複雑・ファジー小説
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- liebeslied
- 日時: 2012/07/26 13:46
- 名前: nmmt ◆/QXiUp6Whg (ID: IXZEaJaO)
- 参照: http://bit.ly/the_arc_goes_down
——囚われの姫を助ける正義の騎士になど、なれるはずもなかった。
【 傾向 】ファンタジー(冒険6:恋愛4くらい)/ PG12程度の描写あり
はじめまして、こんにちは! nmmt(浪本)と申します。
拙い文ですがお暇なときにでもお付き合いいただけると有難いです。
※参照URLはおうちです
***
[ 序曲 ]
>>1 / Note#00 旋律の満ちる時
[第一楽章]
>>2-17 / Note#01 世界を夢見る箱庭の少女
>>18- / Note#02 深緑の中に溶ける涙 (途中)
- 第一楽章 ( No.3 )
- 日時: 2012/07/25 19:46
- 名前: nmmt ◆/QXiUp6Whg (ID: IXZEaJaO)
(——そういや、お嬢様と約束してたんだったか……)
思い立ったらすぐ行動する性格なのか、ヴァイネは露店が立ち並ぶ大通りから、人を避けるように細い脇道へと入った。
日の当たらない細い道を抜け、開けた場所へ出ると、周囲の景色が一変する。手入れの行き届いた広い庭や、細かな装飾が施された外門、それに守られる大きな屋敷の数々。人と露店でごった返している大通りの近くとは思えない、静かで美しい空間を目の前に、ヴァイネは小さく息を吐いた。
(全く、今の俺には似合わない場所だな)
前方から微かにピアノの音が聞こえてくる。あの少女が弾いているのだろう、数日前と同じ旋律だった。
***
ヴァイネの再訪を待ちわびて、少女——ジュディットは1日の大半をピアノ部屋で過ごしていた。
あの日、ジュディットは去り際のヴァイネを引き止め、また訪ねてきて欲しいと懇願して、彼を困らせたのだった。そしてヴァイネは当初、旅の途中であることを理由にそれを断ったが、彼女があまりにも残念そうな顔をするので、良心が痛んだのか「旅立つ前に挨拶くらいなら」と折れたのだ。
しかしその条件として、ヴァイネは自分の事を誰にも言わないこと、素性に関して何も尋ねないことをジュディットに約束させたので、二人はまだお互いの名を知らずにいた。
(もうこの街から旅立ってしまったのかしら……)
昨日も、その前の日も、ずっと待っていたのに<彼>は訪ねて来てはくれなかった。憧れの<外の世界>から来た彼と、もっと話がしたいのに……。
屋敷で軟禁状態の生活を送っているジュディットには、友達と呼べる存在がいない。
<彼>はジュディットが初めて出会った屋敷の外の人間で、普段の生活では決して関わることのない存在だった。屋敷の中の人間のように規則で束縛することも、言動を咎めることもない。ジュディットには<彼>が、まるで自由そのものを見ているかのように、魅力的に映っていた。
そして、きっとあの方なら、屋敷の中の誰よりも世界のことを詳しく知っていて、ありのままを教えてくれるはずだと思った。
ほぅ、とジュディットの口から小さな溜息が零れ落ち、ピアノを弾く手が止まる。
広い部屋の中は、風が木の葉を揺らす音が聞こえるだけでとても静かだ。開かれた窓から爽やかな風が通り抜けても、ジュディットの心の中は期待や不安が入り混じって、モヤモヤと複雑だった。数日前は待ち遠しさでいっぱいだったのに、次会える時が別れの時だと思うと、胸が締め付けられるように痛くなる。
「——お嬢様は他の曲は弾かないのか?」
「!」
突然背後から声を掛けられ、ジュディットの肩が大きく震えた。慌てて振り向いた先——窓の傍に、いつから居たのか壁に寄りかかる<彼>の姿を見つけ、ジュディットは勢い良く椅子から立ち上がった。そしてばくばくと音を立てる心臓を鎮めるために、一度ふぅ、と息を吐いて呼吸を整える。
- 第一楽章 ( No.4 )
- 日時: 2012/07/25 19:48
- 名前: nmmt ◆/QXiUp6Whg (ID: IXZEaJaO)
「……本当に、来て下さったのですね!」
「ああ、約束したからな。相変わらず警備が手薄で入りやす——っと?!」
ジュディットは嬉しさのあまり、思わずヴァイネの元へと駆け出して、勢い余ってそのまま彼の胸へ飛び込んだ。
「わたくし、紅茶を用意して貴方をお待ちしていましたの!」
ジュディットはヴァイネを見上げて、青い瞳をキラキラと輝かせている。ヴァイネはそんなジュディットを見て「へぇ」と人悪く笑うと、彼女をそっと自分から引き離した。
「随分と積極的だな」
「! わ、あ……あの、申し訳ありません! 貴方がいらしてくれて、とても嬉しくて、わたくし……っ」
再会に浮かれて取った行動が不躾だったことに気付き、ジュディットは慌てて後退した。恥ずかしくなって顔をそらし、火照る頬を冷まそうと手を当てたが、熱は簡単には下がらない。そんな彼女を見て、ヴァイネが小さく笑った。
「気にすんな、少しからかっただけだ」
そう言って一呼吸置き、今度は真面目な面持ちで口を開く。
「明日の早朝、この街を発つ事にした。お嬢様と会えるのはこれが最後だろうな」
一瞬、ジュディットは悲しげな表情を浮かべたが、すぐに笑顔を作ってヴァイネに話しかけた。
「では、今日は是非ゆっくりしていって下さい。お菓子も用意していますの」
「……まぁ、お屋敷の人間に見つからない程度になら、な」
「はい! ——どうぞ、こちらですわっ」
ジュディットが細い腕でぐいぐいとヴァイネを引っ張り、彼を灯り窓の傍に置かれた小さなテーブルへと案内する。
ヴァイネは丈の長いコートを脱いで椅子の背に掛け、自室でくつろぐかのように足を組んで腰掛けた。テーブル上のティースタンドには美しい装飾が施されていて、その皿に宝石でも飾るかのように焼き菓子が並べてあった。
「お好きなだけ召し上がってくださいね。すぐに紅茶も用意しますわ」
ジュディットがふんわり微笑んで、ヴァイネのもとを離れていく。ヴァイネは焼き菓子をひとつ摘もうとして手を伸ばしたが、ふと疑問を抱き、直前でその手を止めた。視線を少女に向ければ、思った通り、おぼつかない手つきでティーセットを扱う姿が見える。
- 第一楽章 ( No.5 )
- 日時: 2012/07/25 19:49
- 名前: nmmt ◆/QXiUp6Whg (ID: IXZEaJaO)
「——紅茶の淹れ方、分かるのか?」
「……ええと、その……大丈夫だと思います……」
ヴァイネが見かねてジュディットに声をかけると、少し遅れて歯切れの悪い返事が戻ってきた。
「普段は使用人の仕事だろ」
「はい……」
「俺が代わる」
「でも、貴方はお客様ですわ」
「いいんだよ、別に」
ヴァイネは小さく笑って席を立ち、向かいの椅子を引いた。
「……ほら、私に任せてお嬢様はこちらでお待ち下さい、ってな」
給仕の真似をするように、<彼>が椅子を指している。ジュディットは戸惑いながらヴァイネと椅子を交互に見たが、任せたほうが良いと思ったのだろう、素直に従って席へと着いた。しかし手持ち無沙汰なのか落ち着かない様子で、そわそわとヴァイネの様子を伺っている。
「……何か話したいことがあるんじゃないか?」
用意されていた茶器を慣れた様子で扱いながら、ヴァイネはジュディットをちらりと見た。
「はい……?」
「でなきゃ、わざわざ俺をお茶席に招待しないと思ったんだけどな」
ジュディットは何かを考えるように俯いたが、すぐに首を横に振った。
「いえ、特には……。貴方とお話出来るなら、何でも良かったので」
「……そうか」
(話し役は俺の方か)
ヴァイネが考えこむように口を閉ざしてしまうと、沈黙が部屋を支配したようだった。
「……ええと、その……」
ジュディットは会話が途切れて気まずく思ったのか、黙々と支度を続けるヴァイネに声をかける。
「ん?」
「ピアノは、趣味で弾いていますの?」
- 第一楽章 ( No.6 )
- 日時: 2012/07/25 20:58
- 名前: nmmt ◆/QXiUp6Whg (ID: IXZEaJaO)
「まさか」
その質問にヴァイネは思わず失笑した。
「俺が趣味で弾くように見えるのか?」
「本当に、とてもお上手でしたもの! 繊細で優しくて、でも、力強さもあって……!」
「過大評価しすぎだ。腕はお嬢様と大して変わらないだろ。ガキの頃に習ってたってだけだよ」
「でも、本当に素敵でしたわ」
きらきらと輝く彼女の瞳を見れば、その言葉が本心である事はヴァイネにも分かった。絶賛を受けるほど特別上手いわけではないが、褒められて悪い気はしない。
「そりゃどうも。……お嬢様はピアノが好きなんだな」
「はい、とっても。貴方は違いますの?」
「まぁ、嫌いじゃないが」
「では一緒ですわ。嫌いの反対は好きでしょう?」
そう言ってジュディットがにこにこと微笑む。
「……そうだな、久しぶりに弾いたらそれなりに楽しかったよ」
ジュディットにつられてヴァイネも小さく笑った。そして手元の砂時計の砂が、残りわずかで落ちきりそうなのを見て、ヴァイネはテーブルの上に温めたカップとソーサーを二人分用意した。ジュディットの目の前で紅茶をカップに注ぐと、アゲートのように鮮やかで美しい色をした紅茶から、気品あふれるいい香りが広がってゆく。
「ほい、お待たせ」
「ありがとうございます」
「どういたしまして。……ストレートでいいのか?」
「はい」
ジュディットがうなずくのを見て、ヴァイネは椅子に腰掛けると、シュガーポットを手前に引き寄せた。
「……話なら何でもって言ってたが、さっきお嬢様が弾いてた曲の元になってる話は知ってるか?」
シュガーポットの蓋を開け、角砂糖をひとつ摘みながらヴァイネが問いかける。
ジュディットは少し考えた様子の後、「いいえ」と首を振った。
「初耳ですわ。そんな話がありますの?」
興味深げに澄んだ瞳を輝かせるジュディットを見て、ヴァイネは微苦笑する。
「あんまり期待されると困るな。大して面白くもない昔話なんだが」
そして一呼吸おいて、口を開いた。
- 第一楽章 ( No.7 )
- 日時: 2012/07/25 21:02
- 名前: nmmt ◆/QXiUp6Whg (ID: IXZEaJaO)
「<歌姫と聖騎士物語>って童話は読んだことがあるか?」
ヴァイネの言う童話とは、子供の頃に誰もが一度は聞く機会のある、世界的に有名な物語のことだった。
フィアンナという名の美しい姫君がこの物語の主役であり、彼女の歌声には聞いた者を幸せにする力があった。フィアンナ姫はあるとき、魔王にさらわれて塔に閉じ込められてしまうのだが、話を聞きつけた勇敢な騎士がフィアンナ姫を塔から救い出し、二人は恋に落ちて結ばれるといった内容だ。題名や内容は各地で都合の良いように少しずつ改変されているが、史実を元にして作られたと云われている。
ジュディットも幼い頃、よく母親に読み聞かせてもらっていた。
「はい、大好きなお話ですわ。あのお話が元になっていますの?」
ジュディットの目が一段と輝きを増す。
「なら説明はいらないな。——俺達の地域じゃ、あの姫様のことを<希望の歌姫(シルウィア)>って呼ぶんだが、彼女が歌ったとされる歌を組み込んで作られたピアノ組曲にも、同じタイトルがついている」
ひとつ、ふたつと角砂糖を紅茶に沈めながら、ヴァイネが話を続ける。
「お嬢様が弾いてたのは、その<シルウィア>第三楽章の中の、<恋の歌>って名のついた小節だよ。姫様が魔王と戦う騎士の事を想って歌った歌らしい」
「まぁ、そうでしたのね! わたくし、メヌエットとしか知りませんでしたわ」
温かくて優しい旋律。——そして時に力強く、時に切なく……。恋というものは良くわからないけれど、物語と照らしあわせてみると、その旋律は<恋の歌>という名前にぴったりだとジュディットは思った。
「子守唄で歌われてる<平和の歌>って名の小節は有名だけど、それ以外はまず聞く機会がないからな。完璧な状態で残ってたら認知度もまた違うだろうが、楽譜が現存してんのは、第三、第四楽章だけだし」
「それは残念ですわ……。全部通しては聞けませんのね」
「なんせ大昔に作られた曲だからな。作者も分かってないし、今以上の解明は無理だっていうのが学者達の見解だ。俺が話せるのもこれくらいだよ」
「いえっ、お話が聞けて本当に良かったですわ! わたくし、今まで曲と物語を一緒に考えたことがありませんでしたもの。両方とも、もっと好きになりました」
ジュディットがにこにこと、嬉しそうに微笑む。角砂糖をまた一つ、カップの中に沈めていたヴァイネは、「それはよかった」と小さく笑った。
「そろそろ飲み頃じゃないか?」
「あっ、はい。……いただきます」
話に夢中になっていて、すっかり口をつける事を忘れていたカップを、ジュディットはヴァイネに言われるがまま手に取った。
一口飲んで、ほぅ、と小さく息を吐く。慣れ親しんでいるはずの味はどこか新鮮に感じられた。