ダーク・ファンタジー小説
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- 【完結】2006年8月16日
- 日時: 2018/09/07 04:09
- 名前: をうさま ◆qEUaErayeY (ID: D28jR39t)
>>3-37 >>40-55 >>58-72
2015冬大会 管理人賞
2018夏大会 金賞
感想などもお待ちしてます
Twitter:@STsousaku
- Re: 2006年8月16日 ( No.27 )
- 日時: 2017/01/13 17:32
- 名前: をうさま ◆qEUaErayeY (ID: KDl0fyQj)
「じゃあ、五時に約束してた喫茶店で」家の前で別れを告げる彼女に、あぁ、と僕は素っ気なく返事をして、不意に彼女の後ろ姿を見つめる。あちらはもう前を向いていた。
この角度からだと、僕と早紀、雄輔の家がいっぺんに見える。
僕らはこれほどまでに近いのに、二駅離れた喫茶店でしか会えない。
そのとき、家に入ろうとしていた彼女と、目が合う。僕は無理やり笑顔を作り、すぐ目を逸らした。
岡山駅は人混みで溢れかえっていた。
僕は少し急ぎ気味に改札を通過する。普段滅多に来ない場所なので、通る際の動きがどことなくぎこちなくなる。
東口に出ると、制服やスーツを着た大量の人達が見えた。
……ふと、デジャブを感じた。これはあの日、父さんに傘を届けに行った時に、下を向いて雨宿りをしていたあの大群とよく似ていた。
あの大群を見て、僕はかつて彼らを無個性だと蔑むように思った。
階段の最後の一段を降りると、ふと右手に持つスマホが目に入る。スリープ状態になっているスマホは太陽で黒く反転していて自分の顔が映る。僕はイヤホンを付け、コンタクトをしている。今まで僕は眼鏡をかけていたのだが、似合わないと早紀に言われてからは外で眼鏡をかけることはなかった。イヤホンからは、早紀に教えてもらったバンドの曲が流れている。
一体、どこをどう見れば、あの大群と僕を切り離せるのだろう。
数ヶ月前まで僕は確かに特別だった。ただ、ある日突然、気づいてしまったのだ。僕なんて、ここに大勢いる中の一人でしかないということに。
「香征」
二人を探していた僕に、少し大きめの声が届く。呼ばれた瞬間、雄輔の声だと分かった。
店内は思いの外静かだった。ところどころ暖かい色の照明に照らされていて、恐らく日本製ではないであろうテーブルやチェアが儚げなニュアンスを醸し出している。
声のした方を向くと、店内の一番奥にあるテーブルに、早紀が座っているのが見えた。二人はテーブルを挟んで向かい合う形になっているので、ここからでは雄輔の顔は見えない。
当然のように、人はまばらだった。僕は二人がいる傍まで歩み寄る。緊張していたので、歩くときに手と足が同時に出てしまう。
「久しぶり」
あれ。
「早紀の方に座れよ」
「ちょっと、言い方キツいよ雄輔」
僕はいたって平然と早紀の隣に座った。すぐ、着ていたダッフルコートを脱ぐ。少し暑い。リュックは下に置いた。
「とりあえず飲み物からだね。何飲む香征?」
二人の前には既に半分ほど減ったコーヒーが置かれている。僕に伝えた約束時間より早く来ていたことは容易に想像できた。
二人は僕が来る前何を話していたのだろう。
ミルクコーヒーを、綺麗な店員さんはすぐに持ってきてくれる。
「雄輔は香征に謝りたくて仕方なかったらしい。香征は話聞くの嫌かもしれないけど、どうか聞いてあげて。お願い」店員さんが去ったあと、早紀はいつになく神妙な面持ちで言った。
コーヒーカップは異様なほどお洒落で、このまま美術館に飾っても遜色ないレベルだろうか。もちろん、美術館なんてほぼ行かないけれど。
- Re: 2006年8月16日 ( No.28 )
- 日時: 2017/01/03 17:28
- 名前: をうさま ◆qEUaErayeY (ID: KDl0fyQj)
「去年の終業式の日に、バッタリ会ったじゃん。あのとき、ちょっとキツい口調になっちゃってゴメン」
雄輔はゆっくりと語り出した。と同時に、僕は恐らく二年ぶりに彼の顔をはっきりと見た。
「正直に言うと、勉強してないやつなんてあのときはクズだと思ってた。だけど早紀に怒られてさ、やっとその過ちに気づいたっていうか」
僕はコーヒーをゆっくりと口に含み、小さく深呼吸をした。やはりだった。どこか、何かがおかしい。
その違和感は彼の口調が真に反省しているようには見えなかったことではない。むしろ、彼の言うことが本当かどうか、そんなことはもうどうだって良かった。
なぜなら、去年あれだけ酷い態度をとられた雄輔を前にして、恐ろしいほど怒りが沸いてこなかったからだ。むしろ優しい、温かな気持ちですらいる。
その感情は、自分でもよく分からなかった。強いて言うなら、無関心、が一番近いような気がする。
僕はその感情を言葉にできないまま、考えたようなふりをしつつ、何も考えられなかった。
「……雄輔」
彼の名を口にすると、いつも、心臓がバクバクしてしまう。二人が僕のほうを向く。
「こっちはもう怒ってないから、大丈夫」
しっかり人の目を見て話すのはいつぶりだろう。少しテーブルを挟んだ1メートル先に、雄輔の鋭い目が光る。その目は多少驚きを隠せないようだった。
「許してくれるんだね」雄輔は声だけは落ち着いていた。
隣にいる早紀はいかにも安堵の色を浮かべているという表情だった。「香征……」
「ありがとう」
そう言ったのは間違いなく僕であったはずだ。それが、雄輔と早紀の声も同時に聞こえた。偶然、三人の声が被ったのだと分かった瞬間、ふと笑みがこぼれていた。しばらくすると声を出して笑っていて、二人もそれに続いていた。
「私立受かったんだって? おめでとう」
「ありがとう。雄輔は私立どこ受けたんだっけ?」ありがとう、がまた早紀と被る。
「あー、俺はまた別の所。一応受かったけど、あくまで遠野受かるつもりでいるから」
サラリと言ってのけた彼に対し、当たり前ではあるが、僕とは違うな、と感じた。
「そういえば早紀はどうだったんだ?」
言われて、早紀は少し言葉に詰まり、辛そうに喋った。「一応頑張ったけど、落ちたかもしれないな」
そっか、と雄輔は申し訳なさそうに言った。
場の空気が少し悪くなる。それは意外な展開だった。なぜなら、そんな話は、てっきり僕がここに来る前に話しているかと思っていたからだ。
「まあ、京成で三年間頑張るよ! 受験のための勉強は無駄になっちゃったけどね」早紀はこの場の全員、特に自分を励ますように言った。「いつまでもくよくよしてても意味ないしね」と笑う素振りさえ見せたが、やはりどこか落ち込んでいる雰囲気は隠せなかった。
- Re: 2006年8月16日 ( No.29 )
- 日時: 2017/04/26 03:50
- 名前: をうさま ◆qEUaErayeY (ID: D28jR39t)
僕は、さっきから何に対して怒っているのだろう。
早紀にとって、志望校に落ちるということは、そのまま受験、人生の敗北を表しているようなものだ。
僕は学校での早紀も、塾での早紀も全く知らない。しかし、必死に勉強を頑張ってきても、志望校に落ちてしまっただけで、全て無駄になってしまうのだろうか。
「気にしすぎだって早紀、俺だって落ちたかもしれないし。遠野の筆記スゲーむずかったじゃん。あんなもん自信なくて当然だって」
「……雄輔が絶対受かってることぐらい知ってるから、そんな下手な励まし方しないでいいよ」
早紀は静かに雄輔を制止する。怒っているのだろうか。
少なくとも僕は、学校の勉強にほとんど興味がなかったあんな状態からここまで来れたのは、勉強の面白さに気づいたことだったり、将来の夢が広がることへの単純な喜びを感じられたからこそだった。
僕は、悲しいを通り越して憤りすら覚えている。僕にそれを教えてくれたのは他でもない早紀だろう。
最悪な場の空気で、雄輔が切り出す。
「じゃ、じゃあ、三人とも公立高校の入試お疲れ様ってことで、早く帰って体休めとこう。また今度!」
早紀は「急だね」と笑い、脱いでいたコートを羽織る。「お疲れ様。また今度」
ほぼ同時に席を立った二人は、とっくにミルクコーヒーを飲み干しているはずの僕を不思議そうに見る。「どうしたの?」
座ったままの僕は決心する。この場で雄輔に絶対に言わなければならない言葉があったのだ。
「ありがとう。バイバイ」
それを僕は普通に口に出したつもりなのに、思いの外小さな声となって聞こえた。
僕はまた会おうとは言わなかった。雄輔の言葉に同意していればまた会うことになってしまうと分かった僕は、彼のその言葉を言い直さなければならなかったのだ。
「あぁ」雄輔は僕らに背を向け、足早に去っていった。
彼は右に曲がり、完全に見えなくなった。
「……香征?」
僕は雄輔という人間を嫌ってはいない。ただ、大した話はしていないにしろここで三人で会うという行為は必要なものだった。
僕はぐるぐるぐるぐる色んなことを考えながら出る支度をした。そのまま待ってくれている早紀についていく。
「お会計はもうお済みですよ」と言った綺麗な店員さんはニコニコしていた。
「……えっ?」僕は素で聞き返す。
そんなバカな、と思った刹那、慌てて僕はさっきまで座っていた席まで走る。無色透明な伝票立ての中は空だった。途中まで確かにここに挟まっていたはずの伝票が、なくなっている。
気づかぬうちに後ろにいた早紀は「雄輔……」と声を漏らし、僕を見る。これは彼なりの感謝の気持ちだろうと思った。ありがとう、さよなら。
喫茶店を出てから、岡山駅の方角へ歩いていく僕に「電車じゃなくて、歩いて帰らない?」と提案する早紀は微笑んでいた。
無言で承諾する僕に、早紀はまだ笑ったまま、こちらをずっと見ている。「……どうかした?」
「いや、雄輔と仲直りしたのが嬉しくて……えへへ」
あぁ、そのことか、と僕は冷ややかに思った。「もう雄輔とは会わないと思う」
僕はそれを、おそらく彼女にとっては衝撃的な発言だろうと思っていたのに、意外と早紀は驚いた様子を見せなかった。
- Re: 2006年8月16日 ( No.30 )
- 日時: 2017/11/15 04:56
- 名前: をうさま ◆qEUaErayeY (ID: hDFQBaU/)
「さっきのやりとりを見るからに、香征はもうそんなに雄輔を嫌っているようには見えなかったけど」
やはり気になっていたのだろう。あれから十分ほど歩いた頃、早紀は唐突に言い出した。僕らはちょうど信号を待っていて、そこそこの大群の中に埋もれている。
確かに、僕は雄輔をもう全然嫌っていない。さっきだって雄輔とは自然に話せたし、12月23日のことはもう全く気にしていない。
ただ、また会いたいと思えなかった。
「そうだね。全然嫌ってないよ」
「……えっ?」流石に、彼女も意味がよく分からないようだった。
信号が青になり、周りの人が一斉に歩き出す。しばらく立ち尽くしたままの彼女の横を抜け、僕も周りと同じペースで歩道を渡る。向こうからも同じくらいの大群がこちらに向かってきていて、ぶつかる寸前は覚悟を決めた。
そういえば、いつだって僕は、ただ生きているだけでそういう切なさを感じてしまう。
僕は、2006年の8月に更新が止まったあの掲示板を思い出す。
今思う。あの掲示板を見て、かつて僕は終わらせ方の大切さを痛感したのだ。
どんな物もいつかは終わる。永遠などない。だからこそ、きっと最後は綺麗なままがいいと。
だから、僕はちょっとだけ大人になっていた。雄輔と仲直りしたのはいいが、また昔みたいに遊ぼうとは思えなかった。中学を卒業して、そのまま二度と会わなくたっていいとさえ思えたのは、きっとそういう理由からだったのかもしれない。
雄輔とまた友達として会うこともきっと幸せなことなのかもしれない。しかし、僕達の関係を綺麗なまま終わらせるという、そういう幸せが一つくらいあってもいいと僕は思ったのだ。
「そういえば、前雪降ったよね」
「あー、降ったね。一ヶ月くらい前かな?」
僕が返答すると、あの日塾あったんだけど帰り道やばかった、と彼女は笑った。「そういえば香征メガネやめたんだね」
えらく唐突だな、と笑った。「今コンタクトしてるけど……、最初つけるとき結構怖かったなぁ」
言うと、突然彼女は何かに気づいたように声をあげた。
「そういえば香征って普通に話せるんだね。私とも雄輔とも。さっき結構自然に話せてたからちょっとびっくりしちゃった」
少し冷たい風が後ろから前に向かって吹く。確かに、と前を向いたまま思った。今考えてみると、今日を除けば最後に雄輔とちゃんと話したのは中学校に入って少し経ったぐらいだったから、それから二年半以上は経っている。
早紀のほうも、去年のクリスマスイブを除けば話さなかった期間は雄輔と同じぐらいだ。なのに、再会した日は驚くほど自然に話せていた。何故今まで気にならなかったのだろう。
「あの日ね、私、結構緊張したんだ。前の日にスーパーで会ったけど、話せなかったから」
岡山駅周辺には滅多に来ないので、この辺りは勿論初めて来る場所だった。というより、どこを向いてもカップルが多い。
僕らは二人並んでこの大通りを歩いている。ふと右側を歩く早紀のほうを横目で見る。何というか、本当に綺麗だ。前だけを見つめる瞳はきっと希望だけを映し、艶やかなよく落ち着いた茶髪はきっとこの道を歩く数百人の中で一番美しい。
その目は今何を映しているのだろう。
「香征、危ない!」
ふと正気に戻った僕は、気がつけば彼女に手を引かれガードレールにぶつかっていた。何事かと僕は彼女を見た。
彼女が怒ったように見つめるのはすでに通り過ぎた自転車だった。「ひどい自転車だなぁ……、大丈夫だった?」
彼女は、地面にへたり込んだままの僕にすっと手を差し出してくれる。僕はその手を受け入れ、彼女が引っ張ってくれる。僕は内心かなり驚いていた。彼女のあの細い体のどこにそんな力があったのかと思わせるほど、そのときの彼女の力は異常だった。
「ありがとう、……別に俺のことなんて気にしなくていいのに」
「何言ってるの」彼女は僕の冗談ともとれないような言葉を笑って流す。
当然のように、僕達はさっきより急ぎ足で歩いた。どうやら、今の自転車の件でそれなりの注目を集めてしまったみたいだ。
- Re: 2006年8月16日 ( No.31 )
- 日時: 2017/02/27 03:36
- 名前: をうさま ◆qEUaErayeY (ID: zz2UUpI4)
「っていうか、さっきのこと、いい加減続きが聞きたいんだけど」
薄笑いを浮かべた彼女に、僕は聞き返す。その際、彼女の向こうに夕焼けが見えたのを僕は忘れなかった。「……何のこと?」
あれから数キロの距離を歩いたのだが、近頃運動不足気味の僕はただただ足の痛さに耐えるほかなかった。明日は筋肉痛で苦しむこと間違いなしだろう。
彼女は「雄輔のこと!」と怒ったように言った後、「また三人で会いたくないの? さっきのを見た感じだと嫌っているようには思えなかったし」と小さく言った。
僕はそれを話すにはこの場所は不適切だと直感的に思った。「ちょっと待って。公園とか近くにないかな? 公園じゃなくてもいいや……なんか、座れて人気のないところ」
僕は、言った後に、こんな町中で公園などまずないだろうと思ったので、すぐ言い直した。自分の足のこともあるのでとりあえず座りたいという願望も含めた、極めて自分勝手な要望であるのは間違いない。
「公園……かぁ」
彼女はポケットから取り出したスマホで突然何かをし始めた。「私もこの辺よく知らないんだ」
「えぇっと、こうえん、こうえん……と。あっ、そっちのこうえんじゃない!」
どうやら地図アプリか何かで公園を探しているようだった。明らかな誤変換も含め、僕は黙って彼女の動向を見守るしかなかった。
「んー、公園はやっぱりちょっと近くにないみたい。どっかいい所ないかなー」
少しして諦めたように言う彼女の言葉を聞いて、何故だか僕は一つの場所が頭に浮かんだ。
「旭川かなぁ」
また声が被ってしまう。
「そっか……、やっぱりそうなんだね」
彼女はただただ、ひたすらに笑っていた。声が被ったことで笑っているのではないということは容易に想像できた。
僕は失笑する。そのとき僕は、自分の足のことなど半ばどうでもよくなっていた。今日、早紀と一緒に、どうしても旭川に行かなくてはいけない理由があったからだ。
……もうすぐ、日が落ちる。
歩き疲れて、僕は振り返る。閑散とした住宅街は、人の気というのが全く感じられない。さっきあんなに人で溢れていた場所も、直進し続けるとこうもひっそりとした場所に続くのか。
「あっ、あれ、旭川だよ!」
言われたので、僕は急いで彼女の示す方を向いた。
すると、彼女は歩くどころか走って近づこうとするので、僕も慌ててついていった。途中、何のためについているのか分からない信号機が赤く光っていたが、無視して走った。一足先にたどり着いた彼女は石でできた欄干に手を置く。
「綺麗だなぁ」彼女は数十メートル下を俯瞰する。
遅れてたどり着いた僕も河を見る。角度的にここまで歩かないと見られない旭川はほの暗い。それを見て、初めて日が落ちていることに気がついた。
「ってか、かなり低いな」
「降りる?」そう言う彼女の視線の先には石階段が見える。段数がやけに多い。
僕は無言で階段を降りる。幅が狭い階段は地味に足元が不安定になる。
「あ、そのリュック、もしかして私が前好きって言ってたブランドのやつ?」
「えっ」今更気づいたのかと、思わず苦笑が漏れる。どうやら、彼女が僕の後ろに立つのは今日初めてだったらしい。「そうだよ。最近買った」
僕はリュックを前に持ってくる。真ん中に大きく書いてある「FALA」の文字が特徴的なこの黒いリュックは、未だに新品の匂いが消えない。前会った時、安いのにデザインがいいブランドと彼女に言われて、その日のうちに通販で買った物だった。
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