複雑・ファジー小説
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- 君を、撃ちます。
- 日時: 2018/09/13 16:37
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: 4MZ2FBVM)
君の手は、とてもとても暖かいね。
もう疲れたっていったら、君は怒ったりするかな。
大好きだよ、とってもとっても。
だから、ね。
僕の、最後のお願いを聞いて欲しい。
———————
■二年が経ちました。(>>59)
改めて、更新を開始していこうと思います。ゆったりとした更新ですが、よろしくお願いします。
□どうも、柚子といいます。普段は別名義です。
□
第一話『僕』 >>01-44
>>01 >>04 >>08 >>09 >>12 >>13 >>14 >>15 >>20 >>23
>>24 >>25 >>26 >>27 >>28 >>31 >>32 >>33 >>36 >>37
>>38 >>39 >>40 >>41 >>42 >>43
第二話『私』 >>44-66
>>44 >>45 >>48 >>49 >>50 >>51 >>52 >>53 >>54 >>62
>>63 >>64 >>65 >>66
□お客様
ゆぅさん/風死さん/朔良さん/千鶴さん
憂紗さん/日向さん/悠幻さん/涼さん
エリックさん/環奈さん/Orfevreさん
キコリさん
□since.20130318〜
———————
( 虚空に投げたコトノハ )
( オオカミは笑わない )
( さみしそうなけものさん )
ふわりとかすった花の香 /餡子
- Re: 君を、撃ちます。 ( No.62 )
- 日時: 2014/04/03 21:48
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: 6i18Tf8q)
「やァいらっしゃい」
からんからんと、扉につけた鈴が音を立てた。埃の舞う店内に、鮮やかとも言える陽の光が差し込む。
「誰かと思ったらあんたかァ。いつものだろ? 用意は出来てるよ」
けらけらと笑い、床から天井まで大小さまざま棚から、一つ、小さな袋を取り出す。紅色の巾着は、すっぽりと手の中に収まる大きさだ。
「ほゥらよ。等価交換があたりめェだが、今日はしょうがねェからあんたの体で許してやるよ」
けらけら笑いながら、煙管をふかす。
—————
ちゅんちゅん、と雀が小さく囀った。その声を聞き、私は静かに瞬きを数回繰り返す。あの後、すぐにぐっすりと眠ったらしく、すっきりとした寝起きだった。
隣で眠っている美優を起こさないように気をつけながら、静かに体を起こす。どこからともなく、ほんのりと香ばしいにおいがした。久々に感じた、朝御飯、というものなのかな、と思考がゆったりと巡る。
「……春、かなあ」
でも、と反対の意見が脳内で浮かんだ。春って起きるの早かったかな。それに今日、土曜日だし。体を起こしたときと同じような速度で、ベッドからするりと抜け出した。そして部屋のドアノブに手を掛け、キッチンへと向かう。
階段を下りてキッチンに向かっていけば、香ばしいにおいは益々強くなっていった。もしかしたら、本当に春が早起きしてご飯を作ってるのかもしれない。
そっとドアノブに手を掛けて、音を立てないように扉を開ける。
「おはよう」
聞きやすい、ソプラノの声。
「お、はよう……?」
部屋の中に吸い込まれながら、私は言った。その声を聞いたことは一度も無くて、もしかしたら家政婦さんなのかな、なんて考える。昨夜使ったオープンキッチンに立ってたのは、とても綺麗な女の人。
高い位置でポニーテールを結った、背の高い女の人だった。優しそうな笑顔は、たまに春が見せる緩い笑顔とそっくりで。私は一人、そっか、と納得する。
「椿ちゃん、かしら? よくね、春から教えてもらうのよ。真浩君と遊んだこと、美優ちゃんと椿ちゃんと一緒に買い物に行ったこととか」
何時も仲良くしてくれて、有り難う。そう言って、春のお母さんは緩く微笑んだ。笑顔の下にはきっと、私達に対する感謝と春に対しての申し訳無さが入り乱れている。
「お仕事って、忙しいんじゃないんですか?」
「月の半分近くは海外とかに行ってるの。椿ちゃん、朝御飯の準備手伝ってもらっても良いかしら」
そういわれ私はキッチンへと向かう。作り終えられていた料理の数々に、思わず目を輝かした。普通の家では出てこないような、豪華な食事。食器のどれもがとても可愛らしくて、その食器の白さに料理が映えていた。
言われたとおりにコップを五つ食器棚から取り出して、昨夜ご飯と食べたリビングへと運んでいく。次いで飲み物と、料理をゆっくりと。料理を運び終え、少しだけ春のお母さんと仲良くなったところで、階段を下りる足音が小さく聞こえた。
美優が心配して私を探してたかもしれないなあと、ふと思う。
「あー! 椿いたーっ!! すーっごい探して大変だったんだからねーっ!」
部屋に入ってくるなり響いた美優の声に、苦い笑みを返した。ごめんごめんと軽く謝りながら。美優の後には欠伸をする眠たそうな真浩が入ってきて、私を見るなり驚いた表情に変わった。——正確には、私の奥のキッチンでコーヒーを飲んでいた椿のお母さんを見ていた。
慌てたようで、真浩はドアから顔を出して「おい春! 早く来いよ!」と廊下に向かって叫ぶ。美優はそれを、私に抱きつきながら見た後で、真浩が見ていたキッチンのほうを見て、目を丸くした。嬉しそうに、口元に笑みを浮かべながら、私から離れる。
「春ママだあっ!」
「おはよう、久しぶりね、美優ちゃん」
飼い主に呼ばれた犬のように、美優は春のお母さんの下へと駆け寄った。嬉しそうな笑顔で、美優は話している。それを見て、可愛いなあなんて感じた。
楽しそうに笑う美優を見ながら、私は先に座ってみんなを待つ。少しして、扉が開いた。後ろから真浩のはやし立てる声も一緒に聞こえ、扉を開けたのが春だと分かった。
「え……。お母さん? 仕事は? ていうか、何で美優と話してるの? え、何で家にいるの?」
部屋に入ってすぐに、春はお母さんの下へと小走りで向かう。見えた横顔は、嬉しさと驚きが混ざり合った、何となく嬉しそうなものだった。
- Re: 君を、撃ちます。 【6/11 up】 ( No.63 )
- 日時: 2014/06/11 21:44
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: 6Bgu9cRk)
それから春のお母さん達と一緒に朝御飯を食べて、お昼頃まで春の家で皆で過ごした。お昼になったら春のお母さんは仕事に戻って、また半月は帰れないと申し訳無さそうに春に伝えていた。少し寂しそうな表情を見せた春だったけど、最後は笑顔で「いってらっしゃい」と伝えていた。
「んー、どーする? なんもすることねーよな」
少しだけ静かになった室内で真浩が言う。皆欠伸混じりに、賛同した。
「そしたら、椿と真浩でお菓子買ってきてもらってもいいかな? 出来れば、晩御飯の食材とかも含めて。お金はお母さんが置いていってくれてるからさ」
眠たそうな美優をチラと横目で見ながら、春は少し申し訳無さそうに言う。断る理由は一つも無く、私と真浩はしばし目を合わせた後に「分かった」とだけ告げた。春は安心したように笑顔を見せて、一言、「ありがとう」とだけ言って、真浩にお金を渡す。
今日の晩御飯は、皆でわいわい作りたいとも言った。
「それじゃあ、買ってくるね。春、美優のことお願い」
柔らかい笑顔を私は浮かべて、いってきます、と二人に手を振る。美優はもう半分ほど眠っているようで、呂律の回らないまま「いってらっしゃい」と言った。真浩も私も、それに微笑んで部屋を後にする。
長い廊下をのんびり歩いて、靴を履く。大きさの違う真浩の靴の横にあった私の靴は、子供用といっても差し支えないくらいの大きさだ。
「靴ちっせーな」
けらけら笑う真浩。
「真浩が大きいだけだよ」
そんな風に笑って話す。心のどこかで、久しぶりだなあと感じた。誰かとふざけてみたりとか、誰かと買い物に行ったりとか。お父さんとお母さんが生きていたときは、ずっと一人で買い物をしていた。煙草、お酒、コンビニのお弁当。
解放されたら解放されたで、少し寂しい気持ちもする。大嫌いな人たちだったのに、いなくなって初めて、やっぱり私の親だったんだと感じていた。
「椿ぼーっとしてんなよ、道端で転ぶぞ」
ははっと笑いながら、真浩が重たいドアをあける。ドアの隙間から見える空は、ひたすらに青く、雲は一つもない。清々しいほどの青空を感じたのは、久しぶりな気もする。
「転ばないよ、そこまでぼーっとしてないからね」
「いや、お前結構ぼーっとしてんぞ? 自覚ねぇとかすげぇな」
心底驚いたような表情を見せる真浩に、反論する気もおきず、思わず笑ってしまった。真浩の人気が高い理由が、よく分かる。多分、顔がいいからというのが一番の理由だろうけれど。リアクションが大きい分、話が弾んでいる気がする。
他愛も無い話をして、お互いに笑いあいながらスーパーへの道をのんびりと歩いていく。春の家からスーパーまでは意外に距離があり、数分では付かない所にある。スーパーに近づくにつれて、エコバックを持つ人の数が増えてきた。
遠くには黄色い看板が見え始め、スーパーの入り口からたくさんの人が出入りしていた。正午過ぎのスーパーは、お年寄りや主婦の人が多くいる。色とりどりの服を着た、様々な年代の人たち。幼児の姿も、時折見られた。
「あ」
ぱっと目に止まった、一人の少年。少し前に見たことがある、その病的に青白い肌に、私の瞳は釘付けになった。力なく歩く、弱弱しい姿。気付いたら私は、駆け出していた。後ろに聞こえた真浩の声も聞き取れないくらい、夢中になって。
「伊吹、くんっ……!」
息切れ混じりにやってきた私を見て、伊吹くんは少し驚いた表情を見せた。やっぱり合ってた。あの時保健室で会った、あの伊吹くん。その細い肩を支える女の人にも、見覚えがある。
「もしかして、椿ちゃんかしら……?」
「あっ、えっと、時雨、椿です」
この人に会った時はいつもしていた癖が、思わず出た。涙の出ていない目元を、手首で擦り、頬の叩かれた部分を優しく撫でる癖。その様子を生気の宿っていないように見える目で、伊吹くんは私を見ていた。蔑みも哀れみも、何も含まれて居ない視線。
伊吹くんは、女性の服の裾を二三回軽く摘んで、私のことを指差した。まるで、こいつは誰だ、と聞いているように。何を言っているのか分かったのか、女性は小さく頷いて私の紹介をする。私に起こった大きな出来事に関しては、一切触れずに。
「椿っ、急に走り出したからなんかあったのかと思ったじゃねぇか! ——誰、この人」
私を追ってきた真浩は、息切れ一つしていなかった。そして、伊吹くんに対してあからさま過ぎるほどの嫌悪感を表に出して、私に問う。
- Re: 君を、撃ちます。 【6/11 up】 ( No.64 )
- 日時: 2014/06/30 21:39
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: fQORg6cj)
「あ、えっと」
私が感じる気まずさを伊吹くんは感じていない様子で、光を全て吸い込んでしまうような瞳は真浩を一瞥し、コンクリートへと視線を移す。それが少し気に食わなかったらしく、真浩は私をじっと見つめてきた。「早く買い物済まそうぜ」とでも言いたげに。
「椿ちゃん、最近は、もう大丈夫?」
伊吹くんのお母さんが、重たそうな買い物袋を持って聞く。私は何時の間にか得意になった作り笑いをしながら「はい」と答える。両親が殺されてから、誰にも心配をかけないように作っていた偽りの笑顔。それでも、伊吹くんのお母さんは嬉しそうに微笑んだ。
何も勘繰られていないと安堵するのと同時に、やっぱり誰も気付かないんだな、と少し切なさを感じる。そんな私を刺すような視線を感じ、その方を見ると、伊吹くんがじっと私のことを見つめていた。
「そうだ、椿ちゃん! おばさん、これから外さない用事があって、××も連れて行こうと思ってたんだけど……、もし良かったらでいいんだけどね、一緒に遊んであげてくれないかしら」
少し困惑した私に気付き、伊吹くんのお母さんは言葉を付け足す。真浩の表情が強張ったのを、私は感じた。
「××、体が丈夫なわけじゃないから、学校も中々行けなくてお友達もいないのよ。だから、少し友達と遊ぶことの楽しさを感じてほしいなって、駄目な母親ながら思うの。でも、無理なら全然気にしないでちょうだい」
「むしろ、えっと、一緒に遊んだりとか、したいです」
自分でも思ってもなかったことが口から飛び出し、いって直ぐに驚いて自分の口を手でふさいだ。背中に感じる真浩の視線が、感じたことも無いくらい鋭く痛い。反して伊吹くんは、生気のなさは変わらないけれど、どこか嬉しそうに見えた。
それだけで、真浩の視線が気にならなくなるくらいに、嬉しさを感じる。伊吹くんが楽しければ、それで十分。そう思って、思わず言ってしまったことを心底から肯定した。
「夜になったら、伊吹くんのおうちまで一緒に行きますっ」
そう意気込んだ私に、伊吹くんのお母さんは少し驚いた顔をしてから微笑む。やっぱり人は微笑んでいるときが一番綺麗な気がする。美優も、たまに微笑んだときの綺麗さはギャップがあってとても心にきた。
「それじゃ、お言葉に甘えちゃうわね。有り難う、椿ちゃん」
嬉しそうにそう言ってから、伊吹くんの頭を撫でて、伊吹くんのお母さんは車に乗って行ってしまった。スーパーの前で立つ私達に、沈黙が訪れる。変わらずに刺さる真浩の視線を訝しげに見ているような伊吹くんの姿が、私の視界いっぱいいっぱいに映った。
細い足でゆっくりと歩く伊吹くんを、私は慌てて支える。手と肩に手を添えて、伊吹くんの歩幅にあわせゆっくりと歩いた。スーパーに向かって歩く伊吹くんは、もしかしたら私と真浩がスーパーに用があると分かったのかもしれない。
真浩は私達の後ろをついて歩く。店内に入ってからは買い物カゴとカートを持ち、必要そうな食材を先に選びに行ってくれた。私は伊吹くんと歩きながら、お菓子コーナーに向かう。どのお菓子にするか、三人にどうやって伊吹くんを紹介するかを、ずっと考えていた。
「伊吹くん。真浩、怖い?」
大袋のお菓子が陳列する棚の前で、私は伊吹くんを見ながら問う。伊吹くんが、不思議そうに私の目を覗き込んだ。そして、軽く視線を外し伊吹くんは首を横に振る。私の顔を、じっと見つめる。どうしてそんなことを聞くのかと、視線だけで問われた気がした。
その視線から逃れるように、今度は私が目を背ける。聞かなければ良かったような気も、少しした。
「真浩、伊吹くんのことなんかよく思ってなかったような気がしたから、ちょっとだけ気になったんだ。あっ、なんか馴れ馴れしくてごめんね!」
まともに話をするのは今日が初めてだというのに、今迄ずっと友達でしたといわんばかりに話していた自分に恥ずかしさを感じる。
「ごめんね、今更気付いたのって感じなんだけど……」
申し訳なくなりながら、伊吹くんのことを見る。伊吹くんはじっと私の目を見ながら、表情を変えずに私の頭に手を置いた。そして優しく、ぽんぽんと頭の上を触る。その感覚が、いつか真浩にしてもらったのと同じような暖かさがあって、許してもらえたような気がした。
- Re: 君を、撃ちます。 ( No.65 )
- 日時: 2016/09/20 06:54
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: /uGlMfie)
「そんなことしてたら、周りに変な目で見られるぞ」
何時からか近くにいた真浩に言われ、私はハッとした。伊吹くんの奥を見れば、行きかう主婦の人たちが口元に笑みを浮かべている。何も気にしていなさそうな伊吹くんの手を、私の頭の上からはなした。困ったように私を見る伊吹くんに、ぎこちない苦笑いを見せる。
「さっ、伊吹くん、お菓子選んじゃおう? 真浩が他に買う物持ってきてくれたから」
赤らんだ頬が伊吹くんにばれないように、笑顔で照れ笑いを上書きした。真浩はカートに寄り掛かったまま、私と伊吹くんをじっと見下ろす。その視線の冷たさと、伊吹くんと私の関係を探るようになめる視線がもどかしく、気持ちが悪い。
手早くスナック菓子とチョコレートのお菓子をかごに入れ、お菓子コーナーを後にする。お昼時のスーパーはやっぱり混んでいて、どのレジも列が長く、最低でも十分近くは掛かりそうだ。
「俺並んでるから、そっちの……」
「伊吹くん?」
「あ、うん。あっちのベンチ空いてるから、座って待っててもらえばいんじゃねーの?」
伊吹くんを支えながら立っていた私を気遣ってか、真浩はレジの奥にあるベンチを指差した。横に四人座れる程度の大きさのベンチが三つあり、まばらにお年寄りが座っている。私は別に平気だったけれど、身体の弱いだろう伊吹くんのために、ベンチへと移動する。
私達の話を聞いていたのか、伊吹くんはじっと私の目を見る。なんだか、別に大丈夫だよ、と言っているように見えた。目が合ったまま少し立ちどまって、伊吹くんにはベンチに座ってもらう。
「真浩の荷物が多いから、私もレジに並んでくるね」
そう言うと、伊吹くんは頷いて背もたれに身体を預けた。暑い日なのに汗一つかいていないのは、伊吹くんの体質なのかもしれない。真浩のところに戻っても、まだ全然進んでいなかった。
お互いの首筋には、冷房が効いているとはいえ、汗の粒がくっついている。やっぱり暑いもんなあ、とよく働かない頭で漠然と思った。
「なあ、椿」
ちょっとした沈黙の後。カートのハンドルを両手で握ったまま、ぽつりと私の名前を呼んだ。その声色はどこか不機嫌で、ほんの少しだけ違う人の声にも聞こえる。
「あいつ、伊吹だったっけ。なんで呼んだの? 俺ら四人だけの方が絶対楽しいに決まってんじゃん」
「そうかもしれないけど……でも、いっぱい人いた方が楽しいじゃん」
少し語気を荒げる真浩を、怖いと思ってしまう。いつもだったら優しく窘めるような、それでいて受け入れてくれるのに、今日は違った。私の目を一度も見ようとしない。ハンドルを持ったまま、レジに並んでいる人の数だったり、商品のバーコードを読み取ったりしているのを、見ているみたいだ。
私への返事は素っ気無く「あっそ」と言ってから、真浩は話しかけようとはしてこない。普段の雰囲気だったら、流石にどんな嫌な人でも初対面は良くするものだと思うのに、と考えるが、これ以上気まずくなってしまうと、春と美優にも迷惑を掛けてしまうかもしれない。
一度でもその考えが浮かんできてしまうと、もう何も真浩に言葉をかけることができなくなってしまった。二人とも黙り込んだまま、レジの順番が回ってくる。いつもなら気まずさもあまり感じないけれど、やっぱり駄目。気まずすぎて、この後も普通に話すことが出来る気がしない。
「ポイントカードはお持ちでしょうか?」
店員さんの言葉に、暗くなってしまう考えを振り切り、「あ、持ってないです。あとレジ袋いいです」と返す。商品と値段をテンポ良く言っていく店員さんには、私と真浩がどう見えているんだろう。照れて話さないカップル……だったら、どうしようかな。
「以上で、二七三六円です」
真浩が会計を済ませる間に、持参したエコバッグに品物をつめる。伊吹くんも隣に来て、私の手元を興味深げに見ていた。最後にお菓子をつめたところで、やってきた真浩がエコバッグを持つ。取り返そうと頑張ってみたが、どうしても真浩が持ちたいらしく、私には持たせてくれない。
「伊吹くん、これから友達の家行くんだけど、大丈夫? 覚えてるか分からないけど、前に伊吹くんのお家に来たことある人たちなんだけど……」
考えるような素振りを見せた後、伊吹くんは小首をかしげながらも頷いた。私はそれを肯定だと受け取って、ぱあっと顔が明るくなる。真浩と同じように、春達に怒られてしまうかもしれなかったが、今は構わないという気持ちの方が強くなっていた。だって、と心の中の私が大きく息を吸い続ける。
だって、私は社木伊吹という人が大好きなのだから。
愛に障害が伴うことくらい、いつか読んだ本やドラマ、そして自分自身の歪な経験からそれを知っていた。困ったらどうすればいいのかも、それぞれに対処法が書いてある。逃避行でも、説得でも、何でもいいのだ。
伊吹くんの歩く速度にあわせながら、ゆっくりと春の家を目指す。あともう少しで、春の家が見えるところまでやってきた。伊吹くんの首にも、真浩の首にも、飽きることなく汗が滴り続ける。きっと二人とも喉がからからに渇いてるんだろうと、同じように汗をかきながらふと感じた。
なんだか、私自身のことよりも伊吹くんや真浩のことを大事に思ってしまっているのかもしれない。遠くゆらめく陽炎を見つめながら、熱に溶かされてしまった脳内で、所在無くそう感じていた。
「椿。もう少しで着くから、春達に説明すんのは椿がちゃんとやれよな」
「あ……、うん、ありがと真浩」
やっぱり真浩の声色は何処か刺々しく、私のことも伊吹くんのことも、自分自身の中には入れないと言っている様子で居心地が悪い。話せない伊吹君からしたら、私が感じてる真浩への気まずさくらい、何てこと無い様子で見抜いてしまいそうだ。いっそ伊吹くんが話せたとしたら、その気まずさをあっけらかんと笑い飛ばしてもらいたい、なんて考えてしまう。
- Re: 君を、撃ちます。 ( No.66 )
- 日時: 2018/05/03 16:54
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: rtfmBKef)
66
家に着くと春と美優は驚いて、私と伊吹くんの関係を深く聞いてきた。私は話せない伊吹くんの代わりに、その全てにしっかりと答えていく。時々伊吹くん自身が頷いたり、首を横に振って意思を伝えていた。それも真浩にとっては面白くないのか、仏頂面をして、ソファに座っている。
「真浩ー、何怒ってんのよ」
「怒ってねぇよ。そうだ、俺らいない間何やってた?」
美優は二度寝してそうだけど。続いた真浩の言葉に、美優が「あんた、いっつも失礼!」と大声をあげるから、私と春は笑うしかなかった。伊吹くんにも、今怒ったのが美優だよと伝える。今まで表情をほとんど変えたことのない伊吹くんが、少し柔らかく微笑んで、頷いた。
少し楽しんでくれているのかもしれない。無理に誘ってしまったかと気が気じゃなかったけれど、安心する。伊吹くんは優しい。怒る美優を見てみると、耳まで赤く染まっているのが分かった。美優は表情豊かなんだろ、と伊吹くんに耳打ちする。気まずそうに指の爪をいじっていた伊吹くんは、顔を上げて美優を見た。
「んーっと……、その……実はね、春と付き合うことになったの……」
耳だけじゃない。頬まで赤く染めて、恥ずかしそうに視線を泳がせ、小さく尻すぼまりになる声で、美優は言う。春と付き合うことになった。その報告は、ここにいる他者には知られてはいけないと、暗に伝えているようでもある。嬉しくて、喜ばないといけないはずなのに、私の頭は「おめでとう」とすっきり伝えられない。
真浩は祝福しているし、伊吹くんだって微笑んで拍手をしているのに。ほら、今だって美優は私を見て、言葉を待っている。
「急すぎて頭の整理追いついてねーんじゃねーの」
「あっ、……うん、びっくりしちゃった。美優おめでとう、春も、おめでとう」
恥ずかしそうにして、頬を赤くして。普段は気が強くて、友達思いなおてんば少女も、恋をするとこんなに違う。もしこの二人が結婚して子どもができたら、私みたいに不幸な子どもじゃなくて幸せな家庭で、幸せな子どもを育ててほしいと、ぼんやり思う。ああ、お父さんは、お母さんは。
美優と春を素直に祝福できないのは、きっと二人のせいだった。お母さんはずっと、本当はもっと優しいお父さんなのよ、と泣いて話していた。小さかった私に言い聞かせているようで、お母さん自身に言い聞かせて、辛さを隠そうとしていた。その姿がこびりついていから、私には、二人を祝福できない。
それでも私は笑う。
「いつから春は美優のこと好きだったの?」
聞きたくないと思いながら聞く私は、どんな風に映っているのだろう。照れくさそうに笑う二人は、昨日までの友人ではなく、付き合いたての恋人として私の目に映る。手だって触れ合ってしまっていて、本当に二人は幸せなんだろう。
何となく、心にぽっかりと穴があいてしまっている感覚がした。そこからどんな話をしていたのかも、いつ解散したのかも分からないまま、心ここに在らずの状態で、伊吹くんと公園にいた。真浩はどうしたのかと聞けば、砂に指を使って「さきにかえった」と伊吹くんが書く。そっかと返すしかできなかった。
茹だるような暑さ。正午を過ぎ、一度解散したらしい。美優はまだ春の家に残っているらしいけれど、私がそれに対して何かを思うのはきっと間違っていると思った。
「伊吹くん、一回帰る?」
夜にまた集まるまで、暇になってしまうから。一度涼しい家に戻った方が、伊吹くんも疲れてしまわないだろう。私の提案に伊吹くんは頷き、二人揃って立ち上がる。少しの違いだけれど、高いところの方が風を感じられている気がした。
伊吹くんを見ながら思い出す真尋の態度が、やっぱり嫌で。それでも本人に嫌だと伝える勇気もないことが、また嫌になる。
私たちはのんびり歩いた。蛇みたいにくねくねした住宅街をぬけて、原っぱに出る。鳴き声につられて原っぱを進むと、原っぱの真ん中に茂る大きなカエデの木があった。その上、わずかに鳥の巣のようなものがあるように見える。
後ろでまだゆっくり歩く伊吹くんに、手招きをして、また私は鳥の巣を見た。高い音、高い場所。誰の手も届かないところで、雛たちは大切に育てられている。子どもは私たちの大切な宝物と、昔お母さんが言っていたのを思い出した。
「あそこ見て、伊吹くん」
この子達も伊吹くんも、きっと宝物だと大切にされている。私が指さした先を目を細めながら、伊吹くんは見た。見つけられるだろうか。あの小さな、雛たちの家を。
伊吹くんは一歩前に出たり、戻ったりを繰り返していたけれど、見つけられなかった様子だった。青々とした原っぱに座り込んだ伊吹くん。その隣に、私も座った。住宅街にいた時よりも涼しい風がふいている。
「なんだか疲れちゃったね」
ふふ、と笑う。伊吹くんも少し口元を緩めた気がした。新しくおろした洋服だということも気にせずに、原っぱに寝転がる。お母さんが居たら、怒られていたかも。買ったばっかりなんだから、汚しちゃダメよ、って。ぼんやりとお母さんを思い出してみたけど、それは笑顔なんかじゃなかった。
最後に見たお母さん。お母さんを見るのは怖くなかった。けれど触れられなかった。静かな部屋で寝かされた二人に、きっと私は気味悪さを思ったんだろう。その出来事も夢みたい。宝物だけ置いていかれてしまった。
伊吹くんも一緒に横になって、ジリジリと肌がやけるような感覚を味わう。太陽の角度が変わって、すっかり腕が日向に出てしまった。帰らないとなと思うけれど、施設に帰るのは嫌だった。お姉ちゃんと言われること、たまに赤ちゃんを連れていく人に可哀想と言われること。
伊吹くんは目を閉じていた。薄い体が上下していて、ああ、いま、生きてるんだなと思う。鳥の声が軽やかだ。そっと伊吹くんの手に触れて、知らんぷりして目を閉じる。涼しい風が私たちを撫でていた。
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