複雑・ファジー小説

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式姫—シキヒメ—【コメントに飢えています、誰かプリーズ】
日時: 2012/04/09 00:36
名前: アールエックス (ID: 1866/WgC)

 1 プロローグ

 五年前、第三次世界大戦末期 ポイントG—13エリア戦区

 照りつけるような太陽が浮かぶ砂漠に、キャタピラの金属音や野太い男の怒号が響き渡る。
 黄色の砂で満たされた大地の上にはところどころテントが張られ、その間を銃を持った兵士達が忙しなく駆け回っていた。そのほかにも戦車やヘリコプター、軍用車両などが数百メートルにわたって並んでおり、それらは彼らが軍隊以外の何者でもない事を意味している。
 かなりの規模の部隊の中でただ一人、壮年の将校が陣営の中を歩きながら指示を出していた。
「第三機甲小隊は左翼に展開してそのまま待機! 第四歩兵分隊の配置も急がせろ!」
「イエス、サー!」
 兵士たちの威勢のいい返事に、彼は一度頷いてから再び別の部隊へ歩いて行く。そしてまた次の場所でも各々へ命令を出す。
 それを何度か繰り返して彼は陣の端にある小高い砂丘の上に登って行った。
 砂丘の上には数名の白衣を着た男達が簡易的なテントの下でコンピューターを操作していた。
 砂塵防止かガスマスクを着ける彼らは将校が来た事に気付くと、作業を止めて立ち上がる。
「……これはルチエン中尉。今回はこちらの実験にご協力いただき、感謝いたします」
 うやうやしく頭を下げる彼らに、ルチエン中尉と呼ばれた将校は言った。
「構わない、余計な前置きは無しにしよう。今回の実験は新兵器の稼働試験とあるが、我々の任務はその間の護衛及び敵対勢力の排除となっている。だが、私の部隊は旧型兵器の混成部隊でしかない。敵に式神が配備されていた場合、戦力としての期待はしないでもらいたい」
 式神とは、第三次世界大戦の中期に開発された装着型兵器の名称である。
 人間の生命力を解析しエネルギーとして利用する兵器で、絶大な火力を誇る代わりに人間の生命力を大量に消費するという諸刃の剣だが、結局は戦車や戦闘機などの旧型兵器では相手にならないのは明白な事であった。
 それを考慮しての将校の言葉に、男はおどけた風に肩をすくめて言った。
「問題ありませんよ。今回実験に使う新兵器は式神を元にして制作したものですから」
「迎撃は可能、ということか。ならば我々は作戦開始時間まで待機を……」
 将校が無線を手に踵を返そうとしたその時、突如どこからか爆音が響き、陣地の一部が派手な土煙と共に跡形もなく吹き飛んだ。
 突然の攻撃にも部下の手前大きくはうろたえず、将校は手に持った無線機に声を張り上げた。
「砲撃か。どこからだ!?」
『ぶ、分析中です! ……出ました。八時の方向、所属不明の旧式式神を確認、兵種は…砲撃型式神一機と強襲型式神二機の三機編成です』
 対応した兵士の声が後半震えていたのは将校の聞き間違いではないだろう。それだけ式神というのは畏怖の対象なのだ。
 すでに目視できる距離まで接近していた式神への攻撃を開始させながら将校は男に尋ねる。
「くっ、式神三機とはまた御大層な編成で来たものだ。我々は急ぎ迎撃準備を進めるが、実験はどうする? 中止するのか」
「いえ、稼働ついでに戦闘能力も測っておこうかと思います。ですので、こちらの準備完了までの時間稼ぎをお願いしますよ中尉」
 男はそう言って他の研究員たちと共に必要最低限の機材だけをまとめて移動し始めた。
(時間稼ぎとは、難しい注文をしてくれる……む)
 と、不意に後ろへ気配を感じた将校は背中越しに振り返った次の瞬間横っ跳びに転がった。
 一瞬前まで将校のいた位置を巨大な砲弾が音速以上の速さで通過していく。
 見れば、数百メートル先の上空に巨大なカノン砲を備えた式神が浮遊していた。一発ごとに手動で再装填する必要があるらしく、生身では持つことすら困難な大きさのボルトを搭乗者の兵士が後ろにスライドさせているところだった。
 しかし、式神がその砲口を再び将校に向けようとした時、その装甲に無数の砲弾が降り注ぎ式神に乗る兵士は空中で態勢を大きく崩した。
 それでも将校の表情は晴れない。
(これでは足りん、式神にただの砲弾では大してダメージを与えることはできない……!)
 今も陣地の上空に浮かぶ三機の式神には大量の砲弾やミサイルが殺到しているが、それだけである。味方の与える攻撃はどれもが式神にとって致命打足りうるものではないのだ。
 式神は絶え間なく襲いかかる攻撃など物ともせず、眼下の敵兵器群に一撃必殺の攻撃を見舞う。
 たった一発の砲弾で数十人規模の兵士が吹き飛び、一発の銃弾で戦車がただの鉄くずに成り下がる。これが式神と旧型兵器の圧倒的戦力差だった。
(式神相手に旧型兵器で挑んだ以上戦死する覚悟はできているが……これでは犬死にだ)
「…………」
 研究者の男には悪いが将校が頃合いを見て部隊への撤退命令を送ろうとしたその時、戦場に光が迸った。
「な、なんだ!?」
 将校は驚きの声を上げるが、驚いたのは将校だけではない。
 太陽すら超えるのではないだろうかと疑うほどの光量が将校の視界を覆い尽くし、膨大な量の光の束が空中に滞空する三機の式神を包み込んだ。
 ———ゴオオオオオオオオオオオオッ!
 爆音と閃光が世界を支配する、全てを掻き消すかのような純粋な破壊。
やがてそれらが収まった後には三機の式神がいた跡などどこにも存在しなかった。装甲の欠片一つ残さぬ圧倒的な火力に将校は戦慄しながらその破壊をもたらした者を見る。
 そこには機体の一部以外何の変哲もない、たった一機の式神が浮遊していた。
 むき出しのコックピットを囲むいぶし銀の装甲。背面の小型バーニア。両腕に装着された多層シールド。複雑な構造のハイヒールのような脚部。
 そして、機体の比率的にアンバランス過ぎるほど巨大な右肩の巨砲。
 他のパーツはある程度洗練されたデザインであるのに対し、その部分だけはゴテゴテとした動力ケーブルや内部構造がむき出しのままだった。
 まるで、まだ開発途中だったのを急遽戦地に輸送したかのようにも感じられるその式神は、未だ蒸気を上げ続ける砲身を下に向けてゆっくりと降下を始める。
 同時に将校の持っていた無線からどこか久しく感じる研究者の声が響いた。
『ご無事ですか中尉! それより見ましたか、今の砲撃』
「ああ……。凄まじい威力だな」
『そうでしょう!? いかに旧式とはいえ式神三機を一撃ですよ!』
「…………」
 嬉しそうにまくし立てる男に将校は浮かない顔で尋ねる。
「それはいいのだが……あれだけの大出力砲撃をしてしまっては、パイロットの方はもう……」
 式神は命を糧に戦闘を行う兵器。その戦闘能力は消費する生命力に比例するため先程のように莫大なエネルギー量の砲撃を行った場合、搭乗者の命はそれだけで吹き飛んでしまってもおかしくないのだ。
 しかし、男はケロリとした様子で返す。
『え? いえいえ、パイロットの心配はしなくても大丈夫ですよ。我々がこれを作ったのはまさにその生命力枯渇によるパイロットの死亡率をゼロにするためなんですから』
「なに……?」
『我々の作りだしたこの兵器は式神と人体を完全に融合させ、擬似的な永久機関を搭載させることによって式神による人体への様々なデメリットを削除した兵器の試作一号機なんです。だから、生命力を使い果たす事はまず無いし、肉体と式神をリンクさせることによって更に兵器としての強さを確立する事が出来ましたよ』
 荒唐無稽ともとれる男の言葉に将校は聞き返していた。
「人体と式神を融合だと……、人権に反しているんじゃないのか? それは」
『問題ありませんよ。彼女はすでに戸籍も人権も失った戦災孤児ですからね。このご時世、いくらでも材料はいるんですから』
「…………」
 残酷に言い放つ男の言葉に将校は黙りこくるが、彼に研究者の男を責める権利は無かった。
 あの式神に乗っている彼女なる人物は、もしかしたら将校のせいであの場所にいるかもしれないからだ。
 戦争の裏には必ず力無い者が虐げられている。戦争が行われる以上世界のどこかで誰かが悲しみに暮れているのだ。将校は少しでもそういう者を減らそうと努力し、部隊の人間にも不必要な破壊や略奪は厳しく取り締まってきた。
 だが、それでも少なからず不幸な運命に叩き落とされる者はいる。それが世界中で戦争が起きているならなおさらだ。
 そして今、新たな兵器の素体となった少女を見て、将校は何も言えずに軍帽を目深にかぶった。
 それを遠くから見つけたらしい男が無線から何かを言おうとする。
『どうしました、中尉。彼女に同情でもしてるんですか? 必要ありませんよ、彼女にはそんなものを感じる感情など……ッ!?』
「? どうした、一体何が…」
 無線の向こうで男が息をのむ気配を感じた将校は聞き返す。だが、返答は無い。
 代わりに、複数の人間が口々に騒ぐ音と、キーボードを叩く音だけが返ってきた。
 何やら不穏な気配を察した将校は数百メートル先に鎮座する式神から目を離さずに、危機を脱したことで気が緩みかけている部下達に簡単に警戒を促しておいた。
「…………」
 相変わらず無線からは騒がしい音声だけが響いているが、それらはさらに将校の嫌な予感を加速させていく。
 そして、それは起こった。


 
 

Re: 式姫—シキヒメ— ( No.11 )
日時: 2012/03/18 02:53
名前: アールエックス ◆Ue1gYEb5SI (ID: 1866/WgC)

体が浮遊するような感覚がしばらく続いた後、再び開いた扉の先に広がっていたのはまるで未来都市のような光景だった。
「ここが、兵器犯罪監視局水無月支部地下格納庫ブロックだ。造りかけだけどな」
「な……水無月市の地下にこんな所が……」
 佑人の目の前には大きなガラスのはめ込まれた壁と金属の廊下が左右に続き、ガラス窓の中には今も建造中らしい収納ラックやクレーンアームなどがところどころに設置してあった。
 佑人が呆然と眺めている間にも搬入用通路と思しき場所から次々と資材が運び込まれ、無数のロボットアームやスタッフらしき人影によってあっという間に組み立てられていく。
 しかし、これだけ大量の鉄筋や内壁などの建材を秘密裏に運び込むにはかなり大きな出入り口を使うか、多数の搬入口からバラバラに運搬する以外に方法は限られるだろう。その事を佑人が高野に尋ねると、
「あー、少年の考えはどっちも正解だ。水無月市は中央市街地を拠点として街の機能を集中させた集約都市だからな。戦後の再開発計画にはこの地下基地の建造も入っていたから資材の搬入口は大量に確保できたし、郊外の瑞代川の川岸からは巨大な地下放水路が伸びているおかげで大型の資材なんかもわりと簡単に持ってくる事が出来るってわけだ」
「あの地下放水路ってそのためのものだったのか……」
「いやいや、本来の役割は洪水防止用の水路さ。それを俺らが空いている時に利用させてもらってるだけだ」
 答えてから高野が通路の奥へと歩いて行くので、佑人もそれを追ってついて行く。
 しばらく誰も話さぬまま歩き続けてから、ついに高野が口を開いた。
「……少年は確か、5年前に笠間学園に編入してきたんだよな。幼馴染の子も一緒に」
「よく知ってんな、調べたのか?」
「まあな、国家権力ってやつよ」
初めはっはっは、と笑っていた高野だったが、次第にその笑い声は小さくなっていった。
「少年………今から話す事は絶対に口外しないでほしいんだが……」
「………?」
 今までの気だるげな気配を全て消し去り、高野は語り出した。
「……笠間学園を始め、日本全国に孤児受け入れ用のために作られた国立学園群は、戦争によって国力の低下した政府の上層部が軍事力増強のために式姫の受肉素体とそのパートナーとなる適合者を探しだす事を目的として作られた研究機関なんだ」
「……研究機関ね……なるほどな」
 佑人の反応に高野は意外そうな声を漏らす。
「あんまり驚かねえのな、最悪殴りかかられるかと思ったぜ」
「あり得ない話じゃないからな。実際、国立学園群の異常な建設速度もそういう理由なら納得もいく。ところで、その選定の対象ってのはさっき言ってたコアってのが関係してるのか」
 佑人はさっき聞きそびれた質問を再び高野へ投げがけた。
「琴華も言ってた……俺の力はただの人間には分不相応なものだって。オッサン達がさっき言ってたコアってのもその事なんだろ?」
「…………」
 佑人の問いに少し考えるように間をおいて高野は話し出す。
「……ああ、その通りだ……古来より人々の中には人並み外れた身体能力や自然治癒力を持つ超人が存在した。それの要因となるのがコア、『原初の核』(オリジンコア)と呼ばれるものだ」
「原初の……核」
「ちなみに名付け親は俺だ、昔兵器の研究に携わってた時に発見したんだ。これは特異体質みたいなもので、俺の推測では先祖がえりの一種なんじゃないかと睨んでいる。遺伝もしないしそういった器官があるわけでもない。多分、肉体の組成がそうなっているんだろうな」
「でも、それじゃあ琴華が俺を狙う理由が分からないぞ。俺を連れて行って琴華に何の得があるんだ」
「分かってねえな。身体能力や治癒能力の原動力となるのは命の根源たる生命力だ。そして、式神の運用のために必要なエネルギーも人間の生命力。それだけでも理由にはなるだろ」
「いや、だとしてもおかしいだろ。式姫には式神の連続使用にも耐えられる肉体を持っているって話だったよな」
「それは割合最近に作られた式姫たちさ。それ以前の式姫の体は、あまり気持ちのいい話じゃないが初めのころは薬品や過剰な肉体改造でボロボロになっていたんだ。はぐれ式姫は自己の存続のために他者の生命力を奪おうとする。いまでこそ肉体にダメージを与えないよう綿密に計算され、原初の核を元にした肉体に近づける方法が確立されてはいるが、初期のころはそりゃあえげつないやり方だった……いくら式神に乗っても死なないといってもな」
「それじゃあ、琴華は俺の原初の核から生命力を奪おうとしたってわけか」
「いや、それも違うな」
「は?」
 今までの話を集約した結論を佑人が言うと、しかし高野はそれをきっぱりと否定した
「その琴華って式姫は少年と何の支障もなく会話をし、あまつさえ少年に興味を持っているんだよな?」
 高野の言葉に佑人は眉をひそめる。
「あまつさえって……喧嘩売ってんのか?」
「そういう意味じゃねえよ。初期のはぐれ式姫ならばまず人間と会話なんてままならない。仮にそれが出来ても、興味を抱くなんて事はまず無いだろうな。だが、それができるってことはその式姫は少なくとも鈴達と同時期かそれ以降に作られた式姫って事になる」
「でも、それなら俺を狙う理由がまた無くなっちまうじゃねえか」
 高野は首を横に振る。
「いいや、それがあるのさ。式姫に搭載されている原初の核のレプリカ———擬似核は本家に比べれば出力は大幅に劣る。そのため式神の力を100%解放できないようリミッターを施してある訳だが、その問題は原初の核を持つ人間をパートナーにすることで万事解決しちまうのよ」
「パートナー? パートナーって一体……」
 佑人がさらに問い詰めようとすると、そこで高野は右手首に巻いてあった腕時計を見て目を丸くした。
「おっと、もうこんな時間だ。そろそろ帰らないとまずいんじゃないか、少年」
 そう言われて見せられた時間は四時三〇分過ぎ。佑人の寮の門限は本来五時まででなんとか引き伸ばしても五時一〇分ぐらいまでである。それを過ぎればどんなペナルティを課せられるか分かったものではない。上手く話をはぐらかされたような気もしないでもないが、実際門限破りはかなりまずい状態である
 慌てて駆けだそうとした佑人だったが、自分がここから寮への道を知らない事に気付いて青くなる。
 それを見た高野は楽しそうに佑人に言った。
「安心しな少年、鈴に道を案内させてやる」
「え? いいのか?」
「問題無いさ。なあ、鈴」
「はい。分かりました……式神顕現」
 頷いた鈴が顕現させた式神の鋼拳に佑人は思い切り体を掴まれる。
「へ?」
 突然の出来事にあっけにとられる佑人に、高野は含みのある笑みを浮かべて言った。
「丁度式神のカタパルトの稼働試験がまだだったんだよな」
「おいちょっと待てカタパルトだと!?」
 不穏な言葉にはげしくうろたえる佑人に高野はびっと親指を立てて笑った。
「安心しろ。式姫だって人間だ。なんせカタパルトは人間が耐えられるように作ってあるからな」
 そこからの事は佑人の記憶に残したくない出来事ばかりだった。

Re: 式姫—シキヒメ— ( No.12 )
日時: 2012/03/19 20:41
名前: アールエックス ◆Ue1gYEb5SI (ID: 1866/WgC)

「うわああああああああああああああ!?」
 荒れ狂う突風の中で佑人は言葉にならない悲鳴をその風に乗せて叫ぶ。
 今佑人がいるのは水無月市街地……の、数百メートル上空である。
 あの後、佑人は高野に時間短縮ついでに機材の稼働試験と言う名目で鈴の展開した式神と共にカタパルトに乗せられ、そのまま音速にも迫るんじゃないかという勢いでこの超上空に射出されたのだ。
 佑人を鋼拳で抱える鈴も今は全身に式神を展開している。鋼拳だけは何度か目にしていたが、巨大なマニピュレーターと同じ色の重装甲を持つ式神は、莫大な推力を生みだす大出力スラスターで3メートルもの巨躯を浮かばせて大空を疾走していた。
 見たところこれと言った武装は無く、どうやらあの鋼拳と突進力を生かして白兵戦に持ち込むタイプのコンセプトの式神のようだ。
 西日を横目に、眼下に広がる高所からの光景にも普段通りの無表情で通す鈴に佑人は話しかける。
「な、なぁ鈴……」
「はい、何でしょう」
「も、もう少し……す、スピードを落としてほしいんだけど」
「それでは時間に間に合いません。私が強引に家へ連れて行った上に、佑人さんに寮の門限を破らせる訳にはいきません。安心してください。今はステルスモードで飛行しているので、どんなに速度を上げても一般人に感知されませんから」
————ギュンッ!
「いやちょっと待てぎゃああああああああああ!」
 さらに加速していく式神に佑人の意識は飛びかける。が、ふと視界の端に焦げ茶色の何かを見たような気がして佑人が鈴に伝えようとした時、一条の光線が佑人達の目の前を通り過ぎた。
「………!」
「うわっ」
 高速で移動中の所を急停止したために、とてつもない慣性の力が働いた佑人の体は勢いよく空中に投げだされかける。そのまま落下せずに済んだのは危ういところで鈴が佑人の脚を掴んでくれたからだろう。
 宙ぶらりんの姿勢のまま佑人は鈴に両手を合わせる。
「わ、悪い鈴。助かった」
「…………」
「鈴?」
 しかし鈴は佑人の言葉にも反応せず、傾きつつある西日を凝視したまま微動だにしない。
 いや、正確には太陽を見ていた訳ではなかった。佑人が鈴の視線を追うと、西日の中に一つの黒い点が浮かんでいるのが見える。逆光で詳細は分からないが大きさとシルエットから見ておそらくは、式神。
(案外式姫ってのはどこにでもいるもんなのか……?)
 佑人は静かにそれを見つめる鈴に尋ねる。
「……まさか、琴華か?」
 先程の光線もそうだが、さっきまではあの場所に式神などいなかったように思える。この神出鬼没な現れ方は琴華と予測した佑人だったが、それはすぐに鈴に否定された。
「いえ、あれは彼女ではありません。もっとも一般的なはぐれ式姫と言うべきでしょうか」
「……例の人格が崩壊してるとかいう式姫の事か」
「はい、恐らく佑人さんのコアに釣られてきたのかと。そして……どうやら向こうもこちらを発見したようです」
 そう鈴が言った次の瞬間、その式神の背後に放射状に広がる八本の棒が出現し、目にも止まらぬ速度で式神は佑人達に向けて接近してきた。それと同時に、背後の棒から同じ数の稲妻が飛び出して鈴に殺到する。
「迎撃します。しっかり掴まっていてください」
「え? ちょっ、待っ……」
 佑人が慌てて鈴の鋼拳にしがみつくのを確認してから鈴は大型スラスターを起動させ、そこから勢いよく噴き出した青白い火によって巨大な式神が弾かれたように前へと進んでいく。
全方向から鈴を狙って稲妻が襲いかかるが、鈴は絶妙な機体さばきでそれを危なげもなくかわしていく。
「…………」
「…………」
 ついに互いの姿が明確に認識し始める距離になり、両者はそのまま速度を緩めずに衝突するかと思われたその時、どちらも寸前で身をよじってすれ違うように離れて行く。
 一安心した佑人だったが、突然頬に痛みを感じて呻いた。
「———ぐっ」
 触れてみれば、右頬に傷が刻まれたらしく、手のひらに血がついていた。どうやら僅かながらはぐれ式姫と接触していたらしい。
「佑人さん!?」
「ああ、大丈夫だ。大した深さじゃない」
「……申し訳ありません、私が油断したばかりに……」
 そう言って鈴は、力量の差を読み取ったのか彼方に飛び去ろうとしているはぐれ式姫に目をやった。
「佑人さんに危害を与えた者を、逃がしはしません……」
「鈴……? 一体何を……」
「マザーサーバにフェイズKの暫定解禁を要求……認可、十秒間のフルブースト使用許可を取得……対象を敵性対象と認識し、目標の殲滅を開始します」
 小さくコマンドのようなものを呟いた鈴の瞳が一瞬だけ冷たく光ったように見えたその刹那、今までとは洒落にならないほどのGと共に急激な加速度が佑人を襲った。
 冗談抜きに気絶しそうになりながらも、瞼を開いた佑人の視界にあったのはまるでビデオの早送りのように近づいて来るはぐれ式姫の後ろ姿だった。
「…………!」
はっとしたようにはぐれ式姫は片眼を覆う長い前髪を振り乱して振り返るが、すでに遅い。
 爆発じみた突進と、残像すら残さない速度で振るわれた鈴の鋼拳がはぐれ式姫の体に吸い込まれていき……。
 ————バガンッ!
 凄まじい威力の拳をその身に受けたはぐれ式姫は、錐もみ回転しながら市街地のビル群へと落下していった。
 それを無表情のまま目で追ってから、鈴は腕の中の佑人に問いかけた。
「任務完了。ターゲットはあとで回収するとしましょう。大丈夫ですか? 佑人さん」
 それに対して佑人はぐったりとしながら答えた。
「……吐きそうだ」
「……申し訳ありません」

Re: 式姫—シキヒメ— ( No.13 )
日時: 2012/03/19 21:29
名前: アールエックス ◆Ue1gYEb5SI (ID: 1866/WgC)

「ふー、えらい目にあった」
 佑人は半袖Tシャツに半ズボン、そして濡れた頭をタオルで拭いながら自室に備え付けられたテレビを見ていた。
 佑人が鈴の家からこの寮に帰宅した時刻は5時過ぎ。それからギリギリのところで夕食の席に着き、なんとか定刻通りに入浴を済ませた頃にはすでに7時を回っていた。
「…………」
 特に見たい番組もなかったテレビの電源を無言で切ると、佑人はベッドの上に仰向けに寝転がる。
 その脳裏に浮かぶのは昨日今日と続いた非日常なものとの邂逅。
 鈴や琴華、高野達など普通ならただの一学生である佑人が会うはずもなかった人間達。
 なぜ琴華の襲撃を受け、鈴に助けられたのが自分なのか。
 彼女らが重要視する佑人の力とは一体何なのか。
 一日経って依然として分からない琴華の詳細も、懸念材料としても十分意味を持つ——と、その時不意に部屋の扉がノックされた。
「んあ? 誰だ、こんな時間に……」
 カチャカチャ、ガチャリ。バタン。
「…………」
 ベッドから身を起して扉を開けに行こうと思っていた佑人は、鍵を掛けていたはずなのにそれがひとりでに開き、勝手にドアノブが回って扉の閉まる音を聞いて、中途半端な姿勢のまま固まった。
 ……ギシ、ギシ、ギシ。
 ゆっくりとフローリングの床を歩いてきているらしい侵入者に、佑人の頭の中で警鐘が鳴らされる。
(ちっ、今度は一体何だ? また新しい式姫でもご登場させる気か。これ以上新キャラはいらねえんだよ)
 ここ二日程の間に複数の式姫と出会ったせいか、危機管理能力が飛躍的に上がっている佑人は式神を持つ式姫に力でかなうはずもないと判断していつでも逃げられるように窓の近くで身構えた。
 足音は相変わらず軋むような音を立ててこちらにまっすぐ向かってきている。
 ギシ、ギシ、ギシ……。
 とうとう足音は佑人のいる寝室の扉の前で止まり、そのノブが緩やかな動きで回転していく。
「…………」
 ノブが回転しきり、佑人は静かに開いていく扉から何が出てきてもいいように最大の警戒を払って拳を構えていた。
 しかし、そこから現れたのは佑人にとって意外な人間だった。
「……あんた、何してんのよ?」
 扉を開いて現れたのはいつものポニーテールを解いたパジャマ姿の櫛名だった。
 櫛名の方も風呂上がりなのか、湿った黒髪が艶っぽく光を反射している。
「……櫛名?」
 意外すぎる人物の登場に佑人はといえば構えた拳を解くのも忘れて、櫛名の名前を呟いていた。
 その恰好を見た櫛名は眉間にしわを寄せて口を開く。
「何あんた。拳なんて構えてあたしに喧嘩売ってんの?」
「い、いや。そういうわけじゃない……」
 なんだか知らないが、目の前の侵入者はご立腹のようだ。
 それに気付いた佑人が慌てて構えを崩すと、櫛名はふんと鼻を鳴らして近くにあった椅子に腰かけた。
「て言うか櫛名。お前どうやってここまで来たんだ? こっちは女子禁制だぞ」
「シャッターこじ開けてきた」
「おいおい……」
 とりあえず話題を変えようと尋ねた佑人は、平然と答えた櫛名の言葉に呆れかえる。
 佑人の記憶が確かならば連絡通路のシャッターには警報装置が取り付けられているはずなのだが、櫛名は一体どうやってそれをくぐり抜けたのだろう。
(ご多分にもれず配線ごとぶっ壊したんだろうな)
 櫛名の暴挙に嘆息しつつ、佑人は突然の闖入者をもてなすために茶を沸かす準備をする。
「お前な。そんな事ばっかしてると成績下がるぞ」
「別にいいじゃない。今まで見つかってないんだから」
「……はあ、見つからなきゃいいってわけじゃないだろ。こんな夜に男の部屋に侵入するなよ」
 テーブルの上にカップを二つ置き、沸かしたお茶を注いで佑人は言う。
 実を言うと、夜更けに櫛名が佑人の部屋を訪ねてくるのは今に始まった事ではないのだ。
屋根伝いに窓から侵入したり、屋根裏を通って侵入したりと櫛名はどう思いついたのか分からないような手段で佑人の部屋に侵入してくる。そんなに数は多くは無いが、今日が初めてという訳ではないのだ。流石に鍵をピッキングされたのは今回が初めてなのだが。
 佑人が出したお茶を啜りながら櫛名は何の気なしに口を開く。
「そんなことより、あんた今日転校生の家に行ったでしょ」
「ぶっ!? なんでお前それを知って……」
 櫛名の言葉に佑人は飲んでいたお茶を噴きかけた。
 櫛名はそれを見て顔をしかめる。
「汚いわね……まあいいわ。授業が終わって高野さんがさっさと帰った後、あんたがそれを追うようにこそこそと教室を出ていくのが見えたのよ」
「見られてたのか……」
「ふふん、あたしを見くびるんじゃないわよ」
 そう言って、櫛名は大きめの胸を偉そうに張って見せた。
 そこまで見られていたとなると最早言い訳ができる状況ではない。
 しかし。
「ま、それであんたを脅すために来たわけじゃないから安心しなさい」
「じゃあ……何しに?」
 佑人は疑わしげな目で櫛名を見る。
確かにそれをばらさないでいてくれる事は諸々の事情を知ってしまった佑人にとってありがたいが、それならばなぜ櫛名はこの部屋にわざわざ来たのだろう、と佑人は首をかしげた。
「そんな疑わしいような目で見んじゃないわよ。朝からあんたが考え事をしてるなんて珍しいから、様子を見に来てやっただけよ。……なんか問題あるの?」
「なんだ。心配してくれたのかよ」
 佑人が少し笑いながらそう言うと、櫛名は頬を少し紅くして唇を尖らせた。
「う、うるさいわね。幼馴染なんだから心配くらいするでしょ。一応言っておくけど高野さんに変なことするんじゃないわよ。ぱっと見あの子、どこか常識知らずな感じがするもの」
「…………」
 若干恥ずかしがりながら言った櫛名の言葉に、佑人は内心で確かに、と思い何も言わずにいた。
 未だ少し紅潮している顔をパタパタと仰ぎながら、櫛名は続けた。
「とりあえず、あたしが言いたい事はそれだけ。なんか今日のあんたは様子がおかしかったから、少し心配してやったのよ? ありがたく思いなさい」
「はは、ありがとよ」
「それじゃあ、あたしは見つからないうちに部屋に戻るけど、今あたしが言った事はしっかりと胸に刻んでおきなさい」
 そう言って櫛名は部屋を出て行こうと———したところで何かを思い出したように振り返ると、佑人に指を突きつけて言った。
「そうそう。あんた高野さんとお友達になったんでしょ? だったら明日、あたしにも紹介して頂戴。分かったわね!」
「あ、ああ……」
「よし。じゃ、おやすみ!」
 そう言い残して、櫛名は今度こそ部屋を後にしていく。
「……やれやれ。騒がしいやつだ」
 扉が閉まる音を聞いてから、佑人はひとりごちた。
 明日、どうすれば波風立てずに櫛名や川上に鈴を紹介すればいいか考えながら。

Re: 式姫—シキヒメ— ( No.14 )
日時: 2012/03/19 21:54
名前: SEVENエイト (ID: O/vit.nk)

アールエックス小説書いてたんだ
聞いてはいたけどまさか投稿していたとはね
あ、俺グレイねw

Re: 式姫—シキヒメ— ( No.15 )
日時: 2012/03/20 18:57
名前: アールエックス ◆Ue1gYEb5SI (ID: 1866/WgC)

夜十時ごろ、水無月市の繁華街の一角。
 普段なら盛況に包まれているはずのその場所には、直径十メートル程の円を描いて店のシャッターが降り、道路上はおろかビルの中にも誰一人として人がいなかった。
 いや、誰一人ではない。一人の女性がその中心に横たわっているが、周囲の人ごみは何の不思議もなくその場所を避けるように、まるで気付かないかのようにその女性を中心とした空間に近寄らなかった。
 明らかに異質なその場所に横たわる女性は目を閉じ、胎児のように丸まって眠っているように見える。
「………」
 そして、もう一人その場所に立ち入ることのできる者がいた。
 ひびだらけの濃緑色の装甲。八本の棒が蜘蛛の足のように蠢く背部のギミック。大きく膨らんだ両の袖。
歪な姿の式神を纏い長い前髪で片眼を隠した少女が、鋭く尖ったつま先を地面に突き刺して空から降り立つ。明らかに異様なその存在にすら、周りの人間は見向きもしない。
 異形の式姫は横たわる女性に一歩ずつ近づき、そのたびに地面がえぐれて金属質な音を響かせていた。
「見つけた……僅かながら『原初の核』(オリジンコア)の反応もある……これでしばらくは……」
 途切れ途切れにその口から吐き出される言葉には、どこか人間としての本質を失ったような不気味な響きがあった。
 ———ぎち、ぎちぎちぎち
 少女は狂気の迸る双眸を向けながら足元の女性に背中のギミックを伸ばす。
と、
「………!」
 耳障りな音を放つその魔手が女性に届こうとした時、不意に少女は背後から声がした気がして振り返った。
「…………」
 しかし、そこにあるのは何事も無いように流れていく人ごみ。
特に何も無かった事に安心して女性に向き直ろうとした少女が見たのは、制服に長髪の小柄な少女が自分の作りだしたこの空間に入り込んでいるところだった。


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