ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
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- 気狂いピエロ
- 日時: 2011/11/04 19:47
- 名前: 須藤 ハヤ (ID: y90Df8N6)
—プロローグ—
嘗て、こんな話しを聞いた事はないだろうか。
—【悪い事をしたら、気狂いピエロがやってきて、体中の血を抜かれるよ】
母親達が、悪戯をした子供に使う作り話だ。よく耳にするだろう、子供を大人しくさせる為に、怪獣やお化けを作り話にして子供に吹き込む初歩的な子供騙しを。本来なら、只の作り話で終る。
だが……。もし——それが本当に現れたら?
体中の血を全て抜かれ、身体をバラバラに切り刻まれて、野良犬の餌にされたら?
いや、その身体の一部を切り取られ、誰かに移植されたら?
食べられたら?
—どうする?
貴方の愛する子供が……ピエロの楽しい喜劇の主人公にされたら……。
抱き締めなさい。その愛する子供の頭を。抱いて逃げなさい、その幼い赤ん坊の身体を。
ピエロは笑う。悲しいピエロは、喜劇を舞う。残酷な暗闇の夜に、真紅の涙を流して、ピエロは美しき死体の女王と、一夜を明かす。そして、夜がくると、ピエロはまた……狩りを始める。狙うは、美しき女の、青い瞳を掲げる目玉。
- Re: 気狂いピエロ ( No.9 )
- 日時: 2011/11/04 20:10
- 名前: 須藤 ハヤ (ID: y90Df8N6)
想像した事があるだろうか。受け取った小包に、第一関節から切断された女性の指。そして、見覚えのある指輪。ジェシーは言葉を失った。デスクに置いた小包の中身を漠然と見据え、投げる事も、動く事もできない。
その指と指輪に見覚えがあった。一週間前——プロポーズした彼女に渡した、婚約指輪。
みるみる内に青ざめていく婚約者の背中は、以上な程小さく、そして誰も寄せ付けない欠乏感を漂わせていた。長身のジェシーの背中が、あんなに小さく見えたのは、これが初めてだった。
そんなジェシーの異変に気付いた同僚が、箱を覗き込んだ瞬間「な、なんだこりゃ! 指だ! 人の指だ!」当然の様に、どよめきが起き、騒ぎ立てる人々から孤立していくジェシーの方に、ベルカは冷静な言葉を紡いだ。
「ジェシー。手紙が入ってるわ」
箱の中にはピンク色の封筒が一枚入っている。ピエロのシールが貼られた、いかにもふざけた風貌の封筒。
「……」
乱暴に封を切り、内容を確かめるジェシー。
「畜生! 殺す! 殺してやる!」
目を充血させ、酸欠状態にも見える程、目に絶望を滲ませて叫ぶ。怒りに身を任せて手紙を破り捨てようとしたジェシーの手を制し、ベルカも内様を確かめる。一瞬だが、人々のどよめきが、止まった。
内容は、こんなものだった。
【親愛なる邪魔者のお二人へ。プレゼントは喜んでいただけましたか? 僕の邪魔をすると、こうなるんですよ。メール、本物と間違えて焦ったでしょ。君は、まだまだ僕の目的を知らないはずだ。
僕は、気狂いピエロ。君達は僕の崇拝者を死なせたから、また一人、君達の大切な人を貰う。これからも楽しい喜劇をプレゼントするから、楽しみにしててね。あ、婚約者さん。君のフィアンセ、綺麗に切れたよ。今度は、胴体と頭を送るから、待っててねー】
馬鹿にしている。文体を見て分かる通り。心の底から、怒りを誘う、極めて馬鹿にした手紙。湧きあがる怒りを抑えきれず、勢いよく手紙を握りしめると、ゴミ箱に放り込んだ。この犯人だけは、なんとしても、捕まえて極刑にしなくてはならない。
先程送られてきたメールも、全てピエロが送ってきた物。その時既に、ルイーナは……殺されていた。
夜が、当然の様にやってきた。
辺りは深い闇に包まれ、街灯の明かりには無数の蛾が群がり舞う。降り積もった雪が足を掴み、なかなか進まない。マフラーに埋めた顔が、身を切る様な風で痛い。いつもと変わらない、冬の夜だ。
だが、一つ違う事がある。ここ一週間、ずっと隣を歩いていたジェシーの姿が、無い。その代わりに、今隣を歩いているのは、コールだった。
「ごめんなさいね……。送らせて……」
「いえ、気にしないでください。俺なら大丈夫ですから」
「……ありがとう」
コールは優しく微笑み、静かに前方に広がる闇を見据える。冷たく、何もかもを呑み込んでしまいそうな巨大な闇。まるで、大きく口を開ける殺人ピエロの狂気の様にも見えた。
「ジェシーさん……大丈夫でしょうか」
「……大丈夫よ。あいつは、以外に強いから」
「ですよね。あの人は強い人だ。きっと、犯人を捕まえてくれます」
「捕まえるだけで済めば良いんだけど……。きっと、殺すわよ、あいつ」
「あ……。俺も、多分、大切な人を殺されたら……そうするかもしれません」
「……」
今日、ジェシーはベルカの家に行かないと宣言するや、そそくさと署を後にして、その後の消息はつかめていない。そして、ジェシーの代わりに護衛を任されたのが、コールだった。
初め、ベルカはそれを拒んだが、上司命令で断り切れず、今に至っている。目指しているのは、ベルカのアパートだ。
- Re: 気狂いピエロ ( No.10 )
- 日時: 2011/11/04 20:12
- 名前: 須藤 ハヤ (ID: y90Df8N6)
築70年のアパートは、冬の夜風に晒されて、到るところから、痛々しい叫びが響いた。赤煉瓦が組まれただけのシンプルで力強い外見とは違い
中は木材でできた、いかにも古めかしい内装だ。階段を上がれば、一段昇るごとに脆い音が鳴り、一部屋一部屋の扉には、無数の傷があった。ベルカの部屋は、アパートの三階、一番端にある。
一番人気がなく、唯一空いていた部屋だった。
「ここで良いわ」
ジェシーの話しをして以降。無言で歩き続けた結果、予定よりも早く部屋に到着した。重苦しい空気が二人の周りを包み、そして締め付ける。薄暗いアパート内は小さな明かりが付いているだけで実に不気味だ。
ベルカは自室の前でコールに向き直り。そう口にすると、部屋の鍵を開けて返事を待たずに入ろうとした。一刻も早く、一人になりたかった。同僚の婚約者が殺されたと知って冷静に振る舞うのはかなり辛かったのだ。いくらクールに振る舞っていようと、女は女。心は、そんなに強くは無い。
「大丈夫ですか? 一人は危ないんじゃ」
「良いから。帰って」
限界だった。もう、隠せない。
乱暴に扉を閉め、鍵を掛ける。
コールは、どんな顔をしていただろう。まだまだ若い青年の、困り果てた表情を想像してみた。みるみる内に、あの優しい顔が沈んでいく。電気も点けづに、玄関の前でへたり込んだ。暗闇の中、窓の外を舞う真っ白な雪だけがくっきりと浮かんで見える。
外は、吹雪になっていた。大丈夫だろうか。歩いて、帰る事ができるだろうか。思わず心配になった。確か、コールの家はここから20キロ先。この時間、電車は無い。今から走れば、間に合う。ベルカの心に、言い表せない程の後悔が、広がっていった。なんと、大人げないのだろう。
慌てて立ち上がり、鍵を開けようと手を掛けた。
——駄・目・だ・よ
背後から、不気味な含み笑いで言葉が紡がれる。そして、勢いよく口を手で抑えられ。右手を空いている手で掴まれた。銃が抜けない。いや——恐怖で身体が動かない。
異常な程冷たい手が、口から首筋へとずらされ、指先で撫でる。口から手が離されているのに、声も出ない。これが、恐怖。殺される人間が何もできないのを、ベルカは、初めて知った。恐る恐る、ドアの横に掛けられている鏡を横目で見据えてみる。
そこには、自身の後ろで不気味に笑う、青白い顔をした、ピエロが確かにいた。
- Re: 気狂いピエロ ( No.11 )
- 日時: 2011/11/04 20:23
- 名前: 須藤 ハヤ (ID: y90Df8N6)
このままでは、殺されてしまう。他の被害者の様に、血を抜かれ、切り刻まれ、身体の一部を持っていかれる。いや、もっと酷いかもしれない。なんせ、自身はピエロを捜し、邪魔をした、言わば敵。あの手紙の通り
邪魔者と思っているなら、まず殺される事は逃れられない。足掻かなければ。抵抗しなければ。脂汗が額に滲む。ピエロとベルカの息遣いだけが部屋中に響き、体温が上昇するのを感じた。その瞬間、身体の感覚が戻ってくる。動かなければ、只その一心で、背後にいる殺人鬼の爪先をブーツのヒールで踏みつけ、同時に肘打ちを放った。
運良く肘打ちは相手の胸内に入り、怯ませ引き剥がす事に成功。腰に装備した拳銃を構え、殺意にも似た闘志を瞳に宿し睨みつける。
「答えろ、お前は何者だ。名前と年齢を答えろ」
落ち着いて聴取できている。だが、緊張の余り額に滲む汗は止まらない。頬を伝い、首筋を流れる。しかし、銃口を向けられている本人はというと。依然として作られた満面の笑みだった。銃口を向けながら右手で明りを点け、相手の顔を見据えてみれば
その顔に絶句してしまう。ピエロは、18歳ぐらいの子供だったのだ。終いにはおどけたポーズをし始める始末。赤と白の顔、ブカブカの縦じまパンツ、無駄に大きな靴、三つ分けになった帽子。王道なピエロが、さも楽しそうに首を傾げ、質問に答える気など一切無いと舌を出した。
—— 一発。右足の脛を貫通。
「答えろ! お前は何者だ! 子供だからって容赦はしない、素直に答えろ!」
一気に形勢が逆転。足を撃ち抜かれたピエロ、いや、少年は硬く冷たいフローリングに止めどなく血を流しながら倒れ込んだ。顔に描かれた偽物の笑顔が苦痛で歪み、その瞳はベルカの瞳に捉えられたまま逃れる事は無い。
少年は、撃たれるとは思っていなかったのだろう。まだ若い自分を、女の捜査官が撃つ筈がない。そう高を括っていたのかもしれない。それが、甘い考えだった。ベルカの心には、もはや慈悲と呼べる感情は一切ない。あるのは、怒りと憎しみだけだ。その気になれば射殺する事も躊躇はしない。それだけ、気狂いピエロは罪を重ねたのだ。
ベルカは、依然として質問に答えない少年に再度銃口を向ける。狙っているのは、左足の脛だ。引き金に指を掛けた。その瞬間。少年は、自白を始める。心が、恐怖に負けた。
「撃つな! 頼む、撃たないで!」
表情が脅えている。
「答えれば撃たないわ。名前を言いなさい」
銃口は下げない。これぐらいの恐怖では、この少年が今まで与えてきた恐怖とは比較できない程、軽すぎる。
「クリスチャン・グロッサ! 僕の名前はクリスチャン・グロッサです!」
「年齢は」
「18です! お願いですから、もう何もしませんから! 銃を向けないでください!」
何故だろう。この少年からは、全く狂気を感じない。それどころから、哀れに見える。これが、本当にあの殺人鬼なのか。20人の少年少女を殺し、バラバラにした凶悪な人物が、銃口を向けられて脅えている
本心なのか。いや、演技の可能性もある。
「アンタ、本当に気狂いピエロなの?」
思わず聞いてしまった。すると、思わぬ言葉が、帰ってきた。想像もしていなかった。絶望の返答が。
「僕は気狂いピエロです! でも……僕は人を殺していません! あいつがやったんです! あいつが!」
- Re: 気狂いピエロ ( No.12 )
- 日時: 2011/11/04 20:30
- 名前: 須藤 ハヤ (ID: y90Df8N6)
【汚れ血よ……森帰れ……。闇を掘る……辿り着く断頭台……。真紅の血に抱かれ寝むれば良い……
聖母マリアの膝の上……翼を持たぬ天使は首を抱く……。気狂いピエロの心には……愛すべき女神が……抱かれている】
捉えられた少年は永遠とこの言葉を繰り返した。心が折れたのか、少年は自身の目玉を抉り出して、暫く「あいつ」と呼ばれる者の事を叫び続けた。少年の両親から、ベルカは、お前のせいで息子が壊れたと怒声を浴びせられ、上司に,無期限の停職を言い渡され、今はコールの家で書類を読んでいる。
あの後。色々あったのだ。
銃口を向けられ続けた少年は「あいつ」と叫んだ後に微動だにしなくなり。かと思えば連行する為に呼んだパトカーの中で、目玉を抉り出した。隣に座っていたベルカは少年の血を服に浴びながらも抑えつけ、結局その格好を上司に見られ停職処分を言い渡された。
電話を受け駆け込んできたコールは必死で頭を下げる始末。ベルカは、心の底から疲労を感じた。こんな事は、初めてだ。
「コール……もう謝らなくて良いから。私は大丈夫。ジェシーは来てないの?」
気になっていた事を、項垂れて落ち込んでいるコールに聞いた。ジェーシーの姿が無い。
「ああ。そう言えばいませんね。電話はしたらしいですが」
青年は項垂れたまま答え。頭を掻きながら、顔を上げた。その顔は、依然として悔しそうだ。
「エレン。ジェシーは? 電話したんでしょ」
「したわよ。でも……出ないの。さっきからずっとかけてるんだけど」
ジェシーの消息が掴めない。ベルカの心に、嫌な苦みが広がる。コールは、ベルカのそんな表情を、逃さなかった。
——こういう時、惨劇は、続くものだ。
- Re: 気狂いピエロ ( No.13 )
- 日時: 2011/11/04 20:34
- 名前: 須藤 ハヤ (ID: y90Df8N6)
※ 二時間後。同期の捜査官、ジェシー・グレイハワードは死体で発見された。
背中に大きく、【36ドール】と彫られ、屈強だった腕は両腕切断されて腹の上で組まれて置いてあり。茶髪を真紅に染めら、眼球を両方とも抜き取られ発見されなかった。ジェシーの遺体の傍には、またあのふざけた封筒が置いてあり
内容を聞いたベルカは、悲鳴を上げるともつかない声で嗚咽を漏らして泣きじゃくった。その隣で、只見据える事しかできない新米刑事の青年は、何を思っただろう。目の前で、自身が守ると決めた、愛する女性が泣いている。別の男の為に、気丈に振る舞ってきた女性が泣いている。
掛けられる言葉など、見つかる筈がない。ベルカは今日、自身が想いを寄せた唯一の人物を失ったのだ。7年間伝える事のできなかった思いが、一気に弾けて消えていく。心には依然として苦みが広がり、後悔だけが脳裏を支配する。いくら泣いても、ジェシーは戻ってこない。失った命は、絶対に戻らない。
コールの家。白い家具で統一された室内は清潔感溢れる空間。いかにもコールらしい部屋だ。そんな部屋のベッドで、失意のどん底に突き落とされた女は目を覚ました。目の周りは隈になり腫れて、身体は思う様に動かずに起き上がる事もできない。
あの後、ベルカはコールに連れられてこのマンションの一室に連れてこられた。コールが家に戻るのは危険だと判断して連れてきたのだ。帰りの道、まるで魂が抜け人形ようになったベルカを支えて、ふらふらと歩きながら、手紙の内容を思い出した。非常に残酷で、人の想いを踏み躙る、手紙の内容を。
【これでおあいこ。邪魔者は一人になっちゃったね。君が大切に想ってた男、最後までフィアンセを殺された悲しみを叫んでたよ。結局は僕に切れたけどね。僕の邪魔をしたらこうなる。
これで分かったでしょ。だったら邪魔をしないでください。あ、そうそう。男の人ね、君の名前を言ってたよ。ベルカには手を出すなって。優しいね。優しいから罪深いね。婚約者がいるのに、きっと君の事も好きだったんだ。でも
気持ちを言えずに、もう一人の女と結婚する事にした。愚かだね。言えば良いのに。君もだよ、言えば幸せになれたかもしれないのに。臆病者だね。また邪魔をするなら、僕はまた一人大切な人を貰う、今度は……返してあげません。僕が人形にして、傍に置きます。それじゃ、バイバイ〜】
「お前なんかにジェシーの何が分かんのよ!」ベルカの心からの叫びが耳から離れない。人を完全に馬鹿にした手紙。絶望しない人間等いないだろう。愛する者を失う悲しみは計り知れない。コールもまた、同じだ。下手をすれば、ベルカも殺される可能性がある。何としても、それは避けなければならい。
あの日の様に、もう大切な者を守れづに失う訳に、いかないのだ。
五年前。コールが17歳の時。不運にもコンビニ強盗と出くわし、一緒に歩いていた彼女が撃たれてしまった。その時、コールは恐怖で動けず、逃げていく犯人を見送り、彼女まで救う事ができなかった。目の前で胸のやや下を撃たれて吐血しながら苦しむ彼女の手を握るだけで何もできない自分に絶望し。彼女を失った後、彼女の父親に殴られて奥歯を折り、涙を流しながら謝ったあの日の夜。
少年は刑事になる事を心に誓った。犯人を捕まえる。そして償いさせる。その一心で頑張ってきた。そして今、また愛する者を失う可能性が出てきた。コールは、再度誓う。もう、愛する者は絶対に失わないと。
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