ダーク・ファンタジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

聖女の呻吟
日時: 2023/03/24 20:44
名前: メリッサ (ID: FWNZhYRN)

 ♰story♰

 ・・・・・・1920年5月16日。ジャンヌ・ダルクが教皇ベネディクトゥス15世によりカトリック教会の聖人に列聖される・・・・・・

 パリに事務所を構える私立探偵の『エメリーヌ・ド・クレイアンクール』と助手の『アガサ・クリスティー』。2人は久々の休暇に羽を休めている最中、ある依頼人が訪れ、奇怪な仕事が舞い込む。
それは数世紀前に火刑により処刑されたジャンヌ・ダルクの本当の死の真相を突き止めてほしいと言う内容だった。

 予想だにしていなかった依頼に困惑するエメリーヌであったが、依頼人の想いに心を動かされ、頼みを承諾する。数世紀前に埋もれた事件の真相を探るため、アガサと共にフランス西部に位置する湿地帯の孤島『ヴァロワ島』へと向かう。

Re: 聖女の呻吟 ( No.18 )
日時: 2023/07/27 19:23
名前: メリッサ (ID: FWNZhYRN)

「――あ!」

 見事に正解を当てたアガサは怪訝な顔で短く声を漏らす。
背後を振り返ると、女は初めて微笑みを繕った。

『"よく謎を解いてくれた・・・・・・さあ、先に進んで・・・・・・真相への一歩を踏み出すの・・・・・・"』

 アガサは隠し通路に向かおうとした矢先、一旦は足を止め、女と対面する。
自分より背の高い同姓の相手を見上げ、問いかけた。

「あなたは一体?」

『"私・・・・・・?私は、"この絵に描いてある騎士"よ・・・・・・ほら、大勢の男達に捕らわれているのが・・・・・・"』

 聞き逃せるはずもない衝撃的な発言にアガサの全身に衝撃が走る。
言われた直後の台詞が何を意味しているのか、確信したからだ。
驚愕のあまり喉が詰まり、思い通りに声が出ない。

「も、もももしかして・・・・・・ああ、あなたは・・・・・・ジャ・・・・・・ジャンヌ・・・・・・ダ、ダルク・・・・・・!?」

 と身も心も寒気で震え切った質問を投げかける。
しかし、女は首を横に振り、それを否定した。

『"違う・・・・・・私は彼女の身代わりとして生涯を捧げた・・・・・・影武者・・・・・・"アメリア・クロムウェル"・・・・・・"』

 女は自身の名前を告げると、肌白い体は徐々に透き通っていき、煙のように消える。
そして、二度と姿を現す事はなかった。

「あ・・・・・・あああ・・・・・・」

 さっきまで自分が関わっていた人物が本物の幽霊であった事を知り、精神は恐怖に蝕まれた。
脚の感覚がなくなり倒れても、痛みは寒気で掻き消される。
少し経って、しばらくは和らぎそうにないトラウマを抱えながら、隠し通路の先へ進んだ。

 通路の先は地下に続いていた。
階段に灯りはなく、真っ暗な闇が少女を出迎える。
遠くから、怪物のうめき声に似た不気味な風の音がこちらに押し寄せる。

 アガサは職業柄、常に所持している懐中電灯の明かりを点ける。
踏板を踏む足元を照らしながら、一歩ずつ慎重に階段を降りていく。


 埃や蜘蛛の巣で塗れ 長年、開かずの間とされてきたであろう秘密の部屋。
錆びた扉が遂に開かれ、小柄な少女が外側から顔を覗かせる。
その表情は瞬く間に怪訝と化した。

 壁には額縁(がくぶち)の大きさが異なる中世時代の格好をした人物の肖像画が一面に飾られていた。
どれも生きた人間のようで、侵入者を監視しているかのような冷たい視線が鳥肌を立たせる。
奥の正面には莫大な財産を保管していそうな巨大な金庫が蓋を閉ざしていた。

「ここは・・・・・・」

 細い声で独り言を零すアガサ。
部屋は劣化が酷く、外の光が漏れている。
風もそこから流れ込んでいて、これが怪奇な音の原因だったらしい。

 肖像画の壁に挟まれた通路を真っ直ぐに進み、大金庫の前へ行く。
中に何が入っているのか、気になって仕方なかったが、いきなりは手を触れず、まずは観察を第一に優先する。
よく調べると、金庫は単純にレバーだけで開け閉めをする容易な仕組みとなっていた。

 アガサは背後に気を配り、誰もいない事を確認した上で両手でレバーを掴む。
それを動かした直後に大金庫は内側から鼓膜に響く金属の音を鳴らしながら、分厚く頑丈な蓋を時間をかけてあっさりと開けた。 
アガサは好奇心と焦りで、すっかり落ち着きを失い、急いで中身を確認する。

 彼女は予想を裏切る中身意外さに目を丸くする。
大金庫には金塊の山どころか金品になり得そう物は一切、入っていなかった。
代わりにダイヤモンド貼りの"古びた封筒"が1枚、大事に保管されていたのだ。

「これは・・・・・・手紙・・・・・・?」

 アガサは無我夢中で封筒を手に取り、目と鼻の先でじっくりと眺める。
かつては純白だったであろう紙は黄ばんでおり、一部が黒ずんでいた。
中心の蓋には、どこかの家紋らしき紋章が赤い封蝋が押されている。

「これがアメリアの亡霊が言っていた手掛かりかも。とにかく、早くエメリーヌさんの所へ戻らないと!私の帰りが遅い事をシャルロッテさんが怪しむ前に・・・・・・!」

 アガサは1人で封筒の中身を見る事なく、急ぎ2人がいる客間へと走って隠された地下室を後にした。

Re: 聖女の呻吟 ( No.19 )
日時: 2023/08/03 20:21
名前: メリッサ (ID: FWNZhYRN)

「失礼します。ただいま、戻りました」

 アガサが何食わぬ顔で客間に戻る。
部屋では、探偵と令嬢のやり取りが続いており、愉快な笑いや話し声を交わしている最中だった。

「――あら?随分とお手洗いの時間が長かったですわね?」

 シャルロッテの関心は一時アガサへと移り変わるが、帰りが遅い事に疑いを微塵も抱いていない様子だった。

「広い屋敷だったもので少しばかり、迷ってしまいまして・・・・・・」

 アガサは軽く恐縮して、動揺を無理に抑えながら偽証を述べると、エメリーヌの隣に寄り添って

(エメリーヌさん。事件の手掛かりを発見しました)

 吉報を耳にした探偵はほんの一瞬だけ破願し、席を立った。

「シャルロッテ様。あなたとは、もっと悠々と会話を楽しんでいたいのですが、私達は仕事の途中でして。次の調査に出向かなければなりませんので。せっかくお招き頂いたのに申し訳ないのですが、私達はそろそろ失礼させて頂きます」     

「それは残念ですこと・・・・・もうちょっと、ゆっくりなさっていけばよろしいのに・・・・・・」

 シャルロッテは少しがっかりした面持ちを浮かべたが、仕方ないと態度を改めたのか、すぐさま表情を巻き戻し

「あなたと話ができて楽しかったですわ。久しぶりにいい退屈しのぎになりましたし。もしよろしければ、是非とも、またいらして頂けないかしら?」

「ええ、喜んで。お時間に都合ができましたら、またお会いに伺いたいと思います。それでは。アガサ、行きますよ?」

 探偵と助手が速やかに帰ろうとした矢先、訪問者の知らせる呼び鈴が屋敷中に伝わった。
3人は音に気を取られ、ピタリと動作を止める。

「どなたでしょう?」

 エメリーヌが第二の訪問者について屋敷の主に尋ねた。

「きっと、"彼女"ですわ」

 シャルロッテは知人らしい人物の名を口にせず、確信を持った予想をする。
第二の訪問者は家主が出迎えずとも、自ら屋敷へと足を踏み入れ、ロビーを通り階段を上がっていく。   
だんだんと近づいてくる落ち着いたリズムの足音。
3人が入室している客間の前まで来ると女の声で"失礼します"と告げて扉を開く。

「いらっしゃい。"マリア"。今日はいつもよりここへ来るのが遅かったわね?」

(マリア・・・・・・?)

 エメリーヌはピクリと眉を動かし、真剣な目で訪れたばかりの女性を黙視する。

「申し訳ございません。この館の途中にある森を歩いていましたら、オバディア教の異端者に絡まれてしまったもので・・・・・・」

 マリアと呼ばれた女性は理由を話しながら扉を閉めて、こちらに背中を覆す。
晒した素顔は20代にも満たない若い少女だった。
白練りされた絹のような綺麗な髪が実に印象的であり、黒い修道服を着こなしている。
透き通った肌の色もつぶらな緑眼も美しく、母性のある顔が凛々しい。

「・・・・・・っ!!」

思わず、エメリーヌは叫びに近い声を上げてしまいそうになった。
とっさの判断で口を塞いだものの、目は瞬きを忘れる。


 何故なら、"突如として起こる謎の映像で見た片方の女性と容姿が完全に一致していた"からだ。


 すると、不思議な事にマリアの方も似たような反応を示した。
一瞬、ハッとしたかと思うと慌てて重なり合った視線をずらし、足元に向ける。
普通とは言い難い2人の行動をアガサはただの違和感しか感じられなかった。

「あ・・・・・・あの・・・・・・?シャ・・・・・・シャルロッテ様。この方々は・・・・・・!?」

 マリアが動揺を浮き沈みさせながら、礼儀正しい口調で聞いた。

「お二人は私立探偵。ある奇妙な事件を解決するために、わざわざフランス本土から、この島へと渡って来ましたの」

 シャルロッテの説明の直後、2人は自己紹介をする。

「エメリーヌ・ド・クレイアンクールと申します。この子は助手のアガサ・クリスティーです」

「お会いできて、光栄です」

 探偵の一礼をに続いて助手も相好を崩し、胸に手を当てる。

「そ、そうでしたか。私は"マリア・デ・ラセール"です。この島にあるアルベール教会の教祖を務めております。フランスから遥々と・・・・・・ヴァロワ島へようこそ、おいで下さいました」

 マリアも自身の紹介を送り、対面する相手の仕草を真似る。
エメリーヌはこれ以上の関わりを持とうとはせず、去り際に別れの挨拶を告げて。


 シャルロッテの屋敷から帰った2人は決まって集落の酒場に立ち寄った。
酒場の雰囲気は相変わらず陰気臭く、小汚い船乗りが集っては酒に酔い潰れる。
奥のカウンターには、せっせと店の運営に明け暮れるジョルジュの姿が
あり、一度は冷たい視線を逸らしたものの形相を一変させ、再び2人を視界に捉えた。

「お!あんたらか。そろそろ帰ってくる頃だと思っていたんだよ」

 期待された歓迎にエメリーヌは何も言い返さず、カウンターにまたしても1枚の金貨を添えた。

「また、お部屋をお貸ししてもらえないでしょうか?ここだけが唯一、憩いの場となりますので」

「勿論だ。あんたらなら大歓迎さ。10年に一度、現れるか現れないかの奇跡の客人だからな」

 ジョルジュは嬉しそうに言って金貨を受け取ると、探偵の願いを迷わず肯定した。

「ところでだ?シャルロッテの御令嬢様に会って来たんだろ?どんな容姿をしていたのか、詳しく教えてくれないか?こっちもいくつか、サービスしてやってもいい」

 エメリーヌは要望に応え、ジョルジュだけの耳に聞こえる声でシャルロッテの詳細を明かした。
その時間だけ彼は生き甲斐の仕事をサボり、興味津々で何度も頷きながら、最後まで話を聞き続ける。

「白い髪を生やしていて片目を隠していたのか・・・・・・自分の想像とは全く違っていたんだな。意外なもんだ」

「私からお話しできる事は以上です。そそろ、寝室で休ませてもらってもよろしいでしょうか?」

「――え?あ、ああ!部屋は好きに使ってくれて構わん。シャルロッテの件についてなんだが、礼を言っておく。貴重ないい思い出として、記憶に留めておくよ」

Re: 聖女の呻吟 ( No.20 )
日時: 2023/08/10 20:01
名前: メリッサ (ID: FWNZhYRN)

 再び、馴染みのある寝室に立ち入った2人は身に着けていた所持品をテーブルに預け、休息を取った。
疲労を癒したい一心でアガサがベッドの上にダイブし、グッタリと横たわる一方でエメリーヌも机の手前の椅子に腰かけ、ひと息つく。

「あ~疲れた・・・・・・険しい行きと帰りの道のりで3日分の体力を消耗したくらいフラフラです。二度としたくない経験ばかりでした。それにしても、エメリーヌさんはさっきまでいたシャルロッテの館をどう思います?住む人も建物も全てにおいて、怪しい所ばかりでしたね?」

「あの屋敷の関係者が、ジャンヌ・ダルクの事件に最も関連性が高いと判断してもいいでしょう。シャルロッテに限らず、あのマリアという修道女も重要人物として捜査の視野に入れるべきです」

 助手の正直な感想に共感し、探偵も根拠がある上で宣言する。

「マリア?そう言えば、あの修道女の人と会った時のエメリーヌさん・・・・・・ちょっと、変でしたよ?初対面なのに、まるでお互いに面識があったような・・・・・・」

「初対面と言いますか・・・・・・」

 幻覚で知った人間が初対面と言えるのかと、事情説明のやり方に困り果てるエメリーヌ。
彼女はマリアの事は一旦は頭の片隅にやり、話題を変える。

「ところでアガサ?屋敷の捜索を任せた時、あなたは事件の手掛かりを発見したと言っていましたね?何を見つけたのですか?」

「――あっ!そうでした!これです!」

 アガサは忘れていたと言わんばかりにベッドから飛び起きた。
エメリーヌの隣に身を寄せ、入手した封筒を机に置く。

「――手紙?随分と古さを帯びた代物ですね。一体、これをどこで?」

「それはですね!・・・・・・えっと、その・・・・・・」

 アガサは語頭に活気を帯びさせたものの、急に言いずらそうに台詞を途切れさせる。
言うべきか、誤魔化すか葛藤に悩んでいるようだ。

「――私は誓って嘘はつきません・・・・・・でも、これを聞いたら、あなたは私の正気を疑うかと・・・・・・名探偵の助手であるアガサ・クリスティーは狂った人間なんだと・・・・・・」

 ふざけた内容が通用しない現状に真剣な表情を繕っていたエメリーヌだったが、彼女は堅苦しい顔の力を緩め、穏やかな微笑みを浮かべた。

「アガサ?これまで共に過ごしてきた中で私はあなたを病的な人間だとは微塵も思った事はありません。どんなに普通とかけ離れた事実でも受け止めますよ?あらゆる証言を取り入れ、1つの真実を見出す。それが探偵業の基本ですので」

 優しい言葉に安堵が芽生え、アガサは眉を困らせながらも、微小に口角を上に引きつってみせた。
始めは唇をモゴモゴと言葉を出す事に躊躇いがあったアガサだったが、やがては重い口を開き、体験談を告白する。

「――実はシャルロッテの屋敷で幽霊と出逢いました。その幽霊の導きがあったから、この封筒を探し出せたんです・・・・・・」

「――その後はどのような展開へと繋がったのですか?」

 エメリーヌは呆れや敬遠の眼差しを繕わず、話の続きを促す。
続いて、アガサはアメリアという名の幽霊と彼女が残した謎めいた言葉や絵画の仕掛けと隠し通路。
そして、地下に眠っていた金庫室。
怪しい要素がある内容部分は惜しみなく話した。

「その女性の霊は確かにアメリア・クロムウェルと名乗っていたのですね?そして、数世紀前の悪夢は終わっておらず、フランスに災いが降りかかると・・・・・・」

「はい。そして、絵画に描かれていた捕らわれたジャンヌ・ダルク・・・・・・あれは私だとも証言しました。あの幽霊がジャンヌ・ダルクの影武者である事は明白です」

「――勘に頼ってしまいますが、数世紀前の悪夢とは百年戦争を意味しているのではないのでしょうか?その戦争の悪夢が実は現代までに続いていて、やがてはフランスに厄災が降りかかる。その意味が何を示しているのかまでは、定かではありませんが・・・・・・ただ1つ、明らかになったのは当時の戦争であるコンピエーニュ包囲戦で捕虜となったのは、ジャンヌ・ダルクではなく、アメリアだという事です」

 エメリーヌは人類の大半が知る由もない当時の正しい史実を推理し、1つの結論を述べる。

「では、コンピエーニュ包囲戦で捕らえられたジャンヌが偽物だったとすれば、本物のジャンヌ・ダルクはどこへ?あ!ひょっとして、この古い封筒の中身を読めば、有力なヒントが得られるのでは?早速、開封してみましょう!」

 アガサは衝動的な感情で封筒に触れようとしたが、エメリーヌは彼女の手に自分の手を重ね

「お待ちなさいアガサ。その前に、あなたに伝えておかなねばならない事があります。あなたがアメリアの幽霊の事を包み隠さず話してくれたように、今度は私が今まで黙っていた秘密を打ち明ける番です。これ以降の捜査は推理に余計な混乱をきたさないために、お互いに隠し事はなしとすべきでしょう」

 アガサはこれから何を聞かされるのか見当もつかず、相手の次の言葉を待つ。
エメリーヌは凛と振舞う助手の瞳をじっと見つめたまま、詳細を語り始める。

「私の身に初めて奇怪な現象が起こったのはヴァロワ教会に出向いた際、得体の知れないな書物を発見した際です。私が書物に触れた途端、意識が遠のくほどの激しい頭痛に見舞われました。その直後、始めて見る描写が脳内に浮かび、映像として映し出されたのです。そして、シャルロッテの手に触れた際にも同様の現象が起こりました」

「エメリーヌさんの身にも、そのような異変が起きていたなんて・・・・・・!ちなみに映像にはどんなものが映っていたんですか?」

 肝心な内容を指摘され、探偵は話を再開する。

「映像は砂嵐のような雑音に妨げられ 鮮明には聞き取れませんでしたが、古い時代の格好をした2人の女性が対面し、深刻に何かを言い合っている光景でした。彼女達はフランスの危機やジャンヌ・ダルク・・・・・・そして、彼女の身に危険を及ぼそうとする正体不明の人物について相談を行っていた。片方の女性がアメリアと呼ばれていた事から、百年戦争時代の映像かと」

 アガサは別の気になる部分へ対して、質問した。

「では、もう片方の女性は?」

「シャルロッテの館にいたマリアという修道女です。彼女に初めて会った時、私は危うく驚愕を露にしまうところでした」

 アガサは聞き間違いをしたような訝し気な顔で誰もが言いたい事が共通するであろう疑問を口にする。

「待って下さい。どう考えても、おかしくないですか?その映像は百年戦争時代の映像なんですよね?中世時代の人間がどうして現代にいるんですか!?」

 エメリーヌ自身もあり得ない推測であると自覚しながら、尚も続ける。

「あらゆる非科学的やなジャンルを受け入れる私でさえも信用し難いくらいです。偶然にも同姓同名で姿も酷似した人間でないのだとすれば恐らく、マリアは遥か昔の時代から生き永らえている・・・・・・」

「まさか!何世紀も前から老いる事も死ぬ事もなく、数百年の時を生きていると・・・・・・!?」

「私も正気の沙汰ではない発言をしている事は自覚していますが、この島には奇妙な事があまりにも多過ぎます。最早、この場所に現実的な発想を求める方が、正気の沙汰ではないのかも知れません。とりあえず、あなたが手に入れた封筒を調べてみましょう。私もどのような内容が書き記されているか、非常に気になるのです」

 そこでようやく、2人は改めて封筒への関心を示した。
アガサが封蝋を外すと、入っていたのは元の白色が変色した手紙らしき1通の2枚折りの紙。
探偵と助手は顔を間近に迫らせ、記された内容をじっくりと確かめる。

Re: 聖女の呻吟 ( No.21 )
日時: 2023/08/16 20:19
名前: メリッサ (ID: FWNZhYRN)

 (手紙の内容)

 ・・・・・・侍女のマリアへ・・・・・・

 "どんなにイポクラス(ワインに蜂蜜や香辛料などを加えて作った酒)で酔っても忘れられない。やはり、私はこの感情を抑え切れないようだ。
淀みのない美しい瞳、天使の翼のような白い髪・・・・・・そして、皆を魅了する笑った顔、私はジャンヌが愛おしくてしょうがないんだ。
生涯に一度でいいから、私は彼女と2人きりで一夜を過ごしたい。
故に、お前には彼女をこの島に連れて来てほしい。
もし、この頼みに従ってくれれば、報酬に倍の金貨を支払おう。
これはお前にしか果たせない仕事だ。
戦でしか、生きる意味を見いだせない不幸な私にたった1つだけでも、願いを叶えさせてくれないか?
どうか、頼む。"

 ・・・・・・レ男爵より・・・・・・


「エメリーヌさん!これって・・・・・・!」

 助手と抑えられない興奮を共にし、探偵は目の形を鋭く

「これで事件解決に一気に近づいたと言っても、過言ではありません。紛れもなく、私達は大きな手掛かりを得た。アガサ?レ男爵が誰の事を指しているのか、あなたなら知ってますね?」

「レ男爵は通称"ジル・ド・レ"。百年戦争で活躍したフランスの騎士であり、ジャンヌ・ダルクの戦友の1人です。ジャンヌが火刑に処されたきっかけで心を病み、1000人以上にも及ぶ少年を虐殺して処刑された悲劇の英雄です」

 アガサはジル・ド・レに関する長い詳細を淡々と述べ、単純に犯人説を唱える。

「ジル・ド・レがジャンヌを殺害した真犯人なんでしょうか?動機は決して叶う事がない異常なほどの純愛が殺意へと移り変わったとか?」

 しかし、エメリーヌが肯定しなかった。真相の確信を掴みかけた時こそ、冷静かつ、優秀な才能を発揮する。

「犯人と特定するには、証拠が不十分です。この手紙には、あくまでもジル・ド・レがジャンヌ・ダルクをヴァロワ島へ連れて来るよう、マリアに指示してるだけです。ジルは最も有力な容疑者と言える・・・・・・が、フランスの聖乙女を殺した犯人は別にいるとも考えられます」

「犯人はジル・ド・レじゃないと?」

 そこで持ち出されたのが、エメリーヌだけが見た過去の映像の話だった。

「私が脳内で流れた映像ではマリアはジャンヌ・ダルクに対するジル・ド・レの凶行を恐れ、影武者であるアメリアに相談を持ちかけていました。アメリアはジャンヌに成りすましてジル・ド・レに会うためにヴァロワ島へ向かった。もし、ジル・ド・レがその場で彼女を手にかけたなら死ぬのはジャンヌではなく、アメリアの方のはず」

 アガサは一応は納得するも、どうしても腑に落ちない部分を指摘した。

「じゃあ、本物のジャンヌ・ダルクは誰に・・・・・・?」

「ジャンヌ・ダルクを殺害した犯人の他にも重要な点があります。この手紙を何故、シャルロッテが所有していたのか?私にとって、それが最もな疑問です」

「確かに。シャルロッテに関しても謎が山積みです。事実、ジル・ド・レの手紙を隠された地下金庫に封じていたんですから、事件に関係していないと言い張る方が無理があります。彼女は一体、何者なのか?」

「もう1つ、気になる点があります。アメリアの霊が言い残したフランスに災いが降りかかるという不気味な遺言・・・・・・私はその言葉が、ただの被害妄想の預言とは捉えられないのです」

「フランスに降りかかる災いって・・・・・・天変地異で国が滅びるとでも言うんでしょうか?」

「断定はできませんが、とてつもなく嫌な予感だけが募ります。クリスティアさんの言う通り、このヴァロワ島にはジャンヌの殺害事件の真相・・・・・・いや、それ以上の秘密が隠されている。私の想像もつかないような何かが・・・・・・」

 それから2人の会話は途切れ、沈黙だけの時間がしばらく流れた。気持ちの整理がついた頃、数分ぶりにアガサが先に口を開く。

「――とんでもない依頼を受けてしまったものですね。こんなの、前代未聞の一言で片付けられる内容ではありませんよ。これからどうします?身の安全を優先して、フランスに帰国しますか?」

 アガサが将来の方針をエメリーヌに委ねると

「事件の捜査はこれまで行ってきた通り続行します。どれだけ、命に関わる仕事であろうと結果がどうであれ、一度引き受けた依頼は最後までやり遂げる。それが探偵である私のモットーでもあり、行方不明になった恋人のアルテュールへの誓いでもあります。フランスに危機が迫っているとしたら、尚更、蔑ろにするわけにはいきません。故郷の崩壊は私達にとっても、決してただ事ではないのだから・・・・・・」

「真相を暴くどころか、ますます謎が複雑に深まってしまいましたね。次はどこから捜査を始めればいいのか・・・・・・」

「流石の私も険しい旅で疲労が積もりに積もって頭の回転が鈍くなってきました。今日のところは英気を養い、捜査は明日にすべきです。後でジョルジュさんに食事を提供させて頂きしょう」


 翌日・・・・・・

 日の温かさがない朝の寒気を感じながら、エメリーヌは上半身を起こし、眠気が覚め切っていない目蓋を擦った。
隣のベッドに視線を移すと、いつもならまだ寝てるはずのアガサの姿はない。
寝室の扉は開けっ放しになっている。

「――アガサ・・・・・・?」

 エメリーヌは部屋にいない助手の名前を呼び、冷たい床に足をつかせる。
探偵の第六感から起こる胸騒ぎに似た不安症を患ったまま、寝室を出た。
下階の酒場に降りると、早朝から既にジョルジュが店を開けていた。
客席には常連の船乗りが数人、食事を堪能している。

「おはようございます」

 エメリーヌはやや焦った口調で朝の挨拶を店主に送る。

「昨日はどうも。よく眠れたか?ん?どうした?少し、落ち着かない様子だが?」

 ジョルジュも探偵の普段と異なる様子に気づき、怪訝になる。

「アガサを見かけませんでしたか?」

「――いや。ここを通ったなら、必ず目につくはずだ。あの子がどうかしたのか?」

「起きたら寝室にいなくて・・・・・・ジョルジュさんなら、何か知ってると思い、聞きに来たのですが・・・・・・」

「力になれなくて悪いが、あんたの助手の行方は知らない。夜の散歩でもしようと深夜に出かけたんじゃないのか?」

「有り得ません。あの子が私に断りもなく、勝手に行方をくらます訳が・・・・・・」

「そういや、さっき妹のレイがやって来てな。またしても、シャルロッテからの招待状を渡してくれと頼まれたんだ。あんた、よっぽど気に入られたんだな?」

 ジョルジュは羨ましそうに、1人分の膨らんだ封筒をカウンターに置く。
悠長に招待状を受け取っている場合ではなかったが、一応、開封して中身を確認すると、同封されていた謎の紙切れがヒラヒラと床に舞い落ちた。

「――これは?」

 エメリーヌは拾った紙切れを広げ、書かれた文章を読む。
その手は次第に震えを増していき、表情はこれ以上はないほどに深刻なものとなった。
紙切れをその場に投げ捨て、探偵は風のような勢いで酒場を飛び出す。
必需品である道具や銃を置き去りにして。

「――お、おいっ!?」

Re: 聖女の呻吟 ( No.22 )
日時: 2023/08/20 16:19
名前: メリッサ (ID: FWNZhYRN)

 エメリーヌはシャルロッテの屋敷の前にいた。
森の中や険しい山岳など、遠い道のりを全力で疾走してきたにも関わらず、体に疲労など微塵も感じていなかった。
今の彼女を動かしているものは、たった1つの感情だけ。

 エメリーヌは玄関とドカドカと間合いを狭め、呼び鈴を鳴らさずに扉をがさつに開けて挨拶もなく無断で押し入った。
館内に足を踏み入れて早々、最も会いたかった愛しい人物と最も会いたくなかった憎き人物と鉢合わせする。

「あら?ごきげんよう。エメリーヌさん。再び、お会いできて嬉しい限りですわ」

 玄関先のロビーでシャルロッテは優雅にティータイムを満喫していた。
その傍にはマリアがいて、アガサを人質に取っている。
彼女は凶行を望んでいない暗い表情で泣いている幼い少女の身柄を取り押さえ、喉元にナイフを当てていたのだ。

「うう・・・・・・ぐすっ・・・・・・!エメリーヌさん・・・・・・」

 エメリーヌはアガサに対し、切ない笑みを向けると次にシャルロッテを睨んだ。
シャルロッテは激しい怒りを抱く彼女を面白そうに眺め

「しかし、呼び鈴を鳴らさず、挨拶もなしに屋内に押し入って来るなんて、感心致しかねる行為ですわ。いささか、無礼が過ぎるのではなくて?」

 エメリーヌはどうでもいい無駄話には触れず、率直に要求した。

「アガサを解放しなさい!何故、その子を誘拐した!?」

 気性の荒い口ぶりで罵られても、シャルロッテは怯えずにお茶の余った飲みかけのカップを置く。
温和な表情を絶やさないものの、瞳に宿る感情は笑っていなかった。

「この子を返してほしい?私の屋敷から盗みを働いておいて、よく偉そうな要求ができますわね?被害者意識の塊は醜いだけですわよ?あなたの方こそ、こちらに返さなくてはならない品がおありじゃありませんの?」

「この屋敷に隠されていたあの手紙の事か・・・・・・私達は怪奇が蔓延るこの島で多くの事を調べ上げた。既に察しが付いている!あなたもあなたの従者のマリアもただの人間じゃない事を・・・・・・!そして、ジャンヌ・ダルクの殺害事件に関与している事も・・・・・・!」

 事件に関連した言葉を投げかけられ、マリアは一層、苦し気な顔を辛そうに歪ませ、探偵から目を逸らす。
シャルロッテは演劇を楽しむ傍観者のように黙っていた。
口角が不気味に引きつるまでは・・・・・・

「ふ、ふふふ・・・・・・あは、あははは・・・・・・きゃははははっ!あーはははははっ!!」

 突如として、シャルロッテは狂ったように笑い出した。
愉快に嘲笑うその姿は気品に満ちた人間の面影はなく、具現化した魔性そのものだった。

「――何がおかしい!?」

 エメリーヌは更に威圧的な態度で問い詰める。

「あなたの推理はよく冴えてらっしゃるわ。でも、"肝心な部分"が根本的に間違っている」

「――どういう事だ!?」

 シャルロッテの明らかに何かを知っている発言。
そして、彼女が唐突に言い放ったのは

「"運命とは、蜘蛛の化身であり、張り巡らされたその糸に偶然はない"」

 過去にも口にしていた意味の理解しようもない不可解な言葉。
エメリーヌは、その意味が示すを全貌を知る事となる。

「如何にも。あなた方がこの島をネズミのように嗅ぎ回って調べ上げた通り、私とマリアはジャンヌ・ダルクと関係を持つ人間。それは素直に認めて差し上げますわ。ですけど、最も大事な所が的外れになっていますわよ?"ジャンヌ・ダルクは誰にも殺されていない・・・・・・それどころか、現世で平凡に生きていらっしゃるわ"。自分がフランスの希望である自覚すら忘却に沈めたまま・・・・・・」

 シャルロッテは座っていたソファーから腰を上げ、三歩、相手に近づく。
悪魔の笑みを崩さぬまま、エメリーヌに人差し指を向けた。



『"エメリーヌ・ド・クレイアンクール・・・・・・ジャンヌ・ダルクは、"あなた"・・・・・・"』



Page:1 2 3 4 5



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。