複雑・ファジー小説

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【第1章完結】死神Days☆
日時: 2013/09/21 14:05
名前: 聖木澄子 (ID: EwVeSaUz)

☆——祝・参照5000突破ありがとうございます!——☆
6000まで残るところあと600をきっております。皆様閲覧ありがとうございます!

初めまして。聖木澄子(ひじりぎ・すみこ)、と申します。

小学校高学年〜中学二年生の約3年で書き上げたオリジナル小説「死神Days☆」へとようこそ。
聖木の処女作なため至らぬところもあるとは思いますが、是非ご一読頂ければと思います。

基本ジャンルはギャグ・ラブコメ・バトルですが、時たまシリアスや一部グロテスクな表現があります。ご注意を。

感想・批評等頂ければ物凄く喜びますので、お気軽にどうぞ!

☆Twitterのアカウント⇒柊 霞【@E_Erisie】ID変えました
 何か御座いましたらこちらまで。更新通知もこちらで行っております。尚、フォローの際はプロフィールをご一読頂くようお願いいたします。読まずに気分を害されたとしても責任は負いません。

それでは、貴方様にとって有意義な時間になりますように。

☆目次
・序話 >>1
・第1章 綴られ始めた物語シナリオ
 - 第1話 邂逅 >>2
 - 第2話 蒼色の彼女 >>3
 - 第3話 感情の在り処 >>4
 - 第4話 町並みと威圧感 >>5
 - 第5話 少女こそ >>6
 - 第6話 選択と血の匂い >>7
 - 第7話 彼こそが元凶 >>8
 - 第8話 殺伐さと温かみ >>9
 - 第9話 神、とは >>10
 - 第10話 刀の光 >>11
 - 第11話 魔の術 >>12
 - 第12話 かく在れ >>13
 - 第13話 感触 >>14
 - 第14話 歴史とは行為の積み重ねである >>15
 - 第15話 「男が廃る」 >>16
 - 第16話 スローモーション >>17
 - 第17話 馬鹿妹 >>18
 - 第18話 歯車は廻り始めた >>19
・第2章 照らされた道(ロード)辿る者

第9話 神、とは ( No.10 )
日時: 2013/03/21 17:24
名前: 聖木澄子 (ID: b5YHse7e)

 創造神は、人間(おれたち)の尺度では、測れない——?
 その言葉に眉をひそめると、彼女はどこか嘲りを含むようにも錯覚する笑みのまま流暢に話し始める。
「ま、神様の領域なんて一生知ることのないモノだし、わかんないのも仕方ないけどね——あたしは、創造神は。

 今まで数多の"災厄"を屠ってきたんだ」

 ——"災厄"。
 災禍、奇禍、禍殃(かおう)、災患、禍難、兇変(きょうへん)などとも表されるそれは、曰く『在るだけで世界を壊しかねない存在』で。彼女はそれらを、いくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつも屠ってきた、と。
「やっぱりどの世界——まあ次元つった方が正確なんだけど、論点はそこじゃない——でも、そういうのは生まれるみたいなんだよね。生まれただけで周囲に不幸を撒き散らすというか、そこにいるということが既に間違いというか。存在するということそれ自体が許されざる事象、そんなモノがね。
 で、そいつらは野放しにしておくと、やがてこの世界を——あたしが創ったこの世界を、完膚無きまでに破壊し始める」
 そう告げたときの彼女は、その紫の瞳の中に憂いを浮かべていた。ただそれも、気付いた瞬間には綺麗に覆い隠されてしまう。
「許すわけにはいかないだろ? この世界を創り、人間と死神と神々を創造した時点で『統治は彼らの手で』と決めたけど、それは別だ。あれだけは誰の手にも負えない。だからあたしが殺す。殺すしかなかったんだ。そしてこれからも殺すしかないんだ。そうでなければ、世界すらも崩壊してしまう。そしたら、いかなあたしでも再構築は不可能だ」
 どこか言い訳じみたその言葉。彼女のその"災厄"への罪悪すら背筋に感じる、自責をも篭った言葉。だがそれも、それすらも。彼女は——俺の妹は、へらっとした薄い笑みで、何も無かったように隠してしまう。
 ずっと、そうだった。
「——だからね。それを相手に今もこうして生きているということそれ自体が、あたしの強さの証明なんだ」

 途端。

「「「「ッ!!」」」」
 轟ッ!! と闘気が満ちる。閉じられたこの白い部屋の中で、たった一人の少女の闘気が、紫色の幻覚すら見るほどの量と濃度を以って席巻する。その事実は、俺に彼女こそ創造神であるという事実を認識させるには——否、本能が瞬きすら許さずに学習するには強烈すぎる事象だった。
 背筋をつぅ、と冷や汗が伝う。体が見えない鎖でがんじがらめにされたように微動だにできない。どころか視線一つまともに動かせない。あまりにも過ぎる圧倒的な恐怖に、逃げることよりも先に狙われないことが大事だと言わんばかりに、本能がそれを感知することを拒否していく。思考回路がこの圧迫感すら生じさせるプレッシャーから逃れることだけに使われ、その回転も最高速度に達した頃——
「そろそろわかってくれたかな? つってもま、5秒くらいの間だったけどさ」
「……っ、」
 さっきのがまるで嘘だったかのように闘気が消え去る。5秒——たったそれだけの時間感じたモノは、未だかつて無いほど気力を削いだ。どっと詰めていた息を吐き、ばふっとソファにもたれこむ。
「おいエル……冗談じゃねぇぞ、心臓に悪いだろうが」
 ショウががしがしと黒髪をかきつつ嘆息する。解放された直後そうやって口を開けるだけマシだろう。疲れきった俺たち(マリアさんなんて俺の隣にぐでぇと倒れこんでいる)に反し、エルは先ほどの気配を微塵も見せずにけらけらと笑い、
「ごめんごめん。口ではなんだかんだ言っても、わかってもらうにはこれが一番だと思ってね。わかってくれた? 光兄」
 そう笑んだ表情は、紛れも無く俺の妹のもので。俺は諦め混じりの苦笑で、「わかったよ」と呟くのだった。

第10話 刀の光 ( No.11 )
日時: 2013/03/22 16:34
名前: 聖木澄子 (ID: b5YHse7e)

 コンコン
「エル様、"刀"をお持ちしました」
 その時、ドアをノックする音と落ち着いた声が部屋に響いた。先ほどの、驚くほど大人びた青年の声だ。
「ん、ありがと。入っていいよ」
 音も立てず静かに部屋に入ってきた青年は、その手に紫色の布に包まれた細長いものを大事そうに抱えていた。刀、とエルは言っていたが。
 青年はつかつかとソファを横切り、エルへと恭しく手の中の包みを差し出した。その従順かつ慇懃そのものな姿は、まるで彼女に仕える執事そのもの。それに対し、エルは友人と接するかのような気軽さである。主従関係というには、少し奇妙な二人の態度。
「アイルに持ってきてもらったのはね、<神刀・紅蝶蘭(シントウ・コチョウラン)>っていう刀なの。あたしがじきじきに鍛え上げた、世の鍛冶師顔負けの『炎に長ける』刀——」
 謳うように告げる彼女は布をさらりと解いた。そこには、柄頭に鮮烈な光を放つルビーをあしらった白い柄に、汚れ一つ見当たらない金鍔、そして漆塗りの漆黒の鞘に包まれた刀が在った。
 一目見た瞬間に、剣士としての本能が息を呑んだ。おそらくはこの世に二つと無い業物、刀の道を歩むものならば垂涎モノの一品。それが、こんな近くに。
「これは光兄のものだ。死神としての君にあたしが授ける、ささやかな贈り物だ。……受け取ってくれるかな」
 こんなもので悪いけど、とでも言いたげなエルの瞳。差し出されたそれを、俺は呆然としながらも手に掴む。こんなものとは謙遜もいいところだ。こんな業物、お目にかかることなんて今までの生活なら絶対に有り得なかった。
 掴み、そして、立ち上がる。自然な動作で腰に携え、かちり、と鍔をずらす。——刀身が滑り、その白刃が光のもとに晒される。
「……っ、おいエル、"ささやかな"なんてもんじゃねぇ……大層なもの贈ってくれたじゃねぇかよ」
 眩い光を放つ銀色の刀身は、柄頭の紅とあいまって人斬りに使われるものには不釣合いな美しさを虚空に描いた。ショウがソファの背後で「……ほぉ」と息をつくのにも構わず、俺は軽く刀を振る。残光は風切り音と共にまじまじと見つめる俺の瞳を灼くようだった。
「そうかい、喜んでくれたようで何よりだよ。光兄なら、それを使いこなせると思ったんだ」
 にっこりと笑む顔に朱が差す。そして、と次いで彼女は相変わらず傍らに佇む青年を手で示した。
「彼はアイル・リローラ。聖五位に近い実力を持つ、高位死神兼あたし直属の部下だよ。光兄と同じ、18歳っ」
「嘘っ!? 18っ!?」
 気の済むまで刀を眺めた俺が刀身を鞘にしまい、エルから受け取った布で包んでいると、割と衝撃的なことが聞こえて思わず顔を上げてしまった。18歳。
 失礼なほどじろじろと顔を眺めても、その落ち着ききった表情は到底18には見えなかった。顔立ちの問題ではない、雰囲気の問題である。顔立ちはまだ幼さを残しているが、その大人びすぎている彼の"空気"がそれを見事なまでに覆い隠している。これは、早熟がゆえに大人の世界を知りすぎてしまい子供であることを放棄せざるを得なくなった、そんな顔だ。
 藍の瞳は、それを象徴するかのように毅然とした色を秘めていた。
「年齢も同じだし仲良くしてやってね、光兄♪」
「よろしくお願いします」
 同年齢である俺にさえもそう丁重に腰を折るあたり、仲良くできるか少し不安に思う俺だった。

第11話 魔の術 ( No.12 )
日時: 2013/03/25 15:00
名前: 聖木澄子 (ID: b5YHse7e)

「んー、あと何が残ってたっけ」
 相変わらず自分の机に座り足をぷらぷらさせつつ、エルがンーと可愛らしく小首を傾げた。と、アイルがふと思いついたように「エル様、歴史についてはお話されたのですか」と言う。歴史……よけいなことを。
 「ああ、そだね。それがあった」とにっこり笑むエルを横目に、俺は内心げっそりしていた。日本史世界史は苦手科目である。
「んじゃー歴史の講師は——そうだなぁ、"あれ"もあることだし、ツバキにやってもらうかー。ちょっと待ってね」
 あれ、とは。疑問として口に出す間もなく、彼女は懐からトレードカラーを示す紫色の携帯——ここでも電波は通じるらしい——を取り出すと、ぴょんと机を降りて部屋の隅へと引っ込んでいった。その間暇なので他の四人と話すことにする。
「なぁ、四人はそれぞれ戦うのに何使うんだ?」
「武器のことぉ? 私は弓よぉ」
 俺の隣に腰掛けるマリアさんがおっとりという。弓、か。RPGによっては射るのに使う矢はどこから湧いてくるのか買わなくてもよかったり、ターン制であれば——どの武器でもいえることだが——番えるラグも無い。だが現実問題、矢は消耗品だし、番える際のラグもあるだろうし、少なくとも戦闘に使えるシロモノではなさそうだなと考えていたのだが。
「ふふ、弓ときくと大概の子がそういう顔するのよねぇ。弓もね、刀とかに負けないくらい、とっても強いのよぉ〜?」
 う。バレていたのか。にっこりと笑むマリアさんに図星をつかれたことを密かに驚きつつも——この人、見た目や口調に反して案外鋭いのかもしれない——説明を待つ。
 彼女曰く、矢は実際の矢を使うのではなく、自身の魔力を矢として生成、いや、顕現させ、番え、そして射るらしい。魔力の仕様用途は多岐に渡り、魔術だけがその用途ではないんだとか。
 「そもそも魔術っていうのは、大気中に漂う魔力を体内に取り込み、変換して、炎や氷として外に放出することの総称よ。それとサイクルが同じならば、どんなことにだって応用できるってわけ。不思議じゃないでしょう?」とはレオの補足だ。植物の光合成みたいなものだろうか。
 そのサイクルに則り、マリアさんは、魔力を取り込み変換して、雷や風ではなく矢という形で外に放出するというわけだ。それを番える弓も魔力製の弓を番えるための専用の弓らしく、『科学班』とやらのオーダーメイド品だそうだ。
「ああ、科学班っつーのは、化学薬品から武器、制服、果てにはアクセサリー作りまで手がける俺たちの支援をする班だ。他にも支援をする班はたくさんあるが、代表的なのがそれだろうな」
「へぇ……そういうショウは、何を使ってるんだ?」
 さっきから気になっていたのだ。マリアさんは判明したとして、ショウやレオ、エルの武器。彼らはパッと見どこにも武器らしきものは持っていないようだし、何を使うんだろうか。
「ああ、俺か? 俺は銃だ」
 銃。こちらもまた消耗品の弾薬やリロードの手間——は、ないんだろう。マリアさんの弓の例を鑑みそう考えていると、ショウは俺の考えを読んだか唇をゆがめた。
「俺はちゃんと弾薬を使ってるよ。魔力で生成なんて器用な真似はしてねぇ。転移魔術で、離れたところにある倉庫から弾薬を移動させてるだけだ」
「ショウは不器用だものねぇ〜」
 くすくす、とマリアさんが微笑む。それに「うっせ」と返すショウを見つつ、俺は「ほぉ」と息をついていた。どうやら遠距離戦にも色々とタイプがあるらしい。魔力を扱うための技能の、個人差も。
「レオは? レオも遠距離系なのか?」
 俺の後ろのソファのせもたれに寄りかかっていたレオを振り向き、そう問うと、彼女は「そうね」と答えた。
「遠距離系だけれど、私はもっと直接的よ。魔力そのものを扱う、魔術の使い手だもの」
「おいボウズ、気をつけろよ。レオはな、16歳——史上最年少で聖五位まで昇りつめた、正真正銘の"天才"だからな。うかうかしてると燃やされるぞ」
「そういってる貴方が燃やされそうなのには気付いてるかしら?」
 コソリと俺に耳打ちするショウにひく、とレオのこめかみがヒクつく。次いで一瞬で目をそらした彼に諦めたように嘆息すると、彼女は一転、薄く笑んで掌を俺の頭上にかざした。自然、俺も上を仰ぐ形になる。
「魔術はね、"こういうもの"なの——」
 ——言葉と共に、掌で"渦"が逆巻いた。

第12話 かく在れ ( No.13 )
日時: 2013/04/09 19:44
名前: 聖木澄子 (ID: b5YHse7e)

 魔術とは、"こういうもの"であると。
 告げた彼女の掌の下で、得体の知れない"渦"が逆巻いた。
「ッ……!!」
「魔術とは、本来、魔力の流れを己が身のみを以って制御し、意のままに操ることを目的として創られた技術——だからこそそこにはリスクも存在するし、魔力を"現象"として顕現させるには、相応の資質や知識が必要になる——」
 レオのその声は今や部屋中にまで広がりつつある魔力の流れに乗って朗々と響いた。部屋中に広がり、満ちる、不可視の流れ。視線の先では、渦巻いた魔力が次々と形を成していた。それは時に燃え盛る炎になり、凍てつく氷になり、轟く雷(いかずち)になり、揺らめく鎌鼬になった。変幻自在に形を変えていくそれは、だがその根幹はいずれも"魔力"だった。
「魔力とはね。もともとは意志も思想も実体も無い、ただ漂うだけの存在なの。けれどそこに"意味"を与えることで、それらは存在し得るための"形"を作る。——その行為そのものが、魔術と呼ばれるのよ」
 炎で在れ。そう意味を与えれば、魔力はそのように己の形を変える。だが、そう命令することに、一体どれだけの技量が要るか。
 彼女は「己が身のみを以って制御するとはつまり、本来かく在るべき流れを自分の好きなように捻じ曲げること」だと告げた。本来形などとらぬものに意味を与え、無理矢理形を作らせるという行為は、言葉で表せばそれまで。だが、想像を絶するほどの集中と技量、そしてセンスがいるのだろう。それを変幻自在思うがままに実現してみせる目の前の少女は、その華奢な体躯に似合わずとてつもない能力を秘めていた。
 改めて息を呑んだ、その時。
「だっかっらっ、酒ばっか飲んでないで早く戻ってこいっつぅのッッ!! もう仕事終わったろーがッ、いつまで人間界(そっち)で飲んだくれてんだてめーはアル中の親父かコラァッ!!」
「!?」
 今までぼそぼそと喋っていたらしきエルが、突然手元の携帯に怒声をあげたのだ。彼女の傍らのアイルをはじめ、俺以外の全員はほとんど動じていないようだが……目を白黒させながらそちらを見やると、尚もエルは携帯に向けて大音量で怒鳴っていた。レオが集中をやめたらしく、部屋の中を循環していた魔力の流れも止んでいた。
「……あぁん? いやだから仕事、次の仕事。早く戻って来いやこの飲んだくれが。……あー報告は後回しでいい。それより先にやって欲しいことがある、っていい歳した野郎が喚くな阿呆! 仕事しろ仕事!」
 そう最後にまくしたてると、彼女は携帯をパチンと閉じた。そのまま呆然と様子を窺っていると、エルは嘆息したのちに「来るよ」と呟いた。
 ——その瞬間、エルの机の前で強烈なフラッシュが俺の目を灼いた。

第13話 感触 ( No.14 )
日時: 2013/05/11 17:31
名前: 聖木澄子 (ID: b5YHse7e)

 光が収まると同時、とん、と軽やかな靴音が部屋に響いた。
「……ん、ぁ、え?」
 エルの机の前には、柔らかだがどこか食えない笑みを浮かべた、かなり長身の男がいた。海の色を思わせる青色の髪、透き通るような青色の瞳、そして赤ぶちの眼鏡。レオとほぼそっくりの顔立ちだが、その雰囲気は彼女よりもどこか妖しげだった。
「ん……? 見慣れぬ男がいるようだが、エル、コイツは誰だね? また惜しいからといって拾ってきたのか?」
「いや、ショウが間違ってぶっ殺した。さてこの飲んだくれ、さっさと自己紹介と仕事をしな」
 エルの、ショウやマリアさん、レオやアイルや俺へとは違う、一見雑極まりないが信頼が微かに覗く態度。言葉こそぶっきらぼうだが、それはこの青年を嫌うからではなく信頼しているからだと、兄としての経験から察する。
 ふむ、と青年は一つ頷き、俺へと向き直った。レンズ越しのどこか油断ならない目つきが俺を見据える。
「僕はツバキ・ヴェリアサファイア。ご覧の通りそこの彼女、レオの実兄だ。死神としてのランクは聖五位、そのうち煌(こう)を司る者でね。
 ああ、それとだな——」
 一瞬言葉を切った、と思った瞬間、俺の本能は瞬時に次にくる"モノ"を察知していた。脳が思考するより早く、ツバキがどこからともなく大剣を手にするよりなお疾く。俺の右手は、刀の柄を握っていた。
 カァアンッ!!
「ッ、く……っ!?」
「なっ、ちょっ、兄貴!?」
「——ほう? 受けたか」
 音もなく鞘から放たれる鋼、刃と刃が触れ合う金属音、そして金属音と同時に両手を容赦なく襲う痺れ。本能に次ぎようやく理性と思考が『斬りかかられた』という事実を認識した瞬間、俺はぞっとした。
 ——忘れた、はずだったのに。
 気付けば、鞘を走らせていた。気付けば、何の違和感もなく刀を打ち合わせていた。その事実はまるで、体に染み付いた癖は、体に染み付いた臭いは、何よりも犯した罪は、いくら善行を積んだとしても贖えるようなものではないと俺につきつけるかのようで——びちゃりと、頬にあの時の血が飛ぶ。
「ッ!?」
 あまりの嫌悪感と産毛が立つような怖気に、精一杯の力をもって切り払う。ツバキの大柄な体躯はそれに抗うことはせず、ひらりと同じ場所へと舞い戻った。おそるおそる左手で頬に触れる——嗚呼、錯覚だ。頬に血などついていない——だというのに、掌には、はっきりと気持ち悪い血の感触が残っていた。
 ガスッ
「何やってるのよ兄貴!? 光はまだここに来たばかりなのにそんなことしてっ!! この、バカ兄貴ッ」
「いてて、ちょ、やめ、レオ、お前の身を思ってやったこと、ってちょっとやめたまえ本気で痛い痛い痛ぁッ!?」
「……ぁ、……」
 レオとツバキの言い合いで、目が覚めた。気付けば掌の感触は跡形もなく消えていたし、勿論血なんて一滴もついてはいなかった。錯覚。そうだ、錯覚だ。あの時の血が、今になってついているはずがない——。
「大丈夫かい? 光兄」
「あ、ああ。……大丈夫、だ」
 刀を鞘に収め、ソファに沈む。そんな俺と姦(かしま)しい兄妹を尻目に、エルの瞳は、俺の何かを見透かすかのように細められていた。


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