ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
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- そして僕は右の席へ刃を向ける
- 日時: 2011/05/30 17:15
- 名前: Euclid (ID: 6..SoyUU)
prologue
元々は……ただ横にいた、ただの……ただの、少女だった。
あれは小学校……いや、それより前の幼稚園の頃。
確か、折り紙で鶴を折る授業。
僕はなかなか形の良い鶴を折るのに手こずっていた。
ふと、頭の上に視線を感じた。
見上げると……黒髪が腰にまで届いた一人の少女が立っていた。
目が合い、花が咲いたような笑顔を向けてくる。
「いっしょにおろう?」
少女は隣にしゃがんで自分の折りかけの赤い折り紙に目を落とした。
僕はその横顔に……完全に惚れていた。
遅れて小さく「うん」と頷く。
少し暑くなり始めていた七月の…年少の頃のことだったと思う。
そして、小学校。
その少女の家は僕の家と近隣地区だったので同じ小学校へ通うこととなった。
「おっはよー、藤原君」
オマケに同じクラス。小学生になってもあの時の笑顔は全く変わっていなかった。
「藤原」というのは僕の名字。本名は藤原拓哉(ふじわら たつや)という。
何の特徴も特技も無い普通の小学生。強いて言うなら「少し周りより頭が良い」だけか。
対してあの遠藤翠(えんどう みどり)という少女は秀才で、ピアノが得意で様々なコンクールで優勝したりしているらしく、オマケにお嬢様で美人という非の打ちどころのない存在だった。学校での人気度は言うまでもない。
「何で僕なんかに声をかけてくれたりするの?」
彼女が笑顔で話しかけてくれる度に僕は定型文のように聞いた。
そして返ってくる答えも同じ。
「え?だってあたし達、幼稚園からの付き合いじゃん」
それは嘘だ。
僕の他にも彼女の幼馴染はクラスにでも沢山いる。
なのに、僕以外の人と話しているところを見たことがない。
彼女は、いつも笑顔で。
そんな彼女を愛らしく思って。
そう。……その頃からだろうか。
僕が翠を…あの少女を、
独り占めにしたいと思ったのは。
そして僕の頭がおかしくなる程、
彼女を愛してしまったのは。
そう。……僕は。
彼女を自分のものにしたくて、そして……。
僕は彼女を……殺してしまった。
- Re: そして僕は右の席へ刃を向ける5 ( No.4 )
- 日時: 2011/05/30 17:28
- 名前: Euclid (ID: 6..SoyUU)
第四話「捨て身(サクリファイス)」
「何だ、先に帰ったんじゃなかったのか?」
「僕は……こちらに藤原君が来ると、確信していましたから」
彼の近くにある机の上にはさっきまで対局していたかの様な未完成のチェス盤があった。
僕をじっと見つめる渡辺。
何故か嫌な予感しかして来なかった。
「何故……ここに来ると?」
「まず、始めに。…私が今日、本当に風邪で休んだと思っていましたか?」
いきなり、不意打ちを食らわされた。
「何を言い出すかと思えば……いや。君の事だから普通の理由で休んでいるとは思っていなかった」
「そうですね。率直に言うと僕は風邪なんか引いていません。よって、今日授業を休んだ原因は風邪では勿論ありません」
「ずる休みか。そんな事しちゃ駄目……」じゃないか、と言おうとしたところで、
渡辺の目が鋭く尖った。
精一杯の愛想笑いを浮かべる。しかし渡辺の冷淡な目は、それをいとも簡単に打ち砕いた。
「藤原君の過去を調べていました。…何せ僕はあなたの『ストーカー』ですから」
一瞬にして、背筋が凍った。『天才』からの重圧が確実に僕に重く圧し掛かってくる。
しかし、彼は体勢を立て直す時間さえ与えてはくれない。
犬の牙が僕の喉元にあてがわれる。
「三年前……あの事件の事も」
全身の血の気が引いた。生きている心地などしているはずが無い。
「あれは確か迷宮入りとして幕を閉じた事件だそうですが……」
そんな僕に決定的な一打を渡辺は食らわせる。
「藤原君の幼馴染を殺しているにも関わらず……今でもどこかで普通の生活をしている冷徹な犯人に対して……どう思っていますか?」
「……っ!!!」
奥歯を強く噛み締める。
「……今でも……許せないと……思う」
「僕の見解はですね」
必死に絞り出した僕の言葉も気にかけていないかのように話しだす。
「聞いた話から考えた事ですが……犯人は結構身近にいる、と僕は考えています」
もう。
声は完全に枯れていた。
「天才」からの制裁にただただ……「秀才」は小刻みに震えるばかりだ。
大丈夫だ、きっと大丈夫だ。……これまでも大丈夫だったじゃないか。
自分に言い聞かす。
僕は……完全に彼に疑われている。
警察が視野にも入れなかった「内部の犯行」。
それが…そんな盲点が…目の前の天才の頭脳の中心に存在している。
真っすぐにこちらを見ている。
少しでも気を抜くと僕が犯人です、僕がやりましたと口からこぼれ落ちそうな感覚に陥る。
「それで……渡辺君は……誰が犯人だと……思っているんだ?」
声を振り絞る。
僕は賢いんだ。………僕は「完璧」なんだ。
「……それはまだ分かりません。しかし……僕自身、勝手ですがこのまま放っておきたくないと思いました」
そう言うと、そそくさと部屋から出て行ってしまった。
机の上のチェス盤。形の名は「犠牲(サクリファイス)」。
自分の駒を犠牲にしてまで、良い状態へと持っていく戦術方法である。
「あいつ……」
つまり。
自分を犠牲にしてでもこの事件を解決するという彼なりの決意。
天才の頭脳に、ついに秀才が溺れ始める。
- Re: そして僕は右の席へ刃を向ける6 ( No.5 )
- 日時: 2011/05/30 17:30
- 名前: Euclid (ID: 6..SoyUU)
第五話「遠藤 翠」
この国の人間は、「犬」と聞くとすぐに愛玩用のものを思い浮かべるだろうと思う。
しかし、本当の野生の犬という生き物はとても恐ろしいものである。
根性が強く、昔子供をライオンに襲われそうになった母犬が群れでライオンを撃退した、という話まである。
これはアフリカのある国で伝わる話なのだが……もっと身近に。
そう、例えば僕の学校とかにも恐ろしい「イヌ」という生き物が生息している。
その名を「渡辺宏一」と言い、周りからは「天才」と呼ばれている。
勉学においては僕の敵にもならないのだが、関心を持ったものに対する執着心というのはまさに人間の域を超えていると言って良いだろう。
そして現にこの前の木曜日。この僕を心理的に、内部から震え上がらせた。
僕の見解からすると、犯人は身近にいると……そう考えています。
彼ははっきりとそう言った。彼のあの時の目は完全にこちらを向いていた。
しかし。
僕は……まだ甘かった。
本当の神からの制裁など……まだ始まっていないようなものであった。
その朝は、普段通りの朝だった。
いつもの時間に起き、いつもの時間に登校し、
いつも通り後ろの席の伊藤とたわいの無い雑談をしていたりした。
それなのに。
まるで前からシナリオが描かれていたかのように「それ」は自然に起こった。
朝のホームルーム。
担任が得意げな顔で教室へと入って来た。どこかいつもと違う、気がする。
「男子達、喜べ!今日からお前達に新しい仲間が一人加わる事となった。女子だ。
噂によると……とても頭が良いらしいから、皆馬鹿にされないようにな」
可愛いとか可愛くないとか、そんな事はどうでも良い。
誰かを愛する感情など……「あの頃」に全て捨ててきた。
浮かれるクラスをよそに僕は一人、教材を出し予習をする。
「では、転校生の登場だ。……おーい、入ってきて良いぞー」
入り口の扉が開かれ、一人の少女が入って来た。
そして……時間が止まった。
僕は……夢を見ているみたいだった。
目の前で何が起こっているのか……訳が分からない。
「じゃ、自己紹介を」
「はい。今日から皆さんと勉強する事になりました……遠藤翠と申します。
趣味はお料理とピアノを弾く事です。
早くこのクラスに馴染めたら良いと思っています。これからよろしくお願いします」
三年前に僕が殺した翠が……僕の目の前に立っていた。
この前感じた渡辺の「威圧」など比べ物にならない「何か」が僕の心を深く抉っていた。
そんな僕の事など気にもかけずに担任はしゃべり続ける。
「そうだな……。藤原の右の席、空いてるだろ。あそこに座ってくれ」
「はい、分かりました」
翠がこっちに歩いてくる。外見も翠そのものだ。
僕の右横に座る。
「よろしくね。……えっと、藤原君」
真っすぐにこちらを見て微笑んでくる。
……あの時の、「笑顔」。
「いっしょに……折ろ?」
僕らがまだ幼稚園の頃。
僕の隣で折り紙で鶴を一生懸命に折っていたあの頃。
僕は……僕は……。
(また、厄介な事が増えたら面倒だろ?)
ふと、自分の中の悪魔が僕の耳に囁いてくる。
(簡単な事さ。…殺しちまえば良いのさ……三年前みたいに)
嫌だ。もう翠にあんな顔はして欲しくない。あんな……殺される時の悲しい顔は。
もう……僕はあの頃とは違うんだ。
(お前は『完璧』なんだろ?…お前は「天才」に勝る「秀才」になるんだろう?)
「天才」に勝る「秀才」……。僕が……渡辺に…勝てるのか?
(勝てるとも。あんなのはお前の敵では、無い)
完璧……そうだ。僕は「完璧」になるんだ。
(そうだ。自分を他人に壊されたくなければ、刃を向けろ!それが誰であっても、だ。)
刃……。
もう一度……右席を見る。
そこには変わらず翠がいる。
そうだ。この頃だったんだ。
本当の意味で僕と君が「出逢った」のは。
そうだ。その頃だ。
本当の意味で僕が君に刃を向けようと決めたのは。
僕は……自分が生き残る為に。
その為に僕はその頃から、右の席へ刃を向け始めた。
噂というのはすぐに広まるものである。
渡辺の耳に「伝説の美少女 遠藤翠と同姓同名で、外見も酷似している転校生」の噂が入るのはそう時間のかかる問題では無かった。
「面白くなってきました。……しかし、例の転校生に何かする事があれば藤原拓哉。
……その時は覚悟していて下さい」
彼の机には教科書など洒落たものは乗っていない。
ただあるのは「サクリファイス」の形を留めたチェス盤のみ。
渡辺が指で弾いたキングが、金属音を立ててチェス盤に倒れ込んだ。
- Re: そして僕は右の席へ刃を向ける7 ( No.6 )
- 日時: 2011/05/30 17:31
- 名前: Euclid (ID: 6..SoyUU)
第六話「勝利の果てに」
渡辺は、内心焦っていた。
同時に……次の手も考えていた。
渡辺が「ある人物」へ電話をかける。
「…僕です。はい、僕が校内で電話をかける時は異常事態ですね。分かって頂けて何よりです。
突然ですが…今すぐ、遠藤翠・伊藤麗に会って音楽室に来させて下さい。
遠藤の方は僕の希望なので強制ではありません。
ただし……君の全ての行動は、あの藤原拓哉に察しられないよう、お気をつけください。」
藤原は内心勝ち誇っていた。
「勝った…。僕は『アイツ』に…勝ったんだ」
この言葉を、今日だけで何回言っただろうか。
これで「実は遠藤はあの時、一命を取り止め心身とも全快の末、皆に再開出来た」とでも
思わせる事が出来る。
誰も翠の親の事まで気に止めないだろう。
何せ生きている時はあの人気ぶりだったのだ。
「あの」遠藤が生きていた、と聞くだけで皆満足するだろう。
あの時も噂は正確な情報を流していなかった。
彼女は殺された。彼女は自殺した。……………………
その全ての推測を「彼女は生きていた」という偽りの「事実」で終結する事が出来るのだ。
あの「イヌ」も、まさか「殺された人と同姓同名、容姿・性格を含め全て一致している人間が存在する」
とは考えもしないだろう。
そうしてあの「イヌ」は、「偶然の海」に飲み込まれるのだ。
誰もが納得する完全勝利。後のトッピングは遠藤との少々の口裏合わせだ。
「好奇心」の固まりである「クラスメイト(虫ケラ)」を掻き分け、「遠藤翠2号」が僕の目の前に立った。
「あの……藤原君?」
「何だい?翠」
言った後に大きなミスをしてしまったと気づく。
「きゃーっ。『翠』だってー」
「藤原クン、もしかして…一目惚れぇ?」
クラスメイトが別の好奇心で盛り上がりなおす。
……本当に鬱陶しいクズ共だ。ろくに勉強も出来ないくせに。
言われた遠藤は顔を真っ赤にして俯いていた。
「あの……」「ちょっと……こっちに来い!!」
言うと、僕はついさっき転校してきた謎の同姓同名女の手を引っ張って教室の外へと出た。
それに続け、とクラスメイトも一緒に出て来ようとする。
「君たちは来るな。もし覗くようなことがあれば……分かっているな?」
こういう時に「首席」の名は生きてくるのだ。
一瞬にして静寂が辺りを包み、彼らは各々の席へ戻って行った。
「何ですか、いきなりっ!…もぉ、何なの!!」
僕らは誰もいない廊下へ出る。
「始めに…僕の名前は藤原拓哉だ。この名前に覚えは?」
「はい?…だってさっき会ったばっかりじゃないですか」
やはり、僕の知っている翠とは別人らしい。
しらを切っている可能性は今は省いておく。
「そうだな。…いきなりなんだが、僕には彼女がいた。
それが三年前「誰か」によって殺されてしまったんだ。僕の目の前で、ね。
名前・外見・趣味・雰囲気…全てが殺された彼女と一致している。
……これは、単なる「偶然」と認識していて良いのか?」
最初は戸惑った様な顔をしていたが、すぐに引き締まる。
その顔も翠そのものだった。
「藤原君の彼女さんがどんなだったのかは知りませんが…。
偶然にしては出来すぎていると思いますが…そう受け取っていて良いんじゃないでしょうか?」
「君は…何か僕に隠し事等はしていないか?あるなら今この場で言っていた方が良い」
「いいえ、何もありません。そんなものがあったら友達になろうという時に支障が出ます。
……そうでしょう?」
「そうか…。分かった。記憶力の良い生徒からは三年前の事を言うのがいるかもしれない。
そういうのは言いだしそうになったら、僕が横から止めるから。
基本行動するときは僕と共にしてほしい。良いね?」
「……それは!!傍から見ると……っ!!」
何かを言おうとした彼女の口を左手で優しく押さえる。
「……君も「誰かが殺された話」を聞くのは気持ちの良い話じゃないだろう?
大丈夫。僕が守ってあげるから」
「……大丈夫、落ち着いたわ。
つまり……、藤原君が三年前の「あの」事件に関与していて、それは「被害者」とかの立場では少なくとも無い、と……。渡辺君はそう言いたいのね?」
「はい。率直に言って……僕は藤原君が三年前の犯人だと、そう思っています」
ここは閑静な音楽室。高校生が「内緒話」をするには絶好の場所である。
今、渡辺・伊藤そして一人の男が渡辺の真横で立っている。
「……そう思う根拠は?」
「僕が前、藤原君にその事件の話をした時何やら焦ったような印象を受けました。
わざと無粋に話したのですが…僕の予想とは反対に全く「怒って」くれませんでした」
渡辺は続ける。
「その上…今の伊藤さんの様に「理由」を僕に聞いてきました」
「理由?」
「はい。意外と身近に犯人はいるかもしれません、と発言した時です。
まるで、こちらの腹の内を探るような聞き方でした」
伊藤自身も、「あの事件」は完全に腑に落ちていなかった。
伊藤は遠藤の親友だったのだ。遠藤の事は誰よりもよく知っている。
彼女の反射神経はケタ外れだった。
その翠が仮に藤原が恐怖で助けられなかったとはいえ、
まともに背中正面から食らうのは……いささか不自然だ。
事件の内容は、直接警察に聞きに行った。
親友だから、と守秘義務を押し通そうとする警察を最終的に少しだけだが教えてもらう事が出来たのだ。
「それで…あたしは何をすれば良いの?」
「ただ一つ。藤原君の監視、です。何か不審な動きを察し次第、一組まで」
渡辺はそれだけ言うと、真横にいた男の方を向く。
「松本君は、今まで通り『藤原君の親友』を演じ続けて下さい」
「はい、分かりました」
そこにいたのは、以前、定食屋で藤原と話していた男。
渡辺には気をつけろ、と藤原に助言していたあの男だった。
「藤原拓哉。あなたの計画ももうそろそろ終わりにしましょう。
僕は決して「偶然」の罠など…引っかかりはしません。何せ僕は……天才であり、打たれ強い『イヌ』ですから」
次の授業を知らせるチャイムは、「天才」と「秀才」の本当の戦いが始まる合図だったのかもしれない。
- Re: そして僕は右の席へ刃を向ける8 ( No.7 )
- 日時: 2011/05/30 17:33
- 名前: Euclid (ID: 6..SoyUU)
第七話「天才たちの休日」
日曜日。
僕は朝、ケータイの着信音で目が覚めた。
そして、第一声。
「おはようございます、渡辺です。今日は、せっかくの日曜日ですし…。
どこか遊びに行きませんか?」
着信元は、何とあの渡辺宏一からだった。
「……で、色々聞きたい事があるんだが…」
僕たちはまず始めに行く事になった駅前の本屋へと続く道を歩いている。
「はい、何でしょう?」
「どうして、君が僕の携帯番号を知っているんだ?」
「……それは、言えません」
「俗に言う例のルート、ってやつか。君らしいよ」
この僕が見当もつかないほど小賢しい所が。
「今日は僕の楽しみにしていた漫画の発売日なんですよー」
会計を済ませ、本屋のカバーに包まれているのを、目を輝かせてみている光景を遠くから見て、
僕は渡辺も自分と同じ高校生なのだな、という事を思い出さされる。
店員から本を受け取り、渡辺が店から出てくる。
「お待たせしました」
僕は無言で歩を進めた。その後ろを渡辺が着いてくるという形だ。
僕は雑談交じりに聞いてみた。
「なぁ、渡辺君」
「はい?」
「天才ってさ……どんな気分よ?」
渡辺の顔が一瞬にして何かを模索する「イヌ」の顔になった。
模索対象は、藤原拓哉。
「そうですね……」
少しの間、宙を見上げた後、真っすぐこちらを見つめてきた。
「皆さんが思っているみたいなイメージでは決してありません。言いかえるなら『地獄』です」
最初、彼の言っている意味が分からなかった。
「地獄……だって?」
「ええ。……天罰、と言っても良いかもしれません」
「それは、どういう……」
渡辺の思っている真意を聞こうとした時、誰かが僕の体にぶつかって来た。
「きゃっ」
ぶつかった後、地面に倒れる。白いロングコートを着た若い女性だった。
「あっ、すいません」
「いえ、こちらこそ」
落ちた荷物を拾い、そそくさと人ごみの中に消えていった。
「……んじゃ、僕らも行くか。次はどこに……」
そう言いかけて、黙る。
渡辺が何かを考えている体勢に入ったのだ。
「藤原君」
「ん?何だい?」
「今日、暖かいですよね」
「…う、うん。まぁ、ちょっと暑い位かな?」
「君はこんな暑い日に、ロングコートなんて着ますか?」
あっ、と声を上げそうになる。
確かに、そう言われてみれば……そうかもしれない。
「それと若干左右のコートのバランスが悪かったです。右側に傾いていました。
彼女、自分の荷物を全て左手で取っていました」
言いたい事が全く分からない。
「…つまり?どういう事?」
「自分の勝手な推測ですが……彼女のコートの右の内側ポケットには取り出しやすい『武器』か何かと。
外国人っぽかったですし、ポケットに入れるとすれば…拳銃、でしょうか?」
「じゃあ……」
「ええ。彼女はとても危険な仕事をしていると推測しています」
これこそが「天才」である事の証明。
初対面の人の情報をここまで読み取るとは。
いつかは読み取られる対象が僕になった時を考えると……自然と鳥肌が立った。
「ま、まぁ……、大丈夫でしょう。渡辺君の考えすぎだよ」
「………そうだと良いんですがね」
5日後、僕らが出会った女の人がこの近くの池で変死体で発見されたという。
やはり……「天才」の読みは正しかった。
- Re: そして僕は右の席へ刃を向ける9 ( No.8 )
- 日時: 2011/05/30 17:34
- 名前: Euclid (ID: 6..SoyUU)
第八話「運命の朝」
次の日、月曜日。
あの「天才」に興味を持たれてから25日目。
僕は……あの天才との「お遊び」を終わらせる事にした。
「藤原君!」
天才が叫ぶ。
僕は目の前の愚かな天才に向かってこう叫んだ。
「渡辺宏一………僕の勝ちだ!」
朝、7時。
「運命の時」から1時間55分前。
渡辺は自分のクラスで一番乗りで登校していた。
職員室から借りて来た教室の鍵で中に入る。
渡辺宏一の席は左端の列の前から4番目の所である。
カバンから筆箱を出して、ゆっくりと机に置く。
ゆっくりとドアが開く。
そこには、藤原拓哉が立っていた。
「これはこれは藤原君。おはようございます」
「おはよう、渡辺」
天才の警告とも言える第六感がはたらく。
「藤原君。何か……良い事でもあったんですか?」
「うん?どうしてだい?」
「藤原君が僕の事を『君』付けしない時は気持ちが高ぶっている時だと記憶していたもので」
一瞬、藤原の背筋が凍った。
「……いや。何も無いよ?」
渡辺は短くそうですか、と呟いた。
「で、何か僕に御用でしょうか?」
「いや、特に。…久しぶりに早く来てしまってヒマだな〜とブラブラしてたら
教室の外から見覚えのある背中が見えたもんだから。……渡辺君はいつも早いんだね」
渡辺は少し渡辺の顔を見てからはい、と答えた。
ゆっくりと渡辺に歩み寄り、真後ろに立つ。
背もたれに左手を置き、右手をポケットに突っ込んだ。
ナイフを取りだす為に。
「あの時」の、果物ナイフ。
「(これから全てが始まったんだ。…これで、最後としよう。)」
藤原の目は見開かれ、口が横に開く。
「おはよっ!渡辺君に藤原君♪」
慌てて声のした方を向く。そこには伊藤麗が立っていた。
「何の……用だ」
「いや、あの……友達から借りてたノート、机の中に入れといてって言われたから……」
僕は思いっきり、心の中で舌打ちした。
もう、僕の心はピークに達していた。
「運命の時」25分前。
月曜日は集会の為、全校生徒が公民館に入る。
渡辺はずっと気が立っていた。
「何なのでしょうか?……この胸騒ぎ……」
校長の話が始まった。
内容は、革命家レーニンの話。
僕はそっと革命、と呟いてみた。
響きは……悪くない。
これが「運命の時」10分前の話。
そして……「運命の時」……0分前。
「校長に礼!ありがとうございました!」
生徒会の役員が号令を掛ける。
全校生徒が一斉に頭を下げた。
そして……、
「最後に…生徒会会長 藤原拓哉君から報告があります。よく聞いて下さい」
計画通りのスケジュール。
僕から『報告』がある、と事前に役員に言っておいた。
僕は、前に出た。
役員が僕の背の高さにマイクを調整しようと僕に寄って来た。
僕は………
その役員の首を掴み、ポケットから出した果物ナイフを首筋に当てた。
「会……長……っ!!??」
すぐさま館内に悲鳴が木霊した。
「……くそっ!!」
いつもポーカーフェイスの渡辺が、いつに無く乱れていた。
まさかこんな……こんな事態になるとは。
「おい、渡辺!渡辺宏一!!」
渡辺の名前を呼ぶ。
………アイツの名前を呼ぶのは、今日で何回目だろうな。
ゆっくりと渡辺が歩み寄って来る。
「やはり……あなたでしたか、藤原拓哉。……心が持ちませんでしたか」
「心が持たない?……当たり前だろ!!
毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日調べられてよ!!
……もう、どうにでもなれってんだ!!!」
それは荒れ狂う獣の咆哮の様だった。
孤独な獣の、悲しい咆哮。
「止めなさい。……その人は関係無いでしょう?」
「来るな!……なぁ、天才。今、どんな気分だよ?
お前の下らない『興味』なんかで、誰かが傷つく気分は……」
「………ナイフを、捨てなさい……」
「なぁ……どうだって聞いてんだよ!!」
「ナイフを捨てろ!!!」
そう言うと、渡辺は腰に手を回し、ズボンに挟んでいた拳銃を抜き取りこちらに構えて来た。
「お前……どういう事だ?普通の高校生じゃないのか?」
渡辺が校長の方を向く。
「校長!全員を安全な所へ!……早く!!」
「は、はい……。分かりました……」
一分も経たないうちに公民館の中は、渡辺と僕と人質の役員の3人となった。
「なぁ、渡辺。……お前は一体……何者なんだ?」
渡辺が無言で左手で内側ポケットをまさぐる。
いきなり、僕に黒い手帳を見せて来た。
そこには……
『警視庁英才課 渡辺宏一訓練生』
と書かれてあった。
「警察……なのか?」
しかし、「英才課」など聞いた事も無い。
「……正確に言うと、公で言われている『警察』とは違います。
英才課は、文武共に長けた人材を育成する一つの独立した『学校』の様なものです」
しかし……渡辺の銃さばきを見ても、並大抵の訓練では無い事は素人目の僕からでも分かる。
「ここには……潜入捜査、という形で派遣されました。
三年前に未解決となった事件の関係者の現状を確認して来い、そして……解決済事件にして来い、と」
僕は思わず右手に握っていたナイフを落としそうになった。
彼は「関係者」と言葉を使ったが、本当は「容疑者」と伝えられていたのだろう。
「解決」……問題やもつれた事件などを、上手く『処理』する事を言う。
渡辺宏一は……「英才課」の渡辺宏一は、どうやってこの問題を『処理』するのだろう。
渡辺の両手に握られた拳銃。
その銃口に、一寸の躊躇いも無い。
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