ダーク・ファンタジー小説
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- 死んで花実が咲くものか
- 日時: 2022/03/05 12:06
- 名前: わらび餅 (ID: 5Zruy792)
神様が、憎かった。
願って縋って嘆いた先、待っていたのは地獄だった。
生きたい。
生きたい。
まだ、生きていたいのに。
死神の足音は、すぐそこまで迫っていた。
***
死んで花実が咲くものか
生きていてこそいい時もあるので、死んでしまえば万事おしまいである。
──goo国語辞書より引用
※読む前に
・流血、暴力表現あり
・死ネタ
・魔法等の類ではありませんが一応ファンタジー
・現実にはない病気が主題
元題「いつか花を。」です。
以上のことをふまえ、お進みください。
*目次
・序章 >>1-14
・一輪目 『勿忘草』 >>16-32
・二輪目 『アイビー』 >>33-37
*お客様
・ゼロ様
・祝福の仮面屋様
・nam様
*2018年5月27日 参照1000突破
*2019年6月11日 参照2000突破
*2020年6月11日 参照3000突破
*小説大会2020年冬にて銀賞をいただきました
*2021年1月29日 参照4000突破
*小説大会2021年夏にて金賞をいただきました
*小説大会2021年冬にて金賞をいただきました
*2022年1月29日 参照5000突破
- Re: 死んで花実が咲くものか ( No.34 )
- 日時: 2021/07/26 01:35
- 名前: わらび餅 (ID: ysRqUZCY)
二人の背を追いかけながらたどり着いたのは、これまた大きな扉の前だった。ここに来るまでに、一体何部屋あるんだろうかと疑問に思うほどの数の扉を通り過ぎたが、その中でも特別大きなものだった。道中、仕立てのいい服を着た大人たちがこちらを見るなり恭しく頭を下げる、なんてことも何度かあり、ここが自分とは違う世界の人が住む屋敷なのだと身をもって感じた。
「この中で姉様がお待ちだ。くれぐれも粗相のないように」
「はいはい」
「お前は口を開くな」
「仕事になりませんが?」
相変わらず軽口のようなものをたたきあう二人に、本当は仲がいいのではないかと思いながら扉へと向き合う。この先で、彼のお姉さんだという人が待っている。彼の話を鵜呑みにするのならば、まるで女神のような人が。
期待と少しの緊張を抱えながら、彼が慎重に手の甲で扉を三回鳴らすのを見つめた。
「姉様。ヒガンを連れてまいりました」
お兄さんと話している時とは打って変わって、どこまでも優しい声色にぎょっとする。このような声から罵詈雑言が飛び出してくるなんて夢にも思わないほどに、甘い声だった。
「──どうぞ、お入りになって」
扉の向こうから、高く、けれど凛とした声が返ってくる。
彼は短く息を吐き一拍置いたあと、ゆっくりと扉を押し開けた。できるだけ音をたてないように。彼の、そのそこまでも姉を想う気持ちに感嘆を覚えつつ、開いていく扉の先を見つめた。
「よく来てくださいました、ヒガン──あら」
視界の隅で、白い羽が舞った。
そう錯覚するほどに、言葉にならないほどに、目の前の彼女は可愛らしかった。
双子、というのは確からしい。彼とそっくりの顔立ちに、同じ色の瞳。ふわふわの髪は彼女の肩まで伸びていた。けれど、その髪の色だけは彼と違った。穢れを知らない、真っ白な髪。まだ村にいたころ、物知りのおじいさんに聞いた「天使」のようだと思った。神様の使いで、彼女の髪のような真っ白い羽が背中に生えているのだという。モネさんが言っていた、人魚のことを教えてくれたのもそのおじいさんだった。おじいさんは不思議な話をたくさん知っていて、村の子どもたちに語って聞かせていたのだ。あの子はあまり、おじいさんの話が好きではなかったみたいだけれど。
懐かしい記憶に思いを馳せながら、目の前の少女を見つめる。目を奪われる、というのはこういうことなのだろう。
「ふふ、可愛らしいお客様もいらしたのね。ようこそ。お名前を聞いてもいいかしら?」
「……ロゼ、です」
「ロゼ。いいお名前ね、素敵だわ。わたしはヘデラ。この子は弟の──」
「ヘデル。覚える必要はない」
「ヘデル?」
「…………よろしく、お願いします」
どこか圧を感じる笑みをヘデラさんに向けられ、彼──ヘデルくんは、渋々、本当に渋々、私たちに頭を下げた。どれだけ嫌がっても、ヘデラさんの言うことは聞くらしい。本当にお姉さんのことが好きなんだな、と改めて感じた。
「それで……約束のものですけれど。持ってきていただけたのかしら」
「ええ。ここに」
ヘデラさんに答えたあと、お兄さんが腰の小さい鞄から取り出したのは、液体が入った瓶だった。乳白色のそれがちゃぷちゃぷと揺れている。あれが、お兄さんの言っていた「飲むなら死んだ方がまし」という薬だろうか。見た目はさほどおぞましいものではないが、お兄さんの話を聞いたあとだと少し身構えてしまう自分がいる。これを、ヘデラさんが。
「──確かに、受け取りました。ありがとう、ヒガン」
「最初にもお話しましたが、飲むときはくれぐれもお気をつけて」
「お気遣いありがとう、優しいのね」
「……いえ、仕事なので」
「ふふ、素直じゃないところも素敵だと思うわ。……できれば、これを作った方にもお会いしたかったのだけれど」
「あの人は……少し、難しい人なので。すみません」
「ああ、いいの。わかっています、そういう約束だもの。直接お礼を伝えたかっただけだから。報酬も、あなたにお渡しすればいいのよね?」
「ええ」
この薬を欲しがるということは、ヘデラさんも花咲き病患者なのだろうか。でないと欲しがる理由なんてないとは思うが、彼女があまりにも──普通、というか、これから死に向かう人には見えなかった。
「姉様、これ以上はお体に障ります。お客様にはお引き取りを──」
「少し下がっていなさいヘデル。私がいいと言うまで発言を禁じます」
「──はい。申し訳ございません姉様」
ぴしゃりと言い放ったヘデラさんに、思わず息をのむ。可愛らしい顔に反して結構はっきり言う人なのだな、とこっそり驚いた。少しだけヘデルくんがかわいそうに思えて、心の中で応援をした。
「報酬はしっかりとお渡しします。はじめにおっしゃっていた額の倍を」
「……なぜ、とお聞きしても?」
「もちろん、聞いてもらわなくても言っていたわ。……ひとつ、お願いがあるのです。優しいあなたに」
「話は聞きますよ。必ずお受けします、とは、お約束できませんが」
「あなたはきっと受けてくださるわ。もうすぐ死にゆく女の、些細なお願いですもの」
にっこりと笑うヘデラさんとは対照的に、お兄さんは苦笑いを浮かべた。なんだか、彼女にはお兄さんも強く出られないようだった。なんとなく、わかる気がする。可愛らしい天使のような彼女だが、どこか迫力がある。彼女に挟む口など、決して許されない。そんな迫力が。
一体どんなお願いなのだろう、と少し緊張しながら待っていると、彼女の口がゆっくりと開く。そうして放たれた言葉は、とても意外なものだった。
「──私たちに、思い出を作ってほしいの」
- Re: 死んで花実が咲くものか ( No.35 )
- 日時: 2021/09/18 19:49
- 名前: 祝福の仮面屋 (ID: siKnm0iV)
お久しぶりです〜
見ましたよ、ダーク・ファンタジー板の金賞受賞おめでとうございます!
- Re: 死んで花実が咲くものか ( No.36 )
- 日時: 2021/12/04 17:34
- 名前: わらび餅 (ID: b5jqtspc)
祝福の仮面屋様
お久しぶりです!
わ~!!!ありがとうございます!自分でもびっくりしました。まさか金賞をいただけるなんて……!
とてもゆっくり更新ですが、これからも見ていただけると幸いです。
コメントありがとうございました!
- Re: 死んで花実が咲くものか ( No.37 )
- 日時: 2022/03/03 23:33
- 名前: わらび餅 (ID: 5G1Y6ug9)
「……わかりました」
ヘデラさんの言葉に少し考える素振りを見せたあと、お兄さんはそう口を開いた。
「ふふ、そう言ってくれると思っていたわ」
ヘデラさんは、にっこりとその綺麗な顔に微笑みを浮かべた。それがあまりにも美しくて、思わず魅入ってしまうほどに。そして両手を合わせて、パチンと叩いた。
「では早速行きましょうか、思い出作りに」
「……は?」
さすがのお兄さんもその言葉は予想していなかったようで、普段は聞けない少し間の抜けた声が飛び出ていた。そんなお兄さんには目もくれず、ヘデラさんはいそいそと立ち上がる。
「善は急げ、という言葉をご存じ? 東の国に伝わることわざなのだけれど。良いと思ったことは、ためらわず、すぐに行動するという意味だそうよ。私はこの言葉が大好きで、人生の目標にもしているの」
「……それが今、ということですか」
「姉様に文句をつけるつもりか貴様、身の程をわきまえろ」
「ヘデル、誰の許しを得て発言しているのかしら」
「申し訳ございません姉様!」
突然出てきたヘデルくんはお姉さんにぴしゃりと叱られ、スッと彼女の傍に控えた。そんな彼を呆れたような目で見つめた後、お兄さんはヘデラさんに向き直った。
なんだか、この双子の関係性が分かってきたような気がする。
「文句を言うつもりは毛頭ありませんが、今からとなると……なにも準備できていませんし」
「あら、それなら問題ありません。もう、行きたいところも、やりたいことも決まっているもの。ヘデル、出かける準備をしなさい。すぐにね」
「かしこまりました」
そう言って、ヘデルくんは颯爽と部屋を出ていった。
なぜかあっという間に出かけることになってしまった。ちらりとお兄さんのほうに目を向けると、彼は心底いやそうだったた。顔はにこやかだけれど、目がそう言っている。間違いない。
「ロゼ、大都市に行ったことはある?」
「大都市……お兄さんと、一度だけ。でも自分で行ったことは……」
この国には、東西南北それぞれに大都市が存在する。私は地図の上でしか見たことがないが、どこも人が多く栄えているのだとか。ここから近いのは、西の大都市だ。あの子が一度出稼ぎに行ったとき、高い建物がたくさんあったと聞いて驚いたのを覚えている。私もついていくと言ったのだが、頑なに許してくれなかったのだ。あの子は私が外に出ることを酷く嫌がっていた。そのため、私は村の外に行ったことがない。もちろん、大都市にも。
西の大都市といえば、ハイル先生がいた場所だ。そして、あの人に攫われた場所でもある。「殺されてあげる」と約束した、あの人。彼は今、どうしてるだろう。
あの日の記憶に浸っていると、突然ぎゅっと両手を握られた。美しく可憐な顔が目の前に迫っていて、思わず息をのんだ。
「実は、私もないの! ないというか、仕事で行ったことはあるのだけれど……観光したことがないの。ヘデルも私も、生まれてからずっと家のことばかりで、遊んだことなんてなくて。だから、楽しい思い出を作ってあげたいの。私があの子のそばにいられるうちに。……ああでも、ごめんなさい。急なことで驚かせてしまったわね。ねえヒガン、このあとなにか予定はあったのかしら」
「急ぎのものは特にありませんよ。今日はヘデラさんに薬を届けるだけでしたから」
そうお兄さんが答えると、ヘデラさんは花が咲いたように笑った。
「そう、よかった! なら思う存分連れ回せるわね」
「はは……お手柔らかに」
「ふふ、楽しみだわ。ヘデルも今頃そわそわしながら準備しているわよ、あの子はそういう子だもの。かわいいでしょう?」
「そうですね、子犬みたいで可愛らしいです」
本当にそう思っているのだろうか。そう尋ねたくなるほどお兄さんの目は笑っていないが、尋ねたところで応えてはくれないだろう。私はそっとお兄さんから目を逸らした。
(……お出かけか)
慣れない言葉に、自分の気持ちが浮つくのがわかる。ろくに村から出たことがなかった私にとって、外の世界は少し怖い。あの子にそう教えられてきたというのも大きいのだろうけれど、どうしても他人の目が気になってしまうのだ。この病気にかかってからは、特に。道行く人々全員が私のことを見ている気がして、怖い。絶対に違うと分かっていても、自分の肌に這う茨のついた茎がどこからか見えてしまっているんじゃないかと、心臓がどくどくと鳴り響く。だから、外の世界は怖いのだと聞いて安心していた自分もいた。あの子が出なくていいと言うから、外の世界は恐ろしいから、だから、私は閉じこもっていていいのだ、と。
「……ロゼ? 大丈夫かい?」
お兄さんが私の顔を覗き込みながら、そう声を掛けてきた。その声にはっとして、目線を上げる。慌ててこくりと頷くと、彼はじっと私の顔を見つめた。その金色の瞳に吸い込まれそうになりながらも、「なに?」と尋ねる。
「……いや、なんでもない。大丈夫ならいいんだ」
逸らされた瞳に、内心ほっとする。元々誰かに見られるのは苦手だが、お兄さんに見られるは更に苦手かもしれない。全てを、見透かされているようで。けれど、同時に少し安心する。この目は、きっと、村の彼らのように私を見ることはないのだろう。そこには嫌悪も侮蔑もなく、ただひたすらに『研究対象』としての興味だけがある。それが、私にはひどく居心地がいい。この人の隣にいて、手を引いてもらえれば、きっと、外の世界も怖くない。そんなことを思いながら、ヘデラさんたちの準備が終わるまでお兄さんの隣で時間を過ごした。
私は知らない。ヘデラさんの楽しそうな声を聴きながら、自分の頬が緩んでいたことを。それを、お兄さんが目を細めて見ていたことを。私は、なにひとつ知らなかった。
- Re: 死んで花実が咲くものか ( No.38 )
- 日時: 2022/09/22 21:40
- 名前: わらび餅 (ID: QHlX.g1E)
見渡す限りの人、人、人。すれ違う人の目がこちらを向いているような気がして、私は下を向いた。お兄さんと繋がれた手を頼りに、人々の間を縫うようにして歩く。時折躓きそうになると、繋がった方の手がそっと引かれた。その度に、自分は今ひとりではないのだ、とほっとした気持ちになる。ひとりでは、きっと怖くて歩けもしなかっただろう。
私たちは今、ヘデラさんたちと一緒に西の大都市へと赴いていた。
「ねえヒガン、あれはなにかしら?」
「あぁ、あれは今流行りの食べ物で──」
機嫌良さそうに明るい笑顔を振りまきながら、ヘデラさんはお兄さんにあれこれと質問をしている。その隣で、ヘデルくんもどこかそわそわとしていた。ヘデラさんの言う通り、楽しみにしていたのかもしれない。そう思うと、その容姿も相まって可愛らしく見えてしまう。本人に言ったら、絶対に怒られるだろうけど。
「食べてみたいわ! いいでしょうヒガン」
「いいですけど……誰が並ぶんですかあの行列に」
「あら、もちろん全員でよ。こういうものに並ぶのも夢だったの!」
「おいヒガン、姉様のおっしゃる通りにしろ!」
「……はあ」
双子に振り回されながらも、嫌とは言わずに付き合っているお兄さん。仕事だと割り切っているのだろうけれど、その姿はまるで家族のようだ。
(……いいな)
家族なんて、あの子しか知らない。産みの親には捨てられて、育ての親には殺されかけた。もし私が花咲き病にかかっていなければ、もっとあの子と一緒にいられたのだろうか。こんなふうにお出かけをして、美味しい物を食べて、そして──
「ロゼ? 疲れたかい?」
私が物思いにふけっていたのに気づいたのか、お兄さんがこちらを覗き込んでいた。
こうして考え込んでしまうのも悪い癖だ。私がどんな気持ちを抱えようとも、ありもしない「もし」を想像しようとも、過去を変えることなんてできないのに。
「……大丈夫。ちょっと、考え事してただけ」
「……そう。じゃあ、並ぼうか。ロゼもこういうの、食べたことないんじゃない?」
「ない、かも」
「いいね、初めての体験だ。どうせヘデラさんのおごりだから、気にせずたくさん食べるといいよ」
「えっ、それは……気にするよ……」
「そう? 俺は全く気にしないけどな」
そう言ってにっこり笑うお兄さんに少々胡乱な目を向けながらも、私は気持ちを切り替えるべくひとつ深呼吸をした。今は、「初めての体験」を少しでも楽しもう。いつかあの子と出逢えた時に、ひとつでも多くの楽しい思い出を語れるように。
そう気持ちを新たに、私は目の前の未知なるものへと足を進めた。
──が、しかし。
「……つ、疲れた」
行列というものを、甘く見ていた。
最初のうちはまだよかった。けれど時間が過ぎるにつれ、心も体もどんどん疲弊していく。日差しがきついのもだめだった。これは他の人もつらいのではないかと思いあたりを見回すも、楽しそうに談笑している人たちばかり。世の中の人はこんなにもたくましいのか、と驚いてしまった。
足を震わせながら並んでいると、お兄さんが私をそっと支えてくれた。
「ロゼ、大丈夫?」
「……だい、じょうぶ」
我ながらあまり大丈夫そうな言い方ではなかった。けれど自分のせいで、楽しんでいる皆の邪魔をしてはいけない。そう思い足に力を入れる。しかしまたすぐに震えてしまった。
すると、目の前に並んでいたヘデラさんとヘデルくんが振り返った。
「あら、大変! 顔色が悪いわよ、ロゼ」
「はっ、軟弱だな」
「ヘデル、ロゼを連れて休憩させてあげなさい」
「えっ」
「なっ……!?
ヘデラさんの言葉に、私とヘデルくんの驚きの声が被ってしまった。
「で、ですが姉様のお側を離れるわけには……!」
「わ、私なら、大丈夫です……」
「こっちにはヒガンがいるから大丈夫よ。ロゼも、つらい時は無理しないの。食べ物のことも、きちんと人数分買っていくから気にしないで。さ、向こうの広場なら休むのに丁度良いと思うわ。頼んだわよヘデル」
「…………っかしこまりました。おいヒガン貴様万が一姉様になにかあったらただじゃおかないからな全身全霊命をかけてお守りしろ!」
「そっちこそ、ロゼのことはしっかり守ってくださいね? もしなにかあったら……」
にっこりと笑うお兄さんとヘデラさんに気圧されたようで、ヘデルくんは苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。なんだか、この二人は少し似ている気がする。底知れないところが。
「フン! せいぜい姉様の横で壁にでもなってろ! おい、行くぞ。歩けないなら支えてやる」
「あ、歩けます……」
そう言うと、ヘデルくんは私をじとりと睨みつけてきた。上から下まで視線を動かすと、それはそれは大きくため息をついた。
そして、ぐいっと私の手をつかんで歩き始めてしまった。
「軟弱なくせに強がるな。いいからさっさと行くぞ」
「は、はい……」
口調は強いのに、彼の手は優しくて。
なんだかむずがゆい気持ちになった私は、目の前の背中に向かって思わず口を開いていた。
「……あの、ありがとう」
「……お前のためじゃない」
それ以降私たちの間に会話はなく、静寂に包まれながら広場へと向かったのだった。