コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

COSMOS【ゆっくり更新再開】
日時: 2017/08/14 01:01
名前: Garnet (ID: KG6j5ysh)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?mode=view&no=10581

真っ暗で、何も見えない。
何も聴こえない。

自分が何者かも、わからない。

でも、
貴方のことは
ちゃんと憶えている…

碧い瞳

真白な肌

琥珀みたいな髪

長い睫

細い指

クリスタルみたいに、透きとおった声。


すべてが
自分を包み込む。

でも、空しく その記憶さえも風化していく…

名前…
なんだったっけ?


次に目を覚ましたときも

必ず貴方を

見つけ出します———————




☆——・——☆——・——☆——・——☆——・——☆——・——☆



【Message from author】


(2017/8/14)新板へのスレ移動が完了しました。


クリック、閲覧、まことに有難うございます。こんにちは。
Garnet(ガーネット)と申します!
わたしのこと知ってる人ー?と訊いたら、10人中3・4人くらいは手を挙げてくれるかと思います← (このような拙作が2015夏小説大会で賞を戴くことができました。)
あっ、お帰りになるのでしたら、せめて名前だけでも覚えてからブラウザ閉じてください(汗)

(2015/4/6)URL欄に プロフィールのURLを貼り付けました。
一部を除き、各スレッドのURLを整理してあります。



【Contents(New-type)】>>163

【Contents】>>160


Special thanks(`ー´ゞ-☆

【Guests】>>302 ☆いつもありがとう☆
【Anniversary】>>131(記録停止中)


Please confirm( *・人・)

【Information】>>383


【Twitter accounts】@cosmosNHTR(こちらは「Garnet」の名前で。) @garnetynhtr(こちらは今のところ「がーねっと」の名前で。)

(現実世界のほうでわたしのことを知っている方へ。
友人でも家族でも、スレッドにしろTwitterにしろ、閲覧したい場合には『必ずわたしから許可を得てください』。
いくらこんな相手だからといっても、最低限の礼儀は忘れないでくださいね。)





念のため、養護施設や乳児院、児童とその保護者についての法律関連のことや実例などは調べさせていただいたりしましたが、すべて正確にこの世界に写しとることは不可能と判断したため、本作ではこのような設定や物語の形をとらせていただきました。
違和感、不快感などありましたら申し訳ございません。
 
 
 

Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81



Re: COSMOS ( No.330 )
日時: 2015/12/13 22:22
名前: Garnet (ID: GlabL33E)


お母さんは、何処にでも居るような普通の母親だった。
顔は 俺には全然似てない。世間一般的には、普通な顔と言われるような顔だ。
唯一似ていた声質も、声変わりしてから 陰を無くした。
……といっても、それは 前の家の近所の人から聞いた話だ。

そんな、極めて普通で普通に母さんしてたお母さんは、俺が6歳になったばかりの夏の頃、突然に失踪した。
夜中に 2日にいっぺんくらいお父さんと口喧嘩していたのは、記憶の所々に残っている。煩くて眠れなくて、わあわあ喚いていたら「ごめんね、ごめんね」そう言って かさついた手で髪を撫でてくれた。
でも、居なくなったときは本当に静かで。
朝の5時過ぎくらいに目が覚めて、隣の布団を見たら、既にもぬけの殻だった。
もう起きて、お弁当を作っているのかな、そう思って彼女の後ろ姿を探したのに。
トイレにも、お風呂にも、台所にも、居間にも、ベランダにも居なかった。ドアを開けた直ぐ隣にある 洗濯機の前にも居なかった。

「お母さん……?」

虚しく、朝陽の流れ込むアパートの一室に声が響く。
エアコンの空調音が、がたがたと続くばかり。
お父さんも、仕事に出てしまっていて、居ない。

いつものように、着替えも出してくれていて、カーテンも開けてくれていたのに、お母さんだけが"いない"。
幼いながらも、もう帰ってこないんじゃないかと思った。

祖父母の家の電話番号も、お父さんの勤務先の電話番号も知らなかった俺は、ただ一人で泣き続けた。
ラップのかけてある冷めた朝食も、まるで食べられる気がしなかった。


いつもぼくがないてばかりだから、ぼくのこときらいになっちゃったの?
いいこじゃなかったから?
きのうのゆうごはんにでてきたこまつな、のこしちゃったから?


10時半頃、目と鼻の先にある幼稚園に来なかった俺を心配して、担任の先生が家にやって来て。
何時間も泣き叫んでいた俺を、保護したらしい。


その数日後、警察の人たちが動き出した。
あの頃、30代前後の女性を狙った誘拐事件が 全国的にぽつぽつと起きていたらしい。
彼女ももしかしたら被害に遭っているのかもしれないと、慌ただしかった捜査本部が更にてんやわんやになった。
結局は 事件とは無関係で、其を知ったときは、安心しすぎて身体が溶けてしまうんじゃないかと思ったよ。

……でも。
待ち望んでいた彼女との1か月ぶりの再会は、あまりに哀しいものだった。
何も言わずに出ていって、何も言わずに帰ってきたんだから。
当時は死というものが何なのか、全く解らなかったけど、この眠ってる人はもう起きないんだって、いつも作ってくれた甘じょっぱい玉子焼きはもう食べられないんだって、もう……名前を呼んでくれないんだって、それだけは理解できた。
お父さんは、何時ものスーツに身を包んで、顔に白い布を掛けてあるお母さんを、疲れ切った表情で ずっと見詰めていた。
その凹凸のある目元に、涙を塞き止め、

「すまなかった」

たったひとこと、それだけ絞り出して、

「……帰ろうか、拓。」

掠れた声と冷たい手のひらで、俺の手を引いていった。
これが、最後の温もりだった。


"蘭"という名の姉の存在を知ったのは、それから4か月くらい後の話。

Re: COSMOS ( No.331 )
日時: 2015/12/01 23:51
名前: Garnet (ID: G1aoRKsm)



湿度の高い空気に、咽びそうになる。
不快度指数はMAXだ。心身共に。

「馬鹿馬鹿しいよ、ほんと。
 子供の頃は、蘭に出会ったばかりの頃は、ずっと、ずーっと、待っていれば もとの生活に戻れるって信じてたんだから。
 …………未だ俺は子供だけどさ。」

扇風機の風で、ふと 頭の中温度が低くなる。
もしかしたら、皆、同じように信じていたのだろうか。
奈苗の星空を見上げる後ろ姿が。初めて出逢った日、土砂降りのなかをずぶ濡れになってやってきた知美の顔が。現れては消えていく。
待っていれば家に帰れる、何時か必ずお母さんが迎えに来る、何時か必ず、お父さんが———

其処までで、思考を巡らせるのを止めておいた。
アルコールと血の臭いが混じって、隙間を這いながら俺の中を蝕んでしまいそうだったから。
自分にばかり好都合だと言ってしまえば、この物語は一瞬で完結するだろう。
けれども、それは無意識のうちに憚られていた。
……何がしたいんだろう。


「もうお前は、充分大人だと思うんだけどなあ。」


困ったように笑って、良樹が口をぱくぱくさせる。

蝉の声が煩くて、耳には届かなかったけど、彼は俺に そう言っていたらしい。
何か言った?と訊いてみたけど、適当に調弄されてしまった。
首を傾げる俺に、何でもねーって、と良樹が苦笑する。

「ほら、飲めよ。」

たっぷり結露した、麦茶のコップを受け取る。

夏になると、良樹のお母さんが作ってくれるらしい。
あの笑顔でいつもお湯を沸かしてるんだろうなと、容易に想像できてしまった。
そういえば鈴木さんも、部活や運動会を頑張ってる子供たちの為に、薄くはちみつレモンが匂う、スポーツドリンクを作ってくれている。
また今度作ってもらおうかな。受験のときにホットバージョンを作ってもらったら、安心して問題に挑めそうだ。

キラキラと光るコップの底を暫く眺めてから、ぐいと喉に流し込んだ。
良い香りが鼻に抜けていく。
普段は緑茶が主だから、何だか新鮮だ。

「んまっ。」

言葉を憶えたての幼児が、親の真似をするみたいに。
本能的な言葉が出てくる。

白い歯を見せて、良樹が笑みを零した。




あの後、オセロを3回もやっていたら、いつの間にか11時半になっていた。
結果はどうだったかなんて、言わないで欲しい。勿論3回とも負けたよ、ハハハ。
角っこは2回しか奪えなかった。

「じゃ、またな。宿題が終わったら電話しろよ。」

玄関先の柵に干してある敷布団に寄り掛かって、ひらりと手を振られる。
おう、と返事をして、身を翻したところで、「あ、拓っ」迷いながら、引き留められた。

「すごくタイミング悪いんだけどさ。」
「ん?」
「その……お前の母さんの、墓参り。行ってきたんなら、今度 オレも連れてってほしいなーって。」

ちらりと振り向けば、困ったように 指で頬を撫でながら、訊いてくる。

「……ああ、別に、構わないけど。随分先になりそうだよ。」

きっとそれは、4人の止まった心時計の針を、あの夏の日から、進めることが出来てからだ。

再び前を向き、じりじりと熱い階段をおりて、アスファルトの上を歩いていく。

「来週のお祭り!夏海ちゃんも誘うから!」

後ろから聞こえる声に、俺はそっと、手を上げた。



《『海の花』完》
 

Re: COSMOS ( No.332 )
日時: 2015/12/03 20:34
名前: Garnet (ID: B8JRHIdg)




気がついたら 彼等は隣に居て、笑っていた。
藍色の感情を滲ませ、私も微笑んでみせた。


ずっと一緒だよね


彼等はそう言って、また笑う。
"わたし"の後ろで、私はその顔を見つめ続けていた。

変わらないで欲しかった。
壊したのは、私なんだけれども。

壊したことも、実は幻らしい。
しかし、幻想に縋る愚者の視界の端で、確かに其は、軋む音を立てていた。
何時崩れてもおかしくはない。
どうせなら、巻き込まれて消えてしまいたい。


……ただ、私は。本能を言い訳に逃げたいだけだ。




〔夏海 16歳盛夏〜夏の暮〕『夜這星より儚く、闇黒より揺るぎなく』




私のお母さんは、青い海に見守られる港町で生まれ育った。

空も海も、同じ青色なのに、2つは決して溶け合わなかった。
私を授かって 10年振りに帰ってきた故郷で、そう思ったのだと、誕生日を祝ってくれる度に 彼女は嬉しそうに話してくれた。
海に再会したお母さんの横で、お父さんは困ったように笑ったんだって。

その春の日の3ヶ月後、私は産まれた。
夏になって、もっとあの海は青くなったんだろうな、と記憶の中を漁っていたら この名前を思い付いたんだそうだ。

きっと、その濃い色の空は。今も未だ、交わることはないと思うよ。
でもね、お母さん。
私は今、前で広がり続ける歪みに 呑み込まれそうになってるんだ。其が何なのかはわからないんだけど。
悪いんだけど、貴女が託してくれた願いを、守れそうにない。

……なんて、此の肩に小さな手を添えて 目の前の姿見を覗き込むお母さんに、心のなかで語りかけてみた。
そんなことはまるで知らないというように、鏡に映る笑みはキラキラと眩しい。
自分でも吃驚するほど、私たちは似ていた。
知らないうちに歳をとってしまった気がするけど、若さの代わりに、洗練された笑顔が其処に在る。

「似合ってるわよ、夏海!流石は私の娘。」

今年の誕生日プレゼントにと買ってくれた、暗い藍に色鮮やかな花が咲く浴衣を、ここまでぴしりと着付けてくれたのは、お母さんだ。
昔、着物教室に通っていたんだとか。リスペクトだ。

「もう、変なこと言わないで。……ねえ、今日も仕事なんでしょ?」
「なーに、一緒に行きたいの?」
「えっ…」
「冗談よ、でも、ごめんね。」

何に対して謝ったのか、正しいところは解らない。

お母さんは、黒く綺麗に映える睫毛を伏せて、私のポニーテールを巻いていく。
背は、母娘共に150センチ代だ。細かく言うと、私は155。お母さんのほうがもう少し大きい。

真っ白な太陽は、南中したあと 空を滑り落ちるように傾いた。
ただいまの時刻、夕方の4時。良樹くんから伝えられた、蘭たちとの待ち合わせ時刻までをみても、丁度良い位だ。

去年話したきりの瑞くんも通っている、私達の原点とも言える小学校。
その柵を隔てて直ぐ隣の道路を貸し切って、このお祭りは今年も夏を告げるんだ。

数百メートルの道に 人がごった返す。
りんご飴を少しずつかじって人混みをかき分ければ、夏休みなんだなーって、夢見心地にしみじみと感じる。
そんな素敵な夏祭りに、ここ数年、お母さんとは一緒に行けていない。
でも今年は、送り迎えだけは車でしてくれるそうだ。
近くだからべつにいいよ、と断ったのに、浴衣が崩れちゃ大変だからと、半ば強引に説得された。

きゅっきゅっ、締めながら、髪を巻いて。
最後のアメピンを通されたところで、ぼうっとした意識が帰ってきた。

耳の近くに、きらきら光る飾りのついたピンを一本、通せば。
三枝夏海、夏祭り仕様。完成。


「弾けてらっしゃい、高校生は、一度きりだから。」

Re: COSMOS ( No.333 )
日時: 2015/12/06 22:19
名前: Garnet (ID: hr/PPTT1)

「一度きり、か……。」

お祭り通りの入口近くにある、児童公園。
隣には大昔から建っている神社がある。それもあってか、いつも公園の隅では 大きな石碑が私たちを見詰めていた。何か字が並んでいるけど、正直 何のこっちゃって感じ。

ぽつぽつと公園内に灯り始めた明かりの下、甚平姿の子供たちが 遊具で遊び回っていた。
非日常の空間にひとり立ち竦み、ど真ん中に生えている大木を見上げた。
茂る葉の隙間で、真っ青だった空が、少しずつ色褪せていく。

最後に此所に来たのは何時だっただろう。
小学生のときは、校庭の次に大好きな場所だった。
少し傾斜のキツい滑り台も、低い雲梯も、神社へと抜けられる 破れた柵の網も。全部がまるで、魔法の掛かったアトラクションのようで、携帯電話もゲームも無くても、時間を忘れて夢中になれた。
でも今は、その夢の世界に足を踏み入れられない。何でだろう。
此が、大人になっていくって、ことなのかな。

高校受験が終わったあと、春休みはとても短かった。
改めて櫻沢の説明会に母娘で行ってきたり、制服や体操服、教科書の受け取りをしたり。
元クラスメートから 公立の倍はあるねと言われた宿題を終わらせた頃には、入学式は目前だった。
其処からまた、目まぐるしいほど流れの早い毎日を生きて、勉強にテストに校外学習に、もう大忙しだ。
唯一助かってるのは、4月中に入部した硬式テニス部がユルいことと、制服のデザインが可愛いってことくらい。
それなのに「一度きりだから」と言われても、私には青春謳歌なんてできる気がしない。
一時のアオイハルを満喫できるのは、この夏休みくらいじゃないだろうか。
幸い、今回の宿題は少ないし。

公園の外で、電柱に伸ばしてある提灯が 一斉に点いた頃、蘭たちがやって来た。

「なっちー!お待たせっ!」

蘭と、良樹くんと、拓……センパイと、彼の同級生の俊也くんだ。
話に聞いた通り、俊也くんは凄く前髪が長かった。勿体無いな、結構綺麗な顔をしているのに。何でだろう。

……まあ、それは置いといて。中高生組で夏祭りか。うん、青春青春。

「来たばっかりだから大丈夫だよ。」

蘭は、白地に 青や紫色の朝顔が咲く浴衣を着ていた。
男性陣は そういうことには無頓着らしく、俊也くん以外の二人は何時もの私服。
蘭曰く、俊也くんは 浴衣なんて着るようなキャラじゃないらしいんだけど……普通に似合っていた。
白い肌と紺色の生地が、絶妙にマッチしているし。

「チビたちも連れてきてんだけど、彼奴等は、大人に任せてあるから。」
「そーそー!たまにはうちらだけで楽しまんと!」

いきなり拓センパイが喋りだして 少し吃驚したけど、蘭が然り気無くフォローしてくれた。

「よし!先ずは、夏海ちゃんが好きなりんご飴を買おうか!」

良樹くんが、綺麗な歯を見せて笑う。
誰ともなく歩き出して、小さな坂を下りて公園の外に出た。わたあめ屋さんの前で、小さな女の子が 嬉しそうに大きな綿飴にかぶりついていた。

西の空の端は 未だほんのりと赤いけど、此方のほうはすっかり暗くなっていた。

「よっしーの奢りやで、りんご飴!」
「えーっ、何でだよ蘭ちゃあんっ!可愛い弟のお友だちに奢らせるなんて、ひどーい。」
「じゃあ、その"可愛い弟"からも頼もうか。」
「じゃー俺もー。」
「なにぃっ?!2人とも蘭ちゃんの肩を持つのかよ?!」

今月は赤字だあ、と良樹くんが渋々財布を取り出す。
彼には悪いけど、思わずくすくすと笑ってしまった。

「まあ良いよ、美人さんの夏海ちゃんの為なら、お小遣いが無くなっても構わない!!」
「び、美人なんかじゃないからっ!!」

大声で叫ばれた此の言葉には、少し恥ずかしい思いをしたけれど。

———今年も、夏が来た。

Re: COSMOS ( No.334 )
日時: 2015/12/07 20:12
名前: Garnet (ID: DXOeJDi3)



口の中に残る甘さを十分に味わってから、次はじゃがバターと焼きそばを食べた。他にも沢山。
私と蘭は比較的小食なので、1人分だけ買って半分こしたけど。
……何でだろうね。綿飴もたこ焼きもじゃがバターも、寂しく家でひとり食べるより、何百倍も美味しい。

射的をやり終わった頃、祭通りの年齢層が少しずつ上がっていたことに気付いた。
お酒に酔う人もちらほら見られる。
空を見上げてみたけれど、提灯の光にかき消されて、星たちはあまり見えなかった。

「食ったし遊んだし、サイコー!!」

良樹くんが、前で蘭と歩きながら 本当に嬉しそうに伸びをする。半袖シャツの奥から、日焼けした腕が覗いた。
そうだね!と口を開こうとした、その時。
左隣から すっと手が伸びてきて、白くてふわふわしたものを持たされた。
あ、此って……。

「拓センパイ、此、子どもたちにあげるんじゃ……」
「気にすんなよ、凄く欲しそうに見てただろ?取ったモンなら、ガムやらなんやら 山程あるからさ、あげる。」

彼が、私の両手の掌に ちょこんとそれを立たせる。
白いウサギのぬいぐるみだった。さっき射的で何発も当てていた彼が取った 景品のうちのひとつ。
他の景品は、拓センパイが左手に持っている手提げの紙袋の中に 綺麗に収納してあった。

「有難う……ゴザイマス…!でも、もう高校生の私がぬいぐるみって……」
「別に良いと思うけど?」
「え?」
「夏海がウサギを大好きなのは、ずっと前から知ってるし。女の子らしくて、可愛いと思うぜ?」

女の子らしくて、可愛い。
其の言葉に、一気に体温が上がるのがわかってしまった。やだな、もう。
赤くなる私を見て、蘭とは大違いだもん、お前、と彼が笑いながら言う。
蘭のほうが可愛いよ!と真っ先に否定しようとしたけど、それよりも先に、

「今何か言うたやろぉ?此の餓鬼が!」

何時ものように、蘭が怖い顔で振り向いた。

「うわ、地獄耳〜。」
「なんやてー?!拓!金魚すくいはあんたの奢りや!」
「嫌だよ!何でオレなんだよ!」
「れでーふぁーすと、ってやっちゃ。」
「其を言うならレディーファースト!ていうか使い方微妙に違う!」

細かいことは気にせんでえーの!蘭が頬を膨らしながら、射的の景品を奪おうとする。

相変わらず、テンポの良い会話。
私にもきょうだいが居たら、蘭みたいに明るくなってたのかな。
未だ続く面白い言い合いに、思わず口元が緩んでしまう。

「……やっと、ちゃんと笑った。」

右隣から 低くて落ち着いた声が聞こえた。振り向けば、俊也くんじゃないか。
自然と、足を運ぶスピードが落ちていく。

「昔に何があったのかは知らないけど、過去の事は 今日くらい忘れたほうが楽なんじゃないか?」

からり。
下駄がアスファルトに擦れ、高い音が鳴る。
私たちの横を通り過ぎる人の歩みが、一瞬、スローモーションに見えた。

眩しい言葉に反して、俊也くんの目元は 髪が掛かって影になっていた。

「カラスの俺が言えることでもねーけどな。」

くっくっく。何かを思い出しているのか、彼が肩を震わせる。

「俊也くんも、笑うのが下手だね。」
「じゃ、お互い様ってことで。」

にやりと、また彼の唇が弧を描く。

人々が行き交う奥で、後ろに居ない私たちに気がついたのか 3人が此方を向いて大きく手を振っていた。

「行こ、俊也くん。」

私はそう言って、細い腕を 優しく引いていった。
……こわれてしまわないように。

重たかった足が、ふわりと軽くなった。

「俺も、あんたみたいな綺麗な笑顔が欲しい」
 


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81