ダーク・ファンタジー小説
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- 太刀川探偵捕物帖
- 日時: 2022/01/25 11:16
- 名前: 緋月セト (ID: TZ3f2J7J)
19世紀末、ある事件が日本を震撼させた
人の手では絶対に不可能とされるその事件は、やがて警察関係者の間で『深淵事件』と称され、社会の闇へと沈められた
そして、2022年
事件は、二人の探偵の手によって再び動き出す
真相を深淵から引き摺り出す、碌でなし探偵と生真面目助手のサスペンスアクション、開幕!!
第0話:深淵事件は彼の領分
>>1.>>2.>>3.>>4
第壱話:国木田 影と太刀川 迅
- Re: 太刀川探偵捕物帖 ( No.14 )
- 日時: 2022/03/02 20:25
- 名前: 緋月セト (ID: ObLAiJYQ)
まさかとは思うが、嫌な予感がする、
「……!」
影は固唾を飲み、その方向に向かって歩き出す。
だが、魂が警報を上げる。
『近づくな』と。
近づいて、そこに脚を踏み入れたら、お前は───
二度と、後戻り出来なくなるぞ?
心臓が早鐘を打つ。
「頼むから止まってくれ」と、脚が訴えかける。
しかし、まるで目の前の光景に引き込まれるかのように、影は止まらない。
そして、二人の距離が10メートルを切った瞬間───
「待て」
「ひゃあっ!?」
背後から肩を掴まれ、短い悲鳴を上げる。
反射的に振り返ると、そこには迅が立っていた。
「(太刀川さん!?)」
「(やけに帰りが遅かったけど、何かあったのかい?)」
「(あなたのお使いに行ってたんですけど!?)」
「(あぁ、それなら仕方ないね)」
軽口を叩きながら、迅は影の隣に立つ。
彼女の視線と同じ方向に目を向けると、今までの態度から一変し、眉を顰める。
そして、真面目な声色で影に問いかけた。
「君、あそこの女の人に声をかけられてないよね?」
「え?それはどう言う……」
「簡単なサインで良い。首を縦か、横に振ってくれれば良い」
有無を言わさぬ剣幕に、影は首を横に小さく振る。
迅は安堵の息をつき、目の前の惨状を険しい表情で見詰める。
「(まさか、こんなに早く起こるとは……。まずいな……早く、ここから離れなければ……)」
「あの、太刀川さん。助けは呼ばないんですか?」
迅の思考を遮った、影の純粋な疑問。
彼女の問いに、迅は苦虫を噛み潰したような表情になる。そして、自身の判断を彼女に告げた。
- Re: 太刀川探偵捕物帖 ( No.15 )
- 日時: 2022/03/02 20:09
- 名前: 緋月セト (ID: ObLAiJYQ)
「助けは呼ばない。早くここを離れよう」
そこで、迅は自身の発言に後悔する。
会って数時間しか経っていないが、分かる。この善意の塊のような少女に、『助けない』と言う選択肢は最初から存在しないような物だ。
しかし、あの女に目をつけられて仕舞えば、今度は影に被害が及ぶ可能性がある。
時間がない。
迅の至った結論は、至極単純な物だった。
「ちょっ!?」
影から買い物袋を全て奪い取り、彼女の腕を引いて走り出す。
現状ではこれ以上ない、単純明快な答え。
しかし、その行動に影が納得するはずがなかった。
「何するんですか!あの人を助けないと!」
「理由は、後で話す……!」
迅の言葉に、影は顔を青褪めさせる。
迅の苦虫を噛み潰したような表情と、ドスの効いた低い声。有無を言わさぬ威圧感。
今の影には、迅が全く別の人間に見えた。
***
静まり返った室内に、乾いた音が鳴る。
室内に居るのは、頬を平手打ちされた迅と、そんな彼を涙目で睨み付ける影。
『意気地なし』。
それが、帰宅早々飛んで来た言葉だった。
「納得出来るように説明して下さい!どうして、あの人を見捨てたんですか!?」
影は叫ぶ。
彼女の言う事は、最もだ。彼女からすれば、自分は助けるべき人を見捨て、その場から逃げ出した、文字通りの意気地無しに視えただろう。
だが、それは彼女がこの街を知らないからだ。
この街に蔓延る『深淵』を、知らないからだ。
- Re: 太刀川探偵捕物帖 ( No.16 )
- 日時: 2022/03/03 23:14
- 名前: 緋月セト (ID: ObLAiJYQ)
やがて、迅は固く閉ざしていた口を開いた。
一度踏み込めば、二度と後戻りが出来ない。それを承知の上で、話さなくてはならない。
「正直、まだ早いと思っていた。君を、この世界に関わらせる訳には、行かないと思っていた……」
だが、これ以上隠し通すのは難しい。
それどころか、仮に隠し通そうとしても、彼女は自力で、真実に辿り着いてしまうだろう。
知られざる世界に、自から踏み込んで行くだろう。
「『深淵事件』と言う、単語を聞いた事は?」
その問いに、影は首を横に振る。
「『深淵事件』とは、警察が捜査を『諦めた』事件の総称だ。僕の仕事の、本懐でもある」
「それと、さっきの人に何の関係が?」
「関係はある。恐ろしいくらいに」
ファイルから数枚の写真を出し、影に渡す。
一枚目の写真に目を通した彼女は、目を見開いた。
「こんなの……あり得るはずが……」
「確かに、『普通なら』あり得ない」
しかし、その『あり得ない事』を可能にしてしまうのが、『深淵事件』なのだ。
「『深淵事件』の犯人は、例に漏れず全員が超常的な力を持っている。過去5件、僕は犯人と交戦した事があるが、何も何かしらの力を持っていた」
身体から虫を操って他者を殺す者、水を操る者、触れた者を爆弾に変える者など、様々な相手と会った。
どれもが強力な能力故、死を覚悟した事も多い。
- Re: 太刀川探偵捕物帖 ( No.17 )
- 日時: 2022/03/11 14:34
- 名前: 緋月セト (ID: Qbc8aKQd)
太刀川探偵事務所だけが取り扱う事の出来る、国が見捨てた未解決事件───
「それが、深淵事件だ」
出会った時の情緒不安定さがまるで嘘のように、目の前に立つ男は、窓の外に広がる夜空と、美しい倉川町の夜景を背に、淡々と語る。
自分が、どのような状況に居合わせていたのかを。
「あの場に僕が居なかったら、君は間違いなく、殺されていた。そして、僕は君を見つけるのに難儀し、絶望に打ちひしがれていただろう」
影に背を向け、夜景を眺めながら彼は続ける。
「この数時間で、僕が君に抱いた印象を言おう。君は非常に実直で、優しく、真面目な性格をしている」
しかし、その実直さは、時に良からぬ事態を招く。あの場で止めなければ、彼女は間違いなく、あの男性を助けに行っていただろう。
そして、問答無用で殺される。
抵抗も虚しく殺され、死体は捨てられる。捜索はされず、死を悟られる事もないだろう。
故に、時には見捨てる判断を下す必要がある。
「探偵の責務は、依頼人に"心から"安心して頂く事だ。その為にも、"自分の命"を大事に動け。自分の身を一番可愛がってやるんだ」
そう言って振り返ると、ソファの上に眠る影の姿があった。
いつ眠りに落ちたのかは定かでは無いが、おそらく『殺されるかも知れなかった』と言う恐怖が、よほど精神的にに堪えたのだろう。
迅は小さく微笑むと、彼女の体に毛布をかけ、上の住居にあるベッドに寝かせる。
- Re: 太刀川探偵捕物帖 ( No.18 )
- 日時: 2022/03/11 15:05
- 名前: 緋月セト (ID: Qbc8aKQd)
規則正しい寝息を立てる彼女を尻目に、迅は一人、夜空に浮かぶ月を見上げ、呟く。
「姉さん……俺は、アンタの事を理解出来てたのか?」