ダーク・ファンタジー小説

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crazy=justice【短編集・タイトル迷走中】
日時: 2021/02/19 15:58
名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=11127

クリックありがとうございます。
初めまして、美奈と言います。
いつもはコメディ・ライトで活動しているのですが、今回はダーク・ファンタジーに初挑戦してみようと思います。

ここで求められている感じのものになるかは分からないのですが...
とにかく後味も気味も気色も悪い短編を書いていくつもりです。
多分恋愛絡みが多めです。イカれてるかなこの人、って思われそうな話を気ままに書いていこうと思います。ちなみに只今タイトル迷走中です。2つ浮かんで、今はそのうちの1つにしています。

お読みいただけたら嬉しいです...!
※2020年9月より、「小説家になろう」さん・「カクヨム」さんでも同時掲載始めました(名義もタイトルも違います笑...中身は同じ)

<目次>
#1 熱情 >>1
#2 New World >>2
#3 Wanna be A子さん? >>3
#4 12番は特別なんです >>4
#5 fault >>5
#6 winner >>6
#7 聖愛 >>7
#8 正しく清く... >>8
#9 何もいらないよきっと>>9
#10 離婚式>>10
#11 カタチをください>>11
#12 仏滅の夜に祝杯を>>12
#13 su amigos>>13
#14 鯛から逃げたい>>14
#15 笑顔と絆創膏と>>15
#16 リアル人生ゲーム>>16

Re: crazy=justice【短編集・タイトル迷走中】 ( No.13 )
日時: 2021/01/08 13:47
名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)

#13 su amigos

「お嬢様、今よろしいでしょうか」

ドアを3回ノックして尋ねると、少ししてから、「いいよ」という声が返ってきた。
ガサガサと音がしていたのは、何かを片付けていたせいだろうか?

「お嬢様、ちょっと汗をかかれていませんか?」

「えっ?......そ、そんなことないよもうっ」

まだ6歳のお嬢様—ユリカは、あどけない表情で執事の僕を見る。嘘は苦手なようで、素直に成長されていることに少しほっとする。

「そうですか? 慌てておられるように見えるのですが」

「あ、あわててなんかないってば! 何よもう」

プリプリと怒るお嬢様が何とも可愛らしい。でも、からかうのはここまでにしておこう。

「汗をかいたままでいると、体が冷えて風邪を引いてしまいます。汗を拭うか、お着替えされるか、なさった方が良いですよ」

「あ、あぁ、そうゆうこと…なら早くそう言ってくれればいいのに」

お嬢様は僕からタオルを受け取ると、悪戯っぽく耳元で囁いた。

「ユリカの宝物は、誰にも見られちゃいけないひみつのものなの。もちろん、城崎だって見ちゃダメだからね」

「承知いたしました。そうおっしゃるということは、このお部屋のどこかにお嬢様の宝物があるはずですが、私はそれを見てはならないのですね。だから今、お嬢様は慌てて宝物をお隠しになった、と」

お嬢様はタオルで額を拭う手を止め、大きな目をさらに大きく見開いた。なんで分かるの?! と言わんばかりの大きな目。口も少し開いている。僕は堪えきれず、少し笑ってしまった。

「お嬢様の5倍くらい長く生きていれば、分かることも増えてゆくのですよ」

ふーん、と言って、お嬢様は僕にタオルを渡す。ちょっと濡れたタオルを畳みながら、僕はお嬢様に尋ねた。

「小学校に入学されて、1ヶ月ほど経ちますが…楽しいですか?」

「え?」

「失礼ながら、私が校門で送迎させていただく時、お嬢様はいつもお一人なものですから…ご友人がいらっしゃるのか、心配で」

お嬢様は僕をちらりと見て、すぐに微笑んだ。あどけないながらも美しいその笑みは、亡き奥様によく似ている。

「ユリカね、おべんきょうは楽しいけど、家の方が楽しいかな。みんな車で学校になんか来ないから。でも、ユリカには城崎とたからものがあるから大丈夫なの」

ご主人の判断で、小学校は公立になった。違和感を持つのは当然のこと。
僕がお嬢様の心の支えになっている、というのは執事冥利に尽きるが、同等に扱われている宝物の存在も非常に気になってしまった。学校で孤独なお嬢様を支える宝物…一体何なのだろう。
いけないとは分かっていたが、僕はお嬢様がお風呂に行っている時に、再びドアを開けた。きっとぬいぐるみに紛れて保管されているはずだ。

僕の勘は大正解で、秘密、とか、見てはダメとか言っていたくせに、ピンクの一際目立つ箱がベッドサイドに置かれていた。箱の側面には、ご丁寧に「たからものばこ」の文字。つくづく、純粋なお嬢様だと思う。そんな可愛らしいお嬢様にお仕えできて、幸せだと思う。
僕は静かに箱を開けた。…金の時計や、十字架のネックレス。狼のシルエットが描かれた指輪。…もしかして、これらをぬいぐるみに着けて遊んでいる?
「宝物」は全て男物の高価な品ばかりであった。なぜ、そんなものが6歳のお嬢様の手元に?



「あとは任せた」

帰宅したご主人は、秘書にそう告げて、僕に「今戻ったよ」と声をかける。
僕はあくまでお嬢様の専属執事なので、ご主人のことにはあまり関与しない。
今日はいつもなら帰宅する曜日だが、「雨がひどいので泊まらせていただきます」と断りを入れた。ご主人はすんなり許可を下した。

雨の止んだ午前0時。僕は微かな音で目が覚めた。
キイ、と近くのドアの開閉音がした後、パタパタという音が細く聞こえる。
僕は息を殺してその小さな影を追いかけた。…地下倉庫へと続く道。本来なら、ご主人と秘書と僕以外、知らない道。倉庫の中は、ご主人と秘書しか知らない。

「あっ! また増えてる…ふふっ」

階段を降り、死角に隠れると、可愛らしい声がした。辺りは真っ暗闇だけれど、暗さに目が慣れてきたので、電気を付けなくても良いのかもしれない。
ジャラジャラと音がして、お嬢様は静かに階段を上がって戻っていった。
僕はお嬢様がいた場所に近づく。…そこには、力なく横たわった男達。
彼らの首や指にあったであろう輝きが、消えていた。

僕はうまく寝付けないまま、土曜日の朝を迎えた。
お嬢様の「たからものばこ」には、新たなコレクションが収められているはずだ。



彼女はきっと、父親を超える大物になるだろう。



父親と秘書が”消した”人間の所有物を、「たからもの」にできる女なのだから。

Re: crazy=justice【短編集・タイトル迷走中】 ( No.14 )
日時: 2021/01/21 22:23
名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)

#14 鯛から逃げたい

華金の19時30分。
僕たちは職場近くの居酒屋にいた。居酒屋といってもチェーン店とか、椅子がビール瓶を入れるケースになってるとか、焼き鳥の煙がすごくて前がよく見えないとか、「いつもの!」という声が飛び交うような所ではない。最近できたばかりの綺麗な内装で、リーズナブルな値段の割にはお洒落なつまみを提供してくれる店である。
僕がリーダーとなって進めていた企画が通ったことのお祝いだと言って、先輩が誘ってくれた。先輩には新人研修の時にお世話になった。今は違う部署だけど、出身大学が同じということから距離が縮まり、たまにこうして飲みに行く仲になっている。

「ささ、飲んで飲んで。今日はお前のお祝いなんだからさ」

「ありがとうございます。このお店、来たいと思ってたので嬉しいっす」

「予約取るのちょっと苦労したけどな、ははっ」

僕の企画の内容や先輩の些細な愚痴などを互いに話していたら、この店イチオシのメニューがやってきた。

「お待たせしましたぁ! 旨味たっぷりアクアパッツァです! あっついから気をつけて欲しいんですけど、あっつい方が美味いんでどうぞお早めに!」

深皿の真ん中に丸ごと置かれた、よく火の通った鯛。周りはアサリやミニトマト、玉ねぎ、パプリカ、ズッキーニなどで彩られていて、よく蒸されて滲み出た鯛の出汁とアサリの出汁、野菜の出汁、それに白ワインの風味がこの一皿にギュッと詰まっている。これは確かに、やけど覚悟で熱いうちに食べたほうがきっと美味い。

「アクアパッツァ美味しそうですね、先輩」

先輩を見ると、彼のフォークが鯛の白目の周りをグルグルと回り続けていた。

「なぁ。この鯛はさ、自分で選んでここに来たんだと思う?」

「…え?」

「どの生き物もさ、行動を運命づけられてる気がしないか」

先輩相手に、そんなのいいから早く食いましょうよ、とは言い出せず、ここは先輩の話に乗っかるしかないと思った。

「…どういう、ことですか?」

「さっき俺が言ってた会社が嫌って奴、なんだかんだで毎日出社してる。それって自分で選んでるんだよな、結局。この白目剥いてる鯛だってさ、なんだかんだで漁師の網に引っかかって、引き揚げられても逃げ出さずに恐らく豊洲に来てさ。そんでこのバルの店主に買われて焼かれて、8番テーブルの俺らの元に来て、俺らの栄養になることを選んでる。周り囲ってるアサリもきっとそう」

「でも、鯛はもう死んでますよ。わずかな意識が残ってたとしても、ここの店主に下ごしらえされる頃には完全に死んでます。焼かれて僕らのテーブルに来ることを選ぶなんてのは、絶対無理じゃないかと」

「いや、魂はあるからな。魂には意思があるだろう。人間の魂が四十九日間、今世と来世を彷徨うなら、恐らく鯛も同じだ。こいつはまだ死んだばっかだし、きっと魂はこのバルのどこかにある。アクアパッツアはここのイチオシメニューだから、ここには何匹もの鯛の魂が彷徨ってるんだ。…ほら、隣のカップルも頼んでる。きっとこの2人の頭上にでもいるんじゃないか、魂が。…あぁ、彼氏の胃に入っちゃったよ。どう思ってんだろうな、当人は。ってまぁ、魚だから当人って言い方は良くないか」

「ちょ、先輩。そんなん言ったらめっちゃ食いづらいじゃないですか」

「はは、ごめんごめん。でも俺が言いたいのは、人間も含めた生き物の行動には全て、意思があるはずだということだ。最終的な決定権は自分にあるからな。それは鯛でもアサリでも一緒」

そうして先輩は、向かいの僕に手招きをする。僕は顔を近づけるけど、胸あたりにある鯛の白目が気になってしょうがない。先輩は急に小声になった。

「隣のカップルだって、もしかしたら彼女は嫌々彼氏のデートの誘いに来たのかもしれない。じゃあ、なぜ来たのか? それはきっと、夕飯の食費が浮くとか、お洒落なアクアパッツァをインスタにあげればキラキラ女子になれるとか、彼氏の存在自体が彼女のステータスになって女友達の間でマウント取れるからとか、そういう理由があるかもしれない。…ほら、彼女、スマホで自撮り始めたよ。あれは十中八九インスタに載るぜ」

「失礼ですって先輩!」

小声でたしなめて、僕は先輩との距離を離そうとした。でもその瞬間、先輩は机の上にあった僕の手を掴む。

「失礼なのはどっちだよ、お前」

「…は?」

「お前が俺とのサシ飲みに来た、それにも理由があるはずだ。お前には断る権利もあったんだよ? でも、是非行きたいです! って言って自分から日時指定してきたよな。…あぁ、積極的で可愛い後輩だと思ったよ。けどそんなお前にだって、隣の彼女みたいな理由があるだろ? 食費が浮くとか、予約困難の人気店に行けるとか、それ以外にも」

「それ以外、ってなんですか。てかそんなゲスみたいなこと思ってませんよ。先輩が誘ってくれたのが純粋に嬉しかったし、お話したいと思って」

「お前、今言ったことこれに誓えるか」

先輩はフォークで鯛を示した。その先端は白目にまっすぐ向かっている。僕はその白目が動き出すんじゃないかと思って、言葉を発することができなかった。

「誓えるわけねぇよな。だってお前、俺に怪しまれたくないだけだろ? だから可愛い後輩面して、今日も忠犬みたいに俺についてきた」

……まさか。

1回だけのつもりだった。でも気づいたら、2回、3回とズルズル続いて…もう1年が経っていた。
これは仕方ないことだったのか? 彼女の誘いを振り切れなかったのは、不可抗力だったのか?
—お前の意思だろ。お前が自分で決めたんだろ
そんな声が、もう湯気の立たなくなった深皿から、聞こえた気がした。

「まぁ、気を許してお前を家にあげた俺も悪かったんだけどな。お前を信じる。嫁を信じる。って俺は自分で決めてたんだ。でもお前らは自分の意思で、俺を裏切り続けた」

先輩のフォークが、真上から鯛の白目を刺した。その勢いがあまりにも強くて、煮汁がぴしゃんと飛び跳ねた。

「あぁ、跳ねちゃった! てか冷めちゃった! ごめんな、食おう食おう」

急にアクアパッツァが来る直前のテンションに戻って、彼は甲斐甲斐しく鯛や野菜を取り分ける。何分も手を付けられていなかった鯛がものすごい早さでボロボロに崩れて、僕は熱気の籠る店内で一人、寒気がしていた。
取り分けた小皿を僕に渡して、食えと先輩は言った。その笑顔に逆らうことなんか出来やしなくて、僕は白いサングリアと共に崩れた鯛を流し込む。鯛の魂を頭上に感じながら。

「どうだ、美味いか?」

「…はい」

「今度は俺が自分の意思で、お前を鯛にしてやるよ」

先輩はボロボロの鯛と熱でぐしゃぐしゃのミニトマトを口に入れ、よく噛み、残りのモヒートを一気飲みする。無残な姿になった鯛は僕に裏切られた先輩に喰われて、一心同体になった。先輩の身体中に、鯛の意思がほとばしる。ダメ押しで流し込まれたモヒートが、それをさらに加速させる。
先輩は再び僕に手招きをし、小声で「おい」と言った。深皿に残された鯛の白目が僕を捕らえる。その白目には先輩のフォークの跡がくっきりとついているのに、やっぱり動き出しそうな予感がした。穴の開いた白目と、頭上の鯛の魂が僕を挟み撃ちにする。僕はもう、鯛に支配されている。

「お前は自分の意思でここに来たんだ。どうなっても文句は言わせない。お前をよーく下ごしらえして、皮がバリッバリになるまでお前を焼いて、出汁の最後の一滴が出るまでよーくお前を煮込んで、最後に思いっきり白目剥かせてやるよ。…ははっ、不味くはしないから怯えんなってば」

逃げればいいのに、逃げられなかった。座面と臀部でんぶが接着剤で固定されたみたいに動けなかった。
冷めても美味いなこれ、と言って先輩は、さっきアクアパッツァを持ってきた店員を呼び止めた。

「すいませーん、モヒートおかわり! あと、本日の鮮魚のカルパッチョって何ですか?...え、真鯛? いいねぇ最高だ。それも追加で!」

鯛と一体化した先輩は、この世の誰よりも強く見えた。

Re: crazy=justice【短編集・タイトル迷走中】 ( No.15 )
日時: 2021/01/27 15:29
名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)

#15 笑顔と絆創膏と

私は、ある生徒に恋をした。
学年イチの、とか、ファンクラブができるほどの、っていうモテキャラではないけれど、一定数から安定的な人気のある生徒。サッカー部とかバスケ部でバリバリ運動してます! マネージャーからも告られてます! みたいな王道のキャラではないけれど、吹奏楽部で技術的に結構尊敬されてて、女子にすごく優しい生徒。
身長や体格だけを見たら、バスケ部やバレー部所属だと思われるかもしれない。でも顔立ちは柔和で、凛々しさとか男臭さみたいなのは全くと言って良いほどなくて。ちょっとだけ垂れ気味の一重と、くっきりとした輪郭が程良いコントラストを描いている。彼は男子にしてはちょっと高めの声を持っていて、文化祭のためだけに結成したバンドでは綺麗な歌声を披露していた。女性ボーカルの歌が似合うのも、彼の魅力の1つ。

高一の時から好きだった、多分。
名簿順に座ると、ちょうどお隣さんになって。
部活も委員会も所属グループも全然違うけど、挨拶とか他愛もない会話くらいはする間柄で。
忘れ物の多い彼にシャーペンを貸す時。消しゴムを貸す時。すごく胸がドキドキした。
教科書を忘れた彼と机をくっつけて一緒に見る時は、永遠に授業が続いて欲しいと思った。

けどすぐ緊張しちゃう私は、想いを伝えるどころか日々の会話を続けるのにも精一杯で。
彼の姿を見るだけで、彼の顔を見るだけで、彼の声を聞くだけで、身体中が熱くなった。今日もあなたと同じ世界にいる。そう思うと、すごく幸せで。その幸せだけをじっくり噛みしめていたら、いつの間にか高二になってしまって。

すごくすごくラッキーだったのは、高二になっても彼と同じクラスだったこと。そして、名簿順に座った時に、またお隣さんになれたこと。
挨拶とか他愛のない会話も2年目に入って、やっと少しずつ慣れてきた。未だに教科書を一緒に見る時のドキドキは止まらないけれど。彼にちょっとバレてるんじゃないかなって思う時もあるけれど。
去年から1つ新たに年を重ねたあなたと、今年も同じ世界にいる。同じ教室にいる。そして隣の席に座れば、彼の声と視線は私だけに向けられて。去年よりももっと砕けた感じで、多く話してくれるようになって。永遠に高校生活が続けば良いのにと思った。

けどやっぱり緊張しちゃう私は、バレンタインに勇気を振り絞ることなんかできなくて。彼は安定的な人気があるから、バレンタインには必ずチョコをもらう。私はお菓子作りなんてしたことないから、慣れない手作りチョコを渡して幻滅されたら、もう生きていけないって思った。それに、いろんな女の子のプレゼントの中に私のチョコが紛れちゃうのは、ちょっぴり悔しいと思った。2年間片想いしてきたんだもの。やっぱり私を見て欲しい。そう思っちゃ、いけないのかな。わがままなのかな。
でも私は、彼の笑顔を信じた。挨拶する時の笑顔。他愛もない話をする時の笑顔。物を貸してあげた後に、ありがとっ! って言う時の笑顔。私が珍しく忘れ物をすると、誰よりも早く貸してくれる時の笑顔。
きっとあの笑顔は本物。2年間私に見せてくれた、かけがえのない笑顔。大好きな笑顔。ちょっとくらい私がわがままになっても、いいんじゃないかな。

だから私は、バレンタインの翌日に勇気を振り絞った。昼休みの屋上に彼を呼び出して、想いを伝えようと思った。話があるって言ったら、彼は一瞬びっくりしたような顔をしたけれど、すぐにうんと言ってくれた。

一足先に着いて待っていたら、彼がやってきた。私とあなただけの時間が、今から屋上で紡ぎ出されるのだということを急に意識してしまって、身体が熱を帯びる。けれど、私から誘ったのだから伝えなくてはいけない。お待たせ! と笑顔で言う彼を見て、私は腹を括った。

「どうしたの、話って」

「あ…ごめん。あの、さ……」

「うん。どした?」

こうやって待ってくれる所も優しい。本当に好き。好きなんだよ。

「実は、す…好きなの」

「え?」

「す、好きですっ! 好きなの。…高一の時からずっと、好きなんだ」

人生史上最大の勇気を振り絞って出した言葉は、しかし、行き着く先を失っていた。
彼の顔から笑顔は消えていた。
驚愕、動揺、恐怖、不安、嫌悪。
そんなような感情が次々と彼の瞳を支配するのが見えた。

「あ、や、ちょ、ちょっと待って…そ、それは流石に…」

「あ、わ、私も、つ、付き合って欲しいとかは、求めてなくて…」

「え、待って、付き合う?...そんなん無理に決まってんじゃん無理だよそれは。結構ヤバいよ…てか、え、そんな風に俺のこと思ってたの? それはちょっと…引くわ。いや無理無理」

隠すこともなく嫌悪を口にする彼は、私が今まで見ていた彼とは思いっきりかけ離れていた。なんで。あんなに楽しそうに話してくれたのは、嘘だったの? 笑顔は偽りだったの?

そりゃ、期待はしてないよ。でも受け止めて欲しかった。あなたを想う人がここにもいるんだよって、知って欲しかった。

次の言葉を聞くまでは。



「いやぁ、俺さ、流石に男と付き合う趣味はねぇから…」

私が黙っていると、彼は苦笑いをしながら言葉を続けた。

「びっくりした…。お前オカマだったんだな。なになに、乙女心持って俺に恋しちゃったみたいな? 勘弁してよ。俺何人かから告られたことあるけど、お前は流石にノーカンだわ。恥ずかしすぎるもん、男から告られるなんて。お前がそういう目で俺のこと見てたんだって思うだけで、うわ、なんか鳥肌っていうか、寒気がするっていうか…しかも『私』とか言ってるじゃん…ヤバすぎる…」

私はずっと隠してきた。クラスメイトにはもちろん、家族にも隠してきた。
男の自分が女性でありたいと思っていること。男性が好きであること。
姉のコスメポーチから盗んだ真っ赤なリップを、毎日持ち歩いていること。
毎日我慢して、ズボンを履き続けてきた。ネクタイを締め続けてきた。髪の毛は、前髪や襟足だけでもなるべく長くした。教師に注意されるまでは絶対に切らなかった。
言葉遣いだって、ずっと気をつけてきた。うっかり「私」なんて言わないように。

でも、このままじゃいけないと思った。私と同じ考えを持つ人が世の中には結構たくさんいて、そうした人たちがちゃんと恋してることも知って。彼には私のことを知って欲しいって思った。優しい彼なら、最初驚きはしても、受け止めてくれると思っていた。軽蔑とか差別とか、しないって思っていた。
けれど、目の前の彼は本当に鳥肌を立てていて。私が近づくたびに後ずさりをして。これはきっと寒さのせいなんかじゃなくて、嫌悪のせいだ。それがはっきりと分かるような鳥肌だった。

許せなくなった。泣きたくなった。
彼が私を嘲笑し、同時に恐れていることに猛烈に腹が立った。
気づけば、私は彼の胸板を思いっきり押していた。

ガシャン! と音がして、屋上のフェンスは突き破られ、バランスを崩した彼はかろうじて屋上の端っこの部分に両手をかけていた。身体は外に投げ出されている。

「あっぶね…いや、さすが男だな。俺を押すだけでフェンスぶっ壊すってなかなかだぞ」

彼を押した直後は、しまった! って思ったけれど、後悔して損をした。この期に及んでも彼は、ナイフのような言葉を次々と紡ぎ出す。私の心を、これでもかというほどに抉っていく。大好きだからこそ、その傷は急激に深くなっていく。傷から大量の血が溢れ出して、もう心なんて見えないくらいに。
あなたなら、私の生きづらさに絆創膏を貼ってくれると思っていた。でもあなたは、鋭利な刃を振り下ろすだけだった。
聞くたびに耳が幸せになっていた少し高めの声も、今はただただ煩わしい。

「ねぇ、引っ張り上げてよ。俺のこと好きなら助けてくれるよな?ずっと好きだったんでしょ? 俺に死なれちゃ困るでしょ? この体勢、結構疲れんだよ。早くしてよ」

私はくるりと背を向けて、制服のズボンのポケットから魔法のアイテムを取り出した。スマホも使って、準備を整える。

「おーい。まさかこのまま放置とか言わないよな?」

「うん。ちょっと待って」

準備ができた私は、宙ぶらりんの彼に再び近づいた。
真っ赤なリップを唇につけて。

「…は? 待って。れ、冷静にキモいんだけど」

「黙って。じゃないと助けない」

自分の劣勢を意識したらしく、彼は素直に黙った。私は彼の片手を取った。その瞬間、彼のもう片方の手がギュッと屋上の端っこを握り締め直す。
愛おしいと思っていた彼の手をそっと握って、彼の手の甲に私の唇を重ねた。ゆっくりと離すと、真っ赤な唇の跡がついた。

「お、おい、やめろって! 俺キスしろなんて頼んでねえぞっ」

「私が、したかったの」

理想の形ではなかったし、本当なら手の甲じゃ満足できなかった。でももう彼を知ってしまった以上、引き返すことはできない。
あなたと同じ世界で、私は生きていくことができない。

だから。

「大好きだったよ」

私は握っていた彼の手を離し、ぶら下がっていた身体を強めに下に押した。頑張って掴まっていた彼の手はあっさりと空中に投げ出され、瞬く間に遠くなっていく。
私の真っ赤な唇の形がついた彼の手が、ひらりと見えた。きっとあなたはこの直後、もっと真っ赤に染まる。



今、あなたは何を思う?



世界は優しくなくてはならない。みんなを包み込むものではなくてはならないから。



だから



あなたみたいな偽りの優しさを纏った人間なんか、



この世界には必要ない。

Re: crazy=justice【短編集・タイトル迷走中】 ( No.16 )
日時: 2021/02/19 15:57
名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)

#16 リアル人生ゲーム

私は12歳の2月1日に、人生を間違えてしまった。
いや、厳密に言えば3歳の時に既に間違えていたのだろう。
決定的に踏み誤ったのが、みぞれの降った2月1日だった。

小さな頃からたくさんの習い事をさせられた。
歌はなんとか歌えるものの、楽器はからきしダメだった。ピアノの発表会で盛大なミスをした時に、”名前負け”という言葉を知った。
ピアノもバイオリンもフルートも凡才未満に終わった”音ちゃん”こと私を見た母親は、天才音楽家モードを解除してエリート受験モードにシフトした。

「音ちゃん、いい? 音ちゃんはこの塾でいっぱいお勉強して、すっごく頭の良い子になって、とっても偏差値の高い女子校に合格して、薔薇色の人生を歩むの。音ちゃんは音楽では失敗したけど、まだチャンスはあるわ。…さぁ、頑張ってらっしゃい」

勉強に嫌気が差すと、「薔薇色の人生を掴めないわよ?! また失敗してもいいの?!」と彼女は甲高い声を上げ、私をリビングのテーブルに連れ戻した。
友達と遊びたいと言うと、「あぁ、最近ママによく話すあの子? ダメよあの子は受験しないんだから。音ちゃんとはレベルが違う。格下の子と付き合っても意味ないわ。桜ちゃんと遊びなさい」と低い声で諭し、なかったことにされた。
その桜ちゃんと遊びたい、と言えば、「音ちゃん。この前のテスト、桜ちゃんより点数低かったでしょ? 一緒に遊んでたら追い抜く時間ないわよ。あなたは桜ちゃんをさっさと抜いて、もっと偏差値を上げなきゃ。桜ちゃんと薔薇色の人生、どっちが大事?」と言って私を透明な檻に閉じ込めた。

”薔薇色の人生”が何かも分からないまま、私は母親が勝手に買ってきた過去問を何度も解かされ、母親が勝手に申し込んだ特別講習に参加させられ、母親が勝手に出願したお嬢様学校に連れていかれ、試験を受けさせられた。それが2月1日。本番にめっぽう弱い私は、完全に受験の空気に飲み込まれた。みぞれが降る中、校門前に陣取る様々な塾のスタッフ達。大きな声援を送る母親達。私を見るなり睨みつけてくる、隣の席の女の子。みんなの鉛筆の音がただただ怖くて。お弁当を吐くんじゃないかと思った。面接の待合室で、私はガタガタと震えていた。目の前にはヒーターが置かれていたから、きっと寒さのせいではなかった。

母親には、「できたと思う」としか言えなかった。彼女は私の言葉ににっこりとして、翌朝の発表を待ち望んでいた。受験は親のためにあるものだと知った。
翌朝も、私は”滑り止め”の受験のために早起きさせられた。その時にはもう、昨日の結果が出ていて。彼女は、呆然とした顔で私を送り出した。入りたくもない学校なのに、機械的に鉛筆が進む。いっそのこと全て投げ出して落ちてやろうかと思ったけれど、全落ちして公立に進学して、周りから笑われるのが怖かった。
結局”滑り止め”に合格した。彼女は私の合格を「当然よ」と鼻で笑った。”薔薇色の人生”を掴むのに失敗した私は、中学に入学した途端、また塾に通わされた。部活に入りたいなんて、口が裂けても言えなかった。
私は彼女の期待を2度も裏切った、”犯罪者”。そんな私に拒否権などあるはずもなく、ただ機械的に馴染めない学校に通い続け、塾に通い続けた。
彼女は私を医学部に行かせようとした。でもこれだけは全力で断った。ピアノの発表も、中学受験も満足にこなせなかった私に、手術や投薬なんかできるはずがない。間違って頭脳だけで入学できても、何人殺して何件の訴訟を起こすか、分かったもんじゃない。
この反応は想定内だったようで、彼女はダイヤルを回すようにして法学部に照準を合わせた。敏腕女医モードから、誇り高き法曹モードへ。

「いい? 音ちゃん、これが”薔薇色の人生”を歩むための最後のチャンスよ。ママは今の人生、後悔してるの。いい学校に入れなくて、最終的に専業主婦よ。…音ちゃんにはそうなって欲しくないから」

まるで父親と結婚して私を産んだこと自体が失敗であるような言い方をして、彼女は私を大学受験のレールに乗せた。彼女の人生を失敗に陥れたのだから、拒むことはできなかった。それは、ブレーキも安全バーもないトロッコ。
再び、私は勝手に用意された赤本を解かされ、勝手に申し込まれていた特別講習に行かされ、勝手にweb出願されていた大学に受験しに行かされた。
中学受験の基礎が生きていたらしくて、私は彼女の望む大学に合格してしまった。

「音ちゃん!! おめでとう!! ママの子育て間違ってなかったのね…! さぁ、もう”薔薇色の人生”の始まりよ」

大学生は人生の夏休みだというから、”薔薇色の人生”だというから、自由になれると心のどこかで思っていた。
でも彼女に期待した私がバカだった。
サークルもバイトも禁止。門限は21時。必修授業のせいで門限に間に合わないと分かった時には、怒り心頭の母親が大学に電話をかけた。しかしそんなんで時間割が変わるわけもなく、その日は両親揃って門の前まで車で迎えに来た。車に向かうまでの間、涙が出た。寝る前に母親に隠れてSNSを見て、私よりのびのびと育った桜ちゃんが難関大学に進んでサークルを楽しんでいるアカウントを見つけて、また涙が出た。
私の入れられていた透明な檻は、信じられないくらいに頑丈だった。透明だから、外の世界が見える。みんなの笑顔が見える。なのに、出られなかった。どんなに強く拳で叩いても、開かなかった。どんなに出たいと叫んでも、檻の外の人間には聞こえないようだった。

でもその檻は、ある時簡単に開いた。
私というゲームのプレイヤーだった母親が、事故に遭った。”犯罪者”の私を育て上げた彼女は、あっさりと旅立っていった。

…あれ、おかしいな。
心の底から憎んでいたはずなのに。何度も彼女の全てを奪ってやりたいと思っていたのに。バレないようにしながら、毎日彼女への罵詈雑言を日記に書き殴っていたのに。旅立つ日には、きっと笑みが浮かんでしまうと確信していたのに。

涙しか出てこなかった。止めたくっても、ずっと流れて来た。
ねぇ、ママ。
私、どうしたらいいの? ママなしで、どう生きていけばいいの?

分からない…分からないよ。
いつも隣にはあなたがいた。どんなに嫌だと思っても、消えてくれと願っても、ずっとずっと、へばりつくように、あなたがいた。
だから、あなたのいない世界が私には分からない。
あなたのいない世界が存在するということ自体を、受け入れられずにいる。

教えてよ。私はどうしたら、自由になれるの?

もうあなたは何も指図をしてこないけれど、私の心にべったりと絡みついたままだ。掻きむしって取りたいけれど、そうすると勢い良く出血してしまいそうで、怖い。
ママから離れたい。ママがいないと生きられない。

どっちが真実なのだろう。

今の私の人生は、何色なのだろう。

ママがいない私は、ここで生きていていいのかな。
期待を裏切った”犯罪者”の私は、生きる価値があるのかな。

何が正解なの?
教えてよ、ママ。

プレイヤー不在のゲームは、どうしたらクリアできるのか。

Re: crazy=justice【短編集・タイトル迷走中】 ( No.17 )
日時: 2021/05/31 14:25
名前: 美奈 (ID: i6VC7MW0)

#17 三村慶三とひい、ふう、みい

突然すみませんね。私、三村慶三と申します。ちょっと今何もやることがないから、あなたとお話したいなぁ、なんて思って。
あ、名前はね、漢数字の三に、村に、喜ばしいこととかの慶事の慶に、漢数字の三、って書きます。お気づきですかね、2ヶ所も漢数字の三が入ってるんですよ。祖父が命名しました。
ここであなたと出会ったのも、きっと何かの縁だ。少し面白い話をしましょうか。

私の人生は、ともかく3という数字に支配されているんです。
誕生日は3月3日。
3歳でピアノを始めて、9歳の時に地域のコンクールで3位入賞。1番多かった出席番号は33番でした。ちなみに小学校は6年間、ずっと3組。
私は一人っ子で3人家族です。母は出産を機に、仕事を辞めて専業主婦になりました。祖母が「三つ子の魂百まで。3歳までは必ず専業主婦として慶三ちゃんと一緒にいなさい」と厳しく言ったからだそうです。そう言えば、ことわざも、三が入るものが多いですよね。
三日坊主。美人は三日で飽きる。三人寄れば文殊の知恵。
なぜ日本人は、こんなに3が好きなのでしょう。他にも食事は1日3回とか、3分でできるカップラーメンとか、3分で手軽に勉強できるアプリとか、3学期制とか…。
結論が出ないので、話を戻しましょうか。

私は臆病な子どもで、丑三つ時を酷く恐れていました。うっかりブラック企業に就職してしまい、辞めたくなった時も、上司が怖くて躊躇して。石の上にも三年、という気持ちで勤め続けたら、ちょうど3年経った時に会社が潰れました。
それから新たな職場を探して3つの職場の採用試験を受けたのですが、潰れたブラック企業出身の、何の取り柄もない凡人なぞを雇ってくれる所が見当たらず。気づけば三十路を迎えていて。
30歳になった途端、両親は「結婚くらいしてくれ」だの、「一人息子なんだからお嫁が欲しい」だの、「孫の顔が見たい」だの、「孫は3人希望」だの、豪雨のせいで外れたマンホールのごとく、勢い良く溢れ出る注文を私に押し付けてきたんですよ。30になった瞬間にお嫁や孫が空から降ってくるわけないじゃないですか。そんな現象があるのなら、この国に少子化なんて言葉は存在しないはずです。孫はコウノトリが空から運んでくれるかもしれませんが、嫁を運ぶのはコウノトリの仕事ではありませんからね。
…ははっ、ついつい愚痴を言ってしまいました。私はね、3ヶ月以上の恋愛なんかしたことないんですよ。いわゆる魔の3ヶ月の餌食になるんです。慶三という、古風が過ぎる名前もこの芳しくない恋愛歴に影響していると思うのですが、それを言うと祖父が怒り出して面倒なのでやめておきましょう。
定職に就くことが困難で、そんな社会的地位では恋愛だって困難で、結婚なんか夢のまた夢で、気づけば3年の月日が流れていました。今は33歳です。
コウノトリの姿を見ることは、もうないでしょう。

というのも、現在私は「自分探し」と銘打ってなけなしの全財産を持って出かけた先で、遭難しているからです。
日本三大名山の1つに登っていたのですが、急に天候が悪化し、視界も悪くなりまして。体力には多少の自信があったのですが、3000m級に挑戦するのはまだ早かったのでしょうか。ルートを間違えたようで道も途端に険しくなり、周りに人などいない中、私は寒さに耐えています。
人間が飲み食いしない状態で生きられるのは3日だそうですね。ニュースで報道されてるのか、救助ヘリが出てるのか知りませんが、私は誰にも見つけられることなく、救助を求める声もうまく出せず、今日でその3日目を迎えます。
本当に、私の人生にはどこまでも3がくっついてきますねぇ…。神様は3と心中しろ、とでも言いたいようです。



さて、そろそろ三途の川のほとりに向かう頃合いでしょうか。



…ところで、あなたは一体どなたです?


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