ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

シロガネ
日時: 2010/05/22 18:23
名前: 志麻 (ID: 0Flu7nov)

がんばってシリアス書きます

読んでくれたら幸いです

Page:1 2 3 4 5



Re: シロガネ ( No.1 )
日時: 2010/05/22 18:45
名前: 志麻 (ID: 0Flu7nov)

満月が夜空にぽっかりと浮かんでいる。闇の帳が世界を支配する。眠りについていた小鳥が目を覚ましたわけは、人の気配が下からだ。
煌々と月光が照らす中、一人の少年が暗い森の中を走り抜けていた。夜になると森は暗い影となる。うっそうと木や葉が生い茂る森の中を、月明かりだけを頼りに駆けて行く。尖った枝が少年の肌を傷付ける。肌がすりむけ、血が滲もうとも少年は前を走り続けた。傷に構っている暇などなかった。急がなければ追いつかれる。少年は小石や木の根っ子に足を取られながらも懸命に走った。
少年のすぐ背後から、複数の影が動く。その影は茂みを巧みに避け、音も立てずに少年の後を追う。
少年は息を切らせながらも足を止めようとはしなかった。口の中がからからに乾き、喉が痛む。荒い呼吸を続けているせいで、肺が悲鳴を上げている。手や頬にかすり傷を作りながらも、茂みをかきわけ、背後から近づく影から逃れようと必死だった。
少年の背丈まで密生していた茂みの視界が開けた。少年は崖に到達したと悟った時にはもう遅い。走り続けた足は止まらず、苔に足を滑らせ、そのまま落下する。

「わぁっ!」

高い岩壁から落下し、その後を複数の影が岩を何度か跳躍し、落下速度を調節しながら少年を追う。
がさり、と少年は茂みに落下した。生い茂る茂みが落下からの衝撃を和らげた。

「はぁ…死ぬかと思った」

岩壁から落下している途中本気で死を悟ったが、何とかそれを免れた。息をつくと少年ははっと表情を固くした。物音がする。数人の足音が近くにある。少年は音を立てないように、こっそりと茂みから目だけを覗かせた。

Re: シロガネ ( No.2 )
日時: 2010/05/22 19:21
名前: 志麻 (ID: 0Flu7nov)

少年は固唾を呑んだ。茂みから向こうの様子をうかがう。
狐の仮面をかぶった忍装束を着た数人の者が、うろうろと徘徊してた。何か獲物を探している狐のようにも見えた。少年はじっと身を小さくした。気配を悟られないよう、息を潜める。

「早くどっか行け…早く…」

狐の面をつけた数人の者達が、徐々に違う場所を探し始める。どくどくと心臓が脈打つ。少年の額には小さい汗の粒が浮かび、ただじっとそれを凝視していた。鼓動が早くなるにつれ、浅い呼吸を何度も繰り返す。面をつけた者達が別の場所を探し始めた。面妖な者達の背が小さくなっていくのを見て、少年はほっと息をついたその時だった。小枝を踏んでいたらしく、安堵したせいで折れた。その微かな音は、森の静寂の中ではよく響いた。狐の面をつけた者が一斉に振り返る。その目が赤く光っていたことに、少年は悪寒を感じた。

「やばっ…!」

そう叫んだ時にはもう遅い。風切音が聞こえたかと思うと、少年の頬を何かがかすめ、後ろの木の幹に突き刺さった。苦無だ。鋭い苦無は少年のかすり傷だらけの頬に新たな傷を作る。冷や汗が伝う。
少年は我に返るとすぐさま踵を返した。するとまたもや風切音がしたかと思うと、少年の真横や頭上を数本の苦無がかすめていく。臆しながらも、足を叱咤し走り出す。草木をかきわけ森の奥へと突き進む。後ろからは追って来る足音がいくつも聞こえた。
大きな茂みに入り、少年はすぐさま木の幹によじ登った。太い木の梢にたどり着き、真下を見るとさっきの者達がまた徘徊していた。暗闇の森の中、狐の面をつけた者達は、夜目が利くらしい。少年の姿を必死に探す。梢から梢へと身を移らせ、少年は逃げる。一瞬気を抜いたとき、足が滑った。またもや落下する。

「わっ!!」

木の枝を折り、転げ落ちる。強打した尻を撫でながら、少年はうめき声を上げた。

「いててて……あれ?」

ふと視線を上げると、開けた場所に出てきたことに気付いた。目の前には大きな木がそびえ立っていた。大樹はいくつもの枝を伸ばし、まるで何かを守っているようだった。

「ここなら隠れられるか…」

少年は立ち上がり、大樹に駆け寄る。近寄れば近寄るほど大きさを思い知らされる。仰ぎ見ていると、少年の目に奇妙な光景が写った。
人だ。人が埋まっている。大樹のかさかさとした木の幹に。顔から下が大樹の幹に埋まっているのだ。
それを目にした途端、少年は動きを止めた。驚くよりもまず先に、疑問符が頭に浮かぶ。人だろうか。少年は疑った。どうしてもそうは思えない。少年の本能が何かを敏感に感じ取ろうとしている。暗闇にじっと目を凝らすと、少年の疑問は的中した。
こめかみあたりの髪を長く伸ばし、頭部には二つ、三角の白い耳が生えていた。風に揺れて、白銀の髪が踊る。月の光を淡く反射して、その髪は白銀の糸を思わせた。
少年がかかとを上げ、手を伸ばし、その人に触れようとした刹那。背後で物音がした。

Re: シロガネ ( No.3 )
日時: 2010/05/23 13:17
名前: 志麻 (ID: 0Flu7nov)

少年が振り返るとそこにはあの狐の面をつけた者達が、それぞれに武器を構えて歩み寄ってきた。少年は固唾を呑み、面妖な者達を睨みつける。面をつけた一人が声を上げた。

「そろそろ人の言うことを聞かぬか。小僧よ」
「はっ!誰がお前らの言うこときくかよ!」

少年は声の限り叫んだ。絶対に捕まるわけにはいかない。内心では臆しながらも、虚勢を張ることで精一杯だった。

「そうか。ならば仕方があるまい」

一人の面をつけた者が疲れたように呟くと、懐から紐を取り出した。長い紐の先には分銅がつけられている。少年に向けて腕を振ると、その紐は大蛇のごとくうねり、少年に巻きついた。

「なっ…!!うわっ!!!」

ぐいっと手を引くと腕中に少年が納まった。一瞬の出来事だった。少年は瞬く間に面をつけた者に捕らわれたと気付くと、必死にもがいた。

「離せよっ。このっ…!!」
「いい加減贄(にえ)としての役目を果たせ。小僧よ」
「ざけんなっ!!贄とかわけわかんねぇんだよっ!!!離せよ!クソッ!!!」

全身をうねらせ、腕から逃れようとするが、面をつけた者は苦にもせず少年を赤い瞳で睨み据えた。
少年はどうにか逃げようと、忌まわしき腕に力の限り噛み付く。縛る腕が緩んだと思った刹那、みぞおちに鈍器で殴られた衝撃を受けた。息が喉に詰まる。一瞬世界がゆがんだと思うと、そのまま地に落ちた。

「かっ…は…!」

みぞおちに蹴りをお見舞いした面の者は、地に伏せて痛みをやり過ごす少年を赤い目で眼下に見る。

「おい、あまり手荒いことは…」

かたわれのもう一人の面の者が、逡巡しながら言った。

「何。大人しくさせるためならどんな手段を使っても構わん。それに…」

面の者が言葉を濁す。後ろを振り返り、大樹の方に目をやる。それに習って他の者達も大樹の方を振り返った。

「ここにはアレがいる。早々に引き上げるぞ」

そう低く呟くと、地に転がっている少年を睨んだ。
少年は薄れる意識を必死につなぎ止めながら、腹に残る痛みに歯を食いしばって耐えた。呼吸をするたびに腹の奥が血を流しているかのように、熱く痛んだ。まどろむ目で助けを求める。誰か。誰か。少年は切望した。助けてくれる者などもちろんいない。わかっていながら、少年は己の無力さに涙を流す。力があれば、この状況を何とかできたのかもしれない。少年はただ懇願した。助けて、誰か。

「さぁ、参ろう。小僧よ」

姿勢を低くし、少年に手を伸ばす。少年は面の者の手の隙間から、雲に隠れていく満月を見た。世界が一層暗くなる。徐々に近づく間の手を睨みながら、少年は暗闇の中で絶望を感じた。もう、駄目なのかも知れない。
満月を隠していた雲がゆっくりと夜空を横切る。徐々に月の光が地を照らしていく。煌々とした月光が、少年、狐の面をつけた者達、大樹を照らす。さぁっと世界が明るくなった。冷たい風が吹いた時、少年の耳に低い声が響いた。面妖な者達が発した声ではない。別の誰かの声が、耳朶を叩く。

『助けてほしいか?童(わらべ)』

低い声が耳の中で木霊する。少年ははっと顔を上げた。少年の慟哭が届いたのだろうか。顔を上げた時に目を奪われた。もう間近まで迫っている魔の手の指の隙間から、大樹に埋まっている人の顔が見えた。その白い肌は月光に照らされ、闇夜にぽっかりと浮かぶ月を思わせた。大樹に埋まった人は目を硬く閉ざし、目覚めた気配はない。ただ頭についている白い三角の耳が、動いた。

『童。名は?』

魔の手が目の前の景色から視界を奪い取る。少年はぎゅっと目を閉じ、血を吐く思い出叫んだ。

「安倍 鋼汰(あべの こうた)っ!!!」

ビキビキッ————!!!
木が倒れたような、幹の樹皮が裂けるあの音が闇夜に響き渡る。目を閉じてもやってこない魔の手に、少年はそっと瞼を上げた。恐る恐る顔を上げると、面をつけた者達が大樹の方を見て石のように固まっていた。訝しげに視線を彷徨わせると、ある一点に目が止まった。
白い。そんな印象を強く受けた。
肌は月の光に照らされ白く浮かび、纏う狩衣は浅葱色に染まっている。少年が一番目を惹かれたのは、頭についている白い耳と、尻についている九つの尻尾だった。月の光を反射し、キラキラと輝いている。白銀の髪が風に揺れ、その人の顔が見えた。
木の幹から乗り出すような体勢で、地に着いたその人は、ゆっくりと顔を上げた。

「いいぜ、童。合格だ」

顔を上げたその人は、黄金色の瞳を月光を屈折させて少年に笑いかけた。





Page:1 2 3 4 5



この掲示板は過去ログ化されています。