ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

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気狂いピエロ
日時: 2011/11/04 19:47
名前: 須藤 ハヤ (ID: y90Df8N6)

—プロローグ—

 嘗て、こんな話しを聞いた事はないだろうか。
—【悪い事をしたら、気狂いピエロがやってきて、体中の血を抜かれるよ】
母親達が、悪戯をした子供に使う作り話だ。よく耳にするだろう、子供を大人しくさせる為に、怪獣やお化けを作り話にして子供に吹き込む初歩的な子供騙しを。本来なら、只の作り話で終る。
 だが……。もし——それが本当に現れたら?
 体中の血を全て抜かれ、身体をバラバラに切り刻まれて、野良犬の餌にされたら?
 いや、その身体の一部を切り取られ、誰かに移植されたら?
 食べられたら?
—どうする?

 貴方の愛する子供が……ピエロの楽しい喜劇の主人公にされたら……。

 抱き締めなさい。その愛する子供の頭を。抱いて逃げなさい、その幼い赤ん坊の身体を。
ピエロは笑う。悲しいピエロは、喜劇を舞う。残酷な暗闇の夜に、真紅の涙を流して、ピエロは美しき死体の女王と、一夜を明かす。そして、夜がくると、ピエロはまた……狩りを始める。狙うは、美しき女の、青い瞳を掲げる目玉。

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Re: 気狂いピエロ ( No.4 )
日時: 2011/11/04 19:48
名前: 須藤 ハヤ (ID: y90Df8N6)

——廊下にブーツの低いヒールがテンポの良い音を響かせる。

「ベルカ! 有力な情報だ!」
「おはよう。ジェシー」
「え、ああ、おはよう。って、挨拶は後だ! 昨日の殺人現場の近くで、またあのピエロが目撃されてたぞ!」
 部署に入るなり、同僚であり同じ捜査官のジェシーが叫びながら駆け寄ってきた。ベルカはそれを尻目に「あ、コール。コ—ヒーちょうだい、いつもの濃いブラック」と丁度コーヒーを入れていた部署に手伝いで来ている新米刑事の青年に頼んで、そそくさと自分のデスクに向かった。そして、席に座り、置いてある書類に目を通す。
書いてあるのは、現在捜査中の殺人ピエロの事だ。今朝、朝刊に載っていた小児遺体も、この殺人ピエロがやったとされている。これで殺人ピエロの猟奇的殺人は15件目。殺人ピエロが狙うのは幼い少年少女ばかり。沢山の刑事、捜査官が頭を抱えるこの殺人鬼に、ベルカもまた頭を悩ませていた。眉間に皺を寄せて考えていると不意に、肩を強い力で掴まれた。

「ベルカ! 俺の話しを聞けよ!」
 ジェシーだ。余程さっき無視した事が効いたのか、若干怒っている。普段あまり怒らない暢気な性格のジェシーが眉毛を吊り上げているのを見たのは、いつ振りだったか。
「ああ、はいはい。また目撃情報でしょ、どうせデマよ」
「そんなの調べてみなきゃ分かんないだろ」
「分かるわよ。どうせまた、話しを聞かせる代わりに金をよこせって言うに決まってる」
「……」
 黙り込んでしまった。まぁ、当然だろう、いつもの事だ。ジェシーが持ってくる情報は大抵の事が嘘。その度に金をよこせと言われて、損をする。これが、この事件の捜査がまったく進まない大きな理由だ。
新聞や雑誌で殺人ピエロの事が載せられる度、金目当てで嘘の情報を流す市民が増えた。嘘の情報を流す者が増えた事で、一番信憑性のある情報が埋もれて捜査が進まない。とんでもない悪循環だ。
 重苦しい沈黙が暫く流れた。
 空気が思い。

「あの……」
 重苦しい空気を打破したのは、コールだった。右手にコーヒーの入ったマグカップを持ち、心配そうな表情のままこちらを見据えて、恐る恐る声を掛けたのだ。
「ありがとう。其処においてくれる」
「はい」
「はぁ……ごめん。みっともないでしょ、こんな事」
「いえ……」
 マグカップを置き、よそよそしく離れるコールに、短い謝罪をベルカは述べた。仕方がないのだ。ジェシーもベルカも、姿の見えない殺人鬼に苛々し、当てもない捜査に嫌気がさしてきている。そのせいで、普段暢気なジェシーですら苛立ちを隠せず、口論になってしまう。
ベルカは眉間に皺を寄せ、目を通していた書類を机に投げた。そして、「はぁ……もう。いつになったら分かるのよ、いかれ野郎の正体は」と、両手で髪を掻き上げ、心からの叫びを、口にした。そして、近くに置いておいたコートを鷲掴みにすると、勢いよく立ち上がり

「行くわよ、ジェシー」
 驚いた顔をするジェシーの目が視界に入る。
「行くって、何処に?」
「捜査よ。ここでぐだぐだしてても何も変わらない」
「目撃情報を捜すのか?」
「そうよ」
 コーヒーを一口啜り、急ぎ足でその場を後にしようとする、コールと目が合った。一瞬、奇妙な心境になったが、気にせずに歩みを進め、部署を出る。ジェシーもその後を追い、外に出るや、止めておいた車へと乗り込んだ。その表情は、笑みだった。

Re: 気狂いピエロ ( No.5 )
日時: 2011/11/04 19:45
名前: 須藤 ハヤ (ID: y90Df8N6)

車の助手席に座るや、ベルカは手に持っていたコートを後部座席に放り投げた。そして、慣れた手つきで前方のダッシュボードを開き、シート型のガムを取り出す。味はチェリー。ジェシーお気に入りのフレーバーで、この車に乗る時は必ず噛む物だ。
一枚口に含んで一息つくと、運転席に乗り込んだジェーシーの苦笑交じりな問い掛けが耳に入ってきた。聞いただけで、ジェーシーの顔が想像できる程、感情の籠った声。

「ベルカ、お前って、本当に気分屋だよな」
「どこが?」
「さっきまでデマとか言ってたくせに、今はこうして捜査に出てる」
「……。考えたのよ。こうして時間を潰してる間に、また一人、いかれ野郎に殺される子供がいたらって……」
「……」
「何で黙るの?」
「いや……確かにそうだなと思ってさ。今日も、出るかな。死体……」
「……さぁね」
 ジェシーはエンジンを駆けた。不意に、その指元に目をやる。真新しい指輪が、はめられていた。だるそうに助手席に深く座り、流れていく外の景色を眺めながら、話しの種を探してみるが。やはり——この事しか思い浮かばなかった。

「ねぇ、ジェシー。プロポーズしたのね、彼女に」

 ジェシーの彼女。名前はルイーナ・カッセル。小柄で大人しい性格の歯科助手。栗色の巻き毛と澄んだ青い瞳が印象的な可愛らしい女性だった。前に一度、ジェシーの紹介で夕食を共にし、その幼い見た目に驚愕した事を覚えている。
ジェシーの歳は26歳。彼女は、22歳だったはずだ。ふと思う。——なんでこんな事を考えてる?
「ああ。昨日な。オッケーしてくれたよ」
「そう、良かったじゃない」
「どうした? 急に」
「何でもない。只、指輪が目にはいっただけよ」
 ジェーシーとは7年の付き合いになる。ベルカは現在26歳。捜査官になった時期もまったく同じで、同い年という事もあってよく酒を飲んだりした。だが、ジェシーに女ができていらい、一緒に酒を飲む回数は着実に減り、今では一ヶ月に一度が良いくらいだ。
思えば、ジェシーとは捜査仲間で、そういった感情を抱いた事は一度もなかった。いうなれば、ベルカは生粋の仕事好き。男よりも仕事を取る。そんな女。
「ベルカ、お前は、男作らないのか?」
「なんで?」
「なんとなく」
「男なんて嫌いよ。私より弱い」
「っはは。お前が強すぎるんだよ」
「ふん……」。鼻で笑い、ベルカは深く座りなおして、目を閉じ、「寝るから、着いたら起こして」と短く口にすると、すぐさま深い眠りへと落ちていった。ベルカがこんな風に人前でだらしなくできるのは、ジェシー以外、いないのだ。

「お疲れさん。相棒」

Re: 気狂いピエロ ( No.6 )
日時: 2011/11/04 19:49
名前: 須藤 ハヤ (ID: y90Df8N6)

殺人現場、スラム第21に到着した。このスラムは、通称「ジャングル」と呼ばれる不法地帯で、人が殆ど寄りつかない。つまり、殺しをするには最適の場所だ。
昨日まで死体の置かれていた場所には血の跡が残り、腐敗臭が漂っている。目を背けようと空を見上げているジェシーと相反して、ベルカは死体の置いてあった場所にしゃがみ、小さく十字をきると、空を見上げているジェシーの袖を引っ張って、近くにあるアパートに視線を向けた。人がいる場所は、あそこぐらいしかない。
分かれて聴取をするには二人共同意見で即決だった。確かに、二人で分かれた方が早い。ただし——。

「ジェシー、いい。くれぐれも弱みを見せない事、つけこまれるから」
「分かってる。何年やってると思ってんだ?」
「分かってるなら良いけど。あ、あと一つ。殺されそうになったら、撃ちなさい」
「なっ、何言ってんだベルカ、それは」
「ここはジャングル。簡単に、殺される」
「……」

 そう。ここは無法地帯。暴力、恐喝、強盗、何でもあり。警察ですら見捨てた土地。殺人鬼は其処を選んだ。今までも、そうだった。
人の寄りつかない場所に、子供の遺体を置いて行く。しかも、どの遺体もどれも悲惨な程滅茶苦茶にされ、血を全て抜かれたあげく、必ず眼球を右目だけ抜いて。まるで、母親が言う気狂いピエロみたいだと一人の刑事が口にし。それ以来、この事件の犯人は——気狂いピエロ。と呼ばれる様になった。
ベルカも幼い頃、よく母に言われた事を覚えている。気狂いピエロは全身の血を抜く悪魔だと。幼い頃はそれが怖くて仕方がなかった。この殺人鬼が、ピエロの格好をしているのかは定かではないが、目撃者がこぞってピエロだと言うので、捜査ではピエロを捜している。
当てもない人物を探す事の嫌気がさすのも、分かるだろう。
 分かれて暫くたった。だが、情報は無し。また眉間に皺が寄る「また……スカ」
 ジェシーと合流する為に上の階に向かう。
 
 途端に——パンッ!
高い銃声が耳を貫く。そして……。「待て!」っと、ジェシーの叫び声が階段中にこだました。


「あいつがくる! あいつが殺しにくる! 逃げないと! 逃げないと殺される!」

 絶え絶えの息使いで、男の声が階段中に響き、階段を勢いよく駆け下りてくるのも分かる。ベルカは常備していた小型の拳銃を構え、男が姿を現すのを待った。
銃を構え、身構えた瞬間。
 パンッ!——二発目の銃声が耳を貫いた。
男が、転がり落ちてくる。そして、背中を壁に打ち付け、止まると、その視線は、ベルカの視線とぶつかった。男は右足を撃ち抜かれ、銃創から止めどなく赤黒い血を流しながら、必死で立ちあがろうとして、左足を、ベルカに撃ち抜かれた。
しかし、男は苦痛の表情も浮かべず、一言「お前だ。あいつはお前を求めてる、もううすぐ食われる」と、意味の分からない言葉を並べ、不敵に笑うと「ひゃはははは!」と狂ったように笑い出し
「私が食われる? 馬鹿な事言わないで。それに、あいつって誰なの。答えなさい」
「食われる! お前はあいつの人形の一部になるんだ!」
「余計な事は言わないで! あいつって誰なの!」
 こめかみに銃口を突き付け、脅してみるが、男は口を割らず、一行として不敵に笑うばかりだった。まるでベルカの表情を楽しんでいるかのように表情を伺い、そして最後は
——舌を噛んで自害した。
 ジェシーが降りてきて、その光景を目の当たりにするや、「あいつって、誰なんだ……」と、小さく呟いた。どうやら階段を降りながら話しが聞こえていたようだ。
あいつという言葉に呆然としているベルカの背中にそっと手を置いて、次の行動を促す。男の情報を調べる為に財布などを取り出し、中に入ってる免許証でもカードでも情報になる物は全て調べる。が、この男は何も持っていなかった。
肩を落とし、頭を悩ませながら車に戻った二人は、どちらからともなく溜息を吐き。そして。

「私を狙ってるんですって。馬鹿らしい」
「心配するなよ。俺がいる」
「期待はしないわ。自分の身は自分で守る」
「……はいはい」

 姿の見えない殺人鬼。そして、男が口にしたあいつ。もしかすると同じ奴かもしれない。だが何故、男は逃げだそうとし、自害したのか。また一つ、調べなければならない事が増えた。
不意に、流れていく景色に目を向けてみる。廃墟に近い建物が過ぎていく。鼻に残った男の血の臭いが嫌で、眉間に皺を寄せながら、広い公園の中心を見据えてみると、笑いながら遊ぶ子供達の中心に、大道芸人であろう、風船と飴の入った籠を持った。
赤鼻のピエロが、不気味な作り物の笑顔を浮かべていた。

Re: 気狂いピエロ ( No.7 )
日時: 2011/11/04 19:57
名前: 須藤 ハヤ (ID: y90Df8N6)

二章:死体人形

 真夜中。時は12時。辺りは街灯も何もなく、道を照らす明かりすらない裏路地で、其処に住み着いたドブネズミだけが、
——幼い少女の悲鳴を聞いた。
 辺りに漂う、肉の焼ける臭いと、幼い少女の悲痛な叫び。そして、「ははは……ほら、綺麗に切れたよ。今度は左手の指にしようか」不気味に紡がれる殺人ピエロの生温い言葉。少女の悲鳴が冷たい大気を揺らし、ぬるぬるとした真紅の鮮血は下水道へと流れていく。
麻酔も掛けずに切断される痛みを想像した事があるだろうか。それも幼い少女が、その指を焼き鏝で焼き切られる痛みを。ピエロは笑い、行動を続ける。次は左手の指に手を伸ばし、刃渡り15㎝のナイフで、一気に切り落とそうとした。満足げな笑みを浮かべて囁く。

「君は今日……悪い事をしたんだ」
「ううっ……嫌ぁぁ!」
 第二関節から人差し指が地面に落ちる。
「嫌ぁぁぁ! 痛い! ママぁぁぁ!」
「君のママはもういないよ。君が悪い事をしたから、君は僕に売られたんだ。だから、叫んでも来ないよ」   

 第一関節から小指が地面に落ちる。そして、「君は天国には行けない。だって、君は悪い子だから。全身の血を捧げて、悪魔に食われるんだ」少女の首が宙を舞う。綺麗なブロンドだった髪を鮮血で赤く染めて、その白く美しい肌は青白く硬くなっていく。ピエロは少女の身体を二本のロープで電柱に吊るし上げて、両足を切断した。
返り血を浴びて赤く染まった白塗りのピエロの顔は、月明かりで不気味に光る。野良犬ですら恐れをなすその顔に、今日もまた不気味な笑みを浮かべて、気狂いピエロが夜の闇に紛れて走り去っていく。両手に、少女の両足を持って。

「ははは……待っててね、ラドール。これから食べさせてあげるから」


 朝。目覚めの悪い朝を迎えたベルカの横にはジェシーが居た。あの日以来、ベルカの部屋に侵入者が相次いだのだ。もちろん上司命令で。それでベルカを守るべく、付き合いの長いジェシーが暫く護衛する事になった。そして、まるまる一晩、ジェシーは寝る事無く傍にいて、朝になると
「おはよう……ジェシー」
「おはよう、ベルカ。朝飯、食うか?」
 朝食を作ってベルカを起こしにくるのだった。まるで主夫かと言いたくなる程の朝食を作り。味も悪くなく。コーヒーも丁度いい濃さで入れている。本当に、良い主夫ぶりだ。
朝食を断り、脱衣所に向かうと顔を洗い、寝癖を直し、歯を磨いて、服を着替えると、コーヒーを啜って朝刊に目を通す。家に一人男がいてもたいして変わらないものだと思いながら、いつもの朝の日課を行う。開け放たれた窓から吹き込んでくる風は、既に冬の風だ。そして、朝刊に目を通しながら眉間に皺が寄るのも、男がいても変わらない。
またしても、死体が出た。幼い少女の死体。名前は、ルナ・ハイルベーカー。富豪の一人娘で、歳は10歳。母親と父親は仕事で海外に行っていた。幼い少女は父親の実家に預けられていたようだが、二日前から行方が分からなくなっていたらしい。何故、実家の母親が探さなかったのかについては、こう書いてあった。
 「あの子は、沢山の友達がいるので無断で泊ったのかと思った」と。なんと子供に無関心なのだろうか。ベルカは苛立ちを募らせながら朝刊を投げ捨てた。これだから子供が殺されるのだと、眉間に深い皺を寄せて、投げ捨てた朝刊の遺体写真を見据える。

「気づいたか? ベルカ」
 向かいの席で朝食を取っていたジェシーがパンを齧りながら問う。
「特徴が無くなったわね……ここ最近の死体」
「ああ。殺しの特徴もなくなった。前までは血を抜いてバラバラに切り刻んでたのに、ここ最近はバラバラにして身体の一部を持ち逃げするようになってる。目玉も残してな」
 よく、物を食べながらそんな事が言えるな。ベルカはコーヒーを啜りながら不思議そうな顔をした。とうの相手は対して気にしていないようだが

Re: 気狂いピエロ ( No.8 )
日時: 2011/11/04 20:08
名前: 須藤 ハヤ (ID: y90Df8N6)

 朝食を済ませ、職場に向かう車内。突然、空気が重くなった。理由は、ジェシーの彼女からのメール。

——私よりその人が大事?
 この一言だけの文章に、とんでもない威圧感を感じて、ジェシーは一度彼女に電話を掛けたが……。彼女は出なかった。言い表せない罪悪感を胸に無言の車内で外を見るのは息が詰まる。しかし、書ける言葉は、見つからない。
元はと言えば、いくら上司命令と言えど一週間も女の家にジェシーはいるのだ。婚約相手が黙っている筈がない。ジェシーは、優し過ぎた。一人の女よりも、全てに優しく接する為に問題を招くのはしばしば、その度に彼女と喧嘩して、和解してはまた問題が起きる。今回は、これだ。
家に侵入者があったからと、男女が一つ屋根の下で一週間共にいる。どう考えても、結婚の約束をしている男がする事ではない。なんと、言葉を掛けたらいいのだろうか。
「……ジェシー」
「……ん?」
「これからどうするの……彼女。私、巻き込まれるの嫌よ」
「うーん……今日の夜、夕飯に誘う。それで謝るさ。許してくれるだろ」
 署に着いた。ベルカは逃げる様に素早く車を降り、速足で部署に向かい、また、コールにコ—ヒを頼むと、コートを脱いで席に座った。「はぁ……これだから男は」一人呟く、すると。

「男がどうかしたんですか?」
 コールの声が後ろから響き、そっとコーヒーが差し出された。妙に早い。コーヒーを頼んだのはさっきだ。驚いて、コーヒーとコールを見比べていると、目の前の若い青年は、満足そうに笑って
「いつも、ベルカさんはこの時間に来て、コ—ヒーを頼みます。だから、先に入れておきました」
 青年は、不思議な程、純粋な瞳をしてこちらを見据えてくる。思わず、目を逸らしてしまった。突如「お前ら何見つめ合ってんだよ」と、ジェシーのからかいが飛んでくる。助かった……内心思ってしまう。「あ、すみません。お邪魔しました」と、コールは一例して去っていく。
その後ろ姿を、何とも言えない心境で、目で追ってしまった。
 コールは、20歳でここに来て、二年ここの手伝いをしている。現在は22歳。ベルカとは4歳違う、まだまだ子供な青年だ。さっぱりとした茶髪のショートヘアーに、すらりと高い身長。簡単に言えば、平凡な青年。性格は大人しいが優しく、気がきく。ジェシーとは真逆の優しさ——甘い?
なんというのだろうか、この心境は。ジェシーには言えない、言えば、「それは恋だ!」と、笑われるに違いない。しかし、こんな感情からずっと逃げてきたベルカには、もはや聞ける相手はジェシーししか、いないのだ。

「ジェシー、ちょっと良い?……」


 話しかけようとした瞬間。
——ジェシー捜査官に小包です! 署に届いた荷物を配りに来る総務の女性が、元気よく声を張った。
呼ばれた本人は「はいはい。何かなー」と、楽しそうに席を立ち、いそいそと受け取りに向かう。タイミングを、完全に逃してしまった。
小包を受け取った、ジェーシーが後ろを通り、席に戻る。
「ん?……今。何か嫌な臭いが……」

 一瞬。嗅いだ事のある臭いが鼻孔に飛び込み、脳を刺激した。先月から嗅ぎ続けている、人間が焼けた臭いと、強烈な腐敗臭だ。いや、そんなはずがない。小包の中に、そんな物が入っている筈がない。
だが、何故臭いが。気になり、手早く小包を開けるジェシーの手元を見据える。妙に、胸騒ぎがする。

「さて、何が来たんだ? 送り主は……ルイーナか。態々小包で、うーん。まさかな……」

「……」

 箱が開く。
 予感が、当たった。


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