コメディ・ライト小説(新)
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- 日陰の僕らは絶縁体
- 日時: 2017/04/11 15:17
- 名前: はるた ◆OCYCrZW7pg (ID: zG7mwEpd)
そして、君はいなくなった。
青く落ちて消えて、そして永遠に残る、どうしようもない嘘。
***
【 第1部 】
Episode01「音が消えた春」
>>001「汚れた群青(1)」
>>002「死ななかった猫(2)」
>>003「咲かない桜(3)」
>>004「ソファーから落ちて(4)」
>>005「死神さんは殺したくない(5)」
Episode02「夏に溺れた」
>>006「砂浜に裸足(6) 」
>>007「本音とキス(7)」
>>008「赤い花火(8)」
Episode03「零れ落ちた秋」
>>009「女騎士のお話(9) 」
>>010「王様のお話(10)」
>>013「王様と女騎士のお話(11)」
Episode04「冬に霜華」
>>014「忘れられた木(12)」
>>015「雪は夢の形(13)」
>>018「雪の幽霊より(14)」
*
>>019「挨拶Ⅰ」
***
【 第二部 】
Episode01「見えない明日の探し方」
Episode02「昨日の天気は忘れておくれ」
- 汚れた群青(1) ( No.1 )
- 日時: 2017/01/07 19:37
- 名前: はるた ◆OCYCrZW7pg (ID: F69kHN5O)
何か、間違えちゃったのかな。
清々しいほどの群青の空と、ぐちゃぐちゃに破かれた本。
呼吸を整えて、そっと目を閉じる。
眼の縁にたまっていた雫はぽとりと地面に落っこちて、それは水たまりの一部となる。
「あ、踏んじゃった」
赤い表紙の本を、彼は躊躇なく踏みつけた。
口元は緩んでいて、私を見下ろすようにまた本を踏みつけた。
「ごめんね、本当、わざとじゃないんだ」
踏まれた本がまたびりびりと破れていった。
私がそれを取ろうとすると、また彼は足を高く上げて、そのまま振り下ろした。
ぐちゃり、私の手を踏みつぶす。
「ごめん、大丈夫?」
地面に押し付けられた私の手。
やっぱり罵るように、見下すように、私を上から睨みつける彼の表情はとても悍ましいものだった。
地面にこすりつけられて、切れた皮膚から赤い血が見えた。
「その本、まだ大事にしてんだ。お前」
踏みつけていた足が緩んだ瞬間を狙って、私は本を取った。
赤い血が赤い本に落ちて、少しだけ跡になった。
同じ色、けれど違う色。血色より鮮明なその本の赤は、私の制服の黒に映え、強く彼の瞳に映った。
「いい加減喋れよ、俺が全部悪いみたいじゃんか」
赤い本を抱きしめて、私は地面に座り込む。
睨みつける彼に、やっぱり私は何も言わなかった。
「俺が……全部、悪いのかよ、お前だって」
震える声に、彼の怯える表情。
空間には私たちしかいなかった。
何か言葉を探して、彼はもごもごと口を動かす。
けれど、彼はぐっと息を呑んで出ない声を必死で出そうとしていた。
「大丈夫、私が全部、悪いから。あなたは何も、悪くない」
汚れていたのは私だけ。
君は何も悪くないんだよ。
そんな言葉くらい、私が何度だって言ってあげるよ。
彼は今までの緊張がほぐれたのか、ふと気を抜いた瞬間にぼろぼろと泣き崩れた。
男の子なんだから泣かないの、なんて言ってあげればよかったんだろうか。
嗚咽する彼を私はただ見ていただけだった。
- 死ななかった猫(2) ( No.2 )
- 日時: 2017/01/07 20:20
- 名前: はるた ◆OCYCrZW7pg (ID: F69kHN5O)
そこには、猫がいた。
泣いてる、猫がいた。
使い古した雑巾のように、真っ黒に汚れた猫がそこに倒れていた。
死んでるのかな、生きてるのかな。
みんなが目を逸らすその猫に、私は近づいてみた。
「……にゃあ」
小さな鳴き声だった。
生きてるよ。私はまだ、死んでいない。そう叫んでいるようだった。
私はその猫をぎゅっと抱きしめて動物病院に駆け込んだ。
獣医のおじいさんがにこりと笑って大丈夫、と言ったとき、私の心臓はどくんどくんとまた五月蝿く鳴り響いた。
この小さな命を守ったのは私だ。
変な喜びとともに、少しだけ後悔した。
私がこの命を守った、
けれど、それはこの猫が望んでいたこととは限らないんだろう。
私の偽善でこの猫はこれからも「生きること」を強いられるのかもしれない。
「もしかしたら」が浮かんでは消え、私の心を埋め尽くした。
「ごめんね」
猫は死んでいなかった。
でも、原因はあるのだ。傷は、猫の痛々しいほどの傷は人間がつけたものだと、獣医のおじいさんが言った。
「謝る必要性はどこにあんの」
奥から出てきた若い男は、蔑むように私にそうぽつりとつぶやいた。
猫を優しく抱き上げ、別のベッドに寝かす。
彼は無表情のまま、ふうと小さくため息をついた。
「猫は死ななかった。これからも生きることができる」
彼は私瞳をじっと見つめる。
綺麗なその黒い瞳は、私の汚れた部分も見抜いてしまいそうだと思った。
「お前と同じじゃねえの」
靴の履いてない、裸足の私を見て何を彼は思ったのだろう。
足の傷を見て、彼がどう思ったのだろう。
猫は私と同じだった。
生きる選択肢を、無理やり選ばされたんだ。
- 咲かない桜(3) ( No.3 )
- 日時: 2017/01/25 16:02
- 名前: はるた ◆OCYCrZW7pg (ID: 3A3ixHoS)
――桜は今年も咲きませんでしたね。
――そうですね、やっぱりもう二度とあの木が花をつけることはないのでしょうか。
――いいえ、きっとまた桜は咲きます。
あなたが願い続ける限り、咲かないということはないでしょう。
あの人はそう言って、桜の木を触った。
エネルギーを分け与えるように、手のひらを樹にぴったりとくっつけて、願うように目を瞑る。
私は縁側でそれを見ていた。
その次の日、彼は姿を消した。
私に何も告げずに、咲かない桜を残して、私をひとりぼっちにした。
「今年も、咲きませんよ」
あなたがいなくなってから二度目の春が来た。今年も庭には大きな桜の木が見える。
お茶を入れて、縁側に座った。
春の心地のいい風が私を包み込む。
「ほんとう、嘘つきなんですから」
お饅頭を一口で平らげて、そのままがばがばとお茶を飲みほした。
鬱憤晴らしだったのかもしれない。帰ってこないあの人に少しだけ怒っていたのかもしれない。
「っ……え、はは、なにやっ、ははは、」
聴こえてきた笑い声に、私はぴたりと静止した。
湯呑を口から外して、前を見る。
そこには一人の男性が、私を優しい瞳で見ていた。
何でいるんですか、
今までどこに行ってたのですか、
どうして、
頭の中でぐるぐると回った台詞は口には出なかった。
「おかえり、なさい……」
心から言いたかった台詞はきっとこれなんだろう。
咲かない桜を見ながら、ずっと待ち続けた。
桜は今年も咲かなかった。
けれど、あなたは帰ってきた。
「ただいま」
彼はそう言って少しだけはにかんで笑ってみせる。
もう暖かいというのに真っ黒なコートを着て、私の隣に座った。
――桜はやっぱり咲きますよ
彼の手には種があった。
何の種かは分からなかったけれど、私は彼と一緒にその種を咲かない桜の木の隣に植えた。
彼はきっと咲きますよ、と私の耳元で囁いて笑ったのだった。