ダーク・ファンタジー小説
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- カラミティ伯爵の事件簿【完結】
- 日時: 2017/09/12 02:04
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
「レティ、見たまえよ!この見事な天使像!!」
女性はそう言って、側に控える少女・レティに呼びかける。彼女の言う通り、それはパーツが上手く組み合わさって、羽を広げる天使の形をしている。しかし……
「伯爵様、生ゴミで遊ばないでください……」
それを構成しているのは、バナナの皮、卵の殻、その他諸々だ。小蝿が飛んでるし、臭いもきつい。レティは掃除婦を呼びつけ、この造形物を撤収させた。
さて、ぶつくさ文句を言いながら、汚れた手を洗っているこの女の名は、ジェンキンス伯爵・ジェーン。ロンドンきっての碩学で、数々の難事件を解決した、変わり者の貴族である。
怪しい香りのする彼女の周りには、いつも凶悪事件が取り巻いている。そこから付けられたあだ名は、疫病神(カラミティ)・ジェーン。
今日もジェンキンス邸の電話が鳴る。事件が彼女を呼んでいる。
さあ、謎を解き明かそう!
そこに隠れた真実が、いかに残酷であろうとも……
***
〈事件ファイル〉
その1:カーライル伯爵令嬢殴殺事件
>>1-2 >>5-8 >>11
その2:ヘレフォード子爵毒殺事件
>>12 >>15-21
その3:ロンドン連続婦女殺害事件
>>22-25
〈あいさつ〉
また突発的なの始めます。出だし見て「ダークじゃねぇ!」と思った方もいると思いますが、複ファにのせるにはな……と思ったので、こっちにしました。
今回は、19〜20世紀のイギリスが舞台の推理小説。正直「そんなんアリか!?」という感じの事件ばかりです。作者が初心者だからしょうがない。
読者さんも、読みながら一緒に推理してくださると嬉しいです。
注意!!
この内容はフィクションであり、実在の人物や団体とは関係ありません。
暴力、性描写も多少含みます。苦手な方はブラウザバック。
コメントは大歓迎ですが、詳しく考察を披露されるのは、お控えください。当たっていた場合、ネタバレになってしまいます(「○○が怪しい」といった程度なら、大丈夫です)。……実際、簡単に解けそうでガクブル。
推理小説なので、目次に沿って読むことをお勧めします。
〈お客様〉
四季様
***
〈主要登場人物〉
ジェーン・ジェンキンス(ジェンキンス伯)
カラミティの異名で知られる女伯爵。見た目は20歳前後だが、実年齢はそれを大きく上回る。未だ独身。変わり者だが、その能力を買われ、数々の難事件を解決してきた。
レティ(レティーシャ・ジェンキンス)
ジェンキンス家の養女。15歳。生まれて間もなく教会に孤児として預けられたが、ジェーンに引き取られ、以降彼女に育てられる。 ジェーンにいつも振り回されている。
リチャード・ブリファ
46歳の警部。柔軟な性格をしていて、ジェーンの能力には信頼を置いている。度々、ジェーンに捜査の協力を要請している。
- Re: カラミティ伯爵の事件簿 ( No.3 )
- 日時: 2017/08/28 06:13
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: ZFblzpHM)
おはようございます、四季といいます。お話読ませていただきました。
推理小説を書けるというのは凄いですね!私は自力では考えられません……。でも読むのは好きなので楽しく読めると思います。
これからも楽しみにしています。頑張って下さい!
- Re: カラミティ伯爵の事件簿 ( No.4 )
- 日時: 2017/09/02 04:27
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
四季さん
おはようございます!まさか、読んでくださる人がいたとは……ありがとうございます!
推理小説と言っても、ジェーンの言葉を借りるなら「大目に見てやるがよろしい」と言われるぐらいの完成度です。楽しんでいただけるといいのですが……
がんばって更新しますので、温かく見守ってくださると嬉しいです。
- Re: カラミティ伯爵の事件簿 ( No.5 )
- 日時: 2017/08/28 20:01
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
ジェーンとレティが通されたのは、ハワード邸の応接室だった。奥の席に座らされているのは、この家の若き執事ダミアン・ウォルシュ。その美しく整った顔を上げると、こちらに気がつき、立ち上がって一礼する。
「こんな時間までお疲れ様です、ジェンキンス伯爵閣下」
「かしこまらずとも結構ですぞ、ウォルシュ殿。座って話を聞かせていただきましょう」
ジェーンは部屋に入り、手前側のソファに腰掛ける。次にレティが座り、その後ダミアンも腰掛けた。貴族よりも先に座るなどという愚を犯さないほどには、彼には良識があるらしい。
「さて、まずは時系列に沿って話を聞きましょう。まず、あなたが事件を発見する直前、あなたはどこにおりましたかな?」
ジェーンが尋問を始めると、レティは横で手帳を広げた。ダミアンの表情を伺いながら、隣でメモをとる。
「はい。私はその時、台所におりました。庭でティータイムの片付けをしてから、屋敷に戻って食器を洗っていたところで、坊っちゃまの悲鳴が聞こえたのです」
ジェーンは「ふむ」と呟く。
「ティータイム……確か、通報があったのは16時過ぎと聞いておりますな。それにしては、やや時間が経ち過ぎてはおりませぬか?通報は事件後すぐに?」
ジェーンが問いかける。それほどティータイムが長引いたのだろうか。
「はい。事件が発覚してすぐに通報いたしました。片付けが長引いたのは……飽きてしまわれたお嬢様と坊っちゃまは、先に自室に戻られました。その後、奥様と談笑をしている間に、時間が経ってしまったのでしょう……」
ダミアンは、思い出しながら話す。
「談笑……会話の内容などは覚えてますか?」
横から、レティが問いかけた。突然レティが口を開いたので、ダミアンは驚いた顔をしている。
「え?……すみません、そこまでは……」
ダミアンは、頭をかきながら言葉を濁した。それは単に覚えていないだけか、話したくないのかは分からない。
「その後、奥様も屋敷に戻られました。庭の片付けが終わると、私も屋敷に戻りました。その時の時刻は、時計の長針が12にかかるくらいだったと思います」
「その数分後、アレクサンダー殿の悲鳴が聞こえた……と」
ダミアンは無言で頷く。
「……その時、アレクサンダー殿は何と叫ばれていましたかな?」
「え?」
ダミアンは呆けたような声を上げた。レティも隣で、なぜそんなことを聞くのか、ジェーンの真意を測りあぐねている。
「確か……『お母様、やめて!』……と」
「そうですか。ありがとうございます」
ジェーンは1人納得したように頷くと、質問を変えた。
「……では次に、ハワード家の方々のお話を聞かせていただいてもよろしいですかな?まずは……エリザベス嬢のことから」
すると、ダミアンは少し顔を伏せた。
「はい。お嬢様は、とても明るく可愛らしい方で、ハワード家の太陽のような存在でした……私にはまだ伴侶すら居ませんが、それでも我が子のように慈しみ、お仕えしておりました」
エリザベスの死は、彼にとっても受け入れがたいことだったらしい。ダミアンは残念そうな顔をしている。
「最近は学校にも御入学され、使用人たちも喜んでおりましたのに……」
「学校……失礼、エリザベス嬢の成績の方は?」
ジェーンが問いかけると、ダミアンはやや言いにくそうにしている。そして、申し訳なさそうに口を開いた。
「お嬢様は……お勉強よりも、外で遊ぶ方がお好きなようで……その……」
「なるほど」
これ以上聞いては、彼は自らの主人を貶めることになる。そこに配慮したジェーンは、話を切らせた。
「では……アレクサンダー殿については?」
次に、被害者の兄について問いかける。
「坊っちゃまは、お嬢様とは対照的に、内向的でお屋敷内にいらっしゃることが多いですね。お勉強の方も優秀で、奥様も鼻が高いと褒めてらっしゃいました」
レティがメモを取っていると、ダミアンは「ただ……」と言葉を続ける。
「坊っちゃまは人見知りが激しく、社交界にお出になるのが苦手なようです。旦那様はよく、それを気にされていて……」
ダミアンは、また言葉を切る。あまり、主人のマイナスになるイメージは話したくないらしい。ジェーンとレティも、最初のアレクサンダーの印象を思い出した。確かに、人に揉まれるのは苦手そうである。
「なるほど……では、カーライル伯のことをお尋ねしても良いですかな?」
「はい、もちろん。旦那様は名門ハワード家の名に恥じぬ、立派な方です。いつも激務に励まれて、なかなか帰られることはありませんが……今日のように、ご家族に何かあれば、すぐに飛んで来られる、とても家族思いな方です」
顔を輝かせて話すダミアン。その表情に偽りは無いだろう。この青年は、レオナルドのことを、心から敬愛しているらしい。
「カーライル伯とは、私も公務で何度か……実に勤勉な方でいらっしゃいましたな」
「はい。そのため、お勉強が苦手なお嬢様を、度々叱ることがありましたが……」
そこでダミアンは「ふふっ」と声を漏らす。
「やはり、娘様が可愛いのでしょうね。今でもよく、お嬢様をお膝にお抱えになって、お話ししておられました」
ダミアンの笑顔に、少し曇りがかかる。亡きエリザベスを懐古しているのだろうか。
レオナルドの狂乱ぶりから、その内容は嘘でないことが伺える。ジェーンは頷くと、最後の質問に入った。
「では最後に……ハリエット夫人については?」
ダミアンは、また少し目を伏せた。
「奥様は、とても優しい方です。私も、16の頃からお仕えしておりますが、使用人たちにも優しく接してくださいました。とても、あんな恐ろしいことがお出来になるとは思えません!」
ダミアンは珍しく、そこは強く言い切った。
「なるほど。そういえばウォルシュさん、あなたは随分と若いですが、いつから執事の仕事を?」
何か引っかかる所があったのか、レティが問う。ダミアンは天井を見上げながら答えた。
「4年前でしょうか?前任者が亡くなり、坊っちゃま達の遊び相手を勤めていた私を、奥様が執事に推薦してくださったのです」
「そうですか……」
レティはそう言うと、満足そうな顔をした。
「以上ですかな?」
隣からリチャードが問いかける。ジェーンは「そうですな」と答え、立ち上がろうとした。その時、ふと何か思い出したように、ダミアンの方を見る。
「そういえば、事件を目撃した時、ハリエット夫人は凶器を手にしていたといっていましたな?」
「はい……」
ダミアンは怪訝な顔をする。
「その時と今で、エリザベス嬢に何か変わったところは?」
「いえ、特には……」
「ロープなど、見ておりませんかな?」
その言葉に、一同は目を細める。しかし、ダミアンは狼狽えることなく
「私は見ておりませんが……」
と答えただけだった。
「よろしい。本日はカーライル伯にあいさつを申し上げましたら、おいとまいたしましょう。ご協力、感謝いたしますぞ、ウォルシュ殿」
「こちらこそ、ありがとうございました」
ジェーン達が席を立つと、ダミアンも立ち上がる。そして、直立不動のまま、2人を見送った。
***
「伯爵様、ダミアンさんがエリザベスちゃんを殺したのでは無いでしょうか?」
部屋を出るなり、レティが言った。ジェーンは目を細め、レティの方を振り向く。
「……よろしい。君の推理を話したまえ」
ジェーンは興味深そうに、レティに話すよう促した。レティは得意そうに語り始める。
「まず、犯人が男性であることは、先ほど話した通りです。それで、ダミアンさんが犯した罪を、ハリエット夫人が被っている」
「……何故、夫人がウォルシュ氏を庇うのだね?」
レティは、口調を強めて言った。
「愛人だからですよ!ダミアンさんは、ハリエット夫人との会話内容を明かしませんでしたし、カーライル伯が家にあまり帰らないとも言っていました。執事にも、ハリエット夫人の推薦があってなれたんですよ。そうとしか、考えられません!」
ジェーンは「なるほど」と呟く。
「では……第一発見者のアレクサンダー殿の証言はどうなるのかね?」
「アレクサンダー君は、あの性格です。きっと、夫人とダミアンさんに丸め込まれて、3人で口裏を合わせているんですよ!」
リチャードは、その推理を隣で聞いていた。一理あると頷きながら、2人と歩調を合わせて廊下を進む。
「ハリエット夫人は、あの若い執事を愛し、それゆえ庇っている……と」
「そうです。あんな格好いい人だったら……」
「つまり……君はああいう伴侶がいいのかね?」
「……は?」
見当違いのジェーンの返しに、レティやリチャードも含め、その場にいた全員が目を丸くする。
「いやぁ実を言うとね、アーガイル公爵のご子息から君に縁談があったのだよ。しかしそのご子息というのが、魚とラクダを足して2で割ったような顔つきでね。さすがに君が不憫だと思い、断ったのだが……なるほど、私の判断は賢明だったようだ」
「今は私の縁談なんて、どうでもいいでしょう!あと、アーガイル公とそのご子息に、全力で謝ってください」
ケラケラ笑うジェーンの隣で、レティは顔を真っ赤にして怒っていた。そんな会話をしていると、前方から人影が現れる。この家の主人レオナルドだ。
「こんな時間まで、いたみいります、ジェンキンス伯。ハリエットは……妻はどうなるのでしょう?」
「何とも言えませんな……明日、また調査に来ます」
ジェーンの返しに、レオナルドは今にも倒れそうな顔をしている。よほど妻のことが心配なのだろう。
「つきましては、カーライル伯。本日は、使用人も含め、全員客室でお眠りになってくださいませんか?犯人に証拠を隠蔽されては困りますので……」
ジェーンが申し出ると、レオナルドはかっと顔を上げる。
「私たちに、使用人と同じ部屋で夜を明かせと申されるか、ジェンキンス伯!」
心労も相まって、いつも以上に感情の起伏が激しいようである。ジェーンはそんなレオナルドに近づくと
「さすれば、ご夫人の無実が証明出来るやもしれませんぞ?」
と、甘い言葉をささやいた。レオナルドはやはり拒絶感があるようだが、渋々承諾する。そんな彼の様子に満足すると、ジェーンはハワード邸を後にした。
〜レティのメモ〜
〈ダミアンの証言〉
15:00〜ティータイム
↓
エリザベスとアレクサンダーが、先に屋敷に帰る
↓
ハリエットと談笑
↓
ハリエットが屋敷に帰る。片付け開始。
↓
16:00ダミアンが屋敷に帰る。台所へ。
↓
アレクサンダーの悲鳴で、事件発覚。すぐに通報。
・エリザベスは、ダミアンが部屋に来た時にはあの状態だった。
・ダミアンは、ロープを見ていない。
〈ダミアン視点では……〉
・エリザベスは活発な性格。勉強が苦手で、よく怒られる。
・アレクサンダーは内向的。勉強は好きだが、気が弱そう。
・レオナルドは、仕事で忙しい。家族思い。
・ハリエットは優しい。執事に推薦してくれた。
ヒントは出て来ています。ブラフにはお気をつけて!
- Re: カラミティ伯爵の事件簿 ( No.6 )
- 日時: 2017/08/30 07:40
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
捜査2日目
カラカラカラ……と車輪の回る音がする。蹄の音が聞こえてからしばらくすると、ハワード邸の呼び鈴が鳴る。ジェーン達を出迎えたのは、屋敷で当直していたリチャード警部だ。
「おはようございます、閣下。今日もどうぞ、よろしくお願いします」
「おはようございますですぞ、警部!昨夜、怪しい行動をとった方はおりましたかな?」
「いえ。昨夜は、お手洗いに行かれた方以外は、一歩も客室を出ておりません」
「よろしい!」
ジェーンはホールに入ると、螺旋階段を登る。
「ご夫妻の様子はどうです?話ができそうですか?」
ジェーンの後をついていきながら、レティがリチャードに問いかけた。
「はい。お二人とも、昨日よりは落ち着いておられます。カーライル伯閣下も、今日はお休みをとられているようです」
「休み……アレクサンダー殿の学校はどうですかな?」
今度はジェーンが問いかけた。
「今日は休校日だそうです」
リチャードが答える。ジェーンが窓の外を見下ろせば、外ではしゃぎ回る近所の子供達の姿が見えた。
「よろしい!まずはアレクサンダー殿の話を聞きたいですな!」
「それが……」
リチャードが少し、言葉を濁した。
「アレクサンダー殿はハリエット夫人のことを心配されて、昨日から夫人からお離れになりません。アレクサンダー殿もあの性格ですし、1人でお話しするのは、かなり難しいかと……」
レティの目が怪しく光る。
(やっぱり、夫人が囲っているのでは……?)
ジェーンはステッキで肩をポンポンと叩く。何かを考えていたようだ。
「なるほど……では、お2人の話を一緒に聞くことにいたしましょう」
「了解しました、閣下」
***
ガチャっと音を立てて、ドアが開かれる。通された部屋は客室だった。ハワード一家が、昨夜寝泊まりした部屋だ。部屋の椅子には、ハリエットが座っており、隣にはアレクサンダーが寄り添っている。
リチャードは、ジェーン達を座らせるための椅子が無いことに気がついた。廊下に控えている部下を呼び寄せる。
「誰か!閣下とお嬢さんに椅子を……」
「構いませんぞ、警部。話はすぐに済みますゆえ」
ジェーンはリチャードの申し出を断ると、ハリエットに近寄る。
「ご機嫌いかがですかな、夫人。一晩休んで、疲れはとれましたかな?」
「……ええ」
ハリエットは、覇気のない声で答えた。ジェーンとは目を合わせず、どこかを見つめている。アレクサンダーは、訝しげにジェーン達を睨んでいた。
「さて……夫人にもいくつか確認したいことがありましてな。お話を伺っても?」
「……どうぞ」
ハリエットはボソリと答えた。レティは隣で手帳を取り出す。
「まず、夫人は犯行を全面的に認めているということですが……動機は何ですかな?」
ジェーンが問いかけると、ハリエットは少し間を置いてから答えた。
「ベス……娘は、学校の成績が不振でして、しつけのつもりで最初は怒っていました。あの子があまりにも反抗するので、気がつけば文鎮をとって……」
ハリエットは抑揚のない声で答える。レティはメモを見返しながら、ハリエットとダミアンの証言に繋がりがあることを確認する。
「犯行に及んだ時刻は……覚えてますか?」
今度はレティが問いかけた。
「正確には分かりませんが……ティーパーティーから帰ってきてすぐだと思います」
「失礼、その時、アレクサンダー殿は?」
ジェーンは、アレクサンダーの方を見ながら問いかけた。突然話しかけられたアレクサンダーは、身体をびくりと震わせる。何かを言おうとするが……
「あ……え……僕は……」
「サーシャ……この子は、自分の部屋で勉強をしておりましたわ」
吃音気味で話せないのか、ハリエットが答える。レティはその様子に、少し不審感を覚えた。
「なるほど……ところで夫人、現場のエリザベス嬢の身体は、犯人と争った形跡もなく、随分綺麗な様子でしたが……あれはあなたが?」
ハリエットの身体が、わずかに震えた。
「え……えぇ」
「失礼ですが、理由をお尋ねしても?」
レティが問いかけると、ハリエットは下唇を噛んだ。
「……殺してしまった後、急にあの子が可哀想に思えてきて、せめて身なりだけでも……と」
「それは、ダミアンさんが駆けつける前に?」
「はい……」
ハリエットの声は、後半にいくに従って、どんどん小さくなっていった。ジェーンは「ふむ」とつぶやき、もう一つ質問を投げかける。
「では……ロープはどこに隠されたのですかな?」
すると、今までこちらを見ようともしなかったハリエットが、ジェーンの目を見る。
「ロープ……?」
「エリザベス嬢を縛り上げていたロープです。先ほどから我々も探しておりますが見つかりません」
リチャードが付け加えるように言うと……
「……知りません」
ハリエットは再び目をそらし、強い口調で言った。
「知らない……とは?」
「知りません!私は、ベスを縛り上げてなんかいない!」
今までとは別人のように、ハリエットは大きな声を上げた。
「しかし、エリザベスさんの腕には痣がありましたし、エリザベスさんが拘束されてないとすれば、文鎮を取りにいく隙に逃げられてしまうでしょう?」
レティが聞くと、ハリエットは動揺が顕著になってきた。
「っ……ベスの手は、私が押さえつけていました。ベッドから逃げ出そうとしても、すぐに引き戻しました。私が嘘をついているって言うんですか!?」
ハリエットの声は甲高く、明らかに冷静さを欠いていた。
「でも……」
「話は済んだでしょう?もう出て行ってください!!」
ハリエットは、両手で顔を覆いながら叫ぶ。母親の狂乱ぶりに、アレクサンダーは戸惑いながらハリエットを見つめていた。
「やれやれ……もう話は聞けそうに無いですな」
ジェーンはかぶりを振ると、部屋を出て行った。レティはその後を追いながら、いきなり豹変したハリエットを、心配そうに見つめていた。
〜レティのメモ〜
〈ハリエットの証言〉
・犯行に及んだのは、ハリエットが屋敷に戻ってからすぐ。
・動機は、エリザベスの成績不振。しつけのつもりが、エスカレートして殺害。
・犯行時、アレクサンダーは自分の部屋で勉強していた。
・エリザベスの身なりを整えたのは、殺害後〜ダミアンに発見されるまで。
・ハリエットは、犯行にロープを使用していない。腕の痣は、ハリエットが強く掴んだから。
さあ、分かってきましたか?次話で、大ヒントが出てきますよ!
- Re: カラミティ伯爵の事件簿 ( No.7 )
- 日時: 2017/08/30 07:50
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
ハリエットに追い出され、廊下を歩いていると、レオナルドがちょうどこちらに向かっていた。
「ジェンキンス伯!今、妻の声が聞こえたようですが……」
ジェーンは、肩をすくめた。
「いやはや面目無い……夫人の気に触る質問をしてしまったようですな」
レオナルドの眼光が鋭くなる。妻の身を案じているのだろう。
「す……すみません!私たちは当初、犯行にロープが使われたと思ったのですが、それを夫人に強く否定されてしまって……」
「……なるほど。妻も神経質になっていたのでしょう。こちらこそ申し訳ありません、レディ」
レティがジェーンを庇うように出ると、レオナルドはまた優しい顔つきに戻った。
「……奥様のこと、大切になさっているんですね」
レティが言うと、レオナルドは照れたように笑う。
「実は、私たちは恋愛結婚でしてね……少しお話を聞いてくださいますか、レディ?」
先ほどとは打って変わり、レオナルドは穏やかに話し出す。レティは、コクコクと頷いた。
「ハリエットとは、母方の従兄妹なのです。子供の頃からよく知っていて……当初、ハリエットには他の男から縁談が有ったのですが、それを聞いたらいても立ってもいられず、すぐに求婚しました」
レオナルドは自嘲気味に笑った。
「結婚して、アレクサンダーが生まれた時は、本当に嬉しかった。その後、エリザベスも生まれて……とても幸福でした」
レオナルドの声が震える。娘の死を、本当に悼んでいるのだろう。心中を察したレティが、そっと声をかける。
「私はまだ結婚なんて考えて無いですし、伯爵様も独身でいらっしゃいますけど……ご家族を本当に大切に思われている、カーライル伯のお気持ちは分かります」
そして、レオナルドの手を取って、きっぱりと言った。
「事件はきっと解決してみせます!だから伯も、お気持ちを強く持って……」
「レディ……」
レオナルドは、レティの行動に驚いた様子だ。だがすぐに笑顔を浮かべる。
「こんないたいけなレディに心配を掛けるとは、紳士の恥ですね……どうもありがとう、お優しいお嬢さん」
「いいんです!遠慮なく頼ってください!」
そんな会話をしていると、リチャードが「あの……」と横から声をかけた。
「お嬢さん……ジェンキンス伯閣下は、どこかに向かわれたようですが……」
そこで、レティもようやく気がつく。レオナルドの話を聞いているうちに、ジェーンの姿が消えていた。
「あの人……一体どこへ?」
「あちらではありませんか?」
レオナルドが窓を指差した。窓の外では、近所の子供たちが縄跳びをして遊んでいる……そこにしれっと紛れ込んでいる、ジェーン。
「あんの人は……っ!!」
レティは、額に青い血管が浮き出るほど怒っていた。こちらが真面目に話を聞いているうちに、ジェーンは何をやっているのか。
「……伯、失礼いたしました。少し、灸を据えて参ります」
レティは、鬼のような形相でジェーンを追いかける。後に残されたレオナルドとリチャードは、呆然とその背中を見送っていた。
***
道行く人々の視線が、ある一点に集中する。そこには、いい大人が10代の小娘に引きずられている姿がある。
「全くあなたって人は……生ゴミでオブジェ作ったり、勝手に依頼引き受けたり、依頼そっちのけで子供と遊んだり!」
「うう……痛いのである。何も、あんなに叩かなくても……」
ジェーンは頭をさすっていた。先ほど、レティからゲンコツを落とされたのだ。手加減なしにくり出された一撃は、今もズキズキと痛む。
「ちゃんと調べてくださいよ、伯爵様!カーライル伯がどんなに奥様を気にかけてらっしゃるか……」
「……謎なら解けているのだ」
「え……」
ジェーンの言葉に、レティは振り返る。ジェーンは、さも当然といった様子だ。そこに、ハワード邸からリチャードが迎えに来る。
「閣下!ちゃんと見つかったのですな!」
「謎が解けているって……だったらどうして、何も言ってくれないんですか!?」
レティは大声で怒鳴った。リチャードは隣で、驚いた顔をしている。
「解決したのですか、閣下!でしたら、すぐに……」
「決定的な証拠に欠けるのですよ。それが無ければ、私の推理はただの憶測です……」
リチャードの言葉を切って、ジェーンが言う。
「証拠……では、それさえ見つかれば?」
「左様。場所の検討もついておりますぞ。しかし、それが簡単には入り込めそうも無い所でしてな……」
ジェーンは何やら考えながら、ステッキで肩をポンポンと叩く。すると、何か思いついたようだ。
「警部!一つ頼まれてくれますかな?」
ジェーンは笑みを浮かべ、リチャードに何やら耳打ちをする。レティは取り残され、1人何も分からずにいた。
「……しかし、それは夫人が止めるのでは?」
「私が目を引きましょうぞ」
ジェーンは、ハワード邸に入ると、大きな声で皆に告げた。
「諸卿!エリザベス嬢の部屋にお集まりください。事件が解決いたしましたぞ!」
ヒントには気がつきましたか?それさえ分かれば、真実はすぐそこです。次話で犯人が明らかになる……予定。