複雑・ファジー小説

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1/2
日時: 2013/06/01 18:56
名前: トー (ID: gwrG8cb2)


 トー、と申します。

 短い物語になると思いますが、地道に書いていきたいと思います。
 読んでいただければ嬉しいです。どうぞ、よろしくお願いします。


 登場人物

・僕(ぼく)
 この物語の主人公。僕目線で書いていきたいと思います。

・彼(かれ)
 僕が行きつく建物の持ち主。ブロンドの長髪に青い目。左目に眼帯。






 書き始め
 2013/05/11







 

Re: 1/2 ( No.14 )
日時: 2013/06/02 21:40
名前: トー (ID: gwrG8cb2)




 ちょっとだけ息苦しい。

 此処にいちゃいけない感じがして、彼が見てない間にあの部屋を出てみたけど、息が苦しくて、歩くのも辛くて仕方がない。どうしてか分かんないけど、いつまで経ってもピンク色の枠も見えなくて、明かりも見えない。迷ったのかなって思ったけど、いきなりどんって何かにぶつかったからすごくびっくりした。

 僕が良く見て見たら、女の子がいた。黒い服を着てるから、良く見えないし、髪の毛も黒で、頭があるのか分からなかったけど、こっちを向いたら顔があったからほっとした。

 女の子は僕くらいの歳だと思う。僕よりもちょっとだけ小さいけど、女の子だからこれくらい小さいんだと思うからだ。僕はその女の子を始めて見るから、驚いて、ちょっとだけ怖かったけど、話しかけて見た。

「はじめまして」

 そうしたら、女の子は大きな目をつぶって笑った。とっても可愛くて、またびっくりした。

「お名前は何ですか?」

 でも、それから僕がどれだけ名前を聞いても、女の子はただ笑うだけで、答えてくれなかった。僕はちょっとだけ怒ったけど、彼もそうだったから、聞かれたら嫌なんだろうなって思って、五回くらい聞いて諦めた。そうして、何処に行けば分からなかったから、「貴方のお家は何処ですか?」って聞いたら、女の子が初めて首を縦にこくこく振って、僕の手を掴んで、歩いていった。

 ずっと暗いところを歩いていくから、女の子も迷っちゃうかな、って思ったけど、「大丈夫?」って聞いたら、さっきみたいにこくこくって首を振るから凄いなって思う。

 女の子は短い髪の毛で、真っ黒で、さらさら動く。女の子を見てたらなんだかむずむずするけど、ピンク色の部屋の女の子のことを思い出して、あんまり話しかけられない。前みたいに僕がこの子を殺しちゃうかもしれないから、それは嫌だし、そのせいで前の僕は死んじゃったのかもしれないから。

「何処に行くの?」って聞いたら、女の子は又おかしそうにした。だって僕が女の子の家に連れて行ってって言ったんだから、行ってる所を聞くのはおかしいと思う。でも、どんどん進んでいくのに何処にも着かないから、急に怖くなった。

「どれくらいで着くの?」

 女の子は又笑って、僕の腕を引いた。取っても強くて、痛くなって、痛いって叫んでも、女の子は知らんぷりして、苦しいって言ってもそのまま歩いていって、女の子が裸足で、足の裏が黒く汚れてるからどうしてだろうなって思った。

 長い間歩いて、やっと着いた所には真っ黒のドアがあって、女の子が指差してくれないと見えなかった。僕は何回か目を擦ってやっとで見えたから、「これは何のドア?」って聞いたら、女の子は今までとは違う笑い方をして、怖い顔をして、僕の腕をぐいって引っ張って、ドアノブに無理やり触らせた。

 ぱんって頭の中が白くなって、黒い字が頭の中に浮かんできた。


このドアを開けますか?

 このドアを開けない。
 このドアを開ける。


 女の子が僕の頭をぐりぐりして、無理やり『このドアを開ける。』の方に目玉を動かせて、見つめさせる。強くて、痛くて、文字が光り出して、どんって音で選択肢が消えて、又次の文字が出てきた。


本当にこのドアを開けますか?

 このドアを開けない。
 このドアを開ける。


 びっくりして、無理やり目玉を動かしたら、ずっと奥でぶちって音がした。何かが千切れた音で、頭が痛くなって、選択肢が消えて、僕は地面にごんって頭を打った。

 なにも見えなくなってびっくりしたけど、女の子も見えないから怖くはなかった。良かった、って思って目を閉じようと思ったら、僕を凄い揺らしてくるから、女の子かなって思って怖くなって目玉を動かしたら、ちゃんと真っ黒のドアが見えて、彼が見えた。

「女の子は?」

 僕がそう聞いたら、彼は驚いたみたいに目を大きくして、周りをきょろきょろして、もう一度僕を見た。

「誰もいないよ……大丈夫?」

 僕の手を握ってくれて、起こしてくれた。まだ頭が痛くて、どうしようかな、って思ったけど、彼が笑ってたから、僕も笑ってみた。

 女の子は多分何処かに行ってしまったんだと思う。僕にドアを何で開けさせようとしたのかなって思ったけど、あの先に何があるのか分かんないけど、多分開けちゃいけないところなんだと思う。だって、何回も何回も聞かれたことは無いし、どうやってもあの女の子は僕にドアを開けさせたかったんだと思うから。

 あの子は、悪い人だと思う。



 僕のいつもいる部屋の奥に行ってみたら、前よりも頭でっかちが少なくなってて、床が見えて、何か模様が描いてあって何か良く分からなかったけど、頭でっかちみたいなのだった。

 彼は此処にたくさん子どもが来たって言ってるけど、何処に行ったか分かんないって言ってた。でも、絶対どこかにいるんだと思う。あの子も、多分そのうちの一人で、あの真っ黒のドアを開けてもらいたかったんだと思う。今思い出したけど、女の子はちょっとだけ透けてて、冷たかった。


この日記を読みますか?

 この日記を読まない。
 この日記を読む。


 前読んだノートを見つけて、開いて、前見たページを探して、僕にも読める文字を見つけた。多分、これはあの子が書いたんだと思う。彼も、女の子のこと知ってるみたいで、僕よりもちょっと前に来た子供らしくて、その子もどっかに言っちゃって、寂しかったから、僕はあんまり遠くに行って欲しくないらしい。行かないって約束したけど、此処に来ちゃったから、約束破っちゃったってことかな?

 あれって思った。前よりも読めるところが多くなっているからだ。前の字とおんなじような字で、沢山文字が書いてあって、前書いてあった小さい字がなくなってて、あの子が此処に書きに来たのかなって思った。

「かれに あたらしい おともだちが できたみたい。

 でも わたしのことも わすれてないみたいで すっごくうれしい !」

 後の方はぐちゃぐちゃで何書いてるか分かんないけど、多分彼に出来た新しいお友達は僕のことだと思うし、女の子も彼から忘れられてないみたいで嬉しそうだから良いと思う。

 女の子ともっと話してみたいなって思う。だってずっと笑ってるだけで何も話してくれないからだ。今度あったらもっともっと色々な事聞いてみたいな。

 今度女の子と会うときは、前みたいにかしこくなって会いたいな。

Re: 1/2 ( No.15 )
日時: 2013/06/30 11:23
名前: トー (ID: gwrG8cb2)




 多分、もう良くなったと思う。

 文字もだいぶ読めるようになったけど、まだ文章を書くことは難しい。だから、まだテープレコーダーを使っているけど、大分僕の頭は使い物になってきたようだ。

 あれから色々考えてみて、調べてみたけど、何も分かりはしない。それはそうだ。あの女の子に関することなんか、僕がいた世界の本に書いてあるはずもないんだから。

 でも、この頃、本じゃない物も沢山降ってくるようになった。ぬいぐるみだったり、新品のノートだったり、鉛筆、ボールペンなんか。でも、それは必ず彼が拾ってしまって、僕にはくれなかった。何でくれないのかも、彼は教えてくれない。

 僕は、前よりも彼が好きではなくなった。前の僕は彼のことが異常に好きだったようだけれど、今の僕は彼をあまり好きではない。彼が悲しそうな顔をしていても、僕自身の楽しみだったり、疑いだったりをぶつける方を優先するようになった。

 これが良いことなのか、悪いことなのか分からない。これまで何度も彼を悲しませている訳だから、僕は悪い子なんだと思う。

 ……この頃、あいまいでぼんやりしたことが多くなった。前は何でもはっきり分かっていたと思う。やっぱり僕の頭はまだ役立たずで、馬鹿なのかな。結構勉強したし、時間も経ったけど、それでもこのありさまだし、前のように戻れるのはいつなんだろう。

 

 あの住宅街に行ってみる。いつものようにピンク色の家に入る。蹲っている女の子に話しかけてみる。何も返事は来ないけど、今、本当に信用できるのは、この子だけだと思う。彼を疑う気は無いけれど、それでも、心のどこかで彼を疑っている。

「ねぇ、君の名前を教えてよ」

 ぷるぷる震えてる女の子に話しかけるけど、何も言ってくれない。この子に触ると、嫌なことが起る気がして触らないけど、でも、肩を揺らして気付かせたいって思った。

 そっと触ったら、女の子はどうにもならなかった。又、ぎゅっと肩を掴んだら、びくっと大きく震えて、痙攣みたいにぶるぶる震えだした。

 僕は驚いたけど、まだ掴んだままでいた。女の子はこれで、僕が此処にいることを分かったと思う。

「僕、君にこれで十回以上あってることになるけど、君は僕のことに気が付いてないみたいだから。良かったら名前教えてくれないかな?」

 前よりもずっと優しく言えたと思う。それなのに女の子は何も言わずにぶるぶる震えている。何度も何度も、さっきとおんなじことを言ったけど、女の子はこっちも見ずに、もっともっと小さく蹲るだけだった。顔が見えなくなって、これだったら僕が見えるはずもない。

「僕は自分の名前が分かんなくて名前教えられないけど。もしかしたら、君も、自分の名前分かんないの?」

 もっと、ぎゅっと肩を掴んだ。そうしたら、女の子がぱっと顔を上げた。でも僕の方は見なかった。喉が動いて、女の子は喋ったようだけど、何も聞こえなかった。

 もう一度行ってくれないかなって思って、女の子の顔を覗き込んだ。茶色の目がぐりぐり目玉の中を回っていて、口からよだれが垂れていた。半開きで、歯並びもがたがたで、銀色の歯がちょっとだけあった。驚いて、僕が離れると、女の子の目玉はぐりんって一周して僕を見た。

 又喉が動いた。口も動いた。だけど、女の子はゲームみたいな音を出すだけで、何て言ってるのかも何も分からなかった。ちょっとだけ喋ったら、女の子は又蹲ってしまった。

 怖くなったけど、逃げ出したりはしなかった。女の子は、僕に何もしないってなんとなく分かってたから。でも、これ以上何をしたらいいのか分からないから女の子をそっとしておいた方が良いかなって思って、その部屋を出た。

 此処は懐かしい感じがするから、もしかしたら僕の住んでいた世界に近いのかもしれない。もしかしたら、僕は、本当は此処に住んでいたのかもしれない。

 色々な本には色々な人が出てくる。その中で、人には必ず親がいて、兄弟とか親せきがいて、意地悪だったりするけど一緒に遊んでくれていた。友達もいて、楽しそうにおしゃべり出来た。僕は彼がいるから良いけど、今の彼とは、僕はあんまり何も話したくない。

 僕は彼を疑っている。もう、絶対だと思う。今、そうだと思った。

 僕は悪い子になったんだ。彼は僕を守ってくれるはずなのに。何で彼にありがとうって言えないのかな。何でお話し出来ないのかな。

 彼の声を聞くだけで、僕は驚いて、びくって震えてしまう。

 赤い部屋に行く。あの時の黒いのは何処にもいない。もう一度会いたい。会って、もう一回だけで良いからちゃんとあの時、何言ってたのか聞いてみたい。あの時は何言ってるのか分かんなかったけど、でも、もしかしたら、あの時、僕の名前を呼んでたかもしれない。

 もしかしたら、あれが、僕の親なのかもしれない。

 でも、そうだとしたら、何で彼は、僕の親を殺したのかな。



 赤い部屋のドアを開けたら、暗いところで、道が一つ仕方なかった。嗚呼、前僕がここにきて、何かを食べたら頭が変になっちゃったところだなって思った。どんどん歩いて行ったら、やっぱりドアは消えていた。又先に歩いていった。

 一か所だけ、ぽっかり明るいところがあった。そこには、やっぱり僕が死んでいて、真っ黒なナメクジがうじゃうじゃしていた。僕の背中から木が生えていて、へんてこな果物が一つだけあった。

 もしかしたらこれを食べたら、僕は又、頭が良くなるかもしれないと思った。背伸びして、果物を取ったら、凄く柔らかくて、ぐにゅぐにゅしていた。思い切って食べてみたら、あの時とおんなじ、変な味がして、頭が痛くなった。思わず、僕は目をつぶってしまって、頭がすっごく痛くなったら、僕は地面に寝ていた。

 目の前がぐるぐる回った。気持ち悪くなって、口の中が酸っぱくなった。目がちかちかして、何も見えなくなった。遠くから黒いナメクジが何十匹も、僕めがけてずんずん行進していた。

 怖いけど、動けないし、声出したら、きっと吐いちゃう。そうしたら、彼は怒るかな? でも、彼は、僕が吐いたって一度も怒らなかったよね?

 息が苦しくなって、僕の口から出た水みたいな臭いのが、ごぽごぽ音を出していた。



 目が覚めたら、暗い部屋にいた。でも、良く見てみると、あの紫色の家だなって分かった。

 僕の頭はまだ何ともなってなくて、良くもなってなくて、がっかりしたけど、彼がいないのが不思議だった。僕が倒れたりしたら、絶対に彼が助けてくれるからだ。

 それに、紫色の部屋がいつもよりも暗かった。良い匂いの風も吹いてなかった。どうしたんだろうって思って窓のところに行くけど、何も見えなかった。綺麗な向こう側も見えなかった。

 真っ暗な窓に指を突っ込んだら、本当に何も無かった。僕は驚いたけど、でも、此処から先が行けるのかなって思ったら、凄いどきどきした。だって、前までいけなかったから、これでいけるんだったら、もっと違う場所に行けて、いろんな人に会えるかもしれないから。

 窓は僕が入れるくらいの大きさだったから、僕は足を引っ掛けて窓に立って、向こう側に行こうかと思った。

 一回だけ、彼の声が聞こえた気がした。泣いてた。

 振り返ったけど、彼はいなかった。でも、どうしたんだろうって思ったけど、僕は窓を飛び越えて、向こう側に入った。

 彼の声が聞こえなくなったけど、彼は、凄く泣いていた。

Re: 1/2 ( No.16 )
日時: 2013/06/30 11:24
名前: トー (ID: gwrG8cb2)




 彼の声が聞こえなくなって、僕が、この世界に入る前に残したテープレコーダーは、これで最後だ。全てを文字にした今、読み返してみたら、僕の知能の変化が良く分かる。

 此処は、何もいない、誰もいない、空虚の世界。僕は、この世界に入った途端、以前のように、知能が高かったことに戻った。

 そして、僕の目の前に白いノートと鉛筆と、テープレコーダーが並んでいて、頭の中に、文字が浮かんだ。


このノートに今までの記録を書き記して下さい。そうすれば、全ての秘密を教えます。


 幼い、文字の大きさも、向きも変わっている、でたらめな字。初めて僕にこの文字は、命令を下した。

 そして、僕はそれに従った。そうすれば、全てのことに納得できる気がしたからだ。

 もうすぐ、また文字が浮かんでくるだろう。その時の僕の返答によって、様々なことが変わってくる。僕の知りたいことが、分かってくる。

 彼のことも、分かることができるから。彼を理解出来たら、前のように、愛することができると思うから。

 彼を疑ってしまうこの気持ちを、晴らすことができるだろうから。

Re: 1/2 ( No.17 )
日時: 2013/07/01 19:53
名前: トー (ID: gwrG8cb2)




 僕は彼のところに戻った。

 彼は僕を抱きしめて、泣きじゃくった。彼がこんなにも子供のような人だったとは、気付かなかった。彼が泣きやむまで、時間がかかった。

 僕は、それを、色々と考えながら見ていた。

 あの部屋で、言い渡されたのは真実の見つけ方。


 今までの貴方の身の回りに、真実は隠れています。それを見つけるのは貴方次第です。


そして、もう一つ。


けれど、貴方は思い出すべきではありません。真実とは、とても、残酷なものです。


 忠告の言葉だった。
 
 しかし、僕の好奇心はその忠告の言葉を無視した。

僕の身の回りに本当のことは隠れている。それが何よりもほしかった情報。今までのこの知能の段差は、僕がそれを追求することを阻止するためだったと思えた。様々なところを回った幼い僕は、その奥に隠れている何かを本当に見れていたとは思えない。

 僕は思いだすべきではない。この真実は、とても残酷なもの。そう、文字は語っていたけれど、それでも僕は知りたかった。彼のことも、此処のことも、あの女の子のことも、黒いドアのことも。それは、自分の探究心で、本当は駄目なのかもしれない、駄目なことをしたら殺される、と言う、まだ幼い僕が、僕の中で震えている気がする。

 彼が僕を見つめて、どうしたのか尋ねた。

 僕は、何も言えなかった。彼の言動一つ一つを、注意深く観察した。

 又、あの家へと行きたいと思った。でも、僕には一つ、今までと変えたい事があった。

 彼はいつもの通り、カウンターの向こうにいた。僕はいつも通り、カウンターの椅子に腰かけて、本を読んでいた。遠い異国の、王子とお姫様の話だった。

「ねぇ」

 僕の声に、彼がふと顔を上げる。いつも微笑を浮かべている、綺麗な顔。

「なんだい」

「一緒に、此処から出ようよ」

 彼の端正な顔が、一瞬して青ざめていく。前の僕だったら、もう、この時点で彼に抱きついて、離れなかったと思う。

 今でも、腕がうずく。早く、彼を抱きしめて、許しを乞わないと。彼が泣いてしまう、彼が壊れてしまう、彼が僕を殺してしまう。

 しかし、運命は、僕が彼に質問をすることを許してくれた。本当の意味で、僕に選択肢を選ばせてくれるようになった。今の僕は無限大の選択肢から、自由に一つを決めることができる。

 二分の一の可能性よりも、莫大な可能性から。

「外が怖いの? それとも、あの場所が怖いの?」

 彼は首を振る。椅子から立ち上がった僕の腕を掴んで、無言の抵抗を続ける。彼の綺麗な青い目の瞳孔が、膨張と収縮を繰り返している。恐ろしい光景だ。僕は思わず目をそむけた。

「駄目だよ」

 彼の口からやっと漏れた言葉は、とても震えていた。

「後、少しなんだ」

「……何が?」

 僕が尋ねると、彼は何も言わなくなっていた。突然、彼の姿が霞んでいた。彼の顔が、鉛筆で塗りつぶされて、見えなくなっていく。僕は全身が寒くなるのを感じて、必死に彼の腕の中から出ようとした。鈍い音がして、僕の視界が消え失せる。

 必死に唸り、意識を飛ばないようにした。バランス感覚がずれて、地面に座り込む。

彼は泣き叫んでいたが、僕を殴ろうとはしなかった。何処かを殴りつけているような音が二、三回響いて、止んだ。それから、僕を抱き上げて、もとの椅子に座らせた。僕の目は、まだ機能していなかったけど、彼の息切れの声が、静かな部屋に響いた。

 肺の奥から吐きだすような息だった。もう少しと言った彼は、少々困った様に付け足した。

「正確には、分からないけれどね」

 彼は、何かが終わるまで、ここで待っておかなければいけないらしい。僕は、目が見えてから、部屋を出た。



 前。僕が、テープレコーダーに残した言葉にならって、僕は誰かの日記を眺めることにした。新たな文字が、書いてあるかもしれない。

 彼のいる部屋から黒い影が出入りする通路を通って、数分のところ。広い広場のようになっているぽっかりと空いた空間は、あたり一面を壁で覆われているようだった。暗くて、良く見えないが、床には何かが書いてあった。以前思ったように、これは此処にいる黒い影の姿を抽象的に書き表したものだろう。

 日記を見つけると、文字が浮かんできた。以前と同じ選択肢だ。僕は目玉を動かし、『この日記を読む。』を選択する。

 小さな文字でびっしりと書き記してある日記。今は殆どの文字を読む事が出来た。しかし、全てが支離滅裂としていて、後悔の文字が並んでいた。感嘆符だけで表現されたページもあり、解読は不可能だろう。

 しかし、そのうちの一つに、まともな文章を見つけた。そして、其処には例の、幼い大きな文字が、クレヨンで上から書きなぐられている。

 その日記は持ってきたが、いつの間にか消えてしまっていた。メモと、僕の記憶で、此処に残しておく。

〈八月、十日。今日はやっと、二人で話すことが出来た。いつものように、彼の口うるさい両親が何やら口をぱくぱくさせてはいたが、彼は気にしない様子だ。これで、俺のやっと本題に入ることができる。
 嗚呼、——。(此処は、名前が入るところだと思う。クレヨンでかきけされていた。)やっと、君に会える日が近付いてきた。俺は悪い人間だから、君のいる天国にちゃんとつけるかどうかも分からないけれど、とにかく、これで俺は、こんな退屈なこの地上から抜け出して、元いた、魂のゆりかごの中に帰れるわけだ。何と喜ばしい事。嬉しいことこの上ない。
 彼も、この件については、承諾してくれると思う。それよりも先に、彼の両親が承諾してくれると思う。これは彼にとってとても有利なことだ。何を断る理由があるか。
 彼は可哀想な子だ。可哀想な子ども。俺に連れ去られたことも自覚してはいない。間抜けた、幸せそうな顔で笑っている。嬉しいよ、俺も。君の顔と、良く似ているから。
(此処から、クレヨンの文字と重なるところや、文字が崩してあって、読めないところがある。其処は、飛ばすことにする。)
 俺のこの狂った  良かった。これで  俺も報われる、  世界に中指を立ててやる。俺の 方は いるよ、——。君とおんなじ、真っ赤になって あげる。俺だけじゃ寂しいから、 連れて行くよ。名前は、——。ちょっと な子ども 、決して君を させたりはしないから 。とても 書が な子でね、君とは 思うんだ。
 ……何時までも、 いけないね。俺も、 怖がって るんだよ。多分。君の に行けるけど、それまでが だからとても 。だけど、絶対に たどり着いて 。君の肩を 、喜びを 合うことを する 。
 待っていてね。——。〉

 名前や、後半になるにつれて、おかしな部分が増えてくる文章だった。でも、この日記の中で一番まともな文章だった。

 読んでいて、不快でしかない文章だ。誰が書いた日記なのだろうか。名前でも分かれば良い。この「俺」は、僕の傍にいた、友達なのかもしれないと思うと、ぞっとした。

 まだ、何も分からないけれど、僕はどうしても、知りたかった。

Re: 1/2 ( No.18 )
日時: 2013/07/21 22:38
名前: トー (ID: gwrG8cb2)




 僕が、何を見つけられるのか分からない。

 今までのように時間は普通に過ぎていく。それとも、此処に時間がないのかもしれない。永遠の静止画を見ているように、僕は止まっている。彼が本をめくって、ちょっとだけ表情を変える。笑っているのか、泣いているのか、怒っているのか、困っているのか、そう言えば彼が笑っている姿を思い出せない。どうしたんだろう、怖い。又、おかしくなってしまったのか。

 彼が話しかける。だけど、僕はこの記録を書かなきゃいけない。返事は出来ない。彼がまた話しかける。又僕はこれを書く。そうしないと忘れてしまいそう。何を探さなきゃけいないのか、忘れてしまうのかも知れない。不安しかない。此処には不安しかない。

 彼が諦めて又本を読みだす。僕はそれを書く。それだけの時間。

 この前のこと。あの後、彼は黙りこくって、何も言わなくなった。しばらくして、彼が泣いているのに僕は気がついたけど、何も言わなかった。彼を泣かせたのは僕だ、今は傍にいない方が良いと思って。

 彼は外が怖い、此処から出るのが嫌なんだ。それか、僕を、彼が言った「後少し」まで、この空間の中に閉じ込めておく、監視役なんだ。僕は此処にいなければいけない。だから彼は、僕が逃げ出しそうな外に出すのを恐れた。僕が死ぬのを何度も防いだ。僕が死んだ時、あんなに悲しそうな顔をした。もしかしたら、僕はもう失敗しているのかもしれない。彼は僕で何をする気なんだろう。僕は、彼に何をされるんだろう。

 少し外に行ってくる。彼の言うことは無視する。


 
 外に行って来た。言ったところは、あの住宅街と、黒い服の女の子のところ。色々なことがあった。まだ興奮している。やっぱり、彼は僕で何かをしようとしている。

 まずは住宅街に行った。端っこの家から順々に見て回った。隅から隅まで。今の僕が何か分からないか、ずっと頭を動かして。

 でも何もなかった。僕は何をやっていたんだろうと茫然となった。やっぱり、何かがあるのは、紫色の家と、ピンク色の家だけ。人間がいて、反応してくれる所は数少ない。

 彼以外の人間。数少ない独り。僕は女の子に問いかける。まだ蹲ったまま、何も言わない。

「僕は、疲れたみたいだよ」

 この空間で、どう言えば疲労を感じたことがある? よく思い出せない。辛いこと、怖いことがあまり思い出せない。彼に首を絞められたのに、それすら霞んで良く見えない。

「足が痛いなぁ。僕は、やっぱり何処にも行けないんだよね……」

 足が痛い。血が逆流する。指先が冷たくなってくる。そう言えば、僕の胸では心臓が動いている。初めて気がついた。僕は死んでない。初めて気がついた、僕はちゃんと人間として、此処にいる。
 
 頭の中に文字が浮かんでくる。ふと顔を上げたら、茶髪の女の子と目があった。

 今までと違う、理性のともった、深い深い光の目。


彼女に名前を聞きますか?

 彼女に名前を聞く。
 彼女に名前を聞かない。


 初めてだった。気付かなかった。彼女にも名前があるなんて。知らなかった。考えなかった。そんなもの、とっくの昔に消えていたと思った。

 僕は慎重に目を動かした。僕が見たところが白く浮かび上がった。彼女は興奮と、恐怖と、歓喜の入り混じったような目で、表情で僕に見入っていた。僕の選択を見守っている。

 僕は『彼女に名前を聞く。』を選択した。文字がすーっと消えていき、僕の口が、自動で動いて舌を動かし、その言葉を並べた。

「貴方の名前は、何」

 彼女は、可愛い顔だった。口をにぃっと開くと、銀色の歯や、矯正する器具のようなものが見えた。彼女は目を光らせて、僕に行った。「カワノ ハルキクン」。

「あたしのなまえ、わすれちゃったの?」


 僕は、何も言えなかった。名前は思い出せた。彼女の名前。でも言えなかった。誰かにきつく叱られていたからだ。この名前を言っちゃいけません。僕は、そう言った奴を殴りつけるような、乱暴な子だった。

 今、僕はまだ思い出し続けている。まだ興奮している。あの後、あの子のあの声の後、僕は何度も自分の名前を繰り返した。カワノ ハルキクン。僕の名前。嬉しかった、僕だけのもの。誰にも渡さない、僕だけの固有名詞。

 あの子が嘘をついているとは思えない。あの子は良い子だった。僕のせいであんな風になっちゃったけど、でも良い子だった。嘘はつかない、絶対に。

 僕は思い出す、どれだけ辛くても良いから、僕は思い出したい。彼女のこと、きっと、彼も僕が知っている誰か。名前さえ分かれば良い。もしかしたらもう分かるかもしれない。僕は思い出している。全部のこと、親のこと、自分が住んでいたと頃のこと、誰に意地悪されたか、誰に意地悪したか。学校に行けなくなった理由、病院に行かなきゃいけなくなった理由。全部、解るところは全部全部、思い出した。


 途中で、黒い服の女の子に又会った。

 僕は興奮していたから思わず無視しそうになったけど、女の子は無理やりに僕の腕を掴んで、引き寄せた。僕は一気に不機嫌になって、女の子を殴ろうかと思ったけど、女の子の顔がはっきり見えて、怖くなって止めた。

 女の子は僕の様子が変わっていることに気付いたみたいで、一生懸命僕を引っ張ろうとする顔も、前と違っていた。だから僕は女の子について行ってみた。前みたいに、乱暴なことされたら、僕が女の子を殴れば良いだけの話だ。

 又ずっと歩いた。その間も、僕はずっと、名前を繰り返していた。カワノハルキ、カワノハルキ。川野 春輝。今ではずっとずっとはっきりしている。僕はいつも「はる君」って呼ばれていた。誰に呼ばれていたかは忘れたけど。

 女の子が立ち止ると、やっぱり其処には、真っ黒なドアがあった。でも、今なら分かる。ドアの所に赤い字が見える。僕はしゃがんでそれを読んでみる。女の子が心配そうに僕を見ている。


ゲームを止めますか?

 ゲームを止める。
 ゲームを止めない。


 僕は思わず笑ってしまった。僕は女の子を見る。女の子は、心配そうにこっちを見ている。「大丈夫だよ」と、僕は笑う。

「ゲームを止めたりなんかしないよ」

 でも、女の子はまだ心配そうにそわそわしている。どうしたのか聞いてみようとすると、女の子はおもむろに、黒い影を手に潜ませる。

 血のついたナイフ。

 女の子は、それを僕に差し出した。僕は驚いて、後ずさるけど、女の子が僕を殺そうとしているのではないと思って、それを受け取った。

「これで、誰を殺せばいいの?」

 答えは無かった。ただ、女の子は、ドアの前に立って、ちょっとだけ口を動かしただけだった。


 待 っ て る よ 。


 そう言っているように思えた。


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