ダーク・ファンタジー小説
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- 【完結】2006年8月16日
- 日時: 2018/09/07 04:09
- 名前: をうさま ◆qEUaErayeY (ID: D28jR39t)
>>3-37 >>40-55 >>58-72
2015冬大会 管理人賞
2018夏大会 金賞
感想などもお待ちしてます
Twitter:@STsousaku
- Re: 2006年8月16日 ( No.48 )
- 日時: 2018/03/27 13:32
- 名前: をうさま ◆qEUaErayeY (ID: djMAtmQc)
「……で、そこの女の子は友達?」
二人は、ようやくそこにふれてくる。なんとなくすぐには答えられずに黙っていると、横から「友達です! すみませんすぐに帰ります。お邪魔しました!」と息もつかせぬスピードで彼女は去っていった。あまりの速さに誰も何も答えられない。もしかしたら早紀以上に居心地の悪い思いをしていたのかもしれない。
「へー、綾ちゃんと二人でいたんだ。なんか珍しいね」
早紀はこちらへ歩み寄る。今まで二年間、学校で見かけても声一つかけなかった早紀が今目の前にいる。制服がとても可愛い。「今日初めて話したんだけど、遅すぎるよね」
早紀との再会は思っていたよりずっと早く、アッサリしていた。そのことについて僕は何も文句を言えない。この場には両親がいるので、あんまり変なことは話せなかった。
「まあいいや、じゃ、四人で写真撮ろう」
「いやいや! 私は流石に邪魔だと思うので申し訳ないです……」
「全然そんなことないよ。ね、香征?」
気にくわない振りだったので無視していると、早紀が突然満面の笑みに変わった。
「じゃあ、二枚撮りませんか? 一枚は香征とご両親で、もう一枚は香征と私」
それいいね! と手放しで二人は賛成する。「はい、多数決で早紀ちゃんの意見に決定! ということなので香征頑張ってね」
僕が何を頑張るのか不明だったが、三人が気にせず校門へと向かうので自分も付いていく。歩くたび、校庭の砂がザッ、ザッ、と音を立てる。太陽が真上にあるので少し汗をかく。この学校の校庭は途方もなく広いから、百人以上はいるであろう人たちがまばらに見えてしまう。
校門には意外と人が少なかった。
「あれ、意外と並ばず撮れそうだね」そう母さんは校名看板の横に僕を引き寄せる。近くには教頭先生がいて、父さんからカメラを渡される。
第二十八回卒業証書授与式、と立派な字で書かれた看板の、向かって右側に立たされた。2メートルはあるそれの存在感は物凄い。二人は看板を隔てた左側でピースしている。自分も同じポーズをしてみると、なんだか少し照れくさくなる。
「じゃあ、はいチーズ!」
パシャ、気持ちのいい音がする。早紀が少し揺れるのを僕は見逃さなかった。このシャッターを切る音は、旭川で早紀の一眼レフが放った音と同じだった。
「……早紀ちゃん?」
「あ、大丈夫です! じゃあ香征撮ろう」僕は何も言えぬまま立ち尽くしていた。早紀が今何を思ったのか、僕には全て分かった。
「えーっと……、私はこれから家に帰って、お父さんは仕事に戻るけど、二人ともどうする? 送ろうか?」
どうやら、車で来たらしい。流石にこれ以上この四人でいるのは居心地が悪すぎる。「いや、いいよ。ゆっくり帰る」
「分かった。卒業おめでとう! 早紀ちゃんも」
「ありがとうございます! 卒業おめでとう、香征」
「あ……そちらこそおめでとう」
いるかこの挨拶? と思いながら渋々返す。二人はそれを嬉しそうに見守りながら去っていく。
早紀は二人の後ろ姿を真剣な面持ちで見つめながら、僕に言った。
「ね、これから少し時間ある? 学校見て回らない?」
別に断る理由などなかった。時間などいくらでもあった。
きっと今から校内を見て回るのなんて僕たちだけだろう。校門には僕ら以外に何人もいたが、帰路につく人たちばかりで、逆に校内に引き返す者など皆無だった。門を抜けた先に大きなケヤキの木がある。
「さっきはありがとう、香征」
「何が?」
「車で送ろうかって言われたとき、二人で帰るって言ってくれたじゃん。昨日の夜あんなことがあったから、もしかしたらすぐ帰っちゃうのかなって思っちゃって」
ああ、と僕は昨日のことを思い出していた。「なんか、今更そんなことしても無駄だなって思った」
そしてそれはその通りだった。今ぐらいは会っていたいと思い直したのかもしれない。高校に入るまでは、今だけは。
「この学校に来るのも今日で最後なのか」
いかにも実感が沸かないといった物言いだった。それは恐らく僕にとっても同じだろう。
「香征が何を思ってるのか、私わかるよ」
そのとき僕たちは下駄箱で靴を履き替えていた。さっき上履きをバッグの中にしまっていたので、そこから出して履き替える。
僕は聞こえない振りをしてこの場を凌ごうと思った。廊下は暗く涼しい。この空間には僕ら二人しかいない。先導する彼女が階段を上る。彼女の膝丈ほどのスカートが揺れる。僕は慌てて付いていく。
「香征は……、何かを失うのが怖いんだよね」
その瞬間、何かがフラッシュバックして気が遠くなる。何が起きたと疑問に思うより先に、倒れそうになる。階段を中ほどまで上がっているので倒れたらただでは済まないだろう。一瞬の判断で階段の手すりに掴まったと同時にやっと気が元に戻る。危なかった。
「香征?」早紀が、手すりに掴まったまま止まっている僕を不思議そうに見つめる。「ああ……いや、大丈夫」
階段は短かった。すでに上り終えた彼女が伸びをする。「香征はB組だっけ?」
うん、と答えたところでちょうど自分もたどり着く。B組、それは過去のことなのだが。
- Re: 2006年8月16日 ( No.49 )
- 日時: 2018/04/03 02:10
- 名前: をうさま ◆qEUaErayeY (ID: djMAtmQc)
教室にもやはり誰もいなかった。意外と鍵が掛かっていなかったのでふと入ってみる。
入るなり、癖で自分の席だったところまで歩いてしまう。それは窓際で、後ろから二番目の席だった。今まで、ここから何度外の校庭を見てきただろう。今見てみると十人ほどしか見えない。
「へー、席そこだったんだ。私は一番前の廊下側……、って私はクラス違うか」
そう笑う彼女もちょうどその席まで歩いていた。声が少し遠い。
窓の外に見える卒業生たちは、卒業証書を持ち歩いている者が何人かいた。あそこにいる人たちと自分は違うと、今ですらそう思いたかった。あの紙を僕は今、スクールバッグに入れている。残念ながら僕はあの紙を受け取ってしまった。できれば拒否してしまいたかった。
「……今から校内の窓でも割って回んない?」
彼女はきょとんとした表情から、一転して笑顔に変わる。「それはいいね。だけど、それやっちゃったら高校じゃなくて別の施設に行くことになるかもね。少年院とか」
「高校よりマシかもな……」
「どんだけ思い詰めてるの」彼女はそう一笑し、机の上に腰を下ろす。
ここで少し沈黙が流れたので、ふと窓の外を眺めてみた。さっき見たときより人が減っている。時計を見るともう昼だった。涼しそうだったので窓を開ける。
すると後ろから何かが聞こえたので見ると、彼女が歌っていた。それはテレビか何かで聞いたことのあるメロディーで、ゆっくり始まる曲調が、サビになるとまるで桜が開花するような盛り上がりを見せる曲だった。
歌詞の意味はよく分からない。一体自分は誰で、誰に向けての曲なのか。
いや、そんなことはどうでもよかった。なんて美しい光景なのだろうと思うだけで精一杯だった。心地よく吹いてくる三月の風が、彼女の髪を揺らす。確かに歌が特別上手いわけではない。しかしその歌声を、魂を、世界で僕だけが享受できているという事実に、胸がいっぱいになる。
彼女は初めこそ真面目に歌っていたが、僕があまりにも真剣な顔をしているからか、しだいに顔が少しほころぶ。少し照れくさそうにしている彼女を、僕もやはり照れくさそうに見つめる。そんな状況でも彼女は最後まで歌った。
どうしてこんなに歌詞がストレートに胸に入ってくるのだろうと思った。さっき卒業式で歌った曲を僕は決して好きになれないが、その曲と、早紀の歌う曲の何が違うのか自分でも分からなかった。どうして体育館で卒業生全員で歌った曲より、教室でたった一人で歌う曲のほうが衝撃的なのだろうと思った。
「ごめん、なんか歌っちゃった」
彼女はすぐに笑ってごまかす。歌い終わった後に沈黙が続き、いい加減恥ずかしさに耐えきれなくなったようだった。
「窓開けてたから、外まで聞こえてるかもね」
そう言いながら僕はまた窓の外を眺める。もう無意識にしてしまう動作だった。校庭では残り二、三人ほどいた生徒たちがやっと引き上げようとしていたところだった。ついにか、と僕は事の顛末を見守ろうと思った。最後の一人が、角度的にこれ以上進むと見られなくなる場所まで来たとき、ちょうど二階にいる僕の存在に気づいた。彼女は迷うような素振りを見せた後、僕に向かって手を振る。今返さないと一生返せないと思い僕もすぐに手を振り返す。彼女は一転して弾けるような笑顔を作った後、その場を去った。もちろん、彼女のことはクラスも名前も何も知らない。しかし当然ながら僕も彼女も舞い上がっていた。卒業、という現実が僕ら二人をそうさせた。
「風、気持ちよさそーだね」
彼女は、行儀悪くも今まで座っていた机から飛び降りて、すたすたと歩いてくる。そして僕の後ろの席のところに手を置く。気持ちのよい風が長い髪をなびかせる。
「え、校庭もう誰もいないじゃん。もうすぐ先生も鍵閉めに来そうだし」
待って、そのとき出くわしたらめっちゃはずいじゃん、と彼女は少しオーバー気味に取り乱す。
彼女はゆっくりと窓を閉める。気持ちよく風に当たっていたはずの僕はすぐに気づいて彼女を見る。「もう出なくちゃダメだね。皆帰ってるよ」
「知ってるさ」
- Re: 2006年8月16日 ( No.50 )
- 日時: 2018/04/07 05:57
- 名前: をうさま ◆qEUaErayeY (ID: djMAtmQc)
彼女は一番前の廊下側の席まで歩き、立ち止まった。後ろ向きだったので何をしているのかは見えない。首の角度を変えてみるとどうやらスマホをいじっているようだと気づく。
さっきまで窓の縁に置いていたが、閉められてしまい行き場を失った左手が寂しそうにそこにあった。その手で自分もスマホを付けてみる。しかし、やることがない。LINEも誰からも来ていないし、Twitterの通知も音沙汰なかった。
すぐにスマホを切り、また窓の外を見る。三月の澄んだ空はさっき見たときと何一つ変わっていない。
この、得体の知れない虚無感は何なのだろうと思った。僕は今何者なのだろうと思った。卒業した途端、どこで、何をしていても、漠然とした不安が僕を襲い、さっきまでのように風にでも当たっていないと気が狂いそうになる。今この教室から出て、家に帰って、それから僕は普通の人生が送れるのかと怖く感じた。
「そういえば、なんか私と香征が付き合ってるって噂が流れちゃってたみたいで、迷惑かけたね。なんかごめん」
「いやいや、全然大丈夫。確かに疑われるようなことしてたし仕方ないさ」
僕は全力でフォローする。むしろ、間違われたとき少し嬉しかったまである。そんなこと彼女に言える訳ないが。
「少し寒くなった?」
下駄箱の所で、先に靴を履き替えていた彼女が、僕のクラスの所まで来ていた。B組とF組は下駄箱が離れているから、相当急いで済ませたのだろう。
「確かに。でもこれが最後の抵抗、って感じするね」
そう言って僕も靴を履き替えると、先に前を歩こうとしていた彼女が振り返り、にっこりと笑う。「はは、確かに。もう春が勝ちそうだね。すぐそこまでやってきてるし」
季節が廻る。その事実にいい加減吐き気がする。僕たちが生きている間にあと何度変わっていくのだろう。
僕はこちらを向いたままの彼女の横を通り抜け、校門まで向かう。その足取りは速かったり遅かったり、不安定である。すぐに彼女が小走りで追いついてくる。僕は東の空を見ていた。校舎が重々しい存在感でそこにいた。この学校で、僕は今まで色々なことを学んだ。大した親友なんて作れなかったが、僕はいつだって楽しかった。いつまででも通っていたかった。今まで愛着があったわけじゃないが、流石に今日ばかりは感傷に浸ってしまう。
「……香征?」
見慣れた自転車置き場。徒歩通学なので一度も使ったことがないが。ここから少し見える中庭には名前も知らない木々が生い茂っている。
僕は構わずそれらの横を素通りして校門まで着く。辺りには誰もいなかった。深呼吸して、校門を抜ける。振り返ると「第二十八回卒業証書授与式」の看板の存在感ばかりに目が行く。なんだ、意外と新しいのな、と笑う。
「俺、卒業しちゃった」
目の前の早紀は驚いた表情でこちらを見ていた。「香征……」
「俺、ここにはもう二度と戻れない」
内側から何かが溢れてくると思ったら、それは涙として出てきた。
「こんな学校に大した思い出なんか詰まってないけど、それでも通っていたかった。高校なんて行きたくない」
それは全て本心だった。それでもなおこちらをまっすぐと見つめる彼女は、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
「私もだよ。卒業なんて悲しいね。でも高校だってきっといい所だよ。何かを失ったなら、何かを手に入れればいいじゃん、香征」
その言葉にはっとなったのか、彼女がブレザーの裾で涙を拭いてくれたからなのか分からないが、涙はふと止まった。
「ごめん、汚かったよね」
「ううん、全然」
周りに人がいるかは知らない。もしかしたら僕の斜め後ろにある公園から誰かが見ているかもしれないが、どうでもいい。
彼女の裾はまだ僕のまぶたの辺りを押さえ続ける。触ると少し濡れていた。
嬉しいのは何故だろう。僕たちは、少しだけ近いような、遠いような、微妙な距離感でとどまっていた。心臓の位置を忘れてしまうほど、全身が心臓になったみたいに、激しく鼓動していた。
あの人たちも、僕も、何かを失ったのなら違う何かを手に入れよう。
- Re: 2006年8月16日 ( No.51 )
- 日時: 2018/04/12 08:00
- 名前: をうさま ◆qEUaErayeY (ID: djMAtmQc)
そのとき僕はパソコンの前にいた。
画面の右下には九時五十分と出ていて、あと十分だ、と気がつく。
部屋が締め切っていることに気づいたので、慌てて窓を開ける。ぬくい風が微妙に入ってくる。ベッドの上には充電中の3DSが置いてあるのだが、やる気にならない。
……十時になったら、このURLをクリックしよう。そう心に留めて、後ろの本棚にある漫画か何かを手に取ろうとしても、もう少しのところで手が止まる。あまりにも何事にも興味が出ないので、もう諦めてパソコンの前で十時まで待っていようかと思い始めた矢先、誰かが部屋のドアを開ける。
「香征? 早紀ちゃん来てるよ。合格発表を一緒に見に来たんじゃない?」
そうだ、今日は公立高校の合格発表の日で、そのために僕はパソコンの前に張り付いている。前日から何も手に付かないほどそわそわしていて、おかげで昨晩ほとんど寝られなかった。
僕は適当な返事をして、またパソコンに目を移す。
すぐに早紀が入ってくる。何故か中学の制服を着ているように横目に見えた。僕のパソコンだけを見ていた目が完全に彼女に向けられる。
「おはよう。なんか緊張するね」
「……ええっと、なんで制服?」僕は薄笑いをしながら、またパソコンに視線を向ける。九時五十五分だ。
「なんか制服のほうが雰囲気出るかなって。それにほら、受かってたら今日中にその高校に行かないといけないみたいだし」
それは初耳だった。それなら自分も着替えておいたほうがよかったと思い始めたが、もう遅い。流石に今するのはやめておこう。
「合格発表は、雄輔とじゃなくていいんだね」
「……あ、うん。雄輔とはちょっと」
バッグを下ろしたままその場に立ちすくんでいる彼女に、座っていいよ、と促すと、彼女はゆっくりとその場に腰を下ろした。
「まだコタツあるんだ」
彼女はからかうように笑いながらコタツに足を入れ、すぐに「暑っ」と足を出す。
「まだ夜は寒いんだよ」
「確かに」彼女はスマホをおもむろにいじりだす。合格発表を待っているのだろう。見ると五十八分だ。
……と、僕らの会話はここで途切れた。話すことがなくなったわけではない。話す空気じゃないというか、話す気になれないというのを、僕はもちろん、きっと彼女も感じていた。
僕がパソコンの画面を見ている間、後ろにいる彼女の姿は見えない。だから、合否が分かった瞬間の彼女の表情を、僕は知れない。
公立高校入試にて、僕は紅葉学園を受験し、早紀と雄輔は遠野高校を受験した。私立は全員受かっていて、早紀と僕が同じ京成高校だ。つまり、二次さえ受けなければ、二人とも落ちれば同じ高校に入学することになる。
ついに十時になり、URLを踏む。アクセスが集中していて、読み込みに少し時間がかかる。その間、僕はどういう結末を望んでいるのだろうと少し考える。
「……あ」
後ろで何かが聞こえる。声色からは受かったのか落ちたのかの判断がつかない。
32579。僕は自分の受験番号をもう一度頭の中で確認する。ページは何度も読み込みし直してついに表示された。五桁の数字が、数が若い順に並んでいる。ここに自分の受験番号が表示されているかどうかで、各々の命運が決まっている、ように一瞬思える。
……32579。
「受かった」
そう聞こえたとき、僕はすぐに後ろを向いた。彼女が立ち上がって喜んでいる。僕はしだいに頭の中が真っ白になり、彼女の喜ぶ様を見続けていた。
「……え、香征は?」
彼女の表情が、しだいに強ばっていくのを感じる。ここまで申し訳なさそうな表情をされると、自分まで申し訳なくなるからやめてほしいと思う。
「受かったよ、俺も」
「え、本当? よかったじゃん! おめでとう」彼女は何よりも先に祝福してくれる。そして「なんで今そんなに元気なかったの」と笑われる。
彼女の胸懐は僕と明らかに違い、ずれている。これは容易に予想できた。僕がたかが公立高校に受かっただけで何になるんだ。僕は怒りすら覚えているのかもしれない。僕が受かったところで、彼女が受かっていたら意味がないじゃないか。
……さっき、僕は自分がどういう結末を望んでいるのだろうと思ったが、逆にそれを今まで考えてこなかったのは、考えるまでもないことだったからだと自分で納得する。
「あ……、でも高校は別々になっちゃうね」
「いいさ。お互い受かったんだから喜ぶべきことだと思うよ」
「そっか、そうだよね」
そうは言っても、彼女は未だ立ったまま複雑な表情を浮かべたままだった。
僕はここでパソコンの画面に目を移す。変わることなく気味の悪い数字が羅列されている。こんなもの、もうどうだっていい。僕はウィンドウごと削除してシャットダウンする。
「っていうか、雄輔の結果は? あと合格したってことは雄輔には言ったの?」
「いや、まだ……」彼女が両手を横に振ってNOをアピールした瞬間、電話がかかってくる。「ちょっとごめん」とコタツの上の携帯を取った勢いで応答する。
「もしもし。あ、雄輔? ほんと!? おめでとう。……私も受かったよ。春から一緒だね。よかった」
雄輔は合格していたらしく、目の前にはそれを本気で喜ぶ早紀の姿があった。僕はその電話をどういう顔で聞いていればいいのかと思うどころか、こうして彼女の会話を聞いていることすら悪いことのように思えてならなかった。彼女の一言一言がナイフのように僕に突き刺さり、その間、憎しみのような感情がこみ上げてくるのをふつふつと感じていた。しかし、その感情を誰にぶつけたらいいのか、何にぶつけたらいいのか、僕には分からなかった。
彼女の電話が切れる頃には、僕は平静を装うのがやっとだった。
「雄輔は受かったみたい」
「……それはよかったね」
彼女は、ふふ、と愛想笑いのような笑みを浮かべる。「なんか気持ちこもってないね。まあ仕方ないか」
僕が何かを言おうとすると、彼女は何かに気がついたように手を叩く。間髪を容れずに彼女は続ける。
「あ、ってことは三人全員私立も公立も受かったってことか。すごーい!」
彼女のそれが本当に心からの言葉であることは明白だった。彼女は明らかに、誰かを傷つけようとか貶めようなんて気持ちを一つも持っていない。藤原早紀という人間は、自分がこうやれば皆が幸せになるだろうと確信していつも行動し、勘違いして勝手に空回りする人間の気持ちなど考えない。気づかない。
だから誰も責められず、僕みたいな人間はストレスばかり溜まってしまう。彼女は本当にいい人すぎる。だから低俗なものや枉惑なものや下品なものを無意識に頭の内から消してしまうのだろう。その事実に気づけば気づくほど、僕は自分が嫌いになる。
「じゃ、今から雄輔と遠野行ってくるね。合格おめでとう!」
ああ、と返すと、彼女はゆっくりと部屋を出ていった。合格おめでとう、という言葉が宙に浮いたままこの部屋を彷徨っていた。僕は未だ、それが取って付けただけの言葉にしか聞こえない。
僕たち三人は、私立、公立共に全て合格し、春から全員が志望校に進めることが決まった。さっき自分も言った通り、これは喜ぶべきことに決まっている。じゃあ、どうしてこんなに悲しいのだろう。どうしてこんなに落ちたほうがマシだとすら思えるのだろう。
太陽が窓の外に顔を出したので、あわててカーテンを閉じる。
- Re: 2006年8月16日 ( No.52 )
- 日時: 2018/04/21 00:37
- 名前: をうさま ◆qEUaErayeY (ID: djMAtmQc)
そのとき僕は、見たこともないような大群に揉まれていた。
信号待ちの間、一息つくために空を見る。狭い空には雲が居心地悪そうに浮かんでいる。辺りには岡山なんかには存在しないほどの高層ビルが立ち並んでいて、雰囲気に圧倒される。
「……なんだこれ」
小さく呟く。辺りにはいくらでも人がいたが、都会の喧噪にかき消されきっと誰にも聞こえていない。
……僕は今、東京にいる。現在は渋谷駅付近を歩いていて、あのスクランブル交差点が目の前にある。この異常なまでの人の多さは東京駅で新幹線を降りたときからそうだったが、未だに慣れない。
しかも駅の一つ一つが馬鹿みたいに広く、線が意味不明なくらい多い。しかも駅の数も多いから乗り換えアプリが必須である。
事の始まりは、今から一週間ほど前に遡る。
あのとき、えんさんから来たLINEのメッセージを見て我が目を疑ったのを覚えている。一週間後に東京でオフ会します、というメッセージと共に、例の掲示板のURLが貼られていて、飛ぶと「2014年春、オフ会決定!」というタイトルのスレッドに、それの詳細がかなりの文字数で書かれていたのだった。
本心では行きたかったが、流石に完全な部外者ということで断ろうとしたら、君に来てほしいのはメンバー全員の意向だ、と言って貰えたし、半ばダメ元で頼んだ親にも「行ってきなさいよ」とあっさり承諾を貰ったので、割と簡単に僕の東京行きが決まったのだった。
……どの方角を向いても、東京だ、と実感する。これは夢なのだろうかと一瞬疑ってしまうほど現実離れしていた。土曜日の昼すぎということで、いつもより人は多いのかもしれない。
青信号になり、周りの人が一斉に歩き出す。ガゴン、と右手で引くキャリーバッグが段差で音を立てる。
東京は暑かった。半袖の人がもう既に何人かいて、そうじゃなくとも僕みたいに薄着である人たちが大半だった。スーツを着たサラリーマンたちが浮いて見えるほどだ。
今日、昼の一時に渋谷のスタバで待ち合わせな! とえんさんに言われたが、今調べてみると渋谷駅周辺にスタバは20件近くあるのでどこの店舗に行けばいいのか分からない。仕方なくLINEで聞くとTSUTAYAのスタバだと言われた。それは目の前にあるからすぐにたどり着く。
そこは一面ガラス張りで、異様な存在感があった。窓際に見える座席は既に全席埋まっているみたいで、カップルやノートパソコンを広げている人の他に、外国の人が多く見えるのが印象的だ。
「どこにいるんだろ」と、ぽろっと口から出る。先程と同じようにそれは周りの音でかき消された。待ち合わせって言われても、これだけ人が多かったら流石にどれがえんさんで、向こうからしたらどれが僕なのか分かるわけがないのは明白である。
とりあえず中に入ってみる。レジにかなりの人数が並んでいたが、なんとなく自分がいるべきポジションが分からず端の方へ歩み寄ってしまう。よく見てみると周りにも似たような人たちがそれなりにいた。きっと人を待っているのだろう。
スマホを出し、えんさんにLINEでも送ろうかと思った瞬間、後ろから声をかけられる。
「あ、君、コウセイくん?」
僕は驚いて振り返る。それは背の高い男の人で、見たところ、30代……ぐらいに見える。いや、そんなことはどうでもいい。なぜ僕の名前が分かったのだろう。この人は超能力者か何かなのだろうか。
「あ、俺えん。あの、掲示板の」
言われた瞬間、え!? ぐらいしか言えず、ひどく取り乱してしまったが、少ししてやっと事態が飲み込めてくる。声がSkypeで聞いたことのある声だった。
「……あ、えんさん。あなたが」
僕は、下から上になめ回すように、彼をまじまじと観察してみる。いかにも大人といった感じの落ち着いた服装で、身長は180センチほどだろうか。背が低めの僕の前に立たれてしまうと、見上げないと彼の顔が見えない。
「なんで分かったのって顔だね。周りを見回してごらん。中学生ぐらいの男の子で一人なのは君しかいないよ」
周りを見てみる。何度見てもお洒落な店内である。確かに、これだけの人数がいるのにも関わらず自分と同じぐらいの歳であろう人が全然いない。中高生らしき人たちもいるにはいるが、それらは友達と一緒にいるような人たちばかりで、一人だけというのは確かに自分以外に一人もいなかった。
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