複雑・ファジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- liebeslied
- 日時: 2012/07/26 13:46
- 名前: nmmt ◆/QXiUp6Whg (ID: IXZEaJaO)
- 参照: http://bit.ly/the_arc_goes_down
——囚われの姫を助ける正義の騎士になど、なれるはずもなかった。
【 傾向 】ファンタジー(冒険6:恋愛4くらい)/ PG12程度の描写あり
はじめまして、こんにちは! nmmt(浪本)と申します。
拙い文ですがお暇なときにでもお付き合いいただけると有難いです。
※参照URLはおうちです
***
[ 序曲 ]
>>1 / Note#00 旋律の満ちる時
[第一楽章]
>>2-17 / Note#01 世界を夢見る箱庭の少女
>>18- / Note#02 深緑の中に溶ける涙 (途中)
- 第一楽章 ( No.8 )
- 日時: 2012/07/25 21:04
- 名前: nmmt ◆/QXiUp6Whg (ID: IXZEaJaO)
「……美味しいです、とっても」
喉に通すにはまだ熱いくらいだったが、お世辞ではなく、ジュディットは心からそう思っていた。今日は話し相手がいるからか、それとも<彼>が淹れてくれたからか……。
(幸せ……)
ジュディットはぽつり、心のなかで呟いた。こんなにも楽しく会話を交わすのは、いつ以来だろう。そう思った後、なぜか急に胸の中がモヤモヤとして、ジュディットは底知れぬ不安に駆られた。
「あの、外の世界は楽しいですか?」
少し間を空けて、ジュディットが躊躇(ためら)いの混じる声色で尋ねた。
「さぁ、どうだろうな。俺が楽しいと思うことと、お嬢様が楽しいと思うことが、一緒だとは限らないだろ?」
「そう……ですね。わたくし、お外にはもう随分長く出ていませんの。だから自由な貴方が羨ましくて……。宜しければ、貴方からお外の話を沢山聞きたいと思っていたのです。でも今は……」
「聞こうかどうか迷ってる、って?」
続くであろう言葉を察して、ジュディットの代わりにヴァイネが続ける。
「聞いてしまえば、見たい、行きたい、ってなるだろうし。——後々辛く感じるのなら、最初から聞かない方がいいって思ってるのか?」
「……すごいです、心が読めますの?」
ジュディットが驚いたように瞬きをする。
「はは、そうだったら生きるのが楽かもな」
紅茶をスプーンでかき混ぜながら、ヴァイネが小さく笑った。
「……でもまぁ、お嬢様は俺の生き方が羨ましいかもしれないが、世の中貴族の暮らしを羨ましいって思ってる奴の方がはるかに多いよ」
ヴァイネは独り言のように呟いて、紅茶の中に角砂糖をまたひとつ、ふたつと落としていく。
「貴方もですの?」
「俺は面倒なのは御免だな」
ジュディットはその言葉の意図するものを汲み取れず、首をかしげた。
- 第一楽章 ( No.9 )
- 日時: 2012/07/25 22:25
- 名前: nmmt ◆/QXiUp6Whg (ID: IXZEaJaO)
「面倒、なのでしょうか?」
「それはお嬢様のほうが詳しいんじゃないか」
「……分かりませんわ。わたくしには、比較する<ものさし>がありませんもの」
「それもそうか。ま、みんな自分が手に入れらないモノを見て、欠点なんか考えずに羨ましがってるって事だ。身分が違えば生活も常識もまるっきり違うし、人それぞれだけどな」
そう言いながらヴァイネは、紅茶の中に沈む砂糖を銀のスプーンでつつく。
「けど、外に出たいのなら、屋敷からこっそり抜け出そうとは思わないのか?」
その問いにジュディットは首を横に振った。
「わたくしが自由にできるのは、この部屋と隣の自室にいる時だけですの。……わたくしには、この高さから抜け出す勇気も、自力で戻る術(すべ)もありませんわ。
それに、わたくしがいなくなったと分かれば、色々な方に迷惑がかかってしまいますし、……色々考えると心細くなりますの」
ジュディットの声は、言葉尻になるほど弱々しくなっていった。
「なるほどな。それで俺が羨ましいってわけか」
ヴァイネは苦い笑みを浮かべた。彼女を喜ばせる言葉を言うのは簡単だが、後々面倒になることが容易く想像できて、別の言葉を探した。
「あいにく、俺は勇敢な騎士様とは違うからな。お嬢様の話を聞くくらいしか出来ないが、日が暮れる頃までなら愚痴でも何でも付き合ってやるよ。もちろん、外の話を聞く気があれば話してやるし」
慰めるような優しい声でヴァイネが言う。
「ありがとうございます。……やっぱり折角の機会なのでお願いしたいです」
ジュディットは少し恥ずかしそうに、はにかんだ笑みを見せる。
「いいぜ、どんな話が聞きたい?」
ヴァイネがそう尋ねた後、カップを口に近づけたのを見て、ジュディットは思わず「あっ」と、不安と驚きが入り混じったような声色を漏らした。
- 第一楽章 ( No.10 )
- 日時: 2012/07/25 22:27
- 名前: nmmt ◆/QXiUp6Whg (ID: IXZEaJaO)
「ん、どうした?」
「いえ……、お砂糖、沢山入れていた気がしたので……その、」
「甘い方が好きなんだよ」
ヴァイネはさらりと答えたが、ジュディットが見ていただけでも、角砂糖の数は五つ、六つ、いや、もっと多く入っていたかもしれない。一つ入れるだけでも十分甘いのに、あんなに沢山入っていると一体どんな味になるんだろう……、とジュディットは思ったが、全く想像もつかず、その甘さを考えると少し恐ろしくなった。
「意外ですわ」
「そうか?」
「はい、珈琲はブラックでお飲みになるようなイメージでしたの」
「そりゃ悪かったな、お嬢様のイメージを崩したようで」
ヴァイネは小さく笑い、平然と紅茶を飲んでいる。
「で、リクエストは無いのか?」
「はい、わたくしにとっては全てが初めて聞くお話だと思いますの。だから何でも構いませんわ」
「……そうだな、じゃあ俺とお嬢様が平等になるように、他人から聞いただけで未体験の話にしとくか」
淡々と語るヴァイネを映すジュディットの瞳は、無邪気な子供のようにきらきらと輝いていた。
***
一年を通し温暖な気候の街も、夜風に吹かれると少し肌寒い。夜が更け、街灯の光も消えた中、街の中心部——この街の象徴でもある大時計台の下で、一人の男が月を見上げて立っていた。
淡く光る月明かりでは顔までは分からない。しかしそれは間違いなく主君の姿だと、その場を訪れた男は思った。
「——わざわざ呼びつけて悪かったな」
男が声をかけるよりも早く、主君は未だ空を見上げたまま、呟くようにそう言った。
「いいえ」
「どうだったんだ?」
主君が男に問いかける。
- 第一楽章 ( No.11 )
- 日時: 2012/07/25 22:27
- 名前: nmmt ◆/QXiUp6Whg (ID: IXZEaJaO)
「集落の跡はありましたが、やはり唄守の神子の姿は何処にも。これでリストの場所は全てあたり終えました」
淡々と答える男の声には、まったく感情が篭っていないようだ。
「……そうか」
「先日の<希望の歌姫(シルウィア)>の代替品を使ってみては?」
「あれは世の理(ことわり)を知らない」
まだ若い主は提案を渋ったが、男は引き下がらない。
「多少の危険は承知の上、申しております。貴方が世の理を写せば、神子と同等の力を持つはずです。我々に残されている時間が多くない事は、若君もご存知かと思います。敵に先手を打たれては全て水泡に帰すゆえに、どうか早めのご決断を」
「分かっている。……そうだな、朝までには答えを出そう」
主君は気が向かない様子で言葉を返し、一息ついて男に指示を出す。
「神子の事はもういい。お前は屋敷に戻って各国の動向を把握し、なにかあれば連絡を頼む」
「はい。……私は常に、我が主に救済神の加護がある事を祈っております」
男は主君に一礼すると、闇夜に紛れて姿を消した。
再び一人になった主君は、月が鈍雲に隠れる様をぼんやりと眺め、無音の中に溜息を落とす。
「神子や救済神に頼らずとも、奴さえ消せばそれで終わる話じゃないか」
募った苛立ちは誰の耳にも届かないまま、その場に溶けて消えてゆく。
(……テオが聞いたら俺に反対するんだろうな)
月が鈍雲から顔を出し、淡い光が時計台の文字盤を照らした。主君を急かすように、夜明けは刻々と迫っている。
***
- 第一楽章 ( No.12 )
- 日時: 2012/07/25 22:29
- 名前: nmmt ◆/QXiUp6Whg (ID: IXZEaJaO)
夜が白々と明け始めている。日の出までまだ少し余裕があるからだろう、街中にヴァイネ以外の人の姿はなかった。鳥達が元気に会話する声を聞きながら、ヴァイネは眠気を覚ますように大きく背伸びをした。
昨日聞いた宿屋の女将の話では、早朝に街を発っても、夕暮れまでに徒歩で森を抜けるのはギリギリらしい。寄り道をする暇は無いにもかかわらず、ヴァイネはジュディットの屋敷の前で立ち止まった。まだ人が活動を始めるには早すぎる時間だというのに、屋敷の一室には明かりが灯っていた。
(あの部屋……、確か、ピアノ部屋の隣が自室って言ってたな)
窓が開いているのは分かっても、人の姿は目視できない。気になったヴァイネは外壁を乗り越え、敷地内へ侵入した。部屋の真下へ来ると、トン、と地を蹴って近くの大木の太い枝に手をかけ、軽い身のこなしで軽々と木を登ってゆく。そして容易に目的の部屋の広縁へ乗り移ると、そのまま躊躇(ためら)うことなく部屋の中へ踏み入った。
白を基調とした気品のある、落ち着いた内装の室内だった。しかし年頃の娘の部屋としては、少し殺風景にも見える。ヴァイネがその広い室内をくまなく探す必要も無く、ジュディットは窓のすぐ傍で、壁を背にして座り込んでいた。
「おきてるのか?」
膝を抱えてうつむくジュディットに、ヴァイネが声をかけると、彼女の肩が大きく震えた。
「わざわざ来てくださったのですね……。今日は約束してませんでしたのに」
ジュディットは顔を伏せたまま、弱弱しく言葉を返した。その姿を見て、ヴァイネが眉をひそめる。
「……見送りでもしてくれるのかと思ったが、違ったようだな。どうしたんだ? 今日は元気ないな」
「貴方に会いたかったのです……でも会いたくなかったのです」
「結局どっちなんだ」
「……分かりませんの。お願いです、何も聞かないで下さい」
ジュディットは小さく「ごめんなさい」と呟いて、それ以上は何も語らなかった。
(昨日のがまずかったか……)
ヴァイネは小さく溜息をこぼした。彼女が何も言わずとも、落ち込む原因の一つに自分の存在があるのは明らかだった。自分と彼女自身を比べて、自由にならない己の境遇を嘆いているのか、ただ別れが悲しいだけか、その両方か……。詳しい理由が分からずとも、何と声をかければ彼女が喜ぶのかは、容易に想像できた。
「逃がしてやろうか?」
思ってもない言葉だったのだろう。ジュディットは驚いたように顔を上げた。