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OOPS!
日時: 2010/04/07 00:29
名前: egashi (ID: 84ALaHox)

 男は目を閉じた。

 感覚を研ぎ澄ませていく。ひとつずつ、丹念に。
 暗闇の中でにおいがきえる。音がきえる。底のない闇に沈んでいく、この感覚が男は好きだ。
 だが、今日はそうのんびりと感傷に浸っている暇はない。

 ふいに頬がピリリと痛んだ。
 チカ、と暗闇の中で光がはじける。
 男は目を開けるよりも早く、右手を後ろへ振りぬいた。

 風がやむと、男の姿はなかった。
 かわりに少女がひとりたたずんで、じっと目を閉じていた。

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-コアントロー ( No.10 )
日時: 2010/04/08 19:10
名前: egashi (ID: 84ALaHox)

 散らかった部屋をかきわけて、ななは奥のいすへえらそうに座った。千里も座る場所を探してあたりを見回していたが、ななの「お前は床」という言葉と威圧感におされてあきらめたように正座する。
 ななは唐突に口を開いた。
「おまえ、ここがどういうところか、本当にわかってんの?」
「わかってます。マスターさんに、聞きましたから」
 震える声で千里は言う。
 ななは面白くなさそうに鼻をならして、話を再開させた。
「明日から。明日から、あたしはお前の学校に転校生として編入する。これは約束する」
 でも、と千里が声をもらした。すかさずななが言う。
「性別のことなら心配いらねえよ。あたしは今は女だけど、明日から男になる。それだけ」
「どうやって」
「お前が思ってるほど社会は真っ正直じゃない」
 有無を言わさぬ口調に、千里は沈黙した。
 それを見てななは舌打ちして言う。
「おどおどすんな。お前、女みてえになよなよしてるんだから、性格くらいどっしりしろよ。だからナメられるんだ」
(お前が男すぎるんだろ)
 内心悪態をつきながら千里はうなずいた。ななは何かを読み取ったようにぴくりと右目を動かしたが、何も言わずに「質問は」と千里にたずねた。

-コアントロー ( No.11 )
日時: 2010/04/08 19:32
名前: egashi (ID: 84ALaHox)

「えーっと……。あ、ななさんは」
 そこまで千里が言うと、ななはまた舌打ちをした。
「ななじゃない。それは番号。クソジジイが言った事は真に受けるな、いいな」
「じゃあなんて?」
「それはお前が決めろ」
 客なんだから、とななが付け加えた。
 千里はしばらく考え込んでいたが、ふいに漫画の主人公を思い出して、そのまま口に出していた。
「けい」
 なな、もとい、けいはこくりとうなずいた。それはけいがはじめてみせる素直な反応だ。
 千里はほっと胸をなでおろしながら、けい、と頭の中でもう一度繰り返した。

-コアントロー ( No.12 )
日時: 2010/04/08 19:33
名前: egashi (ID: 84ALaHox)

「それで? 質問あるんだろ」
 けいの言葉で千里ははっとわれに返った。
 急いで質問を思い出す。
「けいさんは」
「けい」
「……けいは、中学生、なの?」
 われながらくだらない質問だ、と千里は自嘲した。しかしけいは少し悩んでから、
「今は。本当は十七」
 だいぶ違うだろ、とけいが言う。
「それも仕事?」
 何気ない質問だったが、けいは何も話さなかった。なにか考えているように見えて、千里もただ待つ。ひょっとして逆鱗に触れただろうか、と千里があせっていると、やっとけいが口を開いた。
「最初はな。でも、今は、気に入ってたから」
 また千里の胸がちくりと痛んだ。
(俺が依頼しなければ……)
 そこまで考えて、千里はその考えを消し去った。

-コアントロー ( No.13 )
日時: 2010/04/08 19:41
名前: egashi (ID: 84ALaHox)

 詳しいことは明日、とけいと別れて、千里は部屋をあとにした。
 最初いた応接間に戻ると、マスターがまだローテーブルの上の書類とにらめっこをしている。邪魔しても悪い、と千里がそそくさと後にしようとすると、マスターから千里に声をかけてきた。
「どうだったあ? ななってむずかしい子でしょ。こわいしね」
 いたずらっぽくほほえむ。
 千里もひかえめに首を縦にふった。
「あはは。でもね、良い子だよ。依頼は必ずこなす」
 ふと、マスターがまじめな顔をした。
「たとえ、自分が死んでも」


 千里が家に帰ると母が声をかけてきた。
 どこ行ってたの、という定番の問いには答えず自分の部屋へ向かう。その途中、マスターの去り際の言葉を思い出して、千里はぶるっとからだを震わせた。冗談だとわかっているのに、妙な生々しさがあった……。
 部屋に入るなり千里はベッドへ倒れこんだ。ぼふ、と音を立てて千里のからだが沈んでいく。
「けい」
 意味もなく呼ぶ。
 これからどうなるのか、考えようとする千里の意識をさえぎるように、猛烈な睡魔におそわれて、千里は眠りについた。

02-くらい ( No.14 )
日時: 2010/04/08 21:08
名前: egashi (ID: 84ALaHox)

 千里は急いで席に着いた。
 今までの疲れが出たのか、寝過ごしてしまったのだ。気まずい視線にたえていると、高遠が千里を呼んだ。
「逃げたかと思ったよ」
 馬鹿にしたような言い方に千里はぐっと拳を握る。
 だが、けいのことを思い出して自分を静めた。
(今日までだ、ぜんぶ、今日まで)
 そう思うと、むしろ今日寝坊したことはラッキーだったと思える。今朝も同じように登校していれば、いつもと同じように殴られ罵られ、辛い朝の時間をすごしていたはずだ。
 しかし、そう思ったのもつかの間、今度は別の不安におそわれる。
 けいは大丈夫なのだろうか。本当に、昨日の今日で編入したり、男になったり、できるのか。急に不安になって、千里は胸のあたりをさすった。
 そのとき、教室の前方の戸があいた。担任がいつもと同じように入ってきて、あいさつも忘れて話し始めた。
「三日前に山代がきたばかりだけど、今日も編入生を紹介するからな」
 教室がざわつく。千里にはそれがだれだかすぐにわかった。
 担任が静かに、と言っても中々雑談はおさまらない。しびれをきらしたらしく、戸の外へ出て行って、すぐに戻ってきた。


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