コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- COSMOS【ゆっくり更新再開】
- 日時: 2017/08/14 01:01
- 名前: Garnet (ID: KG6j5ysh)
- 参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?mode=view&no=10581
真っ暗で、何も見えない。
何も聴こえない。
自分が何者かも、わからない。
でも、
貴方のことは
ちゃんと憶えている…
碧い瞳
真白な肌
琥珀みたいな髪
長い睫
細い指
クリスタルみたいに、透きとおった声。
すべてが
自分を包み込む。
でも、空しく その記憶さえも風化していく…
名前…
なんだったっけ?
次に目を覚ましたときも
必ず貴方を
見つけ出します———————
☆——・——☆——・——☆——・——☆——・——☆——・——☆
【Message from author】
(2017/8/14)新板へのスレ移動が完了しました。
クリック、閲覧、まことに有難うございます。こんにちは。
Garnet(ガーネット)と申します!
わたしのこと知ってる人ー?と訊いたら、10人中3・4人くらいは手を挙げてくれるかと思います← (このような拙作が2015夏小説大会で賞を戴くことができました。)
あっ、お帰りになるのでしたら、せめて名前だけでも覚えてからブラウザ閉じてください(汗)
(2015/4/6)URL欄に プロフィールのURLを貼り付けました。
一部を除き、各スレッドのURLを整理してあります。
【Contents(New-type)】>>163
【Contents】>>160
Special thanks(`ー´ゞ-☆
【Guests】>>302 ☆いつもありがとう☆
【Anniversary】>>131(記録停止中)
Please confirm( *・人・)
【Information】>>383
【Twitter accounts】@cosmosNHTR(こちらは「Garnet」の名前で。) @garnetynhtr(こちらは今のところ「がーねっと」の名前で。)
(現実世界のほうでわたしのことを知っている方へ。
友人でも家族でも、スレッドにしろTwitterにしろ、閲覧したい場合には『必ずわたしから許可を得てください』。
いくらこんな相手だからといっても、最低限の礼儀は忘れないでくださいね。)
※
念のため、養護施設や乳児院、児童とその保護者についての法律関連のことや実例などは調べさせていただいたりしましたが、すべて正確にこの世界に写しとることは不可能と判断したため、本作ではこのような設定や物語の形をとらせていただきました。
違和感、不快感などありましたら申し訳ございません。
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81
- Re: COSMOS ( No.400 )
- 日時: 2016/04/10 21:12
- 名前: Garnet (ID: GlabL33E)
「じゃあ行こうか。
ご飯、もう出来たってよ。」
「うん。」
すっかり髪も乾いたし、お風呂場をあとにして、お昼ご飯を食べることにした。
時刻は丁度13時。
ぺたぺたと裸足で歩いていって 食堂に入ると、清水さんが キッチン寄りのテーブルに座って、赤ちゃんにミルクをあげていた。
隣で鈴木さんに声を掛けてもらいながら、強張り気味の表情で。
もう首も据わってきたし、そんなに緊張しなくても良いのよ。と、彼女は言うけれど、清水さんはいつも通り 何処か危なっかしい。
「清水さん、よくここで働いてられるよね。」
思わず、思ったことをそのまま口に出してしまう。
「……でも、彼女は頑張ってるよ…頑張ってるよ。」
「奈苗ちゃん。」
そっと俯くと、茶髪が肩を越えてふわりと揺れた。
何かあったのかと思ったけど、それはたったの一瞬で、さっと顔を上げて、3人のもとへ走っていった。
「あみちゃん、もうすぐ離乳食になるんでしょ?」
「そうよ。だから、彼女にも少し位はやってみて欲しくて。
赤ちゃんの頃から此処に居る子って、そうそういないもの。」
「へえ……」
「鈴木さんっ、そんなこと言って、余計なプレッシャー掛けないでくださいよ〜。」
あの日のように、また、窓の向こうから太陽の光が降り注いできた。
陰っていた部屋が一気に明るくなって、抱き抱えられている小さないのちのほっぺたが、柔らかく輝いている。
「あら、プレッシャーなんて掛けてるつもり無いわよ。
ただ、黒江さんも、私も、ずっと此処にいるわけにはいかないでしょう?
この施設の未来を背負って立つのは、あなたなのよ。」
「確かにそうですけど……って、そういうのを、プレッシャー掛けてるって言うんです!」
普段は物静かな清水さんが、顔を赤くして小さく叫んだ。
「恵理さん、大人げなーい。」
「もう、二人して何よ〜。
酷いわよね〜?あみちゃん。」
形の良い指が、あみちゃんのちっちゃな頬に触れた。
けれど、彼女もまた、ふたりの肩をもつように笑っていた。
そんな笑顔を見て、3人は笑い始める。
まるで、天使達の静かな戯れを見ているみたい。
他人の幸せの中に、私はどうしても飛び込みにいけない。
微笑む皆を見ているだけで、充分幸せなんだもん。
すくむ脚で転んだり ぎこちなく笑っている位なら、遠くで大人しくしているほうが、傷つくこともないし……。
だから、松井さんのことだって、退こうとしている。
もう、蘭ちゃんたちみたいに、高校を出るまで此処にいようかな。
そう考えながら、止まっていた足を進め始めたら、3人が一斉に私のほうを振り向いた。
こんなときにも、一番に声をかけてくれるのは。
「知美ちゃん、ご飯、食べよっか。」
やっぱり鈴木さんだった。
- Re: COSMOS ( No.401 )
- 日時: 2016/04/18 22:31
- 名前: Garnet (ID: fE.voQXi)
「……はい、…はい、分かりました。
いいえ、まずは御体の方を……いえ、此方こそありがとうございました。
追ってまた連絡致します。
……はい、失礼します。」
廊下の奥の方から、電話している声が聞こえてくる。
お昼ご飯の途中で 幼稚園組の子供達を迎えに席を立った鈴木さんが帰ってくると、他のこどもたちが帰ってくるまでの間"お泊まり"のことを話すことになった。
リビングのソファに向かい合って座り、向こうにいたときのことを話したりしていたら、電話が掛かってきた。
それは松井さんの奥さんからで、無事に私が帰ってこられたか、心配して掛けてきたらしい。
「おまたせ、知美ちゃん。」
電話の声が止んで間もなく、鈴木さんが帰ってきた。
また同じように ソファにぽふ、と腰掛ける。
色素の薄い髪がそっと浮かんで、幼い顔立ちが優しくほどけた。
大人になったりこどもになったり。すごいなあ。
「松井のおじさん、回復は順調みたいよ。
娘さんたちと奥さんも、まちの復興に向けて動き出したって。」
「よかった……。」
会社のことは詳しく知らないんだけど、松井さんは可也偉い人みたいで、彼が勤務している会社にとっては、無くてはならない存在。
そのこともあるし、何よりも、彼には早く あの笑顔が戻ってほしかった。
小学5年生と中学1年生のお姉さんも、怪我は 少し擦りむいた程度で、今は 元気にやっているそう。
ズボンのポケットから取り出した 手のひらサイズメモ帳へ何かをさらっと記す彼女。
それを見ていたら、何も言えなくなってしまった。
「今回の件は、あちら側が落ち着くまで、保留って形になったわ。
知美ちゃんも…色々、考えてしまうことは多いと思うけど、焦ったり、自分を責めたりはしなくていいのよ。」
俯きながら、巻き直された右手の包帯に触れてみる。
「……はい。」
「今の時点では、どう考えてる?」
「まだよくわからない。」
「そう…。」
嘘。
わかってる。
「私が知美ちゃんだったら、きっと、何も考えられずに投げ出しちゃうんだろうな……。
ちゃんと向き合おうとしてる知美ちゃんは、偉いと思うわよ。」
その言葉に、溢れていきそうになる涙を抑えながら顔を上げると、彼女も困ったように微笑んでいた。
背を丸めて、腕を膝に乗せながら指を絡ませている。
「私……、小さい頃に、大切な人を亡くしたの。あれは多分、大きな…事故だったのね。」
「大切な、人?」
「そう。
でも…あの頃の私には"死"がどういうことか、何も解らなかった。」
私にも解らない。
きっと、痛くて、怖くて、苦しくて、悲しいと思う。
それが すべての人に当てはまるのかはわからないし、中にはそれを承知したうえで"死にたい"と思う人もいるんじゃないかな。
私だって、このまま消えてしまいたい、と思ったことは、何度もあるから。
「彼の職場の人や友人は、どうしてアイツに限って……って、ほんとに悔しそうにしていて。
でもね、私、何で皆悲しんでいるんだろうって、不思議だった。
だって、あの人はちゃんと、目の前にいたんだもの。お葬式が終わってから、皆、彼の顔を見ていたもの。」
蝋燭が揺れて、お線香の蒼い煙が立ち上る、静かな場所。
「そこらじゅう、涙のにおいで一杯なのに。あの人は、優しい顔をして眠ってたのよ?
彼はちゃんと、其処に居るのに、心は其処には無いんだと、大人たちは言うの。
おかしいわよね。
だからもう、意味わかんなくなっちゃって、外に飛び出してったのよ。
きっと、あの頃の私は、いなくなった彼の心を探そうとしてたのかな。」
頭で何も考えようとしなかった。考えたくなかったの。彼女はそう言って、綺麗な両手で顔を覆った。
「……もう、何言ってるのかしら、私。」
「良いよ、鈴木さん。話したいだけ、話してほしい。」
でも、駄目よ、と言うように 彼女は首を横に振る。
姪の筈の奈苗ちゃんには似付かない、黄みの強い茶髪がさらさらと揺れた。
言ってしまいたくなった。
あなたの過去を、少しだけ覗き見したことがあるんだと。
言えるわけもなかった。
私は、雨の降り続けるその領域には、足を踏み入れる勇気がなかったから。
「初めて、知美が此処に来たとき、お姉さんは、知美の話、いっぱいいっぱい、聞いてくれたでしょう。
今度は、知美がお姉さんの話を聞く番だよ。」
"お姉さん"
私が鈴木さんを初めて見たとき、彼女をそう呼んだ。
この思いが少しでも届いてほしくて、私はもう一度、あの日の私になった。
もう一度。
今の彼女は、こども。
心だけが正直に、幼い頃に逆戻りしている。
私は、蘭ちゃんみたいに大人なわけでもないし、陽菜ちゃんみたいに心が綺麗なわけでも、奈苗ちゃんみたいに頭がいいわけでもない。
そんな私が、せめてもの思いでできることは、これくらいしかないもの。
鈴木さんは、じっ、と見詰めてくる私を 涙を拭いながら見詰め返してきた。
「ごめんなさい……じゃあ、少しだけ、いい?」
「いいよ。」
「皆には、内緒にしてくれる?」
「うん。」
彼女には、母親と父親と、姉がいた。
並んでいれば普通の家族。
互いに想い合う、普通の家族。
彼女は、父親のことが大好きだった。
思いやりがあって、背の高い、温かい眼差しの父親が大好きだった。
でも父親は、彼女が幼い頃、何らかの理由で、亡くなってしまった。
それは突然のこと。
行ってきますと、彼女にそっくりな笑顔で家族に告げ、背を向けたきり、もう彼は。
「あんなに…あんなに優しくて、かっこよくて、大好きだったのに。
今でも、色んなこと、後悔してるの。
あの人達の元に、うまれてしまったことさえも。」
みんな、愛されてる。
私は、誰にも愛されずに、親の手を離れてしまった。そう思ってしまった。
太陽の眩しい光は、もう、家の中には入ってこない。
窓ガラスにくっきりと浮かび上がっていた砂埃は、殆ど見えなくなってしまった。
「話が全然纏まってなくて、ごめんね。
つまり、何が言いたいかって、知美ちゃんは本当に、えらいなって。我慢しすぎてないかなって。」
「鈴木さん……」
我慢っていう概念が、そもそも見つからない。
我慢を我慢と思ってないかもしれない。
暗い部屋の中で、空腹や寒さに耐えていたことはあるけれど。
あんなのは、我慢なんて次元じゃない。
「だから、その、知美ちゃん。」
「……は、はいっ。」
「無理だけは、しないでね。
時間はたっくさん、あるから、ゆっくり、ゆっくり、一緒に考えていきましょ。」
「はい。」
ほんとにごめんね、ありがとう。
彼女はそう言って、手を伸ばし、私の頭に優しく 乗せてきた。
この真っ透明な瞳の色を、私は一生、忘れられないと思う。
「私は、知美ちゃんのこと、大好きだから。」
- Re: COSMOS ( No.402 )
- 日時: 2016/04/24 17:32
- 名前: Garnet (ID: cdCu00PP)
この9年間の人生の中で、たった一度だけ、翻訳ものの小説を読んだことがある。下手したら、原作は もう100年以上前に書かれたものかもしれない。
街の図書館に出かけたその日『星の王子さま』とか、『魔女の宅急便』なんかには目もくれず、立ち並ぶ棚たちの端っこで 私はその本を手に取った。
硬くて重い、高級感のある表紙。
油性のニスを塗られた 暗い木材のような色をしたそれには、細く金色のラインで 控えめな装飾が施されていた。
確か、題名も金色で書かれていた気がする。
英語だったっけ、それとも日本語?もしかしたら他の言葉だったかも。
とにかく、題名を忘れてしまった。
気が変わらぬうちにと、私はその場でページをめくる。
湿気と時間を吸い込んで、紙の色は お世辞にも綺麗だとは言えないものになっていた。
甘いにおい———甘いと言っては何か引っかかるけど、それ以上しっくりくる表現は手元には見つからない。古い図書によくこびりついているあのニオイ———が 喉の奥までしみこんでくる。
はっきり言うと、私は外国の文化とか、そういうものに抵抗を感じる人だった。
洋画はもちろんのこと、学校で上級生の授業にひょっこり現れることのある、何だっけ……、そう、ALTの先生自体とか。
何だか、顔つきも身体つきも 日本人とはかけ離れていて、同じ地球に生きている者同士なんだと思えないんだ。鼓膜に馴染まない言語で話していることも 実際は私たちとさほど変わりはないんだろうけど、まるで暗号を早送りして聞き流しているようで、頭がくらくらしてきてしまう。
こう言ってしまうと ひとつやふたつ、誤解と疑問が芽生えかねないか。
まず、麻衣ちゃんや翔くんを含め、大半の人たちがぶつけてくるだろう疑問を片付けておこうと思う。
話が逸れてきてるとかは今は忘れておいて欲しいな。
ちゃんと軌道修正はするから。
…………ならどうして こんな環境が平気なのか、ってことだ。
施設の人達の中には、小説のなかでしか見たことないような 銀髪で青い目をした男の子とか、どうすればそんな境遇が生み出されるのかと此方が突っ込みたくなるような 日本人の血が8分の1しか流れていない女の子、そして 彼女の叔母に当たってしまう、私たちの保護者のひとりにあたるある女性は、アメリカの人のクォーター。
そしてさらに、それだけでは終わらない。
遠い昔に出会った、その、日本人のワンエイスと言えるであろう彼女の祖母とまで、私は関わってしまっているし、クラスメートで親友のひとりでもある子も、ヨーロッパ系の人間だという。
あっちを見てもこっちを見ても、異世界だ。
そんな異世界にいてなぜ、私は平気なのかと、きっと不思議に思われるに違いない。
…何でだろう。
実のところ、私にもよく解っていない。
種明かししてみたら、きっと真実はそう難しいことじゃないんだろう。
でも、知恵の輪がなっかなか解けないみたいに、それは私を悩ませる。
金属を情けなく叩き合わせている私に、いつか誰かの手のひらは差し出されるんだろうか。
んっと、何でここまで話が道草を食い始めたんだっけ。
自分でもわけがわからない。ごめんね。
道草は当人には美味しいものだけど、傍から見たら ただの頭がおかしい人だもんね。
んー、あ、その 謎に外国嫌いな私が何で翻訳ものに手を出したかってことだよね。
もう長々と説明するのも疲れてしまうから、コンパクトに手短に、そのまんま言葉にしてみる。
つまり、
運命ってやつに、この手を引っ張られたから。
さて、ようやく私は、次の扉を開くことができたのだ。
未回答の、金属のリングを手にして。
- Re: COSMOS ( No.403 )
- 日時: 2016/04/25 23:57
- 名前: Garnet (ID: qXcl.o9e)
棚の側面にぴったりと付くように置かれた 背もたれの無い一人用のソファに腰を下ろした。
立って読むには結構疲れそうだから。
上下左右、紙の余白を大きめにとったその中身を丁寧に目で追っていったら、振られている読み仮名が随分少ないことに気がついた。
ぽろぽろと わからない漢字が落ちている。
……どうせなら序でに覚えてしまおう。漢字事典も片手に、私は未知の世界へ足を踏み出した。
はじめのうちはモノクロ映画だった世界は、鮮やかに色が付き始めて、登場人物たちの声も、本当にくっきりと聴こえてくるような気がした。
遠い国の、のんびりとした小さな村で この物語は紡がれる。
……農業や酪農で生計を立てる彼等の中に、貧しい家がひとつ。
あの本を読んだのは、確か今年の夏休みだったから、私よりふたつくらい歳上の男の子だったかな。その彼と、両親の 3人暮らしだ。
3人は、手造りの靴を売ったり、短期契約で 街の住民に新聞配達をしたりして、ひっそりと暮らしていた。
やっぱり、相当昔の 外国の話みたいだ。
主人公もその周りの人たちも、やっぱりみんな、カタカナの名前。
誰が誰だか判らなくなりそうになりながら、スローペースでページに手を伸ばして。
…細々と生きていく少年は、11歳になった夏、ひょんなことで、絵を描く楽しさを知った。
彼は、地面にでも紙にでも、どんどん絵を描くようになった。もちろん腕も上がっていった。そしていつしか、幼馴染みの少女の似顔絵が 村中に広がるようになる。
気がつけば、凍えるような冬は開けて、雪解け水が川に流れ込むようになっていた。
そんな春のある日、ひとりのお爺さんが少年に声を掛けた。
少年をほんとうの孫のように可愛がっている彼は、国で開かれる絵画コンクールのことを教える。その予選が 秋に行われると言うのだ。
何だか、テレビでみたことのある フランダースの犬に似ているような。
でも、あとで司書の人に訊いたら、それよりも昔に書かれたものだと言っている。
ただの偶然だ。
じゃあ一体、この話は何年前に書かれたんだろう。もしかして、200年以上昔?!
……少年は喜んで、参加したいと目を輝かせた。
しかし、気がつく。コンクールに出すような絵を描けるカンバスも、絵の具も無い。参加費のことだってある。
どうしよう。
買おうにも、ほいほいお金を出せるほどお手軽価格でもない。
両親にも打ち明けられず、一週間が過ぎようとしたとき、彼等が少年に画材をプレゼントした。
「何で…?」
少年が目を見開く。
夢の中だけの話だった、真っ白で大きなカンバスに、真っ先に指で触れた。
少しずつお金を貯めていたの、あなたには内緒で。母はそう言った。
両親は、彼の才能と努力の継続に 初めから勘付いていたのだ。
彼はそれからも、ずっと描き続けた。
もしかしたら、塵ほどの可能性かもしれないけれど、国民の目に触れることのある絵になるかもしれないのだ。本当に描きたいものを見つけたくて、金色の瞳には零れ落ちそうなほどの光が宿るようになる。
あれでもない、これでもないと模索していく夏の始め頃、彼は漸く、答えを見付けることができた。
此処迄読み終えたときには、丁度目の前の壁に掛けてある時計が、かなり進んでいた。
読書のスピードは速いほうだと自負していたけど、これだけのページ数にこれほどの時間をかけてしまったのは初めてだ。
それはきっと、解らない漢字を調べていたからではない。
もっと別の、温かい理由。
クーラーが効いているはずの館内の隅っこで、私は掌に じんわりと汗を滲ませていた。
- Re: COSMOS ( No.404 )
- 日時: 2016/04/27 23:33
- 名前: Garnet (ID: jV4BqHMK)
少年は、指先から丁寧にラインを繋げていった。
無の世界にふたりの男女を並ばせる。
彼らは一心に何かを見詰め、睫毛を伏せている。
少年の両親は、描き途中のその絵を 背後からこっそり覗いては、微笑みを漏らしていた。
彼が描きたかったもの、魂を込めたいと思ったもの———その光と影の世界が出来上がったのは、夏真っ盛りの頃のこと……。
あまり早くから色を塗ってしまっては、保存できるところも無いし、仮にあっても この暑さでは絵が傷んでしまう恐れがある…。絵の具の出番は、作品提出の締切日 ギリギリになってしまうころまで延ばさざるをえなくなった。
村に咲き誇る向日葵が全て枯れたら、作業を再開しよう。
彼はそう決め、その日が来るまで 両親の仕事を手伝ったり幼馴染みと遊んだりしていた。
きっと、今までの人生でいちばん幸せだっただろう。
…………しかし。
激しい夕立が村を襲った日、父親が倒れた。
医者を呼べるほどの手持ちもない母親と少年は、ただ、両手を握り締め、母とともに祈ることしかできない。
高熱に魘されている彼を 母親は精一杯看病したものの、今度は彼女までもが。少年と同じ、金色をした瞳は、もう、二度と開かれることはなかった。
ふたりが息を引き取ったのは、2度目の豪雨に村人たちが頭を悩ませ始めた日のことだった。
「ふたりが働きに出ていた街で、病気が流行っていたらしいよ。
イイトコの住民なら、患者と隔離して衛生環境を保てば感染るものじゃないんだ。でも、我々はそうじゃないからね……。
病がふたりにとどまってくれただけでも…言い方は悪くなるけどさ、運が良いと思うよ。」
両親を葬るとき、少年の後ろに出来た人だかりのなかで、誰かがこっそりとそう言っていた。
少年はひとりになった。
これまで以上に、細々と生きるようになってしまった。
生まれてから、ずっと大切に育ててくれた両親なのに。笑い合ったり、叱られたりすることもあって、悲しいこともあったけど、嬉しいことだって 沢山あったのに。
葬式から三週間ほど経った、あの日の雨が嘘のように続く干魃のなか、村の向日葵は 遂にひとつ残らず枯れてしまった。
太陽を見詰めていた向日葵は、力尽きた。
それでも太陽は、空を廻り続けた。
「今日は、私が夕飯を作ろう。
日が暮れる前にはそっちに着くようにするから、錠を外しておいてくれよ。」
しかし、ご飯も食べずに、ただ無気力な毎日を送っていた少年のもとへ、お爺さんが訪ねてきた。
絵画コンクールのことを教えたお爺さんだ。
輝きの失われた金色の瞳で、少年は彼を暫く呆然と見詰め 僅かに首を傾ける。
それを見たお爺さんは、変わらない明るさで、美味いもん作ってやるからな〜、と 張り切り気味に家から去っていった。
お爺さんは、本当に、真っ赤な太陽が 地平線に頭を隠す前にやって来た。
彼に促され、空っぽな食卓へ腰をおろす、萎んだ向日葵。
褪せた輝きの向こうには、幻影が陽炎のように揺れていた。
些細なことで笑い合う両親。料理を自分に取り分けてくれようとする母親、絵の進捗を然り気無く気に掛けてくれる父親。
乾いた瞼で瞬きしたら、直ぐに消えてしまったけれど。
あれからどのくらい、机の手元の木目に焦点を合わせていただろうか。
気がつけば、モノトーンと化した視界に、温かそうなスープと チーズの乗ったパンが置いてあった。
「長く独り身なんでね、女性の持つようなバリエーションとやらは、残念ながらなくってねえ。
……でもその分、狭い世界を極めることができる。
仕事だってそれで生業とすることが出来たのさ。」
お爺さんはヤギを育て、乳をとっている。
それでスープやらチーズなんかを作れるんだ。よくお裾分けしてもらってたっけ。
ありがとう、いただきます。自然と流れるように漏れ出た小さな声は、ちゃんと彼の耳に届いていた。
木のお皿に口をつけて、湯気の溶けるスープを飲み込む。
じんわりと、胸の奥に温かさが落ちていくのを感じた。
なんだか、お腹が減ったみたい。
久しぶりの空腹感に安心をおぼえて、貪るように甘味を飲み込み続けていたら、いつの間にか皿の底が見えるようになってきた。
好きなだけ食べなさいと、お爺さんももう一度 スープをお皿に垂らしてくれた。
でも、目蓋が熱い。
熱くなって、目の奥が、心が、締め付けるように痛くなる。
堪えきれなくなって、どうしようって困っていたら、涙が止まらなくなった。
見たことないくらい大粒の涙が、滲む視界からこぼれ落ちて、あちこちに影の欠片を作っていく。
————ようやく泣けたんだ。
何処かに空いた、どうしようもなく大きな穴に、沢山の愛が一気に流れ込んできて、堪らなくなってしまった。
思えば、お爺さんだけじゃない、村のたくさんの人たちが、僕のことを心配してくれてたんだ。
見覚えのない花が部屋の隅で揺れていたり、お菓子の包んだのが重なったりしている。
乾ききった空には厚い雲が押し寄せて、滝みたいな雨を落っことし始めた。
「食いたいだけ食え、泣きたいだけ泣け。」
お爺さんは、それ以外には何も言わず、そばにいてくれた。
家を潰さんばかりの雨の音がする。
今はそれ以外、何も聴こえない、聴きたくない。
自分が叫ぶ声だって、ノイズに掻き消されてしまった。
「何で、何でだよ、何で、なんでなんでったら!」
何も聴こえない。
何も聴きたくない。
ただ、それだけ。
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81