複雑・ファジー小説
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- お狐様と指切り〜和風嫁入り奇譚〜
- 日時: 2013/10/30 22:47
- 名前: 桜詞 (ID: ehc5.viK)
初めまして、桜詞と申す者でございます(´・ω・`)
今回初めての投稿となりますので、お手柔らかにお願いいたします(内心ビビリまくり)
妖の出てくる、現代パラレルなお話をば少々……
私の名前でお分かりの方もいらしたでしょうか?
実は私……
廓詞が大好きなのです!!!!(((o(*゜▽゜*)o)))←あっどうでもいいって石投げないでッッ
と、言う事で現代に近い科学技術を保有した時代の、江戸の風潮の残ったパラレルワールドが舞台となっております。
皆様「吉原」という単語を一度は耳にしたことがお有りかと思います、
遊郭、遊女、花魁、太夫、身体を売り金を稼いだ女達の一生が凝縮された舞台。「廓」
身分の高い遊女「太夫」の称号を持つ一人の女と、神様のお話。
切なくダルく、少しずつ、無理のない範囲で進めて参りたいと思います(^ω^)
突発的ですので、完結の目処は立っておりませんので、中途半端な野郎がご不快な方(当たり前だ)はご遠慮頂いた方がよろしいかと思います。
それでも「まあよかろう」と仰るそこのお方様!!
ありがとうございます・゜・(ノД`)・゜・
コメント等大変喜びますので、どうぞ応援してやってください(´・_・`)
批評やご指摘、お待ちしております!!
※スレ主は大変メンタルが脆弱なので、イジメのように酷な批評はやめてあげてください……
〜登場人物〜
【貴椿:きつばき】
遊女の中でも最上の称号、「太夫」を冠する花魁。
吉原の最高妓楼「宵月喜楽楼」の看板遊女。
年齢:19歳
身長:167cm
艶のある黒髪に虹彩の複雑な黒目。
お天気雨と呼ばれる「狐の嫁入り」の際、中庭にて白い狐を保護する。その後狐の世話をしながら生活を送る。
おおらかな性格で、自分の美貌や教養に見合うだけの自信は持っているが、過信したり溺れる事もなく何事も事実は事実として受け止める聡明さを持つ。
他人を揶揄って楽しむのが案外好き。
一見大らか過ぎて流されているようにも見えるが、強い芯がありそれを曲げることは決してしないが、状況や環境によって柔軟に対応する度量の広さの持ち主。
【紫紺:しこん】
狐の嫁入りと共に置屋の中庭に現れた白狐。
貴椿に連れて行かれ、その後貴椿の飼っている狐として日々を送る。
人に化けたり色々なものに化けることができる。普段はただの薄い毛色の狐だが、本来は9本の尾を持つ。
普段は人型を取ることはないが、指先を必要とする作業を要する時や、貴椿に迫りたい時には人外とひと目で分かってしまう美貌を持つ。
おあげが好き。
【野分:のわき】
番頭新造と言う、売れなかった遊女がなる太夫の世話役をわざわざ買って出た粋狂な女性。昔は売れっ子の花魁で、太夫の一つ下の格である「太夫格子」まで努めたが、途中身請けされ吉原を抜けるも、夫の死後また吉原に戻ってきた。
年齢:32歳
身長:157cm
全体的に薄い色合いで、栗色の髪と瞳。
おっとりとした見た目に反して姉さん肌で、筋金入りの女前。
【鶯:うぐいす】
貴椿の妹分。太夫である貴椿を心より尊敬する同じ妓楼内の仲間で、同時に貴椿の良き友でもある。
太夫格子であり、上級遊女に位置する。
貴椿太夫に続いて、「宵月喜楽楼」の看板を務める花魁で、得意な芸事は本人の名からも連想出来る通り歌舞である。
年齢:18歳
身長:150cm
栗色の髪に黒く大きな瞳。小動物のような見た目だが、その内はなかなかに強かで辛辣な一面もある。
【榊:さかき】
宵月喜楽楼の厨房を預かる、料理番の青年。
遊郭に関わっている人間とは思えぬ程に純情で、妓楼内の遊女達の癒しスポット。
料理に対する姿勢は真剣そのもので、少しの手抜きも絶対しない。宵月喜楽楼内全員の好みを把握しており、最上級の妓楼に恥じない料理を出せる唯一の人物だと楼主に腕を買われて吉原にきた。
年齢:21歳
身長:170cm
少し長めの黒髪を後ろで一つに纏めている。顔立ちは整っているものの、本人の醸し出す癒しオーラにより、幸か不幸か「可愛い」と言う評価しかして貰えない。
【東雲:しののめ】→ポンタ様より(*´ω`*)
宵月喜楽楼に出入りする髪結い師。右目に眼帯をし、腰まである黒髪をゆるく束ねて簪を刺している。赤い着流しを好んで着用する色男。
吉原内で唯一貴椿の髪結いの権利を持つ腕の良い髪結い師だが、その実は狐や幻術を得意とする妖の天敵である、雲外鏡と言う鏡の妖。元は九郎助稲荷社に祀られた神鏡だったが、長い年月によって命を得たらしい。
身長:186cm
年齢:ウン百歳
紫紺は天敵である東雲に対して敵意があるが、それだけではなさそうな様子の紫紺を見てからかうのが好き。
【譲葉:ゆずりは】→魁人様より(*´ω`*)
引込と呼ばれる、禿の中でもエリートに分類される教育を受ける童女。楼主や女将からの期待を受け、本来禿の仕事である筈の姉女郎などの世話から離れて、茶道や香道、学問についての教育を受けている。
黒く長い髪に、穏やかな顔つき、少し垂れた黒目がちな大きな眼の相当の器量良し。容量もいい為、お客や他の妓楼の女郎たちからも可愛がられている。
年齢:10歳
身長:132cm
姉妹関係にある姉女郎の貴椿を尊敬してやまない。引込禿としての英才教育のせいか、雰囲気や仕草は淑やかだが感情的な部分や、人見知りの部分を隠し持っている。
姉女郎が同じ貴椿である、菊莉葉とは歳も同じで良きライバル同士。
※物語に登場次第、人物は追加してまいります(*´ω`*)
●○●プロローグ●○● >>1-6
●○●約束の始り●○● >>7-14>>16-18
●○● 第二章 ●○● >>19-20
- 【其ノ一、約束の始り】 ( No.17 )
- 日時: 2013/10/29 17:55
- 名前: 桜詞 (ID: ehc5.viK)
「全く、ほんに主の堪忍袋が目に見えたなら、定規で長さでも測ったものを」
貴椿の呆れ返った呟きに、紫紺は不満げに鼻を鳴らした。
「何にしても、敏感になり過ぎじゃ」
ちろりと横目を寄越した紫紺は、貴椿の言葉を否定するようにまたすぐに視線を逸らす。
「元を正せばわっちに珍事がよう起こるようになりんしたんは、主が来てからぇ」
紫紺もわかっているのだろう、ふぅとため息を吐き出した。
少し沈んだ様子の紫紺を、貴椿は膝から抱き上げる。
「気に病むこったありんせんが、そんなら大人しくしやんせ」
穏やかに笑う貴椿の口元に、紫紺の長い獣の口が触れる。自分の体に重みを感じた貴椿が衝撃に瞑った目を開いた瞬間、目の前には真顔の美神が覆いかぶさっている。
「あれとて妖。
人の世に混ざり暮らす妖だ、危害を加える気は毛頭なかろうがな、その性は人とは一線を画している。気を付けるに越したことはない」
いつも貴椿を押し倒しておいて暫くはしげしげと眺めている紫紺だが、今日はいつもと違い直ぐに口を開いた。忠告する為に変化したのだろう。
貴椿は自分の頬に落ちてきた銀糸の髪をそっと指先で掬って、紫紺の表情を見つめた。少し隠れていた目元が見えるようになって、光を遮っているせいだけではない暗い表情に微笑みを返した。
「そんなら主はどうなのかぇ?」
「………」
この質問は、何度ももう問うた。だがそれに、返答が返って来たことはない。いつも聞いては、それまでと変わらぬ表情と態度で時間が過ぎる。態度も表情も、空気さえも変わらないのに口は閉ざしてしまう。言いたくないのか、言えないのか。
「いつも主は黙んまりじゃな」
それを寂しいと感じるでもなく、貴椿も変わらぬ表情で微笑んで、いつもこの会話は流れる。川を流れる木の葉のように。スッと何の違和感もなく通り過ぎていく。
「……」
「……」
何方も口を開かないまま、窓から差し込む赤い光だけが時間を過ごしているようだ。静止した光景は、そのまま絵画に写しとられてしまいそうな非現実の空間を感じさせる。
貴椿は悲しくはない。紫紺が正体を語らず、明かさぬ訳を。
紫紺は言いたくないのではない。ただ不必要だと感じている。
夕日が一日の仕事を終え最後の力を振り絞って沈んでいく。全ての力を震えるように放出して、最期の時を迎え、これから消失する星のような輝きを残していく。
毎日死んでいくようだ。出ない声の代わりとでも言うように燃え尽きるような朱さを残して行く太陽を見て、訳も分からず泣いたことがあった。何故悲しかったのか、貴椿には今でもわからない。
何故か今、それを思い出した。
「……太陽は」
ポツリと小さく呟かれた言葉にも、紫紺は頷いたりはしない。いつも、聞いていないようで聞いているし、聞いているようで聞いていない。そこに居ても居なくても、同じようにしか感じない儚さを、貴椿はずっと紫紺に対して感じている。
「太陽は、毎日死んでいくと知っていんすか」
太陽は毎日血のような朱を残して沈む。その様子が、貴椿はいつも太陽が叫んでいるように見えた。二階建てまでしかない造りの建物だけの吉原からは、太陽がよく見えた。
毎日毎日、死を繰り返しているように見えた。
「主には国境など分かりんせんでありんしょうが、人の世には文化があって、弱い人間はそれぞれの土地に合わせてやっと暮らして生きていけるんじゃ。ほんに脆弱かと思いんしょうが、だからこそ様々な文化が生まれた。
こことは違うその文化のひとつに、太陽は毎日死んで、生まれて来ると、死と再生を繰り返すと言う思想がありんす。」
だが、その太陽を気に留める者は誰もいない。その信仰を持つ者でさえ、有難いとあやかるだけだ。
ただの思い込みと先入観、夜が来る不安、潜在的に感じた侘しさ。それらが重なって、貴椿がただしただけの勘違いと妄想かもしれない。だがもしかしたら、そうではないかもしれない。「もしも」の無意味さは貴椿はよく知っている。「もしも」の現実逃避は無意味だ。だが、可能性を模索する為の「もしも」なら、それは希望に繋がる。
毎日死んで、また生まれ来る。だがそれが当たり前で、誰も苦しさなど分からない。当たり前に過ぎ去り、また現れる。
まるで客と遊女ではないだろうか。
客に本気になったことは一度もない貴椿だが、それでぼろぼろに傷付く者たちを幼い頃よりずっと見てきた。そのせいなのだろうか、それとも真理なのだろうか。人は去り、少しの思い出を抱えて前に進むのだと思っている。
進むのだ、前へ。
少しの、思い出と共に。
共に思い出「だけ」を伴って。
「毎日死んで、また生まれ出ずる。来る日も来る日も、毎日毎日。当たり前に通り過ぎて、当たり前にやってくる。
じゃあそれは同じ太陽でありんしょうか。」
もし違うのならば、人は人を、現実を。何を以て同じと表現するのだろう。
当たり前に通り過ぎる、余りにも刹那的な無常が溢れるこの世界。
太陽も、客も、遊女たちも。誰も彼もが通りすぎ、宙ぶらりんな貴椿は過ぎ行くものを眺めているだけ。まるで自分は景色で、彼らには時があるようだと、孤独感を感じていた。
「もし違っても、わっちは昨日の夕日を覚えていんせん。一昨日だとも一昨昨日だとも、おぼえていんせん。
皆そうじゃ。それが普通でありんす。わっちも覚えていんせんのじゃ、じゃがそれは寂しい。
わっちが去ろうと、誰が去ろうと、それを見送る側だとていつかは去る者になろう。ただ堂々巡りで、何が残りんす」
今宙ぶらりんな気がしている貴椿とて、いつかはこの街を出て行くだろう。見送る景色から、見送られる景色へと変わっていく。だがその先もずっとそんなことは繰り返されて、時と言う無常が訪れるだけだ。
- 【其ノ一、約束の始り】 ( No.18 )
- 日時: 2013/10/29 17:56
- 名前: 桜詞 (ID: ehc5.viK)
「……お前は」
ただ語る貴椿の瞳を覗き込むように、紫紺はやっとその口から言葉をこぼした。
「お前は何を手に入れたい?
お前が言っているのは全ての真理を明かしたいと言っているのと同じ事。所詮は粒だ。この世を無数に作り上げている砂粒に過ぎん。どんな強大な存在も、如何に矮小な生き物も、無限の世界の中では気にも止められぬ一部よ。
人は妖には矮小な存在よ、妖とて神にすれば瑣末な出来事。神とて多く存在し、その頂点などわかるものか。どんな神とていつかは朽ちて、また強大なものが生まれよう。だがそんな背比べも、矢張り世界で見れば瑣末よの。頂点などと言う概念は、人間なればこそ生まれるもの。
人は人として生き、妖は妖として存在し、神は神として全うする。過ぎ去るものは短く短命なものが早いが道理。」
過ぎるが遅いか早いか、ただそれだけのこと。
人にはわかりえない領域にいる白狐の姿の異形は、楽しげに笑った。ただ愉快だと、初めてその顔に感情を浮かべて。
「お前はそれでは満足出来んと言うのか
傲慢だな」
傲慢と言われて、貴椿は目をパチクリと瞬いた。
生まれて初めて言われた言葉に、内心唖然とした。いつも掛けられてきた言葉は、その真逆ばかりだったからだ。「もったいない」「無欲」そればかりで、実際物欲などは薄く、何かを狂おしく欲したことなどただの一度もない。貴椿自身、何故こんなにも淡白なのかと疑問に思うこともあった。だがそれでも、現状には満足している。穏やかな空間は好きだし、反面渦巻くように人の欲が溢れる熱源のこの街が嫌いではない。
汚い部分のなんと多く、醜いのが人かと思い知らされることの方が多いだろうが、廓の仲間、そこに生きる人、それぞれの人生が交差する様子。それらの凝縮されたこの街で、なんの不満があると言うのか。貴椿自身はないと思っていたし、この宙ぶらりんな気分がどこから来るのか、それは最早人格の一部なのだと思っていた。
「傲慢、でありんすか?」
「何だ、気づいてなかったのか。
何処か孤独で、つまらないと感じることがあるのだろう」
心底愉快そうだった笑みは口元にその影を残して、もうステージからは退場している。
「……」
ぐちゃぐちゃと言葉を並べ立てても、この狐にしてみればこんな言葉で済んでしまうらしい。だがその通りで、貴椿は僅かに顎を引いて頷いた。
宙ぶらりんな、周りに感じた疎外感を単語にするなら、あれを孤独というのだろう。そして不意に感じる切なさは自分の居る場所に対する疑問からきていた。
「それは現状に対する不満だ。
人間が感じる特権そのもので、我らにはないもの。人の中に埋もれて分からずとも、我らには分かる。
それを持たぬ我らにはそれは光って見えるからな。
欲望、向上心、探究心。よくよく似たような言葉を人間は考えるが、つまりは欲だ」
自分は無欲な人間だと思ってきた。
ここから抜け出したいとも、誰かに愛されたいとも、感じたことはない。
いつも真顔な上、極端に口数が少なく我が儘極まりない、それこそ傲慢な態度の狐は饒舌に、愉快を口の端に僅か浮かべて、その言葉を口にする。
「それならば、お前の持つ欲求はこの世の心理を知りたいと言うもの。人が持つにはあまりにも傲慢な願いよの」
とうとう喉の奥でくつくつと笑うのだから、よほど愉快なのだろう。 何故人は過ぎ去るのか、その景色に居たくない自分。だがこの世に存在する全ては景色どころか砂粒で、それが嫌だなどというのは神にでもなろうと言うも同じ事だ。そう言いたいのだろう。そしてそれは端的に、単純に、単刀直入に言葉にすれば「現状に対する不満」なのだという。
「だがそれ故に己が望みの全貌を把握しきれなかたのだろう。」
「……ふむ」
取り敢えず考えながら、頭の整理をしながら、理解できた部分までで相槌を打つ。
そして紫紺は一層、今までで一番楽しそうな笑みを浮かべた。
「その願い、手伝ってやろう。
人よりはこの世の理に近い我が力、お前の下に置くがいい。
これよりお前の役として使えてやる」
「ちょっとお待ちなん……」
「異論は認めん」
勝手に話を進めるなと遮ろうとした言葉の上に、またさらに被せられて、貴椿は勢いに押されて唖然とした。紫紺の愉快そうなこと。
「人の存在で俺を使役できるなど、どれほどの幸運か身の程を知れ。拒否権などない。
人の器には収まりきらぬその願望、落ちた人の世の縁よ。ついでに手伝ってやろう」
影になっている紫紺の表情だが、何と生き生きとしたことか。まるで新しいおもちゃでも見つけたかのようだ。
「お前には異形に触れる機会を、俺には人の世で学ぶ期間を。
何も問題あるまい」
どうやら貴椿のせいで紫紺は人の世に興味を持ってしまったらしい。この狐の我が儘は、貴椿はもう十分身にしみている。恐らく聞きはしないだろう。
配下に置くと言っても事実貴椿の下に位置する状況になる訳もない。この威厳ある存在が、人の下に甘んじるなど信じられないし、何より本人の性格が確実に向いていないだろう。どう考えても上に立つ、支配し慣れている立場にあるだろうに、そんな得体の知れないものと深く関わるなど考えるだけで頭痛がしそうだ。
「さてじゃが、主は次の狐の嫁入りで帰ると……」
手っ取り早く帰るには人の世で嫁を取り、文字通り嫁入りして凱旋すれば呪いは効果を発揮しないと言うから貴椿に事あるごとに嫁に来いと声を掛けていたが、どうも道具としか見られていないようだし流していれば、東雲が訪れる前桜を眺めていてポツリと零していた。前からその方法はあったのだが、確実な方法でもない為気乗りしないとのことだった。
それでも貴椿の様子を見て諦め、次に出くわしたら帰ると言う話だったではないか。
「元よりいつ嫁入りがあるかも分からん。俺が力を使うにはこの世で何らかの契約を行使して、呪いが掛ける制限の領分を押しやらなければ結局は狐の嫁入りに追いつくこともできん。」
よくはわからないが、嫁取りと同じようなことだろうか。
「呪いは天に入らせぬ為のもので、力を封じる効力はそれほど強くはない。強力ではあるが、なお強い契約や呪いの類をぶつければ呪いの持つ効力は弱まる。そしてその新たな契約が力を使えるものであるならば、その契約が占領した力の範囲内は使える。」
なるほど、言わば呪いや契約の陣地の取り合いといったことろか。力はフィールド、呪いは敵、契約は味方。で、力という戦場の、呪いの陣地を獲ろうとしているわけか。
「そんなからくりでおざんしたか」
関心している貴椿の様子に、紫紺は不意に真顔になった。
「それに、孤独感も薄れよう」
側にいる。
契約のあいだは。
突然現れ、そして矢張り突然消えるだろう。過ぎ行くものだから、そう思うが故に、貴椿は紫紺が正体を明かさぬ事実にも悲しみなど感じなかった。最初から諦め、割り切っていた。過ぎゆくものの、多い街だから。
だが、契約は、約束だ。
貴椿は胸の内がキュッと痛んだ。
「じゃが、主は帰らねば……」
期待させるな、そう言って去ってしまうのなら、最初から、期待させるな。
帰ると言って欲しい。
帰ると言って欲しかった。
だが、そう思うのに紫紺の髪をそっと避けていた指先は、僅かに震えを伴って紫紺の陶磁のように滑らかな頬に伸びていく。
「人一人の一生など、俺にとっては一瞬。例えお前が何れ程生きようと、俺の暇な時間潰しの一時だ」
ゆっくりと、伸びていった指先が、とうとう頬に触れた。
「一生居るつもりかぇ?」
泣きそうに歪んだ顔で貴椿は笑う。
種類の変わった胸の痛みに、貴椿はじわりと涙が浮かぶのを感じていた。いつぶりなのか、もう思い出そうともしなかった昔、最期に流したのは初めて客と床入りした時だったか。
胸は痛い程に歓喜で満ちていく。
「お前が人の世で謳歌する人生と、分不相応なその願いの結末、共に見届けてやろう。」
頬に伸びた細い指が、大きな手のひらに包み込まれた瞬間、貴椿の頬に一筋、歓喜の雫が伝った。
「そりゃ、指切りじゃな」
遊女として生きてきた貴椿の、最大の誠意の証は、指切りだ。
花が綻ぶ様に笑う女を見下ろしながら、異形もふっと優しい笑みを浮かべた。露に濡れた花弁を誇る椿を愛おしげに見つめながら。
———約束だ。
これが指切りの、始まりだった。
- 【其ノ二】 ( No.19 )
- 日時: 2013/10/29 19:24
- 名前: 桜詞 (ID: ehc5.viK)
涙も引っ込んでやっと化粧に取り掛かった頃、少し乱れた髪を整えながら狐姿に戻った紫紺を背後に貴椿は支度をしていた。
使役の契約。古来より陰陽道によって伝わってきた古の技で、妖などを対価の基準に基づいて配下に置き、式神と成すものだという。その契約を履行するという話だったが、その契約を交わせる条件なるものがあるらしく、すぐに契約は完了できないらしい。力のある人間が使役するなら兎も角、貴椿はもちろんそんなオカルトな修行など積んでいない。
分からない事は分かる者に任せて、取り敢えず貴椿は己の勤めを全うする為、遅れに遅れた準備を進めていた。
姿見に映る自分がどんどん別人に仕上がっていく様を見て、気持ちが切り替わっていく。誇り高く、意地と張りに生きる、貴椿という太夫に。
どんな日でも仕事はある。
どんな日でも客は来る。
どんな日でも、遊女は現世を忘れさせる存在であるべきだ。
皆泥沼の中で、実はどれだけ泥に塗れようと誇り高くあろうとする。泥沼にしか咲けない蓮の花は、今日も不夜城を艶やかに彩るのだ。その筆頭であるべき自分。無様な恥を、晒しはしない。
意地と張りを持ち、誇り高く気高い、選べる側の女となれ。
媚態を晒し、嬌声をはしたなく上げる女郎は安い。そんな女郎達や、外の女で性欲だけなら幾らでも吐き捨てられる。だがそれではダメだと、この妓楼の女は教養高く、誇り高い泥沼の蓮になれと教えてくれたのは、宵月喜楽楼のオーナー、楼主だ。
楼主の妻はかつて吉原を牽引した太夫だった。年季明け後、自分の生涯の詰まった妓楼に嫁ぎ、後の遊女達の教育に力を貸した。元より大見世であった宵月喜楽楼は他が肩を並べるもおこがましい程、格式高い妓楼となった。
安い外のソープランドや風俗店に圧され、閉店していく見世の多い中、宵月喜楽楼の遊女たちはかつての吉原のあるべき姿と教養を身に付けた、真の花魁となった。それはメディアに大きく取り上げられ、瞬く間に吉原はあるべき活気を取り戻した。
それが30年ほど前だと聞いている。
「モシへ主や、簪は曲がっていんせんか?」
吉原とて移り変わる。隆盛と衰退を繰り返してきたこの街は、現代で不可能だと言われた隆盛を取り戻し、男は勿論女達の憧憬の念を集める程となった。
その吉原に唯一存在する、「太夫」の名を冠する傾城。それが貴椿である。貴椿の動向は逐一注目され、メディアは面白おかしく掻き立てる。だが電子機器の持ち込みを原則として禁止している吉原では、携帯などの画像でしか遊女たちを知ることはできない。登楼る(あがる)以外に、女郎たちを知る術はない。それ故の好奇心で寄ってくる暇を持て余した人間が、この吉原に集まる。
貴椿の問い掛けに瞬きで「大丈夫だ」と答えると、紫紺は襖の隙間から押入れに入っていってしまった。
そして直ぐ、バタバタと軽い上草履の音が聞こえてくる。
来なんしたな。
心中で貴椿がそう呟いくと、足音はどんどんと近付いて来て、一番奥の貴椿の部屋の前で止まるやいなや。
バァンッ
凄まじい轟音を立てて襖を開け放つと、そこに立っていたのは童女だった。
長く黒い髪を下ろしたまま、大きくおっとりとした垂れ目を嬉しそうに細めて、幼いながらに淑やかな雰囲気を醸し出す、山吹の着物を纏った美少女は開口一番一言。
「貴椿太夫!!!
わっちがお着物の気付けをいたしんす!!!!」
外見と雰囲気に見合わぬ大声でそう叫ばれ、貴椿はしようのない子だと微笑んだ。
「これ、あまり声を張り上げなんすな、遣手に叱られなんすよ。」
禿であるその少女はハッとしたように片手で口元をそっと抑えた。そしてチラリと横目で廊下を確認して誰も来ない様子を見ると、安心して照れたように笑う。柔らかい花弁がふわりを淑やかに開くような笑みは、先程までの仕草からは想像できないギャップだ。元は元気一杯のやんちゃっ子だった少女は、禿であるにも関わらず遊女の世話からは離れている。楼主と女将から、英才教育を受けているためだ。
次代を担う花魁になるであろう少女に、貴椿は笑いかける。
「じゃあお願いしなんすえ、譲葉」
譲葉と呼ばれた禿は、貴椿の笑みを見て更に嬉しそうに微笑み、上草履を脱いで部屋へと上がっていった。
- Re: お狐様と指切り〜和風嫁入り奇譚〜 ( No.20 )
- 日時: 2013/10/29 22:04
- 名前: 桜詞 (ID: ehc5.viK)
「太夫、これで良いでありんすか?」
髪も化粧も崩さず手際良く貴椿の着付けを終えた譲葉は、後ろに回ったり帯を整えたりと忙しい。貴椿は姿見で一通り確認するが、問題ないことは手順を見ていた貴椿もよくわかっている。
「よろしうおざんす。
よう勉強しなんしたな」
貴椿は譲葉の成長を喜んで、よしよしと頭を撫でる。譲葉は貴椿を尊敬して止まないらしく、撫でられた部分を何度も自分の手を当てて嬉しそうに笑っていた。
「そうだ、太夫」
何かを思い出したように打掛を羽織ろうとした貴椿の袖を引いた譲葉は、何故か不貞腐れたような顔をしている。先程までの無邪気なご機嫌はどこへやら。譲葉の様子にピンときたものがあったのか、貴椿は心得たように頷く。
「どうしいした?」
「……」
もじもじと指先を手遊びする譲葉の前にしゃがみこんで、貴椿は優しく微笑む。
「もしへ、菊莉葉のことじゃあおざんせんか?」
太夫に付く禿は二人で、一人は譲葉、もう一人は菊莉葉という。引き込み禿の譲葉と違い、菊莉葉は普通の禿で日々姉女郎たちの雑務に追われている。この二人は歳も同じで姉も同じ貴椿なので、よく反目しあっているのだ。決して仲は悪くはないしいい方なのだが、ライバル意識とでも言うのか、負ければ悔し泣きし、出し抜かれれば喧嘩もする。
それ故に貴椿は姉として、できるだけ平等に接している。のだが、ひとつ、心当たりがあった。
「……太夫は、この間菊莉葉にだけ菓子をあげなんした」
子供っぽいと本人も分かっているのだろう、どこか気まずげにそう口にする。この間といってももう二週間以上前のことで、菊莉葉にバウムクーヘンをやったのは確かだが、それを珍しく譲葉に自慢せずにおとなしくしていたものだと思っていた。
「あい、菊莉葉は帯を綺麗に解きんした。よう勉強しぃしたと、関心しなんした。
もう二週間以上前になりんすェ。どうしなんしたから、殊更遅く訪ねんす?」
「菊莉葉が、包み紙を見せて来たの……」
標準語になってしまった譲葉を見て、まずいと思った。感情に任せると、普段は使える廓詞が使えなくなるのだ。
悔しそうに眉根に皺を寄せる譲葉の眉間を、貴椿はそっと摩った。びっくりしたように目を瞬かせる譲葉に諭すように語りかけた。
「食べて終わりんした包み紙を見せんすは、ほんに意地のけちなことでおざんす。しても譲葉、お前さんはそん時何を勉強しなんした?
菊莉葉の帯解きの達者なこと、あれを褒めぬで何を褒めんす。良いは良い、けちはけちでありんす。
譲葉も着付けの達者なこと、わっちゃ嬉しうおざんすよ」
感情が色々と高ぶりすぎて涙の浮かぶ譲葉に、貴椿は悪戯めいた顔を浮かべる。
「そんなら次の休みを楽しみにておいでなんし。」
そう言う貴椿に絆されて、譲葉はふよふよと緩む口元を隠しながら、また上草履をばたばたと響かせて去っていった。
足音を聞いているうち、野分の叱責が飛んだが譲葉は颯爽と逃げ去っていった。その様子を耳にクスクスと笑いながら、貴椿は打掛を引っ掛けた。
- Re: お狐様と指切り〜和風嫁入り奇譚〜 ( No.21 )
- 日時: 2013/10/30 18:27
- 名前: 魁人 ◆.z3XOf9URw (ID: /w7jENjD)
譲葉を使ってくれて有難う御座います!!
あぁ、譲葉だったらこう言いそうだなぁと思いながら楽しく読んでいます。
いつもいつも桜詞様の文に引き込まれて、うっとりしています!!
これからも頑張って下さい!!