複雑・ファジー小説

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liebeslied
日時: 2012/07/26 13:46
名前: nmmt ◆/QXiUp6Whg (ID: IXZEaJaO)
参照: http://bit.ly/the_arc_goes_down

——囚われの姫を助ける正義の騎士になど、なれるはずもなかった。

【 傾向 】ファンタジー(冒険6:恋愛4くらい)/ PG12程度の描写あり


はじめまして、こんにちは! nmmt(浪本)と申します。
拙い文ですがお暇なときにでもお付き合いいただけると有難いです。

※参照URLはおうちです


***

[ 序曲 ]
 >>1  / Note#00 旋律の満ちる時

[第一楽章]
 >>2-17 / Note#01 世界を夢見る箱庭の少女
 >>18- / Note#02 深緑の中に溶ける涙 (途中)

序曲 ( No.1 )
日時: 2012/07/25 19:37
名前: nmmt ◆/QXiUp6Whg (ID: IXZEaJaO)

(——この曲……)

 記憶の奥底に追いやられていたものを、急に思い出すかのような感覚だった。
 青年は一つの屋敷の前で足を止め、聞き覚えのあるピアノの旋律に耳を傾けた。
 肩にかからない程度の艶やかな白銀の髪に、よく映える紅い隻眼。右目は黒の眼帯で覆われ、その下をうかがい知る事はできないが、それでも十分、彼は人々を惹きつける整った顔立ちをしている。
 しかし、細身の長身を黒衣に包んだその姿は、豪邸の立ち並ぶ一郭に不釣合いだった。他人から猜疑心を抱かれてもおかしくないのだが、彼が気にする様子はない。

「……」

 暫くして、青年は周りに人が居ないことを確認すると、トン、と軽く地を蹴った。そして屋敷の外壁を容易に乗り越えたかと思うと、広い庭の中へ、瞬く間も無く姿を消した。



***



「最後まで弾かないのか?」

 大きな部屋の隅に、ぽつんとピアノが置かれている。
 その傍で声を掛けられた少女が一人、状況を飲み込めずに窓を見つめていた。
 細かい装飾の施されたレースカーテンが風に揺れ、その後ろに人の姿が見え隠れする。
 開かれた大きな窓からは、いつも暖かな日の光と心地よい風が入ってきていたが、人が来訪した事はこれまでに一度も無かった。

(一体どうやって……)

 この部屋が人が容易に昇り降りできる高さにない事を、少女は良く知っている。
 相手は空を飛べるのか、そうでなければ自分は夢を見ているのでは、と少女が自分自身を疑いかけたとき、風でカーテンが一段と大きく揺らめいた。
 そして彼女の青い瞳が、はっきりとその者の姿を捉える。——黒衣を身に纏った、白銀の髪の青年がそこにいた。目が合った、と少女が思った瞬間、彼は小さく笑ったようだった。

「俺は質問したんだけどな。お嬢様は俺と口を利いてくれないのか?」
 堂々と部屋の中へ踏み入りながら、青年が再び答えを求める。

「あ、その……、途中までしか覚えていなくて……」
「……ふぅん」
「今はもう、楽譜も無いので……。でも、とっても素敵な曲でしたのよ」

 少女に臆した様子は無く、青年に向かってやわらかく微笑んだ。ゆるやかにウェーブした、彼女の桃色の髪がふんわりと揺れる。

「——知ってる」
「え……?」

 青年が少女のもとに近づき、ピアノに手を触れた。
 不思議そうに少女が青年を仰ぎ見れば「その曲、」と彼が鍵盤を見つめて呟く。

「……聞きたいなら弾いてやるよ」
「! ぜひっ」

 少女がぱっと笑顔になる。
 部屋が心地よい旋律で満たされたのは、それから程なくしての事だった。


Note#00 END

第一楽章 ( No.2 )
日時: 2012/07/25 19:45
名前: nmmt ◆/QXiUp6Whg (ID: IXZEaJaO)

Note#01 世界を夢見る箱庭の少女



「悪いね、兄さん。討伐隊が戻るまでは、箱馬車は出せないって決まりなんだ」

 若い馬方が客人に向かって、申し訳なさそうに苦笑した。続けて彼の口から「おかげで人も荷物も、ここ一週間街から動けないままさ」と、不満が漏れる。

「……商売人には気の毒な話だな」

 馬小屋で休む馬たちを横目に見ながら、青年——ヴァイネは馬方に慰めの言葉をかけた。
 乗り合いの箱馬車は街中の移動はもちろんの事、他の街へと渡る交通手段として、人々から特に重宝がられている存在だ。どの街でも一日に数便、定期的に運行されているものだが、それが使えないとなれば、目的地まで歩く他に方法は無い。

「で、その討伐隊はいつ戻るんだ?」
「さぁ……魔物の動きがいつもより活発だっていうし。大体いつも一、二週間ほどで戻ってくるから、まぁ『そのうち』だな」
「そうか」

 ヴァイネはポツリ呟いて、街の防壁門に目を向けた。
 街と外を隔てる大きな門の前には、彼が数日前にこの街に来たときと同様、この街の自警団の人間が二人立っているだけだ。街の外に凶暴な魔物がいるにしては警備が弱く、人員が足りないのか、それとも危機感が足りないのか、心もとなく見える。

「……隣街までなら歩いたほうが早そうだな」

 ヴァイネの言葉を聞いて、馬方が失笑する。

「おいおい、こんな時に一人であの森越えるつもりなのか? そりゃ腕と脚力に自信があるなら、あんたの言うとおりだが……」

 隣街までは箱馬車で半日、徒歩となれば二日はかかる距離がある。そのうえ魔物に襲撃される恐れがある中、小山をひとつ越えなければならないのだ。道が整備されているといっても、今の時期に好き好んで行く者はいない。
 馬方の目の前に立つ若者は、身なりこそ冒険者らしい格好をしているが、体格は街の若者達と変わらない。彼の体で重い剣をまともに振れるのか、馬方には疑問だった。

「自分の身ひとつ守ってりゃいいんだから楽なもんだよ。討伐隊ってのが仕事してるなら、半分は方が付いてるだろ」
「……大した兄さんだな」

 さらりと答えるヴァイネを見て、馬方はそれ以上口を挟もうとはしなかった。

「……冷やかしで悪いな。今度機会があったら使わせてもらうよ」
「ああ、あんたも道中気をつけな」

 馬方に軽く手を挙げて挨拶をしながら、ヴァイネは街の中心部へと向かって歩き出した。太陽が西に傾くまで、かなり時間に余裕があったが、ヴァイネは出発を翌日まで延ばすことにした。移動手段を変えたことで、道中必要になる食料や道具を買い足す必要があったし、今から街を出たのでは日暮れまでに森を抜けるのは無理だろうと考えたのだ。


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