ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

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シロガネ
日時: 2010/05/22 18:23
名前: 志麻 (ID: 0Flu7nov)

がんばってシリアス書きます

読んでくれたら幸いです

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Re: シロガネ ( No.9 )
日時: 2010/06/04 19:11
名前: 志麻 (ID: 2Qew4i4z)

「大名を倒して勢力を伸ばして、空孤はこの辺り一帯を治めて、民には重い税をかけた」

鋼汰が生まれる遥か昔。
ある事件が起きた。
飛騨を治めていた大名が死んだ。武将や侍に殺されたわけではなく、いきなり城を襲った妖孤の仕業だった。城中に忍び込むや否や、女子供関係なく城の者全員容赦なく殺すという異例の出来事。
普段、妖怪は多少の害を人に成せど、人間と妖の間に作られた関係はそれなりに保たれていた。
だが、空孤による奇襲でそれは脆くも均衡を崩す。
当初人々は空孤に対抗した。妖怪ごときに土地を治められ、黙ってはいられなかった。
だが、そのあがきは皆無だった。人々は立ち上がり空孤を倒そうとしたが、人の血を浴びた空孤は力を増し、人々は血を流した。

「そんな時、俺達安倍家は招集さらたんだ。空孤は妖だから倒せるのは陰陽師しかいないって。でも…」

鋼汰は膝の上に置いた拳を握り締める。
当時の安倍家の陰陽師は優秀で、妖退治を得意としていた。だが、いくら天才と謳われた陰陽師でも倒せることは出来なかった。人の血を吸い、妖力を増幅させた空孤はもはやもとの妖孤の姿ではなかった。どのように手を尽くして、術を施そうとも空孤は怯むどころか強さを増していくようだった。
そうして多くの血が流れ、人々はただ身を竦ませ空孤の言いなりになるしかなかった。そうして空孤は大名の座をのし上がり、人間を糸も容易く虐げたのである。

「どんなに俺達一族が尽力しても、だめだった。多くの死者が出て、俺達一族はどんどん流されて、京都に身を置くようになったんだ」
「ここまでの話は良くわかった。ざっと二百年くらいだな、俺が眠っていた時間は」

九尾は一つ息を吐くと、鋼汰の目を見据えた。

「それで、昨日の晩お前は本家を襲われたんだな」
「うん」
「何で襲われたんだよ」
「わからない、床で寝ていたら急にあいつらが襲ってきて…どうすることもできなくて…」

うつむきぐっとこみ上げる感情を堪える。
術の練習も、陰陽師として必要とされる知識を物心ついた時から勉強をしてきた。この時のために励んできたものだというのに、自分は何一つ抵抗できずに、相手の手に落ちてしまった。自分の不甲斐無さに嫌気がさす。そうして何とか走って逃げてきた。逃げることしか出来ない事実も呪いたくなるほどだった。

「なるほど、な。大体話はわかった。空孤の目的がどうであれ、お前が狙われているのは確かだ」

九尾は立ち上がると九つの尾を伸ばす。今だ自分の失態を呪っている鋼汰をちらりと見やると、にたりと口端を吊り上げた。

「お前が狙われている以上、身の保障はされない」

ゆっくりとした口調で、まるで子供をあやす甘い声で続ける。鋼汰は重い顔を上げ、九尾を見つめた。
もうじき夜が明ける。空が白み始めた。月も光を失い、風が吹きぬける。
鋼汰は風に髪をなびかせる狐に目を細めた。





朝日が昇る。夜の空気を追い払うように朝を告げる風が、空孤の頬を撫でる。
格子を開け放ち、庇に出ると藍色から浅葱色に変わる空を仰ぎ見た。月は光を失い、太陽の光に押されて姿を消していくのを見るのが空孤は嫌いではなかった。
闇を支配していたものが、朝日とともにそれから追いやられ、再び夜を待つ。

「まるでお前みたいだな、九尾…」

口をゆがめ、闇夜を支配していた月は白くなり、空の色に飲み込まれる。
ふと後ろを振り返ると、音もなく顕現した僕に視線をやる。うやうやしく頭を垂れる狐の面をつけた男に、空孤は無言で報告を促した。

「空孤様、どうやら九尾は贄によって目覚めたようです」
「やはりそうか…」

配下の帰りが遅いのには少々気にかかっていたが、これも予想していた結果だった。霊力を持つ人間であれば、あの“封印”を解くことも可能だろう。
ほくそ笑むと、空孤は懐に手を入れた。何かをかたどった小さな紙を空に向かって投げると、それはみるみる具現化し、長い胴をも持った狐に変貌した。

「九尾と贄を捕らえよ」
「御意のままに、我が主」

言い放つと狐はくるりと弧を描き、体をくねらせると空中へと溶けていった。それを見届けると、空孤は笑みを深める。
もうじき、夜が明ける。



Re: シロガネ ( No.10 )
日時: 2010/06/05 12:57
名前: 志麻 (ID: 2Qew4i4z)

空が白み始めた。冷たい風が徐々に温かくなる。
勾欄(こうらん)に手を掛け、移ろう空を見つめている人影に、将影は声をかけようか否か逡巡した。かける言葉が見つからない。惑うように恐る恐る近づく。

「…もう、行かれるのですね。父から話は聞きました…」

空を仰いでいた人影が、口を開く。後姿でどんな表情をしているのか検討がつかないが、恐らく寂しそうな顔をしているのだろうと将影は思った。歩む足を止め、言葉の続きを待つ。

「…調度、こんな日のことでした。私の夫が、息を引き取ったのが…もうずいぶん昔のことですけど」

将影は寂しそうに語る人影に目を細めた。このままこの人が語り続けるのは聞いていられない。つらい過去を人に語るのは、誰だってつらい。将影は意を決して話題を変えた。

「早朝に私は鋼汰様を救うべく、ここを発ちます。どれほど時間がかかるかわかりませんが、必ずや鋼汰様を身命をもって…」
「息子を妖怪にさらわれ、心が折れそうなのに…あなたまで行ってしまわれるのですか?」

視線を空から剥がし、ゆっくりと振り向いたその表情に、将影は並べようとした言葉を飲み込んだ。
切なげに目細め、漆黒の髪を揺らしながら人影は将影に歩み寄った。

「奥方様…」
「息子の安否もわからぬまま、あなたもあの恐ろしい妖怪の元に行くというのですか?」

奥方様と呼ばれたその女性は、白い頬を涙で濡らしていた。にもかかわらず、その整った顔には微笑が浮かんでいる。将影は心臓が鷲掴みにされたように、胸が苦しくなった。今度こそ言葉を失った。

「…どうして、この家の男の人たちは死に急ぐのでしょう…」

彼女が言っているのは代々陰陽家に生まれた男達をさしている。空孤を倒そうと何代もの党首達が血を流してきた。その忌まわしい歴史を振り返った彼女は嘆くしかなかった。
将影は視線を彷徨わせ、言葉を捜す。
そんな将影に構わず、彼女は歩み寄る。

「鋼汰は…なぜさらわれたのですか?」

彼女は鋼汰の母親だ。さらわれたあの日の晩、立つこともできないほど泣いていた彼女は、一番に鋼汰を案じていた。それもそうなのかもしれない。鋼汰が生まれてすぐ、病を持っていた彼女の夫は黄泉の扉を開いてしまった。誰かを失う恐ろしさを知っている彼女だからこそ、大切な人が次々に目の前から消えていくのを見ていられなかったのだ。

「それは…わかりかねます。相手の目的がわからない以上、私達は慎重に、かつ確実に鋼汰様をお救いせねばなりません」
「…あぁ、これほど神を憎んだことはありません。私の大切な人たちを奪っていって、神は私をどうしたいのでしょう…これほどの生き地獄はありませんね」

涙をはらはらと流し、それでも笑っているのが将影は見ていられなかった。悲劇は人の心を壊す。残酷な運命を翻す術を知らない自分をこれほど恨んだことはない。
将影は腕を伸ばした。ゆっくりと彼女を胸の中へと誘う。包み込むように抱きしめると、彼女は背中に手を回した。

「どうしたら…どうしたらこの悲しみを越えられるのでしょう……私はどうしたら…」
「奥方様…」

言葉を遮るように、彼女を強く抱きしめる。将影の胸に顔を埋め、嗚咽を漏らして泣いた。伝わってくる彼女の悲愴な想いが、胸を焦がす。できることなら彼女の悲しみを拭ってしまいたい。けれど、自分にそれができるとも言い切れない。ただ唯一の方法が鋼汰を無事に連れ戻してくること。己のみを差し置いてでも鋼汰を救う決意をしたものの、その保証はない。
悲しみに暮れる彼女を抱きしめながら、将影は言葉を紡いだ。

「奥方様…必ず、鋼汰様を無事に連れ戻して見せます。だからどうか、泣かないで待っていて下さい。鋼汰様がいつ帰ってきてもいいように…」

腕を解き、彼女の顔を両手で包み込む。涙を拭い、将影は笑った。

「大丈夫です。自分が命に代えてでも…」
「いいえ、いいえ…将影様」

首を横に振る彼女は、またも涙を流す。

「あなたもです…将影様」
「えっ…?」

虚を突かれた将影は目を丸くした。

「あなたも、鋼汰と一緒に無事に帰ってきてください…お願いします」

懇願する彼女は濡れた瞳で将汰を見つめる。
運命を翻すのは難しい。それは十分に理解しているし、現実がそれを物語っている。げんに定めを覆す方法を知らないとなると、歯がゆい思いでいっぱいだった。
将影は涙を流す彼女に誓った。
帰ってくる。たとえ絶望が目の前意に立ちふさがり、運命を変えることが難しいとわかっていても。決意は何よりも強い武器となるはずだから。

「はい。必ずや…鋼汰様と一緒に…」

もう一度優しく彼女を包み込むと、もう嗚咽は聞こえなくなった。彼女は将影の胸の中で微笑んだ。




Re: シロガネ ( No.11 )
日時: 2010/06/05 18:29
名前: 志麻 (ID: 2Qew4i4z)

今までどれほど人から罵られようと気にかけなかった。ひとと妖は違う。妖に力があって当然だ。それ故人を虐げることに疑問を持ったことはない。
むしろこれは自然の摂理であり神がいるのならそれが定めた理(ことわり)だ。力があるのならそれを振るうまで。反抗しようものならたとえ子供でも容赦しない。
人に冷酷、無慈悲と言われようが知ったことか。
歯向かうというのなら身をもって思い知らせるべきだ。

「そう、もとはと言えば人から起こった【過ち】だ。こちらは被害者なのだ…」

空孤は青くなる空を見つめてそっと呟いた。
ざわざわと風が木を揺らし、森を揺らす。空孤は朝の空気を肺いっぱいに吸い込むと、つい先ほど放った式が消えた方角を見つめた。
風が髪を、頬を撫でる。庇から一望できる高山の山々を見つめる。朝がやってくると共に森に住む生き物達が目覚め始めた。鳥はさえずり、鹿や猪は食料を探しに寝床を離れる。変わらぬ自然の摂理。全てが己の手にある。空孤は口を歪めた。

「そう、何を犠牲にしてでも手に入れる」

目の前に広がる森林、山々に手を突き出し、嘲笑った。

「たとえ血が流れようと…必ず手に入れる」

世界が一瞬光に包まれる。
あまりの眩しさに面をつけた男は顔を背ける。
朝日が山々から顔を覗かせる。日光が世界を覆う。
空孤は昇る日を真っ向から見据えた。
脳裏に白い九つの尾を持った狐の姿が浮かぶ。にたりと嗤(わら)うと、その面影を頭からかき消した。

「さぁ、お前はどうする?九尾」





「俺がお前を護ってやるよ」

朝日が暗い森を隅々まで照らす。九尾の背後の山から日が昇り、鋼汰からは九尾は黒い上げにしか見えない。それでも、目の前の狐が笑っているのは気配で感じられた。鋼汰は手をかざし、九尾を凝視した。
今、なんと言った?

「はっ?」
「だから護ってやるって言ってんだよ。俺は空孤に会いたい。お前はあいつに追われてる。つまり、俺はお前を護ってりゃぁあいつに会えるわけだ」
「いや、全く訳わかんねぇ!何でそうなんだよ」

妖怪と、しかも狐に護られるなど家の恥だ。鋼汰は疲れことも忘れて腰を上げた。
第一、自分は何としてでも家に帰るつもりだ。一緒に、それも空孤のところまで向かえというのか?
徐々に日が高くなる。やっと見えてきた九尾の表情は晴れやかだった。





「はて…?」

風に乗って懐かしい匂いが鼻腔をくすぐる。
走らせていた筆を止め、開けた蔀から空を見上げる。日が昇り始めた空は光で覆われていた。目を細めて匂いの元を記憶で手繰ると、はっと弾かれたように顔を上げた。

高山からそう離れていない、一つ二つ山を越えた山にその屋敷は立っていた。
朱塗りの鳥居がいくつも並びトンネルのように連なっている山道を上がっていくと、その屋敷はそびえ建っていた。
筆を下ろすと、頭に三角の耳をつけた女性は、三つの尻尾を振って天井に向かって呼びかけた。

「猫又(ねこまた)、おる?」

そう言うと、音もなく顕現した青年に女は視線を向けた。
この青年も同じく、頭に三毛の耳を生やし、尻尾も同じ毛並みをしていた。青年は鳶色の着物をたすきがけ、頭をたれる。

「へぃ、何でございやしょう?天孤様」
「お使い頼まれてくれへん?」

淡く微笑む天孤と呼ばれた女は、尻尾を一振りした。

「へぃ、どこまで?」

顔を上げて青年はその微笑に答えた。

「“あの子”のとこまで」


Re: シロガネ ( No.12 )
日時: 2010/06/05 18:41
名前: 志麻 (ID: 2Qew4i4z)

登場人物がいっぱい出てきましたので、ここらで紹介を


・九尾(白面金毛九尾) 
 オスです。少々Sッ気がありますが、根は優しい
 名前はもう少し先で書きます

・安倍 鋼汰(あべのこうた)
 しっかりしていて、喜怒哀楽が激しい性格
 空孤に追われる身

・空孤(くうこ)
 赤黒い狐で大妖怪。飛騨を治める妖孤で冷徹無慈悲
 千里眼を持つ
 三千年を生きたといわれている

・安倍 将影(あべのまさかげ)
 鋼汰の守役で忠誠心の熱い誠実な青年
 陰陽師の素質があり、分家から本家へ移動
 鋼汰の母親に好意を寄せる。

・安倍 重秋(あべのしげあき)
 天真爛漫な安倍家当主 
 昔はすごい陰陽師だったらしいが、今は静かに暮らしている
 鋼汰の祖父

・天孤(てんこ)
 三つの尻尾を持ち、俊足の足も持っている
 心の澄んだ女狐
 二千年を生きているといわれている

・猫又(ねこまた)
 猫の化身で妖怪
 天孤にあつい忠誠を誓っている
 

他にもたくさん出てきます。
ゴタゴタの小説ですがどうか見てやって下さいね

Re: シロガネ ( No.13 )
日時: 2010/06/06 10:32
名前: 志麻 (ID: 2Qew4i4z)



第二話 紅い華 再会の刻


日が高くなってきた。真っ暗だった森ははっきりと景色が見えてきた。
鋼汰の肩まで生い茂っている草木を掻き分けながら、鋼汰は渋い顔をしていた。
森を抜けようと疲れを訴えてくる足を叱咤し、草木を掻き分けて麓を目指している。つもりだ。
気のせいだろうか。同じところをぐるぐる回っているような気がするのは。森は同じ景色をしているが、若干の違いはある。
例えば、一本の木の幹にぽっかりと穴があいているのを覚えておこう。そうしてうっそうとしている草を掻き分け前進する。しばらくしてから足を止めてふと顔を上げると、幹に穴が開いている木を発見する。さっきと寸分違わぬあの木だ。
おかしい。前進しているはずなのに、同じ場所に戻ってくる。
顔をしかめている鋼汰の後ろをついて歩く九尾は喉の奥でくくっと笑っていた。

「何だよ?」

人が必死で麓の道を探しているのに、笑われるのは不愉快だ。
ついさっき護ってやると宣言されたものの、鋼汰はそれを受け入れたわけではなかった。妖怪と行動を共にし、あの恐ろしい大妖怪の元まで行くなど命を投げ捨てることに等しいのだ。いくら護るといってもそれがどこまで本当で、どこまで保障があるかわからない。
妖怪は人を騙す。
狐ならばなおさらだ。用心に越したことはない。
鋼汰は背後で苦笑している九尾をに睨み付けた。

「くくくっ…そう怖い顔するなよ。良いことを教えてやろう、童」

そう言うとぴっと二本の指を立ててにたりと笑う。

「まず一つ。お前、同じところをぐるぐる回ってるじゃねぇか」
「うっ…!!!」

図星だけあって精神的破壊力は抜群だった。言葉を失った鋼汰はぐっと唇を噛む。

「二つ。お前は二度と家に帰れねぇ」
「はっ…?」

今度は目を見開いた。何を言ってるんだ、この狐は。
訝しげに眉根を寄せる鋼汰に、九尾は笑みを深めた。

「ま、ここは樹海だ。和洋のは当然だし、帰れる確率は低い。それに、空孤に狙われたら最後。もう二度と逃れられない」
「いや、意味わかんない…」

家に戻れない?何故だ?森で迷ったとはいえ、ここから出られる可能性はあるはずだ。

「空孤は、“眼”を持っている。それに睨まれたら、もうどこへ逃げようと隠れようと、あいつの視界からは逃れることはない。それどころか、まぁ何とかして家に帰られたとしても、家族もろとも血を見るだろうよ。空孤はそういう男だ。どこまでも追いかけ、最後には殺す」
「は…?」

血を見る…?
殺される…?
血がどんどん冷めていく気がした。手に冷や汗をかく。心臓はうるさいほど高鳴り始めた。

「ど、どういう…」
「だーかーらー。俺がお前を護ってやる。家に帰れば血を流し、悲劇が増えるだけだ。俺について来い。身の安全は保障してやる」
「けど、それはどこまで事実なんだよっ」
「あ?それはだぁ…」
「だいたい、俺ちゃんと名乗ったのにお前は名乗ってねぇじゃねぇかよっ!そんなのずるいだろっ」
「ほぅ…じゃぁ俺について来い。だったら教えてやるよ」
「いやだねっ!!!誰がお前みたいなバカ狐について行くかっ!!!」
「ほほぅ…?この俺様をバカとよんだか、童」

口喧嘩は疲れる。ため息をつき、鋼汰は口を閉ざす。
更に眉間に皺を深くし、前を向く。草木を掻き分ける作業を再開する。これ以上話に付き合って時間を無駄にするわけにはいかない。
九尾の耳がぴくりと動いた。微かだが何かの音が聞こえる。どんどん近づいてくるような。草木を踏み倒すこの音。
九尾ははっと顔を上げた。ぐっと鋼汰の襟を掴む。

「な、なんだよっ!!」
「行くな…来るぞ」
「はっ…?何が—————」

九尾の耳が捉えた微かな音は徐々に大きくなり、人間である鋼汰の聴力でも聞こえる音に達したとき、前方の茂みから大きな影が這い上がってきた。あまりの素早さに鋼汰は体が固まった。そんな鋼汰を軽々と肩に担ぎ、一っ跳びで後退する。

オオオオオオオオ——————ッ!!!
あぎとをかき、鋼汰がいた場所に歯を剥くその妖怪は、三角の耳に長い胴、尻尾を持っている。

「何だ、あれっ!?」
「空孤の式…飯綱(いづな)だ…」

忌々しげに呟き、地に足を着くと九尾はそれを睨んだ。
再び耳を劈くような咆哮する飯綱は、鋭い牙を九尾に向ける。にたりと怪しい笑みを浮かべ、九尾は声を低くした。

「さぁ、遊ぼうか…飯綱?」






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