コメディ・ライト小説(新)
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- Banka
- 日時: 2019/08/31 01:15
- 名前: をうさま ◆qEUaErayeY (ID: D28jR39t)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel2a/index.cgi?mode=view&no=3918
- Re: Banka ( No.1 )
- 日時: 2019/09/08 18:52
- 名前: をうさま ◆qEUaErayeY (ID: n8TUCoBB)
……暇だ。
小さく呟いてみる。それはやがて部屋の隅へと消え、再び静寂が訪れる。
無駄に広いこの教室には僕の他に誰もいない。椅子の背もたれに体を預けると、ちょうど限界のところで天井が少し見える。芋虫のようなうにょうにょした線が無数に入ったその模様は少し気味が悪い。
「あ」
わざとらしく出したその声はやはりかなり嗄れていて、そういえば声を発したのは何時間ぶりだろう、と思い出してみる。
やがて立ち上がり、椅子のすぐ後ろの窓を開ける。一気に涼しい風が入ってくると同時に、グラウンドの野球部が上げる大声がこちらまで聞こえてくる。
五月下旬、早いようだが初夏の足音が聞こえてくるようだった。きっと普通なら少しは高揚感に包まれそうなところだが、今年ばかりはそういう訳にはいかないかもしれない。少なくとも、去年よりは。
椅子に戻り、机のノートパソコンを見る。「あなたの勝ちです」と中央に表示されたままの画面は、自分が何か操作するまでずっと変わらない。ため息をつきながら、画面を進めてみる。どうやらこの勝ちがちょうど千勝目だったらしい。対局し過ぎだ、僕は。
ここでまた教室を見渡してみる。何セットかある将棋盤と駒のほとんどはもう何ヶ月も触れていないので埃を被っている。全く、この教室に自分しかいないという現実に苛立ちすら覚えてくるが、誰も責める相手がいないので押し殺す他なかった。
ここまで閑散としていると、つい数ヶ月前までこの教室が何人もの部員達で盛り上がっていたという事実さえ信じられなくなってくる。
「……あ、失礼します」
何が起こったのだろうと思った。まるで目の前で見たこともないマジックを披露されたような気持ちになっていた。
あらかた言えば、ただ女子生徒が部室に入って挨拶をしてきたというだけなのだが、彼女のその異様な存在感、気高いまでの空気が、僕の目にとても印象的に映った。
さらに彼女を観察してみる。何というか、単純に可愛い。綺麗な白い肌や、ぱっちりとした大きな目とか、おおよそ「可愛い」と言えるものは全て持っているように見えた。次に目が行ったのが髪で、ポニーテールに結ばれた茶髪は、それだけで他の生徒とは違った雰囲気を感じさせる。この学校の校則では茶髪は禁止だったはずだが、どうやら地毛なら大丈夫らしい。
そして何より驚いたのが、左胸の校章の色を見るに一年生だということだった。こんな完璧に整った一年生がいたのか。いや、整うのに学年は関係ないが、何にしろどこか落ち着いた雰囲気があったので、一年生、というのはちょっと意外だった。
「将棋部の部室はここで合ってますか?」
「……ああ、そうです」
それを聞くと彼女は僕の椅子の近くまで歩み寄る。僕は立ち上がりながら、ちょっと今までじろじろ見すぎたと思いとりあえず目を逸らしてみる。あまりに彼女の姿に見とれていたので十秒ぐらいは凝視していたかもしれない。自分で想像しても気持ち悪いので流石に反省する。
「私の制服に何か付いてますか? 童貞メガネの先輩は普段女子と関わる機会ないからってジロジロ見てこないで下さい、気持ち悪い」
- Re: Banka ( No.2 )
- 日時: 2019/09/06 03:14
- 名前: をうさま ◆qEUaErayeY (ID: D28jR39t)
……。
何かの聞き間違いか? 多分そうだろう。流石にこの流れでいきなり悪口は……。
しかも自分、先輩なのに。確かにメガネって呼ばれること多いけど。現に、クラスでのあだ名も「メガネ」だし。童貞は放っとけって感じだが。
「この部ってもしかして先輩一人だけなんですか? 流石にちょっと可哀想で笑えますね」
というか、よく分からないが悪態つかれ放題ではないか、と何故か他人事のように気がつく。
「ええっと……、入部希望者だね?」
彼女は悪口に全く動じない僕に流石に驚いたのか、呆れたような表情に変わり、綺麗な顔が初めて綻んだ。
確かに表情には出ていないかもしれないが、彼女の言うことはかなりグサグサきているに決まっている。言い返したとしても、その後に何倍返しにもされそうで怖いから黙っているだけだ。
「……あ、はい。顧問がいると思って入部届持ってきたんですけど、いませんね」
さっきの悪口は一体何だったのだろう。というか、僕は今この状況にかなりテンパっている、多分。
「小林先生は剣道部の顧問もやってるからあまり来てないんだ」
「ボロボロじゃないですか」
ボロボロて。確かにボロボロだけど。部員も一人だけ。顧問もほとんど来ない。なんかもう終わっている。
「……っていう訳で私もう帰ります」
「はあ!?」
反射的に出たその言葉に、既に背を向けていた彼女は驚くように振り返る。
「部活、入るんだよね? っていうかマジで人いなくて大変なんだって。頼むよ」
言うと、彼女は一瞬ニヤリと笑った。「……仕方ないですね。ここでぼっちの先輩の相手でもしてあげましょうか」
「あ、ありがとう……」
なんで僕が頼んだ体になってるんだ? と思いつつ、貴重な新入部生ということで手荒には扱えないので、言いかけた文句を飲み込んでみる。
「というか、入部届持ってきておいてそれはなくないかなー、後輩さん」
「今更気づいたんですか……。先輩って本当に将棋強いんですか? なんかぼけっとしてますけど」
彼女はそう言って机に腰掛けてくる。
「……あ」
「何か言いました? 先輩」
それはほんの一瞬の出来事だった。とある過去の光景がフラッシュバックし、強烈な嫌悪感を催していた。モヤモヤとした記憶の中で、どこかで誰かが喋っている。あれはどこで、あのときあの人に何を言われたのだろう。嫌な予感に冷や汗が止まらない。
気づけば、自然と椅子に腰掛けていた。その回想は一秒にも満たないほどだったが、それだけで精神的にひどく消耗してしまったらしい。回想は核心に迫る頃にはもう醒めていた。結局何の光景だったのかはハッキリしなかったので、謎の嫌悪感だけが頭に残った。何故突然あんな回想が頭に浮かんだのかは自分でもよく分からなかった。ただ、もう思い出したくない、あれだけは完全に忘れていたいとだけ、フラフラの頭で強く思った。
「先輩?」
「……ああ、まあまあって感じだ。三段くらい」
「へえ。意外と強いんですね。見直しました」
会って数分で僕の評価はどこまで地に堕ちていたのかを考えると怖いくらいだが、僕なんて本当に全然強くない。こんな中途半端な力じゃ何も守れない。
「よその高校だともっと強い人いっぱいいるよ。僕なんて下から数えた方が早いかも」
「本当ですか……。素人目だと、段ってだけで強そうに思えますけど」
素人目。やっぱり将棋のことは知らないらしい。そりゃそうだろう。彼女は明らかに将棋なんてイメージがない。
というより、会っていきなりストレートに悪口言われたり、突然帰ろうとしたり色々されている内に忘れていたが、どうして彼女が将棋部なんて所に入部したのかが普通に気になった。さっきは部員が欲しい一心だったから何も言わなかったが、今更ながら単純に不思議になる。やはり将棋は地味というか大人しめの人間のほうが圧倒的に多いから、彼女のような艶やかな人間はかなり稀少である。というか、見たことがない。