ダーク・ファンタジー小説

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祈りの花束【短・中編集】
日時: 2021/02/23 18:05
名前: 厳島やよい (ID: l/xDenkt)
参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=20203

 春と秋特有の夕方ごろの空気感が、どうにも憂鬱で苦手です。

店先もくじ >>26

『Chika』 ( No.22 )
日時: 2021/01/12 21:25
名前: 厳島やよい (ID: l/xDenkt)
参照: https://www.kakiko.info/upload_bbs/index.php?mode=article&id=6569


   7.『日照雨そばえが上がる』


 千嘉の隣の部屋に住んでいる大学生くらいの女性が帰ってきて、泣き崩れていたところに声をかけられた。わたしはまったく覚えていなかったものの、彼の部屋に来ていたときに何度か挨拶を交わしていたらしく"となりの雨宮さんの彼女さん"と記憶されていたそうだ。かいつまんで事情を説明すると、彼は月曜あたりにマンションを出ていったばかりだと教えてくれた。
 もちろん引っ越し先は彼女も知らなかった。わたしと同棲するために県外に出るのだと伝えていたらしい。その一言で、おそらく県内にはいないだろうとわたしも判断した。
 その後「冷えてしまいますから」と彼女が部屋に上げてくれて、温かい紅茶まで淹れてくれた。とてもいい香りがした。
 互いに名前すら知らなかったような間柄なのに、話を聞いてくれて、タクシーまで手配していただいてしまって。年下の女の子だというのに、申し訳ないやらなにやらでいっぱいいっぱいだ。

「こちらこそすみません。同じような経験があったので、感情移入してしまって。私はただのお隣さんですけど、二人のこと、ほんとうに素敵だなって思ってますよ。ですからどうかお気になさらないでください」
「ありがとうございます……当分立ち直れないかもしれませんが」
「いいんですよ、すぐ立ち直ろうとしなくても。無理に忘れようともしなくていいんです」

 気が済むまで落ち込んでいい。気が済むまで毎日彼を思い出していい。
 そう言って外まで見送ってくれた、彼女のやさしい、そしてどこかひどく悲しげな笑顔は、いまでも鮮明におぼえている。

「……納得のいく別れなんて、この世には存在しないから」

 わたしは他人に親切にされるということに免疫がないのだなと、そのとき改めて認識できた。
 千嘉と別れて二年になるいま。彼が死んでしまったいま。わたしは以前のわたしより、少しでも前に進めているだろうか。明るい場所を自分の足だけで、しっかりと地面を踏みしめて。
 ときどき、いや、しょっちゅう、こうして後ろを振り向くことがある。振り向いた先は真っ暗で、いくつも死体が転がっていて、たまらないほどの罪悪感が首を絞めてくる。自分が殺したのだと錯覚してしまうことがある。わたしは何人ものひとの幸せを壊して、奪い取って、不幸を吐き出して、き散らして生きている。自分の存在ってただの公害じゃないか。実家には未だに帰れないし、事件から二週間以上経って目を覚ました妹の顔も、見に行けていない。左手が使い物にならなくなってしまったと、父が言っていたっけ。彼女は右利きだったのが、不幸中の幸いだろうか。
 ふらりと、死んでしまおうかと思う夜もあった。でも、結局最後の一歩が踏み出せやしなかった。ビルの屋上にあがってみても、包丁を握っても、駅のホームに立ってみても、眠剤のシートを破いてみても、歩道橋から街を見渡してみても。千嘉と死のうとしたあの日を、深幸が目の前で死んだあの時を、クラスメートが死んだあのときを思い出してしまう。そうして怖くなって、彼女の思うつぼになるだろうと踏みとどまって、次の日にはまた死にたくなって、その繰り返しだ。
 それでも、いままでのように友人に泣きつくことはしなかった。千嘉と別れたことを話せたのも、あれから半年以上過ぎた頃だったし。
 ただひとりで、なんとか毎日をやり過ごしていた。働いている間だけは、いやなことを考えずに済むから。
 段々、だんだん、寒さが厳しくなって、段々、だんだん、日が伸びて、寒さが和らいできて。咲いたばかりの桜が瞬く間に散り、気づけば夏になり、蝉の鳴き声が聞こえなくなるころには、自殺を考えることもほとんどなくなっていた。その代わりに、なんだかときどき頭がぼんやりとするようになってしまったけれど。

 彼の訃報をきいた翌朝。眠りから覚め、また少しもやがかかる頭で部屋を見回し、枕元の携帯電話に触れると「じゅうにじかぁ」時計はいつもよりずいぶん遅い時間を示していた。

「…………え、おひる、うまのこく、ヌーン!」

 ふらつきながらも毛布をけとばして起床した。いつも少し開けて眠るのに、夜から閉めっぱなしにしていた窓のカーテンを開くと、真っ白い太陽光が遠慮がちに全身へ降り注いできた。寒さも相まっていっぺんに眠気が消え失せる。でも脳内の靄は消えてくれない。
 とりあえず換気のために窓を開け、急いで顔を洗いにいった。ごはんは、ゆうべの残りの白米でおにぎりでも作ろう。
 午前中の時間を犠牲にして、ライフゲージは全回復させることができた。この調子なら、取りかかっている作業も夕方には終わらせられるだろう、後ろがまだまだ立て込んでいるけれど。友人の言う通り、わたしは仕事だけはよくできるやつなのだ。体力さえあればどうとでもなる。
 落ち着いたら、何をしようかな。新しい服なんか買って、美容室に行って、久々に手の込んだ料理を作ったりして、あとは海を見に行きたい。冬だけど、だれも人のいない寒い海で潮風に当たりたい。その風景を絵に描きたい。ラップに包んだ温かい塩むすびを頬張り、窓を閉めながら、考える。
 生きるために、好きなことをするために、明るい場所を歩くために。わたしは今日もコーヒーを淹れ、ヘッドホンを耳に当て、机に向かう。
 本当に、死にたいと思える暇がない。
 とてもありがたいことに。





 それから一週間が過ぎた頃。
 行きつけの美容室で髪を切り、人の少ない午後二時半あたりを狙っていつものようにスーパーまで買い物に出た帰りに、コートの中で携帯が震えた。ちょうど、昔深幸に突き落とされた歩道橋の上のど真ん中で立ち止まる。通知を開くと、友人からのメッセージだった。

〈月並みな言葉だけど、あたしは、今日まで春巻が生きててくれてよかったって思うよ〉

 最後のやり取りである〈もうする気は失せたかな〉の続きなのだろう。多かれ少なかれ、あれからずっと気にかけてくれていたのかもしれない。

〈少なくとも、あんたが嫌になるまで、あたしはこれからも一緒にいるつもりだから〉
〈だからまあ、よろしく。それだけ〉

 なんとまあ、珍しいことを。雪でも降るんじゃないのか。
 思わずくすくすと笑ってしまいながらも、返事を打ち込む。

〈それって月並み? 太陽並みじゃない?〉
〈ありがてー〉

〈いやいや、月並みって、そうじゃないから笑〉

〈冗談ですよ笑〉
〈ほんとにありがとうね。十年も、こんなわたしの友達でいてくれて〉

 そう。家を出て、地元の公立高校に入学して、すぐうしろの席だった彼女と出会ってから、約十年。いろいろあって学校に足が向かなくなったときも、転校しても、別々の大学に進んでからも、彼女が地元から引っ越しても、転職しても。ひとりぼっちになったときも、どんなときも、いろいろな形で寄り添いつづけてくれた。心強い味方でいてくれた。
 ゆっくりとまぶたを閉じて、追憶する。
 長かった。すごく、長かったな。泣いちゃいそうになるくらい。
 わたしは、その恩を彼女に返せているのだろうか。「そんなのいらないよ、キモいから」と笑われそうな気もする。
 携帯をしまってまた歩き出そうと、したとき。コートの袖口にふわりと白いものが舞い降りた。

「ほんとに降ってきた」

 空を見上げると、境界線の曖昧な雲から、雪が風に吹かれて花びらのように降っている。やわらかい太陽の光で粒がきらめいて、とてもきれいだった。
 もしかして、妹の名前ってこれが由来なのかな、いまさら気がついたけれど。冬生まれだし充分ありえる。いつか……妹にきいてみないと。
 すれ違った知らない親子がわたしと同じように立ち止まり、空を仰いで雪だねえと楽しそうに話している。子供の格好や持ち物から察するに、保育園からの帰りなのだろう。
 雪は数分もしないうちにやみ、うしろではしゃいでいた親子もふたりで『雪のペンキ屋さん』を歌いながら歩道橋から下りていってしまった。いまのってペンキどころか鉛筆書きにも満たないよなー、そういえば白い色鉛筆っていちばん減りが遅かったなー、ていうか地味に歌詞怖いなーなどとくだらないことを考えつつ、わたしも再び、ゆっくりと帰り道をなぞりはじめた。
 どこかで聞いたことがある。わたしたちが故人のことを思い出すとき、天国にいる彼らのもとには花が降るらしい。死後世界の信仰の有無はさておき、本当にそうなるなら素敵だと思うし、死者にとってはそれほど嬉しいことなのだというたとえであったとしても、なんだか積極的に思い出してあげたくなる話だなと思う。
 さっき見た、あんな風な、きれいな花だといいな。
 千嘉のところにも、深幸のところにも、母親のところにも、顔も知らないおじいちゃんやおばあちゃんのところにも、あんなきれいな花が降っていればいい。少なくとも三人くらいは嫌がりそうだけれど、まあ、それが供養というものなのだろう。
 きっとこれから何十年、何百回、何千回と彼らに花を降らせながら生きていくにちがいない。わたしは"千花"なのだから。
 それならこの名前も悪くないかなと、乾いたアスファルトを踏みしめながら、ようやく思うことができた。

 もうすぐ年が明ける。家に着いたら、ずっと後まわしにしつづけていた大掃除の、準備を始めよう。




      『Chika』 完




風花かざはな
1.晴天に、花びらが舞うようにちらつく雪。山岳地帯の雪が上昇気流に乗って風下側に落ちてくるもの。
(Weblio辞書より引用)
 
 

Chika【完結】 ( No.24 )
日時: 2020/12/29 15:56
名前: 厳島やよい (ID: l/xDenkt)



■あとがき、解説など

・自分の好きな雰囲気
・登場人物たちを見守る、見届けるようなストーリー
・すべてを語り尽くさないこと
 ……以上が、今回重視したことです。世間一般的な面白さは普段より二段も三段も落ちたと思います。

 めずらしく恋愛要素の強い作品に仕上がりました。前作『すばる』の前日譚ではありますが、そちらを未読の方でも楽しめる内容にできたんじゃないでしょうか。
 すでに前作をお読みになっていて、なおかつ記憶力のある方や勘のいい方は気づいたかもしれません。本作は「たまによくいる」女の子の、お姉ちゃんの話です。昴琉の兄・千嘉の、ただ一度でも幸せだった瞬間を作ってあげたい、書いてみたい、という思いも昇華して。
 それでもいちばんの目的は、将来的に書きたい話の練習のため。二番目がストレス発散。上記の理由はせいぜい三番目くらいでしょうか。
 じつはもともと、非公開の予定でプロットすら立てておらず、自分の気が済むまでただ書くつもりだった作品なのです。

*

 次回投稿予定のお話は『あなたが天使になる日』(ダーク・ファンタジー板)の続編兼番外編。『Nerine』以上のファンタジー要素が入ります。
 こちらも『あなたが天使になる日』を未読の方でも楽しめる内容にしていきたいと考えて執筆しております。もちろんすでに読んでくださっている方も、その分きちんと楽しめるように。
 だいぶ時間がかかりそうなので投稿時期は未定とします。

 『Chika』を読んでいただき、ありがとうございました。
 世の中には夏の美しさを伝える表現者が多いけれど、冬のほうが好きなので、冬の美しさを伝えられる物書きでありたいです。

 厳島



晴柀はれまき 千花ちか  あだ名:春巻はるまき(文字上)、春巻き(台詞内)
主人公。本編中、登場時おもに二十四~二十六歳。
身長は低め(具体的な数字はご想像にお任せします)。左きき。

雨宮あめみや 千嘉ちか
千花の恋人だった人。身長は高め(ご想像にお任せします)。

真幌まほろ 深幸みゆき
千花たちの同級生。背は千花よりさらに小さい。

晴柀はれまき 風花ふうか
千花の五つ歳下の妹。
前作、今作ともに本編中で一切名前を出しませんでしたが、特に意図はありません。
 
 

『夢の花売り』 ( No.25 )
日時: 2021/01/28 02:45
名前: 厳島やよい (ID: l/xDenkt)



 おや、お客さんかい。久しぶりだなあ。いんやねぇ、この街にはあんまりたくさんお店があるものだから、こんな地味でぼろっちいところはもう見向きもされないんだ。最初から存在しないみたいに、だれの視界にも入らない。
 ああ、ここはねえ、こう見えて花屋なんだ。でもただの花屋じゃないよ。一輪一輪が、風や川のながれに漂う、ひとの記憶の小さなかけらを養分にして育つんだ。花が満開を迎えたとき、鉢植えや花瓶を枕元に置いて眠ると、だれかの人生の一片を、物語を、夢に見ることができる。人の価値観も経験もいろいろだからな、悪夢じゃねえって保証はできない。そこは頼むぞ。

 物語が、この星に住むやつらからきれいさっぱり忘れられちまったとき、花は枯れる。だからこの花たちは、死んだ人の生まれ変わりだとか、魂が宿るなんて勝手に噂された時代があるんだよ。
 ほら、よく言われているだろう? 人間は二度死ぬって。一度目は、肉体的な死。二度目は、忘却による死。すべての人から存在を忘れ去られたとき、そいつは死んじまう。その言葉を体現したような花だってな。
 でもな、お客さん。俺ぁそうは思わねえんだ。…………あぁ? 天国なんざ信じちゃいねーよ。この世が既に地獄だからな、はっはっは。冗談だよ、半分。
 人は、人の想いは、三度目、文化や伝統が失われたときにほんとうに死ぬんだと思ってんだ。この広い広い世界の、長い長い歴史の中で、数えきれねえほどの人々が築き上げ、愛し、守ってきたものだろう。魂が宿るとしたらそっちなんじゃねえかなあ。そう信じてぇんだ。なんだかんだで俺は、この世界が大好きだからよ。
 まあそんなわけで、創業二五〇年を迎えたこの商売の伝統を守るためにもどうだい、一輪からでも。おすすめ? お客さんのすぐそばにある、そう、その鉢のピンクの花なんてどうだ。綺麗に咲くぞ──そいつにすんのかい、毎度あり!

 もう店はたたんで、どこか別の国で新しく花屋を開こうかと思っていたが、もう少しだけここで暮らしつづけてもいいかもなあ。
 ああそうそう、花たちが見せる夢には、ときどきこの世界のもんじゃねえのが混じってるからな。
 俺たちよりちょっと不便な世界に住む、俺たちよりちょっと不器用なやつらの物語だよ。


     🌼おしまい🌼
 
 

『店先』 ( No.26 )
日時: 2021/02/24 17:53
名前: 厳島やよい (ID: 6Z5x02.Q)

🌱 夢の花売り【小噺こばなし】 >>25

 2020年冬小説大会 ダーク・ファンタジー部門にて『祈りの花束』が次点を戴きました。ありがとうございます。
 記念といってはなんですが、この作品自体にすこし関係のある、そして気持ちばかりの皮肉や洒落も織り込んだ、短い物語を書いてみました。お楽しみいただければ幸いです。

 

🌼 Nerine 【完結】 一気読み用>>1-5 (あとがき>>6

 ちいさな世界の、ちいさな秘密のはなし。

     □

捷利(カツトシ)……主人公。大学生の男の子
夏生(ナツミ)……カツトシの同級生で幼馴染
謎の女の子……???



🌼 Chika【完結】 一気読み用>>8-22 (あとがき>>24

 とある死にたがりな三人の、舞台裏での話。

     □

URL参照、複雑・ファジー板『すばる(完結)』番外編
イメージソング:『憂、燦々』クリープハイプ

 ※暴力表現や若干の同性愛描写などがあります。
 『Nerine』とは大分雰囲気も異なるのでご注意ください。

■目次
1.『彼の死』>>8-9
2.『彼女の祈り』>>10-11
3.『-1』>>12-13
4.『愛の部品』>>14-16
5.『Chika,good night』>>17-19
6.『±』>>20-21
7.『日照雨そばえが上がる』>>22



🌱 伽藍堂がらんどう花手水はなちょうず【散文集】 >>27

 再編集した過去のお気に入り六作+書き下ろし一作。
 『ひとり』『かなしくて、やりきれない日は』はわたしの好きな写真家さんとコラボ(?)させていただいた作品です。どちらも写真からイメージを膨らませて書きました。
 そもそも短文が得意じゃないし、普段の書き物があんな調子だしで、散文系でも、切ない儚いようなものしか書けないのがちいさな悩みです。色々な意味でけっこうヒィヒィ言いながら書いています。楽しいのだけれど。



🌼 祈りの花束(旧題:いたみ、いのり、ねがうこと)

 あなたの幸せを、わたしはずっと、祈りつづける。

   □

執筆中、投稿時期未定
 
 

『伽藍堂の花手水』 ( No.27 )
日時: 2021/02/23 18:12
名前: 厳島やよい (ID: l/xDenkt)



   『夜』

 流れ星が、

 うつくしく、
 うつくしく、
 うつくしく、
 うつくしく、
 うつくしく、
 うつくしく、
 うつくしく、

 消えていく。


2018.6.27



***



   『ひとり』

「くだらない、じつにくだらない!」

 朝焼けに染まる窓の向こう、空の薄ら青いてっぺんすれすれを飛んでいきながら、大きなカラスがさけびました。
 その声は、笑っているようにも、涙をこらえているようにも聞こえました。

「だがしかし、それがとてもいとおしい!」

 ぐわああああ!
 空も木々も、鉄塔も、田んぼの水面さえ、びくともしませんでしたが、その叫び声は、ちいさな女の子の心をたしかに震わせました。
 きょうもわたしたちは、わたしたち一人ひとりがかけがえのない大切な存在なのだと、勘違いをしながら生きていくのです。

「がんばらねえでがんばれよ、じょうちゃん!」


2019.6.4



***



   『The dawn』

 夜が明ける。
 闇はしずかに遠くへ散って、そのまっくろい瞳を、そうっと閉じる。

 だれかが目覚めるたび、ひとつ、ふたつ。
 だれかの声で、みっつ、よっつ。

 光にゆられて眠りにつく。


2019.3.30



***



   『I am ■』

「きみはわからなくていいんだよ。わかっちゃいけないんだ、こんな気持ち」

 今のわたしにとっては、ずーっと、ずーっと昔のこと。
 いろんな人の気持ちを知りたいと、神様にお願いしたことがある。なぜかは覚えていないけど、あのとき、とても悲しくて、むなしかったことだけはよく思い出せる。

 長い長い時間をかけて、その願いは少しずつ、叶おうとしている。
 お母さん。
 お父さん。
 おともだち。
 せんせい。
 あのとき大好きだったひと。
 あのとき大嫌いだったひと。
 わたしによく似たあのひと。
 わたしにちっとも似ていないあのひと。
 彼らの気持ちが、この、大きくなった手のひらにとるように。少しずつ、わかるようになってきた。
 よかったねと、ちっちゃなわたしは笑って言う。でも、大きくなったわたしは、頷いてあげられなかった。
 ちびちゃん、どうしてだと思う?
 なんて、ごめんね。そんなこときいたって、わからないよね。

 きみはわからなくていいんだよ。
 わかっちゃいけないんだ、こんな気持ち。 

   『I am U』


2019.1.28(タイトル:2021.2.20)



***



   『夜凪の街』

 潮のかおりが沈む街。
 あなたの指先の煙、細くまっすぐ立ち昇る。

 水平線の瞬きは、空から落ちたおほしさま。
 だからこの街の夜空は、いつだって暗いの。

 割れた白い月だけ、きょうもふたりを見下ろしている。

 もう眠りなさい。遅いから。


2018.6.29



***



   『かなしくて、やりきれない日は』

 たくさんたくさん泣きなさい。我慢なんてしないで、思う存分泣きなさい。ずっとあなたを抱き締めているから。その手を離しはしないから。
 一度この世に生まれてしまった悲しみは、きっと死ぬことがないし、消え去ってくれることもないけれど。涙が溶かして薄めてくれるのよ。
 だから、たくさん泣きなさい。
 そしてその分。
 遠い未来でもいいから、たくさんたくさん、笑いなさい。


2018.8.11(タイトル:2021.2.20)



***



   『もしも生まれ変わったら』


 もしも 生まれ変わったら
 ぼくは 花になりたい

 春をよろこぶ さくらになりたい
 秋をいろどる ばらになりたい

 ほどよく あったかいのが 好きだから


 もしも 生まれ変わったら
 ぼくは 空になりたい

 大きな雲を浮かべる 青空になりたい
 いっぱいの星を包む 夜空になりたい

 そしたら 何度だって きみと見つめ合えるから


 もしも 生まれ変わったら
 ぼくはやっぱり 猫になる

 やわらかい毛並みの まっしろな猫になる
 でも まっくろなのも すてがたいなあ

 そしたら 大好きなきみの膝の上で また眠るから


   『もしも生まれ変わったら:人に恋をした猫のはなし』


2021.2.21



***



※年月日:書いた日

花手水はなちょうず
寺社の手水舎や手水鉢に、色とりどりの花を浮かべる飾りつけのこと
 
 


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