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そして僕は右の席へ刃を向ける
日時: 2011/05/30 17:15
名前: Euclid (ID: 6..SoyUU)

prologue

元々は……ただ横にいた、ただの……ただの、少女だった。

あれは小学校……いや、それより前の幼稚園の頃。
確か、折り紙で鶴を折る授業。
僕はなかなか形の良い鶴を折るのに手こずっていた。

ふと、頭の上に視線を感じた。
見上げると……黒髪が腰にまで届いた一人の少女が立っていた。
目が合い、花が咲いたような笑顔を向けてくる。

「いっしょにおろう?」

少女は隣にしゃがんで自分の折りかけの赤い折り紙に目を落とした。
僕はその横顔に……完全に惚れていた。
遅れて小さく「うん」と頷く。
少し暑くなり始めていた七月の…年少の頃のことだったと思う。

そして、小学校。
その少女の家は僕の家と近隣地区だったので同じ小学校へ通うこととなった。
「おっはよー、藤原君」
オマケに同じクラス。小学生になってもあの時の笑顔は全く変わっていなかった。
「藤原」というのは僕の名字。本名は藤原拓哉(ふじわら たつや)という。
何の特徴も特技も無い普通の小学生。強いて言うなら「少し周りより頭が良い」だけか。
対してあの遠藤翠(えんどう みどり)という少女は秀才で、ピアノが得意で様々なコンクールで優勝したりしているらしく、オマケにお嬢様で美人という非の打ちどころのない存在だった。学校での人気度は言うまでもない。
「何で僕なんかに声をかけてくれたりするの?」
彼女が笑顔で話しかけてくれる度に僕は定型文のように聞いた。
そして返ってくる答えも同じ。
「え?だってあたし達、幼稚園からの付き合いじゃん」
それは嘘だ。
僕の他にも彼女の幼馴染はクラスにでも沢山いる。
なのに、僕以外の人と話しているところを見たことがない。
彼女は、いつも笑顔で。
そんな彼女を愛らしく思って。
そう。……その頃からだろうか。
僕が翠を…あの少女を、
独り占めにしたいと思ったのは。
そして僕の頭がおかしくなる程、
彼女を愛してしまったのは。
そう。……僕は。
彼女を自分のものにしたくて、そして……。
僕は彼女を……殺してしまった。

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Re: そして僕は右の席へ刃を向ける2 ( No.1 )
日時: 2011/05/30 17:21
名前: Euclid (ID: 6..SoyUU)

第一話「春の空は赤色に」

彼女との出会いの日は……はっきりとは覚えていない。
彼女との「別れ」の日。8月13日午後12時11分20秒。一生忘れもしない。
「別れ」の元凶は、僕だ。
僕が殺した。
場所は、私立上沢中学校東校舎の屋上。
僕に作ってくれた弁当をこちらに背を向けながら広げようとしたところを、
隠し持っていた果物ナイフで、一刺し。
彼女は最期に虫の鳴くような声で尋ねた。どうして、と。
僕は答えた。君が悪いんだよ、僕だけを見てくれなかったからだよ、と。
彼女の目からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。
みるみるうちに彼女のシャツは赤く染まり、やがて地面に倒れて動かなくなった。

僕の中で、何かがぷつりと、切れた。

警察を呼び、僕は被害者側に立った。
いきなり階段から見知らぬ男が走ってきて翠を刺した、と説明した。
犯人の特徴も、全くのでたらめを伝えた。
警察の捜査も実らず、事件は迷宮入りとなった。
警察の人が家まで来て頭を下げて謝った。犯人を見つけられず申し訳ない、と。
今考えるとそれを聞いたときの僕の顔はなんというか……「泣きっ面のお面を被った鬼」のようだったように思う。

そして、中学校を卒業し、エレベーター方式で名門上沢高校へ。
あの屋上は、「呪われた地」として閉鎖された。中へはもう誰も入る事は出来ない。
屋上の入り口の前で一人つぶやく。
「なんでだろうな、翠。僕、人として一番最低な事をしたのに……あまり後悔してないんだよ」
翠は学校で一番人気のある女子で、彼女の事が好きな男子もいたらしい。
「今は……君の事を考えているのは…僕だけだ」
人間というものは非情な生き物である。彼女が死んだと分かると最初のうちは皆、悲しんでいたが数カ月も経つと「過去の人」として話の話題にも上がらなくなった。
彼女の両親は娘が死んだショックで、川に投身自殺したらしい。
要するに、僕は「3人の人殺し」となった。

「よお、タク。今からメシどうだ?」
中学生の時はどこにいるのか分からないまさに「陰」のマントを被り続けていたが…高校に入って明るく振る舞うようにした。
周りがあまりにも心配しすぎるのだ。変に蒸し返されると面倒である。
「おう」
僕はただ一言返し制カバンを引っ掛けて学校を出た。

学校を出て、学校でここらでは一番美味い、と評判の定食屋に入る。
友人は親子丼、僕はカツ丼を食べているとふいに友人が声を掛けてきた。
「前から思ってたけどさあ…お前、すげぇやつだよな」
「なんで?」
言われる理由は分かっていた。翠の事だ。
「だってさ……恋人が目の前で殺されて普通は自殺してもおかしくないところを、お前は立ち直って未来に向かって生きてんだからさ」
「恋人じゃない、って前も言ったろ?ただの幼馴染だって」
「でもさ、『ただの』幼馴染に毎日弁当手作りでガッコに持ってくか?お前見てた時の目は、ありゃ好きな人を見てる時の目だったぞ」
「何だよ、それ」
心の中でほくそ笑みながら、友人の言葉に微笑んで返す。
そう、今僕は「恋人を目の前で殺されたという重い過去を背負いながらも懸命に前を向いて生きている高校生」
を演じきっているのだ。
評判(シナリオ)に問題点は一切存在しない。
おまけに頭はかなり良い方で、皆から「秀才」などと呼ばれ教師からのコネも十分にある。
「行く先一寸の霧無し」とはこのことを言うのではないか。
殺人事件の時効は撤廃されたが、そんな事は僕には何の障害にもならない。人手や費用の面から捜査打ち切りになるのは明白で、翠の事件は実際にそうなった。
「何笑ってんだよ、お前」
友人に声を掛けられ、現実に戻る。そろそろ僕にも「鬼」の風格が出てきただろう。
「いや……別に何でも」

食べ終わり、レジへと向かう。
「お会計別々でよろしいでしょうか?」「あ、はい」
580円を要求され、財布の小銭入れを開ける。
すると10円玉を一枚床に落としてしまった。結構速いスピードでさっきいたテーブル席の方へと転がっていく。
それを驚異の反射神経で床に手を伸ばし止めた少年がいた。いや、同い年くらいか。
一瞬友人が苦虫を潰したような顔になる。
そんな友人を不審に思いながらも少年から10円玉を受け取る。
「はい……どうぞ」「どうも」
服装は同じ上沢高のもので僕と同じ一年を示す緑色のバッジが胸で輝いていた。
何秒間か目が合う。
「あの……何か?」
「あなた…………二組の藤原拓哉君、ですよね?初めまして、一組の渡辺宏一(わたなべ こういち)、と言います。」
「あっ……初めまして」
「あなたの噂はかねがね。何でも知人さんがお亡くなりになったのにも関わらずそれを乗り越えて今では……学年主席、とか」
「あっ…はい。まあ…」
「僕からすれば羨ましい限りです。尊敬に値します」
「どうも……」
この少年は僕からすれば大した事の無い学力だと思うのだが…今会話している一瞬だけその事が頭から離れそうになる。
何というか、自分がこの男に飲み込まれていきそうな錯覚に陥られるのだ。
「では、また。いずれどこかで」
「はい……また」

店を出る。何か…一気に疲れた。
「お前、ツイてねぇな。『イヌ』に気に入られるなんて」
「『イヌ』」
「渡辺宏一。一度興味を持ったものは、そのものについての全ての事に自分が納得がいくまで絶対に離さないことから『上沢のイヌ』と呼ばれてるんだよ」
「やけに詳しいな」
「俺も一回気に入れられかけたからな。ヤツ曰く『俺の面相には神秘が満ち溢れている』だとよ」
友人の言葉に笑う。
「なんだよ。…とにかく、これからは気をつけるこった。じゃねぇと、個人情報なんざものは案外モロいもんだ、というのを思い知らされるぞ」
二回僕の肩を叩き、友人は家路へと向かっていった。

「渡辺宏一。……上沢のイヌ、か……」
一度興味を持ったものは、とことんまで調べあげられる。
もしかしたら例の事も……勘付くかもしれない。
「渡辺…、面白いじゃないか」
そろそろ思い通りになりすぎる人生にも飽きてきたんだ。
どこからでも、かかって来い。
僕は、完全犯罪を成し遂げると決めたのだから。
そして……何せ僕は、
僕は『完璧』なのだから。

Re: そして僕は右の席へ刃を向ける3 ( No.2 )
日時: 2011/05/30 17:23
名前: Euclid (ID: 6..SoyUU)

第二話「Brain&Genius」

そして、次の日。
自分のクラスへと入ると……自分の机の前に昨日の少年が立っていた。
「おはようございます。僕、渡辺宏一と申します」
「ええ。昨日定食屋でお会いしましたよね」
「はい」
お互い同学年なので敬語は不自然だと思うのだが……「調子に乗って話に飲み込まれないように」「友達意識を持たれないように」という理由で自然に気を使い合っている。
僕は、学級委員長の朝の仕事である「学級日誌」を書こうと筆箱からシャーペンを取りだした。
「……何、です?」
「いや…左利きなんだなぁ、って」渡辺が僕の左手をじっと見つめていた。
ニコッ、と微笑んでくる。見るからにさらさらとした黒髪が微かに揺れる。
直感的に、翠の笑顔とは違うなと思った。何というか……ロボットに笑われているような感じだ。
感情が全く表われていない。
「……僕はね」「はい」
「実は、両利きなんですよ」
何故か渡辺に見せたくなって、わざわざ右手に持ち替えて日誌に書いてみせた。
「…すごい…すごいです!」
渡辺は初めてマジックを見た子供のような目でそれを見ていた。
「そんなに褒められる事では……」
それから少し、目の前の少年に色々な事を自慢した。
「……それと、僕がこの学校の部費の管理、設備の修理費を含む予算の構成まで全てしているんですよ。なんせこの学校の生徒会長ですから」
その度に、渡辺はすごい、すごいと僕を褒めちぎる。
あえてこちらから自分の情報を提供する。
それで、早く僕への興味を無くさせるのだ。
「他には、何か無いんですか?なんかますます…気に入っちゃいました!」
しかし…方向は最悪の方向へ。

気をつけろ。

友人の言葉が脳裏に浮かぶ。
「えっと……他には……」
その時、救いのチャイムが鳴った。
「あっ、僕帰ります。授業ありますので」
急いで渡辺が教室を出る。
やはり、運命は僕に味方してくれている。

「あーあ、フッジー。『イヌ』に気に入られちゃったかあー」
後ろから能天気な声がかかる。いつも元気一番な伊藤麗(いとう れい)だ。
「まったく……これから何かとしんどくなりそうだよ」
「……『秀才』と『天才』ね。……ふーん」
「ん?何か言ったか」
「んにゃ、なーんも。そういや渡部君ってかわいそうだよね。頭は良いのに学力が全然伸びなくて。……一生懸命勉強してんのにね」
「は?」
僕には、訳が分からない。

学力が伸びないのに、頭が良い?

「伊藤、どういう事だよ?」
「あの子ね…簡単に言うと「賢い子」じゃなくて「頭が切れる子」なんだって。観察力、思考力は人間離れしてるんだって。………勉強以外は」

向こうは僕の事について興味津々だが、彼の事については僕は少しの興味も無い。
しかし……思考力がずば抜けている、というのはいささか気になる。
もしかすると………もう僕の事を疑っているのか……。
いや、あの事件は皆の頭の中では「過去の話」になっている…はずだ。
「僕の、考えすぎか」
「へ?何が?」
伊藤がきょとんとした目でこちらを見てくる。
「いや……何にも」

部屋に戻ると、一時間目の授業の用意をする。
その間も渡辺の頭の中は藤原一色だった。

何かを隠している。

渡辺自身の自慢の一つである第六感が胸の中で騒ぐ。

何かとてつもなく大きい事を隠している。

それは、高校生として微笑ましい内緒事か、それとも……

「そろそろ仕掛けていきますか……」

ここは、「学校」という日常。
そこで『秀才』と『天才』の非日常が今、交差しようとしている。


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