ダーク・ファンタジー小説
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- 【完結】2006年8月16日
- 日時: 2018/09/07 04:09
- 名前: をうさま ◆qEUaErayeY (ID: D28jR39t)
>>3-37 >>40-55 >>58-72
2015冬大会 管理人賞
2018夏大会 金賞
感想などもお待ちしてます
Twitter:@STsousaku
- Re: 2006年8月16日 ( No.7 )
- 日時: 2016/01/28 00:45
- 名前: をうさま ◆qEUaErayeY (ID: bFAhhtl4)
「あのスーパーに行くか」
彼はすでに歩き始めていたらしく、スーツ姿の背中だけが見えた。
あのスーパーにはもう何年も行っていない。
家から近く品揃えも豊富なあのスーパーへは、僕が小学生の頃家族でよく買い出しに来ていた。
が、新しいスーパーが一駅先にできてからは、自然と来なくなっていた。
元々車での移動だったので、距離はさほど重要ではなかったこともあり、価格が安い新しいスーパーに行くようになった。
「それにしても、すごい雨だな」
僕の1メートル先を歩く父さんが、前を向いたまま呟いた。その声は雨音にかき消されそうだった。
彼は思ったことをすぐ態度に表さないタイプだが、その口調はこの雨にうんざりしているようにも見える。
ただ、駅からスーパーまでは近かった。
店内に入ると、すぐに傘をビニール袋に入れた。
僕は歩き、父さんについていった。
当然といえば当然だ。雰囲気や物の配置は、やはり変わってしまっている。
悲しいのは当たり前だ。今まで誰もが感じてきたことであろう。
「なんか要る物あるか」
言われたので、適当にその場にあったポテチをカゴに入れておいた。先に、カゴには二種類のカレーの素と、ニンジンとジャガイモが入っていた。
父さんは、僕の入れたポテチを見て微妙な顔をしながらレジに向かった。当然、僕もついていこうとした。
その時、陳列棚の隙間からとある女の子が見えた。そして僕とほぼ同じ瞬間にあちらも僕の存在に気づいた。
目が合ってしまったと思ったとき、僕はすぐに目を逸らした。ただそれだけのことが何故かものすごく恥ずかしくなって、すぐに僕はその場を去った。
会計を済ませ、買ったものをレジ袋の中に詰め込んだ。
寒いのは分かっている。僕は逃げるように店内から出て、まだ雨が降っていることを確認すると、すぐに傘を開いた。
父さんが片手で傘をさそうと四苦八苦しているのを見て、僕は彼の手からレジ袋を奪い取った。すぐに僕の腕に重みが伝わり、礼を言う父さんの声が聞こえた。
僕たちは凍える寒さに耐え、半ば勢いだけで夜道を歩いていった。
焼肉屋の横を過ぎたとき、腹が鳴った。
足が疲れてきた。歩くのが面倒だなとは思いつつも、口に出すのはもっと面倒だ。
寒さに耐えながらさまざまな知略を巡らせた結果、何も言わないほうがいいという結論に行き着いた。
その一連の思考回路に、我ながら、馬鹿だなぁとため息がでる。
この通りに入った途端、いきなり人気がなくなり、道は真っ暗になる。
この雨なので当然だが、服がびしょびしょに濡れていた。気持ち悪かったが、我慢するしかなかった。
どうせ、まだ雄輔は塾にいるのだろう。進むべき道を正しく進んでいるんだろう。
この暗く寒い中、雨に濡れ歩く今の僕が惨めにしか見えなかった。
「なぁ、父さん」
「ん?」
暗闇の中、少し遅れて返事が返ってくる。
僕が感じているこの不安感。僕より何年も早く生まれ、何年も先に中学を卒業して、何年も前にさまざまなことを経験している父さんなら解ってくれるのだろうか。
「父さんって、俺の歳ぐらいのとき、どんな感じだった?」
さまざまな疑問が僕の頭上に飛び交う中、訊くしかないという気持ちで飛び込んだ。
「懐かしいなぁ」
「……えっ?」
それは予想外の返答だった。
「いや、将来のこと、不安で仕方ないだろ。懐かしいなぁ、僕が香征ぐらいの歳のときもそうだった。」
僕は何も言えず、彼の方を向くだけだった。
その後ろ姿はどことなく力強く見えた。
右に曲がると、住宅街が見えてくる。ここまで来れば、家はあと少しだ。
結局、それから僕は父さんに何も言えなかった。
- Re: 2006年8月16日 ( No.8 )
- 日時: 2016/02/07 19:30
- 名前: をうさま ◆qEUaErayeY (ID: bFAhhtl4)
風呂上がりに寄ったリビングは、カレーの匂いで充満していた。
母さんはつくったご飯を皿に盛っていて、父さんはお笑い番組を見ることに熱中していた。
思えば、父さんのこんな姿を以前どこかで見たことがある。と思い出してみると、何週間か前にあった、野球の日本シリーズ第七戦のときだと解った。
つられて僕も椅子に腰かけ、テレビをぼんやりと眺めた。番組の右上にある「年末」という文字を見て、月日が流れることの早さを感じた。
「ちょっと、あなた、ご飯よ」
母さんはカレーをテーブルの上に置いて言った。あ、ちょっと待ってくれ、と予想通りの返事が返ってくる。
やっぱりといった顔で、母さんはさらに台所からサラダを持ってきた。
「お父さん!」
今度は僕が父さんを宥めた。「わかったわかった」と、彼はついに観念したようにテレビから目を離した。
「あ」
いよいよご飯に手をつけようと思ったとき、思い出した。
僕はすぐに台所に向かい、冷蔵庫から卵を取り出す。そしてすぐに食卓に戻り、それをカレーの上に落とした。
すると、どこからともなく、相変わらず味覚が子供ねえ、と母さんの自慢げな声が聞こえてくる。
昔から、そう言われる度に不思議に思っていた。
大人でも辛いのが苦手な人は大勢いると思うし、まず僕はまだ中学生なはずだ。
そもそも、辛いものを食べられるのが大人なんて誰が決めたのだろうか。あまりにも信憑性のない意見だろう。
……と、だんだんヒートアップしていく考えを打ち止め、カレーと一緒に飲み込んだ。
極力荒波を立てずに過ごしたほうがいいだろう。どうせ今反論しても、辛口なコメントを浴びて終わりだと思った。
「今年ももう終わりだな」
父さんが言った言葉が、なぜか満足げな声色だった。見ると、僕や母さんはまだ食べているのに、父さんだけカレーを食べきっていた。
彼が言うその言葉は、毎年、年の瀬になるたびに誰もが言う言葉だが、今ばかりは、去年や一昨年とは違って聞こえた。
当たり前だ。来年にはいよいよ受験があり、そしてその先には高校生活が待っている。
「勉強、うまく進んでるか」
見ると、父さんと母さんは黙って僕を見ていた。
正直、やめてほしいと思った。それも突然、夜ご飯を食べている最中に。
「……大丈夫だから、ほっといてよ」
やさしめに言ったつもりだが、もう一度その言葉を咀嚼してみると、少しだけ厳しい口調のように感じた。
見ると、二人の頬は強ばっていた。その、僕と目の前の両親とのニュアンスの齟齬にますます腹が立った。
僕は食べきったカレーの皿を流し台に置き、さっさとリビングから出ていった。ここに置き忘れたものなど一つもない。
僕はリビングから出ていって初めて、外の寒さに気がついた。
冷たいフローリングの床を素足で歩いていく。階段を何段か上がったとき、鳥肌が立った。
自分の部屋に戻り、ベッドに倒れこむ。
気がつけば、僕はいつも失敗ばかりしている。なんで、あの部屋からすぐに出ていってしまったのだろう。
すぐに謝ればよかったものを、僕はあの場から無様にも逃げた。
僕は嫌なことからいつまで逃げ続けるつもりなんだ。
あの時僕が言った言葉。そしてそれを聞いた、あの両親の顔。その表情を見たとき、泣きそうなくらい悔しかった。
暖房の暖かい風が僕の頬をさわる。自然と涙が出て、ゆっくりと頬を伝っていった。
- Re: 2006年8月16日 ( No.9 )
- 日時: 2016/03/12 09:50
- 名前: をうさま ◆qEUaErayeY (ID: 2Ln5gotZ)
「ジリリリリリ!!」
はっと目が覚める。
驚いた。いつの間にか、電気をつけたまま寝てしまっていたようだ。
色々と慌てたが、落ちついてとりあえずこの騒々しい目覚ましを止めた。
目覚ましを止めたが、ベッドからはすぐに降りなかった。今日は学校ではない。——昨日、目覚まし機能を止めておくのを忘れてたのか。
僕はゆっくりとベッドから降り、机のほうに歩み寄った。そういえば、せっかくの冬休みなのに、やりたいことが何一つとして見つからない。
雨はもうやんでしまっているようだった。
僕は椅子に腰かけ、パソコンの電源をつけた。カーテンから洩れた光は、ため息の色をしていた。
パソコンが起動し、ブラウザを開くと、今日の日付が表示された。12月24日。どこからどう見ても、そう書いてあった。
気づくと、その字をずっと見ている内に、いつの間にかゲシュタルト崩壊していた。
それでも、今日がクリスマスイブだという事実はなぜか具体性をもって僕に突きつけられた。
ブックマークから、毎日見ている掲示板を開くと、スレではとあるフリーゲームの話で盛り上がっていた。
そのゲームは今年発表された話題作で、どこに行っても皆その話を耳にする。
別にやりたいとは思わなかったが、とりあえずやっておかないと皆の話についていけなくなるし、どうせ冬休みで暇なのでダウンロードすることにした。
さまざまなフリーゲームの詳細が載っているホームページを開くと、懐かしいにおいがした。
このサイトも久しぶりに開いた気がする。デザインは全く変わっていなかった。
ずっとスクロールしていくと、一つのゲームが目についた。
そのゲームの詳細情報を見てみる。「とある夏の日に、日本の田舎町で起きた物語」とだけ書かれていた。
時計の秒針がやけに近く聴こえた。自分でも、こんなものに興味を示す意味が分からなかった。
そして、さっき聞いた話題作など、もうどうでもよくなってしまっている自分がいた。
つい一分前まで不思議に思っていたことの意味が、やっと分かった。
何よりも、この寒い冬という季節に、蝉の鳴き声や、気温が三十度を越えていたり、皆薄着で外を歩いているという姿が想像できなかった。
夏になってもそんなことが起こるようには思えなくて、同時に、この冬を越してずっと待っていても夏が訪れるようには到底思えなかった。
このサイトはフリーゲームを人気順にランキングする内容のもので、近頃話題になっているゲームは全て上位に並んでいる。例えば、さっき掲示板で話題になっていたゲームも同様で、ここではランキング一位になっている。
ただ、やけに僕の目にとまったこのゲームは、どう考えても話題作と呼べるものではなかった。ランキングを見てみると、圏外と表示されていた。
ダウンロードページに移動したが、このゲームに対するコメントは何一つとして付けられていなかった。
とはいえランキング圏外ならそのぐらい普通で、僕はすぐにダウンロードを開始させる。
スペックの低い僕のパソコンでは、ダウンロードに時間がかかる。パソコンに負荷がかかって、CPU使用率がどんどん上がっていく。
ダウンロードが終わるまでずっとここで待っているのも嫌なので、ふと、この部屋から外へ出てみたくなった。
- Re: 2006年8月16日 ( No.10 )
- 日時: 2016/07/01 20:06
- 名前: をうさま ◆qEUaErayeY (ID: bTobmB5Q)
部屋から出たとき、頬に冷たい風を感じた。
頬を触ってみる。カサ、と微かに聞こえ、少し痛い。
手を離した後に残っていたのは、乾燥している、切り傷そのものだった。
階段を一段、一段と降りていく。眠いな、と思い、目を擦ってみると、あろうことか昨日流した涙がまだ残っていた。そして、ちょっと温かかった。
この廊下で温もりをもったモノが、この涙以外存在しないように思え、ちょっとだけ切なくなった。
リビングには、誰もいなかった。
ホッとしたのは、昨日のことを考えると、今親に会うのはちょっとキツいからだろう。
すぐそこにあった雑誌を手に取ると、クリスマス特集などと浮かれた記事を掲載していた。
僕は小さくため息をついて、この部屋から出ていく。自分でも何をやっているのか分からなかった。
結局、下に降りても、不快な気持ちになっただけだ。
正直、読むのがもう辛かった。
よく見ると、このゲームはところどころ絵や文章がおかしい。
今までランキング圏外なら当たり前だと思って割りきってきたが、もうそれも辛くなってきた。
——なぜ、このゲームに惹き付けられたのだろう?
そんな単純な疑問が、頭に浮かぶ。
最初のほうに出てきた伏線はそのまま忘れ去られているし、稚拙な文章と、バランスがおかしい絵とのコンボは見ていて辛い。
全体的に、この物語には惹き付けられない。
時計を見るともう昼をまわっている。いい暇潰しにはなったと思うが、今一つ腑に落ちない点があった。
「昼ごはんよー!」
下から聞こえてくるのは、他でもない、母さんの呼び声だった。
きっと、父さんに言った言葉なのだろう。
そのとき、ドアが開いた。「香征、寝てるの?」
「ん?」
声のほうを向くまでもなく、それは母さんの声だった。
昨日のことを思い出す必要もないほどに、体が覚えていた。手が震えていた。
僕は母さんのほうを見ることができなかった。すぐ行くよ、とだけ言うと、ドアは閉まった。
まさかと思った。昨日あんなことがあったのに、普通に絡んでくるとは思えなかったのだ。
実は、断ろうとも少しは考えた。昼ごはんぐらい抜いたって別に構わない。
だけど、その誘いを断る理由が見つからなかった。
- Re: 2006年8月16日 ( No.11 )
- 日時: 2016/03/28 16:44
- 名前: をうさま ◆qEUaErayeY (ID: 8sjNuoVL)
下に行くと、今まで緊張で張り裂けそうだった僕の心を優しく踏みにじるかのように、二人は僕を迎えてくれた。
「おはよう、ご飯、できてるわよ」
「もう昼だよ」
僕が椅子に座ると、母さんが僕の向かい側の椅子に座り、右側に座っていた父さんは持っていた新聞をテーブルに置いた。目の前にはうどんが三つ置かれていた。
目の前に置いてあったうどんを二人はすすっていく。テレビでは、いつものごとくニュースを放映する。この空間に、当たり前のように僕が存在していた。
静かな朝だ。今まで僕の心を蝕んでいたものを、それはあまりにも簡単に溶かしていった。
うどんを一回すすった後、頬をさわってみると、さっき感じた乾燥はとっくに消えていた。
その時、インターホンが鳴った。
僕がちょうどうどんを食べ終わった時だった。先に食べ終わっていた母さんが、すぐにインターホンの近くに向かう。
母さんはモニターを見て驚いた顔を一瞬浮かべた。何だろうと思って見ていると、とある女の人の声が聞こえてきた。
「突然すいません、お久しぶりです。」
早紀だった。
名乗らなかったが、確かにそう感じた。
半年ぶりに聴くその声は、前と全く変わっていなかった。
「香征、早紀ちゃんよ。久しぶりに見たら前より可愛くなってるわねー。……香征?」
「あぁ……、ごめん。行くよ」
僕は重い体を引きずるように、リビングから去っていった。
いつもより長く感じた廊下を過ぎると、すぐに玄関だ。このドアの向こうには、早紀が立っている。
彼女は一体、何しにきたのだろう。
「久しぶりだね、香征」
綺麗に、なっていた。
二年ぶりに話す早紀は、息をするのを忘れるほど変わっていた。
「……あぁ、久しぶり」
言葉が出なかったが、なんとか声がでた。
「ところで、今日お越しの向きは?」
「なんでそんなに堅苦しいの」彼女は笑いながら、こう話を続けた。「特になにもないよ。久しぶりに会ってみよっかなーって思っただけ」
その笑い声がどこか嫌みに感じられたとき、同時に、幻滅してしまっている自分がいることに気がついた。
なんだ。ただ早紀も、雄輔と同じか、と。
大方僕を笑い飛ばしにきただけだろう。そう思うとなぜかだんだん早紀が憎く思えてき、目の前でほのかに笑っていることがさらに苛立ちを増幅させた。
「……勉強忙しいでしょ? 僕なんかに構ってて大丈夫?」
雄輔含め、もう二度と会いたくない。早紀にはさっさと帰ってもらいたい。
この場を収めるには、このぐらいの言葉で充分だろう。そう思った。
だけど。
早紀の表情が先ほどと一変した。
目映いばかりの陽の光を背景に早紀の目から溢れた涙は、キラキラ輝いていた。僕は何も言えず、彼女を見ていた。
「香征、ごめんね。今まで会ってあげられなくて……」
涙は頬を伝っていき、地に落ちた。
言葉を失った。何を言おうとしても、それが声にならなかった。
僕は今まで、綺麗な人は、笑顔が一番素敵だと思っていた。
でも、彼女の涙に心を奪われた。これほどまでに綺麗な涙を見たことがなかった。
彼女は目を隠すようにしているが、内から途方もなく溢れてくる涙は、そんなことお構いなしとばかりに指と指の間をすり抜けていく。
僕は自然と、彼女の頬に手を当てていた。
彼女が驚いて僕を見る。その綺麗な瞳に晒され、自分の行動に初めて気づいた。
突然恥ずかしさが襲ってきて、頬からすぐに手を離した。後には、彼女のやわらかな感触だけが残っていた。
彼女の驚いた表情は、やがて、微笑みへと変わった。
「はは、なんで今ほっぺ触ったの」
早紀の後ろから、あたたかな陽射しが注ぎ込む。それが彼女を優しく照らした。
さっきまで僕を包んでいた怒りという名の感情なんて、もうとっくに忘れていた。何より、彼女の涙にすべてを奪われた。
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