複雑・ファジー小説
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- Re Becca外伝『Footsteps of death』
- 日時: 2014/04/16 23:32
- 名前: ポンタ (ID: WeBG0ydb)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=14982
初めまして、ポンタです。
今回はしゃもじさんの小説『Re Becca』の外伝として
私が投稿したオリジナルキャラクター『ヘルガ・ヴァーミリオン』を主人公にした
物語を書いていきます。
しゃもじさんにOKを貰っていますので、力尽きずに頑張って続けられるようにしたいと思います。
なお、この外伝はあくまで私、ポンタが執筆するものです。
『Re Becca』に登場する他の方のオリキャラは無断で使用しませんのでご安心下さい。
(というか、この話だけのオリキャラが結構出てくるのでそっちでイッパイッパイです……)
『Re Becca』本編へは↑
※注意
・本編の世界設定を可能な限り遵守しますが、執筆者が違いますので本編と食い違いなどが発生する場合があります。
(主にしゃもじさん、そうなったらすみません……)
短編に——と思いつつ書いているとどんどん文章が長くなっていき、
長編になるのが、私の作品の良くないところ……
未熟者ですので、読んでくれた方は出来ればアドバイスやコメント頂けると嬉しいです。
よろしく、お願い致します。
※※※※※※※※※※※※
——それはある国。ある場所で、
法外な金銭と引き換えにどんな相手でも、どんな病も治療する
裏の世界では『死の足音』と呼ばれ恐れられる女医者の物語。
三人の助手と共に今日もお仕事。
「私との約束さえ守ってくれれば、誰の命でも助けてあげる。ただし、もし破ったら……」
このメスはただ命を狩る為だけの道具になる——
キャラクター紹介>>27
- Re: Re Becca外伝『Footsteps of death』 ( No.26 )
- 日時: 2013/11/07 14:27
- 名前: ポンタ (ID: WiTA9hxw)
夜も深まっているのに未だ眠ろうとしない街。
街灯に始まり看板のネオン、扉から漏れる店の明かりまでもが昼間と違わず通りを照らす。
その道を一台の日本製の高級車が走り抜けていた。
見るからに新車と分かる傷一つない真新しい黒のボディに、街の明かりが鏡のように映りこむ。
後部座席はフィルムのせいで見えないが、運転席には高級車に不釣合いな格好の男が一人。
長い髪を高い位置で結い、ショッキングピンクのフレームの派手なサングラスと白いシャツにパーカー。
こんな時間に周りを警戒もせず、間抜け面を下げてこの区域を悠然と走ろうとするのは、世間知らずのお坊ちゃまか、ただの馬鹿だ。
間抜けなカモが来た——知らせを受けたカルロス・ブラウンは分厚い唇を舐めた。
カルロスは酒を一気に煽ると、空になったビンを乱暴にテーブルに置きアジトにしているナイトクラブを後にする。
防音の施された分厚い扉を一つ抜けると、音楽と人間がごった返すホールがひどく遠くに感じる。
クラブの中にいる時には感じないがこうやって外へ出てみると、あの騒音ともいえる中をよく平気でいられたとたまに思う。
今も耳より頭が痛いくらいだ。
太い指を耳の中に突っ込んでいじりながら、カルロスはコンクリートの通路から階段を上がって裏通りに出る。
懐を探って携帯を取り出すと、短縮で手下を呼び出し獲物の位置を確認する。
カルロスはこの仕事を他人に任せたりしない。寧ろ自分が先陣に立たなければ気がすまない。
——他人に任せて失敗したらどうする?
——その失敗が自分にまで及んだら?
冗談じゃない。他人の尻拭いなんて御免だ。
そして何より、カルロス自身がコレを楽しんでいる。
銃身を突きつけた時の相手が恐怖に歪む顔はたまらない優越感を生むのだ。
こっちは奪う側、お前等は奪われる側、この区域ではそれが絶対……………………………………………………………………………………………………だと思っていた。
(な、んだ。コレ……)
『狩り』の開始から数分後、カルロスの優越感と支配欲は瞬く間に脂汗と一緒に流れ落ちた。
やり方はいつもの通りだった。
獲物の車が信号で止まっている間にバイクで囲い、身動きが取れなくなった所をカルロスの乗ったバイクが運転席から窓越しに乗り付ける。
愛用の改造トカレフを窓越しに突きつければ、運転手を含め乗っていた連中は無様に逃げ出すのだ。
無駄な殺しはしない。——なんて、時代遅れの西部劇のようなことは言わない。寧ろこれは射撃ゲームだ。
頭なら百点。足なら二十点。肩なら五点。
逃げ出す相手を後ろから狙い撃つのは、動かない的を相手にするよりもずっと楽しい。
ただ、後始末が面倒なので控えているだけだ。
——今度のヤツはどうしてやろうか?
窓越しに銃口を運転手に向けながらそう考えていた、まさにその瞬間だった。
ゆっくりと下へ降りる窓の隙間。大人の腕がギリギリで通る幅からデザートイーグルを持った腕が出てきたのだ。
そして、今に至る。
予想外のことに対処出来ない首から下は硬直。喉、口、鼻は酸素を取り入れることで精一杯。眼前の銃口に両目は釘付け。頭は状況の理解処理が追いついていない。
ただ、本能が知らせる。
後がない、負け、終わり、終了、つまり——死。
思考が真っ白になった。
「どぉ〜も〜、お晩です。カルロスはん」
この間の抜けた声も、この時のカルロスの耳には届いていなかった。
- Re: Re Becca外伝『Footsteps of death』 ( No.27 )
- 日時: 2013/11/14 22:10
- 名前: ポンタ (ID: WnNKWaJ3)
ええっと、それではここらで登場人物の説明を入れたいと思います。
名前:ヘルガ・ヴァーミリオン(外伝の主人公)
綴り:Helga Vermillion
年齢:28歳
性別:女
容姿:腰まで届く黒髪をバレッタで纏め、残りは垂らしている。前髪の一房だけ白髪。瞳は緑。
スレンダーだが胸はやや大きめ。服装はブラウスにジーンズ、ハイヒールと白衣。
性格:姉御肌で面倒見が良く世話好き。
好き嫌いはハッキリしているし、相手に関係なく言いたいことも言うタイプ。
しかし、自分や助手、患者に危害を加える相手に対しては、一遍の容赦もなくなる。
職業:闇医者
レオン、ハロルド、アデーレを助手として医院を開いている。
通り名は『死の足音』
**********************
名前:レオン・カーティス
綴り:Leon Curtis
年齢:20歳
性別:男
容姿:薄茶色の短髪で前髪で左目を隠し、ハーフフレームの眼鏡の奥には鳶色の知的な瞳。高身長。
性格:普段は物静かな性格で言葉遣いも丁寧、良く気がきく好青年。
しかし、根は直情型で気に入らない相手には殺気を隠さない。
大学に通いながら、ヘルガの元で医学を学び助手として働いている。
通り名は『狂犬』、助手1号
**********************
名前:ハロルド(しゃもじさんより連絡貰いました)
綴り:Harold
年齢:35歳くらい(戸籍なし)
性別:男
容姿:210cmを大きく越す大男。医者の助手でありながら髭と髪は全く手入れされておらず、目も眠っているかのように細い。
いわゆる巨人症の症状が顕著な体つき。
性格:頭が鈍くのんびり屋で、一時間単位で物事がずれても平気な性格。頭が鈍いといってもただのバカではなく、喋らせると割と知性がある。
主に機材運搬と迷惑な客の排除。ヘルガの助手。
助手2号
**********************
名前:アデーレ・ブラーシュ(睦月さんのオリキャラ)
綴り:adele Braasch
年齢:17歳
性別:女
容姿:赤毛の大きなポニーテールに瞳は青。小学生に間違えられるほど小柄(身長147cm)で体型や胸に自信がない。
顔は女の子としては可愛い部類に入る。
性格:基本的には元気が良く(良すぎる)、誰に対しても気兼ねなく接する常識人。
よく笑い・よく怒り・よく泣く。見た目どおり言動が子供っぽいところがある。
勝気で強がりだが、ビビリな為コワイと思うとヘルガやハロルドの後ろに隠れる。
ハイスクールにも通う、ヘルガの助手見習い。
助手3号
- Re: Re Becca外伝『Footsteps of death』 ( No.28 )
- 日時: 2013/11/13 13:17
- 名前: ポンタ (ID: WiTA9hxw)
バシリーが車を降りて再び運転席へ戻ってきたのは、およそ十数分後の事。
その後、バシリーは終始上機嫌で車を走らせていた。
「いや〜。なんっちゅうか。ワイにもやっとマフィアとしての貫禄?みたいなモンが付いてきたんやなぁ」
「見ましたやろ。あのカルロスの顔」とこちらに振ってくる緩んだ顔と台詞にイラッっとした。
「おい」
「はい、うぉはぁっ!」
真後ろから運転席の背を蹴り付けるとシートがたわみ、バシリーがハンドルと熱い抱擁と接吻を交わす。
そして、コントロールを無くした車は通りを大きく蛇行したが、バシリーは前歯と歯茎に走る痛みを堪えながらハンドルを握りなおした。
「っちょ、ちょお。兄はん!何するんですか!?」
「うるせぇ、安い自慢話より報告が先だ」
バシリー「ひどい〜」と口元を抑えたまま、さめざめと泣き真似をしつつ運転に集中する。
運がイイ事に鼻血は免れたようだ。前歯がどうなったかは知らないが。
「ああ、今のでシートに足跡、付いたんとちゃいますか」
「かもな」
「それ掃除するのワイなんですケド……」
「ほう、文句があるのか?」
「ゴザイマセン……」
この高級車がヴォルフ個人ではなく、ファミリーの所有である。
もちろん、ヴォルフであっても八つ当たりで車を傷つけてはならないが、バシリーにこれ以上の口答えが出来るはずも無かった。
「——それで?」
「え、あぁ、さっきのヤツはカルロス・ブラウンいいまして、あの辺り一帯をシマにしとるストリートギャングですわ。んで、ワイのハッカー時代の客でして……」
「顔見知りの割にはバイクで取り囲んでいきなり改造銃突きつけるってのは、随分と仲がイイじゃねぇか」
「あーっと……あっはっはっは。正直言いますと、アレ、本気やったようですわ」
「あん?」
「カルロスのヤツ、この車を運転してるワイを阿呆のボンボンかと思たらしくて……。ホラ、普段会うてる時は自分のに乗っていきますさかい」
「あのイタイヤツか」
「ヒドッ!ワイがデザインから手掛けたマイカーちゃんに!」
「暇だな。お前も」
「暇なんは、兄はんに会う前の話ですわ」
ハッカー時代のバシリーの基本はもちろんインドア。
情報社会においては、スピードが命。仕事は早いに越した事は無い。その気になればどんなセキュリティも薄っぺらい壁でしかない。
傍でクライアントが見張っているわけではないので、自分の気が向いた時に仕事をするだけでも結構な稼ぎになった。
駄菓子菓子!!ヴォルフの下で働くようになってからは、全く逆転した。
趣味の機械いじりやプラモデルをする時、久々にネットサーフィンを楽しもうとした時、カワイイ女の子を引っ掛けてベッドに入ろうとした時。
他にも就寝、食事、入浴、etc……と所構わず、時間構わず、携帯から発せられる上司の「来い」の一言で車を走らせるのだ。
気まぐれで自分勝手な上司——いつもいつも振り回される。
命を救ってくれた恩人——実はハッカー時代の天狗だった自分よりも、今の方が結構気に入っている。
(命が幾つあっても足りへんけどな……)
ボロ雑巾のように拷問を受けた後、死体さえ残らず虚無になるのを待つだけだったあの時。
自分の命を拾い上げてくれた恩義は忘れない——絶対に本人には言わないが。
(んな事口にしようもんなら、ソッコー銃向けられて「気色悪ぃ、なら今死ね」とか、言われそうやし)
「まぁ、そんで、昔のよしみっちゅう事でちぃっと情報を集めてもろたんですわ」
「情報?」
「はいな。『ブラッディ・マリア』の事もそうですけども、兄はん、最近ニュースにもなっとった女ばっか狙うとる連続殺人も気にしはってましたんで、その事で——」
バシリーはカルロスから得た情報を報告する。
カルロスが縄張りにしている区域でも被害者がいた。分かっているだけでも三人。
その死体の事を話していたカルロスの表情が次第に嫌悪のものに変わって行くのをバシリーは見ていた。
刺殺・絞殺・撲殺……致命傷となる死因はどれもバラバラだったが、三人の死体には共通点があった。
死体からは臓器が奪われていた。それは女なら必ず持つもの——『子宮』。
殺されていた三人は下腹部を切開され、全員子宮を抜き取られていたそうだ。
警察から正式に公表されているのは『臓器の一部』とのことだが、実際には他の女性も全員同じものが抜き取られて殺されているのは、ほぼ間違いないらしい。
それを踏まえれば、女の連続殺人は『ブラッディ・マリア』が表立って流出する前、実際には今から半年も前から始まっていた事になる。
『ブラッディ・マリア』についてファミリーからの報告を受けた時から、ヴォルフは連続殺人についても調べていた。
始まった時期は別だとしても、表立って来るのが同じタイミングと言うが妙だと気に掛けていたのだ。
「そんで、やっぱりカルロスんとこの被害者も、三人とも熱心なクリスチャンやったそうです」
「そうか」
これもヴォルフ達が調べて見付けた被害者の共通点だった。
『女性』『奪われた子宮』『熱心なクリスチャン』——共通点が分かっても、分からない事もまた増えるばかり。
報告が一通り終わり、ヴォルフがこれからの方針について思案していると、ふと、視線を上げた先のバックミラー越しにバシリーがにニヤニヤと笑いっていた。
「何だ。気色悪い」
「ムフフフ。姐はんの事、心配なんとちゃいますか?」
「ああん?そんな無駄なことするかよ。大体アイツは無神論者だ」
「だとしてもアマンダの件といい兄はんが姐はんの事、ものごっつう気にしとるんわ、ワイでも分かりますわ」
「下らん」
「またまたぁ」
なおもニヤ付いた笑みを浮かべるバシリー。
ヴォルフにしてみれば、妙な勘違いをされた上に小馬鹿にされているみたいで非常に面白くない。
ふと、この笑みを方法をを思い付いた。
「フンッ。……なら、バシリーよ。運転しながらでいい。お前が初めてヘルガの姿を見た時の事を思い出してみろ」
「はい?姐はんに会うた時の事ですか?」
「違う、『見た』時だ。お前、ヘルガに直接会う前からえらくビビってただろうが」
何の事だ。と言いたげに眉を寄せる運転手。運転を続けながら、頭の中は数年前の記憶を探っているのだろう。
新しい煙草に火を付けて、その様子をバックミラーから観察する。
締まりの無い顔に変化が訪れるのに数十秒程度しか掛からなかった。
顔色が次第に青くなる様は、まさに血の気が引く、身の毛がよだつと言う表現がとてもよく似合う。
バシリーと入れ替わりに今度はヴォルフの口元が楽しげに弧を描く。
そうそう、この方がずっと面白い。
- Re: Re Becca外伝『Footsteps of death』 ( No.29 )
- 日時: 2013/11/27 21:10
- 名前: ポンタ (ID: WnNKWaJ3)
——それは、五年ほど前に遡る。
バシリーがとあるマフィア——ビュシュケンス・ファミリーの機密情報へのハッキングに失敗し、殺される寸での所で現在の上司ヴォルフガン・ビスマルクに拾われ、彼の運転手兼側近として馬車馬の如くこき使われ始めてから数週間が過ぎた頃だった。
拷問を受けた傷も大分癒え、ヴォルフに付いて回りながら様々なおっかない裏社会の人間に揉まれる日々を送る中。
その日は早朝五時、熟睡中に問答無用で呼び出され、指示されるままに着いた先は女の家。
夜着を着た美しく妖艶な姿の女の出迎えから、そのまま彼女とお楽しみなのかと思いきや、小一時間ほどで家から出てきた。
家の中から女の激しい罵倒が響き外まで聞こえてきたが、後部座席に乗り込んだ上司は涼しい顔で次の場所を指定した。
逃げるように車を走らせる途中で、ファーストフードのドライブスルーへ入り、車内で早めの朝食。
領収書をポケットの中へ突っ込みつつバックミラーから後部座席を盗み見ると、上司はバシリーから渡された紙袋からバーガーとポテト、コーヒーを取り出していた。
先程の女の家から持ってきた書類を眺めつつバーガーを齧り、ポテトを摘む。
(似合わん。果てし無く、限り無く……ミスマッチや……)
一応、説明すると上司の服装はブランドものであろうオーダーメイドのスーツ一式に上品な色合いの革靴。外ではこれまたお高そうなコートを羽織っていた。
髪型もキッチリと整えられ、髭なんて目を凝らしても見えやしない。
冠婚葬祭、今から出たって全く非の打ち所の無いその姿に、何処にでも大体あるチェーン店のバーガーとポテトを食べる姿はあまりにもミスマッチであった。
バシリーは後に知ることになるが、ヴォルフはヘタに凝った高級料理よりジャンクフードが好みであった。
ちなみにバシリーはいつも通り私服感全開の装いである。
スーツなんて着ても似合わないし、慣れた服装の方が仕事もしやすいと恐る恐る提案すると、公式の場でなければ好きにしていいとでOKが出た。
調子に乗って、話し方も……なんて言ってみるものだ。「お前が標準語の敬語なんて、寒気がする。最低限で構わない」とこちらもOKを頂いた。
「おお!話せば分かるんやなぁ!」なんて言葉は口にしなかったが、口よりも顔がものを言ったようで、結局キツイ蹴りをもらう事になった。
——と、まあ、朝からそんな事があったワケだが、ヴォルフをファミリーが隠れ蓑にしている輸入会社へ送り届けることで早朝の仕事は一先ず終る。
否、早朝の仕事とは言うものの、ヴォルフが車を降りてからもバシリーの仕事は実際には続いている。
車を所定の位置に停めて、まずは車の清掃から。車外・車内に関わらずクロスや羽箒で、先程の食事の食べカスも指紋の一つ残らない位に磨き上げる。
次は業務日誌を書く。マフィアが何で?とは思うものの、表向きは普通の会社なのだからあって当然だ。
それが済んでようやくバシリーは出社する。
ヴォルフが車から降りたのが九時前、今は十一時を回っている。後は休憩室で連絡があるまで待機だ。
しかし、その日は十二時を過ぎてもバシリーの携帯は息を潜めたまま。
ヴォルフは現場主義で、午前中は会社で会議。午後の大半が外回りだ。
それが分かっているから、バシリーもすぐに車の準備が出来るように待機しているの、だが……連絡は一向に無かった。
バシリーは暇だった。この仕事についてから、初めて暇を持て余していたのだ。
新人である為やたらに動き回ることも出来ないし、特にやる事も無くなってしまい、休憩室で既に空になってしまったコーラの空き瓶に付いた水滴に向かって「落ちるな、落ちるな」と念を送って、一人虚しい時間つぶしをしていた。
「落ちるなぁ〜。落ちるなぁ〜。あんたはんが落ちたら、今日ワイは兄はんに背中を蹴られるぅ〜。落ちなかったら蹴られないぃ〜」
確実に重力にしたがって落ちるであろう水滴に向かって、今日の上司から受ける被害を占おうとするバシリー。
そんな彼の頭上に大きな影が掛かる。
「何しとるんじゃ。お前さん」
「おん?」
頭上から掛けたれた呆れた声に見上げれば、見知った顔が声を体現するような呆れ顔をしていた。
「おお!ベンノのおっちゃん!久しぶりやんなぁ」
ベンノ・ホランド——ファミリーの古株。バシリーがこれまで会って来たマフィアの中で一番親しみやすく、気の良い性格で、社内でも専務の役職についている。
「ほっほっ、この間まで死に掛けてたヤツが元気になったもんだな」
「いやぁ、その節はどもッス」
ベンノはバシリーが殺され掛けた時にヴォルフと一緒に掛け合ってくれた、バシリーにとっては恩人の一人に当たる。
「なに?おっちゃんサボリ?」
片手にもったコーヒーの入った紙カップが視界に入る。
「お前と一緒にするな。正当な休憩時間だ」
「ワイかてサボリとちゃうわ。ヴォルフ兄はんの連絡待ちや」
未だに沈黙し続ける携帯電話を目の前にちらつかせる。
何時もなら煩い位な端末。地面に叩きつけてやろうかと思った回数は三桁を超えているはずだ。
実際にやってしまうと、同じかそれ以上に自分自身が地面に叩きつけられそうなので出来ないが、今はあの音が無性に恋しく思う。
「ほう、若にしては珍しい」
上司を『若』と呼ぶのはファミリー内でもベンノを含めた古株だ。
ヴォルフは父親の代からファミリーに属しており、その父親は現在ファミリーの顧問(コンシリエーレ)の席に着いているのだという。
流石にまだお目にかかった事は無い。
「せやねん。おっちゃん、何か聞いとらんの?」
「いいや。」
「……さよか」
「そんなに暇なら、少しだけ話し相手になってやろうか?」
「ええんか!おっちゃん!」
「ああ、これでも一応専務だからな」
- Re: Re Becca外伝『Footsteps of death』 ( No.30 )
- 日時: 2013/11/27 21:16
- 名前: ポンタ (ID: WnNKWaJ3)
その後、バシリーとベンノの間には話に花が咲いた。
実際にはバシリーが一人で話し、ベンノがそれを聞いていたのだ。
それでもバシリーの言葉は、話しは、堰を切ったように溢れていた。生来のおしゃべりな所も高じたのだろうとも思う。
内容はほぼ愚痴だった。
上司の理不尽さや自分への仕打ち、見かけによらずジャンクフードが好きな所、彼が会っていた人物について。
今朝、立ち寄った女性の事も話した。
「全く、勿体無いわ。あのネェチャン、結構エエ女やったのに」
バシリーは目を瞑って、今一度あの美女を脳内に思い描く。
平凡な自分なら絶対相手にして貰えないであろう、高嶺の花を素通りした上司。
あのセクシートラップかわせるとすれば、単純に彼の好みに……守備範囲に入っていないのだろうか。
とすると——
「……なぁ、兄はんってひょっとして……ゲイ?」
「お前、それ本人の前で言うなよ。口が閉じきる前に喉の奥に風穴が開くぞ」
即座に否定される。
流石に自分でもその可能性には期待はしていない。が、冗談でも決して口には出すまいと心に固く誓った。
「ほっほっ、まあ、昔の若なら喰っとったかもしれんな」
「ん、昔?今はちゃうんか?」
「ああ、今は後腐れの無い商売女しか相手にはしとらんはずだ」
「ええ!なんでなん?」
「それは、本人から聞け」
「聞けんわ!」と思わずツッコミを入れたくなった。
あの上司が聞いて素直に答えてくれるか?答えはNOだ。
教えて欲しいと、じぃっとベンノを見つめてみるが、本人は美味しそうにコーヒーを飲むばかり。
そこでふと、女というキーワードからバシリーある記憶が引き出された。
「そう言えば。この間、兄はんの携帯に直接電話してきよった女がおったな」
* * * * * * *
数日前
ヴォルフを自宅送り、部屋まで荷物を運ばされた時だった。
不意にヴォルフの携帯からバイブ音が鳴り出した。
ヴォルフは既に自分のデスクで書類と睨めっこを始めたところで、携帯を渡そうとすると手振りだけで「お前が出ろ」と指示して、自分はさっさと奥の部屋へ入っていった。
相手も確認しないで自分が出てもいいものなのか、出ても話しになるのか、と不安を抱えつつ通話ボタンを押す。
すると——
「こんの節操無しぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!!」
通話口を耳から三十センチ以上離しても、十分聞こえる音量がバシリーの鼓膜を貫いた。
突然のことに数秒間、思考も身体も停止してしまう。
直ぐに、はっ、と意識を取り戻すが、携帯の向こうでは相手の罵声が続いている。
「あ、あの!もしもし?もしもーし!!」
「——ん?誰?」
「アンタが誰や」と叫ばなかった自分を褒めて欲しい。
とにかく電話の相手はこちらが自分が考えていた相手では無い事を知り、困惑しているようだ。
この隙にこちらも言いたい事を言ってしまう。
「えっと、こちらヴォルフガン・ビスマルクの携帯です。ヴォルフ兄はんは今、出られんよって、ワイが代わりに出とります」
「………ヘルガ・ヴァーミリオン、よ………」
警戒したような、押し殺した声で相手は答えた。
この声の高さは女のものだ。
「ヘルガさん、やね。すんまへんな。伝言やったら受けますケド」
「………ヴォルフは……その携帯の持ち主はそこにいるの?」
ヘルガと名乗った女。
冷静に話が出来るようになったものの、罵倒を捲し立てていた先程とは打って変わった態度にバシリーは違和感を覚えた。
これまでにも何度か女からヴォルフへ電話が来ていた。
最初は淑女さながらの声色で優しいが、取り継げられないと分かるとキンキンと金切り声を上げて、仕舞には放送禁止用語を連発するのである。
声と言うのは、あっという間に本性が見えてしまう。あの見苦しさ——否、聞き苦しさと言ったら無い。
バシリーもそうなると身構えていたが、この相手はまるで逆なのだ。
いや、コレが一般的には普通……のはずだ。
「近くにはおりませんな。せやけど、今は書類と睨めっこしとります」
「………本当?」
「はいな」
「………そう。………出来れば、取り付いてもらいたいんだけど。ヘルガからって言えば………」
バシリーの違和感はまだ全てが解決出来ていない。
強いて言えば、押しが弱い。
今までの女は「約束がある」だの「アンタじゃ話にならない」だの、無理やりにでもヴォルフに代わらせようとしていた。
出来れば、なんて控えめな言い方はしなかった。
新手の攻め方か?と思ってしまうのは致し方ない。
しかし、今自分が持っているのはヴォルフの携帯。
他の女は皆オフィスからのものだが、この番号を知っているという事はそれなりに親しい間なのかもしれない。
(開口一番のセリフが、この節操無し、やったし)
自分では判断が付かないので、一声だけでも上司に声をかけてみよう。
「ん〜、ちょお待っとって下さい。兄は〜〜ん」
通話状態のまま部屋の奥へと顔を覗かせると、鋭い視線で書類に目を通していた上司がちらりとこちらを見る。
一瞬睨まれた事に相当機嫌が悪いのを察すると、早々に電話の相手の名前を伝えた。
相手が言った瞬間、ヴォルフの顔色が変わった。
目を見開き、瞳を丸くさせる。予想にもしていなかった驚きの表情。
彼のこんな顔は見るのは、初めてだ。
そう思った時には、彼の顔はまた眉間に皺を寄せた表情に戻っていた。そして、乱暴に手招きをする。
さっさと代われ、と解釈して良い様だ。
「お待たせしました。今、代わりますわ」
「………アンタ、新人?」
「?ああ、ハイ。バシリー言います。」
「………そう。さっきは、ごめんなさい。てっきり持ち主かと思って………」
「ええですって………ああ、すんまへん。すぐに代わりますさかい」
電話を手渡すと今度はシッシッと手を振られ、邪魔だから帰れと追い出された。
帰りの車の中で、ヴォルフにもあの節操無しの罵倒が浴びせられるのを想像するのは、なかなか楽しかった。
* * * * * * *
「あのオネエチャン。確か、ヘルガ・ヴァーミリオン言うとったケド。他の幹部のお人なんか?」
「ほう、ヘルガお嬢さんか」
「ヘルガ……お嬢さん……?」
バシリーは首をかしげた。
「若のイイ人ってヤツさ」
「兄はん恋人おったんかいな!いや、愛人か?」
「どちらも違うな」
「……ん?それなら何で商売女に手ェだすん?」
「それも、本人に聞け」
(またかいな!)
肝心な所は何も教えてくれない。
眼前で悠々とコーヒーを啜るベンノが無性に恨めしくなる。
そんな気持ちを飲み物で押し流すべく、バシリーは直ぐ傍にある自動販売機に立った。
ポケットから小銭を出そうとした丁度その時、休憩室に携帯の着信音が鳴り響く。
待っていましたとばかりに小銭では無く携帯を取り出した。しかし、そこからはうんともすんとも、音も光も出ていない。それでも音は止まらない。
まさか、と思いつつ振返ると、残念ながら鳴っているのはベンノの方だ。
がっくりと項垂れるバシリーを尻目に電話に出たベンノ、電話口の相手と一言二言話すとその顔色が見る間に変わっていた。
そして重苦しい声で「分かった」とだけ言うと電話を切り、バシリーに向かってこう言った。
「バシリー、今すぐ隠れろ……」