ダーク・ファンタジー小説

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カラミティ伯爵の事件簿【完結】
日時: 2017/09/12 02:04
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

「レティ、見たまえよ!この見事な天使像!!」

女性はそう言って、側に控える少女・レティに呼びかける。彼女の言う通り、それはパーツが上手く組み合わさって、羽を広げる天使の形をしている。しかし……

「伯爵様、生ゴミで遊ばないでください……」

それを構成しているのは、バナナの皮、卵の殻、その他諸々だ。小蝿が飛んでるし、臭いもきつい。レティは掃除婦を呼びつけ、この造形物を撤収させた。

さて、ぶつくさ文句を言いながら、汚れた手を洗っているこの女の名は、ジェンキンス伯爵・ジェーン。ロンドンきっての碩学で、数々の難事件を解決した、変わり者の貴族である。

怪しい香りのする彼女の周りには、いつも凶悪事件が取り巻いている。そこから付けられたあだ名は、疫病神(カラミティ)・ジェーン。

今日もジェンキンス邸の電話が鳴る。事件が彼女を呼んでいる。

さあ、謎を解き明かそう!

そこに隠れた真実が、いかに残酷であろうとも……



***


〈事件ファイル〉

その1:カーライル伯爵令嬢殴殺事件
>>1-2 >>5-8 >>11

その2:ヘレフォード子爵毒殺事件
>>12 >>15-21

その3:ロンドン連続婦女殺害事件
>>22-25



〈あいさつ〉

また突発的なの始めます。出だし見て「ダークじゃねぇ!」と思った方もいると思いますが、複ファにのせるにはな……と思ったので、こっちにしました。

今回は、19〜20世紀のイギリスが舞台の推理小説。正直「そんなんアリか!?」という感じの事件ばかりです。作者が初心者だからしょうがない。

読者さんも、読みながら一緒に推理してくださると嬉しいです。

注意!!
この内容はフィクションであり、実在の人物や団体とは関係ありません。
暴力、性描写も多少含みます。苦手な方はブラウザバック。
コメントは大歓迎ですが、詳しく考察を披露されるのは、お控えください。当たっていた場合、ネタバレになってしまいます(「○○が怪しい」といった程度なら、大丈夫です)。……実際、簡単に解けそうでガクブル。
推理小説なので、目次に沿って読むことをお勧めします。

〈お客様〉

四季様



***



〈主要登場人物〉

ジェーン・ジェンキンス(ジェンキンス伯)
カラミティの異名で知られる女伯爵。見た目は20歳前後だが、実年齢はそれを大きく上回る。未だ独身。変わり者だが、その能力を買われ、数々の難事件を解決してきた。

レティ(レティーシャ・ジェンキンス)
ジェンキンス家の養女。15歳。生まれて間もなく教会に孤児として預けられたが、ジェーンに引き取られ、以降彼女に育てられる。 ジェーンにいつも振り回されている。

リチャード・ブリファ
46歳の警部。柔軟な性格をしていて、ジェーンの能力には信頼を置いている。度々、ジェーンに捜査の協力を要請している。

Re: カラミティ伯爵の事件簿 ( No.18 )
日時: 2017/09/07 03:58
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

次はアルバートの遺体を調べるとジェーンは言い出した。ジェーンとレティとリチャードの3人は、アルバートの遺体が安置されている部屋に向かう。

「そう言えば、伯爵様。どうして瓶を調べていたんですか?」

移動中、レティが問いかける。

「スコット氏が犯人でないとすれば、犯人はどうやって子爵の皿にだけ毒を盛ったのかを考えていたのだ」

ジェーンが言うと、レティも隣で考え始めた。そもそも、毒はスープに入っていたのか、食器に塗ってあったのか。食器に塗ってあったとしたら、どうやって指定したのか。

「私は、毒は全ての皿に盛られていて、子爵にだけ効いたのではないかと考えた」

レティが言うと、隣でリチャードが目を丸くする。

「そんな魔法のようなことが可能なのですか!?」

「もし、ワインとジュースに解毒剤が含まれていたら?」

ジェーンの言葉に、2人はハッとした。確かに、子爵は1人だけワインも果汁ジュースも口にしていない。レティがそのことを、手帳に記そうとすると……

「しかし、どうやらそれらしいものは入っていなかったらしい」

ジェーンは、期待はずれだとでも言うように、肩を落とした。レティは顔をしかめる。

「それじゃ、振り出しに戻ってしまいますよ」

「降り出し……か」

ジェーンは、ステッキで肩を叩いた。そんな会話をしている間に、アルバートの寝室に着いた。ジェーンは、中から人の気配がすることに気がつく。

コンコンとノックをしてから、ジェーンは部屋に踏み入った。部屋にいたのは、エセックス伯爵 ヘンリーだった。弟の死を悼んでいたのだろうか。

「エセックス伯。申し訳ありませんが、弟君のご遺体を調べてもよろしいですかな?」

ヘンリーは「もちろんです」と答えて、ジェーンと場所を代わった。ジェーンは祈りを捧げると、アルバートのシャツを脱がせた。

「あ!ウィルさんの言った通り、身体が赤くなってますね」

レティは、隣で見ながら呟く。アルバートのお腹には、斑点が出ていた。

ふと、ジェーンの動きが止まっていることに気がつく。レティが心配して声をかけようとすると、ジェーンはさらに服を脱がせた。少々手荒に扱ってしまったため、ヘンリーに咎められる。

「申し訳ありません。少し確認したいことがありましたもので……」

レティは、隣で見ていて、あることに気がつく。

「伯爵様、子爵の背中が……」

レティが指摘した通り、アルバートの背中は暗い褐色に変化していた。ジェーンは冷静に説明する。

「大丈夫。これは、死後時間が経って、血液が重力に従って背中に溜まっているだけだ」

ジェーンが確認したかったのはこれだったらしく、丁寧にアルバートの衣服を直し始める。その間、ジェーンはずっと難しい顔をしていた。

「エセックス伯、ここでお会いできたついでに、ヘレフォード子爵のことについて伺ってもよろしいですかな?」

「は……はい」

ヘンリーはしばらく呆気にとられていたようで、ジェーンに声をかけられるまで、心ここに在らずだった。

「ヘレフォード子爵のは、身体が弱かったと聞いています。子供の頃、何か命に関わるような発作を起こしたことはありませんでしたか?」

ヘンリーは、腕を組んで考える。

「発作……そう言えば、そんなことがあったような……」

「詳しく思い出してください!」

ジェーンは、いつにも増して真剣である。ヘンリーは気圧されながら語り出した。

「私がまだ学校にも上がっていない頃のことです。私たちはティータイムの後、外で遊んでおりました。するとアルバートが突然苦しみ出して、病院に運ばれたことがありました」

ジェーンは何か思いついたような顔をしている。

「ティータイムに何を食べたかは覚えてますかな?」

「いや、そこまでは……あぁ、そう言えば、あの時もこのような斑点が出ていました」

ジェーンはピンときたようだ。

「ありがとうございます。解決の糸口が見えてきましたぞ」

ジェーンはヘンリーの手を取り、ブンブンと振る。散々礼を述べると、ジェーンは部屋を後にした。レティもそれに続こうとすると、ヘンリーに呼び止められる。

「くれぐれも、弟を頼みます」

ヘンリーはそう言って、頭を下げた。レティの中で、彼の評価が変わる。彼は愛人に狂わされているだけではない、しっかりと弟を悼んでいるのだ。

「はい、必ず!」

レティは笑顔で答えた。



〜レティのメモ〜

・飲み物の瓶は細工されていない。
・アルバートの遺体は、お腹側に赤い斑点があり、背中側は変色している。

〈ヘンリーの証言〉
・アルバートは、幼い頃にひどい発作を起こしたことがある。
・時間帯はティータイム直後。
・その時も斑点が出ていた。

Re: カラミティ伯爵の事件簿 ( No.19 )
日時: 2017/09/08 07:08
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

レティは、ベッドの上で半身を起こした。温泉に浸かった翌朝だからか、とても身体が軽く感じた。

結局、昨日はアルバートの遺体調べたところで捜査を終えた。その後、旅館で手続きをし、たっぷり温泉を堪能したのち、今に至る。

「さて、支度をしなくちゃ!起きてください、伯爵さ……ま?」

レティは、隣のベッドに眠っているはずの人物に声をかけた。しかし、そのベッドはもぬけの殻になっていることに気がつく。

「もう現場に向かわれたのかしら……あら?」

ジェーンのベッドには、紙切れが載っている。手に取り、内容を確認する。

『レティへ。調べることが出来たので、現場を預ける。警部やエセックス伯によろしく頼む』

文面はあっさりしていた。レティは、ため息をつきながら、紙を戻そうとする。その時、書き置きには裏があることに気がついた。

『追伸。横向きに寝ていたようだから、今頃君の右頬に跡がついているのではないかね?』

レティは慌てて鏡を見る。確かに、レティの右頬にはシーツの跡がくっきりとついていた。

「ん〜もう!」

このまま部屋を出ていたら、恥をかいていただろう。この時ばかりは、ジェーンの洞察力に救われた。しかし同時に、気がつきにくい場所にそれを記したジェーンの悪戯に、苛立ちを覚えた。



***



「おはようございます、お嬢さん」

「おはようございます、警部。今日もよろしくお願いします」

馬車から降りようとすると、リチャードに手を差し出された。レティはその手を取り、馬車から降りる。

「おや?ジェンキンス伯はいらしてないのですか?」

リチャードは、からっぽの馬車を見て呟く。

「はい。起きたらホテルに置き去りにされていました」

「そ……それは『キマシタワー』というやつですかな?」

レティの言い方は、リチャードにあらぬ誤解を与えたようだ。しかし、彼の使う隠語は、彼女には理解できなかったらしい。

「よく分かりませんが、今日はまず、エセックス伯爵夫人のお話を伺おうかと……」

「了解いたしました。すぐにとりついで参ります」

リチャードはそう言って館に入っていった。レティにする。ふと、昨日厨房でジェーンに褒められたことを思い出した。

「よし!やるぞ!!」

レティは意気揚々と館に入っていった。



***



レティが通されたのは、別荘のテラスだった。テーブルを挟んで対峙するのは、エセックス伯爵夫人 サンドラ・テヴァルー。目元が切れ長だからか、非常に威圧的な容姿である。レティは話を書き出せるのか不安になってきた。

「え……えっと……カーター氏のお話では、スペンサー氏からレシピを預かって、厨房にいらしたとか。その時のことについて教えていただけますか?」

「はぁ……」

「失言デシタ、申シ訳アリマセン」

ため息をつかれたと思ったレティは、即座に頭を下げた。勢い余って、額をテーブルにぶつける。

「まだ何も言っていませんわ。落ち着きになって」

レティが恐る恐る顔を上げると、サンドラは優しい笑顔を浮かべている。上品に、手で口元を覆って笑っていた。

「この顔立ちだから、怒っていると勘違いされることが多いんですの。私も義弟の死の真相を知りたいから、協力はさせていただくつもりですわ。どうか緊張なさらないで」

レティは、その笑顔を見て、自分が見かけで判断していたことに気がつく。サンドラは、レティが思っていたよりも穏やかな人であるらしかった。

「仕切り直しましょう。私がレシピを持って行った時のことですわね?」

「はい。何か気がつかれたことはありませんか?」

サンドラは少し空を見て考え込む。

「関係があるかは分かりませんけれど……料理長は材料が足りないというようなことをぼやいておりましたわ。買い出しに行く時間がなくて、代わりの材料を使うと言っていたような……」

レティはそのことを手帳に記す。

「何の材料が足りなかったのですか?」

「ごめんなさい、覚えていませんわ」

サンドラは、申し訳無さそうに謝る。レティは気にしないように声を掛けた。

「大丈夫ですよ!……そう言えば、夫人は事件が起こった時、すぐにスコットさんを告発なさいましたよね?」

「はい……何か問題でも?」

スコットという名に反応し、サンドラの目がギラリと光る。レティは冷や汗をかいた。

「イエ、ソンナ、実ニ的確デシタナ〜」

レティが怯えきっている様子を見て、サンドラはクスッと笑った。

「そうですわね。彼女に対して、敵意がなかったと言えば嘘になりますわ。でも、合理的に考えて、彼女が一番怪しかったんですもの……」

サンドラは、悲しそうな表情を見せながら答えた。レティはその顔を見て気がつく。彼女は、アリスに対して嫉妬は抱いているものの、夫の不貞を仕方ないと諦めているのではないかと。

「夫人。伯爵様の捜査の結果次第では、スコット氏の実態を明らかにせざるを得なくなるかもしれません。それでも……」

「構いませんわ」

レティが聞くよりも早く、サンドラは答えた。

「醜聞の一つや二つ、公になったところで、義弟の死の真相を知ることの方が大切です。主人のことは……事件が解決してから、どうにかして見せますわ」

サンドラは笑顔を向ける。レティは、ヘンリーに怒りを覚えた。サンドラが裏切られてもなお、夫と向き合っていこうとしている一方で、ヘンリーは愛人の窮地を救うことしか考えていない。

「夫人、きっと伯爵様が事件を解決します。結果がどうであれ、私に出来ることがあれば、お手伝いさせて下さいね」

レティの申し出に、サンドラは目を丸くする。

「ありがとう、お嬢さん」

ややあって、サンドラは礼を述べる。その瞳は、僅かに潤んでいた。



***



「夫人は意外にも、気さくな方だったのですな」

廊下を歩きながら、リチャードが呟く。レティは、同意するように頷いた。

「目つきで周りに怖がられていただけだったんですね……色々と不憫な方です」

ふと、前方から人影が近づいてくる。視認できる距離に来ると、それがシドニーであると気がついた。

「お疲れ様です、レディ、並びに警部」

「ありがとうございます、スペンサー先生」

シドニーは、レティが手帳を握りしめたまま歩いてきたことに気がつく。

「常に手帳を手放さないとは、捜査熱心なのですね」

「あ、これはクセで……」

レティが恥ずかしそうにすると、シドニーは逆に感心したように労ってくれる。

「あなたのような探偵に捜査をしていただいて、子爵閣下もきっと安心しておられますよ。頑張って下さいね」

「はい!ありがとうございます!」

レティはふと、シドニーが瓶を手にしていることに気がつく。中には、透明な液体が入っていた。

「スペンサー先生、その瓶は何ですか?」

「あぁ、温泉水ですよ。せっかくバースに来たので、興味があって」

シドニーはそう言って瓶の蓋を開けた。クセのある匂いがする。

「飲んでみますか?」

「え!飲むんですか!?」

レティが驚くと、シドニーは小さく笑った。

「温泉水は、普通の水よりも養分が豊富です。健康に良いのですよ。警部もいかがです?」

匂いが気になったので、2人は遠慮した。シドニーはあっさりと引き下がり、瓶に蓋をする。

「テヴァルー家の方々を本当に気にかけていらっしゃるんですね。子爵のためにご自分でレシピを書かれたり……」

レティにそう言われると、シドニーは恥ずかしそうに頭をかく。

「エセックス伯爵閣下には、恩がありますからね……私はせっかく医師になれたのに、職場に恵まれませんでした。エセックス伯爵閣下に雇われなければ、貧しい町医者を続けていたでしょう」

シドニーは遠い目をしながら答える。

「この家には何年ほど勤めているのですかな?」

隣でリチャードが尋ねた。

「12年になります。閣下のおかげで、何不自由なく過ごせておりますよ」

シドニーはニコッと笑った。良さそうな人となりがうかがえる。

「子爵閣下にも随分とお世話になりました……早く事件が解決するといいのですが……」

シドニーの顔に影が宿る。

「大丈夫です!伯爵様が帰ってくれば、すぐに解決しますよ!」

レティは自信を持って答えた。シドニーはその言葉に、首をかしげる。

「おや?ジェンキンス伯爵閣下は、ご不在なのですか?」

「いや、これには理由がありまして……多分」

さすがにジェーンは考えなしに動く人ではないと信じてはいるが、シドニー達からすれば頼りなく思っているかもしれない。しかし、シドニーはそんな様子は見せず

「そうですか。私も、彼女の帰りと、吉報を待つとしましょう」

と言って微笑んだ。



〜レティのメモ〜

〈サンドラの証言〉
・シドニーのレシピには、在庫がない食材が記されていた。
・ウィルは、別の食材で代用した。
・ヘンリーの不倫は知っている。
・スキャンダルになることも覚悟している。

〈シドニーの証言〉
・アルバートの健康を考えて、レシピを作った。
・テヴァルー家には、12年勤めている。
・昔より生活に困らなくなって、ヘンリーに感謝している。

さあ、次話で犯人が明らかに……なるのでしょうか?(不安)

Re: カラミティ伯爵の事件簿 ( No.20 )
日時: 2017/09/08 21:38
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

数日の後、用事とやらを終えたジェーンはひょっこり旅館に帰ってきた。手には、たくさんの書類を抱えている。

「伯爵様、何ですか、その紙束は?」

「これかい?これは、犯人を告発するための書類だ」

レティは、首をかしげる。殺人の証拠以上に、何が必要だと言うのだろうか。

「例えばだが……ハンマーで人を殴って死傷させた場合と、上から植木鉢をうっかり落として運悪くそれが人に当たって死傷させた場合、どちらが厳罰に問われるかね?」

レティは、考えるまでもないと答える。

「そんなの、前者に決まってます。前者は殺意を持って犯行に及んでいますが、後者は事故ですから」

レティが答えると、ジェーンは満足そうに笑う。

「そう……つまり、そう言う事なのさ……」

その言葉だけでは、レティは意味が理解できなかった。ジェーンはそんな彼女を引き連れ、事件を解決すべく、テヴァルー家別荘に向かう。



***



ヘレフォード子爵毒殺事件。その関係者たちは、事件現場である食堂に集められた。

「諸卿、お集まりくださりありがとうございます。それでは今回の事件の真相を、このジェンキンス伯爵 ジェーンが解き明かしましょう」

ジェーンは、食堂内を移動し、ある地点に向かう。それは、アルバートが殺された席だ。

「まず、事件の概要はこうでした。ヘレフォード子爵は生まれつき体が弱く、この別荘に長らく住んでおられた。そこにエセックス伯夫妻がお尋ねになり、宴が催された」

ジェーンはスープ皿を持ち上げる。

「そこで振る舞われたスープを飲んでいる最中、ヘレフォード子爵は突然苦しみだし、息を引き取った。毒を盛られたと判断した諸卿は、最初に料理を作ったカーター氏を疑った」

ジェーンがチラリと目をやると、ウィルは目を伏せている。

「しかし、そこで伯爵夫人が機転をきかせてくださった。怪しいのは鍋に触っていた彼ではなく、スープを取り分けたスコット氏だと告発なさった」

次に、サンドラとアリスを交互に見た。2人とも、その事実は認めている。

「実に賢明な判断です、夫人。私もその場にいれば、そう言っていたかもしれない。なにせ、毒の入った皿を子爵に選ばせることができるのは、貴女だけですからな……」

レティは皿を食卓の上に戻す。そして「しかし」と言葉を紡いだ。

「スコット氏を疑うには、動機が不十分でした。そこで私は、毒は全員に盛られ、皆様はなんらかの方法で助かったのではないかと思ったのです」

部屋中からどよめきが上がる。サンドラが一喝すると、途端にそれは静まった。頃合いを見て、ジェーンが、話し出す。

「皆様は一様に、ワインか果汁ジュースを飲んでいらっしゃる。私はそこに解毒剤が仕組まれていたのではないかと思いました」

ジェーンは、今度はグラスを手に取る。

「しかし、ワインボトルにも、ジュースのボトルにも、細工した跡は見られない。そもそも、給仕の前段階で毒が盛られていたとすれば、時間が経つ間に毒は変質し、味が変わります。口にするだけで気がつくはずです」

ジェーンはグラスを元に戻す。すると、アリスが口を開いた。

「ちょっと待ってください!それじゃ、私が犯人だって言いたいんですか!?」

アリスは苛立っているようだ。このままのジェーンの推理では、アリス以外に犯行は不可能なことを示してしまう。リチャードは、慌ててアリスを落ち着かせに走った。

「そうは言っていません。私は更に、次の可能性を考えたのです」

ジェーンはそう言って、懐から紙束を取り出した。

「それは『全員毒を飲まされたが、効果が発揮されたのは子爵だけだった』という可能性」

ジェーンは紙束の一部を、全員に見えるように掲げた。レティは隣で内容を見る。どうやら診断書のようだ。

「これは、子爵が子供の時に発作を起された時の診断書。子爵はティータイムの後、エセックス伯と遊びまわり、身体中に発疹が出て、発作を起こした……」

ジェーンは診断書をパチンと指で弾いた。

「確かに書いてあります。子爵はナッツアレルギーでした」

一同はポカンとする。そんなことが、事件とどう関係すると言うのか……

「今回の事件、真犯人は我々に嘘をつき、間違った方向に捜査を誘導していました……」

「嘘?一体誰が?」

レティは、もう一度手帳を見返す。アリスを犯人とするシナリオでは、虚偽を述べている人物はいないはずだ。

「まずは、今回使われた毒物を明らかにしましょう。レティ、シアン化合物は、どんな匂いがすると言っていたかな?」

レティは即答する。

「アーモンドです」

「そう、アーモンド……犯人はその性質を使って捜査を撹乱させたつもりでしたが、思わぬ妨害でそれは失敗に終わった」

ジェーンは、ステッキでウィルを指した。

「カーター氏、レティから聞いた話では、貴方は料理の材料が無くてボヤいていたとか……」

すると、ウィルは頷いて答える。

「はい、アーモンドが無かったので、ピーナッツで代用いたしました」

周りもトリックがわかってきたようだ。ジェーンは笑みを浮かべて説明する。

「そう、犯人は本物のアーモンドを毒として使うつもりだった。ナッツアレルギーの子爵は、アナフィラキシーショックを起こし、そのまま息をひきとる。皿からアーモンドの匂いがすれば、勘のいい人物はシアン化合物を思い浮かべる。そうやって捜査を撹乱しようとしていたのです」

レティは思い出す。初日、ジェーンは無謀にも、スープをスプーンで掬って飲んでいた。その時に、ピーナッツが入っていることに気がついたのだ。そしてレシピや厨房の様子から、材料が指し変わっていたことに気がついていた。

「犯人がついた嘘はそれだけではありません。犯人は、遺体の変色のことまで偽っていた」

初日の証言を思い出しながら、レティは首をかしげた。

「どうしてです?お二人とも『遺体が赤く変色していた』と言っていました。嘘はついていないと思いますが」

ジェーンは指を振る。

「よく思い出したまえ。そう証言したのはカーター氏だ。もう1人は『赤い死斑が出ていた』と言ったんだ」

ジェーンは、舐められたものだと肩をすくめた。

「いいかい、レティ。死斑とは、あの背中側の変色を指す。あの色はどう見ても褐色だ」

レティは、ようやくジェーンの取った行動の真意に辿り着いた。犯人は、レティにまさか医学知識があるとは思わず、証言の文面だけで誤魔化そうとしていたのだ。

「さあ、諸卿!もうお分かりですね。ヘレフォード子爵を毒殺奉り、巧妙に捜査を撹乱させた真犯人……」

ジェーンその人物を指差した。

「それは貴方ですね、ドクター」

シドニーは悔しそうに顔を歪めていた。

Re: カラミティ伯爵の事件簿 ( No.21 )
日時: 2017/09/09 18:23
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

「君、これはどういうことだね?」

男は、書類を見せながら問いかける。彼はそれを見て、絶望にも近い表情を見せた。

「閣下……その、私は……」

「君には失望した。テヴァルー家から出て行きなさい」

男は冷たく言い放つ。彼は考えた。この男さえいなければ、今の地位を失うことはないと。

「閣下、しばらくの猶予をくださいませ」

「構わん。しかし、必ず出て行くのだぞ?」

彼は恭しい表情を浮かべながら、心の中では陰謀が渦を巻いていた。最も自分にとって安全な方法で、男を殺す方法を……



***



「いかがですかな、ドクター?」

シドニーは悔しそうに顔を歪めていた。しかし、すぐに笑みを浮かべる。

「なんと、子爵閣下がアレルギーをお持ちだったとは、初耳でした」

シドニーはしらばっくれた。そんな彼の様子に、レティは驚きと怒りを覚える。

「主治医のくせに、そんな言い訳が通りますか!?」

「叱責は受け入れましょう。これは私の過失です」

レティは呆れて言葉を失った。しかし、彼の殺意を示す証拠がない。『アルバートをのことを思って』取った行動が、結果裏目に出たと言って仕舞えば、殺人には出来ない。

レティは今朝の話を思い出した。ジェーンは、この事態を予想していたのかもしれない。レティは、悔しそうに歯噛みした。

「そう……貴方ならそう言うでしょうな。ですから、別件で貴方を告発させていただきます」

ジェーンは先ほどとは別の書類を持つ。そして、シドニーに詰め寄り、問いかける。

「ドクター……貴方はいったい『誰』です?」

シドニーは目を丸くした。

「『誰』とは何ですか?名乗った通り、私はシドニー・スペンサー……」

「その顔で、その名を騙るな!」

ジェーンは、珍しく気が立っているようだった。書類を手に持つと、シドニーに語りかける。

「ここ30年ほどの、認可された医師の名簿です。この中に、シドニー・スペンサーという名は一つだけあります」

ジェーンが語り出すと、途端にシドニーの顔が青ざめる。ジェーンは、今度は別の書類を手に取る。

「そしてこちらは、捜索願。15年前に、私が提出したものです」

シドニーはガタガタと震えだした。それは、彼が最も知られたくない秘密。アルバートを殺してまで、守ろうとした秘密……

「行方不明者の名は『シドニー・スペンサー』。職業は医師……かつて、私の友人だった男です」

男はその場に泣き崩れた。もはや彼は『シドニー・スペンサー』ではない。その皮を被った、ただの無免許医だ。

彼の最大の失態は、彼が最初に言った言葉……『初めまして』その一言だった。



***



関係者たちは、食堂で待たされていた。ジェーンは物憂げな表情で、窓の外を眺めている。15年も経ったとはいえ、彼女の中で、友人を喪った悲しみは消えないのだろう。レティは声をかけずに、ジェーンをそっとしておいた。

そこへ、バタンと扉が開いて、リチャードが入ってくる。

「シドニー・スペンサー、本名エリック・ハドソンが、子爵閣下殺害を認めました」

一同の顔に、安堵が広がる。ただ1人、ジェーンを除いて。皆が食堂から出て行った後、リチャードはジェーンの元に近寄る。

「スペンサー氏の事件についても、関与を認めました。15年前、スペンサー氏を殺害し、彼になりすまして医師を務めていたと。ハドソンは医師になり損ない、彼に成り代わることで夢を果たそうとしたようです」

「そうですか。ありがとうございます」

ジェーンは、そう答えた。その顔は、悔しさはあるものの、どこかやり切ったような満足感がある。これでようやく、友人を弔える。

「……伯爵様!お疲れのようですし、しばらくバースに泊まっていきましょう!」

レティがそう提案した。ジェーンは、思わぬ言葉に目を丸くした。

「別に、体の疲労は……」

「体じゃありません、精神的な疲労です!」

レティはジェーンの手を取る。ジェーンはこの15年間、心のどこかでは友人の生存を信じていたはずだ。しかし、今日、真実が明かされ、それも途絶えた。

不意に、ジェーンの瞳から涙がこぼれた。

「あ……れ?」

ジェーン自身、その涙に驚いているようだ。自覚してしまうと、次から次へと溢れ出てくる。人の前だというのに、ジェーンは声を上げて泣いた。

(シドニー、終わったよ)

帰らぬ友人を思いながら……

ヘレフォード子爵毒殺事件、これにて終幕。

Re: カラミティ伯爵の事件簿 ( No.22 )
日時: 2017/09/10 04:30
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

〈ロンドン連続婦女殺害事件〉

ジェンキンス邸の窓を、冷たい風が叩きつけていた。レティは身震いをしながら外を見る。

「すっかり寒くなりましたね……」

秋空の下、庭には枯葉が舞っている。雪が降りだすのも、もうすぐだろう。

「そうだね、暖炉の火をつけようか」

ジェーンはそう言って、使用人に暖炉の用意をさせた。火がつくと、部屋の中は多少マシになった。

レティは今日の新聞を手に取り、ため息をついた。

「日没が早まったせいか、最近物騒ですね。また殺人があったみたいです」

最近、ロンドンでは女性を狙った通り魔事件が相次いでいた。ジェーンもその事件については知っていた。そのため、最近は夜間の外出は控えるようにしている。

「全く、誰がこんな酷いこと……あ!!」

ふと、新聞を読んでいたレティが声を上げた。お気に入りの俳優の結婚報道でも載っていたのかと思って、ジェーンも隣から記事を覗き見る。

「詐欺師エリック・ハドソン……獄中で自殺だと!?」

エリックは、ジェーンの友人に成りすましていた男だ。彼が逮捕されたのは、つい先日のこと。

「どういう事なんでしょう?」

エリックは、医師という職業に執着していた。そんな人物が、自殺などするだろうか。

「警察署に行こう」

ジェーンが言うと、レティも頷いた。レティは外套、ジェーンはマントとステッキを身につけると、早速警察署に向かった。



***



警察署は、ジェンキンス邸のすぐそばにある。馬車を使うような距離ではないので、ジェーンたちは歩いて向かうことにした。

「ハドソンは、裁判を控えていた身だ。刑罰も決まっていないのに、何があったんだ……」

ジェーンは歩きながら呟いた。ハドソンの罪は、決して軽くは無い。特に主人殺しは、死罪が確定していると言ってもいい。しかし、それであの男が諦めるだろうか。

「分かりません、ブリファ警部に聞いてみましょう」

2人は、警察署までの道を急いでいた。昼間の平日だからか、人通りは少ない。だが、この道は大通りであることに加え、今は昼間だ。2人は安心して進んでいた。

「そう言えば伯爵様、スペンサーさんって……」

レティが話しかけようとして、ジェーンを見たとき、ふと気がつく。脇の細い通りから飛び出す、その凶刃に……

「伯爵様!!」

「っ!?」

レティの声に反応し、ジェーンはステッキでその刃を受ける。相手は手練れのようで、一撃目を退けても、すぐに次の攻撃に移る。

「キャーーーーーーーッ!!」

通りの反対側から、女性の悲鳴が聞こえた。第三者に気がつかれた下手人は、ジェーンの命は諦め、脇道に消えていった。

「あ、待ちなさい!」

「やめたまえ、レティ!!」

その影を追おうとしたレティを、ジェーンが牽制する。このまま狭い脇道に誘い出されては、犯人の思うツボだろう。

「今は、警察署に向かおう。この件も含めて、警部から話を聞くとしよう」



***



それは、煌びやかな調度品に囲まれた部屋だった。中で1人、読書にふけっているのは、厳格そうな、気品溢れる壮年。

ふと、壮年は人の気配に気がついた。本を閉じ、静かに語りかける。

「首尾はどうだ?」

「申し訳ございません。取り逃がしました」

姿の見えぬ声は、感情のない声で告げる。壮年は、ため息をつく。

「すぐには動くな。時を待って始末しろ」

「Yes, your majesty」

秋の風とともに、寒空に暗殺者は放たれた。


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