ダーク・ファンタジー小説

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片翼の紅い天使
日時: 2014/01/12 23:42
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: iaPQLZzN)

うぐ…。
い、いいよね!大丈夫だよね!


と、とりあえずまた新小説書くバカが通ります。
絶対更新が遅くなります。絶対です、必然です。

そんなこんなで始まりますが、
温かい目で、且つ広い心で受け止めてやって下さい。





◆目次
prologue >>001 登場人物 >>002

*001 >>003 *011 >>015
*002 >>004 *012 >>016
*003 >>005 *013 >>017
*004 >>006 *014 >>018
*005 >>007 *015 >>019
*006 >>008 *016 >>020
*007 >>009 *017 >>021
*008 >>010 *018 >>022
*009 >>011 *019 >>023
*010 >>014 *020 >>024



◆お知らせ

 2011:09:06 執筆開始

Re: 片翼の紅い天使 ( No.15 )
日時: 2012/03/09 22:59
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 5E9vSmKZ)

第011話 天ノ旅人と地ノ旅人 

 「うあぁァッ!!?」

 がばっ、という勢いで少年は飛び起きた。
 頬に感じる冷たい空気。周りは黒を基調とした無機質な部屋。
 何故かベッドの上にいた彼は、飛び起きたままの状態で一時停止する。

 「あ…れ…?」

 必死に自分の記憶を辿る。
 確か、そう。街の人気のない場所で誰かと戦っていた。
 その人物に負けそうになった時、誰かが自分を助けてくれた。

 「誰だ、っけ……っておぅわッ!!!?」
 「あ、起きたんだぁ〜?」

 いきなり、前触れもなくウィーンという音が響く。
 にこにこと笑いながら幸せそうに入ってくるのは、昨日の少女。
 同級生で、クラスメートの鬼帝水痲。
 地の旅人の1人であるという温厚な少女だ。

 「心配したよ〜?全然起きないんだもーん…」
 「あ、あぁ……あっ!、と、ところで!!」
 「ん?もしかしてレルカちゃん?なら大丈夫だよ〜」

 1人慌てる少年、高瀬龍紀は動きを止めた。
 鬼帝はその特徴的な水色の髪をふわりと持ち上げ、高瀬に背を向ける。

 「確か、隣の部屋で休んでるから〜」
 「ちょ、ちょちょちょっ!!」

 暢気に出て行こうとした鬼帝は、高瀬の声に反応して足を止める。
 そしてくるりと振り向いた。

 「ここ何処だし、あの時何があったか分かんねえし…、ってか一体全体どういう事!?」
 「あー…そうだったねぇ〜」
 「そうだったねぇ〜、ではなく!!!」
 「へへへ〜」

 何故だろう、時間差がある。
 そう高瀬は感じた。鬼帝と話すスピードは、いつもの何十分の一にもなると。
 と、ほのぼのと笑う鬼帝に対して。


 「お、起きたんなら…」
 「…あぁ?」
 「さっさと出て行けバカ龍紀ィィ——————!!!!!」


 白い眼鏡を頭に乗せた少女は、その怒りを鬱憤すべく張り叫ぶ。
 ドアをぶち破る程の勢いでそう叫んだ少女は、ピリピリとした表情で高瀬の前に立つ。

 「よ、よう殊琉……いつになくでかい声だな、お前」
 「うっさい!!大体何でこういう事になってる訳!!?」
 「知らねーよ。俺だって起きたらこうなって…!!」
 「あんたの意見なんか聞いてないわ!!!」
 「…じゃあ何だよ!!」
 
 ぎゃぁぎゃぁと言い争う2人を見て、まぁまぁと鬼帝は2人の肩に手を置く。
 どうやら鬼帝の仲裁など聞きもせず2人は喧嘩を続けるようで。
 ここが何処なのかも分からぬ高瀬は更に苛々していた。
 
 「此処は何処なんだよっ、それくらい教えろっ!!」
 「あーはいはい、此処は【地ノ旅団】よ」
 「地ノ…旅団?」
 「地ノ旅人が集い、働き、戦いをしに行く…まぁ一つの機関なんだよ〜」
 「機関…此処が…?」
 
 高瀬はもう1度辺りを見渡す。
 無機質な部屋、冷たい空気。
 明らかに唯の建物ではない事が分かる。

 「此処にはたった8人の地ノ旅人がいる。でも皆色々と情報を集めているせいで顔を出さない事が多いの」
 「それで、あたしが情報整理役だから此処に残って、その護衛に殊琉がいてくれるんだよ〜?」
 「そう…だったのか…」

 言われてみればそうだ。
 数多くの能力者の中で、S級であり2位であり、地ノ旅人である彼女は何故か此処に居る。
 さっさと襲ってくる天族を倒しに行けばいいものを、此処に居る理由はたった1つ。
 A級である鬼帝の心強き護衛。彼女1人でも充分強いが、1人で残るのは流石に無理がある。
 そう考えた彼等地ノ旅人は、鬼帝を情報処理、神乃殊琉を護衛・運搬として此処に残した。
 そのせいで彼女等は此処にいる。
 
 「ま…あたし達以外は滅多にいないんだけどね」
 「まぁまぁ…この間は風鈴姉弟が、そして昨日は蒼君が来てくれたじゃぁーん」 
 「蒼…君?」

 何処かで聞いたなと、高瀬は首を傾げた。
 然し体が痛いせいでそっちに気がいってしまいそれどころではない。
 彼はびくびくと震え、ぱたんと背中から布団に倒れこむ。

 「ちょ…っ」
 「あぁ゛ー…そういえばめちゃめちゃ痛いんだった……」
 「そりゃそうだわ」
 「そういえばその…蒼君?だっけか、昨日いたよな?」
 「うん、可愛いでしょ〜?」

 (あれ…男?ん?女?)
 
 ぐるぐると高瀬の脳裏に記憶と知識が混ざり合う。
 昨日、鬼帝の背後にいて援護をしていた奴だった。
 そうとしか覚えていない。

 「後で紹介するね〜っ、今はその怪我を治すっ!」
 「あ、あぁ……、ってあれ?」
 「ん?どうしたの〜?」
 「そういえば…何でそんな大事な事…べらべらと喋ってくれるんだよ」
 
 3人の間に流れる暫しの沈黙。
 きょとんとした表情の地ノ旅人の2人は、同時にはぁと息を吐く。
 そういわれてみればそうなのだが。
 決して口外してはならない地ノ旅人の情報を、一般人の高瀬にべらべらと喋りこんでいた。
 本当にそれは良いのかと、高瀬は心の底で思う。
 
 「あんたねえ…もう巻き込まれてんのよ」
 「へ?」
 「高瀬君はねぇ〜、レルカちゃんと一緒にいるでしょ〜?」
 「そしてレルカの秘密も知ってて2度も天族に襲われている」
 「もう天ノ旅人と地ノ旅人だけの問題じゃなくなってるんだよ〜」

 高瀬は、ひょんなところから首を突っ込んできた、いわば部外者に値する者だ。
 然しレルカの経緯を知っていて、且つ天の旅人に2度も襲われた中心人物になりつつある。
 天ノ旅人と関わって尚、その危険から逃げる事を知らない高瀬。
 レルカを自分の許に置いている以上、高瀬は対峙する2つの軍団の狭間から逃れられない。
 つまりもう、巻き込まれている存在なのだ。

 「あんたは天ノ旅人も地ノ旅人も知ってる唯の一般人。でも情報を漏らされても困るから敢えて言ってんでしょ」
 「天ノ旅人と敵対する我等地ノ旅人とて…軽く流す訳にはいかない事態なんだよ〜」
 「てな訳でざっくりと説明したの。文句ある?」
 「い、いえ…」
 
 天ノ旅人といい地ノ旅人といい。
 まだ複雑はところが説明されていないが、高瀬は既にショートしそうだった。
 何故自分が巻き込まれているのか、そういう事だったのかと。
 レルカを唯護りたいだけで、こんな事になるとも知らず。
 
 「…そろそろ自覚してよね、自分がどういう状況に置かれているか」
 「自覚?」
 「魔族、レルカの出現により世界は狂い始めたと言っても過言じゃないよ〜?」
 「魔族を一刻も早く処分したい天族と、そういう殺生を嫌いとする我等地族」
 「そのせいで…もしかしたら“戦争”まで発展してしまうかもしれないってこと〜っ」
 「そ、そこまで…っ」

 天族は魔族を忌み嫌う。
 然し地族は魔族を殺す事に反対の意を持つ。
 この地上に舞い降りた片翼の天使は、地族、人間である高瀬に助けを求めた。
 結果高瀬は天と地の間にある亀裂の上に立ち、今の状況に至ると。
 いつ何時、レルカが襲われるか分からない。
 そして高瀬が狙われ、殺されるのも時間の問題になる。
 それを護る地ノ旅人さえも嫌うようになった天ノ旅人は、もしかすると世界を狙いにくるのかもしれないという。

 たった1人の少女の為に、世界が揺れ動いてしまうという————。

Re: 片翼の紅い天使 ( No.16 )
日時: 2012/07/14 13:09
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: TDcrpe6v)

第012話 学力テスト

 気が付けば高瀬龍紀は、自分の家のベッドの上だった。
 あの日、神乃殊琉は高瀬を連れて自分達の街へ戻ってきた。
 勿論レルカは、未だ地ノ旅団で預けられたまま。
 あの後、気を失った彼女を保護すると、そう神乃は言っていた。

 「能…力、か……」

 高瀬は自分の掌を見つめる。
 確かにそこには“形”という文字があった、あの時は。
 能力稼動時のみ紋章が浮かび上がるらしい。
 今まで想像もしていなかった展開。 
 能力に憧れ、ずっとずっとこの街で過ごしてきた高瀬にとって、この間の出来事は素晴らしいものに思えた。
 能力者の一員だ、自分ももうバカにされる事はないと。
 そう思っていた。

 「でもまぁ……使い道がいまいち……って、あれ」

 高瀬はひょいと立ち上がり、何気なく時計を見つめる。
 現時刻は7時50分。

 「あ、はははははは…って、俺のバカぁぁぁ————!!!」

 今日が登校日だという事を、忘れていたらしい。




 
 「たっちゃぁーんっ!! どうしたどうした!? まぁた朝からぐったりタイム突入ですかーっ!?」
 「うるせぇ、色々あったんだよ」
 「イロイロ? イロイロって…ま、ままままさか女の子絡み!?」
 「…そうだと言ったら信じるか?」 
 「いや全然」
 「ぶっ殺すぞ変態眼鏡!!」

 朝から騒がしい2人は、いつも通り教室のドアを潜り、自分達の教室に足を踏み入れる。
 確か自分のクラスにいる能力者の数は10人程度だった筈。
 その中の仲間入りを果たした高瀬は、表には出さないが一応舞い上がっていた。
 
 
 「えーと、今度の学力テストの範囲ですが……」

 そうだそうだとクラスメイトが騒ぎ出す。
 1週間後には、学力テストが控えている。
 それは一般高校と変わらない学力テストで、能力開発の高校が一般高校と何が違うかといえば。

 「尚、テスト終了日の次の日は“実技テスト”なので十分気を付けて下さいねー」

 実技テスト。 
 言わば能力のレベルを測る為のテストである。
 非能力者もこれを受ける事になっていて、能力者ではないと診断されたものは一次試験で落第。
 能力者の者は二次試験へ進み、そこで実際に能力を発揮し、測定し、階級を叩き出す。
 高瀬は今まで能力者ではなかったが為に、一次試験落第で他の生徒のテストを見ていた。
 体育館で行われる為、どの生徒も自由に見る事ができる公開式の実技テストなのだ。
 
 「たっちゃーん、テスト勉強したかぁー?」 
 「全くー。つか、俺はやっても無駄だし」
 「そんな事もないと思うけどなぁ…、たっちゃんは隠れ努力家だ
し?」
 「…けっ、天才の台詞ってどうも受け止めらんねぇーんだよなぁ」
 「ひっでーいっ」

 高瀬はぺったんこのバッグを肩に掛けて欠伸をする。
 天才且つ長身で整った顔立ちの澤上仁はその隣で鼻歌を歌っていた。
 そんな時、神乃の姿が2人の目に飛び込んだ。

 「殊琉は良いよなぁー、頭も良いし能力階級もSだし」
 「はぁ?」
 「神乃はお悩みなしってとこかぁー?」
 「あんただって大体そんな感じでしょ……澤上」
 「おっ、そこ言っちゃいますかっ」
 
 天才同士の会話に嫌気のさす高瀬。
 どうせ俺なんて、なんてぼやきながら高瀬は口を尖らせた。
 然し急に、2人の会話に違和感を覚えた。
 そう、何故か神乃と澤上が親しい。

 「あんたしかも今“A級”でしょ? すぐS級に来るかと思うと怖いわー」
 「やっだなぁー、S級ってのは“真の努力家”に与えられる称号みたいなもんだぜー? 無理無理っ」

 笑顔で否定をする澤上。
 然し神乃の言っている事は全て本当な訳で。
 高瀬は、んーっと唸った後、
 
 「あのさ、ちょっと疑問に思ったんだけど」
 「「ん?」」
 「澤上と殊琉って何だか親しくね?」
 
 とか言い出した。
 今まで自分とつるんできたとは言え、澤上と神乃の組み合わせは珍しい。
 それをふと疑問に思った高瀬は純粋にそう聞いたのだが。
 何故か神乃は赤くなり、澤上は腹筋を押さえ込んでいた。

 「な、何だよたっちゃあーん!! 妬いてんの? ねぇ妬いてんのー!?」
 「は…はぁァ!?」
 「ちょ、あ、あんたねぇ…!! そ、そんな事聞かないでよ!! 誤解されるでしょうが!!!」
 「え、ちょ、な、なな何が!?」
 「高瀬君だいたぁ〜ん」
 「ちげぇよ!! てか鬼帝いつからいたァ!?」
 「マジでかっこいいよ、惚れるよたっちゃん!!」
 「惚れるなぁァァ!!!!」

 結局何も分からないまま時が過ぎていく。
 そして1週間後に控えたテストの日程へと迫り行く時間。

 高瀬が嫌うものの中で最も嫌いなお勉強オンリーの日がやってきた。


 
 「…始め!!」

 先生の合図で一斉に薄い紙を表に反す生徒達。
 勢い良くカリカリカリカリ……ッ、というシャープペンシルを走らせる音が鳴る。
 唯一人、高瀬はふらふらとシャーペンの上の方を摘んで揺らしていた。
 然しちらと横目で見れば物凄いスピードで神乃が問題を解いていく。
 何で止まらないの!?と高瀬は内心びくっとしながらも自身の問題用紙に視線を落とした。

 「いやぁ、一問目からきつかったわ…何であんなん出て来るのかしら……」
 「でも、解けたでしょう〜?」
 「一応ね、あんたは?」
 「ばっちり〜っ」

 特徴的な暢気な口調の彼女はピースサインを繰り出しながらへへへと微笑んだ。
 神乃も自信はあるようで、次のテスト勉強をしだす。
 一方高瀬と澤上は勉強もせずにぺらぺらとおしゃべりをしていた。

 「まぁまぁたっちゃんや、人生七転び八起きって言うじゃん?」
 「俺は起き上がった事がない」
 「はっはは〜、それ言っちゃぁお終いだぜー?」
 「言わせたのはてめぇだろうが!!」
 
 ガンッ、という勢いで机を拳で殴る高瀬。
 天才故の余裕を見せる眼鏡変態男子澤上。
 
 この2人だけが唯一教室で騒がしかった。







 「では、明日は実技テストになります。持ち物は特に必要ないのでそのつもりで…」

 ついにきたかきたかと生徒の瞳が煌く。
 実はふいに能力に目覚めている事もあるとかないとか。
 そんな噂もあるのだから、生徒達はペーパーテストが終わった喜びと重ねて頬を緩ませ始めた。
 馬鹿みたい、と一人呟く彼女は曇った空なんかを見つめながら、活気溢れるクラスに溜息を吐いた。

Re: 片翼の紅い天使 ( No.17 )
日時: 2012/11/26 18:13
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 9QYDPo7T)

第013話 実技テスト
 
 「……はい、【D級】ですねーっ」

 笑顔でそう、試験管に言われた。
 いきなりだが高瀬龍紀は実技試験(別名二次試験)であっさりD級ですね、と言われてしまったのだ。
 周りの知人は何故かくすくす笑っているようにも見える。
 
 「……え、早くね!?」
 「ぎゃはははたっちゃぁーっん!! やっぱ期待されてないんじゃ……!!」
 「うっせぃ!! つうか、まだ俺空気を剣に変えただけだよな!?」

 ぎゃあぎぁあと騒がしい中、試験管の教師はぐいっと身を乗り出した。
 さっきの、笑顔でD級ですねーと言った人だ。

 「嫌だなぁ高瀬君。我々は一応プロ。技の質なんか見ただけで分かっちゃうのだよー?」
 「先生。見たのも0.5秒くらいでしたよね」
 「まぁね」

 にこにこ満天笑顔の彼女に何を言っても無駄そうだ。
 そう言ってとぼとぼと高瀬は歩き始めた。
 といっても今帰ろうとも澤上がいない。
 奴は一応A級らしいので、最後まで残るはずなのだ。
 しょうがないと、高瀬はそう呟いた。
 勉強にもなるだろうと考えた高瀬は、実技試験の行われる試験会場に向かう。
 まぁ言わば、体育館というやつだ。

 「すっげー……」

 体育館で何十人もの生徒が、能力を使っている。
 それは様々で、とても自分の興味をそそる。
 能力者でなかった頃はどうでも良かった世界が、目の前に広がる。
 能力って凄いなと、改めて実感した瞬間だった。
 
 「でもまぁ……」 
 
 流石に、B級以上はそうそういない。
 A級はこの学校でもたったの5名近くだとか。
 それも3年生に3人、1年生に2人という状況である。
 奈川高校能力者数はざっと128人。
 そう考えると、以上に少ない事が分かる。
 希少価値なだけあると、そう思う。

 A級になれるのは、本当に一握り。
 現実がそう、訴えているような気さえした。

 「屋上にでも行って寝るかなぁー……」

 ふわぁ、と大きく口を開ける高瀬は、のんびりとした足取りで体育館を後にした。
 どうせ用もない。自分より強い能力者の試験なんて見たってつまらない。
 なんて思いながら。





 ふわふわと浮かんだ雲が、ゆっくりと流れる。
 それは時間に縛られず、自由に、そしてゆるゆるとただまっすぐに進んで行く。
 どうせなるなら雲になりてーなどと呟きながら、高瀬は屋上でぱたんと倒れ、横になる。
 もう肌寒い季節ではあるが、なんとなく、あの白い綿だけは夏と同じ空の色の上に浮かんでるような気がした。
 高瀬は目を閉じた。



 
 「——————では、最後に神乃殊琉の試験を開始します!!」

 そんな声が体育館で響き渡っていた頃、高瀬はまだ屋上にいた。
 そしてゆっくりと目を開けて、うっすらとしていた視界を広げる。
 いつのまにか空の色は、紅く燃え上がるような、力強い橙に染まっていた。
 
 「あれ……どんぐらい寝てたんだろ」

 目尻をこすり、また大きく欠伸をした彼は、ゆっくりと立ち上がる。
 そして何かを思い出したような顔をした。

 「あ、そういえば試験……もう終わってんのかな」
 
 ふと疑問に思った高瀬は、そのままもう一度体育館へ向かった。
 体育館までの道のりは短い。屋上を出て、階段を2つ下りれば、隣が体育館になっている。
 といっても着くのは体育館の2階で、上から館内が見えるようになっているだけの場所である。
 そうして階段から降りた高瀬は扉を手をかけ、そして。

 「ぃ……————え!!?」

 まるで耳元で大砲をぶちまかしたかのような激しい轟音に、彼は襲われたのだ。

 「ふむふむ……はい、これで試験は終了です」
 「……ありがとうございました」
 
 そう神乃が言ったのと同時。
 高瀬の周り、いや、体育館に詰まった観衆の声が一斉に上がった。
 まるでサッカーや野球といったスポーツの観戦状況だ。
 帰ったかと思われた生徒達が、学年という壁を越えて集まっている。
 日本ランク第2位を誇る彼女の実力を見に来た、といったところだろうか。
 奈川高校という普通校では在り得ない程の天才能力者。
 神乃殊琉は、唯一人むすっとした表情で踵を翻し、体育館から出て行った。
 
 「すっげーな……あれが有名な神乃殊琉かぁ」
 「顔も良いし頭もキレるっていうしよ……欠点無しの天才だよなぁ」
 「良いなぁ……俺もあれくらい強けりゃなぁ」
 「バーカ、あんなの血の滲むくらい努力しねーと無理だって!」
 「だよなぁーっ」
 「ああいうのは“恵まれた天才”なんだよなぁ」

 体育館から去っていく男子生徒達の声。
 それだけではない、女子、先輩、そして先生達まで感嘆の声を上げながら出て行く。
 高瀬はそんな雰囲気に呑まれないよう、静かに教室に向かった。
 カバンやらなんやら、忘れてしまったらしい。

 「忘れ物ーっと……って、あれ。殊琉じゃん」
 
 教室に戻ると、さっきまで騒がれていた神乃がそこにいた。
 彼女はふっと振り返る。その瞬間、あのふんわりとした緩いウェーブが揺れる。

 「あんた……まだいたんだ」
 「まぁ忘れ物つうか……昼寝してたしな」
 「……あっそう。ああいうのには興味がないのね」

 呆れたような、溜息のような。
 そんな分かり難い息を吐く彼女は、窓の淵から手を離し、ゆっくりとした足取りで高瀬に近づく。
 
 「ああ……さっきみたいな試験の見学? お前がすげーのは元々知ってるし、良いかなーって」
 「……ホント、バカよね」

 え、と思わず小さな声を出した。
 神乃は、机の上を優しく撫でた。

 「あんなに沢山人がいて……やりにくい事この上ないわ」
 「お前……そんな言い方はないんじゃねーか?」

 高瀬が少し睨む。然し彼女は動じもしないで、再び窓のある方へ歩み行く。
 橙の空に浮かんだ雲。そんな自由な物を、まるで睨むようにして見る。

 「天才天才って、何でも出来て欠点無しで……恵まれてるとか羨ましいとか……そんなんばっかり」
 「……」
 「人の事を知らないで、良くもまぁあんな軽い事が言えたものよね」
 「ッ……殊琉ッ!!」
 「私だって別に、こんな立場望んでない」

 そんな強い口調に、高瀬は圧されてしまった。
 神乃はまた窓から手を離して、今度は教室の扉に向かった。
 軽そうなぺたんこのバッグを片手に、ドアに手をかける。

 「龍紀」
 
 ドアを開ける前に、彼女はいつもの声で高瀬を呼んだ。

 「……んだよ」
 「レルカを、護ってやんなよ」

 それは、とても優しい声だった。
 神乃はガラリとドアを開け、出て行った。
 何なんだよ、と高瀬は小さく呟く。
 一人残された彼も、カバンを片手に出て行った。
 彼が廊下を見た時、既に彼女はいなかった。

Re: 片翼の紅い天使 ( No.18 )
日時: 2013/02/25 13:19
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 2DX70hz7)

第014話 一日目はパンチ

 「たっらいまぁーっ!」

 高瀬龍紀は、いつものように玄関を潜った。
 元気な声を張り上げて、乱雑に靴を脱ぐ。
 リビングにいたのは、紅い髪をした天使。
 レルカはにっこりと微笑んで彼を迎える。
 
 「お、おかえりなさい、龍紀君」
 「ようレルカ……ってごめんな! 一日中野放しにして」
 「あ、いえ……ここはとても安心なので、助かっています」

 そうなのか? と高瀬は聞き返す。 
 レルカの紅い翼が、ほんの少しだけ揺れる。

 「ここは人間界なので……天族も簡単には入ってこれないのです」
 「へー……前回といい前々回といい酷い騒ぎになったもんな……」
 「はい……。元々天ノ旅人と言えど、不必要な人間界の出入りは固く禁じられているんです」
 「それってやっぱり……天使は人間に姿を見られちゃいけないから、か?」
 「はい、そうです」

 座布団の上にちょこんと座ったままの彼女。
 左肩の方、つまり左翼だけが生えている彼女。
 その姿は何度見ても痛々しく、とても見れたものではなかった。
 然し高瀬は彼女が笑っているところを見ると、そんな事も忘れるのである。 
 彼女の笑顔の為に戦うと、決めていたから。
 高瀬もカバンを放り投げて向かい側の座布団に座った。

 「でも本当にいつ来るか分からねーよなぁ……」
 「そうですね……。彼らは人間に見つかる事さえなければ、すぐにでも飛んでくるでしょうし……」
 「おまけになんか俺……敵視されてるっていうか……」
 「まぁ、天族の姿を見た、唯一の普通の人間ですからね……」
 「へ?」

 レルカの言葉に、高瀬は間抜な声を出した。
 
 「地ノ旅人には何度か姿を見られているのでしょう……いつかは敵対すべき相手同士ですから……」
 「……んで、俺、は?」
 「龍紀君は、地ノ旅人にも他の機関にも属していない普通の一般人ですから……狙われて当然なんです」
 「そ、そう、なんだ……」
 「安心して下さい、龍紀君は能力者ですからっ」

 そういえば、と高瀬も思う。
 自分はつい最近能力を得たばかりの新米能力者。
 D級なんて世の中にごろごろ転がっている。その他大勢も同然。
 に比べて高瀬の幼馴染はなんと優秀な能力者だろうか。
 身に染みて良く分かる。

 「……ってあぁーッ!!」
 「!? ど、どうかしました、か?」
 「そ、そういえば……お、俺……」
 「?」
 「来週から強化合宿だったァーッ!!」
 「……へ?」

 強化合宿。
 各地に創立する“能力科”のある高校及び中学で行われる一大行事。
 能力者のみがその参加資格を得られ、毎年秋に行われる1週間の修行の旅でもあるという。
 能力者のレベルを底上げする為に考えられた大切な合宿である。
 高瀬の通う奈川高校も来週から合宿があるらしい。
 能力者になりたてでしかも1年生の高瀬には今まで縁も所縁もない話だったが、
 今回はそういう訳にもいかなさそうだ。

 「合宿……ですか?」
 「あぁ……そういえば強制参加だ、あれ……」
 「はて合宿、とは……?」
 「まぁ、あれだよ……血と汗と涙の出る、青春絵図だよ……表向きは」
 「?、?」
 「苦しい1週間になる……」

 テーブルにぽてんと顎を乗せる高瀬。
 しかも男女混合。これでカップルができる場合もあるとか。
 高瀬の場合は神乃殊琉という恐ろしい幼馴染に苛められる予感しかしない。
 青春などやっては来ないと、諦める高瀬なのであった。

 「どうすっかなぁ……レルカを一人置いてく訳にもいかないよなぁ……」
 「わ、私? ですか?」
 「ああ。だって危ないだろ、いくらなんでも」
 「うーん、と……」

 奈川高校の生徒な訳でも、ましてや能力者でもない。
 彼女は列記とした天族(魔族らしいが)である。
 天族に狙われる可能性もある為、一人にはできない。
 高瀬は唸る。

 「まぁ、なんとするっきゃねーか!!!」
 「……?」

 一人疑問符を頭上に浮かべるレルカをよそにガッツポーズする高瀬。
 果たして彼の考えとは如何に。
 あまり彼の思いつきに期待できないレルカであった。







 そして、当日。

 「————————晴れたぁーッ!!!」

 ギラつく太陽の下で、高瀬は両拳を上げた。
 ここ奈川高校で朝集合。勿論澤上仁、神乃、鬼帝水痲など、いつもの面子が出揃っている。
 高瀬はハイテンション。ただでさえ暑いのに、と神乃が文句を零す。

 「ところで龍紀」
 「あ?」
 「レルカ……どうしたの? 置いてきたら危ないのは分かるけど……」
 「ああ、心配すんなって!」
 「はぁ?」
 「ところで高瀬君〜?」

 鬼帝のゆったりとした声が流れる。
 彼女はぴしっと、高瀬の横にあった大きな袋を指差した。
 大きなサンドバッグのようにも見える。

 「それ、何入ってるの〜?」
 「ああこれはだなーっ」
 「……ちょっと待って龍紀」
 「へ?」
 
 がしっと高瀬を掴んでその場から離れる神乃。
 ずるずると高瀬を引き摺った彼女は校舎の影で足を止める。
 くるりと、振り返った。

 「あれ、まさかレルカじゃないでしょうね?」

 冷たい視線と口調。
 龍紀の心臓が一瞬にして跳ね上がり、心拍数を上げた。
 
 そう、まさか。

 「あれ……やっぱ、気付いた?」

 ——————まさか、気付かれるとは。

 へへへと笑う高瀬をよそに、驚いた神乃の表情が戻る。
 そう、その拳に、渾身の力を込めて。

 「こんの……バカ龍紀がァァ————————ッ!!!!」

 彼女の怒号と共に放たれた一撃が、高瀬の身も心も砕いた。
 理不尽すぎるその力を前に高瀬は、自分の非力さと神乃の無情さを改めて知った。



 
 「い、ってて……」 
 
 木製の宿舎。
 昔は地域の宿泊所だったらしいが、都会の高校がお金を合わせて買い、今では合宿専用所となっている。
 高瀬はそんな部屋の一室で、頬を撫でシップを貼っていた。
 目の前で澤上がにししと笑う。

 「……んだよ」
 「まぁまぁそう言うなやーっ! 何何? 神乃に殴られたんだって?」
 「良いだろ……別に」
 「ほほぉ……フラれたか、たっちゃん?」
 「ちげえよ!!」
 
 溜息を吐く高瀬。
 結局レルカの入った大きなバッグは神乃が回収し、今では部屋できゃっきゃうふふしているところだろう。
 高瀬も自分の部屋に連れ込む気はなかったようだが、何故か頬の痛みがとても理不尽に思えてきた。
 あれ程までに強く殴らなくても良かったのに、そう高瀬はもう一度息を吐いた。

 「まぁ良いんじゃねー? 愛情だろ、その傷はっ」
 「いや、あれは殺戮に近かったような……」
 「神乃も素直じゃねーなぁー」
 「いや、ホントにあれはマジのパンチだったって」
 「……そーかい。じゃあ風呂入りに行きますかなぁ〜っ」
 「ちょ、俺の話聞いてる!?」

 高瀬もお風呂セットを片手に走り出す。
 明日から本格的な強化合宿が始まる。
 そんな事よりレルカは無事なのだろうかとも高瀬は思った。
 近くに神乃がいるから心配など無用だろうが。


 然しそんな彼は知らなかった。
 この一週間がどれ程辛く——————、苦しい時間と化すのかが。

Re: 片翼の紅い天使 ( No.19 )
日時: 2013/04/02 20:57
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 2DX70hz7)

第015話 突然の光
 
 宿泊所に着くと、もう日が傾いていた。
 1日目は宿泊所に到着する事が目的の為至って特別な事はしない。
 男女共お風呂に入って夕食を食べ、暫し休憩時間を過ごし夜10時に消灯予定。
 そして現在時刻は6時半。
 A、Bクラス男子がお風呂に入る時間帯である。
 見事Bクラスの高瀬は、澤上とお風呂に浸かりながらゆったりとまったりと喋っていた。
 
 「うおぉー……癒されふー……」
 「おいおいとろけれるぞー? たっちゃんや」
 「しょうがねーだろ……俺全身が悲鳴あげてるしぃぁぁぁー……」
 「いつになく緊張感ゼロだなー」

 天族が襲ってくる危険性も極僅かな為、気が緩んでいるのだろう。
 高瀬は気の抜けた声を出して湯に浸かっていた。 
 そんな幸せなひとときも終え、夕食タイムへ。
 夕食はクラスごとで、決められたグループに分けて座る事になっている。
 確かグループ分けは能力差が均等になるようにされていて、高瀬はそう、神乃と同じグループなのである。
 地獄の時間が始まる……と。
 そう思っていたら。
 
 「はーいでは、【能力】を発動して下さーい」

 夕食をとる部屋、【鷹の間】にて問題発生。
 なんと部屋に入る前に、能力発動状態にしなければならないらしい。
 何の為に、と思いながらもしぶしぶ能力を発動し座布団に座る高瀬。
 向かい側には、神乃。

 「よ、よぉ……殊琉」
 「……」
 「なぁ、何で能力発動したまんま夕食食べるんだ?」
 「……」
 「もしかしてこれも訓練? 修行? 参っちゃうよなーっ!」
 「……」
 「あのー……殊琉、さん?」
 「……」
 「……」
 「……」
 「……す、すみませんでした」

 突然に、ゆっくりとその場で土下座し始める高瀬。 
 朝の件についての事だろう。
 神乃は何を言われても微動にせず、座っていた。
 じっと、冷たい瞳で高瀬を見ながら。
  
 「……能力ってね、使わなくても発動してるだけで体力使うのよ。だからその練習ってとこね」
 「……へっ?」
 「“能力をどのくらい発動し続けられるか”……これは体力と気力とキャリアの問題ね」

 殊琉は何もなかったかのように淡々と話を進めるが、あくまで高瀬を見る目は非情なものだった。
 よほど今朝の事で怒っているのだろう。
 何しろ一人の少女を合宿にまで連れてきたのだから。
 それもサンドバッグに入れて。

 そんなこんなで、夕食を食べ始める彼等。
 始めのうちはなんともなかったが、中盤から大半の生徒が溜息を吐き始めた。
 加えて荒く呼吸を繰り返す者、まだ食べられるのに体力がなくて箸を握れなくなる者まで出てきた。
 高瀬は勿論途中で撃沈。
 目の前で神乃は涼しい顔で夕食を口に運んでいるというのに、この差は何であろうか。
 高瀬は悔しさと悲しさでいっぱいいっぱいである。

 「う、うぅ……腹減ってんのに……食えねえ……」
 「どうしたの龍紀。目の前にまだ唐揚げ残ってるわよ」
 「知ってるぁッ!! ……ぐッ……! もう箸を握る力もねえよい……」
 「情けないわね。男のくせに」
 「いや……これ、男の云々の問題じゃ……」
 
 その言葉を最後にして、高瀬はぱったりと机に突っ伏した。
 動かない高瀬を前に、神乃は眉一つ動かさずに唐揚げ定食をたいらげていく。
 1時間後には、神乃、澤上、鬼帝の3人しか生き残っていなかった。

 


 
 「理不尽だぜ……ちっくしょー……」
 「まぁまぁ、すっごい美味しかったぜ? 唐揚げ定食」
 「お前はな。俺半分も食ってねーよ」 
 「いやいや俺、ちゃーんとたっちゃんの意思受け継いだからっ」
 「……それ、どゆ意味」
 「ごっそさんでした! たっちゃん!!」
 「お前俺の分食ったなぁ——————ッ!!!?」

 夕食後、部屋にて。
 ごわんごわんと澤上の頭を揺さぶる高瀬がいた。
 どうやら唐揚げをぺろりといかれたらしいが。
 無理もない。高瀬の胃にはあまり入ってこなかったのだから。
 もしかしたら残りの5日間、食事の度にこれをやるのだろうか。
 高瀬は澤上の胸倉を掴んだままがっくりと項垂れた。
 その後は授業や教師の話など、普通の高校生のような話をしていた。
 いつの間にか消灯時間が迫っていたので、2人は寝床に入る。
 この旅館は部屋の多さが売りな為、部屋自体が狭いのである。
 つまり一部屋に2、3人が限界なのである。


 
 「ん……うぅ……」

 カチ、カチ……と、時計の針だけが部屋に響く。
 隣の敷布団では眼鏡を外した澤上が幸せそうに寝ている。
 高瀬は何故か寝つけないのか、むっくりと起き上がった。
 大きく欠伸をすると、ゆっくりと布団から這い上がる。 
 トイレに行こう、と小さく呟き、先生が見周りしてないか確認しながら廊下を歩く彼。

 「あ、あれ……?」

 然し不安定な視界の中で歩いていた為、いつ間にか彼は迷っていた。
 ここはどの辺だろうか。フロント近くのような気もする。
 きょろきょろと辺りを見回していた彼の背後から、突然小さな声が聞こえてきた。

 「……え……っ」

 後ろを振り向くと、そこにいたのは神乃だった。

 「え……ちょ、お前ここで何してんだよ殊琉?」
 「それはこっちの台詞よ……。あんた、こんな時間に何やって……っ」
 「俺は単にトイレに行ったんだけど、帰る途中で迷っちまって……」

 ふーんと呟く神乃。
 そんな彼女の登場により高瀬の目は見事に覚めた。
 然し何と言うべきか、高瀬は静止したまま固まっていた。

 「……な、何よ」
 「うへッ!? い、いや……つか、おまえ……その、髪、濡れてねっ?」
 
 どきりとした高瀬は慌てて返答する。
 何故なら神乃の髪は濡れていて、妙に腕や首の肌に艶を感じていたからだ。
 あぁ、と神乃は自分の髪に少し触れた。
 
 「お風呂、入ってたからよ」
 「ふ、風呂?」
 「ええ……ほら、あんたがレルカ連れてきちゃったから、色々やってるうちに入浴時間逃しちゃったのよ」
 「色々? 何かやってたのか?」
 「先生に見つかるとまずいから押入れに入れてたり、ちょっと抜け出してレルカのご飯買ってきたりね……」
 「お、お疲れさんです……」

 じとっと一瞬睨まれたような気がした高瀬。
 少しだけ罪悪感をその心に感じながら再び項垂れた彼と裏腹に、神乃の表情は曇りを見せていた。
 ぴくっと何かに反応するように、顔が晴れる。
 
 「ど……どうした? 殊琉」

 自分の口を人差し指で抑え、しーっと言うようにジェスチャーをする。
 それを見た高瀬も口を閉じた。
 僅かな沈黙が2人の間に流れ、暗がりの中で全ての音が消えた。


 「何か……————————来る」

 
 神乃の小さな声が響いたと同時。
 パキンという何かが弾けるような大きな音が、2人の耳に届く。
 一瞬で空気が、雰囲気が、変わった。

 「な、何だ!? 今何が起こって————————って殊琉!!?」

 神乃は既に走り出していた。
 高瀬も続けて駆け出し、玄関へと2人して向かう。
 月明かりだけが光源として瞬くこの地で、2人は全く違った“光”を目の当たりにする事になる。
 


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