コメディ・ライト小説(新)

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転生と言う「拉致」
日時: 2023/01/19 19:43
名前: 赤坂 (ID: dYnSNeny)

――――「異世界」を知っているか。


‥‥現代の日本では年間五千人の若い男女が、何らかの事故事件、又は他殺に限らず自殺する等して「異世界」とやらに「転生――否「拉致」されている。
勿論、皆が知る転生は「拉致」なんかではなくある一種の「運命」だと感じるだろう。
が、年間五千人もの一般市民を、しかも未来ある若者をそう易々を殺され、その身体又は意識を異世界に連れて行かれると大迷惑だ。‥‥しかも少子化の日本で。
最早、少子化の原因はこれなんじゃないかとも言えそうだ。

この「転生」と称した「拉致」はその現象に至るまでに大きな特徴がある。

「転生する過程に絶命する」
これは完全に意図的に起こっていると言えるだろう。何故ならば、この現象は実に計画性を有しているからだ。
もし、「不慮の事故」や「たまたま事件に遭遇」ならば悔やむしかないが、そこの第三者の君!見ているだろ‥‥向こうで説明受けてる所!
その内容も実に、実に恣意的だ。いや、これは向こうの事情かも知れないが、まずは内容の例を見て行こう。

例「実は‥‥君の力がいるんだ!この世界を助けてほしい!‥‥だから君をここに連れて来たッッ!」

はいこれ。完全に「元から君を殺す気満々でした。」と自白しているだろ?尚、「連れて来た」は「殺す・拉致する」と捉えてもらっても構わない。過程が過程だからだ。
よって、計画性は認められ、ついでに理由も自分勝手だったと言うわけだ……



―――――俺もその被害者の一人だ。                     クソが。

――――――――――――――――――――――――

登場人物
(序章)>>1

・津々良 啓二(35)
警視庁刑事部に所属している男性。そして本作の主人公。
いつも何処か抜けているが、いざという時は頼りになる。

・早稲場 國江(25)
津々良の後輩。津々良の事を慕っている女性。
いつも冷静で、津々良の支えとなっている。

・皆 芳香(17)
序章における捜索対象。女子高生。
少し雰囲気が暗く、不思議な女子。津々良に大きく関わる事になる。

(一章)>>2-8

・マルーン・ハンス(21)
一章1で登場する馬車を操縦する御者。第一異世界民。
ロズポンド王国近衛師団の騎兵隊の馬を操り馬車を走らす。
とても明るく元気な若者だ。

・ミナリア殿下(17)
一章2で登場するロズポンド王国の殿下。苗字はコンタイン。
性格は気弱いがとても親切な女性だ。
作中で主人公とハンスに大きく関わる。

・セントルファー国王陛下(64)
一章3で登場するロズポンド王国の第57代国王陛下。
とても温和な性格でジョークを飛ばす。

・セナ・アンジェリカ(22)
セントルファー国王陛下の宮殿で働く召使い。
謙虚な人柄で、可愛らしい。

・グロリア・ルントー(24)
同じく宮殿で働く召使い。
津々良に対し冷たいが、作中では面倒を見る事になる。

・フローレス・フォンタイン(72)
宮殿で働く召使いの中では最年長。
常に冷静で、役職はメイド長。眼鏡を掛けている。

・エリカ・フォンタイン(13)
フォンタインの孫。宮殿で最年少の召使いとして働く。
作中には書かれないかも知れないが、両親を戦災で亡くしている。

(二章)>>9-15

・コリウヌ・ファラヌイス(??)
異世界の五大賢者の一人。訳あってか堕賢者なるものに変わった。
作中では強力な腐敗魔法を見せつける。

・ウィスタネル・レオナード(76)
ロズポンド王国の首相。もうすっかりお爺さんだが頭はキレる方。
作中ではソビエティアに対し、髪の無い頭を抱える事になる。蒼白顔。

・フォステン・コンティ(72)
ロズポンド王国の外務大臣。高身長に眼鏡を掛けた男。
首相の元に働く補佐役も務める。実はフローレスと幼馴染。

・司書さん(??)
セントルファー邸地下図書館の管理人。
少し痩せこけた顔で不思議チックなお爺さんだ。魔法が使える。

(三章)

・石島 伊祖(18)
「大扶桑人民同盟」と言う革命組織に属する。
序盤に登場し、津々良達を襲い、革命の方針を語る。

・竹本 高徳(21)
人民同盟に属する石島の仲間。
大柄な男で張り切った声で話す。ソビエティアから流れた狙撃銃を愛銃としている。

・九十九 稔枝(16)
人民同盟に属する石島の仲間。
石島とともに行動するメンバーの中で最も身長が低く最年少。丸眼鏡におとなしい少女だ。

・棚田 宗(21)
人民同盟に属する石島の仲間。
頬骨の突き出ている無口な男。普段から作業帽を被って脱がない。

・大村 玄(65)
人民同盟の議長。いわゆるリーダー。
多くの「同志」に慕われ、津々良たちを優しく相手する。

Re: 転生と言う「拉致」 ( No.16 )
日時: 2023/01/05 16:56
名前: 赤坂 (ID: dYnSNeny)

三章1 愛国パトリオティック


※本章からは、二次大戦当時の日本の政治的背景をモチーフにした内容が出てきます。

※なお、作者赤坂と本作品には如何なる思想や国家に対し、差別する意図はございません。



―――――天国から見る夢か、それとも帰還か。


次に見えた景色は蛍光灯と、周囲がやけに白い部屋だ。
夢のはずなのにはっきりと意識があると思う。明晰夢めいめきむ?

「‥あぁ‥‥」

声が籠る。何かマスクを着けているのか。
このままだと埒が明かないもので、取り合えず体を起こしてみる。
両手を着き、体を上がらせる。

「‥ふぐっ?!」

背中を曲げようと試みると、腹部と背中に激痛が走る。
変に動いたからなのか、アラームが聞こえる。

奥から急ぐ足音が聞こえる。

「‥津々良さん!?お、起きましたか?!」

声の聞こえる方へ目をやると、白衣を着た男性看護師がいた。
一見、アジア人だ。

「津々良さ‥‥ちょっと待っててくださいね!?今、先生を‥」

その看護師はヤマグチ先生、ヤマグチ先生と叫びながら廊下へ走って行った。
俺は未だボケているのか、痛いのに体を動かそうとする。
汗をダラダラと掻いて、何とか‥‥


―――景色が暗転する!?‥



「‥‥‥はッ!?」



次に目を覚ましたのは、昨日の客室だった。
今度は何も痛くない体を起こした先には、皆が立っていた。

「おはよー!お仕事の時間ですよー?」

「‥‥何だお前か‥」

「な、何だって何っ!酷いなぁ」

皆は多少怒ってそう言った。
「ち、違うんだ‥」と弁解しようとした時、

「‥なぁ皆。」

「‥っ、突然どうしたの?そんな神妙な顔して‥?」

「変なこと聞くけどな。俺はあの時、本当に死んだのか?」

――あれは恐らく病室。あの看護師の顔は日本人か?じゃあ、俺のこの世界は‥

俺の脳内は混乱に塗れていた。
何も結論が出ず、この巡りを空ぶらせるばかりだ。

「実は偉く現実的な‥明晰夢を見たんだ。だが夢であるのは確かなのだが‥」

「感覚があったりして?」

「‥そう!そうだ。腹部に強烈な痛み‥刺されたところと一緒な気がする。」

「‥いや、こんな事考えていても仕方ねぇや。さっさと着替えて、飯に行こう。」

俺は、昨夜寝ている間に置かれていた茶色の旅行鞄を開けた。
中にはスーツなどの着替え、洗面用具が入っている。
真っ黒の綺麗なスーツに袖を通し、ボサボサの髪を洗面所で整える。
ホルスターに銃を通し、準備オーケーだ。

「さぁ、出るか。」

「うん。」

「あ、食堂は一階中央だよ。着いて来て!」

皆の案内で着いた食堂は、セントルファー邸のとは違い、質素なものだった。
だが落ち着くな。
食堂の席にはミナリアが座っていた。こちらに気づいてにこやかに呼んだ。

「ケイジ―!」

「お、おう。今行くよ」

ミナリアの席には二人分の食事が置かれており、皆と俺はそれを取り‥

「おお!和食かぁ‥。しんみり来るなぁ‥」

「久しぶりだよねー。」

食事の献立は‥
味噌汁と白米、漬物に魚。今じゃあ一般的なものだが、この時代にはさぞ贅沢だろう。
箸を取り、手を付けた。

「じゃ、いただきます。」

と、さっさと平らげてしまった。
食後には新聞を読んだ後、散歩にでも出かけようと思ったら。

「私も着いてく。ニッポニアなんて初めて来るな~」

と、ミナリアが飛びついて来た。

「そうか。じゃ、護衛官としてはついて行かざるを得ないな。」

俺はミナリアと共に表玄関を出た。
階段を降り、目の前の正門に向かい歩道に出る。

‥‥しばらく歩いていると

「あ、やべ。ここの通貨って持ってるか?」

「それについては大丈夫!ここの交通機関は全て国営で、私の持ってるパスを見せたらタダで乗れるよ。」

と、ミナリアはポッケから「扶桑国外務省 国賓優待証」と書かれた手帳を見せて来た。
今の日本の外交特権か。

「そうか。じゃ、早速チンチン電車にでも乗るか。」

「ち‥ちん?」

「あそこの大通りにレール走ってるぞ。‥近くに駅があるからそれに乗ろうぜ。」

「う、うん。任せるわ‥」

ここは「三草之駅みくさのえき」と言うそうだ。軍服姿の兵士が数人待っている小さな駅だ。
数分経って、黄色い可愛らしい電車がやって来た。

「さ、乗るぞ。」

小さな車内には、背広姿の男や和服姿の女が座っている。
俺の西洋服の格好と、扶桑では見られない顔つきの美女に凝視している。
髭の生やしたお爺さんに声を掛けられた。

「お、おいおい兄ちゃん。あんた何で、別嬪べっぴんなお嬢さんと一緒に、そんなヘンテコリンで暑そうな格好してるんだい?」

「へ、ヘンテコリンて‥‥」

「ケイジ、ヘンテコリン?ベッピン?って何?」

俺は取り合えず、開いた座席に座った。
相変わらず、視線がこちらに向く。

「ヘンテコリンってのは、変な、って意味。で、別嬪は美人って事!」

「そ、そんなぁ美人だなんて//」

隣に座る婦人がミナリアに話しかける。

「お嬢ちゃん。こんな紳士な人と何処に行くんだい?」

「え、えっと‥何か自然の景色が見られる所に行きたいです‥」

「そうだったらね、あと二駅先の<新城ヶ丘にいじろがおか>って駅に降りると、夏の青々とした山景色が見れるわよ?」

と、いう事でそこに行ってみる事にした。
列車の車掌に「にいじろがおか~、にいじろがおか~」と言うと、俺達はそこで降りた。
降りた先には、長い階段があり、そこを登っていく。

「ハァ‥何段あるんだよ?」

「ケイジ~。先に行くよ~!」

ミナリアはタタっと階段を登って行く。
この神社の様な長い階段をぜーぜー言いながら登り終えると、目の前には壮大な山々と、風に揺れる木々が目に入った。

「やっと‥着いた‥‥」

「ねぇねぇ目の前が緑だよ!! こんな景色中々見れないなぁ!」

と、初めて見るであろう光景に一人心弾ませるミナリアを見ていた。
何処かエリカと似ている気がするぞ。ご機嫌だ。

「――――津々良さんですよね。」

「‥!?!?!?」

背中の方から突然、声を掛けられた。
即座に振り向くと、黒い軍服姿の若い少年がいた。

「そ、そうだ。軍の方がどうしてここに?」

「いえ、軍の者ではございませんよ。警視庁の者であります。あなた方の護衛に。」

よく見ると、腰には拳銃と警棒。
胸には朝日影。

「それはありがたいが‥実はミナリア殿下と関わって良い人間は俺だけだ。帰ってくれ。」

警官の俺は知っている。
警察機関の人間を名乗るには、警察手帳がいるはずだ。その手帳の中身を見せる癖がない。
新人警官とは言え、警視庁の国賓護衛を新人に任せるわけが‥

「それは無理です。警視庁及び内閣府からの命令です。」

「じゃあ、警察手帳を見せろ。」

「んっ‥‥。」

まるで持っていない事を露わにするように動かない。
‥しかも奥からぞろぞろと軍服姿の男女がやって来た。

「お前らは何なんだ。」

「‥私の部下ですよ。何か問題でも。」

まるで何処かのカルト集団みたいに薄気味悪い奴ら。
とにかく、危険そうな人物は近づけないようにしなくては。

「じゃあ、そいつらも警官か?」

「‥同志だ。」

「え?」

彼らの軍服をよく見ると、「大扶桑人民同盟」と刺繍されている。
人民同盟‥?

「じんみん‥どうめい?って何なんだよ」

「俺達は警官じゃない。お前の連れている女に用があるだけだ。」

そう言い、装備している回転式拳銃を取りだした。
その銃口を俺の額に向ける。

「何をしているの?!」

「ミナリアッ‥‥」


おいおいどうするよ!!

――――ちょっとまずいね‥

不味いどころじゃないぞ、こんなんどうするんだよチクショウ!!
ちょっと動いたらバキューンだぞ!!

――――助けたいけど‥。取り合えず、ミナリアちゃんを守らなきゃ。

だよな。


「同志‥だったな?」

「それがどうしたのです。」

「それって社会主義的なアレか?ほら‥ソビエティアの‥」

この時代で、この言い回しって来たら左翼的なアレだよな。
大逆事件は起きないルートか?

「そうです。同志シュルカノフ書記長の下に、国民の平等な幸福が実現されるのです。」

「ならば勝手にすがっていればいいだろう。何故、ミナリアに固執する?」

「‥戦争です。王侯文化圏の戦争だ。」

「ここでミナリア殿下を殺し、セントルファーも殺せば王国は終わる。そして世界革命の一歩になるのです。」

「そんな無茶苦茶な‥」

俺は沸々と怒りが湧いて来るのを感じた。
何でミナリアが関係するんだ。

「そうだよな‥。こいつ見たいな奴がいるから人に警戒心を持つんだ。」

「な、何ですか?」

「ケイジ‥?どうしたの?‥」

俺は脳天の拳銃を掴み、怯える少年を蹴りつけた。
ソビエティアの軍人や信者なんてクソ食らえだ。あの変人堕賢者も、セントルファーを殺した暗殺者も、そもそも‥

「本国でミナリアを殺そうとした男も‥‥」

「あぁ‥。あの男はお前に撃たれたんでしたねぇ‥」

唇から血を流しながら答えた。

「やっぱりお前らがァ‥」

今までミナリアに付きまとう不幸や、あの国で起こる問題はこいつらが‥
俺は奪い取った拳銃を構え、戸惑いなく撃ち抜いた。

「やっちゃった‥」

ミナリアはキョトンとして呟いた。
正直言って殺人には慣れていた。何回も引き金を引き、これまで四、五回は人を撃った。
俺の周りにいる「同志」は驚愕の顔をして動かない。

「さぁ、お前らも帰れ、さぁ!」

真上に残る弾薬全て撃ち、警告の意を示した。
そうするとさっさと逃げて行った。

「こんなものか。あいつらの根気は‥」

「も、もう大丈夫なの‥?」

「‥!?‥ああ、大丈夫だ。さぁ戻ろう。」

俺はミナリアの手を取り、もう息の無い少年の顔を見た。
何故か幸せそうな顔をしている。
軍服の胸ポケが膨らんでいる。

「何か入っているな‥」

中には手帳が入っていた。
パラパラとめくると、白黒写真と名前が書かれたページを見つけた。
石島 伊祖(いしじま いそ)と書かれている。

「‥せっかくの楽しい観光が台無しだ。さっさと帰ろう。」

「う、うん。」

俺達は帰りの電車にせっせと乗り込み、三草へ乗った。
今思うと新聞の表に<帝國陸軍中佐、赤の凶手に散る。>と書いていた。
赤、は赤軍か‥?

Re: 転生と言う「拉致」 ( No.17 )
日時: 2023/01/05 17:51
名前: 赤坂 (ID: dYnSNeny)

三章2 伏兵ゲリラ


「ケガはないか?」と、俺は横に座るミナリアに目をやった。
ミナリアは先ほどの騒動に戸惑いながらも冷静を取り戻そうと、微笑みながら「大丈夫だよ!」と返す。

「‥どこに行っても一国の王女というのは苦労するな」

まったく気の休まらない、と王女のその心労は絶えないだろう。
そもそも考えてみれば今は戦争中なのだ、今も王国の何処かで戦闘が発生している。


――――こんな所で殺られるわけにいかないよ

分かっている。取り敢えずは館に戻らなければいかん。
同志、とされているヤツら。絶対まだ沢山いるよな?

――――きっと何処かに潜んでいるかも…?


「二駅過ぎたらすぐだからな。」

迎賓処は駅から出ると歩いて一分もかからない。目と鼻の先だ。
だがきっと迎賓処の近くにも潜んでいるかもしれない。

幼い子供を寝かしつけるような電車のリズムに、安心しきったミナリアはスヤスヤと寝息を立てている。
やがて、車掌が鈴を鳴らし、

「まもなく、みくさの~みくさの~」

と乗客に知らせた。

降車駅だ、俺はミナリアを軽く揺さぶり起こそうとした。
電車が駅に入るところだった、一台の黒い車が左の前方からかなりの速度で突っ込んでくる。

「――危ないッ!」

甲高い警笛を鳴らして間もなく、車は正面から衝突した。
衝撃は一両しかない車両に伝わり、衝撃音とともにミナリアは飛び起きた。

「キャッ!!」

強い揺れに体を奪われ、俺はミナリアに覆い被さるように倒れた。

「痛ぇ‥、チクショウ」

俺の背中に何か突き刺さったような痛みが走った。
揺れる脳でグラつく視界を耐えながら体を起こしてみると、周囲には座席後ろのガラスが割れて飛び散っている。
‥ミナリアを守らねば!

「おい!起きろミナリア!」

「う、うん‥?」

幸い、ミナリアにはガラスの雨がかかることはなかったが、強く頭を打ったようだ。
酷い傷じゃないか。
ハンカチで頭から少々溢れる傷口を抑え、俺はミナリアの肩を担いだ。

「ここから出るぞ、事故った。すぐ近くに迎賓処もある‥。」

多分違うだろう、要人の乗る車両に外部から事故を装う。
襲撃犯によくある手法じゃないか、それか都市伏兵ゲリラか?
俺は片手でホルスターに手をかけ、後部の車両ドアを抜けながら拳銃を取り出した。

周囲を見渡すと、事故の衝撃音から集まった野次馬に、交番の警官が群がっている。
ドアから降り、左を見ると先ほどの車が衝突し煙をあげているのが見える。

「さぁ、移動すんぞ。」

「わかった‥。ありがとう。」

ミナリアは肩を担がれた状態から回復し、俺の手を握った。
無理はさせるが、走って逃げ込む。

「走るぞ。治療は向こうでできるからな。」

左右を見渡し、目の前の野次馬を掻き分け、車道から迎賓処に向かって走り出す‥。
突如、バン!と軽やかな発破音が響いた。

走り抜けようとした足が熱くなった。

「――――ッ、足がッ!」

足を抜かれたのだ。激しい出血でズボンが赤黒く染まっていく。
俺は痛みのあまりまたも倒れこんでしまった。手を引いていたミナリアもつられてこける。

「(しまった!)‥ミナリアッ!走れッッ!」

「ケイジ!手を離さないで!さッ!」

ミナリアは倒れた俺を引っ張ろうとしている‥。

――バンッ!

また先ほどの銃声が響いた。
どこだ!?、と焦ったときだった。


「‥ミナリア?!」


胸を撃ち抜かれ、赤い血しぶきをあげて‥。
ミナリアは声にもならない声を出し、そのまま仰向けに倒れた。
 
ミナリアがまた、殺されて、しまった。

Re: 転生と言う「拉致」 ( No.18 )
日時: 2023/01/06 19:12
名前: 赤坂 (ID: dYnSNeny)

三章3 同志と津々良


「――コンタイン王女殿下ッ‼‥」


騒ぎを聞きつけた陸軍の憲兵がそう叫んだ。
迎賓処からやってきた憲兵の集団はたかる野次馬を怒鳴って散らす。

「専属護衛官殿、お怪我は⁉」

「お、俺はいい!ミナリアは、ミナリアが‥」

憲兵の一人が彼女の体を調べる。胸、心臓部を綺麗に撃ち抜かれている。
なおも血は留まらず流れ、憲兵のカーキ色のコートを赤く染めた。

「担架で運びます。護衛官殿も診療室へ!」

俺もミナリアも担架で迎賓処一階にある診療室へ運ばれた。
俺の足の出血よりも激しい。彼女の心臓から流れる血は、迎賓処に血痕を続けていった。


――――ミナリアちゃんはたぶん‥

ああ、もう助からない、俺の不手際のせいで‥
‥やり直せるか?

――――うん、今からならあの丘までやり直せるよ。

頼む。俺はあの時、セントルファーを助けたようにミナリアを助ける。
諦めねぇ。


芳香は「わかった。」と俺に答えた。
俺の視界は次第に溶けていくような感覚を覚え、景色はゆっくりを移っていく。


―――――目の前に回転式拳銃リボルバーを突きつけた青年がいる。


「何をしているの⁉」


ミナリアが叫ぶ。
ああ、ここか。俺はこの場面シーンに戻ったんだな。
俺は奴の目を睨み、気丈に振舞った。


「おう、それはオモチャじゃねぇんだ。」

「それがどうしたのです。」

「へッ‥俺は、俺はお前らのようなやつを知ってるぞ?」

こいつはあの手帳の男、石島だな。
改めて見るとまだ若い、ガキじゃないか。

「ほう、それは感心ですね。あなたも社会主義者ソシアリストで?」

「俺もガキの頃はプロレタリアート文学は読んだもんだ。」

ここであの時みたいに真っ向から反感するのは得策じゃない。
もちろん読んだことはないが、あえて譲歩して見るか。

「なぁ、ここで殺す選択肢を取るのは損だと思わねぇか?」

命乞いでもしているのか、と嘲笑と侮蔑の意を込めた眼差しで青年は静止している。
俺はその眼の奥を見つめ、慎重に親身に語り掛ける。
微笑みながら、言った。

「革命ってのはよ、多数派を握ってはじめて成せるもんだ?そうだろ。‥だからよ、」

ソビエティアがどうやってソビエティアとなったのかは知らないが、少なくとも「革命」の二文字をこの国が輸入しているのであれば内戦しているはずだ。
この若き男は革命のやり方を常日頃から研究しているはずだ。

「世界革命を起こしたいんなら。次の女王となるこいつを生かして国民に教化するのが得策だろう?」

「‥‥ふむ。まぁそれも分からなくも、ないですね。」

世界革命は国家から、国家の革命を起こすなら人民から、と頭でわかっているらしい。
このおっさんは話がわかるのだろう、と少々安堵した様子でリボルバーをおろした。

「あなたも同志だ。殿下にもこのシュルカノフ書記長の素晴らしい思想にご理解頂けるよう、努めたい。」

後ろに立っている同志の男女も緊張した表情を綻ばせた。


――――なんで逃げようとしないの?

こうやって丘にいる時点でつけられているのは確実だ。
このまま逃げてもまた狙撃かなにかされる。こいつらはきっと何処で逃げようと敵対する以上は殺されちまう。


石島は「さぁ、行きましょう」と同志と俺たちを率いていく。
どこに行くんだと、不安な気持ちは消えない。

「おい、何処に連れて行くんだ。」

「私はあなたのことが気に入りました。そこの王女殿下と共に、我が同盟の本拠へご案内しますよ。」

階段を降り続けると、車道には汚れたバンが停車している。
丸いライトに大きなラジエーターが見えている。

「ささ、乗ってください。」

運転する石島の他に、後部座席にはその同志たちも座った。
車内では、それぞれが俺たちの方に向き、握手を求めてきた。

まず最初に七三分けの大柄な男が顔を出す。

「どうも、俺は竹本高徳たけもとこうとくだ。おじさん、宜しくなァ‼」

やけに張り切った声で「おじさん、宜しくなァ‼」とはなんだ、と思いながらも体格に見合った大きな手を握り返した。
奴の肩には使い込まれたのだろうか、黒く汚れた狙撃銃が担がれている。

「こいつかい?こいつはソ連合から流れたDK-1889‥ドレッド・コーゲンっていう名銃さ。俺はこいつと共に戦う。」

誇らしげに担いでいる愛銃を見せてきた。
年季の入った銃だ。この若者よりもずっと老けている。

「(なるほど‥。こいつがあの時俺を撃ってきたのか‥)。年季の入った、良い銃じゃねぇか。」

こいつに撃たれたんだよなと思うと複雑だ。

次に細い金縁きんぶちの丸眼鏡の少女が声をかけてきた。
後頭部に団子を作った髪型に薄くかかった前髪の少女だ。

「‥私は九十九稔枝つくもみのえ。宜しく‥お願いします‥。」

か細い声でそう言い、軽く会釈した。
目を合わせて覗き込むと、大きく丸い瞳は薄く緑が混ざった色をしている。

「(こいつはハーフなのか?‥)おう、宜しく。お嬢さん。」

気さくに返すと、口元を僅かに綻ばせ俯いた。
何がおかしいんだよ、不思議な奴だ。

最後に焦げ茶色の作業帽を深くかぶった青年を顔を合わす。
瘦せ細っているのか頬骨が突き出ている。

「‥‥」

何一つ話さず、ずっと見つめるばかりである。
なんだこいつ‥?

困惑している俺を見て、竹本がにやりとしながら話しかける。

「こいつは棚田宗たなだしゅうってやつだ。頭はキレるが無口なやつさ。」

そう言い、仲良さげに肩を叩く。
棚田は驚いたように体を震わせ、すぐに落ち着いた。

「そ、そうか。変わったやつだな。」

俺とミナリアは少し気味悪く思って、互いに目を合わせた。
ここの雰囲気はなんだか和んだような空気とはなっているが、それでも戦争の相手になりえる奴らだ。
見える顔は皆若い。俺が最年長だろう、出来ればやはり殺したくはない。

程なくして人民同盟の本拠であろう薄汚れた雑居ビルのような建物に到着した‥。
俺は必ずミナリアを無事に帰さねばならない。専属護衛官の務めを果たそう。

Re: 転生と言う「拉致」 ( No.19 )
日時: 2023/01/19 19:50
名前: 赤坂 (ID: dYnSNeny)

三章4 バカ‼


――――ようこそ、大扶桑人民同盟へ。歓迎するよ。」


玄関を抜けると、奥には同じ同志の人間が集まっている。
小さな電球の下には埃だらけの床と机が置かれており、玄関と正反対の場所に長椅子が一つ置かれている。
最初に俺たちを歓迎する言葉を述べたのは、長椅子に座っており、胸元まで届く白髭を伸ばした老人だった。

「議長、こちらはロズポンド王国のミナリア・コンタイン王女殿下。そして付き人の‥」

「津々良君、だね。存じ上げているよ。」

石島による紹介を先回りするように、その「議長」は答えた。
議長は、長椅子の横にある杖を持ち、慎重に立ち上がるとこちらを向いてにこやかに言った。

「私はこの同盟の議長、大村玄おおむらげんだ。」

「ああ、俺は‥、いやもう知っているんだな。宜しく。」

ミナリアは依然緊張した面持ちで、俺に軽く掴まって動かない。
張り付いた空気に、俺たちを冷たい視線を向ける同志たちの中にいては仕方ない。

「さて、君たちはまぁ‥言ってしまえば我々の――――」

「‥敵だ。」

溜めて放った一言に俺は一瞬、ほんの一瞬恐怖を感じた。
反動でホルスターに手をかける。‥いや本当に撃つ訳じゃない、多勢に無勢だ。

「そうだな。」

「だが、今この時とこの場所では君たちも同志なのだ。何より、我が同盟で誰よりも精鋭、この石島が認めた男だ。」

「ならば、俺たち。いやミナリアだけでも、その命は保障してくれるな?」

「ああ‥勿論だとも。」

言葉を聞いた同志たちは今まで向けていた冷たい視線を、少々驚く様子を見せながら議長へと向けた。
その内の二人が議長に問い詰める。

「議長、この二人は今、同志シュルカノフ書記長が敵対しているあの王国の殿下ですよ!なぜ許すのです?」

「数多くの同志たちが彼の地で戦っているというのに‥!」

議長は興奮する二人をなだめるように肩を優しく叩いた。
そして先ほどの質問に対して問いかけた。

「石島には考えがあるのだろう。これまでの戦いに彼が失敗したことがあったかね‥?」

そう言われ、二人は黙り込んだ。
きっとこの「石島」という男は、かなり有能な男として同盟を支えてきたのだろう。
俺にはこの不気味な若い男にカリスマ性を感じないが、「戦う」ことにおいては心血を注いだことには違いない。
二人の姿を見た議長は軽く咳き込み。

「お二方には来てもらって申し訳ないが、そろそろ仕事の時間でね。もうすぐ昼だろう、迎賓処に戻った方が事を穏便に済ませるのでは?」

「だな、特にミナリアは大事な用事があるんだ。ここいらでおいとましよう。」

俺とミナリアはゆっくりと後ろを振り向き、ドアに向かって歩き出した。
そして九十九が開けようとしたとき、

「‥三日後だ!津々良君よ、三日後に今度は『一人』でここに来なさい。また話そうじゃないか!」

議長からの突然の提案に驚き、俺は体を震わせ

「わかった、議長さん。三日後に会いに行く。」

驚きに任せて承諾してしまった。
一体なんなんだ、俺に何を‥?

俺たちは先ほどの車に乗り込み、石島と議長は重要な「会議」があるからと、車には棚田と九十九が同乗した。
エンジンを鳴らし、道を戻っていく。

「つ、津々良さん。誤っても私たち同盟の本拠の場所は言わないでくださいね‥?」

運転する棚田の横に座る九十九が言った。
そして続けるように

「も、もし言ったら‥。言ったら私たちは‥逃がしませんからね?‥」

と脅されてしまった。
ミナリアは不安そうに眉をひそめて俺の方に向いた。

「言わないさ。君たちもまだ若い、兵士に子供を殺させるようなマネはさせねぇよ。」

と、俺は答えた。
自分の祖国、厳密にいうとそれに似た国を裏切るような発言だが、致し方ない。

――――さっきのおじーさんの『三日後に来なさい‥』ってなんの事だろうね。

俺も気になる。だが只事じゃないだろうし、さっきみたいにミナリアを襲ったやつらだ。
何かを仕掛けてくるかもしれないが、あの議長は‥どうも完全な敵って感じはしねぇ。

車は新城ヶ丘の駅前に停まり、何とか無事に帰ってこれたのだと安堵した。

「それじゃあ、さよなら。津々良さん‥。」

九十九と棚田は小さくお辞儀し、俺は片手をあげて返した。
まもなく駅に着いた電車に乗り込むと、俺とミナリアは安堵の溜息を漏らした。

「生きて帰れる‥怖かったね、ケイジ‥」

ループを重ねた上で「生きて」、という言葉に思わず反応し、薄っすらと苦笑いしながら俺は答えた。

「良かった、本当に良かったな。さっさと帰ってゆっくり休もう。――俺は俺でまだ仕事があるようだ。」

「本当に行くの?‥絶対危ないし、私は大、反、対‼」

ミナリアは不満げに小さく声を荒らげて言い、俺を小突いた。
それもそうだよな、あんな恐ろしい体験をしたんだ。俺も、そりゃあ進んで行きたくはねぇよ。

「だが、何故俺を指名してまで。そこがすっげぇ気になるんだ。」

「でもケイジは私の『専属執事』でしょ!だから、だからさ、私から離れることは‥ダメよ。」

ミナリアは「今度こそはちゃんと言うことを聞いてよ」と言わんばかりの目を向けている。
考えてみればそうだ、王国ロズポンドでは堕賢者コリウヌと争い、ミナリアやグロリアにこっ酷く叱られたことを忘れたわけじゃない。
本当に俺は、彼女ミナリアに迷惑をかけ、心労を与えているのだなと。

少し赤らんだ眼を向け、じっと俺を見つめて言った。

「もし‥。もし行くならケイジを王国に帰します。そして、私も一緒に戻るわ。」

「それはいかんッ!君にはやるべき仕事が、王国の存亡が懸かった大仕事があるんだろ!?」

俺は眉間にしわを寄せ、互いに睨みあって言い放った。
ミナリアは怯まず、重ねて言う。

「とにかくダメなものはダメ‼もう離れないで、もう勝手に私の見えないところに行かないで‼」

ああでもない、こうでもない――ダメだ、イヤだ――。
俺たちは迎賓処の駅に着くまで、ずっと口喧嘩を止めなかった。
ミナリアは強く俺の手を引き、駅を出る。
13時を過ぎ、向こうには門番の帝国憲兵がこちらを見て、敬礼した。
そんなことは構わず、依然としてミナリアは俺に怒りをぶつける。

「なんで分かってくれないの!ケイジはいつもそうやってさ‥!」

「話の分からない子だなァ!仕事は俺だけに限らず、他にも頼めるじゃねぇか!そもそもな‥」

憲兵の男は、まるで駄々をこねる子供ようなミナリアと、その子供を𠮟りつける父親のような津々良が門を通り過ぎる姿を見て、ただ困惑するばかりである。
共に番に立っている同僚とも目配せし、やれやれと肩をすくめる。
「ケイジのバカッ‼」と言う叫び声の直後に響いた風船の割れるような音――。

「あぁ、ビンタされちまったようだな」

「高貴に見えて、可愛げのある『お嬢様』なもんだぁ」

と、憲兵らは冗談を言い合った。

Re: 転生と言う「拉致」 ( No.20 )
日時: 2023/02/27 21:39
名前: 赤坂 (ID: dYnSNeny)

三章5 調査

――――ケイジのバカッ‼」

‥‥頬が熱い。
俺は目の前の女に平手打ちされたのか。
迎賓処の玄関から中央階段に続く赤いカーペットの真ん中で、目を泣き腫らしたミナリアに打たれた。
俺はその事実に対する怒りよりも、驚きが先行して何も言えなかった。

勢い余ってフラつき、俺は腰から倒れてしまった。

すると、俺たちの帰りを出迎えに待っていたエリカとフローレスが駆け寄ってくる。

「何をなさるのです、ミナリア殿下ッ‼」

フローレスは、尻餅をついた俺の肩を持って、そう言った。
ミナリアも負けぬと睨み返して、言い返した。

「フローレスメイド長は黙っててください!何があったかなんて知らないでしょう⁉」

しかめた顔を残したまま、速足で自室に戻ろうと階段を上る。
フローレスはまたも言い返した。

「次代の女王になろうお方がそのようではいけません!国王陛下に言いつけますよッ‼」

「そんなの知らないわ、勝手にして‼」

五段上からミナリアが捨てるように叫び、階段を駆け上がっていった。

俺は床に腰を降ろしたまま、階段を上りきるミナリアを見届けた。
ふと口元にかかる液体に気づいた。触れてみると血がついている。

「あ、鼻血か。」

「あら!ツツラ様、こちらをお使いください。」

フローレスは背後からハンカチを差し出し、鼻に当ててくれた。
近くにいるエリカは不安そうな表情をしながら、しゃがんで顔についた血を拭ってくれている。

「ミナリア殿下に怒られちゃいましたね‥。」

拭きつつ、苦笑しながらエリカは言った。

「でも俺が悪いのかもなぁ~。‥あまりミナリアを悪く言わないでやってくれ。」

「叩かれてもそんなに優しくできるんですね。さすが、ツツラさんは紳士さんです。」

純粋な気持ちで褒めてくれているのだろう。
融通のきかない俺にも非があるが故に、やっぱり罪悪感が湧くなぁ。

フローレスが尋ねる。

「ツツラ様、昼食後の午後3時には国王陛下、ウィスタネル閣下と扶桑国首相との会談がございます。ミナリア殿下もご臨席されますが、同行されますか?」

「あぁ~。でもさ、今の俺が行ってもきっと嫌がるだろな。」

俺の返答を聞いて、フローレスは少し悲しそうな顔をしながら返した。

「もし厳しいとのことでございましたら、代わりの者を同行させましょう。ツツラ様は一先ず休まれた方が宜しいかと思います。」

「それが良い。少し休ませて貰うぜ。」

と伝えて、勢いよく立ち上がろうとした時だった。

―――アァァァァァァッ‼」

い、痛いッ‼
腰が、腰に激痛がッッッ‼

俺の腰は先ほどの転倒で痛めてしまったのだ。雷が落ちたように激痛の電撃が走った。
一気に脱力し、また座り込んでしまった。

「エリカ‼た、担架を。今すぐに‼」


‥迎賓処の二階にある自室まで、憲兵の男二人が俺を乗せた担架を運んでくれた。
腰には在りし日に助けられた湿布薬が塗られ、独特な臭いが部屋に広がっている。
俺は痛い痛いと独り言ちながら寝床に腰掛ける。

「あぁ。俺も歳なんだな。元警察官‥?いやまだ現役のはずなのにな。」

「結構しっかり入っちゃったんだね~。」

頭上から聞こえた声に反応して見上げると、そこにはまた姿を現した芳香が立っている。
姿はロズポンドで堕賢者と戦ったあと、頬を打ったあの時の服装のままだ。

「おい、お前その服ずっと着替えてねぇのかよ。ッ汚いぞ!」

「う、うるさいな‼臭いとか汚いとか透明なうちはないの‼」

芳香は小さく怒鳴って、横に座った。

「あの時も言ったけどさ、私も君にはあまり無理して欲しくないんだよ?でもさ‥。」

「私が君を打った時に言っていたよね。座右の銘があるって。」

「ッ!」

まだ覚えていたようだ。もう随分前の話だったが。

芳香は俺の考えていることを見透かしているようで、ニヤリとしている。

「君の好きなようにやればいいと思うよ。これも何か必要なやらなきゃいけないこと、かもしれないし。」

そうは言いつつも、本心は納得がいかないのだろう。
目線は下を向いている。

「そう言えば、お前は俺に死なれたとして何か困ることはあるのか?」

よく考えれば俺をこの世界に連れてきた張本人だ。
何か目的があるのかも今まで明かされていない。
その思いから俺は尋ねた。

「やっぱり気になるよね‥。でも、今はまだ明かしたくないんだ。」

肝心なところは言わずとも、やはり何か目的はあることが分かった。

「いつか教えてくれるのか」

「う~ん。私が覚えていたら教えてあげる!」

芳香は下げていた目線を再度こちらに向け、白い歯を見せて笑った。
どうやら俺はからかわれているようだ。

「どうせ問い詰めても教えてくれなさそうだな。‥さて、これからどうしようか。」

「今、こうやって喧嘩しているのもチャンスかもしれないよ。今は一人で自由が利くし。」

「三日後、か。」

―――――――――――――――――


福仲迎賓処 第三五番室

丁度、津々良とミナリアが迎賓処に戻り、二人が口喧嘩をしていた頃。
三階の左奥にある五番目の部屋、ウィスタネル首相をはじめ内閣の閣僚たちは、部屋の真ん中に置いてある大きな円形テーブルを囲むように座している。
扶桑国との政府会談を控えたそれぞれの閣僚は、険しい顔立ちを崩さなかった。
この沈黙を破ったのはフォステン外務大臣だった。

「首相、この度の会談で向こうから引き出すべき条件はやはり、此度の戦争への『参加』です。」

「全く以てその通りです、首相。二正面作戦に引き込められれば、ソビエティア軍は王国との戦線に兵力を集中させることができなくなりますからね。」

続けてジョグ軍部大臣も答えた。
ほかの閣僚も「そうだ。」と小さく唸って、頷いている。
ウィスタネルは短くなった葉巻を灰皿に押し付け、また新たな一本をふかして言った。

「ああ、勿論だ。それを目的にここに来ておる。‥王国の存亡、陛下と王室の命がかかっておるのだ‥。」

「二時間後には通訳とともに扶桑国首相官邸に移動し、フジノモリ総理大臣との政府会談を開始します。ここでは正式な国交成立と参戦の確約を得ることに集中しましょう。ほかに確認すべき事項は?」

フォステンは同席している閣僚を見渡して言う。
軍部大臣はぼそりと呟いた。

「無尽蔵に溢れ出る兵量がどれだけ裂けると言うのだ‥。」

「えい、希望を捨ててはならんぞ。我々は決して降伏せんのだ、いざとなればこの身を投じてでも戦うしかあるまいっ‥今この瞬間も、わが国の忠勇なる兵士は戦っておるのだ。」

ウィスタネルはまた葉巻をふかした。
同じくして煙草の煙を吐いたフォステンが続けた。

「残り三日、三日でここを発ちます。それまでに同意を得られるよう、尽力します。」


―――――――――――――――――

午後2時、迎賓処の一階にある一般職員用の広い食堂で、津々良たちは遅めの昼食をとっていた。
政府会談の出席する閣僚らは会食場で食事をとる中、一時的に専属執事兼護衛官の職を離れたために食事もまた別となった。

「腰はもう大丈夫なの?」

俺の目の前で茶碗を持つ芳香が聞いてくる。

「少しマシにはなったな。まだ痺れる感じは残っているけどな」

「そっか。‥三日後って言ってもそれまでは結構暇だね。」

三日間の暇、というか猶予に等しい。
ただ出国する時期を知らないが、それまではミナリアの身の安全を守り切らねばならない。

「ここで腐っていても仕方ない。今、出来ることは調べることだ。」

俺は空いた皿を食堂の流しに置き、椅子に掛けたジャケットを肩にかけた。

「ちょ、ちょっと待ってよ。まだ食べてないんだってば~!」


‥俺は芳香を連れ、館にある地図を眺めた。

「調べるって何を調べるの?この時代にはパソコンなんてものないんだよ?」

「新聞を買い漁って‥そうだな、近くの図書館があるなら歴史資料も調べて、あの『同盟』とやらがどんな奴らなのか少しでも知るんだ。」

「お金が大丈夫?」

「ああ、入港時に換金した。ざっと5万円だよ。」

「うお~、金持ちだねぇ~」と芳香は少し上機嫌に俺を肘で小突いた。
なに喜んでるんだ、お前のおもちゃを買いに行くわけじゃねぇんだから。
俺たちは地図で、この迎賓処の近くにある‥歩いて数分の距離に図書館と新聞屋をそれぞれ一軒見つけ、そこに向かうことにした。


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