———敵。
 享介は独り言のようにぶつぶつと呟いた後、ふっと顔を上げた。その双眸はもう険しくはなかった。ただただ、「なんで?」という疑問心で彼は僕に問う。

 享介の中にはもう戦意はなかった。僕のあの攻撃で、くすぶっていた彼の戦意はあっという間に消えてしまったのだ。時の流れに乗って、ろうそくの煙が空気に霧散するように。

「なにをしたの?」
「………なにも、してない」

 本当になにもしてない。狙ってやったとかそういうことでもない。
 いや、『なにかを自分がやっていたとしても、自分でそれが何かわからない』と言った方が正しいのかな。

『あんたは幽霊や! うちや紗明やユルミスとかの天界の住人や、八雲ちゃんみたいな霊感の強い子にしか見えんし触れんのや! その状態のまま戦線へ飛び込んだら……攻撃はすり抜けるかもしれんけど、怪我は保証できん!!』

 おかしい。
 普通、僕のパンチは悪霊の身体をすり抜けるものだ。幽霊の身体が透明であるなら、攻撃だって当然。

 自分の拳に視線を移す。手のひらには、道路が透けて移っている。
 あのとき、攻撃が通ったってことはひょっとして、あの瞬間だけ僕の身体は実態を持ったってことなのだろうか。もっと簡単に説明すれば、漫画とかでよくある『実体化』みたいな。

 そんなことがあり得るのだろうか。幽霊は、自分の意志で実体化出来たりするものなのか? それがたまたまクコは知らなくて、僕に伝えることができなかったってことなのか……?




 

 
 

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