ダーク・ファンタジー小説

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死んで花実が咲くものか
日時: 2021/12/04 10:50
名前: わらび餅 (ID: 5E9vSmKZ)

神様が、憎かった。

願って縋って嘆いた先、待っていたのは地獄だった。

生きたい。

生きたい。

まだ、生きていたいのに。


死神の足音は、すぐそこまで迫っていた。






***


死んで花実が咲くものか
生きていてこそいい時もあるので、死んでしまえば万事おしまいである。

──goo国語辞書より引用




※読む前に
・流血、暴力表現あり
・死ネタ
・魔法等の類ではありませんが一応ファンタジー
・現実にはない病気が主題

元題「いつか花を。」です。
以上のことをふまえ、お進みください。


*目次
・序章 >>1-14
・一輪目 『勿忘草』 >>16-32
・二輪目 『アイビー』 >>33

*お客様
・ゼロ様
・祝福の仮面屋様
・nam様


*2018年5月27日 参照1000突破
*2019年6月11日 参照2000突破
*2020年6月11日 参照3000突破
*小説大会2020年冬にて銀賞をいただきました
*2021年1月29日 参照4000突破
*小説大会2021年夏にて金賞をいただきました

Re: 死んで花実が咲くものか ( No.32 )
日時: 2021/04/16 18:12
名前: わらび餅 (ID: Jf2bTTLH)


「──続きは、書かれていなかった。手紙を読んだ後、僕は、すぐにこの家に越してきた。ここは、かつて両親が別荘にと建てた家でね。もう使っていないから勝手に借りているんだ」
 
 そう淡々と語る作家さんの瞳は、微かに揺れていた。まるでひとつのお話を読み終えたような気がして、私は思わず息を吐いた。
 
「書かなかったのか、それとも書けなかったのかはわからないが、僕にはその続きがどういうものなのか想像がついたよ。僕と、似たようなものを持ってくれていたのだと思う。ミオがあの手紙を、僕の目を盗んで書いていたと思うと……ひどく、やるせない気持ちになった」
 
 ふたりとも、同じ想いだったのに。
 作家さんのやるせなさや後悔がひしひしと伝わって、ぎゅっと拳を握った。もし、彼女が花咲き病にかからなかったら。もし、結婚しなかったら。もし、どちらかが想いを伝えていたら。そんないくつもの「もし」が頭の中を巡っては消えていく。考えたってどうにもならないことはわかっているのに、どうしても願ってしまう。ふたりが一緒にいる未来を、想像してしまう。
 
「噂を覚えているかな? 僕が恋人の死に涙ひとつ流さず、挙句の果てに話のネタにした、と」
 
 こくり、と頷く。それを彼が肯定したことも、はっきりと覚えている。けれど、話を聞く限りではそんな人には思えなかった。一体どうしてそんな噂が流れ出したのだろう。
 
「涙ひとつ流さなかったのは本当だ。彼女が亡くなる前にみっともなく散々泣いて、涙なんかでなかったんだ。それどころか、彼女の手紙を読んでからは安心すらした。僕は、もう死を怖がらなくていいのだから。いつ、どんな最期を迎えても、きっと僕は嬉しく思うだろう。……彼女には、怒られてしまうかもしれないけれど」
 
 そう微笑む作家さんの顔は、どこまでも穏やかで、すこし寂しそうに見えた。
 
「あの噂で間違っていることは、僕たちは恋人ではなかったことと、話のネタにしたことだ。僕は、僕自身の物語しか書くことが出来ない。感情や行動に名前をつけて、それを書き出してようやく、僕は僕に起きたことを正しく受け取ることができる。そうやって、感情を吐き出していたんだ。だから、今回のことも書き起こそうとした。噂で言う、話のネタにしようとね。けれど、駄目だったんだ」
「だめ、だった?」
「なにも、なにも書けないんだ。培った言葉をどれだけ並べても、彼女への想いを表現することはできなかった。愛も恋も慕情も、ただ紙の上に並べただけの記号にしかならなかった。唯一、命が宿った言葉は、たった四文字だった」
 
──会いたい。
 
 ただ、それだけだったと彼は笑った。だから、今はなにも新しい本を出していないのだという。
 
「実は、ここに越してきたのは、噂から逃げるためなんだ」
「……ほとんど出任せなんだから、逃げなくたってよかったのに」
「そう思えたらよかったのだけれど。僕は、怖くなったんだ。人々が皆、僕のこれを『愛ではない』と言うから。酷い男だと、そう言うから、耳を塞ぎたくなったんだ。涙を流せなかったのは、愛していない証拠だったんじゃないか。彼女への想いを『愛』と表せないのは、本当は愛していなかったんじゃないのかと、怖くなった」
 
 石を投げられても水をかけられても、心を動かすことのなかった彼が、誰かの目を気にしている。気にして、怖がっている。彼は自身のことを「化け物」だと言ったけれど、もうきっと、人になったのだ。
 だから私がこの人にかけられる言葉は、ほんの少しだけだ。
 
「そんなことない。その気持ちは、愛だと思う」
「……そう、だろうか」
「私も……私も、恋とか、愛とか、よく分からないけど。でも、大切な人はいる。その人への思いは言葉じゃ表せなくて、私も、ずっと伝えられなかったから」
 
 あの子とは、ずっと一緒にいるものだと思っていた。私が花咲き病にかかることも、村を追われることも、想像すらしなかった。贅沢ではないご飯を食べて、薄い布にくるまって、朝に『おはよう』と言い合う日々は、ずっと続くのだと思っていた。けれど、そうではなかった。当たり前だったものがなくなってしまうのは、いつだって突然なのかもしれない。そうして当たり前じゃなくなって、ようやく気づくのだ。あの日々が、どれだけ大切だったかを。
 村の人々に向けられた目を、今でもはっきりと思い出すことが出来る。そこには、あたたかなものなど一欠片もなかった。両親は、結局私の親ではなくあの子の親でしかない、ただの他人だったのだ。私の家族は、あの子だけだった。
 私はあの子に、与えられてばかりだった。食事の仕方も、着替え方も、たくさんの知識も、ありったけのあたたかい愛も。ひとつだって、あの子に返したことがなかった。だからずっと、後悔している。
 あの日からずっと、ただひたすらに、あの子に会いたい。
 
「愛じゃないって言われて怖くなるくらい、作家さんはミオさんのこと、大切だったんだ。だからきっと、それは愛でしょ?」
 
 私の言葉に目を丸くした作家さんは、しばらくしてそのまなじりを緩めた。そして、ぽつりと呟く。
 
「──そう、そうか。僕はちゃんと、あの子を愛しているのか」
 
 よかった、と零す彼は、なんだか今にも泣き出しそうな顔をしていた。
 
「ありがとう、お嬢さん。少し……楽になった気がする。過去が変わるわけではないが、それでも。僕はずっと、誰かにそう言って欲しかったのかもしれない。僕の想いは、間違っていないのだと」
「……うん」
「君は、大切な人には、まだ会えるのかい?」
「……わからない」
「そうか。……きっと、君の想いも、正しく愛だ。例え正しくなくても、間違いなどではない。それが分からず、ここまで逃げてきてしまった僕のようには、なってくれるなよ」
 
 躊躇いながらも小さく頷くと、作家さんは満足そうに微笑んだ。
 
「さて、随分長いこと話し込んでしまったね。お礼といってはなんだが、君に渡したい物がある」
 
 その言葉に、思わず首を傾げる。なんだろう、と思っていると、作家さんは「少し待っていてくれ」と本棚の方へと歩いていった。
 しばらくして戻ってきた彼は、紙の束を抱えていた。
 
「これは、僕が初めて書いた話だ。ここにある唯一の僕の、本……とは言えない、紙の束だけれど。ミオのために書いて、彼女にあげたものだよ。彼女が亡くなったあと、引き取ったんだ。僕は、僕の本に価値を見いだせないけれど、これだけは火にくべる気にならなくてね」
「え……」
「僕の本を読んでみたいと言っていただろう? 生憎、これしか手元に残していなくてね。不出来なものだから読むに耐えないかもしれないが、君さえよかったら、貰ってはくれないだろうか」
「で、でも、大切なものなんじゃ」
「僕が持っていても腐らせてしまうだけだからね。それに……なぜだろう、君に読んでもらいたいと、そう思ったんだ。誰にも読んでもらえない本なんて、可哀想だろう」
 
 差し出されたそれを、恐る恐る受け取った。
 本とは言えない紙の束の表紙は、真っ白だった。題名のない、作家さんとミオさんの物語。なんだか心臓がぎゅっと引き絞られた気がして、思わず紙の束ごと自分を抱きしめた。
 そこで、はっとする。私は読むことが出来ないのだ。文字は簡単なものしかわからない。そう口にしようとする前に、作家さんが穏やかな声色で言った。
 
「僕が教えると言ったけれど……読み方は、ヒガンに教えてもらうといい。彼も読み書きはできるから」
「え……」
「きっと、その方がいいだろう。そうして、一緒に彼のことも知るといい。君たちがどうして共にいるのか、なんて無粋なことは聞かないけれど、見たところまだ深い仲ではないのだろう? お互いを知る良い機会にもなる。僕も花師としての彼しか知らないから、詳しいことは分からないけれど」
 
 一度言葉を切った作家さんは、一瞬なにかを考えるように目を伏せた。
 
「あまり、良い噂を聞かないんだ。君は賢いからそういった噂を鵜呑みにするとは思っていないが、念の為に言っておこう。君は、君が信じたいものを信じるといい。それに、彼といればおのずと事実は見えてくるはずだ」
 
 そう言われて、お兄さんの顔が頭に浮かぶ。私は、あの人のことを何も知らない。知っていることといえば、死んで大切な人に逢いたいと思っていることと、その手がとてもあたたかいことだけ。過去に何があったのか、どんな噂が流れているのか、私は何一つ知らないのだ。
 本当は、知らないままの方がいい。利用し利用される関係に、そんなもの必要ない。だというのに、私は作家さんの提案を否定することが出来なかった。
 
「……ヒガンお兄さんって、どんな人だと思う?」
 
 気がつけば、そんな言葉が零れていた。聞いたところでなにがあるわけでもない。けれど、なんとなく、この人の嘘偽りのない言葉が聞きたかった。
 
「僕? そうだな……彼は、寂しいひと、だと思う」
 
──からっぽだった頃の僕に、少し、似ている。
 
 
 
 
 
 
 
 
「本? その紙の束が?」
 
 あの後、書斎を出てお兄さんの元へ戻ると、彼はソファで微かな寝息をたてながら眠っていた。退屈にさせてしまったことを申し訳なく思いながらも、その体を揺さぶり起こし、作家さんの屋敷を後にした。
 屋敷の前では、一台の馬車が止まっていた。来る時に乗ったものとは違う、随分と立派な馬車だ。御者さんも小綺麗な身なりをしていて、出てきた私たちを目にするとすぐに恭しく一礼した。そんな御者さんに軽く会釈をして、お兄さんは私の手を取り馬車へと載せてくれた。
 馬車の中で、作家さんがくれた本について話すと、彼は少し目を丸くした。
 
「随分と気に入られたんだな。あの人がそこまで話すなんて」
「お兄さんは、知ってたの?」
「あの人のことかい? 花の手入れを依頼された時に大まかなことは聞いたけれど。……変わった人だっただろう? 本以外は全くと言っていいほど物を持たなくて、他人ならまだしも、自分のことですら無頓着でさ。本当、いつか飢え死にするんじゃないかと思うよ」
「でも、やさしい人だった」 
「まあ、悪い人ではないことは確かだな」
「それで、お兄さんに読み方を教えてもらうといって言われた。……読める?」

 そう言いながら本を渡すと、お兄さんは「勝手なことを……」とぼやきながらそれをぺらぺらとめくりだした。
 
「ある程度は。昔、ハイル先生に叩き込まれたからなあ」
「そうなんだ」
「うん。俺とあの人、結構長い付き合いでさ。一時は一緒に暮らしてたんだけど……ってそんなのはどうでもいいか。これ、今読みたい?」
「……読んでくれるの?」
「次の目的地まで少し時間があるし、いいよ。ええと、書き出しは……」
 
 お兄さんの少し低い声が、作家さんの言葉を紡ぐ。
 
 
 
──からっぽな人生だった。
 
 
 
 
 
 
 一輪目『勿忘草』
 花言葉『私を忘れないで』

Re: 死んで花実が咲くものか ( No.33 )
日時: 2021/05/20 00:28
名前: わらび餅 (ID: Jf2bTTLH)

──だいすき。だいすきよ、ロゼ。

 私の唯一となってしまった家族。大好きで、大切な、たったひとり。あの子はいつだって、そう言って微笑んだ。
 私は、あの子と一緒に地獄にいけるだろうか。



二輪目「アイビー」



「──遅い!」

 開け放たれた扉と同時に飛び込んできた罵声に、思わず目をぱちくりさせた。隣に立っているお兄さんをそろりと見上げると、微笑みを浮かべってはいるが目が笑っていない……気がする。
 罵声の主はというと、仁王立ちで両腕を組みながらこちらを睨みつけていた。

「五分も遅刻するなんて姉様の貴重なお時間をなんだと思ってんだヒガン! 僕も姉様も暇じゃねえんだ、お前と違ってな!」
「……たった五分も待てないなんて、よっぽどお忙しいんでしょうね坊ちゃま」
「坊ちゃまと呼ぶなと何度言ったらわかるんだ貴様! 次言ったらその口縫い付けてやる!」

 お互い遠慮のない言葉の応酬にひやひやとする反面、少しほんわかしてしまう自分がいる。なぜかというと、お兄さんが相手をしている人がとてもかわいらしいのだ。
 私とたいして変わらない背丈の彼──おそらく彼──は、まるでお人形のような姿かたちをしていた。ふわふわの黒い髪、まるで飴玉のような桃色の大きなふたつの瞳。真っ白い肌に線の細い体で、一生懸命にふんぞりかえってお兄さんを見上げている。小動物が必死に威嚇しているように見えて、なんとも気が抜ける。この子が今回の依頼人だろうか。

「もういい、とっとと中に入れ! これ以上姉様をお待たせすることは許さねえ!」
「はいはい」

 肩をすくめて、少年のあとに続いて中に入るお兄さん。

「薬は持ってきたんだろうな」
「当たり前じゃないですか。そのために来たんだから」

 やたらに長く続く廊下をじゃれあいつつ進んでいく二人の背中を追いかけながら、馬車での会話を思い出していた。

*****

「──薬?」
「そう、薬……変な薬じゃないからね?」

 妙なことを心配するお兄さんに頷きながら、話の続きを促す。

「俺の仕事は、大きく分けて二つあるんだ。一つはロゼも知ってるとおり、死花の手入れ……花師の仕事。もう一つは、薬の配達。ハイル先生が作った薬を届ける仕事。あの人、人前に出ることがないからさ。俺が代わりに届けてるってわけ」

 ハイル先生という名前を聞いて、脳裏にあの眩しい金色が蘇る。確かに彼は薬剤師だと言っていたけれど。

「どんな薬?」

 花咲き病を治す薬は、いまだに見つかっていない。だからハイル先生がどんな薬を作っているのか、気になってはいたのだ。色々あって、聞きそびれてしまったが。

「花咲き病の進行を遅らせる薬だよ」
「え」

 病気の進行を、遅らせる。
 その言葉に思わず動きを止めた。そんな薬があるなんて、どうして教えてくれなかったのだろう。それがあれば、私も──

「だめだよ」

 私の心を見透かしたかのように、お兄さんがそう言った。はっとして彼の顔を見ると、そこにあったのはうつくしい微笑みだった。仮面を貼り付けたような、つめたい顔。

「……なにも言ってない」
「顔に出やすいって言ったろ。あの薬は、本当にどうしようもなくなった時にしか渡さない……あんなものを飲むくらいなら、そのまま死んだ方がましだ」
「飲んだことあるの?」
「……治験としてね。俺だけだったからさ、ちゃんとした人間だったの。ストーカーは『あれ』だし。先生本人も……まあストーカーよりはましだけど。それに、遅らせるといってもほんの僅かだよ。飲んでも飲まなくても大して変わらない」

 嘘ではないのだろう。お兄さんは私の死花を見ることを目的としているが、咲いても咲かなくても彼はどっちでもいいのだ。その程度の、繋がりでしかない。だから、私の病気の進行を早めようなんてことはしないはずだ。彼に、嘘を吐く理由がない。
 お兄さんがそこまで言う薬がどんなものか、逆に気になりはするが。飲まない未来がやってくることを祈るしかない。
 ああ、けれど──

「……それでも、そんな薬を飲もうとする人がいるんだ」

 そう呟くと、お兄さんは私からそっと視線をはずした。

「……そうまでしてでも、生きたいと思うんだろ。俺には、わからないけど」


*****


 そうして、たどりついたのがこの屋敷だった。作家さんの屋敷よりもずっと大きな、豪華絢爛という言葉がよく似合うような場所だった。こんな場所にいったいどんな人が住んでいるのか、と少し身構えてしまったけれど、出迎えてくれた子のおかげで少し力を抜くことができた気がする。それほどまでにあの子は可愛らしかったのだ。

「……そういえば、お前誰だ?」
「……私?」

 前を歩いていた彼が突然振り返り、私のほうをじっと見つめる。ぼうっとしていた私は思わず気の抜けた声で返事をしてしまった。そんな私に呆れたように眉尻を上げた。

「お前以外に誰がいるんだよ。ヒガンに薬を依頼したときはいなかった」
「この子は俺の助手だよ。最近雇ったんだ」
「助手? こいつの助手なんてろくなことないだろ。見る目ないな、お前」
「……坊ちゃまはそろそろお勉強に力を入れたほうがいいんじゃないですか? 敬語とか。それにこの子はお前じゃなくて、ロゼっていうかわいい名前があるんですよ」
「敬語は敬う相手に対して使うものだろ。僕は姉様しか敬わない。……おい、ロゼ。僕は優しいから忠告してやるが、さっさとこいつから離れた方が身のためだぞ。どうせろくなことにならない」

 随分嫌われているんだな、とどこか遠い目でお兄さんを後ろから見つめていると、その視線に気が付いたのか心底癒そうな顔をしてこちらを振り返った。そしてゆるく首を横に振る。「気にしないで」というようなその顔に、小さくうなずいた。
 険悪な雰囲気をなんとか変えようと、恐る恐る男の子に問いかける。

「その……姉様、っていうのは……?」
「僕の姉様だ。僕の、双子の姉。この世で一番うつくしくてかわいらしくて気高くて、いついかなる時も凛としたその佇まいは女神と見紛う……いや姉様こそ女神そのものだと僕はいつも思うんだ。お前も一目見ればわかると思うがくれぐれも邪な目を姉様に向けるなよもしそんなことをしたら僕がその目を潰して二度と姉様を見ることができないようにしてやるからな。ああそれと必要以上に口をきくな姉様のうつくしく可憐な御耳を余計な雑音で汚したくない。ヒガンお前は薬だけを置いて立ち去れいいか」
「大丈夫だよロゼ。無視して」

 いまだに「姉様」について熱く語る彼からそっと距離を置き、私の隣にやってきたお兄さんは苦笑いを浮かべていた。

「この子はちょっとばかりお姉さんが好きすぎるだけで、特に害はないから大丈夫」

 なんだかとんでもない人に出会ってしまったな、と、小さい背中を眺めながらそんなことを思った。……大丈夫、だろうか。

Re: 死んで花実が咲くものか ( No.34 )
日時: 2021/07/26 01:35
名前: わらび餅 (ID: ysRqUZCY)

二人の背を追いかけながらたどり着いたのは、これまた大きな扉の前だった。ここに来るまでに、一体何部屋あるんだろうかと疑問に思うほどの数の扉を通り過ぎたが、その中でも特別大きなものだった。道中、仕立てのいい服を着た大人たちがこちらを見るなり恭しく頭を下げる、なんてことも何度かあり、ここが自分とは違う世界の人が住む屋敷なのだと身をもって感じた。

「この中で姉様がお待ちだ。くれぐれも粗相のないように」
「はいはい」
「お前は口を開くな」
「仕事になりませんが?」

 相変わらず軽口のようなものをたたきあう二人に、本当は仲がいいのではないかと思いながら扉へと向き合う。この先で、彼のお姉さんだという人が待っている。彼の話を鵜呑みにするのならば、まるで女神のような人が。
 期待と少しの緊張を抱えながら、彼が慎重に手の甲で扉を三回鳴らすのを見つめた。

「姉様。ヒガンを連れてまいりました」

 お兄さんと話している時とは打って変わって、どこまでも優しい声色にぎょっとする。このような声から罵詈雑言が飛び出してくるなんて夢にも思わないほどに、甘い声だった。

「──どうぞ、お入りになって」

 扉の向こうから、高く、けれど凛とした声が返ってくる。
 彼は短く息を吐き一拍置いたあと、ゆっくりと扉を押し開けた。できるだけ音をたてないように。彼の、そのそこまでも姉を想う気持ちに感嘆を覚えつつ、開いていく扉の先を見つめた。

「よく来てくださいました、ヒガン──あら」

 視界の隅で、白い羽が舞った。
 そう錯覚するほどに、言葉にならないほどに、目の前の彼女は可愛らしかった。
 双子、というのは確からしい。彼とそっくりの顔立ちに、同じ色の瞳。ふわふわの髪は彼女の肩まで伸びていた。けれど、その髪の色だけは彼と違った。穢れを知らない、真っ白な髪。まだ村にいたころ、物知りのおじいさんに聞いた「天使」のようだと思った。神様の使いで、彼女の髪のような真っ白い羽が背中に生えているのだという。モネさんが言っていた、人魚のことを教えてくれたのもそのおじいさんだった。おじいさんは不思議な話をたくさん知っていて、村の子どもたちに語って聞かせていたのだ。あの子はあまり、おじいさんの話が好きではなかったみたいだけれど。
 懐かしい記憶に思いを馳せながら、目の前の少女を見つめる。目を奪われる、というのはこういうことなのだろう。

「ふふ、可愛らしいお客様もいらしたのね。ようこそ。お名前を聞いてもいいかしら?」
「……ロゼ、です」
「ロゼ。いいお名前ね、素敵だわ。わたしはヘデラ。この子は弟の──」
「ヘデル。覚える必要はない」
「ヘデル?」
「…………よろしく、お願いします」

 どこか圧を感じる笑みをヘデラさんに向けられ、彼──ヘデルくんは、渋々、本当に渋々、私たちに頭を下げた。どれだけ嫌がっても、ヘデラさんの言うことは聞くらしい。本当にお姉さんのことが好きなんだな、と改めて感じた。

「それで……約束のものですけれど。持ってきていただけたのかしら」
「ええ。ここに」

 ヘデラさんに答えたあと、お兄さんが腰の小さい鞄から取り出したのは、液体が入った瓶だった。乳白色のそれがちゃぷちゃぷと揺れている。あれが、お兄さんの言っていた「飲むなら死んだ方がまし」という薬だろうか。見た目はさほどおぞましいものではないが、お兄さんの話を聞いたあとだと少し身構えてしまう自分がいる。これを、ヘデラさんが。

「──確かに、受け取りました。ありがとう、ヒガン」
「最初にもお話しましたが、飲むときはくれぐれもお気をつけて」
「お気遣いありがとう、優しいのね」
「……いえ、仕事なので」
「ふふ、素直じゃないところも素敵だと思うわ。……できれば、これを作った方にもお会いしたかったのだけれど」
「あの人は……少し、難しい人なので。すみません」
「ああ、いいの。わかっています、そういう約束だもの。直接お礼を伝えたかっただけだから。報酬も、あなたにお渡しすればいいのよね?」
「ええ」

 この薬を欲しがるということは、ヘデラさんも花咲き病患者なのだろうか。でないと欲しがる理由なんてないとは思うが、彼女があまりにも──普通、というか、これから死に向かう人には見えなかった。

「姉様、これ以上はお体に障ります。お客様にはお引き取りを──」
「少し下がっていなさいヘデル。私がいいと言うまで発言を禁じます」
「──はい。申し訳ございません姉様」

 ぴしゃりと言い放ったヘデラさんに、思わず息をのむ。可愛らしい顔に反して結構はっきり言う人なのだな、とこっそり驚いた。少しだけヘデルくんがかわいそうに思えて、心の中で応援をした。

「報酬はしっかりとお渡しします。はじめにおっしゃっていた額の倍を」
「……なぜ、とお聞きしても?」
「もちろん、聞いてもらわなくても言っていたわ。……ひとつ、お願いがあるのです。優しいあなたに」
「話は聞きますよ。必ずお受けします、とは、お約束できませんが」
「あなたはきっと受けてくださるわ。もうすぐ死にゆく女の、些細なお願いですもの」

 にっこりと笑うヘデラさんとは対照的に、お兄さんは苦笑いを浮かべた。なんだか、彼女にはお兄さんも強く出られないようだった。なんとなく、わかる気がする。可愛らしい天使のような彼女だが、どこか迫力がある。彼女に挟む口など、決して許されない。そんな迫力が。
 一体どんなお願いなのだろう、と少し緊張しながら待っていると、彼女の口がゆっくりと開く。そうして放たれた言葉は、とても意外なものだった。

「──私たちに、思い出を作ってほしいの」

Re: 死んで花実が咲くものか ( No.35 )
日時: 2021/09/18 19:49
名前: 祝福の仮面屋 (ID: siKnm0iV)

お久しぶりです〜
見ましたよ、ダーク・ファンタジー板の金賞受賞おめでとうございます!

Re: 死んで花実が咲くものか ( No.36 )
日時: 2021/12/04 17:34
名前: わらび餅 (ID: b5jqtspc)

祝福の仮面屋様


お久しぶりです!
わ~!!!ありがとうございます!自分でもびっくりしました。まさか金賞をいただけるなんて……!
とてもゆっくり更新ですが、これからも見ていただけると幸いです。

コメントありがとうございました!


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