ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

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シロガネ
日時: 2010/05/22 18:23
名前: 志麻 (ID: 0Flu7nov)

がんばってシリアス書きます

読んでくれたら幸いです

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Re: シロガネ ( No.14 )
日時: 2010/06/13 11:30
名前: 志麻 (ID: Am5TIDZx)

耳を劈くような咆哮が地を、空気を揺るがす。
鋼汰は両手で耳をふさぎ、横に立つ狐を見上げた。
嗤っている。口を歪めて目の前の飯綱を見据えている。
一瞬悪寒が背中に走った。あの時と同じ、仮面をつけた者達を見ていた目と同じ。

「童、下がってろよ」

短く言い捨てると、九尾はかがみ込み一瞬で飯綱と間合いを詰める。声を上げる間もなく、鋼汰は目を見張った。
飯綱の懐に入ると飛び上がり、飯綱のこめかみ目掛けて蹴りをお見舞いする。低くうなり、飯綱はひるまず九尾に歯を剥く。宙を舞い、地に下りると今度は飯綱の背後に回る。手に大量の炎を宿らせ、火の粉を散らす。火の粉は飯綱に襲い掛かる。
地を揺るがす咆哮を上げ、飯綱はひるまずあぎとを掻く。九尾はそれを軽い身のこなしでかわすと、再び宙を舞い、たぎる炎を爆発させ飯綱に攻撃を繰り出した。
鋼汰が見ている限り、九尾が上手のように見えた。
巨体である飯綱は小回りのきく九尾には劣る。
素早く次の攻撃を構える九尾は防御の姿勢をとる時間も与えない。飯綱は九尾にされるがまま攻撃を受けている、ように見えた。鋼汰の目にはそう見えた。
喰らった炎を掻き消し、飯綱は天を仰ぎさっきまでとは比べものにならないほどの咆哮を上げた。
地震のように地が揺れ、空気がびりびりと震える。
鋼汰は立っていることができず、足を砕く。両耳を押さえても咆哮は鼓膜を破壊しようとする。その破壊音にも似た爆音は耳を貫き、頭の芯までも砕こうとしているようだった。
頭痛に耐えながら鋼汰は九尾の姿を探した。
一方の九尾は鋼汰以上の打撃を受けていた。人より聴力が凌駕している九尾は、鼓膜から頭の髄まで刃物で貫かれたような苦痛に襲われていた。激痛に頭を抑え、くしくも地に膝を着く。
顔をしかめ、低くうなった。

「このっ…くそがっ…!!!」

体に力を込め、立ち上がる。と、世界が歪んで見えた。地が沈むような感覚に襲われ、入れた力が一瞬で抜けてしまった。再び地に手をつき、九尾ははっと気付いた。
この遠吠えはただのとおぼえではない。
無論、人にはそれなりの打撃を与えるものだ、この咆哮は妖、妖怪に対してさらなる打撃を与えるものだ。
人より聴力が良い妖たちにとって、良すぎる耳に悪いもだ。聴力を奪い、視力をも狂わせる。

「五感を潰そうってか…あのやろっ!!!」

頭の芯を金槌で殴られているように頭痛がする。周りの音はもはや聞こえず、聴力はもう使い物にならない。視力も蝕まれ、木、茂み、飯綱の姿さえ輪郭が崩れて見える。頭痛のあまり気さえ遠のいてきた。
やっと九尾を発見した鋼汰は、揺れる地に足を足られながらも、九尾に駆け寄った。九尾ほど聴力を失ったわけではない鋼汰は、妙な音がしたことに気が付いた。
空気を裂くような、重い音。
うずくまる九尾の近くで鋼汰は声を上げた。
頭の先から尻尾までの長さは蛇とは比べ物のにならない。その巨体を器用にうねらせ、蛇のように地を這い、目にも止まらぬ速さでこちらに向かってきた。
並ぶ牙は鋭く、あぎとをかいて九尾と鋼汰もろとも喰おうと大口を開く。

「っ…!!!」

鋼汰は硬く目を瞑り、九尾の裾を握った。
鈍い音が森に響く。血の臭いが鼻腔をかすめた。
やってこない激痛に、鋼汰は瞼を上げた。恐る恐る顔を上げると、白い背中が目の前にあった。

「ったくよ…離れろって言っただろうが…」

飯綱は九尾の片腕に喰らいついている状態だった。血がしたたり、地面に吸い込まれる。鋼汰は息をすることも忘れた。飯綱が九尾の腕を噛み砕こうとしている九尾の片腕を噛み砕こうとしていることも驚愕したが、それだけではない。
九尾はもう片一方の手で飯綱の舌を引き出し、己の牙で噛み切るような状況に陥らせていた。
両者の血が滴り落ちる。

「さぁ、そのご自慢の牙で俺の腕を噛み砕いて見せろよ」

九尾は額に汗を浮かべて、うっそりと嗤った。


Re: シロガネ ( No.15 )
日時: 2010/10/31 17:33
名前: 志麻 (ID: w/qk2kZO)

血が地面に広がっていく。
鋼汰は目の前の光景に瞬くことも忘れ、体に力が入らなかった。目と鼻の先に鋭い牙の歯列が見える。手を伸ばせば触れられる距離にある牙の間を、白い、大きな背が鋭い歯列から庇うように佇んでいた。

「き、九尾…」

ようやく息をすることを思い出し、鋼汰はどうにか言葉を紡ごうとしたが、その声を九尾が遮った。

「どうした、飯綱?そのご自慢の牙で俺の腕を食い千切ったらどうだ?まぁもっとも、そうすればお前の舌も噛み切ることになるがな」

低く唸るような声で九尾はほくそ笑んだ。
その美しいまでに歪められた表情に、鋼汰は背筋に氷解が滑り落ちていくのを感じた。
恨めしそうに飯綱が呻くと、鋭利な眼光で九尾を見据えた。

『調子に乗るなよ、子狐が』

鋼汰でも九尾の声でもない。目の前で牙を剥く、飯綱から発せられた声だと気付くのにそう時間はかからなかった。口元を動かさずに、飯綱は九尾の腕をさらに強く噛み、唸った。

『ふん・・・哀れなものよな、九尾。痛い目を見るのはわかっておろう…』
「あ?」
『そうか、知らぬのか』
「おい、何の話だ。答えろ」

九尾は怪訝に眉をひそめると、飯綱の舌を握る手に力をこめる。
一瞬口元に笑みを浮かべ、しかしすぐにそれを掻き消し、飯綱はぐぐっと九尾の腕にさらに牙を食い込ませる。

「ちっ…往生際の悪い・・・」

九尾は痛みを全く感じていないのか、低く呟くとすっと表情を変えた。目は金色に輝き、顔からは一切の表情が消えた。その表情に鋼汰は心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥った。呼吸ができない。鋼汰はただ目の前で起こることに目を見張ることしかできなかった。

「その舌でよく味わうんだな。おれの焔を・・・っ!」

噛まれていない片方の腕を振り上げると、その手に大量の炎が顕現した。それを力任せに飯綱の開いた口に押し込んだ。すると一瞬で飯綱の口まわりに炎が燃えるうつる。熱風に鋼汰は足が一歩後ろに下がった。
耳をつんざくような咆哮を上げ、飯綱はのた打ち回った。その隙に九尾は噛まれていた腕を引っこ抜き、鋼汰を抱えて後ろに退いた。
苦しげに炎から逃れようと身をくねらせては、森の木に身をこすりつける。飯綱がもがくたび、地が揺れた。

「あれ…?」

黒鉛を発しながら、みるみる燃えていく飯綱を見つめながら、鋼汰は首をかしげた。

「あの炎すっげー熱そう…」
「だろうな。かなり本気で燃やしてる」

鋼汰を地面に下ろすと、九尾は目を細めた。

「でも、俺は、俺の縄を燃やした時はそんなに熱くなかったぞ?むしろ温かかった」
「そりゃそうだろ。俺が炎の温度調節してんだから」
「は?温度調節?」

鋼汰がもっと小首をかしげているうちに、天にまで昇る程の火柱が飯綱を燃やし尽くす。

「俺の炎は特別だ。燃やしたい対象しか火は移らないし、温度も調整できるんだよ」

面倒くさそうにそう言い捨てると、火柱がだんだん細くなり、灰さえも残さず燃やし尽くした飯綱がいた辺りに歩む。火も掻き消え、辺りは異臭に包まれている。九尾は空を見上げ、高くなり始めた日を睨んだ。

「くそっ・・・!胸くそ悪い・・・!!」

ぐっと歯を食いしばり、九尾は苦しげにぼやいた。


Re: シロガネ ( No.16 )
日時: 2010/11/05 20:55
名前: 志麻 (ID: jCCh2JPd)

天にまで昇る火柱が地響きと共に山中から現れた。
地獄の業火の如き炎は、蛇のようにうねりながらしばらく空を燃やし続けていた。

「あれはっ…」
「火事かっ!?」

樹海の中から垣間見えた空を仰ぎ、安倍家から派遣された陰陽師達は目を丸くした。
その中に将影もいた。首筋に鋭い痛みが走り、将影は顔をしかめる。あの炎は人業ではない。人ではない何かがこの山にいる。将影は周辺の気配を探るため、神経を研ぎ澄ませた。
体に走る気を周囲へと放ち、外界の気配をまさぐる。
いくら探しても妖気は感じない。

「おかしい・・・」

将影は眉根を寄せた。小さく呟くと天高く渦巻く炎を睨んだ。

「妖の気配を感じない…」

本来山奥には妖が住みつきやすい。妖がその辺に闊歩していてもおかしくないはずだ。

「なのに…」

一陣の風が吹いた。木の葉を巻き上げ、火柱は徐々に小さくなっていく。
たった一つ。たった一つ感じる妖気。それはあの炎から感じられた。今まで感じなかった妖気が爆発したかのように。

「とにかく、行ってみましょう」

将影は黒煙を上げ小さくなっていく炎を見失わないように走り出した。その後を陰陽師達が追っていく。
嫌な予感がした。
坊ちゃまを襲ったのは妖狐だ。それも空狐。妖怪の中で強靭で絶大な力を持つ、人にも妖にも恐れられる存在。今感じた妖気はかなりの兵のそれだった。
将影は足の速度を速めた。
速く、早く、はやく…!!!
最悪の状況が脳裏をかすめた。将影はそれを振り払うように頭を振る。炎が立ち昇った場所目掛けて、道なき道を駆け抜ける。

「どうか、どうか、どうか…!!!」

将影は小さく呟いた。
小枝に衣が裂かれようが、蔓に足を取られようが、妖気を放つ方向を目指しただただ駆けた。

「坊ちゃま、ご無事でいてくださいっ…!!!」




Re: シロガネ ( No.17 )
日時: 2011/01/14 23:19
名前: 志麻 (ID: vVbLZcrS)

飯綱が焼けたあとをしばらく睨んでいる九尾に、鋼太は言葉を捜した。
こちらからは表情は見えないが、九尾の背中なんとも言い知れない悲しみを感じたからだ。何か重いものを背負っていて、それに耐えているような。広い背中が寂しく見えるのは気のせいだろうか。
さっきまで飯綱と対峙していた時とは打って変わり、物静かになった九尾に鋼太は戸惑っていた。

「き、九尾…?」

かすれ気味だった声は、九尾に届いたのだろうか。一瞬不安になったとき、九尾はくるりと振り返った。

「さて。人の子よ。これでゆっくり話ができる」
「へっ?」
「これからの話だ」

振り返ったときの九尾には笑顔が浮かんでいた。背中から垣間見た切なさなどこかに行ったかのように。
その笑顔が妙に違和感を感じつつも、鋼太は小首をかしげた。

「さぁ、このまま空狐のところに行くぞ」
「へっ…えぇ!」

あまりにも爽やかな九尾の笑顔に恐怖を感じるのは気のせいか。
鋼太は思わず後ずさった。

「な、何言ってんだよ。絶対に嫌だ!逃げても殺されるのに真っ向から敵の懐に行くなんてそんな真似できるかよっ」

鋼太が食ってかかると、九尾は頭をわしわしと掻いた。眉根を寄せて説明するのもわずらわしいように、ため息をついて言葉をつむいでいく。

「さっきも言ったろ。お前は俺が守ってやる。必ずだ」
「わかってるよ。お前が強いのはよーくわかった。けど、俺はダメだ。今すぐに帰らなくちゃ」
「あ?」
「母さんが心配だ…」

鋼太はそれだけを言うと唇を噛んで、押し黙ってしまった。
九尾はしばらく鋼太の様子をうかがった。言葉を待つことにした。
はぁっと小さく息を吐くと、鋼太は九尾を仰ぎ見る。

「父さんは俺が小さいころに…病気で死んだらしい。俺はよく覚えてないけど。それかららしい。母さんが心配性になったのは」

ぎゅっと拳をにぎり、鋼太は続ける。

「俺が怪我をしただけで泣いたり、ちょっとした風邪をひいたらつきっきりで看病してくれた。昼も夜も。母さんは怖いんだと思う。俺までいなくなったら母さんはきっと…きっと今でも泣いてる」

顔をくしゃくしゃに歪め、鋼太の表情に暗い影が差す。
鋼太の渋面を見つめて九尾は己の遠い記憶を思い出した。
古い古い記憶。遠い思い出————。



大きな背中が小刻みに震えていた。頼りないその背中が嘆き悲しむ。
深い悲しみを叫ぶ。戻らない命を想って。

『何故だっ…何故、そなたが死なねばならんのだっ…!!!』

悲痛な叫び。耳をふさぎたくなるような。


目を閉じる。耳をふさぐ。悲しみから逃れるように。
孤独は闇を呼ぶ。破滅へと誘う。深い悲しみは死よりもつらい。
悲しみは血を呼ぶ————。


走った。九尾はただひたすらに。足がもつれて転びそうになっても、足を止めなかった。廊下に転がる無数の人の死体。障子にはべっとりと血がついている。はやる鼓動を抑えて。走った。真っ赤に染まった屋敷を駆け抜け、奥の部屋の襖を勢いよく開け放った。

『な、にやってんだよっ…!!』

広い部屋にいくつもの死体が横たわっている。生きているものはいなかった。群がる死体の真ん中で、たたずむ影に九尾は息を呑んだ。

見事だった黒髪が赤く染まり、纏う袈裟も血の色に塗りつぶされていた。赤い尾をふるりと揺るがせ、その影は返り血を浴びた頬を緩ませ、怪しく嗤った。

あぁ。世界が紅い————。

九尾は血の臭いと、赤く染まった世界に眩暈を覚えた。

『共に参ろう。九尾よ…』



「き、……び…きゅ…」

声がする。
遠い遠いどこからか。

「九尾…九尾!」
「あ?」

遠のいていた意識が一瞬にして引き戻される。
我に返った九尾は素っ頓狂な声を上げた。

「どうしたんだ?…わかるだろ、俺の気持ち。お前にも母親がいるんだろ?」

見上げてくる大きな瞳に己の幼少が重なる。
よみがえる記憶。紅い世界。血の臭気が今でも思い出される。
九尾は苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。

「…忘れた」
「はっ?何言って…」

九尾の顔から表情がかき消える。すっと目を細める。冷たい目。どこを見つめているのかわからない背筋が凍るような視線に、鋼太は知らず体が硬直した。

その刹那———…



しゃんっ—————


鈴の音が聞こえた。


しゃん—————しゃん—————っ





Re: シロガネ ( No.18 )
日時: 2011/01/14 23:55
名前: 志麻 (ID: vVbLZcrS)








しゃん———

“ごんしゃん ごんしゃん どこへ行く”

しゃん———しゃん———

“今日も手折りに来たわいな
ごんしゃん ごんしゃん 何本か”

「な、に…?」

いきなり背後に現れた小さな子狐。布をかぶってその表情は見えないが、異様な子狐だった。人差し指ほどの大きさをしている子狐は、宙に浮かび、その小さな体躯には不釣合いな大きな鈴を揺らしながらこちらに近づいてくる。
初めて聞く童歌を口ずさみ。
鋼太はその子狐から目が離れない。

しゃん————

“地には七本 血のように”

しゃんしゃんしゃん—————

子狐が朗々と歌うと、鈴の音に呼応するかのようにとつぜん鋼太を囲むように、足元に赤い彼岸花が現れる。
その美しく深い赤い色の花びらが鋼太の瞳を捕らえて離さない。
鋼太はその彼岸花に釘付けになった。

「きれい…」

“ちょうどあの児(こ)の”

鋼太は手を伸ばす。毒々しいほどの赤い華に。

“年の数———”

唐突に彼岸花が火花を散らす。赤い赤い炎を宿し、鋼太を襲う。

「わっ」

後ろに腕を引っ張られ、鋼太は目の前の光景に目を丸くした。
九尾に引き寄せられた鋼太は震えた。

「な、に?」
「おい、無事か」

炎を散らす彼岸花はふっと掻き消えた。

“ひとつ摘んでも日は真昼”

「ちっ…曼珠沙華(まんじゅしゃげ)。やっぱきたか」

九尾の表情が一気に険しくなる。

“ひとつ後からまた開く”


風が吹く。一陣の強い突風。木の葉を舞い上がらせ、風は踊る。
舞う木の葉が視界をふさぐ。

“ひとつあとからまた開く”

子狐は踵を返すとぽんと宙を蹴った。
そして林の合間からのぞく岩、崖へと登って行く。
それを鋼太は目で追っていく。

“ごんしゃん ごんしゃん なし泣くろ”

子狐の向かう先、崖の上に人影が見えた。

「あっ…」

鼓動が高鳴る。背筋に冷たい汗が伝う。

“いつまで取っても曼珠沙華————”

木の葉が舞う。まるで雪のように。
空が眩しい。朝日を背にしているその人影の顔がはっきりと見えない。
眩しさに目を細める。風に揺れる人影。木の葉と共に揺れる。
朝日に照らされた無数の木の葉が星のように輝いた。

「だ、れ…?」

九尾は静かにほくそ笑んだ。

“怖や 赤しや まだ七つ———”



ざぁああぁぁああぁあ……


木の葉が静かに地へ積もる。静寂が満ちたとき。
その声は

「おはよう。九尾」

低く朝日の光に溶け込み優しく響いた。


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