ダーク・ファンタジー小説
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- 【完結】2006年8月16日
- 日時: 2018/09/07 04:09
- 名前: をうさま ◆qEUaErayeY (ID: D28jR39t)
>>3-37 >>40-55 >>58-72
2015冬大会 管理人賞
2018夏大会 金賞
感想などもお待ちしてます
Twitter:@STsousaku
- Re: 2006年8月16日 ( No.17 )
- 日時: 2016/05/23 23:34
- 名前: をうさま ◆qEUaErayeY (ID: YdFp2cHe)
「それにしても、今年も終わりかー」
彼女は大きく伸びをしている。
来年はいよいよ受験だ。嫌なことを思い出した。
「新年、お参り行かないとね」
行く意味がないと思った。いくら受験の神様でも、僕を志望校に合格させてくれる望みは叶えられないだろう。
「んー、僕は行かないかな」
「え、なんでなんで? 一緒に行こうよ」
早紀と二人なら大歓迎だが、もし雄輔と一緒だったら地獄すぎる。
「もしかして、正月の裸祭りのほうに行く予定?」
「そんな予定ないです!」思わず叫んでしまう。それにしても早紀がこんなにくだけたことを言うのは久しぶりだ。
彼女は一瞬僕のベッドに座ろうとして、慌てて床に座った。
僕だってそこまで馬鹿じゃない。彼女はきっと、ここに今日何かをしにやってきたのだ。
何しろ、今まで二年間会っていなかったのだ。昼、僕の前に姿を現したときから、彼女は何らかの使命をもった目をしていた。
それは、きっと僕をあの河に連れて行くことでも、LINEを交換することでもないはずだ。
「香征って、最近勉強してる?」
している訳がない。僕は正直に答える。
「だったらさ、一緒にここで勉強しない? 私と」
「えっ?」ここで? 今から?
「そう。今から」
何も言えずにいると、早紀はバッグの中から参考書と筆箱を取り出し、こたつの上に置いた。
僕は、今までバッグのあの膨らみをつくっていた原因をまじまじと見つめる。「いいけど……」今日はクリスマスイブだよ、と言いかけた言葉は声にならない。
「じゃあ、やろっか」
家で勉強をするのは何年ぶりだろう……。
そう頭を抱える僕の横で、私ね、と彼女が言った。「香征には頑張ってほしいなって思う。じゃないと高校落ちちゃうよ」
そう言って笑った彼女から目が離せなかった。
それと同時に、どうしてだろうと思った。雄輔は、どうしてこういう優しい伝え方ができなかったのだろうと。
「じゃあ、まず数学」
絶句している僕を尻目に、早紀はノートに数式を書いていく。
まず連立方程式ね、と出された問題を見ても、懐かしいなーとか、こんな問題あったなーなどと思うだけで解き方など一つも覚えていなかった。
彼女は、決してそれを馬鹿にすることなく、解き方を一から教えてくれた。
それからしばらくは、ずっと二人で勉強をしていた。僕が彼女の出す問題を解いている間は、彼女は自分の参考書に手を付けていた。
それから、数学を一時間ほどやって、理科や英語と次々に教科を変えていった。
五科目で一科目一時間という、あり得ないような時間をかけて、僕達は勉強していった。
あれから何時間が過ぎただろう。
時計の短いほうの針は7を指している。
体を伸ばすと同時に彼女に目をやる。あの茶色く長い、艶やかな髪に、均整のとれた顔。鼻はそれほど高くないが、目ははっきりと大きい。
彼女は今まさに参考書の問題を解くのに集中しているようだった。やはり勉強するのに慣れているらしい。
彼女の目的。正しくそれは最初からこれだったのだろうか。
少しして、彼女も勉強が一区切りついたらしく、こちらを向いた。その瞬間、あちらも僕の視線に気づいたらしく、微笑みながらノートを覗く。
「解けた?」そう言って体を寄せてくる。最初は何も書かれていなかったノートは、今や僕の汚い字で数十ページ埋まっている。
「解けたけど……」
「けど?」彼女の、ノートを見ていた目がこちらに向いた。
もう引き返せないことは肌で感じていた。僕は覚悟を決めて、声を振り絞った。
- Re: 2006年8月16日 ( No.18 )
- 日時: 2016/09/25 00:20
- 名前: をうさま ◆qEUaErayeY (ID: bFAhhtl4)
「あぁ、今日……。クリスマスイブだよね」
そう、彼女は口にした。
彼女はさらに何か言いそうだったので、僕は何も言わずにいた。
僕の、早くその続きを聞きたい意思に反して、彼女はやけに間をおいて話した。
「私ね、雄輔と別れたんだ」
「……いつ?」
その言葉が、口をついて出てしまっていた。
自分で自分に驚く。彼女の衝撃の告白に対して、何も動じることのない自分がいたことに。
彼女も、すぐに返答した僕に驚きを隠せない様子で、言葉に詰まった。
もちろん、雄輔と別れた、ということは、以前は雄輔と付き合っていた、ということに他ならない。
彼女は、いつって……、と弱々しく前置きして「昨日だったかな」と小さく呟いた。
昨日。
昨日といえば、終業式からの帰り道、雄輔と商店街の前で会った日だ。
僕と話したあと、雄輔は僕の元来た道を通ってどこかに向かっていた。
あのとき、久しぶりに会った雄輔の、あのにやにやした表情に違和感を感じていた。
「だって……、幼なじみの悪口をさんざん言うような彼氏、誰だって嫌じゃん?」
彼女のその同意を求めるような瞳は、今日はもちろん何年前にも記憶がない。
もちろんそうだ。早紀を、彼氏と別れたから僕のほうに近寄ってきたようなクソ女だと思いたくなかった。
「だから……、今日香征の家に来たのには、決してそういう理由があったからじゃなくて……」
彼女は下を向いていた。弱々しい声ではあるが、必死に理解を求めようとしていた。
「早紀」
「……ん?」
自分で自分の声に驚く。かなり力強い声だった。
目の前のノートには彼女の端正な字で書かれた数学の問題があり、その少し下にはその答えが汚い字で記されていた。あれは僕の字だ。
そして改めて気づく。先ほどまで僕たちは、何の汚れもなく勉強をしていた。
同時に、夢の中にいるような気分だったことも思い出す。現実味がなかった。脳はほとんど忘れてしまっていたが、心が覚えていた。
もう一度ノートを見返す。あれは間違いなく現実での出来事だった。
「……僕を励ますために来てくれたことくらい、知ってるよ」
そのとき彼女は下を向いていた。すぐに僕の方を見る。
本当は、知っていたのかもしれない。
早紀が雄輔と付き合っていたことも、別れていたことも、それが最近の話であったことも全て解っていたのかもしれない。
それを、彼女の細かい仕草や表情を見て察していたのかもしれない。
彼女は当然のことながら言葉に詰まり、重い沈黙が僕等の間を流れた。
その静寂を破ったのは、突如パソコンから鳴った通知音だった。
僕は立ち上がり、パソコンの横にあるマウスに手をかける。そのとき、先ほどこれをシャットダウンしようとしていたことを思い出した。
どうやらシャットダウンし忘れていたようだった。
通知は、Twitterからだった。
「ユウジさんからダイレクトメッセージが来ています」と画面に出ていた。
Twitterを開いて、そのメッセージを確認してみる。
「おーい、この前話してた二次エロ画像の新作が更新されたから見てみろよ! URL貼っとくから」
そのとき、後ろで物音がした。
僕は立って、勉強机に置かれたパソコンを弄っている。もちろん背中はガラ空きだ。
「自分のパソコン持ってるなんて羨ましいなー、私も欲しい!」
後ろで聞こえた。その声が思ったより近くで聞こえたと思ったとき、僕はすぐにTwitterを閉じた。
後ろを向くと、彼女がこちらを見ていた。
だが、彼女はあたかも何もなかったかのように喋り続ける。「私実はタイピング結構早いんだよー、小学校のときパソコンの授業あったじゃん? あれで極めたから」
彼女はそう言って上品に笑っている。本当に、さっきのメッセージは見られていなかったのだろうか。
さて、そろそろ帰ろっか、と彼女が言ったのは、それから間もなくのことだった。
「そろそろ帰らないとみんな心配するよね」
彼女は何か役割を終えたようにそう呟き、そして立った。窓の側まで歩いていき、カーテンを開けた。「もう、外真っ暗だね」
当たり前だと思った。もう七時を回っている。
彼女は振り返り、送りはいらないから、と笑った。
長く綺麗な、茶色い髪の毛がふわりと宙に舞う。「わかった」
「またLINEするよ」
勉強頑張るんだよ、と付け加え、彼女は部屋を出た。が、すぐに戻ってきた。
「そういえば」彼女はそう前置きして、得意げに笑う。
「二次エロ画像の新作が更新されたの、嬉しい?」そう言い残して彼女は部屋を出た。今度こそ、本当に。
さきほどのTwitterはやはり見られていたらしい。
ドアが閉まると同時に、この部屋から彼女の気配が一切消える。
でも、まだ匂いはしていた。目を閉じると、あなたがまだここにいるような気さえする。
"特になにもないよ。久しぶりに会ってみよっかなーって思っただけ"
僕は、彼女が言った言葉を思い出す。
初めてその言葉を聞いたとき、僕は嫌みに感じられ、雄輔のように、彼女も僕を笑い飛ばしにきただけだと誤解した。
ただ、実際は全く異なっていた。
多少ぐだぐだではあるが、僕を励まそうと彼女なりに色々と考えてくれたに違いない。
何にしろ、今まで僕にとって勉強を進んでやるようになるのには、大きな壁というか躊躇いがあった。今日その一歩を踏み出させてくれた彼女には、感謝してもしきれない。
突然、スマホが鳴った。
一瞬、どこから鳴ったのか分からなかったが、ベッドの上に投げられているのを見つけた。
すぐにスマホを手に取る。充電は残り二パーセントらしい。
通知はLINEからだった。早紀からメッセージが来ているみたいだ。
立ったまま、僕はすぐにLINEを開く。LINEの友達は早紀しかいない。僕の手は迷いなく彼女からのメッセージを探し当てる。
今日はありがとう!
正月になったら、初詣行こうねー
リビング通るときに、カレーの匂いがしたよ!
私も食べたかったー(笑)
その背景には雪が降っていた。
初詣行こうね、と、匂いがしたよ! の後ろには可愛らしい絵文字がついている。
なんとか充電が切れるまでに間に合わせないといけない。僕は慣れない指で文字を打った。
- Re: 2006年8月16日 ( No.19 )
- 日時: 2016/12/11 13:45
- 名前: をうさま ◆qEUaErayeY (ID: sRcORO2Q)
◆
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<From: kosei51@yahee.co.jp>
<To: Enzn_wez@mail.gaa.ne.jp>
<件名: お願いがあります>
こんにちは、初めまして。
雑談掲示板(http……)の管理人さんで宜しいでしょうか。
このサイトの存在を、多分管理人さんは今まで忘れてたと思います。でも僕は、適当にサイトを漁ってたらあの掲示板に行き着いてしまいまして(笑)
そこのメールフォームからアクセスしました、岡山在住の中学生です。
最終更新が2006年ということもあり、このアドレスも生きてるのかどうか分かりませんが(笑)、あなたに一つお願いがあります。
もう一度ゲームを作ってみませんか? 五人でです。
僕も、無理なお願いだとは分かっています。
もう皆さん大人で、忙しいってことぐらい僕にも分かります。
だけど、それでも僕には我慢できないんです。
何にも関係ない僕が言うのも変ですが、企画があのまま終了なんて、誰のためにもならないと思います。
突然すいません。もし見ていたら、返事をくれませんか?
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送られた日付を見ると、二週間前だった。
まず感じたのは、なんて熱心な子だろうという驚きと、このメールに二週間で気づけてよかったという安堵の思いだった。
僕はメールアドレスを二つ持っている。仕事用と、プライベート用。仕事のメールはいつも職場のパソコンでチェックする。
それに、プライベート用のメールなど最近ではほとんど確認していなかった。もし豪雪の影響で電車の運行が一時見合わせていなかったら、恐らくしていなかっただろう。
中でも一番目を引いたのは、彼の年代だった。まさか中学生だなんて。当時見ていた訳ではないのは明らかだ。
年齢は……、僕より十は下だろうか。もはや育った時代が違う。
彼が貼っていた、URLのリンクを踏む。懐かしい英字の羅列だ。
雑談掲示板。最終更新は……、2006年の夏だ。そうだ、高校生のときに友人らとここでゲームを作っていた。本当に懐かしい。思わず笑みがこぼれる。
そうこうして、気持ちよく感傷に浸っていた僕だったが、少しして不意打ちのように嫌なことを思い出す。それは、メンバー表を眺めていたときにやって来た。
莉乃……。
電車がやっと動き始める。車内にいた、帰路についているであろう学生やサラリーマンのため息が聞こえてくるようだった。
窓の外では、相も変わらず得体の知れない暗闇が蔓延っている。早く帰って、明日に備えてゆっくりしたいものだ。
風景がほとんど一切変わらないまま、あれから二駅ほど電車は進んだ。
僕は軽くため息をつく。確かに、知らない人からしたら突然レスが途絶えるというのは奇妙な話だろう。気になるのも分かる。
とはいえ、こんなどこの誰かも分からないような人たちの事情に、ここまで首を突っ込める中学生が他にいるだろうか。
- Re: 2006年8月16日 ( No.20 )
- 日時: 2016/07/06 02:12
- 名前: をうさま ◆qEUaErayeY (ID: bTobmB5Q)
◆
僕は不意に、脳の片隅に魚の小骨のような引っかかりがあるのを感じた。
慌てて思考を巡らせてみるが、それが何なのか、全く解らなかった。
嫌な予感がする。僕は何か、重大な見落としをしているのかもしれない。
僕はすぐに勉強をやめる。息抜きをしようと思った。
毎日見ているあの掲示板を、今日もまた開く。
皆、未だにあのフリーゲームの話題で持ちきりだった。僕もやろうかな、と思い、すぐさまダウンロードページに移動する。
そして気づく。そういえば、前にもこういうことがあったはずだ。前にもこのゲームをやろうとしてダウンロードページに移動していた。
そうだ。あのときは確か、これではなく他のゲームをやった。
このサイトのランキングで圏外だったはずのあのゲーム。詳細情報に「とある夏の日に、日本の田舎町で起きた物語」とだけ書かれていたあのゲーム。
……夏?
あのゲームをプレイしたのは、確か早紀と会った日の朝だったので、12月24日だ。
その前日には、雄輔と会っている。
あの日、雄輔と会った日に、家に帰って僕は何をした?
僕はすぐにブラウザの表示履歴を探る。
今日は1月20日なので、12月の23日は一ヶ月近く前だ。
履歴が一斉に表示される。あの日、表示したページは色々あったが、その大部分にはもう興味がない。
雑談掲示板だ。
気がつけば、思い出していた。
同時に、あの掲示板の最終更新が、2006年8月16日だったことも思い出す。
履歴の中腹辺りで、何も飾らず、何も主張せず、あの日と同じ地味なままのタイトルがそこに確かに存在していた。
ページを表示してみる。
最終更新は相変わらずだった。
一番上に上がっていたのは「新春雑談すれ」というタイトルのスレだった。一体、いつの新春だろう。
そして思い出す。あの日は同時にメールも送った気がする。
掲示板の下のほうに表示されているこのメールフォームから、管理人にメールを送ったはずだろう。
彼から返事は来ているのだろうか?
すぐにメールをチェックする。
僕は普段、メールをあまり見ない。一ヶ月に一度見るかどうかのレベルだ。
なんと、来ていた。僕はすぐに内容を確かめる。
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<From: Enzn_wez@mail.gaa.ne.jp>
<To: kosei51@yahee.co.jp>
<件名: Re:お願いがあります>
ありがとう。気づくの遅れてゴメンw
君の気持ちはよく分かった! とりあえず昔のメンバー全員にメール送ったよ。
地元に戻れば彼らと会えるかもしれないけど、今おれ地元出てるから、基本メールでしかやりとりできないと思う。
君の危惧通り彼らのメアドが生きてない可能性も充分考えられるし、返信が来るのを気長に待つしかないね。
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このメールは二週間前に送られてきたらしい。
……んん?
よく見てみると、もう一度彼からメールが送られてきていた。
件名、「連絡ついたぜ」。
「メンバーの一人、ゆーたくんと連絡がつきましたー! ワーイ(o´∀`o)」
僕は、安堵した、というより、単純に驚いた。
涙が出そうなのを、慌ててこらえる。このメールは三日前に送られてきている。それは、五人全員でまた話せる日が来ることを予感させた。
それにしても、管理人のえんさんって、結構可愛いところあるな……。
それから僕は、毎日えんさんからのメールを確認しつつ、ずっと机に向かっていた。
私立入試は2月の4日に控えている。僕は何かに取り憑かれたように、必死に勉強していた。
- Re: 2006年8月16日 ( No.21 )
- 日時: 2016/12/28 02:43
- 名前: をうさま ◆qEUaErayeY (ID: KDl0fyQj)
次にえんさんからメールが来たのは、私立入試の結果発表が行われてからだった。
早紀と会う約束をしていた僕は、今まさに家で彼女を待っている間だ。
……もう一人、メンバーと連絡がとれたらしいのだ。
それは、樹雨さんという、前は音楽担当だった人だ。僕の提案には大賛成だという。
聞けば、樹雨さんの昔使っていたアドレス(えんさんが知っているアドレス)が、実家のパソコンでログインしたままになっていたという。それを実家に戻った際に気がつき、えんさんから来たメールの存在に気がついたらしい。
僕は奇跡じゃないかと思った。
僕がえんさんにメールを送り、えんさんがそれに気づき過去のメンバーにそれぞれメールを送った。それを樹雨さんは滅多に帰らないという実家に帰り、パソコンを付けそれを見つけたのだ。
「あっ」
「早紀……」
久しぶり、と早紀は笑い、僕の傍まで歩み寄る。手にはケーキの箱らしきものを持っていた。
初詣以来だね、と彼女はケーキの箱をこたつの上に置いた。今は暖房をつけているので、こたつの電源は切っている。
「合格おめでとう」
そっちこそ、と僕は返す。
2月の初めに受けた京成高校の入試で、僕達は共に合格した。ついさっき、合格を中学校で先生から告げられたばかりだった。
「ほっとした?」
訊かれたので、僕は素直に認めた。
当たり前だ。数ヶ月前、数週間前は、専願でも受かるかどうかすら危ういと言われていたはずの学校なのだから。あの頃は、まさか僕が併願で受かるなんて誰も考えなかっただろう。
ずっと黙っていると、早紀は、突然ですがここでクイズです! と言い出した。
「……ん?」
「今日は何の日でしょう! このケーキと関係してくるんだけど……」
突然のクイズに、慌てて考えてみる。
クリスマスはもうとっくに過ぎたし、僕の誕生日も違うし、かといって早紀の誕生日だとしたら早紀がケーキを持ってくるのもおかしい。
いかにも分からなさそうな僕の様子を見て察したのだろうか、彼女は僕の返答を待たなかった。「分からない? 今日……、バレンタインだよ」
スマホの画面を付けてみると、2月14日と表示されていた。
「チョコのほうでいいの?」
ショートケーキもあるけど、と彼女が指さしたケーキにはイチゴが乗っていた。
あー、俺、イチゴ無理なんだ、と正直に言う。「じゃあしょうがないね」
「これ持って受けたから合格したのかも」
ケーキを食べながら、初詣で彼女と一緒に買ったお守りを片手に言うと、彼女は首を横に振った。
「違うと思う。香征が今までしっかり頑張ってきたから受かったんだよ」
彼女は変わることなく真剣な眼差しでこちらを向いている。この目をした彼女に何を言っても意味がないのは明らかだった。
「公立の入試が終わったら、どこか行かない? ご褒美として」
と、僕はその話を勇気を振り絞って切りだしたのに、彼女はそれを遮るように、随分と重い口調で呟いた。
「話があるんだけどさ」
その話をするのに、なぜ今、わざわざ改まるのだろう。僕は強い違和感を感じつつも、話を聞いてみることにした。
「……雄輔」
その言葉が聞こえた瞬間、僕は頭をライフル銃で撃たれたような衝撃を覚えた。
「雄輔?」
「雄輔と、今度会ってみない?」
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