複雑・ファジー小説
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- liebeslied
- 日時: 2012/07/26 13:46
- 名前: nmmt ◆/QXiUp6Whg (ID: IXZEaJaO)
- 参照: http://bit.ly/the_arc_goes_down
——囚われの姫を助ける正義の騎士になど、なれるはずもなかった。
【 傾向 】ファンタジー(冒険6:恋愛4くらい)/ PG12程度の描写あり
はじめまして、こんにちは! nmmt(浪本)と申します。
拙い文ですがお暇なときにでもお付き合いいただけると有難いです。
※参照URLはおうちです
***
[ 序曲 ]
>>1 / Note#00 旋律の満ちる時
[第一楽章]
>>2-17 / Note#01 世界を夢見る箱庭の少女
>>18- / Note#02 深緑の中に溶ける涙 (途中)
- 第一楽章 ( No.13 )
- 日時: 2012/07/26 13:41
- 名前: nmmt ◆/QXiUp6Whg (ID: IXZEaJaO)
「逃がす……?」
「俺が羨ましいって言ってただろ? 外に出たいのなら、力を貸してやるよ」
ヴァイネは悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべて、ジュディットの顔を見る。彼女の顔は泣き腫らしたのか目元が赤く、顔色も少し悪く見えた。
「本当、ですか……?」
信じられない様子でジュディットが聞き返す。どこか切実な面持ちの彼女を見て、ヴァイネも今度は真顔で口を開いた。
「昨日みたいに心細いって言うならやめとけよ。世の中ってのは楽しいことばかりじゃないし、お嬢様が後悔することになっても、俺は責任取らないぞ」
「いえ、お願いしますわ」
ジュディットは躊躇うことなく言葉を返した。
「後悔なんてしないです。それに、貴方が傍にいてくださるのですもの、心細くなんてありませんわ」
にこにこと嬉しそうにジュディットは微笑んでいる。ヴァイネは思わぬ返答に言葉が出なかった。
(まさか、俺について来るつもりなのか……)
しかし世間知らずのお嬢様の事だ、どうせ遅かれ早かれ「帰りたい」と言って泣き出すに違いない、とヴァイネは思った。少しぐらい付き合ってやって、お嬢様をからかうのも面白いかもしれない。そのうち自分がどんなに恵まれた暮らしをしていたのかが分かって、彼女もいい勉強になるだろう。
「そうか。……俺はお嬢様が泣いて頼んでも引き返さないからな。一緒にこの街出るつもりなら覚悟しろよ」
わざと脅すように、ヴァイネは人の悪い笑みを浮かべる。
「はい、わたくしも貴方に迷惑をかけないよう、気をつけますわ」
ジュディットは姿勢を正すと、ヴァイネに向かって丁寧に頭を下げた。
「では改めまして、これからよろしくお願いいたします。わたくし、ジュディット・フィオナ・クーヴルールと申します」
「自己紹介は後だ、日が昇る前にここを出るぞ」
窓の外はすでに朝焼けに染まり始めている。やがてそれが青空へと変わりゆくまで、時間はあまり残されていなかった。
ヴァイネは自分の予備の荷袋をジュディットに与えて、必要最低限の物だけ中に詰めるように伝えた。ジュディットは言われたとおりに、急いで替えの衣装や小物を袋へ詰め込んでゆく。
しかしドレッサーの引き出しを開けたところで彼女は持ち出す物に迷いはじめ、順調だった荷造りの手が止まる。
- 第一楽章 ( No.14 )
- 日時: 2012/07/26 13:41
- 名前: nmmt ◆/QXiUp6Whg (ID: IXZEaJaO)
「まだかかりそうか?」
待ちかねたヴァイネがジュディットに声をかける。
「あの、髪飾りを付けていきたいのです。赤と白、どっちがいいと思いますか?」
「……急いでるって言わなかったか? 両方とも荷物の中に入れとけばいいだろ」
「でも、今日はわたくしにとって特別な日ですもの」
どうやらジュディットにとって、それは譲れないことのようだった。ヴァイネは溜息をつきながらも、彼女に付き合って髪飾りを眺めた。
「両方とも、亡くなったお母様から頂きましたの」
どちらも薔薇の花をモチーフにしたもので、一級品であることがすぐに見てとれる品だった。上品な布地にレースのリボンがあしらわれていて、装飾には銀細工と宝石がふんだんに使用されている。
「……そうだな、赤か白かで選ぶなら、赤がいいんじゃないか」
ヴァイネはジュディットが迷っていたものとは違う、ダリアの花を模した髪飾りを手にとった。二つと比べると華やかさに欠けてやや見劣りするが、高価なものに変わりはない。
「付けるならこっちにしとけ。今日は動き回るし、大切な物を失くすと困るだろ?」
「! 貴方の言うとおりですわ、そうしますっ」
ジュディットは髪飾りをヴァイネから受け取って、鏡を見ながら慣れた手つきで髪に留める。ヴァイネは別に色などどうでも良く、ただ目に留まったものを選んだだけだったが、ジュディットの淡い桃色の髪に、赤い色はよく似合っていた。いや、恐らく白を選んでも似合っていただろう。ヴァイネはジュディットの代わりに髪飾りを袋に詰めながら、女は身だしなみの事になると面倒だ、と思っていた。
「これで最後でいいのか?」
「はい、大丈夫ですわ」
ヴァイネはジュディットに確認すると、荷袋を閉じて背中に背負った。そして外に人の姿がないか警戒しながら、窓の縁に片足をかけてジュディットを呼ぶ。
「……いいか、本当に逃げる気あるなら絶対に悲鳴は上げるなよ。屋敷の人間に気付かれたら終わりだからな」
「はい」
「俺の首の後で手を組んで、しっかり離さないように力入れとけ。怖いなら目瞑っとけばいいから」
こくりと頷くジュディットを抱きかかえると、ヴァイネは助走をつけ、勢い良く窓から飛び降りた。太い木の枝をタン、と蹴って、猫のようにしなやかな身のこなしで芝地の上に着地すると、ジュディットを抱えたまま庭を駆け抜け、外壁を乗り越える。そしてジュディットをそっと下ろした後、ヴァイネは緑地の中から隠しておいた荷物を拾い、腰に剣を装備して外套を身にまとった。
「行くぞ、こっちだ」
ヴァイネがジュディットの手をとって、足早に歩き出す。
- 第一楽章 ( No.15 )
- 日時: 2012/07/26 13:42
- 名前: nmmt ◆/QXiUp6Whg (ID: IXZEaJaO)
「前向いて歩けよ」
「は、はい」
ジュディットはヴァイネに先導されるがまま、遅れないように必死に足を動かした。瞳に映るのは見慣れない景色ばかりで、自分達が今、街の外を目指しているのだとは分かっても、そこまでの道筋も、あとどれぐらいの距離があるのかも、何も分からない。
幸いなことにすれ違う人の姿はなかったが、街中をゆっくり眺めるような余裕はなかった。時折ヴァイネが「大丈夫か?」とジュディットに声をかける以外、会話も全くなかったが、急いでいても自分のことを気遣ってくれているのだと思って、ジュディットはそれが嬉しかった。
「あの……」
「なんだ、ジュディット嬢。帰りたくなったか?」
「ち、違いますっ」
どことなく張り詰めた空気の中、意を決して話しかけたというのに、からかうように言われて、ジュディットは必死に首を振った。
「わたくし、貴方のお名前をまだ聞けていませんわ……。お屋敷から連れ出してくれた御方を、きちんと名前でお呼びしたいのです」
ジュディットがそう伝えると、ヴァイネは足を止めた。以前、素性に関して何も聞かないとジュディットに約束させたが、あの時とは状況が違う。今はジュディットの信頼を得たほうが、行動しやすいだろうとヴァイネは思った。
「……ヴァイネだ。テオフィル・ヴァイネ・リュシドール。訳ありなんで、呼ぶならミドルネームにしてくれよ」
「リュシドール……」
温室育ちのジュディットにも、その名前には聞き覚えがあった。隣のミルザム大陸を統べるユスティティア帝国に、数世紀前から仕えていてるという、由緒ある公爵家の名だ。成り上がりの貴族やジュディットの家のような下級貴族とは、比べものにならないほど歴史も格も違う。
「まぁ、貴族の方でしたのね!」
「……昔の話だ」
呟くように吐かれたその言葉を、ジュディットは上手く聞き取る事ができなかった。
「——さ、早く街を出るぞ。大事なお嬢様を誘拐した罪は重いだろうし、俺は捕まりたくないからな」
聞き返す間もなく、ヴァイネはジュディットを急かして足早に歩き始めた。
「それは違いますわっ。わたくしの意思で貴方とご一緒していますもの!」
慌ててジュディットが後を追いながら反論する。
- 第一楽章 ( No.16 )
- 日時: 2012/07/26 13:43
- 名前: nmmt ◆/QXiUp6Whg (ID: IXZEaJaO)
「はは、どっちにしろ屋敷に不法侵入してるしな」
ヴァイネにそう言われてしまえば、ジュディットには返す言葉が見つからなかった。——もし彼が捕えられてしまったら、何の力もない自分では助けることができない……。足手まといになってはいけないと、ジュディットは己に言い聞かせながら、ヴァイネの後ろを着いて歩く。
街全体を囲う防壁門の近くまで来ると、閉じた門の前に、街の自警団の男が二人、手に槍を持って立っているのが見えた。ジュディットは緊張で身を強張らせ、ヴァイネの服をぎゅっと掴む。
「そんなに心配しなくても大丈夫だ。ジュディット嬢は何も言わずに俺を見てればいい」
ヴァイネは平然とした様子で門番に近づき、ねぎらいの声をかけた。
「閉鎖中のところを申し訳ないが、門を開けてくれないか?」
「魔物の繁盛期だが、急ぎの用か?」
自警団の男が訝しげな顔で理由を尋ねる。
「ああ。昨日の夜、鷹便が来てな。お嬢様をひどく可愛がっている大奥様が、流行病にかかってしまってお命が危ないそうなんだ。お嬢様は屋敷へ戻るために箱馬車を待つ時間が惜しいと仰ってな」
その場で作り上げた口実をヴァイネが流暢に語っている間、ジュディットは男たちにそれが嘘だと見抜かれないか、心配で仕方がなかった。
門番は不安げな表情で傭兵風の青年に寄り添う少女を見て、その青年の言葉を信用した。彼女が一刻も早く大奥様に会いに行きたくて、門を開けてもらえるかどうか心配しているのだろうと思ったのだ。
「そりゃお気の毒に」
男が先程より柔らかい声で二人に言葉をかけた。
「例年通りならもう討伐隊が戻ってる頃なんだが……。くれぐれも、道中気をつけて」
そう言うと男たちは閉じていた門を開き、二人を街道へと通してくれた。
- 第一楽章 ( No.17 )
- 日時: 2012/07/26 13:44
- 名前: nmmt ◆/QXiUp6Whg (ID: IXZEaJaO)
再び門が閉じられ、門番の姿が見えなくなった後、ジュディットはようやく肩の力を抜いて、目の前に広がる広大な風景に目をやった。
「ほらな、大丈夫だったろ」
ヴァイネは余裕の笑みを浮かべながらも、問題はここからだと思っていた。
見通しの良い平原には、一本の街道がまっすぐ伸びているだけで、迷う心配はない。隣街へ行くにはその先にある整備された山林を抜け、また街道を歩くだけでいいが、歩き慣れていないジュディットを連れていては、夕暮れまでに山を抜けるのは不可能だろう。彼女の捜索隊が結成され、その捜索範囲が街の外まで広がるのは、恐らく明日の朝以降……、そして彼らは人が通った痕跡を探しながら、自前の馬で追ってくるはずだ。遅かれ早かれ、隣街に着くまでには追いつかれるだろう、とヴァイネは覚悟していた。
(まぁ、危ない橋渡るのはコレが初めてじゃないし、何とかなるか)
「……さて、と。これから軽く山を越えることになるからな。ピクニックじゃないし、はしゃぐなよ」
ヴァイネはジュディットに忠告したが、その言葉は彼女の耳には届いていないようだった。目の前の光景に夢中になり、ジュディットは瞳をきらきらと輝かせるばかりだ。
「本当に素敵ですわっ。お空がこんなに広くて! 今からあの奥に向かいますのねっ」
「おい……、俺の話聞いているか?」
ヴァイネは期待に胸を膨らませるジュディットを横目に、「先が思いやられるな」と大げさに溜め息を吐いた。
Note#01 END