二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

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NARUTО 木の葉の里の大食い少女
日時: 2012/07/28 22:52
名前: わたあめ (ID: tdVIpBZU)

九尾襲撃以前に餓死した狐者異一族の生き残り、「狐者異マナ」が木の葉にて暴れる話。主に食卓の上で。
アンチ・ハーレム・チートはなしの方向で。

1.荒らし・中傷・パクリにきたという方はバックプリーズ
2.この小説はにじファンにて載せたことがあります
3.原作批判・過度な原作キャラマンセー及びキャラアンチはお断り 
4.残酷な描写が一部に見られます、ご注意を
5.亀☆更☆新

それでもいいというかたはどうぞ

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第一章 純粋すぎるのもまた罪。
 ∟アカデミー編 >>1-5
 ∟班分けと鈴取り編 >>6-11
 ∟巻き物奪還任務編 >>12-20>>28 
 ∟お見舞い編 >>21-27

第二章 呪印という花を君に捧ぐ。
 ∟第一試験編 >>29-33
 ∟第二試験編 >>34-48
 ∟第三試験予選編 >>
 ∟第三試験本戦編 >>

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第二十話 敵の術によりキノコまみれになりつつ、食と病で対決す ( No.20 )
日時: 2012/07/12 10:40
名前: わたあめ (ID: mwHMOji8)

「食遁使い、ねぇ……。薬遁に進化してから出直してきたら?」

 そんな風にマナを挑発したのは病遁使いである疫鬼のカイナだった。猫っ毛のセミロングをした彼の挑発にうるせえと返してマナはワイヤーを結びつけたクナイを握り締めてぐぐぐと引っ張る。薬遁と言うのはでっちあげだ。こんなものの使い手がいたとしたらカイナは真っ先にそいつを殺しにいく。薬遁使いなんぞが出てきたら強力な商売敵になる。告げられた相手を病に罹らせるという商売をしているカイナにとってそれはなんとしてでも駆除してしまいたい存在だ。

「食遁!」
「懲りずに食遁? 食中毒にならないように気をつけなね」

 カイナたち妖隠れの生まれのものの中にはもはや妖隠れという認識がないものもいる。今や岩隠れと同化した妖隠れの里が滅びたのはずっと昔だ。カイナは岩隠れの忍として生まれ育ってきた。気付いた時には岩隠れの里の中で、孤児としてたった一人そこにいたのだ。孤児院を抜け出したカイナはことあるごとにこの能力を使用して食べ物などを掻っ攫っていたが、その内商売をするということに思いついた。以来、この能力は概ね商売に用いている。価格によって病の重さを換えるというこの仕事はカイナによく似合っていた。対象にたったの一触れするだけでいいのだ。相手が薬を飲んでよくなると再び頼まれたりするので常連なんぞもいるし、お陰で誰は誰が嫌いとかそうした情報網なら誰にだって負けない。
 ただカイナと違い人の忍びとしての生活になれない妖や、妖であることに誇りを持つものもいる。ケイやサンカ、カイがその例だ。カイの食物は基本的には死肉だし、桂男のケイは時間へ対する感覚が違い、サンカは華奢でありながら怪力だ。ミソラのようなものは人間にも異形な外見の忍びがいるために対して気味悪がられはしないし、雨降り小僧のクゥは体が成長しないという点以外は普通の人間とかわらない。
 そんな時蓮助が田の国音隠れへ一部の妖達を誘った。大蛇丸という男にその力を買われ、カイナ、ミソラやクゥもついていくことになったのだ。

「知るかっ、唾液弾!」

 どうやらマナの食遁での攻撃手段は相当に少ないらしい。そうでなければ今のところこれが最強なのだろう。最強がこれであればカイナとしてもやりやすい。チャクラ量がさほど多いわけではない破銅爛鉄で相殺できるし、カイナの最強もそれというわけではない。

「君もメンドクサイよねえ。巻き物取り戻したら取り戻したでさっさと帰っちゃえばいいのに」
「うるさい! やられたらやりかえすのがアタシの忍道だ! いや違った、“自分に降りかかってくるキノコは自分で食べる”だった!」

 大声で言い放った癖して自分でそれを訂正する。キノコォ? と眉根に皺を寄せて、カイナは両腕を前に突き出した。

「……とりあえず、こういうこと?」

 病遁・紅天狗。
 白いイボの生えた毒々しい赤の、典型的な毒キノコ——ベニテングタケが恐ろしいのスピードで地面から生えてくる。じめじめと空気中に湿気が増えた。

「気ィつけろよ食遁使い」
「っひ!」

 マナの右足に毒々しいベニテングタケが生えていた。マナがそれを見つけたのが合図かのように、急速にベニテングタケがマナの体ににょっきにょっきと生えていく。顔すらも覆っていくそれを恐怖に歪んだ顔で眺めながら、マナはそれが自分の肌から生えているという事実に悲鳴をあげた。

「どーした。自分に生えるキノコは自分で食べるんじゃなかった?」
「違う、“降りかかる”だ!」
「あっそ。ま、俺にはどーでもいいけどね」
「うわああああ! きめぇ離れろぉー!」

 狐者異の一族の例に漏れず胃が丈夫な為に吐いてはいないが、常人なら朝飯も胃液も全部吐き出してしまうレベルだ。見ているだけでも胃が気持ち悪いのに、本人であるマナが吐かないのはかなり凄い。

「つーかベニテングタケってよくわかったなぁ。一般人は大抵毒キノコだぜ」
「アタシの食物に関する知識をなめんじゃねー、うわーなんだこれ毟っても毟っても生えてくるぞニキビみてーに!」

 ベニテングタケを引っこ抜きつつマナが絶叫する。引っこ抜いた傍から生えてくるのでうざいこと極まりない。やっと潰したと思ったニキビがニキビ跡地より再び生まれ出てくるのと似ていないでもない。
 気持ち悪くてしかたないこの技も冷静に見ればギャグでしかないのが悲しいところだ、とカイナは肩を竦める。おどろおどろしさとか、おぞましさとか、そういうのが皆無なのだ。別にそれがなければいけないというわけではないけれど、その方がかっこいいではないか。

「じゃー君に質問。食中毒と白目っ子と同じ熱と、どっちがいーい?」
「食中毒に決まってんだろうがボケェ! 食べながら死ねるんだぞ! それ以上の幸せがあるか!!」

 見当違いな答えを出して手裏剣を二枚投擲する。更に二枚。走りながら、カイナを囲うように手裏剣を投擲する。これでよし、と心中呟いて、マナはニヤリと笑った。

「さあ、これくらいでいくか!」

 右手に握ったクナイに結わえ付けられたワイヤーを二本、軽く弾いた。
 頑丈なワイヤーとは言え、結び付けられたのはクナイでなく手裏剣だ。手裏剣は四方が刃となっている為に、必然的にワイヤーはマナの投擲の仕草だけでも損傷していくことになる。それら全てのワイヤーを結びつけたもう一本のワイヤー——マナの右手に握られたクナイに結び付けられたワイヤーにチャクラを流し込んでそれがギリギリ切れないように維持していたのだ。
 だからクナイのワイヤーを軽くはじくのと同時に、いとも簡単に四枚の手裏剣についたワイヤーの内二本がぷつんと切れた。燃え上がった起爆札が二枚爆発。それを目くらましにカイナの懐にもぐりこむ。紅丸が気付くといいのだけれどと願いながらまた二本弾くと、臭い球と煙り球がそれぞれ爆発する。臭い球というのは忍犬でないと嗅ぎ分けられないという、追跡ようのものだ。例えば戦闘が起こって味方側が倒れたり相手が逃げようとした時に相手に投げつけるとそれは音を立てずに爆発して臭いをつける。持続性が高いので一週間ほどたってから追跡するのでも余裕だ。

「わんっ」

 何かの気配が弾丸のように自分の傍を通り抜けていく。その弾丸——赤丸の胴に結わえ付けられたワイヤーを結びつけた左手のクナイを握り締めて、紅丸の後を追った。紅丸が方向転換したその時にカイナの左腕にクナイをつきたてる。ぐるぐると紅丸がまるで尻尾を追うかのようにカイナの周りで回り始めたことがわかった。煙りが晴れ、左腕から血を流すカイナが見つかる。

「食中毒にならねーで残念だったなァ病気男!」
「……熱出させたほうが早かったかな」

 溜息をついて、カイナが反撃に出た。全身でマナにぶつかると、地面に這い蹲ったマナがそこに蹲る。しかし聞えるべき咳きの声は一切聞えてこない。気絶したのだろうか。思いながらその姿を見つめていると——
 咳き一つないままに彼女が立ち上がって、にやりと笑って見せた。

「どうした、ネジ先輩に使いすぎてチャクラ切れか? アタシにテメエの術は通用しねえみてーだなあ」
「……な、なんで」

 チャクラ切れなんてことがあったら自分が真っ先にしっているはずだ。
 カイナは疫鬼。そして疫鬼は病によって死んだ人間の怨霊からなる——食べ物を目前にして死んだ犬神のように。ただそれにチャクラで形成された器が与えられただけで、疫鬼はそのチャクラの器で人型をとっていたのだ。その内疫鬼と人が子を為した。人の血が交わった今、人に近い存在となったのは事実だが病気を感染させる能力は衰えてはいない。
 ならどうしてこの女は。

「ネタばらしをしようか。彼女達狐者異一族は言ってみれば貴様ら疫鬼——病田(やみだ)一族に近い存在さ」

 レミを片足で捻じ伏せながらハッカが静かに言う。病田というとっくに捨てた姓を口にされて、カイナは思わずうろたえた。病が病を得るわけはない。
 疫鬼は病によって死んだ人間の、「どうして自分が」という思いから生まれた怨霊。
 犬神は食べ物を目の前にして死んでしまった犬の無念から生まれた怨霊。
 そして狐者異は、貪欲な人間の霊にチャクラの器が与えられたものだ。疫鬼と同じように人との間に子を儲け、人に近い存在となった一族が狐者異だ。
 かつて狐者異は貪欲と恐怖の象徴だった。死して尚この世に留まり食物をあさる。その中には犬神や疫鬼の怨念はない、ただ貪欲であったと、それだけだ。しかしそれが却って人々を慄かせた。
 貪欲さの余りに。病に伏した人の怨念や、食べ物を目前に餓死した犬の無念などとは程遠い。

「病気にはかかるだろうが、ちょっとやそっとのことじゃかからない。貴様が彼女を病気にさせるには少なくとも両手で印を結んで強力な術をかけないことは無理だ。体当たり如きでは無理だよ」

 マナは純粋だ。
 食べることに純粋なのだ。狐者異となった人間は、概ねが戦乱の時代、食糧が少ない時に生まれ育っていた。だからこそたくさんの食べ物を求めたのだろう。故にこのような存在となって現れた。そして彼らが病にかからないのは、それが欲の塊だからだ。彼らの体は丈夫でなければいかなかったからだ。その欲を満たすために。
 人はいつしか、その名を恐怖の代名詞として使うようになった。狐者異(こわい)と。
 だから狐者異は——こわい。

第二十二話 遺言幽霊と、犬神の経絡系について語る。 ( No.21 )
日時: 2012/07/12 10:41
名前: わたあめ (ID: mwHMOji8)

「ユヅルっ! テンテン先輩にネジ先輩!」

 慌てて駆け寄った先で、意識を取り戻していたらしいテンテンがユヅルを抱きかかえながら「重傷よ」と静かに言った。
 ユヅルの赤い目は既に焦点が合っていない。口元は赤く汚れ、白い衣服にも真っ赤な花が二輪も咲いている。本当に息をしているのか疑って耳を寄せてみたら、ごく小さく息が聞えた。胸も僅かにだが上下している。虫の息というのはこういうことなのだろうと思って、不覚にも泣きそうになった。

「……おと……さ、……」

 こんな時にもなって呼んでいるのは自分を疫病神と詰った父なのかと、無性に悲しくなる。虫の息にもなって思い浮かぶのはどこで死んでいようと構わないと吐き捨てた父親なのか。
 もし自分が死にそうになったら何を思い浮かべるのだろうか。いもしない家族ではあるまい。ならばこの仲間たちか。それとも、それとも自分は死ぬ前でもずっと食べ物のことを考えているのだろうか? ——それでもいいのかもしれない、自分は狐者異なのだから。

「おいユヅル、しっかりしろよ……っお前まで死んじゃったらヤバネはどーすんだよっ!」

 疫病神と詰られても構わないなんて思わないでほしい。
 どこで死んでてもいいって言われても、泣くのを堪えて頷いたりしないでほしい。
 
「起きろユヅル! おい!」
「っ、落ち着けマナ!」

 マナの腕を掴んだのははじめだった。

「今すべきことは早くユヅルを病院へ連れて行くことであって、ユヅルを揺さぶって泣き叫ぶことではない」

 冷静なはじめの言っていることは正論だ。けれど心の揺れは中々収まらない。ぺろりと膝小僧を紅丸に撫でられて、マナは紅丸の白い毛に顔を埋めた。ハッカがユヅルを抱え上げる。ガイが足を負傷したリーを担ぎ上げた。ハッカは咳きこむネジを担ごうとしたが、彼が全力で拒否した為にそれはやめてユヅルを抱えて光のようなスピードで森を駆け抜けていった。

「ネジ、あまり無理はするなよ」

 そう言い置いてガイも駆け去ってゆく。はじめ、マナにネジ及びテンテンと紅丸の四人と一匹は顔を見合わせ、終末の谷を後にした。


「……ネジ先輩、すみませんでした」

 はじめが僅かに頭を下げると、当たり前だ、とネジは顔を顰めた。マナもテンテンに詫びると、いいのよあんなこと、と苦笑気味に彼女が言う。
 暫くの間、沈黙が続いた。地に落ちた木の葉を踏みしめる音とネジの咳きだけが森の中でやけに大きく響く。

「俺の父がな、」

 不意に発された、喉に絡まる痰で濁ったネジの声に思わずぎょっとした。時折咳きを交えながら、彼は語りだす。紫がかった白い瞳はどこか遠くを——いや、何か見えないモノを見ているように見えた。

「げほ、……家族に、ごほっ、礼を言いたいという、げほっ、温い情でもゆ、げほっごほ、うれいになることが、ある、と」

 食べ物を前にして餓死した無念から生まれた犬神。
 何故自分がという理不尽を抱えながら病死した人の思いから生まれた疫鬼。
 そして貪欲な思いから霊となった狐者異。
 犬神と疫鬼はいいとして(ユヅルにはよくないのかもしれないが)、貪欲さのあまりに生まれた妖の血を継ぐというのはあまり気持ちのいいことではなかった。そんなマナの心の内を見透かしたかのようなネジの言葉に一瞬びくりとする。

「それ、から、げほっ、一週間で、げほっ、父は、」

 ——死んだ。
 父はもしかしたら、近い内に宗家によって殺され、宗主ヒアシの影武者として雲へ差し出されることを悟っていたのではあるまいか。だからこそあのようなことを言ったのではないのだろうか。
 今となってはそれを知る術は何もないし、そうという根拠もない。ただ偶々言ってみただけなのかもしれない。それを言って自分に何を伝えたかったのかはわからない。自分が霊となって化けてきても恨むなとでも言いたかったのだろうか。
 それでもいいと思った。霊としてでも出てきてくれるなら。
 もう一度会えるなら、それでもいいと。
 咳きこみつつも物思いに耽り始めたネジに、他の数人もまた各自の思いに耽り始め、再び森は沈黙に沈む。


「経絡系……ですか?」
「ええ。内臓に損傷は見えませんが、経絡系がズタズタなんです。通常、内臓に絡んでいる経絡系を傷付けられることは内臓も共に傷付けられていることを意味しています、点穴をつかれたわけじゃないならね。それがこの子は経絡系“のみ”を傷付けられている。しかし点穴がつかれた様子はない。……一体どんな特殊な術を使われたんですか、そしてもし彼に特殊な体質があるのなら教えてもらいたいもんですね」

 日向の出身であろう、真白い目の医療忍者がじろりとこちらを睨んできた。
 ユヅルのことを思って犬神持ちのことは話していなかったが、こうなると否が応でも話さなければならないだろう。溜息をついて事情を説明しようと口を開くと、「彼は犬神持ちなんです」、その一言だけでその医療忍者はなるほどと納得した。
 犬神についての説明が必要ではないかという懸念は吹っ飛び、困りましたねと日向の医療忍者は呟く。

「犬神と犬神持ちは経絡系を共有しているんですよ。犬神が出てきて戦闘すると、実体のない犬神は経絡系を骨とし幻を皮としたようなもの……つまり犬神が負傷しても傷つくのは経絡系だけです。ならば納得がいきますね、この子の犬神はこの子のかわりに戦闘したんでしょう? ——なんということだ、こういうのは一番危険なんですよ。経絡系に受けた傷がそのまま本人に還元されますからね。影分身のように消えておわりということもない」

 長広舌を振るいつつ、彼が溜息をつく。長い茶髪が僅かに揺れた。

「まあ、もう少しこちらで様子を見させておきます。彼のチャクラが経絡系を復元させる、ということもありますし。ただ、あまり期待しないほうがいいですね。経絡系の傷から漏れたチャクラが内臓に害を及ぼす場合がある。ちょっとの間、状況を見た方がいいでしょう。——ああ、紹介が遅れましたね、わたくしは日向ヒルマと申します」

 ——もし何かあったらどうぞこのわたくしにご一報ください。
 そう言って、彼——ヒルマはにこりと笑った。

第二十三話 日向の医療忍者と立ち話をし、同期の少年の遠吠えを ( No.22 )
日時: 2012/07/12 10:42
名前: わたあめ (ID: mwHMOji8)

「よっ、ヤーバネっ」
「あ、……あんた」

 手を振って見せると、振り返った白い髪の少女は表情を緩めた。色あせた桃色の着物を着ており、髪も整えられている。里の中心部に行くにあたって身だしなみを整えてみたのだろう。もしくはちょっとしたおしゃれだろうか。日焼けした浅黒い肌に白い髪がよく映えた。

「久しぶり」
「あーうん、おひさ」

 ヤバネを連れて木の葉病院へと歩いていく。相変らずつんけんした態度のヤバネは、不意にぽつりと聞いてきた。

「ユヅル、どうなったの」
「まあ、経絡系の損傷がナンタラーカンタラーだね」
「ケイラクケイ? 何、それ。シロートにもわかるように説明して」

 と言われてチャクラの概念や経絡系について大雑把に説明して聞かせたが、ヤバネは「はぁ?」を何度も繰り返した上に、とどめで「あんた、説明下手すぎ。いいよ、あたし他の人に聞くから」と呆れたように溜息をついた。どうしてアタシが呆れられにゃあかんのだ。マナとしては大変理不尽な思いを抱いていたわけだが。

「で、あんたは花の一本も持ってないの? 仲間じゃないの?」
「お前こそ持ってねえのかよ。兄弟だろ?」

 じろじろと無遠慮にマナの空っぽの両腕を眺める。本日紅丸は犬塚家にて忍犬の訓練を受けているので不在だ。ムッとしたので言い返してやると、ヤバネは更にムッとした顔つきになった。

「貧乏ですみませんでしたぁ」

 嫌味ったらしく言われると、火影の援助と狐者異の遺産を受け継ぐ身としては返す言葉はない。そうだ、十三歳の女の子一人で養っていくことしか出来ないいとめ家にはユヅルの医療費を払うくらいで精一杯だったはずだ。聞くところによると、今回の任務での収入は殆どがユヅルとその父ヤジリの医療費に使われ、残ったものは生活費としているのだという。花を買う余裕などないだろう。
 それでも何か言い返したくてうーうー唸っていると、わん、という声がした。

「わっ、苺大福!」

 飛び込んできた青い目の子犬を抱きしめてくるくる回る。

「どうだぁ、訓練は終わったのかーっ?」
「今日もいい子だったぜ、紅丸はよ」

 赤丸を頭に乗っけたキバが近づいてきて、サンキューと紅丸に頬を摺り寄せる。ぽかんとしてこちらを見つめているヤバネに、マナは紅丸をヤバネの目の前に近づけた。

「ほらっ! かわいいだろ〜」
「っう、っわあああ!」

 忍者顔負けのスピードで後退り、お店の壁にべたりと張り付く。更に紅丸を近づけてみると、ヤバネは露骨に嫌そうな顔をして顔を背けた。

「うわ、ち、近づけるな! あっちいけ!」
「……ヤバネ、お前まさか」
「そうだよそうだよ近所の野良犬に追い掛け回されてから犬嫌いだよ犬怖いんだよそれがどうかしたか! 笑いたくば笑うがいいわ、全力であんたを叩きのめすぞ!!」

 開き直って怒鳴りつつ、全力でいやいやをするヤバネにキバが唖然とした顔をしている。犬嫌いの人間がいるということに驚きを隠せないようだ。
 
「わーったよ、ぎゃんぎゃん騒ぐなって」

 ニヤニヤ笑いつつ紅丸をどかすと、鉄拳がマナの顔面に飛び込んできた。忍びではない為に威力はそうないが、任務明けの翌日いきなり怒れる少女の鉄拳とはキツイものがある。

「どぶふぉっ」

 キバもそれが自業自得だとは分かっているので何のフォローもしないことにした。


「えーと、いとめユヅルくんは……」
「同じ班のマナさん、同期の下忍キバくん、そして双子の妹のヤバネちゃんですね、わかります」
「「「え!?」」」

 長い茶髪に細い瞳の医療忍者がにこにこしながら言った。ヒルマだ。勤務時間が終了したのか、医療忍者の白衣ではなく黒で統一された行衣だ。

「えーっと、どちら様……? つかなんで名前知って、」
「僕のこの白い瞳の前にプライバシーなどもはや存在できません」

 屈託なく笑うヒルマは勤務時間ではないためか、一人称もわたくしから僕へと変化している。

「というのは冗談でして、ヤバネちゃんは来たらユヅルくんのところにご案内するよう申し付かった時に写真を見せてもらったのですが、やはり実物が一番麗らかにございますね、思わずちゃん付けしてしまいます。マナさんは狐者異最後の生き残りということですので、知名度ならサスケ君並みですよ? キバ君はそうですね、君の姉上が下忍の頃ちょうど僕と同じ班でいらしたということで。君の事ならよぉく知っていますよ、ハナちゃんのブラコントークにはよくよく巻き込まれましたから」

 そこで一息ついて、

「例えば呑みこみは早くて賢いのにどこか抜けてておばかなんだとか、手がつけられないほどやんちゃだけどそれがまたいいとか。犬の尻尾を引っ張って噛まれてぎゃんぎゃん泣いたりとか、喧嘩した時ごめんなさいって言われても直ぐに仲直りしないと反応が一々面白いとか。よく彼女が引っ張り出してるのはあれですね、キバ君に“死ねクソ姉ちゃん”って怒鳴られたとき、アカデミーで習った方法で死んだふりをして見せたら“姉ちゃんが死んじゃった”って大騒ぎしたとか。全く可愛い話ですねー」

 ひくひくとキバが頬を引き攣らせ、ヤバネとマナがそれぞれその傍でぷ、と笑みを零した。

「因みに誕生日は七月七日の七夕で、かに座のB型。好きな食べ物はビーフジャーキーと軟骨、嫌いなものは噛み応えのないもの、趣味は赤丸くんとの散歩であっていますね? 同じ班のは確か日向宗家の長女であるヒナタ様と油女一族の嫡子油女シノ。赤丸くんの弟たる紅丸くんがマナさんに贈られた時は“キバにガールフレンドが出来たかもしれない!”と大層動揺しておりましたので安心させてあげた方がよろしいのでは? あ、因みに先ほどいったの全部ハナちゃんに緘口令しかれてるものばっかなんで、彼女には内緒ですよ。これでも一応ハナちゃんに惚れている身でね、余り嫌われたくはないのです」

 なんて自分勝手な理由だろう。この男、口がかなり軽い。姉に言いつけてやりたい衝動が一気に湧き上がったが、それ以上に姉がこんないらんことを全部この男に打ち明けたりしていたことに腹が立った。おまけに姉に惚れている、だと?

「一目惚れという奴ですかね。アカデミー時代、白眼の修行中に偶然見つけたんですよ、子犬と戯れる美少女を……! まあ、そういうことですので。あ、僕が彼女に惚れているということは僕と君とのひ・み・つ、ですからね、キバ君。感謝します」

 にこりと笑い、スキップで去っていくヒルマに、キバの中にかつてない殺意が燃え上がった。
 
「……あいつだけにはっ、姉ちゃんやらねえ……! あいつが俺の義理の兄になるとか、そんなこと俺の鼻がまだ利く内は許さんぞっ!」

 吠えるキバに、ヤバネとマナは顔を見合わせてにやっと笑った。

第二十四話 チームメイトを見舞いに行き、見舞いの品を食う。 ( No.23 )
日時: 2012/07/12 10:44
名前: わたあめ (ID: mwHMOji8)

 ぱくぱく羊羹を食べていたユヅルは、病室に入ってきたマナを見るなり慌てて残りを口に押し込んだ。
 窓際には色とりどりの花が入ったバスケットだ。ユヅルに好意を持つ少女が頬を染めながらそれを持ってくるというシーンがまざまざと頭に浮びそうな可愛らしい花で、バスケットにはピンクのリボンが結ばれている。
 机の上には甘栗甘の詰め合わせ、淡いブルーの兵糧丸に「根性」とかかれた錘が転がっている。

「見舞いにきたぜー」

 どかっとベッドの脇に腰を下ろすマナに、ありがとうとユヅルは苦笑気味に笑う。黄色いカチューシャに纏められた長い白髪が風に吹かれて揺れた。
 キバとヤバネも、適当に椅子を見つけて座る。

「ヤバネ、ええっと、任務のお代、ちゃんと届いた?」
「届いた。父ちゃん、お医者さんに見てもらったよ。薬ちゃあんと飲めば治るってね。そんで、“あの疫病神も少しは役に立つな”とか言ってた」 
「は? なんだよそれ」

 キバが眉根に皺を寄せる。ユヅルとユヅルのとーちゃん、仲がわりーの。そう耳打つと、ふうん、とキバはあまり納得していないような口調で呟いた。

「わかんない? これさ、父ちゃんが今ユヅルに言える最大級の褒め言葉だよ」

 最大級の褒め言葉がそれか、と思わんでもないが、何年間もずっと続いてきたこの溝はそう簡単には埋められるものではないだろう。ヤジリにはこれがユヅルが稼いだ金だとは教えずに医者に診てもらった。あのお金ね、ユヅルが稼いできたものなんだよ、そう教えた時のヤジリの表情はかなりの見物だったのを憶えている。

「そんでね、ユヅルが入院してるって聞いたらね、ワシはいかんぞいってやるものか、でもヤバネお前は行って来いってね」
「何そのツンデレジジイ」

 赤い瞳を細めて笑ったヤバネにぽつりと零せば、すぐさまヤバネの手刀がマナの顔面にクリーンヒットした。じろりとヤバネがこちらを振り向く。血の赤がむき出しになった瞳が冷たい。

「しばくぞ」
「しばいてから言う台詞か? それは」

 赤い目と黒い目のにらみ合いが続いたところで、あーっ! とキバが声を上げた。「ゆっ、ユヅル! お前彼女でも出来たのか? あの花きれーだなー!」とはしゃぎ、わざとらしく明るい声で空気を緩和しようという努力らしいが、ヤバネとマナに一斉に白い目で見られてしまった。因みに現在、赤丸と紅丸はベッドの上でじゃれあっている。微笑ましいことだ。
 
「あ、……それははじめが持ってきたものだよ。この羊羹はテンテンさんとリーさんからで、あそこに転がってる錘はガイさんから。で、あっちのミント味兵糧丸はハッカ先生」
「……ハッカ先生ェ……名前がハッカだからって無理に兵糧丸をミント味にしなくても……」

 キバの明るい声に少しばかり躊躇ってからユヅルが遠慮がちに言う。ミント味兵糧丸と言う単語にキバが呆れた(引いた)ような顔つきになった。
 それから数分の間続いた沈黙の末に、ヤバネが口を開いた。

「あんね、あたしまだ仕事あっから。ごめんね、あたし、帰る」

 どうやらヤバネとユヅルの間にある溝も埋まったわけではないらしい。それは当たり前だろう——ヤジリとユヅルの溝ほどではないが、ヤバネとユヅルの間にも溝がないわけではないのだ。ヤバネはユヅルに羨ましがられて死んでしまうことを恐れ、そして距離を置いていたことに違いはない。ヤジリのようにユヅルに強くあたらずとも、ユヅルを恐れる気持ちはあったはずだ。

「うん……わかった。頑張ってね」

 ユヅルが長い白髪を揺らして笑うと、短い白髪を揺らしてヤバネは踵を返す。
 見詰め合った赤い瞳の中に何があったのかは、マナには読み取れなかった。
 九班になってからわかったのは、家族といえど皆が仲良しではいられないということだ。血の繋がりをもつ実の家族の間にも溝が出来てしまうということだ。疫病神と詰られたユヅル、ヒトツの姫になることを強いられたはじめ。その中にマナが羨んだような親子の情だとかそんなものは一切見受けられない、けれど。
 その中に愛がないとは言い切れない。
 やや気まずくなった空気の中、キバは赤丸を抱き上げた。

「ごめん、俺ももうそろそろ帰らねえと母ちゃんにどやされる」
「うん、キバもわざわざありがとう」
「わんっ」
「ばいばーい」

 ユヅル、紅丸とマナに見送られて、キバと赤丸が病室を後にする。ユヅルが羊羹を薦めてきたので遠慮なく食べ始めた。病室の中でマナが羊羹を食べる音が響き、ユヅルは頬杖をついて興味深そうにマナを眺めている。
 そしてマナが食べ終わった頃に、組み合わせた両手を見下ろして、ぽつりと呟くように言った。

「迷惑かけてごめんね。……あんね、昨日みたいなこと初めてなんだ。いつもなら、あの程度の感情じゃ笑尾喇は出てこないのに。……ううん、羨ましいと思って笑尾喇が出てきたことなんて一度もないんだ」
「……ユヅルも、“あんね”って言うんだ」
「……え?」

 話題とは全くないことを持ち出されて、ユヅルは目を丸くした。

「ヤバネもさ、“あんね”っつーんだよ。“あのね”じゃなくてさ」

 “あんね、”と言うその声にヤバネを思い出してしまう。あんね、と。確かに彼女もよくそう言っていたような気がする。あのね、ではなくあんね、と。

「そこらへんさあ、家族なんだなあ、って思った」

 あれだけの思いで笑尾喇が出てきたことに違和感を抱いていた。自分はただ、半ば言い訳というようにその違和感を吐き出しただけなのに、マナはそれをヤバネと繋げてしまった。“あんね”という一言だけで。
 笑尾喇がぴくりと自分の中で動いた。笑尾喇が感じ取ったのだ、マナの羨みを。
 ああそうか——マナは羨ましいのか、マナには家族がいないから。だからマナにはそんな些細な、でも確かな共通点を持ってる俺たちが羨ましいんだ。羨ましがられるほどに仲がいいわけじゃないのにね、と紅丸を撫でると、彼は嬉しそうに目を細めた。

「ま、気にすんな。もし笑尾喇が出てきてくれなかったら、あのままグダグダな長期戦になってたし、ネジ先輩の熱が悪化したりとかそれだけじゃ済まされなかったかもしれねえしな」

 軽く笑って、マナは立ち上がった。紅丸がその頭の上に飛び乗る。

「じゃ、アタシ先行くわな。さっさと退院しろよ、そーじゃねーと突っ込みが足りねーわ」

 手を振って、マナは病室のドアを押し開ける。
 はじめにしてもハッカにしても、ガイやテンテンやリーにしても、十分足らずで去ってしまった。病室に一人ぼっちだった自分に寂しいかなんて一言も聞いてこない。そして長居も長話もせず、あっさりと去っていく。
 でもそんな彼らが好きだ。自分は直ぐによくなるだろうと何よりもそう感じさせてくれる。そして、早くよくならなければと。
 そう思わせてくれる彼らが、ユヅルは好きだ。

第二十五話 体術系先輩の見舞いに行き、日向宗主に遠い目をさせ ( No.24 )
日時: 2012/07/12 10:50
名前: わたあめ (ID: mwHMOji8)

「おっじゃまっしまーす」

 分家と言えど、ネジの家は中々に大きい。がらがらと引き戸をあけて中に入ると、ふわっと煎餅の美味しそうな匂いがした。ヤバイ、マジ美味しそう。途端に自制が聞かなくなり、ネジの見舞いのことはすっかり忘れて、るんるんで匂いを辿った。紅丸が頭の上で心配そうな鳴き声をあげるが知ったこっちゃない。
 障子の向こうにいくつかのシルエットが見える部屋だった。だがマナの目にそのシルエットは入ってこない。入ってくるのは煎餅をほおばるかりっという音とその醤油の匂い。

「とつげきーっ!」

 障子を打ち破る勢いで中に転がり込む。畳を蹴って低空飛行。地面から五センチほど浮いた体の指先が、皿に盛られた煎餅を巧妙に刈り取る。「ひっひゃああ!?」と女の子の悲鳴が響いた。自分と同じくらいの身長の少女。

「な……!?」

 ばりばりと煎餅を貪りながらあたりを見回すと、兎に角ネジやヒナタやヒルマみたいな奴らが一杯いた。誰を見ても目につくのはその白い目で、それを見るだけで彼らが日向一族であると知る。ちらっと目の前に視線を向けると、目を見開いた少女がいた。いや、この場合幼女と言うべきか? アカデミーに入学してるかしてないかくらいの少女で、顔つきも幼い。切りそろえられた胸元くらいまでの髪や、顔に垂れる一本の黒髪の女の子だった。
 一方その傍にいるのは艶やかな黒髪をオールバックにした男性だ。黒い羽織を纏っており、年は四十代ほど、といったところか。唖然としたその男の傍に、やはり数人の白い目をした男達がいた。

「え……っえ、……ええ……!?」
「ん? 食べないのか? もったいねぇなあ、アタシが食べてやるよ」

 酸欠の金魚のように口をパクパクさせる少女の手から転がり落ちた煎餅をするっとごく自然な動作で掠め取る。

「……っち、ちちうえ……!」

 自分が食べたことのあるものを見ず知らずの赤の他人に食べられるというのはこの少女にとっては初めてのことだった。それもそうだろう、彼女は日向宗家の次女、日向ハナビだ。彼女が食したものに手を出せるような人間など今まで一人もいなかったに違いない。どうしたらいいのかわからなくなって父を振り返ると、父——日向宗主、日向ヒアシは重い溜息をついた。

「ハナビ。彼女は狐者異一族の生き残り……狐者異マナだ」
「え……っ! でっ、でも父上! 狐者異マナは姉上と同じ年のはずでは……!」

 ハナビが混乱するのも無理はない。132センチのハナビの眼前にいるのは彼女と同じか、もしくは彼女より背の低い少女なのである。大人びた顔つきをしているが、顔が丸っこい上にその身長なのであどけなく見える。

「……狐者異一族は体が育ちにくいんだ」

 たくさん食べる癖に太りもしなければ背も伸びない。
 頭の中は食べ物のことばかり。食べたもので頭がよくにもならん。
 奴らは食べることしか知らぬ能無しよ。
 ——そう蔑まれてばかりの一族だったが、その戦闘能力には文句なしだった。戦場でも大層役にたった。
 ……けれどそれは戦場での話。日常ではやはりこのような感じだ。

「えーと、じゃあ今は……っ!」
「絶賛下忍中でーっす。今日はネジ先輩のおみまいー」
「ヒアシ様、検査が終わりました」

 そのタイミングで、入ってきたのはマスクをつけたネジとにこにこ笑顔のヒルマだった。
 ネジの頭は俯きがちで、黒い髪は僅かに乱れ、頬も上気している。白い瞳もとろんとして眠そうだ。

「そうか、どうだった?」
「はっろーネジ先輩。だいじょぶかー?」

 ヒアシがヒルマを見上げる。地面に寝転んで煎餅を食べつつマナが手を振った。その瞬間、俯きがちだったネジの頭が弾かれるように跳ね上がったかと思うと、瞬く間にその指先がマナの点穴を貫いた。

「うぐっふぉお」
「白眼を使わず点穴を見切るとは……さすが日向始まって以来の天才!」

 ヒアシの傍に立っていた男が感銘に撃たれたような顔つきになる。点穴の位置を記憶しているだけです、と痰の絡んだ喉からネジはそんな言葉を発した。因みに記憶したのはマナに八卦六十四掌を繰り出した時だ。

「……ネジ先輩てめー元気だな……ッ」
「お前は人様の家でっ、しかも宗家の前で何をしているっ! ……ヒアシ様、ハナビ様、俺の後輩が無礼を働き、すいませんでした……!」

 土下座したネジの横顔に、マナは一瞬違和感を覚えた。こんな顔、どこかで見たことがある。なんて言えばいいんだろう。

「いや、構わん。お前が狐者異の者と知り合いだったとはな……」
「任務でご一緒したんですよー」

 土下座したネジの後ろ、日向宗主相手に親しげに口をきくマナ。土下座したまま、ネジは白眼を発動するなり左手を持ち上げ、そして後ろに向かって突き刺した。マナの点穴は再び貫かれた。

「……ヒルマ」
「はい。そうですね、さすが疫鬼にやられたというだけはありますね。一週間やそこらじゃ治らないかもしれません。——お薬を調合しますので、出来るだけ喋るのを控え、薬をちゃんと呑み、そしてちゃんと静かに休憩を取って、水分を補給すれば治るはずです。あまり無理してはいけませんよ、そして冷たい水もいけません。いいですか?」

 ヒアシに見られて、ヒルマはネジにやってはいけないことなどを伝えた。ネジはこくんと頷いて喋るのを控える。その時不意に、一人の日向の男が口を開いた。

「ネジよ。お前が店でアカデミー就学前の少女に対し柔拳を用いたという噂が蔓延っている。それは真か? ——正直に答えよ。これは日向家の名誉にもかかわる。……よりにもよって就学前の少女に、公共の場で柔拳を用いるとはな……」
「え? っつこたぁ公共の場じゃなきゃいいのか?」

 溜息をつくその男に、ぽかんとマナが見当はずれな問いをかける。ネジの指が更にマナの点穴を貫いた。
 成る程、とネジは上手く回らない頭で納得していた。それが死病でも無い限り、宗家が一分家の見舞いにくるなんてことがそうそあるはずもない。この場合ネジが宗主ヒアシの甥であることも関係しているのかもしれないが、しかしだからといってわざわざ見舞いにきたり贔屓したりするような宗家ではないし、ネジとて宗家とはあまり会いたくない相手だ。仲がいいとはとても言えない。
 つまり見舞いにくるというのは建前で、彼らはその噂の真否を確認しにきたのだ。日向始まって以来の天才が公共の場で就学前の少女に柔拳を用いる——というのはかなりの醜聞だろう。
 まあ、店で柔拳といったら誰かさんしか思いつかない。……成る程こうハナビと比べてみると、この女ハナビよりも少しだが背が低いみたいだ。就学前に見えても無理はあるまい。

「——俺は、誓って“就学前の”少女に柔拳を用いたことはありません」
「……そうか?」
「はい」

 訝しげな目を向けてくる宗家に腹が立ってきた。日向の栄誉。日向の掟。日向の血継限界。日向の血。日向の宗家。日向の分家。日向の呪印。瞼が重くなってくる。何があっても憎き宗家の前でうたたねをするとかそういうわけにはいかない。ネジはぐっと拳を握り締めた。こっちは病人なんだぞと心中悪態をつく。悪熱と寒気で視界がぐわんぐわんとした。

「だがこれを実際に目撃したという者もいるのだ、日向分家に」
「……その方はこの場に?」
「いや、今は長期任務で里を出ている」

 更にその男の口から出てきた分家の名前にネジは悪態をつく。
 ——そいつは狐者異マナを知らないただの馬鹿だ!
 二十代もあれば、狐者異を知らない者はない。その男の口から出てきた分家は確か今年で三十歳、恐らく狐者異マナの存在は知っていてもその容姿は知らないのだろう。

「あ、それってアタシのことじゃね?」

 何テンポも遅れてからの、マナの能天気な台詞にネジは固まった。眼前のヒアシも固まる。その傍の男たちも固まり、ハナビだけが不思議そうな顔をしていた。

「……そ、そうか……。就学前というわけではないのだな、ならよかった……ね、ネジよ、体を大事にするんだぞ……」

 ヒアシが目を右に左にキョトキョトさせつつそう言って、強張った笑顔で立ち上がった。他の者たちもそれに続いて立ち上がり、父に促されハナビも立ち上がる。はい、とネジは突然のことに驚きつつも、頭を下げて彼らを見送った。


「父上? ……どうしたのですか?」

 父達の態度の変わり様に驚いていたハナビは、ネジの家を出るなり直ぐにそう問いかけた。

「いや……な。狐者異ならば仕方あるまい」

 言いながらヒアシは、ヒザシを介して知り合った以前マナの母——狐者異ネリネが接近してくるのを白眼で捉えるなり自分とその身辺の食べ物を守る為にチャクラを放出していたことを思い出す。そしてそれがヒアシの八卦掌・回天の完成に繋がったことも。

「……母が母なら、娘も娘か……」

 ネリネがヒザシにもぶっ飛ばされていたことを思い出し、ヒアシは改めてネジはヒザシの息子なんだと実感しながら、遠い目になった。
 ヒアシとヒザシ、ネリネが十代のこと——三十年も前のことだった。


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