ダーク・ファンタジー小説

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あなたが天使になる日【完結】
日時: 2020/09/14 00:47
名前: 厳島やよい (ID: l/xDenkt)

 本編、後日譚ともに完結済みです。
 様々な形で応援してくださった皆様に、心からの感謝を。

もくじ

1『影に咲いている』>>1-3
2『そのまま、泣いていたかった』>>4-6
3『きみがふれた光』>>7-9
4『傷口に砂糖でも塗りたい』>>10-11
5『赤を想う』>>12-14
6『天使になりたい』>>15
7『青霞み』>>16 >>19-20
8『あなたが天使になる日』>>21-25
9『彼女の記憶、閑話休題』>>26-27
10『Untitled』>>28-29
あとがき1 >>30
あとがき2 >>31

だれかが天使になったあとのお話『やさしいはつこいのころしかた』>>32-33
あとがきと、いろいろ。>>34


イメージソング:『Sea Side Road』Eshen Chen

※流血描写等あります。苦手な方はご注意ください






 これは、海が見えるちいさな町に住んでいた、ある女の子のおはなし。





Re: あなたが天使になる日 ( No.15 )
日時: 2019/08/01 21:44
名前: 厳島やよい (ID: IFeSvdbW)


 ■月■日

 名前を交換しても、わたしは佳澄になることなんてできない。わたしは、朱里のまま。じゅりのまま。
 母さんに名前を呼ばれるたび、吐き気がした。どうしてわたしはわたしなんだろうと思った。
 少しの間だけでも、わたしは、わたしではないだれかになりたかった。余計に苦しくなっても、そのときだけは、生きてるなあって、思えるから。


 ■月■日

 佳澄になりたいです、てんしさま



   6『天使になりたい』


 怪しいものは入れてないから、飲んでよ、アカリちゃん。
 広くて殺風景なリビングに通され、ざらりとした感触のソファに座って向かい合った。ご丁寧にお茶をすすめられたので、一口だけ飲んでおいた。たぶんほうじ茶だ。

「必要ないような気がするけど、一応自己紹介するね。僕は市瀬蒼太。朱里の弟で、小学三年生」
「三年生か。しっかりしてるんだね」
「生意気、の間違いでしょぉ」

 けらけらと、蒼太が湿度の低い笑い声をあげた。
 体格や仕草こそ歳相応ではあるが、十歳にも満たない子どもだとは思えない。オーラというか、なんというか。言葉にするのがどうにも難しいのだけど、そんなものを、彼は周囲に纏っている。それはどこか歪で、暗い。似た色をいつか見たような気がして、朱里の目だったなと、すぐに思い出した。
 弟なんだなあ、と。まぶたで噛み締める。痛い。

「本当はアカリちゃんにも自己紹介してもらいたいところだけど、自分の名前、大っ嫌いなんだもんねえ」
「うん。まあ」
「たぶん、ねーちゃん以上にだ。そんなんで、毎日生きていけるもんなの? 学校にいようが家にいようが、いやでも名前は呼ばれるんだろうに」
「平気だよ、ただ呼ばれる分には。音に蓋をすればいいんだもの」
「……ふた?」

 ずずずずー、とお茶をすすって、蒼太が訊ねた。

「そう。勝手に考えるの、その人がわたしに、どんなあだ名をつけるか。とくに思いつかなければ、その人の使う二人称。それもしっくり来なければ、無音にする」

 わたしの話を聞きながら、彼は目を伏せ、こぼれ出そうになる言葉を慎重に選ぶように、ゆるく唇を結んでいた。
 少しの間をおいて、選別の済んだ言葉が、変換される。

「ねーちゃんは、名前を交換する前、アカリちゃんのことをなんて呼んでた?」
「無音。あの子はわたしを【  】としか呼ばないと思った」

 あー、そ。
 安堵とも、落胆とも取れる声が返ってくる。

「だから尚更、わたしはアカリになりたかったのかもしれない。無音になるのは、母親くらいで十分だから」

 人がだれかの名前を呼ぶとき、その声や呼び名には、相手をどう思っているかが自動的に反映されるものだと考えている。わたしはそれを、物心ついた頃から自分の都合よく操作しているのだし、なくせる歪みはなるべく取り除いておきたかった。
 無駄な抵抗だとは自覚している。最大の歪みである母の"無音"が、わたしの世界の中心に、ずっと存在しているのだから。

「蒼太くん。朱里は、遺書かなにかを残していたりはしない?」



*

 すぐ隣の和室で、形だけでも遺影に手を合わせたあと、彼に案内してもらって二階へ上がった。外で見た以上に家が大きく感じるのは気のせいだろうか。

「ここが、ねーちゃんの部屋。ドアノブと延長コードで首吊ったけど、わりと早く僕が見つけたし、掃除も念入りすぎるくらいにしておいたから大丈夫だよ」

 滞りなく恐ろしいことを言うんだなあ、この子は。呑気にそう思いながら、朱里の遺体が存在していたのであろう場所をそっとスリッパで踏みつけ、彼女の部屋に入った。さっそく本題に入ろうということだ。日記をわたしに送りつけた理由も、説明してくれるのだろうか。
 彼が窓際の勉強机の引き出しへ顔をつっこんでいる間に、暗い部屋の中を見回した。大きな窓は、遮光カーテンが隙間なく閉められている。ざっと見積もっても、わたしの部屋の三倍は面積があるものの、物が少ないせいか余計に広く思えた。
 壁際の、腰ほどまでの小さな本棚には、文庫本や漫画、雑誌なんかが並べられていて、その上にはうつむいた古い熊のぬいぐるみと、空の花瓶が置いてある。ベッドの隅できれいに畳まれている毛布には、枕が重ねてあった。生活感がないほどきれいに片付いているのは、蒼太が手を加えたからなのか、もともとの性質なのか。まあ、おそらく後者だろう。
 それにしても、どれほど奥にしまいこんでいるのかと訊きたくなるほどに、蒼太の探し物が終わらない。これほど暗いのでは、見えるものも見えなくなるだろう。

「カーテン、開けようか」
「通りから丸見えになっちゃうんだ。悪いけど、電気をつけてくれる?」
「ああ、うん」

 紐を引いて、蛍光灯をつけた。
 それでも遺書は見つからないようで、今度は違う引き出しを開いている。

「ごめんね。僕、ちょっとだけここが壊れてるの」

 わたしからにじみ出る不安が、伝わってしまったのかもしれない。彼が振り返り、こめかみの辺りを指でつついてそう言った。

「…………気にしないで。お母さんに見つからないように、隠したんだろうし」
「それは心配ないよ。あの人、めったに家の階段使わないから。朱里に突き落とされるーって、未だに言ってる」

 歩き回りながら「自覚はあるのね」とこぼすと、苦笑された。そういえば、母親は外出中なのだろうか。対面の覚悟もしていたのだけど、気配すら感じられない。
 なんとなく手に取った枕に、朱里のにおいがかすかに残っていた。喉の奥から急激に熱が溢れそうになったので、それを押さえ込むため、慌ててもとの場所に押し付ける。と、かさり、と枕の下から音が聞こえた。

「あのさあアカリちゃん、きみに送った封筒のことなんだけ「ねえ、もしかしてこれ?」
「え?」
「遺書。朱里の遺書」

 蒼太が、顔を上げた。
 横書きの便箋の、中央の行に、ボールペンで、ひとこと。

『天使になりたい』

 ただ、それだけ。
 死の間際に残したのであろう文字が、取り残され、震えていた。
 彼女なりの、謝罪か何かのつもりだろうか。何度も噛み砕こうとしてもよく意味がわからない。頭が回ってくれない。

「なに、これ。これだけなの」

 なんだろう、この気持ちは。
 虚しさだろうか。
 悲しみだろうか。
 怒りだろうか。
 どれもそうで、どれも違う。
 指先から力が抜けて、紙一枚さえまともに握っていられない。いつのまにか、床に座り込んでいた。
 滑り落ちた便箋を、蒼太が大事そうに拾い上げ、既についていた折り目にそって畳む。その静かな動作までもが、沸き上がる未知の感情を刺激した。
 朱里がさいごに見たものが、そんなものなのか。
 なに、天使って。そんなものになって、どうするの、朱里。前に言っていたよね、生きるひとたちに負けるみたいで腹が立つって。だから、腕を切ってでも地面を這ってでも生き延びたいって。もうリストカットやめてって言わないから生きてよって、言ったじゃん。言った、あれ、言ったっけ、そんなこと。言ってないかもなあ、あははははは。
 ………………笑えないって。

「アカリちゃんにだけは、教えてあげる」

 混乱、と、呼ぶべきなのかもよくわからない状態で、蒼太の冷たい表情を見上げていた。

「ねーちゃんは、せーてきぎゃくたい、ってやつにも遭ってたんだよ」
 

Re: あなたが天使になる日 ( No.16 )
日時: 2019/08/03 07:59
名前: 厳島やよい (ID: yE.2POpv)




   7『青霞み』


       ※

 あの子たちの悲劇が生まれたきっかけがあるとするならば、それはいつ、どこなのだろうかと、私はよく考えていた。答えなど出ない。いつだって、同じところをぐるりぐるり、ただ廻りつづけるだけだ。
 答えの出ない問いを追いまわすことほど、愚かなものはないと思う。人生には限りがあるから。仮にないとして、それでも実に愚かである。
 だから私は、この物語に無理矢理、出発点を作ることにした。きっかけを作り、ことの元凶を定めた。そうすれば、雨模様ばかりを描くこの心も、せめて曇り空か、天気雨くらいにはなってくれるだろうと。勝手に走り続ける思考が、せめて早足くらいにはなってくれるだろうと。そう信じこまなければ、やっていられないから。
 問いに向き合うこと自体に意味がある、と語る人がときどきいるけれど、私にはそういう価値観がよくわからない。もちろんすこしは理解できても、納得するのは難しい。



 彼女はまっすぐな人間だった。恵まれた家庭ですこやかに育ち、人に愛され人を愛した彼女は、遠くから見ても、輝いていた。まっすぐだからこそ、それが彼女自身の脆さになったのかもしれないと私は考える。だけれど、当時の私はその輝きに魅力しか感じられなかった。
 彼女は、私のひとつ歳下の友人だった。同じ高校の同じ図書室に通い、よく同じ本を読んで、感想を語り合っていた覚えがある。遠い昔の記憶だ。それ以外に接点はなかったので、友人だった、という表現も適切ではないのかもしれないが、ほかに似合いそうな言葉が見つからない。
 市瀬瑠璃子。それが、彼女の名前である。
 テニス部所属の生徒会役員。成績優秀で、資産家のご令嬢で、同級生の恋人とは婚約関係にあるらしいというものだから、はじめはたいへん驚いた。いろいろな意味で。
 やがて、互いに住む世界が違うことを悟ったのか、単純に飽きたのか。私が受験勉強に励むようになると、彼女と会うことも少なくなっていき、そのまま一足先に高校を卒業した。県内の私立大へ進学し、安いアパートでの一人暮らしに慣れた頃には、瑠璃子のことなど、もうすっかり忘れてしまっていた。
 それから時は流れ、二年後のことだ。
 ある晩、酒に酔った母親が泣きながら電話を掛けてきたので、何事かと思いつつ話を聞いていると、たまには家にも顔を出せとの声を頂戴した。いつまでもべたべたと甘えているより、黙って結果を出してから敷居を跨ぐべきだと考えていた私にとって、あの出来事は衝撃的だった。それについては、わりと今はどうでもいいのだけど。
 二・三週間後、ちょうど地元で祭りのある週に実家へ帰り「ほんっとーにあんたって淡白な子ね、可愛くない! 誰に似たのかしら!」などと罵られながら、玄関先で熱い抱擁を受けていた。もちろんあんたに似たのだ、ツンデレ野郎。
 その後、もて余した暇をつぶそうと、久々に向かった町内の図書館で、瑠璃子と再会した。ようやくメインキャストの登場である。
 好きな作家の短編集を探していた最中に向こうから声をかけられたのだが、すっかり垢抜けていたのと、彼女自身をなかなか思い出せなかったのとで、しばらく認識できなかった。制服を脱ぎ捨てると、人間はこうも変わるものなのだろうか。私は何をしても変わらないのに。

「そういえば、るりちゃん、髪の毛ばっさり切ったよね。いめちぇん? あ、成人式のためか」
「いいえ。心境の変化で」
「ほう」

 閑古鳥も嘆くほどに静かなファミリーレストランで、紅茶片手に向かい合う。
 きんきんに効いたクーラーが容赦なく足元を冷やしてくるので、ふたりで年寄りのように、ドリンクバーの熱いお茶を流し込んでいた。お陰様で手洗いが近い。

「高校のとき、わたしがお付き合いしていた男の子のこと、覚えてる?」
「あー、存在というか、影だけなら」
「じつはね、ついこの間、彼と別れたのよ」
「へえ、別れたの」
「そう」
「…………え、え?」

 婚約までしていたという、例の人と?
 そんな重大な報告を、何てことのないようにさらりと口にしてしまうなんて。悪い話など瞬く間に広まってしまうような、こんな田舎町では、どこで誰が聞いているかわからないのに。

「だから、切っちゃいました。験担ぎに」

 私の心中を見透かしたのだろう。どうでもいいわよ、とでも言うように微笑む。余裕をもって笑っていられる瑠璃子が、私にはわからない。
 タイミングが良いのか悪いのか、ちょうどそこへ、女性店員が二人分のクリームパスタを運んできた。高校生程度に見えたけれど、去り際に薄い視線が瑠璃子の頬を掠めたのは、思い過ごしではないと思う。
 嫉妬と羨望、少しの安堵と、根拠のない優越感。高校にいたとき、私や周囲の生徒たちが向けていたものと、何ら変わらない。幼い頃から長いこと、そういう視線にさらされていたのだろう。彼女は涼しい顔でパスタを絡めとる。「おいひ〜」自然とあふれる笑みとの落差に、めまいを催しそうになった。

「お父さんは、ツカサを勝手に婿に入れるつもりでいたの。でも、そういうわけにはいかないと、親同士ひどく揉めてしまって。それが発端で、パァ。いろいろ、ありえないでしょう」

 いろいろ。
 その言葉に、彼女の思いが詰まっているように感じた。
 私には、すべてを受け止めることなどできない。その中のふたつみっつを抱き締めるだけで精一杯で、それ以上の無理は自分自身を壊してしまいかねない。悲しいけど、それは別として、パスタおいしい。

「少しはゆっくりさせてもらうつもりだったけど、もう、手当たり次第って感じでお見合いさせられてる。今日はたまたま暇だったの」
「あの、なんて言葉をかければいいのかわかんないんだけど、とりあえずお疲れ様」
「ありがとう。愚痴みたいになっちゃってごめんね」
「いいよ、私の愚痴も聞いてくれたら、おあいこになるでしょ」
「……もっちゃんって優しいし、ほかの人みたいに、作らない、から好きだな」

 優しくなんてないよ、と言い返しそうになり、すんでのところで飲み込む。お世辞だろうがなんだろうが、相手が自分をそう思うのなら、それが相手にとっての事実なのだ。否定など、無礼に等しい。
 私の無言に満足したのか、瑠璃子はまた屈託なく笑って、パスタを口に運んだ。

「ずっとお話しできなくて、寂しかったのよ、もっちゃん」

Re: あなたが天使になる日 ( No.17 )
日時: 2019/08/04 03:59
名前: ヨモツカミ (ID: w9Ti0hrm)

こんにちは。多分、はじめましてではないと思うので、はじめしては言わないでおきます。
私は普段、複雑ファジーしか利用していないので、こっちの作品を見る機会なんてほとんどありません。それでも気まぐれに、知ってる名前の作者がいるなと思ってこの作品を覗かせていただきました。
奇跡的な出会いだったんだな、と思います。
興味本位で冒頭を読んだ瞬間から、スラスラとページを進める手が止まらなくなりました。ストンと自然に入ってくる、読みやすい文。情景の浮かびやすい丁寧な描写。引き込まれたんだ、と思いました。
私は飽きやすいので、すぐに読むのをやめちゃうだろうと思っていました。でも、本当に、完全に引き込まれて、止まりませんでした。
ちょっと、カキコでこういう経験するの久しぶりで、すごく楽しませてもらったので、コメントを残したくなったんです。

朱里の自殺。衝撃的なワードで話が始まって、不謹慎ですが、私自殺のお話大好きで、そこで読みたいなと思いました。
読みすすめていくと、朱里がいじめを受けていたことを知り、それが原因の自殺かなって思ってましたが、もっと別の理由があるようで。
主人公の名前が【】で囲われていたり、いなかったりするの、なんでだろうと思ったら、極度の名前嫌いだったこと。それをそういうふうに表現するのか、とちょっと感動しました。
名前が嫌いなもの同士、互いの名前を交換し合うっていうの、いいですね。唯一無二の友情って感じしますし。
二人は同じ時間を共有していくうちに、自分たちの境遇が似ていることに気づきますが、朱里のほうが過激で、どうしようもないものだとわかったとき、とても胸が締め付けられました。
きっと、彼女は今後読みすすめていっても不幸になっていく一方なんだろなと思って、お祭りで楽しんでいる描写があったとき、もっと幸せになってくれ……って感じでした。もう結末が冒頭で書かれているからこそ、楽しげな描写は一層悲しいですね。
二人はこんなにも共通点があるのに、こんなにも友達なのに、どうしてか遠い。その距離が、朱里の悲しい結末を弾き出してしまったのかもしれないって思うと、泣きそうになってくる。
虐待とか、リスカとか、また不謹慎ですが、私が好きな要素を多く含むこの「あなたが天使になる日」という作品、とても好きです。辛くてどうしようもなくて、虐待とか、死にたいとか、リスカとか、悲しさに胸を押しつぶされる要素がいくつもあって、でもそういう暗いお話が大好きで、出会えてほんとに良かったなと思いました。
完結の瞬間、どんな結末が私を襲うのだろうと、激しく期待しております。
あまり感想が得意ではないので、自分でも何を書いたかわかりませんが、厳島やよいさんが、この作品を書く上での励みになってくれるといいなと思います。
変なタイミングでのコメント、失礼しました。

Re: あなたが天使になる日 ( No.18 )
日時: 2019/08/04 23:07
名前: 厳島やよい (ID: SI2q8CjJ)



◎ ヨモツカミ 様


 こんにちは、温かいコメントをありがとうございます。ご存知のとおりの厳島です。スレッド一覧にヨモツカミ様の名前を見つけた瞬間、びっくりしちゃいました。笑
 最初の一文から引き込まれたとのことで、この書き出しにしてよかったなと、感じております。

 いくら自分と似ていようと、朱里の境遇がケタ違いに劣悪であることについて、主人公自身、相当な葛藤を抱えています。わたしもほんとうに少しですが、似た経験を何度かしたことがありまして。
 辛さ、苦しさの度合いは、他人とは比較しないほうがいいものだと考えています。それぞれのキャパシティも性格も、生まれ育った環境も違うのに「あの人のほうが自分よりずっと辛い、わたしは甘えているんだ」とか「自分はこんなに大変なのに、あいつは楽に生きている」とか、そんな風に思うのはおかしいですよね。
 主人公も、それは頭でわかっているものの、自分のこととなると主観が大きくなってしまいます。何だかんだでちゃんと人間なのです。ちゃんと、人間、だから、朱里は彼女に惹かれたのかなと思います。だからこそ最後に、どうしようもないくらい距離も大きくなってしまったのかなとも。
 平行世界での平和なふたりは、どんな中学生活を送っているのでしょうか。お互いの名前も存在も知らないくらいに、遠いところにいる可能性がなきにしもあらず。

 このお話を思いついたときも、書いている最中も、いろいろ悩んでしまっていたり、自分自身の大きな変化に戸惑っていたりしたので、かなり暗い、重い文章や描写が多いかもしれません。正直、ダーク板に投稿するか、ファジー板にするか、スレッドを立てる直前まで迷いました。いっそのこと、身内でしか読めない場所にするか、非公開にしようかとも考えていました。でも、やっぱりせっかく書いたものだし、楽しみにしてるよ、と言ってくれた人もいるし。
 思いきってやってみて、ほんとうに良かったです。
 こうしてヨモツカミ様の目に留まり、嬉しいお言葉もたくさんいただけて、感謝の言葉もありません。
 これからも、主人公たちの行く末を、見守っていただけましたら幸いです。

 お話自体はもう完結していて、あとは誤字脱字やストーリーの矛盾などがないか確認しつつ(これがかなりしんどいけれど)、メモ帳から貼り付けていくだけなので、ゆるゆるとやっていきます。
 文字書きとして、物語をこの世に生み出すということ。大変ではありますが、お互い頑張っていきましょうね!
 わたしも、精進して参ります。


 厳島やよい
 
 
 

Re: あなたが天使になる日 ( No.19 )
日時: 2019/08/05 13:08
名前: 厳島やよい (ID: SI2q8CjJ)





 大学やバイト先の愚痴を聞いてもらえて、かなりすっきりした。瑠璃子は聞き上手でもあると思う。互いに話したいことはまだ山ほどあったけど、彼女の門限が迫ってきたので、連絡先を交換して別れることにした。
 祭りの日は、海沿いの道路で人々が御輿を担いで練り歩く光景を、遠くからひとりで眺めていた。いまにも雨の降りだしそうな天気で、かなり蒸し暑い。例年に比べ、残暑がかなり長引いているのだ。
 こんな暑さの中、ただ重いだけの物体を背負いながら騒いで歩くことの何が楽しいんだろう。昔、子供用の小さなやつを担がされたことがあるけれど、もう二度とやりたくないと思った。しばらく肩に居座りつづけたあの痛みは、今でも忘れられない。
 祭りが終わるのを見届けてから、私はまた、母からのツンデレハグを頂戴し、アパートでの暮らしに戻ることにした。


*

 瑠璃子から、やっと落ち着きました、という報告の手紙が届いたのは、それから半年ほど経った、まだ桜も咲いていない時期のことだった。
 相手は彼女の五つ歳上で、写真を見る限りでも、人柄の良さそうな、素敵な男性だ。紅弥という名前の彼は、瑠璃子の両親の望む条件に、ぴったりと合致した人物であった。瑠璃子と紅弥双方の希望により、式は、ごく少数の親戚のみを集めて挙げたらしい。
 そこまでは、よかったのだ。

『もっちゃんにだけは、こうして言えるけど。もうわたし、両親に振り回されるのは御免です。じつは少し無理をして、彼を選んでしまいました。はやく自由になりたかったの。頑張ったねって、ただそれだけ、もっちゃんに褒めてほしい』

 最後に綴られた文字が、心なしか、滲んでいるように見えた。
 張りつめていた糸の束がついにあの時、ほつれて千切れはじめたのだろうと、今の私は考える。そこまで察することはできなかった過去の私にも、何か大変なことが起こるかもしれないという予感だけはあった。その週末は奇跡的にアルバイトも入れていなかったので、朝から家を出て、あの町へ帰った。
 バスや電車をどれほど急いで乗り継いでも、三時間はかかる。物理的に距離があるのはもちろん、いま住んでいる場所も生まれ育ったこの町も、わりと辺鄙な田舎町だ。ただでさえ時刻表を空白ばかりが占めているのに、やれ酔っぱらいが線路に落ちただの、やれイノシシを轢いただの、強風で走れないだのと、かんたんに電車が止まってしまう。早いに越したことはない。おばあちゃんだっていつも「早えがいい」と言っているし。
 ああだこうだと考えながら電車に揺られているうちに、昼前には無事、到着することができた。
 待ち合わせ場所の、古びた喫茶店の扉を開く。ちりんと高く澄んだ音が頭上に揺れ、奥の窓際席で頬づえをつき、外を眺めていた彼女が、ゆっくりこちらを向いた。その表情は想像していたよりもずっと穏やかなもので、思わずため息がでてしまった。

「ごめんるりちゃん、待ったでしょう」
「ううん、わたしも、さっき来たばかりよ」

 その言葉は気遣いから生じたものではないようで、荷物を下ろしていると、店主らしきおじいさんが今しがた注いできたばかりのお冷を運んできてくれたところだった。瑠璃子ちゃんいつも贔屓にしてくれてありがとうね、きょうはお友達もいっしょなんけえ、ゆっくりしてきなよ、などと言ってそそくさと裏のほうへ戻っていった。常連客らしい。
 案の定、店内にはわたしたち以外に客がいない。海水浴場が近いおかげか、町内の飲食店や民宿は、夏には大盛況になるけれど、オフシーズンは大抵これが通常運転だ。

「もっちゃんこそ、あっちから来たんだもの、朝は早かったでしょう。わざわざ来てくれてありがとう」
「私はべつに良いよ。仕事がこっちのほうに決まったから来年帰るつもりだって、家族にちゃんと伝えたかったのもあるし」
「もっちゃん、ないてーもらえたんだ!」
「無数のお祈りを踏み台に、どうにか」
「わぁ、おめでとう! 盛大にお祝いしなくちゃ」
「その気持ちだけで充分だよ。ありがと」

 本当に嬉しいけど、ひとから祝われるという状況が昔から苦手だ。子供のとき、勝手に友人が開いた私の誕生日パーティーで「もっと嬉しそうにしてよ」と不満げに言われたのが原因かもしれない。瑠璃子にならそう話しても問題はないだろうと考え、伝えると「じゃあ頭の中だけでクラッカー鳴らしとく」と言ってくれた。

「わたしたち、もうそんな歳だったんだね」

 看板メニューの煮込みハンバーグセットをふたりで注文したあと、瑠璃子が不意に、つぶやいた。

「そういうことを言ってると、ほんとに老けるよ。まだ二十代なのに」
「だって私、高校を出てからほとんど何もしていないんだもの。ちょっとだけ、もっちゃんが羨ましくて」
「いまから進学を考えるとかは、難しそうなの?」
「たぶん紅弥さんなら、喜んで賛成してくれると思う。でも迷惑をかけるわけにはいかないわ。これからは親を頼るつもりもないし、それに、」

 彼女は、ふう、と息をついて、心の奥から溢れる微笑みを抑えるように、長いまつ毛を伏せる。

「それにね、なによりもう、自分だけの人生じゃなくなったから」

 その遠回しな言葉が何を意味するか、一瞬でわかってしまった自分がすこしだけ怖かったけど、だれかを祝いたいと思う気持ちをようやく理解できた嬉しさで、そんなものはすぐにかき消されてしまった。 

「…………頑張ったね、るりちゃん。頑張ったね。頑張ってね」


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