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オリジナル短編BLの溜めどころ。リクエスト可。
日時: 2015/08/03 22:38
名前: 壊れた硝子と人形劇 (ID: XH8153kn)

初めまして、奇妙不可解摩訶不思議、とある少女A名義でも活動していた壊れた硝子と人形劇と申す者です。
こちらには、短編連作のBLの話がぽんぽん置いてあります。


蜜は豊かに下りゆく
>>1
>>2
>>3
>>4
>>5
>>6
>>7
>>8
>>9
>>10
>>16

三井拓也 みついたくや 169cm 60kg 偏差値53
平凡な男子中学生。野球部だが、別に坊主ではない。
下北基熙 しもきたもとひろ 172cm 56kg 偏差値68
帰宅部。色白で切れ長の目をもつ美形少年。頭が良い。
豊川絢斗 とよかわけんと 172cm 62kg 偏差値62
野球部で生徒会長。人望も厚く、人柄も良いと評判。
修介の弟。

夏を翔ぶ
>>11
>>12
>>13
>>14
>>15
>>17

鈎取翔平 かぎとりしょうへい 167cm 60kg 偏差値67
童顔でくりくりした目が特徴。素直で慈悲深い。卓球部。
蛍原夏樹 ほとはらなつき 170cm 56kg 偏差値74
奇人検定五段。嘘。ボブヘアにえりあしが長いという、クラゲのような髪型をしている。
豊川修介 とよかわしゅうすけ 178cm 65kg 偏差値65
キリッとした眉とスッと伸びる鼻筋の、甘いマスク。陸上部で、女子からの人気が高い。

Re: オリジナルBLの溜めどころ。 ( No.13 )
日時: 2015/07/23 15:18
名前: 壊れた硝子と人形劇 (ID: mJV9X4jr)


塾自体は案外、悪くないのかもしれません。少人数で、先生も東北大とか、お茶の水とか。塾生の実力はというと、どうかと思うけど。数学の授業もあと、五分。…この塾は毎度毎度延長するけど。
ああ、この子です。すごく面白い。数式を書く姿なんて、カンカンカンカン音がする(筆圧が強いのだろう)。
僕の隣にいつも座る、ボブヘアに尻尾を組み合わせた髪型の、女顔の。横顔も綺麗だけど、正面も綺麗。鼻が意外にすっとして、目尻が眠そうに曲線を描いていて。…正面?
僕は先生の話を聞きながら、ノートで筆談をすることにしました。
「あの、」
「何だい?」
意外ときたない字です。
「僕の顔に、何かついてますか」
隣に座ってて正面の顔が見えるなんておかしい…ですよね。
「何も?」
その子は嫌味なくらいににっこり笑い、ペンを走らせました。
「ちょっと夏くん、余所見しない」
「してませんっ、だってそこにゴキブリが」
「ひぎゃあっ!」
ゴキブリはちゃんと駆除されました。

塾から一歩出たら、後ろから声をかけられました。
「鈎取翔平君!」
高い声。さっきの、クラゲ君だ。赤間学園付属の夏服をきているから、きっと頭がいいんでしょう。
「なっ…なぁに?」
「珍しい名字だね!」
「うん…」
頭の中が「???」で埋め尽くされていて、僕は彼の言うことに頷いたり肯定したりしてるだけでした。出口まで出たところで、いきなり両手を掴まれました。
「翔平くん」
「はい?」
「私と、お友達からでもいいから付き合ってくれないか?」
「???」の頭が、突然「!!!」に移り変わりました。ビビってしまって、肩がビクッてしてしまいました。
「え…え?何…ですか?」
「だから、私と付き合ってくれる?」
「…男の人…です、よ、ね?」
「気にしナイツ!」
確かに、彼は女の子みたいだし、美人だなと思うけれど、それとこれとは別物です。
「それに何より、僕を見る君の目がうっとりしてる!」
「…ふぇ。」
「いつもの目もうっとりしてるけど、僕を見るときだけ一際黒目がちになってるんだよ!」
「…はぁ。」
今のうちに言い訳をしましょう。僕が疲れていたことと、彼が美しかったせいです。僕は毎日部活に勉強にボロ雑巾みたいになっていました。そしてその筆圧の強いクラゲ君は、シルクみたいにつやつやした肌をしながら僕に愛を囁いてくれるのでした。
「分かりました。」
僕は半ば腹をくくっただけで、その話を受け入れました。色々酔っていたのかもしれません。
あのときの彼の、嬉しそうな顔といったらなんでしょう。花が周りに咲いた、なんて陳腐な言い方ですが、周りに一気に光が差したともいえず、とにかく、むせ返りそうなほど眩しかったのでした。
「ありがとうっ!大事にするからね!」
「はい…」
僕らはそのまま駐車場まで歩きました。しかし、隣でルンルンしてるクラゲ君をみてるうちに、酔いが冷めてきました。脂汗が出てきました。
「あの、さ」
「何?」
言いかけて、僕は止まりました。ここでお断りなんて言えない、ホモでもなんでも僕のことを愛してくれる人はこの先いないかもしれない(遊びだとしても優しくしてくれるから嬉しい)。つまり別れると言う選択はできない。
…いっそ肯定してしまおうか。
今更ながら、ようやく僕は腹をくくり、顔を真っ赤にさせました。
「…よろしく、お願いしますね」
なんだか照れ臭くて口元がニヤついて、うつむいてしまう。でも相手の顔を見たくて、おずおずと上目遣い。クラゲ君は、目を見開いて、口をあんぐり開けていました。
「かわいい」
「えっ」
「かわいい!!!」
クラゲ君はぎゅっと僕の腕を掴みました。僕は圧倒されながら、こんな事が続くのも悪くないのかもなと少し思いました。

「翔平君のお母さんは迎えに来てる?」
「いえ、まだ、です」
「私の車に乗って待っていようか」
「えっ、でも」
「いいのいいの、遠慮しないで。誘拐なんてしないからさ」
「はい…」
僕は青のセレナに乗りました。
「ママ、この子が翔平くん」
「あら、可愛い子じゃない」
お母さんは、圧倒されるほど美人でした。クラゲ君に目はあんまり似てないけど(まつ毛が面白いほど長いところは似てる)、鼻筋や顎はそっくりで、肌なんてシミもそばかすも、ほくろすらもなくて、おいくつですかあなた。でもなんだか、ツンとしてそうなキツそうなわがままそうな美人。
「は、はじめまして…」
「よかったじゃない、こんな可愛い子。しかもノンケなんでしょ?あんたよくやったわぁ」
お母さんは、クラゲ君のが僕のことを好きだったのを知っていたみたいです。どうやら言い回しからして、クラゲ君は僕のことを前から好きだったみたいで、顔がボワッと赤くなりました。焦る彼を見て、僕は嬉しくってはにかんでしまう。
「あら照れてる。初夜なんてどうなっちゃうんかしらね」
「しょや?」
「ママ、翔平くんに嫌なこと吹き込まないで!」
親子のそこそころくでもないやりとりを聞きながら外を眺めていると、僕のお父さんの車が見えました。
「あの、僕、車が来たので帰りますね」
「お父さんに挨拶しに行かなきゃ」
いそいそとクラゲ君が用意をしています。
「あの、僕たち男だし、そもそも普通僕が言うもので」
言いかけると、クラゲ君ががっしりと僕の両手を包むように握った。
「大丈夫!許可は絶対に出ます!絶対に!」
笑顔なのに、妙な迫力があってすごく怖かった。
「あの、ありがとうございました」
「とんでもないわ」
クラゲ君のお母さんにお礼を言って、僕はセレナから逃げ出しました。
僕が父さんの車に乗ろうとすると、父さんは車にいませんでした。あれッと思って辺りを見渡すと、クラゲ君のお母さんにお礼を言っていました。僕も一応お父さんを追いかけました。
「わざわざすいません」
「いえいえとんでもないです」
微笑むクラゲ君のお母さんに、お父さんがペコペコしている。はたからみると、わがまま美人女優に嫌な仕事を持ってきてしまい謝りまくっているマネージャーのようです。クラゲ君にふっ目を向けると、クラゲ君はハッとした顔をして、大急ぎで車から降り、僕の手をさっきみたいに思いっきりにぎってお父さんに言い放ちました。
「お父さん、翔平くんを私にください」
ええええ待って待って。そういうのは僕がカミングアウトするものじゃないの。ああああ、お父さんがお母さんに告げ口したらどうしよう。お母さんはすごく僕にうるさいから。お父さんは僕にうるさくはないけど、流石に息子がゲイだと知ったら相談くらいはするんじゃないだろうか。
「あの、父さん、これ、これは」
しどろもどろの僕を見てお父さんは察したのかどうか、曖昧に笑って、クラゲ君のお母さんに「ありがとうございました」と言って、僕の手をひいてった。


沈黙。
車内沈黙。
僕は今すごく焦ってる。
いくら不可抗力でも付き合ってることは本当だし、断るほどの勇気なんざないし、成り行きで冗談のようなもので付き合い始めたなんて信じてくれそうもない。
「…あのな、翔平」
効果音をつけるなら、ビクウゥゥッ!!ってなるほどにびびって身じろいで、座席がガタンと鳴った。それでも僕はなぜか返事もしなかったので、恥ずかしさと気まずさが募る。
「…俺もあいつのヒスを起こさせる真似はしないから、黙っといてやるよ」
いい人。
離婚したら確実にパパについてくよ。


南赤間に向かう青のセレナは、混みやすい国道ではなく、ガラガラの田舎の裏道を制限速度ギリギリで走っていた。
「ねえ!可愛かったでしょ翔平くんアレでパンツノルディック柄なんだよ!」
「そうね、あんたには勿体無いくらいね」
「何を言う、私はかなり美形な方だと思うよ」
「私よりブスよ」
嫌な母親、と思いつつ、彼は翔平が座っていたところに転がり、においをかいだ。


Re: オリジナルBLの溜めどころ。 ( No.14 )
日時: 2015/07/23 15:20
名前: 壊れた硝子と人形劇 (ID: mJV9X4jr)


「翔平くん、あのさ」
「なんですか?」
僕はくらげくんをみた。くらげくんは疑うような顔をしていた。

「翔平くん、私の名前、呼んだことないね」

僕の視界が、彼の顔から、僕の心の中に移りました。僕の心の中は真っ暗で、白い文字で色んな文字が書かれているのです。脳の温度がヒューと下がり、冷たくなります。
絶望。
「翔平くん」
今まで気づかなかったけど、もしかして、

「私の名前、しらない?」

目が、顔が、怖い。まるで視線で首を締められているよう。背中が恐怖でぞくぞくってします。
「…ごめんなさ」
「翔平くん、」
彼は僕の首をおもっきりつかんだかと思うと、その手を緩める。彼の細い指が喉を伝う。でも左手は首を掴んだまま。冷や汗が垂れた。
「名前ってのは、大事だよ」
くらげくんが僕の首の根元を爪痕が付きそうなくらい握りしめました。苦しくて苦しくて、頑張れば息ができるのに、できない。くらげくんの目に映る自分を見ると、頑張ってまで息をするのが馬鹿らしくなるのです。
短い間でした。ふっと、くらげくんが手を緩めます。僕は静かに呼吸をしながら彼の目を見ます。彼は、表情筋を一切うごかさず口の筋肉だけで次のように述べました。
「私が翔平くんを呼ぶとき、何も考えずに呼んでると思う?こっち向いてほしいなーとか好きになってほしいなーとかそんな薄っぺらいこと考えたり念じたりなんかしてないよ。自画自賛するようだけど私は、翔平くんと私を出会わせてくれたこの世の全てに感謝しつつ引き裂いたら何するか分からないよと脅しの気持ちまで込めていちいち呼んでるよ。翔平くんっていう名前の摩擦音の多さと翔平くんのか弱さを結びつけるために、はっきり言うのはもちろん大声で翔平くんっていうのも避けてるつもり。それをなんなの?エゴだっていうの?ああエゴさ。どう考えたって私の自己満だ。翔平くんの名前を呼ぶ程度で何をそこまでしてるんだ馬鹿なんじゃないかって人々は間違いなく言うだろうし私だってそう思う。けど、あまりに釣り合わないんじゃないかな。確かに私が翔平くんの名前にかける情熱は自分勝手なものだけど、翔平くんは私の名前すら覚えてないってのはあまりにひどすぎるよ。でも私はそんな翔平くんも好きだし、許せる。でもそれも嫌なんだ。妥協こそ人生を生きるテクニックなんて言う輩がいるけれど私は妥協は嫌だ。好きだし許せるど、本当にそのまま許してしまったら、私たちの関係っていうものは名前も知らないような関係になるだろう。小説だとかマンガだとか舞台だとかでそんな儚い関係もてはやされたりするけど、そんな儚い関係になるには、私から翔平くんへの愛があまりに重すぎる、濃すぎる。もし今翔平くんが交通事故か何かで死んでしまったら、私は自殺もできなくなるくらいに憔悴して病院で命を終えるかもしれないそのくらいに好きだ。金よりダイアモンドよりお偉い様の頭より堅い確実な関係を私は望んでいるっていうのに!」
僕はくらげくんの長い話を聞きながら泣いていました。
「…ひっぐ、ごめん、なさい、僕、おっ、覚えてなくて、ほんど、」
嗚咽が聞き苦しい。
クラゲ君は無表情でこちらをみています。
「でも僕、僕だって、すごぐ好きだから、それは、分かっで…」
僕は素直になって、泣きじゃくりました。不安で心の貯水ポンプの容積が縮小でもして、堪えられなくなって溢れてしまう水が目と鼻からダラダラダラダラ流れてくる。おもむろに、クラゲ君が僕の肩に手を伸ばしました。
「そう、それならよかった。ありがとう。いいんだよ。泣きながらそんなこと言ってくれるほど、翔平くんが私を好きなら。」
そのあと、くらげくんは、うっとりするようなため息と同時に思いっきり僕を抱き締めた。僕はずるずる泣いていた。


でもね、翔平くん。
くらげくんが、泣き止んだ僕にライムのケーキ(お母さんのお手製らしい)を取り分けながら言った。
「君が私の名前を知らないなんて当たり前だよ。私は君に一度たりとも名を名乗ったことはないからね」
「(゜Д゜)⁉︎」
「人がいい翔平くんのあたふたする姿を見たくて見たくて今日まで我慢してたんだ。本当可愛かった。」
「…」
「思い余って首絞めたけど、ちゃんと生きてるしね、よかったね」
「馬鹿」
「えっ」
「馬鹿」
「翔平くんもしかして怒ってる⁈」
くらげくんが僕の頬を両手で包んでくらげくんの方を向かせます。が、僕はくらげくんの手首を思いっきり掴んで捻りました。
「痛い痛い痛い!ごめん!ごめんね翔平くん!」
手首を離されたくらげくんが慌てて僕のお腹の部分をぎゅーっと抱き締めて、頭をぐりぐり僕に押し付ける。
「…翔平くん、抵抗しないの?」
「しましょうか?」
「いらない!全然いらない!」
僕の背中に顔をうずめる彼の頭を撫でる。僕も大概甘い。形は違えども、くらげくんと同等なくらい僕も彼のことを好きなのかもしれない。
「お名前、何ですか」
「蛍原夏樹」
蛍原夏樹。
「夏限定なお名前ですね」
「やっぱり今日は翔平くん辛口だね、ごめんね」



蛍原夏樹。
「ホトハラナツキ、ホトハラナツキ」
「そんなに言いづらいかい?」
「ホモハラナツキでいいんじゃないですか」
「やっぱり昨日のことまだ怒ってる?」
夏樹さんは心配そうに僕の顔を覗き込む。しかし、僕は彼のことをすっかり許してしまっている。だって、夏樹さんは僕にもっと愛して欲しかっただけみたいだから。しかしそんなことを言えば夏樹さんは調子に乗るので、わざとムッとした顔をする。
「ごめんって翔平くん」
夏樹さんが気まずそうに、ブラックコーヒーをずるずる飲みながら、「高校受験頻出暗記問題」を読んでいる。僕はカフェオレを飲みながら、「2015年版高校入試過去問厳選」を解いている。
「二高、前期どうでした?」
「落ちたねえ」
「そんな、結果も出てないのに」
「緊張してしてしまってね」
夏樹さんでも緊張することがあるんだなあ、と思う。でも私立の方は特待生で学費全額免除だし、そんなに大きな失敗はしていなかったのだろう。
「翔平くんは?」
「僕は後期だけ受けます」
真ん中の数をnとすると、上の数はn+6、したの数はn-6。こんな問題簡単でといてられない。僕は英語を始めた。
「御成敗式目」
夏樹くんが、突然一問一答を始めるのも、もう慣れっこだ。しかも記述式の一問一答だ。
「御家人に裁判の基準を示す法」
「御家人からの反発が起きなかった理由」
「当時の武士の慣習に沿っていたから」
「カフェオレちょうだい」
「どうぞ」
「間接キス、ふふ」
顔が赤くなるのを誤魔化して、むっとした顔を無理やり作る。
「ふふふ、翔平くんったら照れ屋さん」


Re: オリジナルBLの溜めどころ。 ( No.15 )
日時: 2015/07/23 15:22
名前: 壊れた硝子と人形劇 (ID: mJV9X4jr)


時は三月十二日午後3時45分。黒沢を通りすがった地下鉄の中。僕たちと同じように制服を着ている中学生はもう地下鉄にはいない。(むしろ僕の乗っている車両に人が僕ら以外にいない)今頃殆どが合格発表の掲示板を見に行っているのだろう。
「…学ラン楽しみです」
「学院楽しみっていいたいんだね?」
地下鉄内で、僕たちは諦めがただよう会話をしていた。夏樹さんは相変わらず飄々としているふりをしていますが、しきりに自慢のおくれ毛を指に巻きつけている。僕の上下の歯が震えて、カタカタ音を鳴らしている。
「巣村中でも一高受けた人いるのに…落ちてたら……」
目の奥がぎゅん、と縮こまる。夏樹さんに見られたくなくてうつむいた僕の顔からポタ、と水滴が垂れた。
夏樹さんは僕に黙ってハンカチを渡す。桜の刺繍が施されていて、女の子らしいハンカチだった。ハンカチで目頭を押さえる。
「ごめん、なさい」
「いいんだよ。よければそれ、お守りにして持っていってよ」
情けない。ぐずぐずぐずぐず、まだ花粉の季節は遠いのに、鼻水と涙が出る。ティッシュで鼻をかみつつ涙を拭いても、間に合わない。
「翔平くん」
顔を上げると、夏樹さんが僕の首をつかんでキスをする。触れるだけの、慰めの。目をつむっているからわからないけど、僕の手からさりげなくハンカチを取り、キスをしながら僕の涙を拭く。
長い長い間。
鼻水が止まって、ハンカチから、スーッとするようなはっさくの匂いがした。
____間も無く、広瀬通、広瀬通_____
車掌の声が非情だ。広瀬通のホームの光景が流れていく。僕の口から口を離して、夏樹さんはリュックを背負う。手にある桜のハンカチを見てひらめいた僕は、トートバックを漁った。
「あの、夏樹さん」
「なんだい」
「持っていってください」
僕は、iPodを渡した。
「…なんでこれ?」
「いいですから、ほら!」
夏樹さんを押し出す。もう、地下鉄はきっちり止まってしまっている。乗ろうとしている人たちが待っている。
「連絡取れないよ⁉︎」
夏樹さんが振り向きつつ、僕に何度も確認する。ああ、もう、早く!
「じゃあ、駅前!」
「どこの⁉︎」
「早く!」
ドアが閉まった。


「…翔平くんったら。」
広瀬通のホームで、ただ私はつっ立った。手にしているiPodを握りながら。
そういえば、このiPodのイヤホンって翔平くんの耳に突っ込まれているものか…。
私はいつもの思考に戻って、イヤホンを耳の奥の奥の奥の奥の奥ギリギリまで押し込み、再生画面を開いた。


バスを降りると、すぐに一高が見えてきた。足は、スタスタ。歯は、カタカタ。膝も、ガクガク。
発表会場には、報道陣やベネッセのインタビュー陣どころか、中学生すら一人もいなかった。ちらちら一高生らしき人が見えるくらい。
僕は看板に寄った。見るのがものすごく怖かったから、遠目で、ゆっくりゆっくり近づいた。
2059、2060、2062。
「あ」
もう僕は手に力がはいらず、トートバックを落とした。サラサラ、小さな穴があいた柄杓から水が流れていくみたいに涙、涙。ハンカチで目を押さえると、スッとしたはっさくの匂いが、ふんわりと桜の香りに感じた。



泣いた僕を、一高生であろう人が昇降口まで案内してくれた。紙袋を先生に用意してもらっている間、その人は話しかけてきた。
「君、なんて言うの?」
「鈎取翔平です」
「翔ちゃんか。あ、俺は来年2年。豊川修介。君、俺の弟と同い年か。あいつ三高受けたんだよ。一高にはな、弟のお友達さんが来るんだよ。仲良くしてやってね。あ、ほら書類」
「ありがとうございます」
僕は修介先輩から書類を受け取ったが、トートバックに入れるには大きすぎた。しょうがなく両腕で抱くようにして持っていると、修介先輩がミカサを渡してくれた。
「使いなよ」
「悪いですよ」
「人の厚意は無駄にしない!」
「すみません、ありがとうございます」
受け取った青いミカサにトートと書類をまとめて入れ、校門へと向かった。
「入学式ん時返せよー」
修介先輩がそう叫んで手を振った。僕は手を振り返して、駅に向かった。歩く途中でふっと、いつものはっさくの匂いがした。


駅に着いた。既に4時半になろうとしているが、夏樹さんが来る気配がしない。もしかして聞き取れなかっただろうか。やはりiPadを渡すんじゃなかった。Wi-Fiがある所でないと使えないとはいえ、離れていても連絡さえ取れれば、と思ったところで、速い足音がこちらに向かってきていることに気がついた。僕は考える前に、両腕を思いっきり広げた。
どんっ、もしくは、がつん。胸、胴に思いっきり衝撃がきた。僕は夏樹さんともども倒れ、コンクリートにしたたか背中を打ち付けた。頭の無事を確認して夏樹さんを見やると、なにやら僕の胸に顔を埋めている。
「いったい、ど、どうし」
起き上がるにも起き上がれず混乱している僕はその時、落ちた可能性を考慮しない発言を瞬時に悔やんだ。夏樹さんは無表情のまま顔を上げた。目元が赤く、鼻水を啜っている。まさか。まさかまさかまさか。貴方、もしかして。
沈黙。そして少しだけ視線が痛い。
すると夏樹さんはにぱっ、と笑って
「受かった‼︎‼︎」
「勘違いさせないでください‼︎」
僕は夏樹さんをようやくはねのけて、立ち上がった。パタパタと砂を払う。すると夏樹さんは僕の一点をじっと見ていた。
「なにそのミカサ」
「豊川修介先輩に借りました」
「誰」
「一高で昇降口がわからなかった時に案内してくれた先輩」
夏樹さんは少しムッとした。少々の算段の末、僕は夏樹さんにハンカチを返した。
「…君、これぐしょぐしょじゃないか」
「すいません、泣いてしまって」
「いや、全然構わない、むしろ嬉しいよ。これは使わないで取っておこう。滲みた涙が乾かないように冷凍にしようか」
僕はそういいジップロックに桜色のハンカチを仕舞う夏樹さんを見た。相も変わらずだ。
「お守りになりました。ありがとうございます」
「てことは、君、受かったんだね?」
「あ、はい」
「よかった。ま、受からない気はしなかったけど」
「嘘でしょう?」
「ま、嘘でないと言ったらそれが嘘になるから、嘘にならないように嘘とは言わないよ」
回りくどい言い方をするときは、誤魔化すときだ。夏樹さんは今回も、言葉を雑に選んだのだろう。
「何か食べに行こうか」
「タリーズがいいです」



「翔平くん、私はマキアートだけなのに、よくパンケーキ頼めるよね」
翔平くんはきょと、とした顔で僕を見て、そしてパンケーキを切って笑顔で僕に差し出した。
「どうぞ」
まさか翔平くんから「あーん」されるとは思わなかった。私は不意打ちに悶絶しながらパンケーキをもらった。
「…やるね、翔平くん」
「え?」

Re: オリジナル短編BLの溜めどころ。 ( No.16 )
日時: 2015/07/23 20:40
名前: 壊れた硝子と人形劇 (ID: XH8153kn)

自己中心な男の話


俺は教室の隅、ずっと彼のことを見ていた。彼は身の丈に合わない副生徒会長なんて名前の大きすぎる服を着ていて、動きづらそうにしていた。手では数1の予習をしながら、頭は全く違うことを考えている。
ああいう、人の頼みを断れなかったり、人に合わせてしまったりして自分を削る人は、一体何を考えているんだろう。俺にはわからない。効率と合理で不要なものをどんどん切り捨てる俺には分からない。
とても、興味深いひとだった。




下駄箱の中に、可愛らしい文字が書かれたメモが入っていて、それに従って屋上の前の階段に行くと、女の子が1人もじもじしながら立っていた。
またか。時間を割かれてしまう。いい、話だけ聞いてやる。
「ずっと好きでした、付き合ってください。」
「それはできない。俺には気になる人がいるから。」
パッと答えて直ぐ戻る。だってどうでもいいから。事実、気になる人といえども、恋愛感情を挟んでない。実際のところ、「君のことはどうでもいいのでお付き合いするだけ時間の無駄だよ」が俺の本心ではあるが、さすがにそんなことを言うほど俺は鈍感ではない。



教室に戻ると、いつものあの生徒会長がクラスの中心で笑っている。彼は…また曖昧に笑っているだけだ。おそらく、生徒会長が彼の机にやってきて、そのあと生徒会長目当ての奴らが彼の机の周りにやってきたってところだろう。だって周りの奴らは、彼のことなんか見ちゃいない。
彼の儚げな物憂げな笑顔自体も、どう作られるのかも、どう壊れるのかも、気になる。気になる。できれば、俺が関われたらいいのに。数1チャートを開く。そうだ、いいことを思いついてしまった。俺が彼に何か言葉をかけて、彼を「周りの目」の牢獄の中から出してあげよう。精神面だけでも。そうしたら、彼の笑顔は壊れるんじゃないか。
あの脆いのになかなか壊れない笑顔が、俺の一言でパリンと破れたら、彼は激怒するだろう。もしかしたら僕に心の底を見透かされて惨めな気分に、恥ずかしい気分になるかもしれない。どうなっても構わない。俺はただ気になるだけだ。
どんな言葉をかけよう、優しい言葉をにしようか、いや、高飛車に「身の丈に合わないから断われよ」とか?いや、チャンスは一度しかない。ヒトの記憶が消えない限り、実験の条件は同じになるわけがないから。そう、これは実験。結果を見て、考察して、俺の好奇心を満たすだけの。
俺はそれをずぅと考えながら、退屈な理科の時間を潰した。
びくびくおどおど、ぷるぷる震えて、周りの目を常に気にして、彼の陰にかいつでも隠れて、そんな、そんな、そんな君が、どうなるのか。




夕暮れの放課後、野球部の掛け声が聞こえる。俺は教室で古典の勉強をしている傍ら、グラウンドを眺めている。おや、あれは、三井だ。どうやら一度練習を抜けるらしい。教室には来るだろうか。
間違えてはいけない、ああ、なんて声をかけよう。昨日思いついた最高傑作はなんだったっけ、焦って思い出せない、高飛車にしようか優しくしようか馬鹿にしようか、どうしようか。
階段を上る音がする。俺の緊張感はピークに達した。彼は土だらけのユニフォームのまま、汗を垂らしたまま、教室にやってきた。
ああ、どうしよう、どうしよう、でもこのまま何もできないのはどうしても嫌だ。


「無理、してるだろ」


彼が、こっちを向いた。顔は呆然として、震えている。俺は無表情を崩さないまま、もっといい表現の言葉は無かったものかと少し後悔もしていた。
そしたら、彼は泣いてしまった。膝を曲げて、静かに泣いてしまった。俺は彼を支えた。彼は俺のの脇腹に必死にしがみついて、ひっくひっくと静かな嗚咽を響かせて、あふれる涙を次から次に拭う右手も、どうしようもなく、可愛らしくて!俺の中にむくむくと、こいつを誰にも渡したくないって思いが、独占欲が巣食う。
「泣くくらい、辛いか」
彼は泣きながら、我慢してきただろう言葉を繰り返す。
「やめだい…怖い…冷だい…」
俺は彼の顔を俺の方に向かせて、驚いた。
彼の顔は、造形もイマイチパッとしなく、汗も涙も垂れ流しで、相当汚かったかもしれないけど、俺はあんな美しいものを初めて見た。静かに、それでも感情的に泣く。人はあんなに美しく泣けるんだ。
その顔をずっと見ていたかったが、あまりの美しさに圧倒されそうな気がして、俺は彼をひたすらに抱き締めた。
彼の体は俺とは違って、筋肉も脂肪も健康的についていて、俺より何倍も男らしいはずなのに、俺の中で泣いていた。彼が息をするたび、しゃっくりをするたび、大袈裟なまでに動く背中が愛おしい。
バクバク動く心臓がうるさい。こんなに緊張したためしは今までに一度もなくて、怖い。彼はとても可愛くて、それが腕の中にいて。彼を絡め取ってしまいたい、掻っ攫って閉じ込めてしまいたい。
突然、ピンときた。俺は、彼を愛している。そうかこれが恋とやらか。気持ちいいような気持ち悪いような変な感覚だな。俺は客観的にそんなことを考えながら、彼をずぅと、抱き締めていた。

Re: オリジナル短編BLの溜めどころ。 ( No.17 )
日時: 2015/08/03 22:36
名前: 壊れた硝子と人形劇 (ID: XH8153kn)

濃すぎる毎日だ。ココアにラードとカスタードクリームを溶かして飲むくらいの毎日だ。
体育祭の大絵を塗れば、応援練習で応援団にしばかれ、マスゲームのピラミッドで倒れれば、入った物理部ではコスプレをして体育祭の部活対抗リレーを走れと言われる。
一時間かけて家に帰れば、前ならもう寝ているような時間で、また予習ができなかった、なんて思う。今日返された実力テストは、320人中160位。なんとも平均の平均で、中の中の中だった。初めてとった点数ではあったけど、この集団の中でこれなら良いか。母親に渡せば、良かったじゃんと言われた。一週間が終わってもう疲れた私は、ベットに沈み込んだ。
「はあ。」
しばらくボケーとすれば、翔平くんのことが嫌でも頭に浮かんできた。結局20万円以内のお願いは何にもできなかった(遠慮されてしまった)。LINEか何かしようと思っても、あっちも忙しいだろうと思って出来ない。……あ、翔平くんLINEやってない。iPodがあっても携帯がないんだった。その肝心のiPodにLINEが入ってなければもう術はなし。
そのことに気づいて、もうぽっかり心に穴が空いた。
そもそも私たちの関係なんて、塾だけで繋ぎとめられたもので、家族が仲がいいとか幼馴染とか強い関係じゃない。受験期が終わって、ココアラードカスタードの毎日に必死で慣れようとゼェヒィしてるために、塾をやめたから、私たちは、もう。
短いけどびっしりと生えたまつげ。くりくりの大きな目、ぼさぼさの眉、M字の前髪、ぽってりとした色のいい唇。
翔平くんを見たのは入学式。定期を買いに並んでいた。でも、列が遠すぎて、会いに行くのはどうしてもできなかった。次に見たのは学校帰り。翔平くんはあずきバーみたいなジャスを着て、私は私でドラえもんみたいなジャスを着てたから、話しかけられなかった。定期戦前に仲良くすると先輩からヤジが飛ぶことを分かっていたから、私は話しかけなかった。もしかしたら彼もそれを知っていて、気づかないふりをしたのかもしれない。
今更、一高にすればよかったかなとは思わないけど、だけど。
一目でも見たいってどうしようもなく思ってしまって。愛が涙になって流れてしまう前に、流れてしまう前に、
「会いたい。」


僕が僕じゃないみたいだ。僕という頭が僕という体を引きずって走り回る。今は月曜日の早朝。気分は最悪だ。まだ寒い外の空気に触れないよう、布団に包まって胎児の格好をする。
夏樹さんはどうしているんだろう。すごく変わり者だけど、わりと顔がいいから人気なんじゃないか。あの顔の魅力に気づくのはなかなか難しいけど。
余裕ありげな垂れ目、化粧を疑うほど長い睫毛、つった眉、薄いオレンジの唇、なんとも特徴的なくらげヘア。
合格発表の日以来、会ってない。
いつだったか味わった心細さがまた来る。夏樹さんが僕の絵を描いて、細谷先生に怒られたときのものだ。
iPadの一時間刻みのカレンダーを開く。5時に起きて、学校までは一時間で、部活は7時までやるから、家に着くのは8時過ぎ。
「会う暇も。」


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